決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その2>


「待たせたな、大神!」

 音も無く、気配すら感じさせる事無く舞い降りた人影。思わず構えを取った大神は、聞き慣れた声に危うく技を止めた。

「加山!?」

 なるほど、霊感はそれほど鋭いとは言い難いが、「戦場」を掌握する大神の感覚は単なる「霊感」を遥かに超えたレベルにある。その臨戦状態にある大神に気配すら感じさせず近づく事の出来る者など、考えてみればそうそういるはずも無い。背後から――わざわざ劇場のテラスから飛び降りたに違いない登場方法といい、加山以外の何者であるはずも無かった。
 彼の目には慣れた白の詰襟。海軍士官の制服に身を包み、その手に携えるは青糸拵えの柄の太刀。鞘の中からですら、強烈な気の波動を感じさせる霊剣。大神達二人を制止するかのように鞘を掴んだ左手を伸ばし、地上に舞い降りてくる降魔兵器の群れへ向かい合う。

「ここは俺たち月組が食い止める!お前達は早くミカサへ行け!」
「無茶を言うな、加山!これ程の大群相手に霊子甲冑も無しでどうやって戦うつもりだ!?」

 凛然と言い放った加山に対する大神の反問は至極当然のものだった。相手は新型霊子甲冑・天武ですら容易い相手とは言えぬ降魔兵器。如何に加山を筆頭に月組の戦闘能力が高くとも、この降魔兵器の大群を相手に生身の人間が抗し得るとは到底思えない。大神自身ですら、霊子甲冑無しでこの呪われた軍勢を押し止める自信は無い。

「フッ……」

 だが、返ってきた応えは不敵な笑みだった。

「確かに俺達月組に霊子甲冑を操る霊力は無い。歩兵用の携行霊子兵器すら満足に操れん。だがな、大神……」

 自分たちの無力を認める台詞。対照的に、強がりではない自信をうかがわせる表情。

「俺達には俺達の戦い方がある。月組には、月組なりの戦い方がな。心配は無用だ」
「………」
「………」

 無言で交錯する二人の海軍少尉、二人の帝撃隊長の視線。その緊迫感に降魔兵器ですら呪縛されていたのだろうか、奇妙な凪が戦場に訪れる。それは無論、嵐の前の静けさ、自らの意志を持たぬ兵器に過ぎぬ降魔兵器が主の命令を待つ一瞬に過ぎなかったのではあろうが。
 鋭い視線で加山の瞳を覗き込む大神。彼の心に一片でも虚勢やはったりがあるなら、それを暴き出さずにはおかぬ強烈な意志を込めた目。その刺し貫く視線を正面から受け止めて、加山は穏やかに口を開いた。

「大神、俺の一番の幸せは何だと思う?」
「………」

 大神は、答えない。答えが分かっていても、答えられない。何故ならそれは、当て推量の類で軽々しく回答できない「友」としての問い掛けだから。
 敢えて答えない大神に、加山の目の光が微かな満足の色と共に和らいだ。

「それはな、街が平和であることだ。人々が平和に暮らせることだ。人々の笑顔が守られることだ」

 だからこそ、己が手を血に染めることが出来る――口にされなかった最後の台詞。それは、二人の間では敢えて口にする必要のない想い。

「……ここは俺達が食い止める。お前達は、早くミカサへ――武蔵へ行け!!」

 ――人々の笑顔を守る為に

「……分かった、ここは任せたぞ、加山!!」
「ああ、任せろ。お前は武蔵を頼む!!」
「応!
 さくらくん、行こう!!」
「は、はいっ!」

 力強い応えを返し、さくらへと振り返る大神。二人の迸り交じり合う想いに圧倒され、口を開くことも出来ずに固まっていたさくらは、大神の声に慌てて応えを返し、既に走り出していた彼の後に続く。

「走れ、大神!勝利へ向かってな!!」

 更にその後を、加山のエールが追いかけた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 二人の背中から戦場へと目を戻した加山の顔は、厳しい表情に彩られていた。冷たく強靭な、鋼の表情。
 降魔兵器が身動ぎする。今や銀座の街を埋め尽くすかと思われるほど大量に降下した降魔兵器が、操る者の命令を受け取り、遂にその呪われた力を解放しようとしていた。
 加山の右手が上がる。同時に立ち上がる黒い影達。屋根の上に、あるいは建物の影から、突如空中より湧いて出たとしか思えぬ唐突な登場を見せた男達は、その肩に長い筒状の物を抱えていた。大口径無反動歩兵砲。その炸裂弾の威力は、前大戦で猛威を揮った人型蒸気の脅威となっている。
 加山の右手が振り下ろされる。男たちの指がトリガーを引く。大量の炸裂弾が降魔兵器の大軍に降り注がれ――は、しなかった!
 発射煙をたなびかせる砲口は、上を向いている。上空に「花火」がはじける。音ばかり大きな、単色の爆発。華やぎも味わいも無い、だが明らかに破壊を目的としたものではない火薬の炸裂。そして、銀座の空一面を紙吹雪が覆い尽くした!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「長官、発進準備は終わりましたか!?」

 帝国華撃団銀座本部、更にその下層に位置する空中戦艦ミカサの艦橋に走り込んだ大神は、彼には珍しく焦りの色を隠そうともせず米田に無礼な質問をぶつけた。
 だが、米田はこの若者の遠慮の無い振舞いを全く咎めようとはしなかった。彼の焦りが友を思うが故の物であることを十分に理解していた。彼はただ、目を閉じたまま艦長席に静かに座していた。
 米田の泰然たる態度を目にして、大神もいつもの落ち着きを取り戻す。彼に一足遅れて艦橋に飛び込んださくらの目には、米田の前でかえでと共に発進準備の状況を冷静にチェックしている海軍士官の――戦艦乗りの大神の姿が映った。

「霊子核機関、出力正常に上昇中」
「発進孔境界上の市民の避難誘導、完了しました」
「航空管制異常なし」
「火器管制、異常なし」

 ミカサ運営に携わる風組隊員達の声に混じって、聞き慣れた帝劇三人娘――かすみ、由里、椿の声も聞こえる。

「結界機関、異常無し」
「全機関、艦上および地上管制、全て異常ありません」
「長官」
「うむ」

 かえでの声に米田が目を開く。マイクを掴み、出撃の最終準備を告げようとしたその時。

「霊子レーダーに異常!銀座上空に激しいノイズが発生しました!!」

 探知班より悲鳴のような報告。

「システムをチェックして!ノイズは銀座上空だけ!?ミカサと結界機関の管制機能は!?」
「シ、システムは正常に作動しています!」
「ノイズは銀座上空にのみ広がっています!」
「有線回線、地下回線に異常は見られません!」

 かえでのキビキビした指示に、狼狽の色を隠せないながらも即、若いクルーの報告が返される。

「地上のカメラで上空の様子を映し出せ。望遠最大!」

 鋭い大神の指示。これは明らかに越権行為だ。帝撃で数少ない将校、今この場ではかえでに次ぐ階級を持つとはいえ、彼は機甲部隊である花組の隊長であり、艦の運営には何の権限も与えられていない。だが、その事を指摘する者は皆無だった。誰もが、かえでや米田ですら大神の命令を何の違和感もなく受け止めていた。艦橋で命令を下す大神の姿はそれ程自然で、様になるものだった。
 彼の指示は即座に実行された。艦橋正面の大スクリーンに帝都の空を覆う武蔵の姿が大写しになる。そして、その手前に鈍く輝く銀色の雲が広がっている様子が。

「やはりそうか……加山め、考えたな!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 紙吹雪と見えたは鈍く輝く無数の金属片。火薬の炸裂で大きく広がり、ゆっくりと落ちてくる様は銀色の雪にも似ていた。
 その時地上では、降魔兵器の群れに変化が生じていた。整然たる待機状態から一斉に動き始めようとしていた隊列の、秩序が乱れた。
 もとより降魔は破壊と殺戮の邪念が凝り固まったような存在である。知性など欠片もなく、ただ無秩序に壊し、殺す魔物だと考えがちだ。しかし実際には、降魔には意志と知性がある。二年前、葵叉丹(=山崎真之介)がそれを証明していた。彼らは自らの主を選び、その命令に従って組織的な戦闘を行うことが出来る。
 まして降魔兵器は、「兵器」として作られた物。兵器である以上、制御できなければお話にならない。事実、王子の戦闘では鬼王の操作に従って理に適った連携を見せた。この銀座においてもたった今まで、明らかに一つの意志に従って行動しようとしていた。
 だが今、その「意志」に乱れが生じた。否、統一的な制御が失われているように見えた。ある個体は首を振りながら立ちすくみ、別の個体はぐるぐると同じ所を歩き回り始めた。全ての個体が突如視力を失ってしまったが如く、戦術目標、即ち標的を見失っていた。
 降魔兵器の混乱を前にして、絶好の機会と逸り立つ事は、月組には無かった。抜け駆けや勇み足は彼らに無縁の愚行。全員が鋼の意志を以て自らを律し、彼らを動かすただ一つの意志、月組隊長の命令を待つ。己自身を帝国華撃団・月組という一つの戦闘生物の細胞とする為に、自ら従う鉄の規律によって隊長と定められた加山の命令を。
 再び加山の右手が上がる。隊員達の手には、先刻より細身の、だが小銃や機関銃と比較すれば遙かに太い、歩兵用小型榴弾砲が構えられていた。その砲口は、今度こそ降魔兵器へ向いている。
 加山の右手が振り下ろされる。数十を数える小型の榴弾が、一発も外れることなく降魔兵器を狙い撃った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「大神!?」
「月組が空中に散布した物は、シルスウス鋼の薄片に違いありません」

 米田の短い、ただ一言名前を呼んだだけの問い掛けに、大神もまた無駄な儀礼をいっさい省いた応えを返した。米田の、かえでの、そして艦橋に集合した花組全員、発進準備に追われる航法制御、機関制御、そして発進孔を開く為の結界機関制御を受け持つクルー以外の全ての視線が集中する中、大神はじっとスクリーンを睨み付けたまま引き締まった表情で全員の疑問に答える。

「言うまでもなくシルスウス鋼は霊的な波動を遮る特性を持つ金属。霊子レーダーが効かなくなったのは、空中に舞う大量のシルスウス鋼片に霊子波が攪乱されている所為です」
「何故そんな事をしたのかしら?」
「降魔兵器を混乱させる為です」

 早口になったかえでの質問に、大神は簡潔な答を示した。そして全員の頭上に疑問符が浮かんでいるのを肌で感じ取って、彼が驚愕と共に読み取った加山の知謀を明らかにする。

「カメラを地上に戻せ!
 ……見て下さい。既に効果が現れ始めています。わかりますか?降魔兵器の隊列に生じた乱れが。
 王子で鬼王は言いました」

 鬼王――この名前にほんの僅かな躊躇を見せて、それでもスクリーンから目を逸らすことなく大神は言葉を続ける。

「降魔兵器は降魔の死骸を霊体分離し――つまり、何らかの術によって降魔の肉体に宿る妖力はそのままに降魔の本体である邪念の核を切り離し、体組織を培養して、それを基盤に魔操機兵の武装を組み込んだ魔物と兵器の複合体であると。
 鬼王が本当の事のみを語っているという保証はありませんが、降魔兵器について語られた事は真実でしょう。嘘をついても何の利もありませんから。ならば、彼の言葉から一つの事実が推測されます。それは、降魔兵器が独自の意志を持っていないという事」

 短く、言葉を切る大神。別に劇的な効果を狙った訳ではなく、今や地上の帝劇周囲に切り替えられている大スクリーンに映った映像の微妙な変化に一瞬気を取られた所為である。

「降魔兵器は魔操機兵と同じ様に、外部からの誘導操作によって動いています。そして、自律的な判断能力は魔操機兵より下でしょう。元々一つの生命体である――例え、魔に属する存在であっても生物であることには変わりありませんから、演算機能を格納する余地は機械兵である魔操機兵に比べずっと少ないはずです。ならば、降魔兵器には、常に指令を与え続けなければならない。
 そして今、この銀座本部周辺に降下した降魔兵器に与えられる指令は、武蔵から発信されているに違いありません。もし近くに、これ程多数の降魔兵器に指令を与えている術者、あるいは中継点があればミカサの探査装置に引っ掛からないはずはありませんから。
 その指令の媒体はほぼ100%の確率で魔操機兵と同じく、妖力波。空中に散布されたシルスウス鋼の薄片は、その妖力波を攪乱しているのです」
「むぅ……」

 思わず唸り声を上げる米田。百戦錬磨の、大神と加山が生まれる前から戦場に立っていた彼ですら考えつかなかった奇策。否、米田は、何故自分がこのような当たり前の戦術を思いつかなかったのか、そこにこそ首を捻っていた。
 そしてその回答は、再び彼の息子のような年齢の青年によってもたらされる。

「流石は加山。兵は奇道を好む、とは中国の兵法家の言葉ですが、相手の裏をかく『奇』の策を考案することにかけては、昔からあいつの右に出る者はいませんでした。兵学校の主席と言っても、私はごく当たり前の正攻法をもっともらしく提示することが出来ただけ。兵法の本質が『奇』にあるなら、あいつこそが江田島で最も優れた兵法家でした。
 そして何より、私は帝国華撃団の常識に囚われていました。霊子甲冑を始めとする霊子兵器で武装した帝国華撃団。その戦術は、霊子兵器を最大限効果的に運用することにあると、何の疑いもなく思い込んでいた。霊子兵器の運用を阻害するシルスウス鋼のチャフを使った戦術など、最初から考えようともしなかった。霊子甲冑の運用を妨げる物として、無意識の内に排除していたのでしょう。全く、あいつの発想の柔軟さには恐れ入ります……
 これで降魔兵器に、組織的な戦闘行動は取れません。おそらくは、組み込まれた兵器も使えないでしょう。本来降魔の物ではない火器の類は、外部から操作しなければ作動しないでしょうから」

 独り言のような大神の賛辞。それを聞きながら、米田は二重に舌を巻いていた。まず大神も溜め息を漏らした加山の知謀に。そして、与えられた任務とは全く対局の立場から考えられた奇策を瞬時に理解した大神の洞察力に。
 確かに大神の言う通りだ。霊子波の攪乱は霊子レーダーと霊子波通信の双方に重大な支障を来たす。それは同時に、霊子兵器の運用効率を半減させる事を意味している。通常の電波通信の数倍の密度を有する霊子波通信と遮蔽物にほとんど影響を受けない霊子レーダーは、通常兵装の部隊に比べ格段の運用精度を霊子兵装部隊に与える霊子兵器戦術の要だ。
 その機能を自ら犠牲にする戦術を最も典型的な霊子兵装部隊である花組隊長の大神が最初から捨ててしまうのは人の心理として当然過ぎる事。霊子兵器に対する適性の少ない月組を率いる加山だからこそ考えつく戦法であるとも言えるし、その可能性を考えつかなければならなかったのはむしろ総司令である米田の方なのだ。にも拘わらず、大神は米田がその可能性の尻尾を捕まえるより遙かに早く、まさに一瞬にして加山の奇策を看破したのである。

(こいつらは………)

 新しい時代、癪に障るはずのこの言葉が、何の抵抗もなく米田の脳裏に浮かび上がる。

「だが加山、ここからどうする?」

 そして米田のそんな内心の声に気づいたはずもなく、大神は応えを返す事のないスクリーンに呼びかける。

「組織的な行動を封じ、組み込まれた機械兵器を無力化したとは言え、爪と牙まで無力化できる訳ではない。それに、降魔本来の妖力が健在である以上、通常兵器は通用しないぞ」

 食い入るように彼が見詰めるスクリーンの中を飛翔する数十の小型榴弾。大神の疑問に、加山からの回答が示される。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 降魔兵器の群れに降り注ぐ小型榴弾。人口霊水晶の粉末を用いた霊子炸裂弾、光武・紅蘭機の武装を小型化した(光武・改ではない。光武・改・紅蘭機には榴弾砲に換わって噴進弾が装備されている)帝国華撃団の歩兵装備である。
 全ての霊子兵器に共通して言えることだが、霊子炸裂弾の威力もそこに込められた霊力に比例する。ミカサの火砲は霊子核機関による霊力の補助を受けており、翔鯨丸の主砲は砲弾に予め霊力が充填されている(黒之巣会や黒鬼会が使った蒸気火箭も同じ)。だが、霊子甲冑用の砲弾になると霊子力を長時間蓄える機能を組み込むほど空間的な余裕がない為、その威力は搭乗者が発射時に込める霊力に100%依存する。まして更に小型化された歩兵用の炸裂弾では、威力=射手の霊力となる。
 繰り返し述べられたことだが、月組隊員は霊子兵器に対する適性が低い。これは単に霊力が劣っているという意味ではなく、霊子兵器を使う為の霊力が低いという意味である。だがこの場合は、霊子兵器の威力を十分に引き出すことが出来ないということをそのまま意味している。新型霊子甲冑・天武の一撃にすら耐える降魔兵器の妖力障壁に、月組が歩兵用炸裂弾を用いたところで通用するとは到底考えられない。
 さすがは精鋭揃いの月組、その兵士としての錬度は帝撃随一だろう。全ての榴弾が狙い過たず降魔兵器を直撃する。だがやはり――降魔兵器の肉体に損傷は見受けられない。自分達の攻撃が全く無力、しかし、この事実を前にして、加山の表情には焦りも動揺も見られなかった。彼は冷静に観察していた。全てが計算の上に行われた実験を見詰める科学者のように。
 降魔兵器の軍勢、その隊列の乱れが増大した。攻撃目標を見失い戸惑っているようにも――人間臭い表現だが――見えていた呪われし兵器の集団に殺気が満ちた。それは統制された軍団としての破壊の意志ではなく、無秩序な、ただ血に飢えた殺気だった。
 突如襲い掛かる降魔兵器。忌まわしき兵器としての性を急に思い出したかの如き、突然の狂襲。それはあらゆる意味で狂気の攻撃だった。何故なら、降魔兵器が襲いかかった相手は、降魔兵器だったのである!!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「なるほど………」

 今や大神の感嘆は呆れ声にも似ていた。驚く、というレベルを通り越して唯々感心していたのだ。

「……一体何が起こっているの?」

 対照的に、かえでの声は僅かに震えていた。彼女には目の前の光景が、人間業を超えたとてつもない魔術の産物に見えたのだ。
 それはかえでだけではなかった。花組の少女達も、風組の隊員達も、懸命に計器と格闘していた発進準備に追われるクルーを除いて大スクリーンを食い入るように見詰めている。その中で展開されている、凄絶な同士討ちを。
 鋭い爪がおぞましい黒紫色の皮膚に振り下ろされる。ドロドロとした体液を滴らせながら、鋭い牙が自らを切り裂いた相手の身体に食い込む。帝都のど真ん中を舞台にした魔界の地獄絵図を更に凄惨な物と見せていたのは、血みどろの共食いを繰り広げている隣で全く無関心に立ち尽くす別の降魔兵器の姿である。まるで、地獄の殺し合いが日常の風景だとでも言っているかのように。
 あまりの惨たらしさに、艦橋の面々は、女性達も含めて、感性が麻痺してしまったようだった。目を背けることも吐き気を訴えることもなく、ただその光景に見入っていた。一つには、余りにこの世のものとはかけ離れた降魔兵器の姿とその戦い振りに現実感が湧いて来なかったという理由もあるだろう。

「大神」
「臭いですよ」

 再び米田に説明を求められ、溜め息を吐くような口調で大神が答える。もしかしたら本当に呆れていたのかもしれない。彼の旧友の、余りにも非情な作戦に。

「自らの意志も持たず武蔵からの指令も遮られた降魔兵器を動かす『意志』は、降魔の肉体に残された本能のみです。それは生きとし生けるものに対する呪詛、とりわけ人間に対する憎悪。
 降魔に生物学的な五感が存在しないことは既に知られている通りです。奴等は霊的な知覚のみによって攻撃対象を認識しています。分かりやすく言うならば、気配を頼りに襲いかかる。降魔にとって最優先の敵――獲物と言ってもいいですが、それは人間です。降魔の攻撃衝動は、人間の気配に対して最も強く反応すると考えられます。
 今、銀座に降下した降魔兵器は肉体に残された『生前』の本能、降魔としての最も原初的な衝動によって動いています。彼らにとって最も憎むべき敵である人間の気配を探し求め、その『臭い』に向かって食らいつく。全ての判断力を奪われた今の降魔兵器にとって、それだけが残された『意志』です。
 月組が使っている霊子炸裂弾は、射手の霊力を人口霊水晶の粉末に込め、炸薬の爆発力でその粉末を相手に叩きつけることで霊的な攻撃力を得ています。そこに込められているのは人の霊力であり、人の意志であり、人の気配です。敵を斃す――この意志が力となり標的に降り注ぐ。そして『気配』とは、命の波動であり意志の波動です。つまり、霊子炸裂弾を喰らった降魔兵器は、大量の『人の気配』を浴びることになるのです」
「つまりその気配が……人の『臭い』が降魔兵器の攻撃衝動を誘発するという訳か……?」
「生物体と機械の融合には、まだまだ無理が多いということでしょうね。機械的なセンサーと直結した自動攻撃システムが具えられているなら、こんな同士討ちは起こらなかったのでしょうが……降魔兵器の使用にはかなりきめ細かな操縦が必要だということでしょうか。
 シルスウス鋼のチャフで『目』を塞ぎ『意志』を奪い、集団の中を狙って霊子炸裂弾を撃ち込む。直接ダメージを与えられなくともいいのです。塗りつけられた『人の気配』が降魔兵器の同士討ちを誘発します。降魔の爪と牙によって、降魔兵器を攻撃する――それが加山の狙いです」

 大神の解説の間にも小型榴弾が無傷の――『共食い』に参加していない降魔兵器を狙い撃つ。次の瞬間、その個体は隣に立っていた、やはり同士討ちに参加していなかった個体の襲撃を受ける。殺戮は決して一方的なものとはならない。反撃。交錯する爪と牙。
 群れの外縁では小型榴弾砲を操る月組隊員の気配を捉えてそちらへ突進する降魔兵器も見られたが、彼らはいつまでも同じ所に留まったりはしなかった。発射の度に場所を変える。発射の一瞬放出される「気配」を消して。
 スクリーンの中で、小さくではあるが、加山が再び右手を上げたのが見える。屋根の上で、十を越す無反動砲の砲口が再び天を向く。合図と共に撒布されるシルスウス鋼の薄片。次々と落下してくる降魔兵器の増援も、月組の――加山の作り出す無明に囚われ狂気の虜となる。

「結界機関、エネルギー充填終了!発進準備完了!!」

 艦橋の人々を我に返したのは、同じく艦橋で計器と格闘していた機関管制を受け持つかすみの声だった。

 

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