決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その1>


 その日、帝都の頭上を魔の脅威が覆っていた。
 それは決して比喩ではなかった。
 帝都そのものに匹敵する巨大な浮遊物体。帝都の空一杯に広がる「それ」は不気味な幾何学性で都市のようにも城塞のようにも……生き物のようにも見えた。魂を打ちのめす恐怖と絶望をもたらす「それ」をわずかでも理性の目で観察する胆力と知力の持ち主であれば、気付いたに違いない。その巨大な物体が、微かに脈動している事に。それは、伝説の鵬にも匹敵する巨大な生き物であった。この世のものではありえない、善なる存在でもありえない、魔性の生物。「それ」は、地上に暗黒の神話時代の始まりを告げる魔の空中要塞であり魔の王城であり、巨大な「魔」そのものに他ならなかった。
 その物体の名は「武蔵」。この名を知るのはほんの一握りの関係者――人と魔の闘争に身を置く華撃団とその敵対勢力の関係者のみ。彼はその数少ない「関係者」の一人だった。
 若者の目は暁の太陽光に赤く染まった武蔵の巨体を鋭く射貫いている。人の心を禍々しさで圧倒し、原初的な恐怖で生きる気力を根こそぎ奪ってしまう余りに巨大な「魔」を前にして、彼の目は闘志を失っていなかった。空を覆い尽くす武蔵をじっと見上げる彼の双眸には炎があった。大切なものを踏み躙られようとする時、誇り高き獣が燃え上がらせる怒りの炎。彼はその荒ぶる魂を映し出す烈光の視線で、武蔵とその中に潜むものに声無き宣戦布告の雄叫びを放っていた。
 彼が頭上を見上げていたのは一分にも満たない短い間。視線を地上に戻した彼の目は、静水の落ち着きを取り戻していた。立ち塞がる全てのものを引き裂く苛烈な戦士から、従う者、共に歩む者を導き護る冷静沈着な指揮官に戻って、花組隊長・大神一郎は大帝国劇場地下、帝国華撃団本部へと足を進めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 薄暗い部屋。その部屋には窓がなかった。ぼんやりと点った小さな灯りだけがその部屋を照らす光源だった。黄昏を思わせる薄明の世界、朧な光は部屋の隅まで届かない。辛うじて浮かび上がる影は、大きな円卓と七つの椅子。今、その椅子を占める人影はただ一つ。
 青年はじっと見ていた。円卓の上に肘をつき、顔の前で指を組み合わせてその上からじっと見詰めていた。
 何を?
 彼の目線は部屋の向かい側、光の届かぬ壁へ向いている。彼の目は、闇を見通すことが出来るのだろうか?
 是、であり、否、である。
 確かに、青年の目は「闇」を見通すことが出来る。だがこの時、青年が見ていたものは薄暗い部屋の、光届かぬ壁に書かれた秘密の文様などではなかった。
 彼はじっと見ていた。静かな目に、静かな闘志を湛えて。彼の記憶の中にある、今、帝都の遙か上空に我が物顔で居座る「武蔵」の禍々しき姿を。そして、これから起こる未来を。「魔」との死闘を。
 空気が動いた。足音も、扉の軋む音もしない。人の気配すらない。だがその微かな変化に反応して、青年の目はそのままの姿勢で自分のいる時間と空間に戻ってきた。幻のように、あるいは影のように円卓の周りに増える人影。七つの椅子が全て埋まった時、月組隊長・加山雄一は指を組んでいた両手を下ろし、顔を上げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 帝国華撃団銀座本部。銀座の地下深くに設けられた司令室で、帝撃総司令・米田一基の口から驚くべき作戦が語られた。何と、あの「ミカサ」が再建されているというのだ。帝都の遥か上空に位置する武蔵に対し、反攻の道が示された。
 空中戦艦ミカサによる突撃。今までの大神であるなら、苦衷を強靭な意志で抑えつつ皆を鼓舞した事だろう。彼の愛する平和と彼の信じる正義の為に、少女達を修羅の戦場へと誘う、その罪悪感をねじ伏せて、少しでもその重荷を引き受けようとしただろう。
 だが、今の彼に迷いや躊躇いはなかった。彼は「共に」戦うと決心していた。彼はもはや、現実から逃げようとしなかった。自分が、彼女達を率いて戦っているという現実から。彼は彼女達に、「彼女」にそう誓ったのだから。
 共に戦う、そう、覚悟を決めた彼の熱い激励と労わりに促されて、花組の面々は出撃までの時間、思い思いの場所で寛いでいた。ある者は一人静かに、ある者はひたすら身体を動かして、ある者は気の合う「友達」と一緒に。
 ただ一人を除いて。
 たった一人だけ、ざわめく心を抑えきれない者がいた。

「大神さん、ちょっと、いいですか……」

 司令室を後にする隊員達を見送り、自身もミカサ発進までの短い時間に心身を万全に整えようと自室へ休息に向かっていた大神の背中を呼びとめたのは、心細い目をしたさくらだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 円卓に座した七つの影。背後の薄闇の中にはその三倍の気配無き人影。その全てを視界に納めて――見えるはずの無い背後の影すら意識の中に映し出して、加山はおもむろに口を開いた。彼の最も「頼りになる」部下、帝国華撃団・月組最精鋭の銀座本部防衛部隊に。

「ミカサ出撃が決定した」

 親しみも連帯感も込められていない、冷たいとさえ言える無機的な口調。彼らは加山にとって最も頼りになる部下だが、加山は彼らを信頼していたわけではなかった。彼にとって信頼できるのは彼ら自身ではなく彼らの戦闘能力だった。

「………」

 無言で応える男達。彼らもまた、能面の表情を崩しはしない。ただ、命令を受けるのみ。その為だけに彼らはこの場に集まっていた。

「京極は間違い無く、ミカサが最も無防備となる発進の直前を狙って降魔兵器を投入してくる。奴が今まで小手調べ程度の降魔兵器しか出撃させてこないのは、その為の戦力を温存しているのだと考えられる」

 男達が一斉に頷く。彼らは別に、加山に対して反抗心を抱いている訳ではない。ただ、任務以外のものを必要としていないだけだ。彼らは皆、戦の闇に生きる者達だから。

「我々の任務はミカサの援護。発進孔を開くための結界機関が作動すれば、形成される歪曲空間によって降魔兵器はミカサに近寄れなくなる。また、武蔵が完全な攻撃力を発揮するまでにはまだまだかなりの時間を要するものと思われる。
 従って、我々の任務は発進孔が開くまで結界機関の制御とミカサ出撃の管制を担うこの銀座本部を降魔兵器から守る事にある」

 一旦、言葉を切る加山。

「隊長」
「何か」

 覚悟を確かめるように一座を見渡した加山の視線につられたのか、それでもポーカーフェイスは崩さず円卓に就いた一人の隊員が手を挙げた。

「降魔兵器は『天武』でも苦戦する程の戦力を有しています。我々だけでは苦しいのでは?」

 その男は淡々と自分達の力不足を指摘して見せた。そしてその事に反発する者もいない。常に生死の境界を背にしている彼らにとって、見栄や自負は有害無益なものだった。任務達成だけが彼らの関心事だったのだ。

「確かに、我々月組に霊子甲冑で戦う能力は無い。しかし、だからこそ策がある。月組には、月組の戦い方がな」
「それは……?」

 興味津々といった表情で加山の対面に座っていた男が身を乗り出してきた。興味深げな表情は、彼らが初めて表した感情だった。

「確かに降魔が相手では、霊子兵器への適性が低い我々月組に勝ち目は薄い。だが相手は降魔兵器だ」
「降魔より降魔兵器の方が戦闘力は高いのでは?」
「降魔兵器は降魔の死骸に魔操機兵の部品を組み込んだ、降魔組織で作った魔操機兵とも言える。奴らには命も意志も無い。そこに付け入る隙がある」
「?」
「京極の阿呆に見せてやろう。命と意志こそが力であるとな」

 そう言えば加山は、十年に一人の逸材と呼ばれた大神と江田島で主席を争った智謀の持主であったのだ。その事をこの場に集った隊員たちは何となく思い出していた。知性の閃きを覗かせ自信に満ちた口調で作戦を語る加山。それは、月組隊員達に初めて見せた「海軍少尉・加山雄一」の姿であったのかもしれない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「鬼王の……真宮寺大佐の事だね」

 道に迷った子供のような途方にくれた目をしたさくらを、大神は劇場の外へと誘った。花組隊員の制服に着替えた姿を一般市民に見られる事はタブーである。だが、今は武蔵の脅威によって外出する市民は皆無に等しかったし、それ以上に黒鬼会と戦う帝撃の中で黒鬼会幹部の鬼王=父親の話はし辛いだろうと大神は考えたのだ。

「ええ……あたし、どうしたら良いのか、わからなくて……」

 弱々しい声で途切れ途切れに応えるさくら。定まらぬ視線が、破邪の宿命を知らされた時以上の迷いに苦しめられている事を表している。
 彼女にとって、誰よりも慕わしかった父。だが今、例え父親が素顔のまま彼女の前に立ったとしても、大神と敵対するならどちらにつくか、既にさくらの心は決まっていた。大神と父のどちらを選ぶか、その事だけは心の中でハッキリと決着をつけていた。
 帝都の平和を脅かす悪の組織の幹部として彼女の前に立ちはだかった父親。正義を愛する帝撃花組の真宮寺さくらにとって、鬼王は紛れも無く、敵。だが父に対する慕情が消えてしまったわけではなかった。誰よりも大好きだった父への想いは少しも色褪せていなかった。正義の心と、肉親への愛と。さくらの心は板挟みに苦しんでいた。
 だから、さくらは大神に縋った。大神が鬼王を斬ると言うなら、さくらは彼に従うと決めていた。今、誰よりも愛する大神の為なら、かつて誰よりも愛した父への想いを断ち切れると、思い詰めていた。
 心の出口を求めて大神へと振り仰いださくらの目は、自分を真剣に見詰めている大神の眼差しに出会った。自分の迷い、自分の依存、自分の弱さの全てを見通そうとしているかの如き彼の真っ直ぐ過ぎる視線に微かな畏れを感じてさくらが小さく身じろぎした時、大神の口が思いがけない台詞を紡ぎ始めた。

「真宮寺大佐を……お父上を助け出そう」
「えっ………?」
「大佐は京極の術で心を操られているだけだ。だから、京極さえ斃せば大佐はご自分の心を取り戻されるはずだ」
「じゃ、じゃあ…」
「ああ、俺達は、京極さえ斃せばいい」

 目を丸くして言葉を失ったさくらに大神は力強く頷いて見せた。さくらにとって、それは本当に思いがけない言葉だった。
 正義の為に。平和の為に。
 大神の願いと決意は自分以上に強固なもの。その為ならば、修羅の血泥の中に飛び込む事を全く厭わない。神々とすら刃を交えて憚らない。そんな凄みを感じる事さえある。その事を、昨晩は改めて、強く、思い知らされていた。この人は、戦士なのだと。信じるものの為に、戦い抜く人なのだと。
 その大神が、自分の家族への想いを、個人的な感情を優先してくれるなんて思ってもいなかった。嬉しかった。自分は、迷いを断ちきるために彼に縋ったのに、この人は自分の心を思い遣って斬り捨てる以外の道を示してくれたのだから。心を満たす感謝の念。それと共に、一つの決意がさくらの中に生まれる。

「大神さん、あたしの決意を聞いて下さい」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「以上だ。何か質問は?」

 薄明の中に集う男達から問い返す声は無かった。全員が、無表情を保ちながらも感嘆を隠し切れずにいた。加山から示された作戦は、一筋縄では行かぬ異能の月組隊員達を密かに唸らせるほど合理的で意表を突くものだった。

「繰り返して言うが、この作戦は霊子甲冑が出撃できない状況だからこそ実行可能で且つ効果がある。故に、戦況が不利になっても花組の援軍は決して得られない。霊子甲冑以外の霊子兵器の使用も著しく制限される。頼れるのは、自分自身の技だけだ。
 今回の作戦に限り、俺はお前達に参加拒否の権利を与える。この作戦が自殺行為だと考える者は遠慮無く申し出よ。処罰はしない」

 暫し流れる沈黙の時。誰も、応える者はいない。彼らは常に自分の腕だけを頼りに生死の境で綱渡りを演じてきた月組の戦士達。

「では、出撃準備にかかれ。装備は既に我々の武器庫に搬入済みだ。俺は司令へ出撃の申告を済ませてくる」

 立ち上がる加山。同時に、空気が揺らぐ。十秒も経たぬ内に、薄暗い部屋は再び加山一人の占有物となった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あたし、父と戦います」

 決然と告げるさくら。彼女の目に、もはや揺らぎは無い。

「京極を討とうとすれば、必ず父があたしたちの前に立ちはだかるでしょう。
 今の父は鬼王です。父ではありません。
 でも」

 短く言葉を切り、一層強い決意を瞳に漲らせる。

「父と刃を交える事で…お父様に教わった剣で『鬼王』に勝つ事が出来たら、お父様の魂が帰って来るような気がするんです……」

 さくらを見詰めていた大神の目の光が和らぐ。慈愛のこもった瞳で、大神はそっとさくらの肩に手を置いた。

「出来るさ、さくらくんなら」
「大神さん……」

 短い、励まし。だがそれは彼女にとって、万の激励よりも心強く、確かなものだった。
 じっと大神を見上げるさくらの瞳。大神は曖昧な笑いを浮かべて視線を外した。今更照れ臭さを感じたのだろうか?そんないつもの「大神さん」にさくらがくすっと笑みを漏らす。

「戻ろうか、そろそろ出撃だ」
「はい!」

 自分でもだらしないと思ったのだろう、照れ笑いを苦笑いに切り替えた大神に促されて、彼の後に続くさくら。

 !!?

 その時。
 空に満ちる妖気。

 ギィイイグァアアアア

 直後、彼方よりおぞましい咆哮が届いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「月組、出撃準備整いました」

 銀座本部地下の更に地下深くに鎮座する空中戦艦ミカサ。ここはその艦橋、ではない。今、加山と米田、そしてかえでの三人だけが集まっているこの部屋はミカサの艦長室、いわば米田の私室である。
 無論、世の常識をことごとく逸脱しているミカサである。戦艦・空母といった大型の軍艦にありがちな、無意味に贅を凝らした権威の象徴としての意味しか持たない金の無駄遣いの産物ではない。そもそも、この部屋は人が「生活」するための物ではないのだ。キネマトロンに似た簡素なコンソールは、ミカサの蒸気演算機に直結した世界最高峰の情報端末。ずらりと並んだ通信機は帝撃各部隊の隊長に直接命令を送る為の物。ここはもう一つの司令室であった。

「ご苦労」

 短い応え。米田の顔を彩るは鋼鉄の意志。無数の部下に死戦を命じた将の表情。

「では」

 同じ様に短い言葉と共に敬礼し、加山は踵を返そうとする。彼にとって、米田の「軍人的」な態度は当然の物だった。

「加山くん……」

 彼を引き止めたのは、かえでの躊躇いがちな呼び掛けだった。

「こんな事を言うと、勝手過ぎるって貴方は感じるかもしれないけど……」
「………」
「でも、言わせてちょうだい」

 かえでの何時になく歯切れの悪い台詞に、加山は無言で応えた。彼が自分の言葉を待っているのを見て、かえでは逡巡を振り切った。

「死んでもいいなんて、考えてはダメよ。死なないで、なんて図々しいことは言えない。貴方を死地に追いやっているのは他の誰でもない、私たちなんだから。
 でも、何があっても『死んでもいい』なんて考えてはダメ。命と引き換えに平和を守ろうなんて考えてはダメ。貴方の命も、貴方が守ろうとしている命と同じ様にかけがえのない物なんだから」
「………」
「約束してちょうだい。何があっても、どんな状況になっても、決して生きる事を諦めないって」

 無表情にかえでの目を見返す加山。彼の冷たい視線に合っても、かえでの熱い眼差しは揺るがなかった。

「……約束します」

 根負けしたように、遂に加山が言葉に出して、応えた。尚も確かめるように彼の目を覗き込んでくるかえでに、加山は小さく笑顔を見せた。それは苦笑いに近いものだったが、意に沿わぬ誓いを立てさせられた、という性質の物ではなかった。それは、何処か吹っ切れた表情だった。

「加山」

 二人のやり取りを無言で見守っていた米田が、一つ満足げに頷いて加山の名を呼んだ。姿勢を正す加山に、米田は深みのある声で語り掛ける。

「お前に出来なかった事は、他の誰にも出来なかった事だ。俺は、お前を大神と同じ様に誇りに思っている」
「!」
「お前の代わりは、いない。その事を忘れるなよ、加山。お前が有能だから、だけではない。お前もまた、俺の息子なのだからな」
「ハッ!」

 再び、きびきびと敬礼して、加山は戦場へと向かった。必要以上に素早く背中を向けたのは、あるいは、見られたくない表情が浮かんでいたからかもしれない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 帝都の空に突如現れた異形の群れ。遠くから近づいて来るのではなく唐突に気配が生じたのは、一定の高度まで冬眠状態で降下するよう設定されていたからなのだろう。下級降魔の肉体は人間の身体が変化した物。降魔は魔界の生き物であると同時に、この世界の有機体でもある。その活動、特に胴体部分の活動を維持するためには酸素交換が必要であることが既に魔との闘争に身を置く関係者には知られていた(但し、代謝機能が変化しているため毒物は効かない。また、無酸素状態に陥れば霊的生物としての性質を強め、甚だしい場合は頭部のみが分離することになる)。そして降魔組織を原材料とする降魔兵器もまた活動に酸素を必要とする事は確実であると予測されていた。
 地上数百メートルの間近まで、大神とさくらの知覚に引っかからなかったのはその所為である。降魔兵器が活動状態で接近していれば、いかに典型的作用型能力者の、言い換えれば知覚能力に乏しい二人でももっと早くその接近に気づいていたに違いない。
 既に降魔兵器は間近まで迫っている。今更天武を出撃させても、その前に劇場へ取りつかれてしまう。否、それ以前に今はミカサの発進準備中。ここで天武を出撃させては、発進手順が大幅に遅れてしまう。

「さくらくん、ここは俺が食い止める。君はかえでさんに報告して援軍を要請してくれ!」
「無茶です!!いくら大神さんでもお一人では!あたしも戦います!」
「さくらくん、聞き分けてくれ!花組の敵は武蔵だ。こんな所で君を危険に曝すわけにはいかない!!」
「大神さんがいなければ同じ事です!!大神さんがいらっしゃってこそ花組は戦えるんです!!あたしには、大神さんを残していくことなんて出来ません!!」

 さくらの瞳の中に不退転の決意を……この時の大神の心情をもっと端的に表現するなら梃子でも動かぬ頑固な決意を見出し、敵をもう目の前にしながら大神は激しく迷っていた。
 援軍を、と言ってはみたものの、ハッキリ言ってそんな当ては無かった。花組以外に、これ程大量の降魔兵器を食い止められる戦力に心当たりはない。風組はあくまで支援火力を操るのみであり、しかも今は花組より遙かに忙しい――ミカサ発進に掛かり切りの状態のはず。夢組は知覚系の術者が主体で純粋な魔物相手ならともかく、降魔兵器が相手では心もとない。月組は個人戦闘能力のレベルこそ高いものの、総じて霊子兵器への適性が低く、霊的生物への対抗戦力としてはそれ程期待できない。

(噂に聞く雪組なら、あるいは……)

 花組に次ぐ重武装の霊子兵器戦闘部隊、雪組の噂を思い出し、慌ててそれを打ち消す。今ここに存在しない兵力を計算に入れるなど、夢想家の愚行。勝利を自ら遠ざける行為だ。

(どうする、ここは一旦さくらくんを連れて……)

 帝撃の霊的防御力に賭けて一旦劇場の中に退避した後、重火器を携えて再出撃するか。そんな無謀な決意を大神が固めかけたその時。

「待たせたな、大神!」

 二人の前に白い影が舞い降りた!

 

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