決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その5>


 断末魔の悲鳴。
 世界中に呪いをまき散らすが如き耳障りな咆哮は、人の放つものではなかった。
 一切の感情を持たぬ降魔兵器。
 ただ、かつて降魔であった頃の本能、生きとし生けるもの全てに対する憎悪と尽きることのない破壊衝動、その欠片が残されているのみ。
 だが、痛みを感じる事は出来るのだろうか?
 振り下ろされた黒紫の腕がその先端に備えた巨大な鉤爪で切り裂いた相手は、純白の軍服をまとった青年ではなかった。同じ肌の色をした、魔界からすら見放された同類、降魔兵器だった。
 切り裂いたはずの人間は、通りの向こうで地面に手を突いている。

黒羽幻法(くろうげんぽう)・映身(うつしみ)

 果たして、魔界の兵器には見えただろうか?もしこの場に霊的視力を備えた者がいたならば、加山の体から立ち上る陽炎、霊気が見えたはずだ。
 地面についた手から霊光が走る。オーラは波となって降魔兵器の群れに押し寄せ、……その中に十数人の加山が出現した。
 おぞましい苦鳴が重なる。
 繰り返される、同士討ち。それは決して、一方的な殺戮とはならない。
 突如出現した人間を切り裂いたはずの鉤爪は同類から青黒い体液を絞り出し、報復に狂った牙と爪の反撃を招く。
 黒羽幻法、それは『幻法』の名の通り幻術の一種。幻術とは存在しないものを存在すると見せ、存在するものを存在しないと認識させる術。闇と化して疾走し影と化して監視する彼の務めに相応しい技能。
 ところで、「見る」とは光を知覚する事とイコールではない。ほとんどイコールではあるが、それだけではない。
 人は、光以外に気配、存在感、雰囲気といったものも「見て」いる。言うなれば、物理的視覚と霊的視覚、この二つの複合が「見る」という行為なのだ。まして、物理的な実体を持たぬ霊的生物、魔物ならば「見る」という認識行為は全面的に霊的視覚に依存する。魔物は気配、存在感、そういった霊的波動でのみ世界を認識する。
 そして加山の黒羽幻法は、まさしくこの「霊的視覚」に干渉する力。霊波を投射し、固定し、時には相手の精神に直接叩き込む。「見る」という行為を物理的視覚にほとんど依存する「凡人」ですら幻影の中に閉じ込める程の強さで。その力は霊的認識力に対する依存が高い相手ほど有効に作用し、物理的実体と、それに伴う認識器官を持たぬ魔物に対して最大の効力を発揮する、それが神々の使者の黒き翼、黒羽幻法。
 黒羽幻法・虚居(うつろい)。それは、気配を体外の一点に投射し、固定する術。「気配」で分身を作り上げる術。
 黒羽幻法・映身。それは、自分の気配を他のものに反射させる術。人でも物でも、あるいは魔物でも、自分以外のものに自分の気配を映し出す術。
 それはつい先ほどまで月組隊員が霊子炸裂弾で降魔兵器を欺いていたのと本質的に同じ方法だ。比べ物にならないくらい精緻で、強力なまやかしではあるが。
 降魔兵器に混乱が広がる。上空からの命令を遮るチャフは既に無い。だが、魔の兵器の軍勢に広がった同士討ちのパニックは中々収まろうとはしなかった。

「走れ!!死にたくなければ、力の限り!!自分の足で、自分を救え!!」

 この男にこれ程の激しさが秘められていたのか。
 彼を知る者は、そして「彼」程に加山を知らぬ者達は一様にそう思ったことだろう。この時の、加山の絶叫を耳にしたならば。
 多数の人影が一斉に転(まろ)び出てくる。魔の軍勢の中にこれ程の生存者が取り残されていたのか。人という生き物の、生存能力の強さと弱さを同時に感じながら、加山は尚も叫び、呼びかけた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ミカサの艦橋は抑制された喧噪を取り戻していた。
 耳障りにならない程度の声で交わされる会話はこの巨大空中戦艦の運行に関する指示と確認。かすみは艦内通信機で機関室と何度も何度も問答を繰り返し、由里は演算機の示す航行計画を入念に読み返している。降魔兵器の襲来が途絶えた後、しばらく制御盤に突っ伏していた椿も、今は主砲制御の点検に余念がない。
 飛来した降魔兵器と魔操機兵を全て撃退し、ミカサは束の間の平穏、否、嵐の前の静けさの中にあった。
 彼女達、艦橋クルーの働き振りを艦長席の隣から見守っているかえでの視線の中に花組の姿は無い。大神も含めて。

『花組のみんなも、しっかりしているように見えるけど、努めて平静を保とうとしているけど、心の中にはやっぱり大きな不安を抱えていると思うの。
 だから大神くん、みんなに声を掛けて上げてくれない?大神くんなら、みんなの支えになれると思うから』
『わかりました。みんなの力になってみせます』

 かえでの要請に、大神はそれほど気負った風も無く頷いた。そこに不安や――怯えはなかった。待っているのは決死の突撃作戦。だが彼はそれを、当然の務めとして受け容れているように見えた。歩き出した背中。そこに問い掛ける言葉が彼女の喉元まで出かかっていた。

 ――貴方は、不安じゃないの?――

 その言葉が声となって紡がれる事は無かった。だからこそ、答の得られない疑問として今、彼女の中にわだかまっていた。彼女の思惟は、自分の目が捉えていない青年の背中へと流れていた。

(何故、そんなに強くなれるの?不安じゃないの?とても危険な作戦だって、きっと私なんかより良くわかっているはずなのに。――貴方だけじゃないのに……)

 彼女は不安だった。彼を、彼女達を送り出すことが。

(それとも、一緒だから?自分も同じ様に、危険を分かち合えるから?――自分を、盾にできるから……?)

 だから、だろうか?見送ることしか出来ない自分。共に戦い、庇い合うことの出来る彼。
 そうだ。自分には、見送ることしか出来ない。これから敵のただ中へ飛び込んでいこうとする彼女達、それを率いる彼。――敵のただ中に残った彼ら、それを率いる彼。
 自分は、この安全な巨大戦艦の艦橋で、彼らを送り出すことしか出来ない。見守っていることも出来ない……

「辛ぇよな」

 !

 突如掛けられた低い声。瞬間、何処か寂しさの漂うその声が、まるで自分の心を代弁しているような気がして、かえでは危うく声を上げそうになった。
 自分の顔はきっと、狼狽の色を隠しきれていなかっただろう。その声の方へと振り返りながら、かえでの意識の欠片はそんな事を考えていた。常に自分を冷静に観察し、その場に相応しい振る舞いを――笑顔を作る。人の上に立つ「象徴」として彼女は幼い頃よりそんな訓練を課せられていた。そのかえでが、自分は今、動揺を隠し切れていない、と自覚するほど、その時の米田の一言は彼女の心を強く揺さぶった。

「送り出す事しか出来ねえってのはよ。本当に、辛ぇよな……」
「長官……」

 振り返り、まじまじと米田を見詰めるかえで。彼女の視線を、米田は正面から受け止めては、いなかった。彼の目は前方へ、空の彼方へと向けられていた。

「昔、一馬や山崎と、…あやめくんたちと戦っていた頃は生傷が絶えることも疲れが抜けることもなかった。いつもヘトヘトになりながら自分の体に鞭打って剣を握っていた。
 ……だけどよ、あの頃の方が楽だったぜ。前線に立たなくなってから、怪我するこたぁほとんどなくなった。こないだみてえな事でもねえ限りな。身体を鉛みてぇに感じることもねえ。だけどよ、それでも……あの頃の方が楽だったぜ。滅却を握って駆けずり回っていたあの頃の方が、この椅子に座っていることしかできねぇ今よりもよ……」
「………」
「心がな……きついぜ。身体よりも心が、きつい。
 花の盛りの娘たちを死地に送り出して、自分は安全な場所から命令を出しているだけ。それが役目と分かっちゃいても、やっぱり後ろめたいもんだ。心配していることしか出来ねえってのはじれってえもんだ。帰ってくるのを待っていることしか出来ねえってのは、本当に辛えもんだ。
 自分の命を懸けるってのは、ある意味楽なことだぜ。誰に恥じることも、誰に憚る必要もねえ。ただ命を危険に晒してるってぇだけで意味も無く誇らしい気分を味わうことだって出来るからな。――だから、若い軍人は時々意味も無く死にたがるんだけどよ……
 命懸けで剣を交えている間は、余計なことなんざぁ考えちゃいられねえ。余計なことを考えずに済む。目の前の勝利だけに集中していられる。指揮官になりゃ部隊全体に目を配ってなきゃなんねえが、それでも、勝つことだけを考えていられるってぇ点に変わりはねえ。目の前で部下が負傷したり――死んだりした時は動揺もする。心に斬りつけられたような痛みを感じる。後悔という名の傷痕を心に残す。だがよ、自分も同じ様に命を懸けてる、懸けてたってぇ事実が、救いになるもんだ。
 危険を分かち合い、時には己を盾にして――文字通り盾となって仲間を守る。少女たちを率いて敵のただ中に飛び込んで行かなきゃなんねえってのは確かに辛いだろう。指揮する部下がむさ苦しい野郎どもならどんなに気楽かしれねえと、俺も思うぜ。だがよ、それでも……あいつは、自分の命を懸けて、あいつらを庇うことが出来る。パイロットとしての手腕(うで)と、奇跡を起こす霊力と、そして何より指揮官としての才気、能力で。
 正直言ってよ…俺は、大神の野郎が羨ましいぜ……」
「長、官………」
「出来ることなら、俺もそうしてえ……先頭きって、敵の中に斬り込んで、命懸けで戦う危険を共有してえ……でもなぁ、かえでくん。それは、あいつにしか出来ねえ事なんだよ。
 あいつに霊力があるから、あいつに指揮官として桁外れの才能があるから。もちろん、それもある。だからこそあいつを花組の隊長に選んだんだ。
 だけどよ、それだけじゃねえ。あいつで無きゃ、ならねえ理由……それはな、かえでくん……」
「………」

 食い入るような視線。その時かえでは、必死な眼差しで米田の次の言葉を待っていた。

「あいつが、花組の隊長だからだ。花組の隊長はあいつだから、それが、あいつでなきゃならねえ本当の理由なのさ」
「……?」

 明敏な彼女には珍しいことだが、米田が何を言おうとしているのかつかみかねて、目を丸くし虚脱した表情を見せるかえで。どこか幼さを感じさせるその風情に、ふっと米田の目が和む。

「俺がこの椅子に座ってなきゃならねえ本当の理由は、俺が帝国華撃団の総司令だからだ。君がここにいなゃならねえのは、かえでくん、君が帝国華撃団の副司令だからだ。そして、加山が地上に残らなければならなかった理由は、あいつが月組の隊長だからだ」
「長官……」

 かえでの目が、更に丸くなる。ここで加山の名前が出てくるとは全く予想していなかった。完全に意表をつかれた所為か、米田が加山の名を口にした理由、それを聞いて自分がこれほど動揺している理由を考えてみる余裕は生まれなかった。

「それが俺たちの役目だからだ。それがあいつの役目だからだ。
 人間は弱い。一人の力なんざぁ、本当に多寡が知れている。だからこそ俺たちは組織を作り、力を合わせて戦う。戦う相手は様々だ。時には同じ人間だったり、時にはとんでもねぇ化け物だったり、時には俺達人間の力じゃどうしようもねぇ自然の脅威だったりする。敵を倒すことだけが戦いじゃねぇ。逃げるのも、頭を下げるのも、時には必要なことだ。明日、って名の勝利をつかむためにはよ。
 ただ、どんな時でも、一人の力にゃ限界があるって事には変わりねえ。まあ、それが百人になろうが百万人になろうが、人間の力に限界があるって事にゃ変わりねえがよ。それでも、一人と百人じゃ、出来ることが全く違う。だから、仲間を作り、組織を作ることが絶対必要になる。明日を、掴む為に」
「……ええ」
「そして、組織で戦う以上、誰にでも持ち場ってもんがある。勝利の為に、組織の中で、自分の為にも仲間の為にも果たさなけりゃならねえ役目ってもんがな。
 俺は帝撃の総大将だ。帝撃の全部隊を統括する役目がある。だから俺は、前線に立つ訳にゃあいかねえ。大神の隣で戦う事は出来ねえ。どんなに心が苦しかろうが、この椅子に座ってなきゃならねぇ。どんなに、辛くってもよ……
 ……まっ、こんなこたぁ、かえでくんには改めて言う必要もねえかもしれねえけどな。年寄りの独り言と思って聞いてくれりゃいい。俺自身、ともすれば忘れちまいそうになる事だからよ……」
「いいえ、長官……」

 かえでは改めて、正面から米田に向かい、深々とお辞儀をした。敬礼ではなく。例えここが軍艦の中であっても、それが、今は相応しいと感じたから。
 顔を上げた彼女に、米田は一つ頷いて見せた。彼には、口の中で飲み込んだ言葉があったが、これ以上の話は必要ないと分かっていた。

 自分に、大神の隣で戦う事は許されていない。
 彼女もまた、共に戦う事が許されない立場にいる。

 だから、彼はその台詞を心の中だけで呟いた。その事を、かえでが理解してくれたと分かったから。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 白い影が魔の軍勢を翻弄する。現れては消え、消えては現れる幻影で降魔兵器の隊列を撹乱する加山。
 彼の左手には青柄糸の太刀。無論、ただの刀ではない。銘を聖刀芒鋭(せいとうぼうえい)。主に相応しい力を秘めた、あるいは二剣二刀にも匹敵する「力」を宿す霊刀。
 だが、その剣は未だ鞘に収まったままだった。この聖刀芒鋭と、加山の腕があれば、降魔兵器の十や二十を斬り捨てる事も決して不可能ではないはずだ。自惚れではなく、その事を加山も自覚していた。直接的な攻撃力では「親友」に大きく遅れをとるものの、魔物=精神体に近い性質を持つ降魔兵器が相手ならば、彼の持つ幻力を霊剣の刃に載せて斬りつける事で、精神次元から降魔兵器を「故障」させられる。彼にとってはより機械に近い脇侍の方がまだ厄介な相手、直接戦闘行為に及ぶなら降魔兵器の方が組し易い相手なのである。
 しかし、加山は霊剣を鞘から解き放とうとはしない。神秘の力を宿す刀身を納めたままの鞘を握り、爪と牙を掻い潜りながら幻影を操るのみ。力を出し惜しみしている訳では、決して、ない。人は精神と肉体の双方より成るもの、精神と肉体を同時に動かす方が、精神にとっても肉体にとっても遥かに負担は小さいのだ。「意」を肉体の外側に投射する幻術は、精神の一部を肉体から切り離して作業する術であるといえる。かすっただけで致命傷となる攻撃を躱しながら幻術を操ることは、彼の強靭な精神にとっても大きな負担となる。
 それでも、加山は剣を抜かない。鞘に収まったままの霊刀を握りしめ、ただひたすら、降魔兵器の攻撃を躱し続ける。そうすべきである事を、彼は知っていた。それが、今、選ぶべき戦い方であることを彼は考えるまでもなく知っていた。
 刀を抜けば、刀を使いたくなる。剣を修行すればするほど、剣の腕が上達すればするほど、剣は己の一部となり一度抜刀したならばそれを使わずにはいられなくなる。
 刀は、斬る為の道具だ。確かに剣術の技法には受けも捌きもある。だが、刀の本質は攻撃の為の武器。その性質は乱戦の中でより強く現れるもの。ある意味皮肉なことだが、技量が優れている者ほど、技の本質に惹かれやすいものだ。優れた剣士が乱戦の渦に巻き込まれたなら、下手に受けを考えたりせず「斬り抜ける」ことを第一とするだろう。
 今ここで聖刀芒鋭を抜いたなら、自分は降魔兵器に斬りつけずにはいられない。その事を加山は心の深い部分で自覚していた。意識は守りに徹しようとしても、身体は攻めに転じてしまうと分かっていた。使い古された文句だが、攻撃こそが最大の防御なのだから。そして、攻撃と防御を同時に行うことは何者であろうと出来はしないということも分かっていた。例え二刀を操る「彼」であろうと、それは不可能なことだ。防御も攻撃も、同じ様に「力」を必要とするのだから。
 抜刀すれば、斬らずには、攻撃せずにはいられない。攻めに転じてしまえば、躱し続けることは出来なくなる。「斬り抜ける」のであればそれでも構わない。眼前の敵を斃すことがそのまま身を守ることに繋がるのだから。だが、今の彼の目的は、降魔兵器の「目」を引きつけること。自らを囮とし、市民に避難の機会を与えること。降魔兵器を十や二十、斃したところでこの場合、意味は無い。血路を開くことではなく、留まり続けることが必要なのだから。その為には、躱すことに徹しなければならない。生身の身体で降魔兵器の攻撃を受けたり逸らしたりすることは不可能。全力で躱し続けることだけがこの場に踏み止まり、かつ身を守る唯一の手段。彼の能力を以てしても、今この状況で攻撃に振り向ける「余力」は無いのである。
 醜悪な半魔半機の群れの中で華麗に舞い続ける白い影。現れては消え、消えては現れる幾多の幻影は、闇夜の中に点滅する電飾の如き幻想美すら感じさせる。いや、これはまさしく幻想の光景であろう。ただし、かかっているものは現実の、人の命。
 受けることも打ち返すことも出来ず、ただ躱し続けることがどれ程の負担になるか。それは達人と呼ばれる武芸者にとっても決して長続きしない試みだ。人間の精神はそのような極度の緊張に長時間耐えられるようには出来ていない。例え、人の域を超えた「超人」であろうとも、程度の違いがあるだけだ。
 まして今の加山には、幻術を操りながら、という悪条件が重なっている。今彼が行っている事は、如何に彼が心身に卓越した技量を誇ろうともいつか必ず限界が訪れる無謀な戦闘行為、「無茶」でしかない。
 その事も、彼には良く分かっているはずである。そして彼は、決して自殺志願者では無いはずだ。既に引くべき時に来ている、と理解しているはずである。普段の、冷静な彼ならば。
 だが今の彼は、普段の冷静な月組隊長・加山雄一なのだろうか?元々彼がここでいくら頑張ったところで、帝都市民の総数から見れば逃げ出す機会を与えられた者はほんの一握りに過ぎない。「大局的」に見れば、彼のやっていることは全く無意味である。ミカサは既に飛び立った。今回の戦いで彼にこれ以上出来ることは無い。そう、今回の戦いでは。
 彼の戦いはこれで終わりではないのだ。京極の野望を退けたとしても――加山は旧友の勝利を微塵も疑っていなかった――魔の脅威はそれで終わりではない。人間の歴史が続く限り、戦いは続く。魔とは、そういうものだと、彼は知っているはずだった。そして魔との戦いが続く限り、彼の力は必要とされる、その事も十分弁えているはずだった。
 しかし、彼は「今」戦う事を選んでいる。我が身を危険に晒して。斃す為ではなく、一人でも多く救う為に。一人でも多くの人々に、自らを救う機会を与える為に。
 若さ、故?
 それとも?
 彼にしか分からない、彼自身、答えられないかもしれない問い掛け。その答は、永遠に得られないかもしれない。
 「答えられなくなる」未来が、彼に迫っていた。心身の酷使が少しずつ彼の歯車を狂わせていた。そして……彼の背中に、降魔兵器の牙が向けられていた。

 

決戦<その6>へ

inserted by FC2 system