さくらの長い休日(その6)――<大神家の人々>――


 

「ところで爺さん、華撃團の事とか魔神器の事とか何でそんなに詳しいんだ?一応情報管制が為されているはずだぞ」

 感動的なシーンの余韻をわざとかき消す様にぶっきらぼうな口調で大神はそんな事を言い出した。――照れ隠しに他ならない。
 そしてそんな事はお見通しなのだろう。虎太郎は孫の無愛想な口調ににやりと笑いを浮かべ、それでも別にからかったり追求したりはしようとはせず訊かれた事にあっさり答えた。

「儂らの目と耳を甘く見ておるようじゃな、一郎。帝国華撃團の事ばかりではないぞ。黒之巣会の事も、黒鬼会の事も、降魔の事も承知しておる。
 大神一族は腕ばかりではないぞ。目と耳も、熊野の若造如きに引けは取らぬわ」
「…そんな情報網の存在は教えてもらっていないぞ」
「そ、それはじゃな、当主を務める者のみが明かされる秘密でな」
「だとしても、実際に情報を集めている人間がいる訳だろ?そんな気配は感じた事が無い。
 ……それとも、俺にも悟られない隠形の達人なのか?一族にそんな手練がいるなんてそれこそ聞いた事が無いぞ」
「うっ……そ、それはじゃな……」
「『一郎』である俺を凌駕する体術の持主がいるのか?」
「い、いや、そんな事は……無いぞ。うむ、そんな事は無い」

(どういうことかしら?)

 じりじりと追い込むような調子で質問を重ねる大神を前に、虎太郎の口調は何故か歯切れが悪くなっていた。
 それにしてもどういう事なのだろう?「一郎」である俺、とは。まるで「一郎」という名前が称号か何かのようだ。そんな疑問がさくらの意識に浮かび上がった。

「十郎坊様に教えていただいたのだよ」
「こ、こりゃ、熊作!」
「別に見栄を張る事でもないでしょう。どうせ一郎が相手では誤魔化しきれませんよ」
「なるほど……十郎坊様が情報源でしたか……」

 苦笑いと共に助け舟を出した熊作の言葉に納得顔で頷く大神。

「では、さくらくんの真宮寺家の事も十郎坊様にお聞きしてあらかじめご存知だったのですね?」

 大神の目が鋭く光る。

「うっ……真宮寺家の事を前もって知っておったのは事実じゃが、これだけは十郎坊殿にお聞きした訳ではないぞ。以前より裏御三家については存じておった」
「つまり、私を試す為だけに、あんな事を訊いたのですね?」
「うむ、いや、そのじゃな……おお、そうじゃ!十郎坊殿といえば、お前に会いたがっておったぞ。是非一度許婚と一緒に訪ねて欲しいと」
「爺さん……それで誤魔化したつもりかい?」
「うっ………」
「一郎、その程度にしておけ。義父さんも悪気があった訳ではないのだ。
 それに十郎坊様が会いたがっているというのは事実だ」
「さくらくんを連れて、ですか?お山は女人禁制のはずでは…?」
「何を今更。美鶴でも平気で出入りしておるというのにお前がそのような掟に縛られるはずもあるまい。それに、あちらが来てくれと仰っているのだ。明日にでもお邪魔してみるといい」
「俺は姉さんと違って礼儀正しいんですよ」

 苦笑いを交し合う父と息子を横目に、虎太郎はホッとした表情を浮かべている。そしてさくらの中には益々疑問が増えて行った。

(十郎坊様?ご懇意にされているお坊様かしら?)

 しかし、帝国華撃團の内情を簡単に探り出してしまうなど、唯の和尚様とも思えない。わからない事が多過ぎて、さくらはすっかり混乱していた。

「楽しそうね、何のお話?」

 突如、鶯のような澄んだ声が会話に割り込んできた。
 襖を開けて顔を出す美鶴。丁度背を向けていた大神の肩がビクッと震える。

「あたしがどうかしたかしら?」

 にこやかに問い掛ける美鶴の、何処か油断のならない笑顔に大神の額から一筋の汗が落ちて行く。

「一郎が女子に疎かったという話をしておったのじゃよ」

 極々自然に話を取り繕う虎太郎。大神がこっそり視線で手を合わせる。同じ様に視線だけで頷く虎太郎。共通の敵(?)を前に一瞬で成立した和解。
 しかしさくらには、そんな事に呆れている余裕は無かった。
 美鶴はさくらと比べてもなお細めで、腕も体つきに相応しい太さしかない。その彼女が、直径優に1メートル以上はあろうかという鉄鍋を分厚い板――お盆、なのだろうがこれは『板』としか表現しがたい――に載せて運んできたのである。やけに重量感のある座卓を抱えた若者を従えて。
 自分の背丈よりも大きい一抱え以上ある一枚板の座卓をそれ程苦労もせず細身の若者がしつらえたのに続いて、一抱え以上もある鉄鍋を載せた木の板を美鶴は座卓の上にさして重さも感じさせずスッと置いた。

「お待ちどうさま。お母様がすぐにご飯をお持ちになるから、続きはお食事をしながらにしましょう」
「あっ、姉さん、俺も手伝うよ」
「あの、あたしも」
「いいのよ、一郎さん。それにさくらさんも座っていらして。あなた達、今日はお客様なんだから。
 力仕事なら鷹也くんが手伝ってくれるから大丈夫よ。ねえ、鷹也くん?」
「は、ははは、任せて下さい……」

 力なく笑う「鷹也」と呼ばれた若者。年の頃は大神より少し下、二十歳に成るか成らないか、というところか。

「……悪いな、鷹也」
「いえ、美鶴従姉さんの言う通りですよ。一郎従兄さんは座っていて下さい」
「ごめんなさいね、鷹也くん。じゃあ、お母様を手伝ってきてくれないかしら」
「…わかりました。それでは従兄さん、また後で」

 疲れた――肉体的にではなく精神的に――諦め顔で再び襖の向こう側に姿を消す若者。その姿に奇妙な既視感を感じながら、さくらは当然の質問を口にした。

「大神さん、あの方は……?」
「ああ、後でちゃんと紹介するけど、従弟の鷹也(たかや)だよ。歳が近いんで昔からよく家に遊びに来てたんだ」
「一郎さんの一の子分よね?」
「姉さんの、でしょう…」

 くすっ、と笑う美鶴にげんなりした顔で言い返す大神。…今の一幕を見る限り、大神の言分の方に分があるようさくらには思えた。

「お祖父様、こう見えても一郎さんは女の子に人気があったんですよ?」

 いきなり話題を変える美鶴。形勢不利と見て、である事があからさまだ。…全く悪びれた顔を見せないあたり、かなり「いい性格」をしている。

「遠くから熱い視線を送る子が結構多かったんです。でも田舎の子はやっぱり駄目ですね、引っ込み思案というか、どうも臆病で。みんな遠くから見ているだけで一郎さんに話しかけてこようとはしなかったんですよ?」
「……みんな姉さんが追い払ったんじゃなかったっけ……?」

 遠くを見る眼でボソッと呟く大神。

「言いがかりよ、それは!あたしは何時も可愛い弟の幸せを願っているのよ?」
「……そうでしたね、失言でした。姉さんが追い払ったのではなく、姉さんを怖がって誰も寄って来なかったんでした」
「一郎さん、暫くお会いしない内に貴方随分弁が達者にお成りだこと。わたくしの何処が怖いのか、わかりやすく教えてくださらないかしら?」
「ごういうどごろだよ!」

 にっこり笑いながら大神の襟首を締め上げている――比喩ではなく本当に「締め」が入っているのだ――美鶴に、息を変な風に詰まらせながらもあくまで正直に答える大神。

「ぞれに、少じギレイな女の子だと見るどずぐに撫でまわじだがるんだがら」

 大分息遣いが怪しくなって来ている。

「人を変態みたいに言わないで頂戴。あたしは女の子が好きなんじゃなくて綺麗なものが好きなの。綺麗なものは見ているだけじゃなくて触ってみたくなるのは人の常というものじゃなくて?」
「だっだら…どうじで…経穴を突いで……動げなぐずる必要が……あるんでずが……」
「だってみんな嫌がるんだもの」
「おい美鶴……そろそろ離してやらないといくら一郎でも落ちるぞ……」
「………」
「もう…強情なんだから……」

 父親の声に不満顔で、それでも襟を「決めて」いた両手を離す美鶴。彼女から顔を背け、盛んに息を繰り返している弟を詰まらなそうに見ている。

「一郎さんの腕ならあたしの手なんて簡単に振り解けるのに、あくまで手を出そうとはしないんだから……」
「姉さんといえど……女の人に手をあげられるはず無いだろ……そんなのは、戦場だけで沢山だよ……」
「……まったく……頑固なのはお父様譲りかしらね?」

 尚も息を荒げる弟を、呆れたように首を振りながら見詰める美鶴の眼差しは、何処か誇らしげであった。

 

その7へ続く

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