決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その13>


黒羽幻法・不知射!

 尖先諸刃、内反りの太刀。よくよく見れば、鋸状に細かな刃の並ぶ逆刃の太刀。
 異形の宝剣『聖刀芒鋭』が鋭く振り下ろされる。
 闇の三日月が放たれる。
 闇色に近い、深い蒼の、三日月型の光刃。
 加山の放つ攻性幻術・不知射が遠隔攻撃型降魔兵器・烈風に吸い込まれる。
 次の瞬間、降魔兵器の姿が陽炎のように揺らめいた。

射(い)ィィィィ邪(や)ァァァァァ!

 長く鋭い気合に隠れて小さく撃鉄の落ちる音がした。
 立て続けに五回。
 雄次郎の構える長銃身の回転拳銃、通常の倍に近い銃身を持つ、伝説のガンマンが愛用した伝説のリボルバー、バントライン・スペシャルが形無き銃弾を放つ。
 毒々しい紫の体液が噴出す。
 不知射の一撃を受けた『烈風』の身体に五つの穴が開き、そこから体液が噴出している。
 両足の付け根、両翼の付け根、そして喉元。
 移動器官と攻撃器官を破壊され、地響きを上げて倒れる『烈風』。
 霊子甲冑の攻撃を受けた時のような完全破壊――四散・消滅には至らない。
 だが、兵器としての能力を失ったのは明らかだ。
 怪神の大口径火器に耐えた降魔兵器が、霊力を伴うとはいえたかが45口径の拳銃から放たれた超音波の弾丸に斃されたのだ!
 黒羽幻法・不知射。それは認識力を破壊する幻術。知覚と精神を断ち切ってしまう刃。
 ところで、魔物とは何なのだろうか?
 それは、強い思念を核として想念エネルギーと空間構成物質エーテルが固定・実体化した半物質・半エネルギーの生物。
 強い想念、とはこの場合、憎悪や怨念である事がほとんどだ。そして、まれに物欲。
 想念の元は、人とは限らない。
 一寸の虫にも五分の魂、とは、決して喩えばかりではない。
 何かを憎み、何かを恨む。あるいは、何かを渇望する。
 人であろうと、獣であろうと。
 それが魔物の存在の根源。
 自然物が天地の精気によって化成する『妖怪』と『魔物』はこの点で決定的に異なる存在だ。
 魔物とは、憎み、恨み、望む『何か』を認識する事によって成り立っている精神エネルギー体だと言える。自分が『何か』を憎み、『何か』を恨んでいる『魔物』であるという自己認識、それが魔物を『魔』として在らせている。
 だからこそ、より強い精神エネルギーによって破壊出来るし、『浄化』、即ち核となった『想念』を解きほぐす事によってエーテルとエネルギーに還元することも出来る。
 このことを逆に言えば、憎悪を、怨念を向けるべき『何か』の存在しないところに魔物は存在しつづけることが出来ない。
 加山の『不知射』は、認識力を切り裂くことによって、『何か』を見失わせてしまうことによって魔物の存在を揺らがせることが出来るのである。
 その効果はあくまでも一時的なもの。実体を得るまでに強固な想念は、それ程簡単に分解してしまいはしない。
 だがその一時、『魔』の力は揺らぎ、弱まり、失われる。
 黒羽幻法・不知射は、斯様にして、人よりも魔に対して絶大な攻撃力を持つ。
 半機半魔である降魔兵器に対しても。特にその防御能力を削ぎ取ってしまうことに。
 何故ならば、降魔兵器の防御力場はあくまで『魔』としての能力だからだ。降魔兵器のシルエットを揺らめかせた陽炎、あれは不知射による防御力場の揺らぎが光を屈折させたことによる現象だった。
 そして雄次郎の『響弾』は、霊力によって加速された空気の振動、超音波を撃ち出す技。それは同時に、物理的に作用する霊力を乗せた空気の弾丸でもある。
 降魔兵器は半エネルギー体であると共に物理的な実体も備えている。
 その『実体』を、『不知射』によって無力化された防御力場を貫いた『響弾』が破壊したのだ。
 これはまさに、兄弟のコンビネーションが可能にした戦果。

我が右手より出でよ、土雷!

 加山兄弟の右を並走する小柄な操雷師、柴田の右手から放たれた電光が降魔兵器・万雷の身体に突き立った銀色の杭に吸い込まれる。
 ずらりと牙の並ぶ顎門から漏れる激しい咆哮。これは苦痛を知らぬはずの生体兵器があげる苦鳴か。

来南天、尾火虎!
室火猪!
嘴火猴!
翼火蛇!
接火天君!

 左を走る対照的に大柄な体躯の火術使い、穂積の手から火球が投じられる。間髪入れず、その背後から炎が翔ける。霊力の炎は銀の杭を白熱させ、降魔兵器の肉体を焦がす。
 ここに集った隊員たちは月組の中でも最精鋭の戦闘員であり、一人一人が超常の攻撃力を備える卓越した術士。並みの魔物なら、否、相当上位の魔物でも、彼らが一団となれば花組の出番を待たずして葬り去ることが可能だ。
 降魔兵器にあれ程の苦戦を強いられるのは、降魔の特性を引き継ぐ強固過ぎる防御力場の所為だ。
 雪組が降魔兵器に突き立てた銀の杭が、その防御力場を貫き、月組の術を届かせる穴となっていた。
 降魔兵器の群れを切り裂いて走る加山兄弟と月組の隊員達。彼らを先導するように銀色の装甲に身を固めた雪組が、己の命を度外視したような肉弾戦を降魔兵器に仕掛けている。
 背後から精確に放たれる怪神の援護射撃。
 これは月組、雪組が一体となった退却戦だった。
 彼らの霊力に引き寄せられた降魔兵器の厚い包囲を突破する為の戦闘。
 銀色の装甲歩兵部隊を先頭にした彼らの攻撃は、着実に降魔兵器に損傷を与え、包囲網に穴を穿っていく。
 しかし。
 魔軍の石垣は、余りに分厚かった。
 帝都に投入された降魔兵器の総数は、ほとんど無数、と言っても過言ではなかった。
 一体帝国の何処にこれ程の生産能力が隠されていたのか、首を捻りたくなるほどに。
 確かに、京極は陸軍大臣として有能だったのだろう。これ程の物量を揃えたのだ。兵站の能力は満点をつけてもいい。
 その、帝都に溢れる降魔兵器が、彼らの放つ霊気に引き寄せられて次々と集まってきているのだ。
 対して、彼らの兵力はこれで全て。
 空に浮かぶ白鯨丸には、制圧爆撃の能力はあっても地上部隊支援の精密爆撃能力は無い。
 本来、そこを補う為の怪神なのだ。
 怪神の設計思想は、霊子力場の装甲という強力な防御力を備えた援護射撃用の移動砲台。
 白鯨丸の空爆で地上の戦闘施設および機動兵器を破壊し、怪神の援護射撃によって残存兵力を排除しつつ、歩兵部隊による拠点制圧――それが雪組本来の戦術思想である。
 しかし、今や白鯨丸にも地上部隊を援護する余裕は失われていた。
 降魔兵器は、翼を有する飛行兵器でもあるのだから。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「散弾砲、右舷掃射」

 船体を振動させる反動。右舷に取り付けられた全円周回転式の副砲塔が対空特殊砲弾を降魔兵器の群れに撃ち込む。
 発射直後に爆発した砲弾は、灼熱のした無数の弾丸となって降魔兵器の頭上に降り注いだ。

「……街が無茶苦茶だ……また雄一さんにどやされるぞ、これは……」
「何を呑気な。
 船尾、蒸気噴射」

 火の雨が廃墟となった街並みに止めをさす様に、掌で顔を覆った神無月に向けて思わず呆れ声を漏らし、すかさず表情を引き締めて戦闘指揮に戻る艦長の岩瀬。
 尾部蒸気噴射口から猛烈な勢いで蒸気流が噴出し、迫り来る降魔兵器を退ける。
 翔鯨丸より二年遅れで竣工した白鯨丸は、帝撃独自の技術に留まらず賢人機関より実験的に提供された最新技術を詰め込み、全長、全幅で二回り優るだけでなく戦闘力でも大きく上回っている。空中戦艦ミカサを別格として、帝撃最強の戦力であり世界でも指折りの機動兵器であろう(無論、機械の性能として、である。実際にどれほどの戦果を得られるか、にはそれを動かす人間という要素が大きく絡んでくる)。艦首に半固定された主砲こそ翔鯨丸と同じサイズの物だが、両舷に取り付けられた副砲塔は全円周回転式となっており、上空の敵も狙うことが出来る。丁度潜水艦の魚雷発射口のように艦首両脇、艦尾両脇に設けられた噴進弾発射口。両弦にずらりと装備された対空機銃。補助推進機関を兼ねる、艦体の各所に配された蒸気噴射口からは、霊子核機関より供給される大量の霊子を含んだ蒸気を最長100メートルまで放射することが出来る。かつて銀座本部にも対降魔用の防御機構として採用された蒸気噴射だ。
 巨大過ぎて降魔兵器のような小型飛行兵器に対しては多数の死角を生じさせてしまうミカサと異なり、白鯨丸は半機半魔の大軍を良く退けていた。ただし――かろうじて。
 今や、白鯨丸も途切れることなく群がってくる降魔兵器を撃退するだけで精一杯になっていた。怪神の制御上、行動範囲は限られている。満足に逃げることも出来ず、刻一刻と欠乏を呈してくる残弾にじりじりと炙られるような焦りを感じながら、全乗員フル回転の迎撃が続いていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 グシュァ

 金属の潰れる音と共に、液体の詰まった袋が弾けたような、嫌な音が聞こえた。
 赤黒く染まった装甲。地面に投げ出された四肢。地面に描かれた血の帯。
 人間の体力には限りがある。
 気力も、霊力も、その点は同じ。
 たとえ薬で強化されていても。
 生き物に留まらず、無限の力などこの世界には存在しないのだから。
 度重なる戦闘、それも人間の限界を無理矢理に超えた肉弾戦は雪組・装甲歩兵の『力』を確実に削ぎ取っていった。体力と、霊力と、精神力を。
 そのどれか一つでも欠けた時、ギリギリの綱渡りは破綻する。
 その全てが少しずつ欠けていき、喪失がある限界点を越えた時、破局が訪れる。
 『万雷』の爪が銀色の盾を撥ね飛ばし、灰白色の戦闘服をザックリ切り裂いていた。
 直撃を受けて、生身に近い人間がまだ人の形を保っているのは流石に強固な装甲だと言えよう。人型蒸気でも原形を止めぬ残骸となる降魔兵器の一撃だ。
 即死ではなかった。致命傷、でもない。が、重傷だ。放置すれば、間違いなく死につながる。
 一瞬のうちに、それだけの事を見分ける者が、ここには多数揃っていた。
 退却の隊列に乱れが生じる。

「構うなっ!」

 非情な制止。それは、雄次郎の声だった。
 足を止めた数名の月組隊員の鋭い視線を鋼色の一瞥で撥ね返す。

「犬死にしたいのか!?」

 振向きもせず、兄の声が続く。犬死したいのか?、ではなく。
 血の臭いに引かれ、血溜りに群がる降魔兵器。
 だが、包囲されているのは彼らも同じ。
 停滞は、より激しい突撃に転じる。
 その後方で爆音が轟く。
 火薬の爆発音ではない。人の霊力が制御を失い瞬間的に放出される暴走現象の音ならぬ音。
 振向く者はいない。振向く必要は無かった。
 加山は、月組は、再び半機半魔の軍勢と戦いながら歯を食い縛っていた。
 あの雪組隊員は、自爆したのだ。
 あの装甲には、自爆の機能が組み込まれているのだ。

「兄貴、これ以上は無理だ!」

 リボルバーのリロードゲートを開けて、魔法のようなスピードで弾を込めていく雄次郎。傍目には、シリンダーを無造作に回しているだけにしか見えない。だが、彼の走り去った後には空の薬莢が転々と転がっている。
 それだけの作業をこなしながら、弟の目は兄に向けられていた。

「これ以上不知射を撃ったら精神が灼き切れちまうぞ!」

 聖刀芒鋭を振り抜いた兄の横で、続けざまに六回、引き金を引く弟。

「お前の方こそ、そんな無茶な霊力の使い方は限界だろう」

 心なしか、息が荒い。

「俺はまだ兄貴の半分も戦っていない」
「だから俺に下がれと?そんな状況か」
「だが、ここで力尽きちまったら元も子もないだろう!」

 金属を引き裂く音が響く。音無き爆発音が続く。
 力尽き、倒れていく雪組の兵士たち。
 彼らの装備は全員が霊力を共振させることで降魔兵器に対抗する力を得ている。その為、一人が倒れれば戦力の低下は部隊のレベルだけでなく個々の戦闘力のレベルに及ぶ。

「限界は雪組の方だ」
「月組はとっくに限界を超えているじゃないか!」
「……どうやら、両方とも限界のようだな」

 彼らの足が止まっていた。
 人数が半減したことにより、雪組の突破力は失われていた。今や彼らも、攻撃を受け止めることより躱すことに注力せざるを得なくなっていた。
 霊子核機関搭載型人型蒸気・怪神は後方から追いすがる敵の防波堤となっている。
 月組単独でこれほど分厚い降魔兵器の囲みを破ることは出来ない。
 彼らの状態が万全ならば、一時的に降魔兵器の動きを止める法陣を築く事もできる。
 先刻のように。
 だが、今、戦闘力を辛うじて残しているのは『火』と『雷』のみ。この二つの力は爆発的に放たれる攻撃属性のものであり、継続型の術には本来向いていない。

「ちっ、弾切れか!」

 舌打ちと共に拳銃を腰のホルスターに戻し、背中から大振りのナイフを抜き出す雄次郎。

「もう一度『霧氷陣』を使います」

 その横に並ぶ加山の背後に、風の術者・迎木が音も無く駆け寄っていた。

「無理だ」

 素っ気無く応える加山の背後にもう一つの影。

「僅かな時間稼ぎにしかなりませんが」
「その間に脱出を」

 水の術者・三上の言葉を、再び迎木が引き継ぐ。

「玉砕は許可しない」

 改めて、素っ気無い却下。
 だが、水と風の術者は引き下がらなかった。

「命令違反は承知の上です」
「我々の命があったなら、如何様にも処罰を」

 銀光が一閃した。
 声も無く倒れる二人の術者。
 血飛沫は上がらない。逆刃の宝剣による峰打ちだった。

「二人を拘束しろ。命令違反だ」

 彼らと同じ風と水の術者に短く命じる。

「……作戦中ならば許可したのだがな……」

 短い独り言。隣で聞いていた雄次郎には、その意味が分かった。

「すまん、兄貴。俺達の所為で…」

 月組がこうして敵の包囲網に捕らわれたのは雪組を止める為だ。そしてそれは、月組としての任務ではなく、兄と兄に従う彼らの個人的な意思。
 己を責める弟の一言に、加山は小さく笑った。そして、右手を下から上へと軽く振り上げた。
 空中に短い軌跡を描く白銀の影。
 飛び込んできた聖刀芒鋭を咄嗟であるにも拘らず危なげなく柄で掴んで、雄次郎は無言の問い掛けを兄に送った。

「そんなナイフでは戦えまい」
「どうする気だ…?」
「加賀見」

 質問に答えず、壮年の幻術者を呼ぶ加山。

「はっ」
「悪いが、つきあってくれ」
「了解しました。全員、配置についております」
「やれやれ、お前もか?」
「隊長も、ご同様かと」
「違いない」

 苦笑する加山。加賀見の背後には、幻術者の分隊が控えていた。風と水の術者同様、降魔兵器の足止めで既に力を使い果たしてしまっていたはずの者達。

「兄貴、無茶だ!」
「雄次郎。すまないが、死んでくれ」
「兄貴……」
「白兵戦の能力は『月光の視者』よりも『月影の刺者』の方が上だ。血路を開いてくれ」
「止めろ兄貴!その状態で『闇月』を使うつもりか!」
「それは無理だ。流石にもう『闇月』を使う霊力(ちから)は残っていない」
「じゃあ…まさか!?」
「月が日と共に沈む夜、星の輝きが甦る」
「兄貴!」
「任せたぞ」

 加山の右手が挙がる。
 加賀見と彼の背後の術者達が、一斉に片膝をつき地面に視線を向けて思念を凝らす。
 幻術者達を背後に従え、加山が印を結ぶ。
 霊剣の助けを借りず、部下の、仲間の力を借りて術を発動させる為に。

月は時を刻み歳月を刻む
土より生まれし命、月の光の下歳月を重ね、土に還る
大地は死を受け止め、月は死を見守る
月の光、大地に黄泉の路を開く
赤闇の月の夜、月と大地の重なる時、月の幻力、大地に黄泉を映し出す

 加山の詠唱に、血の気を失った顔で続く幻術者の一団。地面に幻影の霊力が注ぎ込まれる。
 幽気が立ち上る。大地が抱きとめた無数の死。大地に刻まれた『死』の『記憶』を『識』に働きかける幻力が引き出していく。

死すべき者よ
命亡き者よ
今ここに汝らが進むべき路を示さん

 安らかなる永久(とわ)の眠り。『死』の誘惑に必死で抵抗しながら、幻影の術者たちは残り少ない霊力の全てを加山の術に注ぎ込んでいた。

黒羽幻法・着黄泉(つくよみ)

 黒と見紛う深い赤。赤闇の光が波紋となって大地に広がった。
 闇色の光は、風に変わった。
 寂寥とした、森閑とした。
 何一つ心乱すものの無い、ただ静かな空間が風に乗って広がる。
 亡者を苛む地獄に非ず、亡者を眠りにつかせる黄泉の微風。
 降魔兵器の動きに変化が生じた。
 生物の滑らかさから、機械のぎこちなさへ。
 魔の波動が弱まる。

バカヤローッ!!

 心の中で絶叫しながら、雄次郎の足は自分の意志と関係なく地面を蹴っていた。自分の意志と関係なく口が動き、忘れていたはずの呪言が紡ぎ出される。

二十八の相・廻(めぐ)り
 月のかからぬ・闇の夜
 月の光の縛め・放れ
 百八の星・甦る

 異形の霊剣を右手で高々と掲げ、雄次郎は叫んだ。

星刀芒鋭今一つの名の下に魔星の輝きをその牙に宿せ!!

 内反りの刃が煌いた。無数に見える光の明滅は、高速で振動する鋸刃上の細かな刃に反射された光の乱舞。刃の数は合計百七。鋭く輝く尖先を含めて、光を宿した刃の数は、都合百八

黒羽剣法・響刃!!

 虫の羽音のような微かな唸り。刃に躍る光の明滅が一層激しいものになる。
 降魔兵器の爪が雄次郎の残像を切り裂く。本体はその背後に回り込んでいた。

 

 『万雷』の背中に呆気なく食い込む刃。ぬめりを帯びた魔の体組織だけでなく、組み込まれた機械部分までがバターのように切り裂かれる。

「ボヤボヤするな!術が効いている内に血路を開く!!」

 二匹目、三匹目の降魔兵器を屠りながら、雄次郎が叫ぶ。余りの切れ味を目にして呆気に取られていた火の術者、雷の術者が我に返って半機半魔の軍勢に猛攻を加える。
 そう、彼らの目を釘付けにするほどの切れ味。刃の、そしてそれを操る技の。
 霊剣を手にした雄次郎は縦横無尽に斬りまくる。少しずつ弱まっていく幻力、少しずつ力を取り戻していく降魔兵器、少しずつ遠くなっていく兄の気配を感じながら。
 チラリと視線を動かす。分かっていたことだが、彼の兄は一歩も動いていない。身動ぎ一つしない。いや――出来ない。降魔兵器の魔性を「眠らせる」為の最上級幻術、否、最早『幻』術ではなく『地』『水』『火』『風』の上位に位置する、『空』と並ぶ『識』の術と呼ぶべき高等法術に全霊を注いでいるからだ。

 言われるまでも無く――弟の内心の罵倒が彼には何故か「聞こえて」いた――自分が馬鹿な真似をしていると加山には分かっていた。自分にはもう、この包囲を突破することは出来ないだろう。自分らしくも無い、何と感傷的な真似をしていることか。
 これが任務ならば、作戦行動ならば、こんな馬鹿な真似をしたはずは無かった。逃げ遂せる者だけで、さっさと逃げ出していた。軍事行動に犠牲者は付き物。一人の犠牲者も出さずに任務を果たせるなど甘すぎる幻想だと分かっていた。それは奇跡。奇跡を可能にする力の持ち主だけに許される快挙。
 だが、今は任務中ではなかった。彼らは、彼の感傷に付き合ってくれただけだ。その結果がこの状況。だから、切り捨てることは出来ない。自分が死ぬ事になっても。
 それは言い訳だった。術に集中する意識の、ほんの片隅のわずかな欠片で、彼はそんな言い訳をしていた。
 自分に対して?
 誰に対して?

(約束は、果たせそうに無いな……)

 意識をかすめる思念。無意識の領域が出した回答。
 それも、今は遠い。
 彼の意識はほとんど全てが術に集中している。
 精神の消耗は既に、思考能力を侵食するレベルに達していた。
 彼がただ一人弱音を吐き、弱さを曝け出した相手との約束も、今の彼を止めることは出来なかった。
 彼女のこと、彼女と自分のこと、全てがまるで他人事のようだった。
 こんな時に「彼女」を思い出した自分に苦笑いすることすら、なかった。

 (大神)

 朦朧と霞んでいく意識の欠片で、彼は友の名を呼んだ。
 それは別れの挨拶だったのか。
 後を託す言葉だったのか。
 何故だか全く分からないままに、友の名が心に浮かんだ。

 その瞬間

 世界に、生命(いのち)が溢れた。

 

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