決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その6>


 背筋に寒気が走った。
 危機感が体を突き抜ける。殺気、ではない。彼が感じたものは、生物の最も原初的でそれ故最も強力な本能に基づく感覚。生存本能がもたらす警告。
 命も意志も持たぬものは「気」を発する事も無い。だから、気付くのが遅れた。首を巡らすまでもなく、鋭敏化された感覚が迫り来る危機の正体を教える。
 爪でも牙でもない。遠隔攻撃タイプの降魔兵器、『烈風』の放つ衝撃波が自分の背中に襲い掛かろうとしている。
 例え気配が無くとも、爪や牙ならば空気の流れ、骨格の軋みでもっと早く気付く事が出来たかもしれない。
 自分の状態が万全であるならば、今この瞬間からでも衝撃波を躱し切る事が出来るかもしれない。
 だが、彼には分かる。分かってしまう。指先、爪先、体の末端から帰ってくる反応で、意識と動作に微妙なずれが生じてしまっている、そこまで自分が消耗してしまっているという事実。この状態で、拡散する衝撃波を躱し切る事は出来ないという事実。そして、降魔兵器の放つ攻撃は、かすっただけでも生身の人間にとって致命的なダメージになるという事実。特に、敵の直中にあってわずかな停滞も死につながる今の状況では。
 これだけの事を、一秒の何分の一、一刹那の間に彼は「計算」してしまった。自分が避け難い死に直面しているという事実を。それでも、彼の意識は両足に地面を蹴るよう命ずる。何があろうと、決して生き続ける事を諦めてはならない。それこそが戦に生きる者の掟だと、心の芯で知っていたから。
 決して諦めない者。幸運は、彼らの下に訪れる。諦めない者だけが、偶然を幸運に換える事が出来る。
 降魔兵器・烈風の顎門から、衝撃波がまさに放たれようとした、その瞬間。

疾れ風刃!

 轟!

 気圧の変化が鼓膜を揺らす。僅かに顔を顰める加山。舗道に身を投げた彼の、回転する視界の中に大きく体勢を崩した『烈風』が映った。風と風のぶつかり合いで、彼の命を奪うはずだった衝撃波は虚しく空中へ逸れていく。

「亢(こう)…」

 身体を立て直した加山の口から漏れる小さな呟き。彼の視界の中には、今ここにいないはずの部下の姿がある。

南方三気火徳星君!

 炎が走る。身をくねらせる蛇の如く宙空を翔る炎が降魔兵器に襲いかかる。焼け落ちこそしないものの、火竜に巻きつかれ動きを止める半魔半機の軍勢。

「昴(ぼう)…」

 大きく跳躍し降魔兵器から一旦距離を取る加山。彼の唇から小さくこぼれた言葉。

 ガシャン

 鈍い金属音。跳び退った加山を追撃する降魔兵器・万雷。その剥き出しの機械部分に、飛来した万力鎖が巻きつく。

我が左手より出でよ若雷(わかいかづち)!

 青白い電光が鎖に吸い込まれ、『万雷』の体表に雷が弾ける。衝撃が、降魔兵器の足を止める。

「畢(ひつ)…」

 目だけを動かした視界の端で、軽く手を挙げて応える人影。

ナム・アダラ・ナコサタラ・ソワカ!

 白い塊が横殴りに押し寄せる。霊力を含んだ蒸気の激流が白い竜となって加山と降魔兵器の群れを分かつ。

「参(しん)…」

 戦場に生まれる僅かな空白。どんなに烈しい激戦の最中にも必ず訪れる膠着の瞬間に、加山は足を止め新たな参戦者達へと向き直った。
 風使い、「亢」。火術使い、「昴」。操雷師、「畢」。嵐の術者、「参」。月の二十八宿星の名をコードネームとし、月組の中でも最強の戦闘力を誇る四人の法術戦士。直接戦闘力ならば隊長である加山をも凌ぐ可能性のある月組四天王。
 彼らの背後には、それぞれ属性を同じくする術者達が従っている。風術、火術、雷術、水術を使う「忍者」達の末裔が。そして加山と同じ種類の力を持つ現代の幻術士達が。
 銀座本部守備部隊、月組最強の戦闘集団が再び加山の下に参集した!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 引き締まった表情で向かい合う二人と九人。緊張した面持ちで彼らを見守る大勢のクルーたち。
 空中戦艦・ミカサの艦橋。今、出撃の時を前に、花組の少女達、そして彼女達を率いる花組隊長・大神一郎は帝撃総司令米田一基、副司令藤枝かえでの前に整列しその命令を待っていた。
 これよりミカサは巨大な魔の要塞、武蔵へと突進する。そして、花組はミカサが身をもって開く突破口から武蔵の「体内」へと侵入し、その中枢の破壊、及び敵首魁、京極慶吾を斃さねばならない。
 余りにも危険な正面作戦。だが、それ以外に勝利への道はないとここにいる全員が認識していた。彼ら、彼女達の信頼する二人の天才軍略家が揃って同じ結論を出しているのだ。そして、勝利する以外に明日は無いということも全員が理解していた。
 かえでの手から、白鞘の刀が大神に渡される。神剣白羽鳥、魔を封じる霊力を秘めた二剣二刀の一つ。彼の腰には黒塗りの鞘に収まったもう一つの霊剣、神刀滅却。そして彼の背後に控える真宮寺さくらの腰に霊剣荒鷹。
 大神が白羽鳥を腰の反対側に納めるのを待って、かえでは彼に問い掛けを発した。引き締まった、厳しい表情で。

「大神くん、最後に一つ、貴方に訊いておきたいことがあるの」
「はい」

 突然の鋭い眼差しを、大神は正面から受け止める。

「貴方はこの戦いに、どんな考えで出撃するのかしら?」

 二、三度、怪訝な顔で瞬きをしたのは、彼の背後に控えていたさくら達だ。アイリスなどはキョトンとした顔でかえでと大神を見上げている。
 彼女達は、これから命を懸けて京極と戦う。この戦いに決着をつける為に。京極を斃す、今更それ以外に「考え」などあろうはずもないのに。

「京極を斃します。何があろうと、必ず」

 だが大神の答に淀みも戸惑いも無い。彼は真っ直ぐかえでに視線を返し、あっさりと即答した。

「大神くん!!」

 動揺を見せたのはかえでの方。いや、その時紅潮した顔に浮かんだのは怒りか。

「そして、何があろうと、どんなことをしてでも、必ず全員無事に戻って来ます。私自身も含めて、誰一人欠けることなく、無事に。
 この戦い、必ず勝利してみせます」

 !

 勝利、その言葉の意味をかえではすぐに理解した。大神が言っているのは完全なる勝利。誰一人犠牲にすることなく、敵を斃す。戦いを終わらせる。平和を取り戻す。それが、彼の決意。

「……合格よ、大神くん」

 彼女の目が、唇が、笑みを取り戻す。一つ満足げに頷いて、記憶の彼方から何かを手繰り寄せるような遠い表情を見せる。

「……二年前、帝国華撃団の副司令はあやめ姉さんだった……」

 追憶の言葉。その記憶は、彼女の前に立つ青年も共有している。もしかしたら、彼女よりももっと強く。

「あやめ姉さんだけじゃない。二年前、八年前、そして今度……多くの人々が犠牲になったわ。平和を守る為に、多くの人々が命を落としている」

 真実は、必ずしもそうとは言い切れない、かもしれない。あやめの「死」は、自ら望んだものでは無かったのかもしれない。あの赤い月の夜。あの時、あやめは「戦死」していたのかもしれないのだから。唯一つ、これだけは言える事。それは彼女の姉や、さくらの父親が、平和を守る為の戦いに命を捧げたという事実。

「貴い犠牲の上に、平和というものは築かれるのかもしれない。
 でもね、大神くん。平和の為に、自分は犠牲になってもいいなんて考えるのは、間違っていると思うの。
 残された人の哀しみは、貴方にも分かるはずよね……?」

 彼女の前に立つ青年は、小さく、だがしっかりと頷いた。

「死んでは、ダメ。死んでもいいなんて、決して考えてはダメ。貴方の命も、貴方が守ろうとしている人々の命と同じ様にかけがえのないものなんだから。
 貴方が今、してくれた約束。必ず、守ってちょうだい。必ず、みんなで、生きて帰って来て」
「約束します」

 力強い誓いが、この場に集った全ての人々の心に刻みつけられる。信頼。誓いが守られることへの予感、確信。それが、絶望と戦う為の力、勇気と希望を呼び起こす。

「大神さん、出撃命令を!」

 彼に従う少女の、決意。信じる心が力となる。戦う為の、力に。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「お前達、何をしている!戦場より離脱を命じたはずだ!!」
「命令は作戦行動の終了と明朝の集合だけでしたが」

 加山の怒声にあっさり答えたのは「参」と呼ばれた痩身の術者。

「屁理屈を!!」
「そう仰る隊長は何をしておられるのです?」

 加山の怒気を逸らすように、飄々とした問いを発したのは風使い、亢。

「俺は……」
「戦っていらしたのでしょう?しかも、単独で」

 少し陽気な声で続けたのは小柄な操雷師、畢。
 彼らは皆、年齢では加山より上だ。戦士としての経験も、おそらくは上。加山は若いながらも百戦錬磨、軍人になる為の学びの日々、士官学校時代はむしろ短い休息期間と言える。だが、彼らもまた歴史の影に隠れて技を練り、実戦で鍛え続けた暗闘者達。
 自身、後ろめたい想いがある所為か、彼らに囲まれた加山の態度はいつになく歯切れが悪い。

「俺は、……自分の勝手でやっている事だ。お前達が付き合う必要は無い」
「では我々も自分の勝手で隊長を援護させていただきます」

 場違いに胸を張って答えたのは大柄な火術使い、昴。

「馬鹿な…!これは俺の単なる感傷に過ぎない。ここで戦っても、何の意味も無い。こんな無意味な戦闘行為で命を落とすようなことでもあれば、それこそ犬死だ!無駄死には月組隊員としての任務放棄。重大な軍規違反だ!」

 自分のことを棚に上げて……とは、この時の加山の言い種だろう。だが、当然返されるはずの反問はなかった。五人が一斉に四方へ散る。彼らの残像を貫く酸の飛沫。石畳が所々黒く焦げる。

「『俺の一番の幸せ、それは、帝都が平和であること』でしたね、隊長?」

 風の刃を放ちながら、無表情に「亢」が告げる。

「『人々の笑顔が守られること』でもあったと記憶しています」

 からかうような、だが決して冷笑的ではない微かな笑いを刻み、電光を投げつけた「畢」が言葉を重ねる。

「隊長、その想いは、我々も同じです!」

 続けざまに火球を射ち出しながら、「昴」が大声で訴える。

「影の定めを科せられてきた我らにとって、人々の笑顔を守る帝撃の任務は暗闇に差し込む光明、救いですらあります」

 頭上に集めた蒸気を「竜」に変えて解き放った「参」が、戦場に不似合いな落ち着いた声で語った。彼らの、心の裡を。

「我らにとって帝撃の任務は、荒れ果てた心を温める灯火」
「闇に手を染めた我らにとって、月組の一員でいられることが心の暗闇を照らす月の光となってくれます」
「人々の笑顔を守る戦い、それこそが、闇に生き、ともすれば魔に惹かれる我々の心の、救いとなるもの」
「これは、自分自身の為の戦いです。我々は別段、示し合わせたわけではありません。全員が、自発的にここへ来ました」
「自分自身の心が命ずるままに、我々はここに集いました」
「隊長、貴方の下へ」
「力なき人々を救う為に、死地へと飛び込んだ貴方の下へ」

 目まぐるしく飛び回る人影から、木霊の様に言葉が返る。ばらばらに、一つの心を語る。
 その間にも、彼らの手が止まることはない。「人々」から生まれ持った異能の力を恐れられ、戦いの為に利用される事でしか「社会」に受け容れられなかった彼らが、今、自らの意志でその異能の力を魔の軍勢に叩きつける。
 しかし。
 想いは、必ず報われる、とは限らない。
 何故、魔操機兵、そして降魔兵器と戦うのは霊子甲冑なのか。
 花組なのか。
 それは、魔操機兵、降魔、降魔兵器という存在が、「通常」の魔物とは比較にならないほど、「術」に対して高い耐久性を持つからなのだ。
 魔操機兵は元々、魔術師同士の戦いの中で魔術に対抗する兵器として作り出された機械仕掛けのゴーレム。
 降魔は、人の心の闇き想念、「魔」の力が化成したもの。実体化した「魔術」であるとも言える存在。
 この二つが合わさった降魔兵器の肉体は、それ自体が一つの強力な結界だ。感覚を攪乱することは出来ても、「術」で直接ダメージを与えることは難しい。
 物理的な攻撃だけでは斃せない。
 かと言って、「術」で斃すことも難しい。それ故に、体術の心得のない、襲い掛かる反撃を躱す事の出来ない「普通」の術者では殺されるのを待つだけのようなものだ。
 法術と体術を兼ね備えた月組最精鋭部隊だからこそ、霊子甲冑無しでこうして生身で交戦できる。
 しかし、それもごく限られた時間の話に過ぎない。

 グッ……
 グァッ……

 漏れ出る苦鳴。流される鮮血。今の所、辛うじて死者はいない。だが、かすっただけの攻撃で一人、二人と戦闘力を失っていく。仲間の援護がなければ、彼らはとっくに降魔兵器の餌食となっていただろう。文字通りの。
 そして、仲間を庇う分、彼らの戦闘力は確実に削ぎ落とされていく。

 ガッ……

 また一人、血を流す隊員。

深き常闇より来れ、黄泉の八雷神!!
南方三気火徳星君!!

 「畢」が、「昴」が、渾身の援護射撃で退避の時間稼ぎをする。「亢」も、「参」も、今や積極的な攻撃は出来なくなっている。仲間を庇うことで精一杯だ。
 そして、遂に限界が訪れた。
 意志を持たぬ降魔兵器も、敵の力量を量る計算力は与えられているのか。
 攻撃が、彼ら四人に集中する。
 偶然、互いの背中を守るように月組四天王が集まった瞬間、彼らの周囲に降魔兵器の八重垣が形成される。
 退路は、絶たれたかに見えた。
 その時。

 シャッ……

 小さな、鞘走りの音。ほんの小さな音だったはずである。だが、そこにいた全員がその音に気づいた。五感を持たぬ降魔兵器ですらその音に気を取られたかのように見えた。
 その場の注意を引いたのは、小さな音ではなく同時に迸った霊力。
 思いもよらぬ「想い」の数々に圧倒され一時的な自失状態に陥ったのか、反射的な回避行動以外見せていなかった加山が、短い沈黙を破ったのだ。
 そして、彼は遂に抜き放った。
 手にする宝剣、聖刀芒鋭を!

 魔を狩る者にして魔を統べる者
 夜の闇に君臨し夜の闇を蹂躙する蒼白き闇天(あんてん)の支配者
 日々姿を変え変わらず時を刻む気まぐれな律法者
 大いなる魔力(ちから)の源
 月の王よ
 闇の刻印を記されし光の使者、黒き翼の末裔(すえ)、ここに希(こいねが)う
 御身が大いなるア(闇)の相を我に貸し与えんことを
 

 朗々たる声が、廃虚と化しつつある帝都の一角に響き渡った。それは単なる音声ではなく、精神を震わせる霊気の波動が乗せられた詠唱。
 聖刀芒鋭に集まる膨大な霊気。

 黒羽幻法 闇月(あづき)

 霊力の爆発。

 そして、辺りを闇が覆った。

 視界に黒いフィルターがかけられた。
 四人の術者は、そう感じた。
 闇色に染まった世界。だが、視覚認識に支障はない。色こそ分からなくなったものの、形や動きを識別するのに何の不自由もない。
 にもかかわらず。彼らを取り囲む降魔兵器は、間違いなく彼らの姿を「見失って」いた。それまでの明確な指向性が、半魔半機の動作から消えた。
 黒羽幻法・闇月。それは黒き月輪の法術。大いなる日輪の光を遮り昼を夜に変える日食の現象を精神次元(アストラルサイド)に再現する闇の結界。霊的な認識力を全て黒く塗りつぶしてしまう幻術。
 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。肉体に備わる五感が外界の情報を伝えてきても、霊体が――精神がその情報を受け取ることが出来なければ、何も感じていないのと同じ。人は一切を認識することが出来ない。
 闇月の暗黒結界、それは霊体にすっぽりと被せられた分厚い暗幕に似ている。精神次元に濃密な闇を作り出すことで、霊的な知覚力を奪ってしまう。肉体を――物理的な五感を備えた人間ですらその闇の中では自分がどういう状態でいるのか、立っているのか寝ているのか、上を向いているのか逆立ちしているのかすら分からなくなる。肉体を持たぬ霊的生物、「魔物」ならばなおのこと。
 更に特筆すべきことは、この術が集団幻術でありながら選択性を有しているという点だ。闇に閉ざす相手を、闇月の結界は選別する。敵だけを暗闇に閉じ込め、味方はその闇の中で自由に行動することが出来る。
 元々この「闇月」は集団戦闘支援用の法術。神々の軍勢の斥候部隊を担っていた彼の部族は、予期せぬ遭遇戦や偵察先での待ち伏せを受ける事も少なくなかった。そうした時、味方を危地から脱出させる為の目眩ましとしてこの術は編み出された。
 強力、かつ広範囲に作用する術であるが故に、当然その作用時間は短い。ちょうど、日食のように。だが、その効果は絶大だ。一時的にとはいえ、敵だけを盲目状態にしてしまうのだから。選別する闇、「闇月」。それは、味方を死地より脱出させる、従う者の命を守る「将」の術。
 術は、本来の目的に使用された時、最大の効力を発揮する。

「今だ!」

 短い命令。それだけで十分すぎた。一斉に跳躍する四人の戦士。躊躇無く降魔兵器の頭を蹴り、その頭上を包囲網の外へと走り出る。この黒い世界の中では、このような無謀とも思える大胆過ぎる行為も反撃を受けることは無いと直観的に悟っていた。降魔兵器は何をされても分からない状態にあると。そして、その隙をついて攻撃しようなどと考える愚か者はいない。「機」は有限であると、言われるまでもなく理解していた。
 闇が晴れる。世界が色を取り戻す。
 突如消え失せた獲物を求めて哮り立つ降魔兵器。
 切っ先諸刃湾曲刀。その刃は通常の刀と異なり、湾曲の内側についている。しかも、よくよく見ればその刃は無数の細かい切っ先の連なりから成っている。
 異形の姿を持つ宝剣。
 霊光を放つその刃を頭上にかざし、敵の混乱に乗じて部下を呼び集める加山。

「間違えるな!我々の目的は市民脱出の援護。降魔兵器を斃す事ではない!」

 叱責の言葉。だがそれは、「我々の」という一言は、彼が部下を受け容れた証でもあった。月組の隊員達が、自分の意志で、彼を隊長として受け容れたように。

「三上」
「…ハッ!」

 一瞬の、間。名前を呼ばれた「参」が加山の傍らに駆け寄る。

「水の力を持つ者を指揮し、延焼を食い止めろ。
 仰木」
「ハッ!」

 「亢」が応える。コードネームではなく、名字を呼ばれて。

「左前方に火に巻かれ取り残された市民の集団がいる。風の刃で炎を割れ」
「了解!」

 パッと、二つの集団が隊列より離れる。その先頭には加山の命を受けた二人の術者。

「柴田、穂積」
「ハッ!」
「ハッ!」

 勢いよく応える「畢」、そして「昴」。

「降魔兵器を牽制する。ついて来い」
「了解!」

 重なる、二つの声。「畢」、「昴」としてではなく、「柴田」、「穂積」という名の人間として。

「行くぞ!」
「応!」

 一つにまとめられた集団戦闘生物ではなく、一つにまとまった一人一人の戦士から成る、月組の戦闘が始まった。加山雄一という名の人間の下で。

 

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