決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その3>


「結界機関エネルギー充填、発進準備完了!」

 大スクリーンの映し出す地獄絵図――それは魔界の光景というより地獄の有り様だった。同じ世界に住む者同士でありながら、互いに殺し合い喰らい合う、地獄の鬼達の凄惨な宴。その地獄絵図に視線と意識を奪われていた人々の心を、目の前の「為すべき事」へ引き戻したのは、全ての準備が整った事を告げるかすみの声だった。空の高みへ、決戦の場へと赴く、準備の完了。

「長官、発進命令を!」
「待って下さい。月組隊員の一部が結界機関の相干渉地帯で作戦行動中です。退避が終わるまで縮地結界の展開を待つべきです!」

 誰よりも早く自分を取り戻して米田へ出撃を促したかえでの一言に異を唱えたのは発進ゲートの管制も担当している由里だった。人一倍物見高い――情報に貪欲な彼女は同時に、どんな大量、かつ衝撃的な「情報」にも呑み込まれることのない、情報に囚われたり操られたりするのではなく情報を使いこなす怜悧な頭脳の持ち主だ。その精神特性故に彼女はこの巨大な空中戦艦ミカサの航法と船体管制を任せられている。
 彼女の観察と判断はこの時も正確だった。相干渉地帯――結界機関の空間歪曲力が重なり合う危険地帯。歪曲空間の中に入ってしまえば危険はない。物であろうと獣であろうと――人であろうと、空間と同じ様に歪曲され、普通ならその事に気づくこともないだろう。だが、結界生成の力が引っ張り合う相干渉地帯に取り残されれば、押し潰されるか、引き裂かれるか、あるいは時空間の外側に弾き飛ばされてしまうか、いずれにしても生還は不可能だと考えられている(実際に試してみた者が居ない為、全ては予想の範疇だが)。真の意味での相干渉地帯は幅1メートル前後の狭い領域で重要な建物を避けるように設定されているが、生物の場合その10倍の安全距離を確保すべきだと考えられていた。
 由里の提言は至極もっともな事である。そもそも、味方を見殺しにするのは帝国華撃団の流儀に合わないし、何より月組は降魔兵器との戦いを有利に進めているのだ。戦いは生き物、戦況には流れというものがある。敢えて発進を急ぎ、優勢にある彼らの邪魔をすべきではないと判断するのがこの場合当然であろう。
 だが、しかし。

「長官、発進命令を」

 繰り返される同じ台詞。異なる調子の、異なる声で。
 投げかけられる無言の問い掛け。大神は、冷静な表情の中に緊迫感を感じさせる静かな声で答えた。

「月組はミカサの発進を援護する為に我が身を危険に曝しているのです。我々は一秒でも早く発進し、彼らの献身的な戦闘に応えるべきです。
 彼らの善戦も、もう長くは保ちません」

 その一言は艦橋の人々の耳の中で葬送の鐘の如く不吉に響いた。

「月組に風の術者がいたとは知りませんでしたが、そういつまでも上空の風を止めてはおけないでしょう」

 かえでがハッとした表情を見せる。米田もまた、軽く眉を顰めてみせた。確かに大神の言う通り。上空に風があれば、シルスウス鋼のチャフが継続的に効力を発揮する事は出来ない。銀座上空が無風であるからこそ月組の作戦は有効となる。彼らは知っていた。加山雄一という男は偶然に頼って作戦を立てるような指揮官ではない。
 そして配下に多くの術者――主に夢組の隊員だが――を抱える米田達は、広範囲に自然現象へ干渉する法術が施術者に過大な負荷を強いる事も良く知っていた。霊的な、破魔の『風』ではなく、単なる物理現象への干渉であるとしても、余り長時間は保たないはずだ。

「しかしそれ以上に、月組隊員の気力はもう限界に近いはずです」

 大神の表情は相変わらず沈着冷静そのもの。だがその両眼は鋼の厳しさに染まっていた。

「月組の隊員達は決して霊力に乏しい訳では無い、そうですね?魔と向かい合い魔と戦う帝国華撃団の一員として、花組に遜色無い霊力の持ち主、夢組に匹敵する異能の使い手も少なくないと聞いています。現に銀座上空、これ程の広範囲にわたって風の結界を維持する術者を抱えているのですから。
 ですが、月組が霊子兵器への適性に乏しいのもまた事実。その彼らが降魔兵器に同類を人間と錯覚させる程の霊力を込めて、霊子炸裂弾を連射しているのです。唯でさえ、適性の乏しい人間にとって霊子兵器を使った戦闘は精神に過大な負担を強い気力を消耗させるというのに、です。
 それに加えて、今回の加山の作戦は降魔兵器の数が減る程味方が不利になるという皮肉な側面を持っています。降魔兵器の陣形が拡散し、降魔兵器同士の距離が開いてしまうと同士討ちを誘うことが難しくなる。降魔兵器に対して直接的な攻撃手段を持たない以上、作戦が効果を上げる程戦況は厳しくなるという矛盾を抱えてあいつは戦っているのです。
 長官、すぐに発進命令を。相干渉地帯に残された隊員達の事は心配無用です。それこそ、あいつはそんなに無能じゃない。結界機関の作動と同時に部下を安全地帯へと誘導してみせるはずです」

 空白は一瞬だった。決して饒舌ではない大神が、長く淀みのない台詞の後、口を閉ざす。視線を真っ直ぐ米田へと向けて。その一瞬の後、米田は指揮官席からすっくと立ち上がった。

「主機関、始動!」
「主機関、始動」

 万軍に号令する米田の雷声にかえでがキビキビと応えを返した。

「結界機関始動」
「第一から第十六結界機関、正常に始動しました」
「空間歪曲生成確認。各力場のバランスも正常です」

 機関を担当するかすみのいつも通りに落ち着いた声の後に、航法と共に発進管制を担当する由里がやや慌てた感じで報告を加えた。

「よし!結界機関、空間歪曲率最大」
「空間歪曲率、最大へ」
「全縮地結界展開!発進孔、開け!!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「隊長、三つ目の定風珠が砕けました。残り、一つです」

 間断なく砲撃を浴びせつつ、降魔兵器を帝劇から引き離すように配下を少しずつ後退させる加山の下に届けられた報告。何時の間にか加山の傍らに片膝を突いたその男の声には僅かな動揺も――感情の欠片も感じられなかったが、必要以上に硬い声音にも聞こえた。

「所詮は紛い物」

 その僅かに垣間見られる動揺、それを生み出す「弱さ」を切り捨てるような堅く冷たい声を加山は返した。

「もとより時間稼ぎの為だけに作らせた模造品。ミカサの発進まで保てばよし、さもなくば自力で風を止めれば済むことだ。
 それとも、宝珠がなければ結界を維持できないか?」
「たとえ我が命尽きようとも、風使い『亢(こう)』の名に懸けてミカサ発進まで持ち堪えてみせます」

 巻き起こる小さなつむじ風。風が消えると共に、気配も消える。

 ナム サバテイ ナコサタラ ソワカ

 加山の鋭い聴覚は、真言の唱和に加わった男の声を拾い上げている。声の数は四名。月の軌道に位置する二十八の星宿の内、風を司る亢宿の四つ星に擬えて集められた四人の風使い。彼らは『風』を冠する忍者の一族、風魔出身の術者である。
 文明開化も既に過去となった現在(いま)、忍者とは特殊な訓練により超人的な体術を身につけその身体能力を前提とした特殊装備を操る諜報・工作兵であると考えられている。巻き物を咥えて煙と共に姿を消す黒装束の『忍者』はお伽話の産物だと。
 確かに、忍者と呼ばれた大多数の者達は肉体的能力以上のものは持っていなかった。水の上を歩くにしても、土の下に潜るにしても、空中を駆けるにしても、長い年月工夫を重ねられた特殊な道具を操って初めて可能な事だ。水の上を歩いているように見えるのはバランスを取るのが難しい小さな「舟」に足を乗せているだけのこと。地の下に潜っているように見えて実は木の葉や木の枝で擬装した穴を予め作っておくのであり、空中を駆ける技に至っては遠目に見えない細い糸を張り巡らせてその上を走っているだけなのだ。
 だが、それは事実の全てではない。
 見るが良い。今銀座の街を徘徊する降魔兵器の「材料」となった降魔は決してこの世の存在ではなく、彼らを滅ぼす帝国歌劇団・花組の力も物理法則だけでは説明不可能なものだ。魔物と呼ばれる存在は間違い無く実在する。霊力は空想の産物ではなく、魔術や法術といった「超自然」の力を操る者達の存在も絵空事ではない。
 ならばどうして、超自然の術を操る『忍者』が実在するものではないと言えよう?そう、彼らもまた、確かに存在する。稀ではあるが、皆無ではない。『忍者』の超人的な体術と共に、超自然の術を身につけた者達。月組には、そうした者達が集められていた。
 体術だけでは、刀剣・銃器だけでは『魔』に対抗する事は出来ない。魔と向かい合い魔と戦う帝国華撃団。その主力は霊子甲冑を駆る花組であっても、月組もまた対魔戦闘を前提とする帝国華撃団の一部隊だ。諜報・破壊工作を担う彼らは、補給を支える風組とは違い魔と直接相対しなければならないことも少なくないのだ。当然彼らには魔に対抗する力が求められる。魔を滅ぼす事は出来なくとも、むざむざと魔に殺られてしまう事の無い、少なくとも魔のアギトから逃げ遂せるだけの力が!
 彼らが帝撃に集ったのは、残念ながら太正十三年の夏以降。藤枝かえでが亡き姉に代わって帝撃副司令の任に就いた後。聖魔城との戦いの時、月組の主力はあくまで陸軍出身の諜報部員だった。あの時『力ある者』達が月組にいたなら、ああもむざむざと魔神器を、そして『彼女』を奪われはしなかっただろう。あの時の苦い経験が、『能力者』を月組に補充する必要性を米田達に痛感させていた。
 日本の津々浦々に蔓をはり巡らせる『藤に連なる者』達。維新と共に歴史の闇へと消え去った『忍者』の中から魔と戦う『力ある者』を探し出し、集めたのは彼らのネットワークである。賢人機関が世界から花組の隊員となるべき霊力(ちから)ある者達――少女達を探し出したように、藤に連なる者が月組の隊員となるべき彼らを探し出した。そして藤枝あやめが賢人機関の影響力をバックに少女達をスカウトしてきたように、日本の裏世界に隠然たる勢力を誇る『藤に連なる者』の名の下にかえでが彼らを召集したのだ。
 あやめとかえでは表と裏。どちらも『藤に連なる者』の頂点に立つ巫女、『藤の花』。あやめが表に出て戦うならかえでは藤に連なる者の内にあってそのネットワークを掌握する。あやめが力ある者を求めて海外を飛び回っているなら、かえでは力ある者の潜む人知れぬ隠れ里に目を配る。そうやって彼らが、そして加山が月組に招かれたのである。
 今、加山の下で戦う銀座本部守備部隊は月組の中でも最精鋭の男達。五十人に満たない彼らの全てが玄妙の術を身に付けた『忍者』の末裔であった。風魔ばかりでない。伊賀、甲賀、根来……名の知れた忍びの里、名の知れぬ隠れ里、そこから選び出された風を制する者、火を操る者、雷を招く者、幻を生み出す者……一人一人が一騎当千の技を身に付けた戦士。
 その月組を率いる加山は、彼らの戦闘力をよく知っている。彼ら一人一人の戦闘力は間違いなく花組を凌ぐだろう。肉体的な能力ばかりでなく、『術』を使った戦いでも。『忍者』の末裔たる彼らの体と心には幼い頃より課せられた過酷な戦闘訓練の成果が刷り込まれている。ゲリラに身を投じ実戦の中で鍛えられたマリアや、実験材料として霊的訓練を強制されたレニの経験してきた物とも全く異質な、長い年月の試行錯誤の末に確立したプロの兵士を作り出す為の訓練。
 そう、加山は彼らの実力を良く知っている。部下の戦闘力に不安を感じる必要がないという点で、彼は極めて恵まれた指揮官と言える。大神のように、『少女たち』の精神的な脆さ、不安定さを気遣う必要もない。彼の命令はどんなに非常識なものであろうと――例えそれが極めて人道に反するような物であったとしても――正確に、確実に遂行される。望みうる最高の兵士達。それが今、彼の率いている部隊。
 しかし同時に、彼はこの事も知っていた。月組の戦闘力が花組のそれを凌駕する。それは、あくまでも白兵戦においてであるということを。霊子甲冑、この奇跡のような、あるいは悪夢のような超兵器は、十数年に及ぶ文字通り命懸けの訓練の末に生まれる「格差」を簡単に覆してしまう。ひとたび彼女達が霊子甲冑をまとったならば、その戦闘力はこと『魔』を相手にする限り月組を足元にも寄せつけない。霊子甲冑を得た花組は彼の旧友の指揮の下、他の追随を許さない最強部隊となる。
 加山の眼の光が徐々に厳しさを増してきている。焦り?彼の表情は強い意志だけを感じさせる相変わらずのポーカーフェイスだが、その目の奥には確かに焦りに似た感情が見え隠れしている。
 彼には分かってしまうのだ。彼もまた、卓越した戦士であると同時に、優れた指揮官であるが故に。彼の作戦が限界に近づいてきているということが。今の戦闘方法で、もう余り長時間降魔兵器を抑えておけないということが。
 表情を見せぬまま、加山はチラッと足元に視線を落とした。足元のその下、地下の奥底に。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 空間の軋む音がする。
 それは耳に響く空気の震動ではない。五感以外の感覚が捉える波動、この世のものならざる力によって世界が歪められる『音』を第六の知覚が感じ取っているのである。
 縮地、と呼ばれる術がある。遁甲術の一種で、地面を圧縮して距離を縮める高速移動の術だ。地面を圧縮する、と言っても造山運動のように土や岩が押し潰されるわけではなく、二地点間で地表近くの空間をお互い引き寄せるように歪曲させているのである。
 『縮地』の場合、離れた場所を近づけるだけだが、仮にA、B、二つの地点からその中央地点であるCに向かって同時に同じ強さで『縮地』を仕掛けたらどうなるか?
 A、B、二地点が固定されていなければCで釣り合った力はA、Bを引き寄せ合うように作用する。しかし、A、B、二地点が固定されていたならば、Cで衝突した力は地点Cを中心として空間を……引き裂くことになる。現象的には、Cを中心としたすり鉢上の穴が出現する。
 この時、穴の深さは空間歪曲の深度に等しい。地表からどの程度の深さまで法術の『場』が設定されているか、によって穴の深さが決まる。ここで、Cの地下が空洞であったらどうなるか。そして、空間歪曲場が空洞までの深度以上に設定されていたなら?
 この場合当然、『穴』は空洞まで突き抜ける。地面でもあり空洞の天井でもある岩盤が蛇腹の引き扉のようにスライドし、地上と地下空洞を結ぶ通路が出来る。
 帝都地下の大空洞に鎮座する空中戦艦ミカサ。その巨体を空中に運ぶ為には、帝都に巨大な穴を開けなければならない。もし機械的な手段で東京という街の載っている地盤をずらそうとしたなら、その時の被害は天文学的な数字となろう。
 ミカサの直上、銀座大帝国劇場を中心に正十六方位に設置された結界機関。霊子核機関のエネルギーにより空間歪曲の術力を発生させるこの霊子技術装置はミカサの発進孔を「創り出す」為の物だ。帝劇を中心に、十六方位から縮地の法術を発動させる。帝都の建物を覆う高度と、大空洞までの岩盤を貫く深度を持って。歪曲空間の中の構造物は、空間と同じ様に歪曲される。生物もまた同様だ。縮地という高度な遁甲術を機械的に再現する霊子技術の精華を以て初めて、地下大空洞の巨大空中戦艦は帝都に与える被害を最小限に抑えつつ天高く出撃することが可能なのである。

「全縮地結界展開!発進孔、開け!!」
「縮地結界、展開開始!」

 米田の号令によって結界機関が空間歪曲場を最大強度で生成する。
 音もなく、地面に亀裂が走る。帝都が割れ、奈落が出現する。
 呑み込むため、にあらず、吐き出すための奈落が。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 空間の軋む音。
 降魔兵器を前に神経をすり減らす指揮を続けながら、加山の耳はこの非物理的な音を聞き逃さなかった。

「総員集結、退避!」

 この日初めて、否、黒鬼会との戦闘の場でこの時初めて、加山の大音声が戦場に響く。隠密部隊の指揮官に相応しく静かに、密かに部下を統率し動かしてきた加山が静寂の仮面を脱ぎ捨てた瞬間。
 説明不足とも見える短い命令、そこに変わりは無い。だが、その声に込められたエネルギーは彼の親友と同等の物だった。
 影が動いた。実体となって。多数の人影が石畳を、壁を、屋根を蹴って加山の周囲に集まる。無論、加山自身も決して立ち止まってはいない。降魔兵器の群れを視界に納めながら、急速に距離を広げて行く。

「相干渉地帯から距離を取れ。結界生成に備え感覚を遮断せよ!来るぞ!!」

 その声を合図としたかの如く。
 地面が、割れた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「最終安全装置、解除!」
「制御信号、全て青!」

 今、直立するミカサの頭上にはその巨体が楽に通り抜けることの出来る巨大な通路が開いていた。

「よし。
 総員に告ぐ。帝都の未来はこの空中戦艦ミカサと、我々帝国華撃団にかかっている。
 我々はこれより、地上最大の作戦を実行する。
 推進機関、点火!
 空中戦艦ミカサ、発進!!」
「ミカサ、発進!!」

 復唱するかえで。
 噴射炎が広大な大空洞に広がる。
 ミカサの巨体が大空向けてゆっくりと浮上する。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 視界が歪んでいく。
 頭上と前後に歪んだ曇りガラスのような幕が現れる。
 帝劇を横に見ながら後退していた月組、それを追いかけて来た降魔兵器が、そそり立つ半透明の壁の根元に開いた闇に向かって落ちていく。相干渉地帯、結界と結界の狭間に生まれた不安定な亜空間だ。『穴』となる前の、どこにもつながっていない通路に落ちた降魔兵器は彼らの前から永劫に姿を消す。

「閉鎖空間戦闘、用意!」

 視界を歪ませる『幕』を通して、空へそびえ立つ巨大な塔が見える。中近東の伝説に名高いあの塔を再現したかと錯覚させるその巨大な構造物は、言うまでもなく空中戦艦ミカサだ。ミカサは今、無事帝都の地下より発進した。加山の指揮の下、月組はその任務を遂行したのだ。
 しかしまだ、勝利の喜びに浸ることは許されない。計算され尽くした指揮により、多数の降魔兵器をまんまと相干渉地帯に誘導したとは言え、まだ少なからぬ降魔兵器が残っている。その半数以上は結界障壁で遮られた別の閉鎖空間内に閉じ込められているが、残りは加山達と同じ結界空間内にいるのだ。
 しかし、男たちに恐れの色はない。結界障壁はシルスウス鋼のチャフなど比べ物にならない霊力(妖力)遮断効果がある。この閉鎖空間内では、降魔兵器はその本来の能力の十分の一も発揮できないはずだ。回避行動の制限される閉鎖空間内とは言え、ミカサ発進が完了し縮地結界が解除されるまでの短い時間攻撃を避け続けるのはさして難しいことではない。
 結界内は一種の閉鎖空間、ここでは自然の諸力を取り込むことにも制限がある。降魔兵器の能力が封じられるのと同様、月組の隊員達も『術』の力を十分発揮できない。しかし、それでも構わないのだ。もとより月組の任務は降魔兵器を破壊することではないのだから。被害を最小限に抑え速やかに撤退すること。それが加山に残された月組隊長としての任務。
 足止めの砲撃を加えつつ、月組は整然と戦場を離脱していく。降下の際、隊列より逸れた降魔兵器が進路を遮ることもあったが、敢えて戦闘は行わない。限られた空間の中で巧みに降魔兵器を回避しながら帝都の外へと向かう。
 避難の遅れた、避難できなかった、帝都市民を残して。

 

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