決戦――かえで雄一の物語――特別編

決戦<その9>


 怪神の両腕が降魔兵器へ向けて持ち上がる。
 見事な半円陣形はパイロットの練度を示していた。一斉射撃体勢。一糸も乱れぬ連携は部隊としての練度も高いものであることを示している。
 当然のことながら、降魔兵器は無抵抗を掲げる平和主義者ではない。空からの乱入者が自分達に牙を向けるのを黙って見ているはずも無い。降下中の集中砲撃により一旦怪神へ場所を譲った降魔兵器だが、これは半ば操り主からの指令によるもの、制御された戦術運動の結果だ。近距離攻撃用の『万雷』が距離を詰める背後で遠距離攻撃用降魔兵器『烈風』が魔風を放つ顎門を怪神に向けていた。明らかに、一つの意思に制御された行動。
 放たれる妖力の衝撃波。
 通常のシルスウス鋼ではひとたまりも無い、はずの攻撃。
 だが。

「!」

 月組の眼前で、怪神は降魔兵器の攻撃を撥ね返した!
 装甲では防げぬはずの攻撃を防ぎ止めたのは、やはり装甲によるものではなかった。
 ここに集う隊員達は、霊子兵器は操れずとも、全員が高い霊力を備えている。
 その男達の目は、はっきり捉えていた。
 怪神を覆う、霊子力場を。
 十八本の鋼の腕が一斉に火を噴く。
 降魔兵器の体表で続けざまに起こる爆発。怪神両腕の速射砲から放たれた炸裂弾の爆風が降魔兵器の前進を阻み、再び彼らを押し戻した!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「坊やたち、とりあえずは持ちこたえているようだな」

 皮肉な口調の呟きは白い靄に吸い込まれ、誰の耳にも届かなかった。
 開かれたハッチから徐々に侵入してくる雲の欠片。霊子力によりコントロールされた人工の雲も、エントロピーに100%逆らうことは不可能と見える。

「烏天狗、ダイブ!」

 携行用の榴弾砲を手に、白鯨丸のハッチから飛び降りる雄次郎。背中で大きく広がる蝙蝠の翼。滑空降下用の折畳式グライダーを背負い、雪組歩兵部隊は次々と白鯨丸より飛び出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「烏天狗隊も降下しました。怪神隊の背後へ順調に展開しています」

 飄々たる――いささか敬意に欠ける口調で神無月から告げられた報告に、雨音は彼女に相応しい豪奢な椅子から立ち上がった。

「どちらへ?」
「管制室へ行きます。私は零一たちの面倒を見てあげなければなりませんので、岩瀬、艦の指揮は任せました。神無月くん、地上部隊援護の指揮をお願いします」
「かしこまりました、雨音様」
「了解」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「怪神の霊子力場の強度は光武・改の50%前後ですね。計算より少し低い数値です」
「なかなか計算通りという訳には行かないでしょう。それに、その程度の誤差なら力不足という点に何ら変わりはありません」

 雨音を迎えたのはヒョロッとした、どこか学者然とした雰囲気の漂う泉と呼ばれた士官。彼に応えた雨音の口調は神無月や岩瀬に向けられた、必要以上に艶のある女性らしい声とは別人のように冷淡で無機的な声だった。

「さて、『改』のお守りをしてあげませんと……泉、準備は出来ていますか」
「共感応システムは全て正常です。モニター状況も良好」
「結構です」

 氷のような、と言うにはいささか透明感に欠ける声。雪女のような、あるいは雪のような、と言えばいいのだろうか?
 管制室の奥に置かれている、壁に向けられた半円形のデスク。斜めになった卓上には二段九列の小型モニター。いや、よくよく見れば、このデスクは九列のモニターをくっつけて並べたものだ。その前に置かれた広い肘掛付の椅子。その肘掛の上には幾つものボタンが並んでおり、ただの椅子ではないと一目でわかる。
 向かい合う壁は大型のモニターになっており、地上の様子が映し出されている。降魔兵器と銃撃を交わす怪神の姿が。そして二段の小型モニター下段にはグラフ化された複数のデータ、上段には9人の少年が映っている。
 全員が十代半ば、一番年上が十七歳。全員がなかなかの美形だが、容貌の共通点はそれだけだ。目の形、眉の形、鼻、口、耳の形。顔の輪郭、髪の質、肌の色。同じ日本人の同じ年頃の少年でも、一人一人肉体的な特徴は異なるのだと実証するサンプルであるかの如く。
 ただ、全員が酷く似通った雰囲気を持っていた。酷似した感情を瞳に宿していた。疑うことを知らぬ、一途な眼差し。そして、これは間違いなく同一の、額に巻いた金属のバンド。
 人型蒸気の――霊子甲冑の操縦席に似た椅子に腰をおろした雨音の額には、少年たちの額に巻かれた銀色のバンドと同じ色のサークレット(額飾り・ヘッドバンド)が置かれている。雨音が座ると同時に、高い背もたれのヘッドレスト部分がぼんやりと発光を始めた。丁度、少年たちの背後に映る怪神操縦席と同じように。
 そう、この少年たちが、9機の霊子核機関搭載型人型蒸気・怪神のパイロットなのである。

「零一、二三也、三四郎、十四夫、十五、六三四、七七三、八十介、九十九、調子はどうですか?」

 戦闘真っ最中のパイロット一人一人に話し掛ける雨音の声は、これまたまるで別人のものだった。詐欺のように、優しく、丁寧で、包容力と慈愛に満ち、同時に男の本能を否応無く刺激する艶やかな声だった。

『雨音様!』
『全て順調です!』
『見ていて下さい、雨音様。この程度の相手、すぐに蹴散らして見せます!」
『雨音様の為、必ずや勝利を!』

 口々に戻ってくる熱い――「熱狂的な」と言っても過言ではない返事。少年たちの目は眼前の敵を確かに見据えていながら、眼差しは熱く雨音に向けられていた。

「霊子力場、出力10%アップ。効果覿面ですな。『改』の仕上がりは怪神以上です」

 泉の機械じみた口調の報告にチラッと視線を向けて小さく頷く雨音。

「よろしい。みんな、頑張って下さいね。でも、無理は禁物です。撃破に拘る必要はありませんから。作戦通り、川岸まで降魔兵器を誘導して下さい」

『分かりました、雨音様!』
『雨音様の仰せのままに!』
「私が見守っていますからね」
『はいっ!!』

 重なり合った九つの声。重なり合った九つの感情。それは、忠誠?憧憬?

「脳波が安定しました。隊長に対する従属心が都市の思念エネルギーの影響力を打ち消しているのですな」
「その為の『改』ですから。そうでなければ、あんな坊やたちを秘密兵器に乗せたりしません」

 多重人格を疑わせる冷たい声音。肘掛に載せられた指は、通信機のスイッチをオフに抑えている。

「ドイツの科学技術は確かに我が国より進んでいますが、『心の力』に対する理解は浅薄だったと言えるでしょう。『感情』を消し去るなど馬鹿げたアイデアです。感情こそは精神エネルギーの源泉。感情を一つの方向に誘導する『改』の試みは成功です」
「成功と結論するにはまだ早すぎますよ、泉。興奮状態で安定させるという不自然な精神状態が戦闘終了まで持続して、初めて成功だったと言えるのです」

 小さく頭を下げる泉。しかし、雨音は彼の応答に全く関心を示さなかった。彼女の目は、冷静にモニターを見詰めていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 怪神から放たれる濃密な弾幕。
 両腕の炸裂弾は降魔兵器の接近を阻み、背負う大口径砲は降魔兵器を大きく弾き飛ばす。
 遠距離から叩きつけられる衝撃波を霊子核機関の作り出す防御力場が受け止める。
 だが、ダメージを与えられないのは、お互い様だった。
 両腕の速射砲から放たれる炸裂弾は降魔兵器の体表で弾けるのみ。大口径砲も半機半魔の肉体を抉るには至らない。

「借り物の力では防御だけで手一杯か……まっ、そうそう都合のいい話も無いだろうな」

 ゆっくりと後退する怪神の背後で、雄次郎は面白くもなさそうな口調で呟いた。

「そろそろだな」

 左手を上げる雄次郎。背後で、何十もの砲口が空に向けられた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「残念ながら怪神の火力では降魔兵器の障壁を破れないようですね」

 その台詞とは裏腹に、泉は少しも残念ではなさそうな口調で雨音に話し掛けた。

「霊子核機関のエネルギーは90%以上が防御力場の維持に使われています。砲弾に注入されているのはほとんどパイロットの霊力のみ。やはり、小型のものでも攻撃用に霊子機関を積んでおくべきでしたかな?」

 いや、もしかしたら報告ではなく独り言なのかもしれない。

「余程霊子機構に熟練したパイロットでなければ霊子核機関を制御しながら別系統で霊子機関を稼動させることは出来ません。かといって、『改』の霊力では、天武のような両者を一体化したシステムを実戦レベルで稼動させることも出来ません。ヴァックストゥームほど徹底した強化措置は施していませんからね」

 しかし、雨音はそうは受け取らなかったようだ。例の冷たい口調で突き放したような応えを返す。

「やはり女性体の方がパーツとしては適しているのでしょうか」
「それもあるかもしれませんね。私は、措置を始めた年齢が問題だと考えますが」
「『改』は一応、志願者ですからな」
「戦死した士官の孤児を相手に志願を問うなど、見せ掛けだけの偽善ですけど」

 視線をモニターに戻し、通信機のスイッチを入れ替える。

「三四郎、七七三、九十九、残弾が少なくなっています。一旦下がって補給をお受けなさい」
『はい、雨音様』
『了解です』
『分かりました』

 その命令は、戦場に不似合いな優しい声で下された。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「撃て」

 あっさりした、投げやりとも感じられる命令と共に榴弾砲のトリガーを引く雄次郎。彼の背後では、同じような発射音が何十と続く。
 放物線を描く霊子炸裂弾が降魔兵器の群れへと降り注ぐ。道路と、建物にも。怪神と降魔兵器の激突ですっかり廃墟と化した町並みが爆風でなぎ倒される。
 背後からの援護砲撃で生まれた隙に乗じて三機の怪神が後退する。上空を移動する雲の中から落ちてくる、パラシュートをつけられたコンテナの方へ。
 左手を横に振る雄次郎。榴弾砲を抱えた野戦服の男たちが左右に分かれた。廃墟の壁に身を寄せながら、少しずつ、素早く前進していく。後退する怪神部隊を左右から包み込むように。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「三号機、七号機、九号機、補給完了。続けて一号機、二号機、五号機に対する補給指示が入りました」
「了解、コンテナ、準備は?」
「投下準備完了しています」
「よし、弾薬コンテナ投下。続けて、歩兵部隊に対する補給用意」

 窓の外は白濁した蒸気のカーテンで閉ざされていたが、大型モニターには外の様子が映し出されていた。怪神の両翼から発射された霊子炸裂弾が降魔兵器の真中に降り注ぐ。三号機、七号機、九号機と入れ替わりに一号機、二号機、五号機が後退する。コンテナの落下地点で待機する整備兵。三機の到着と同時に、弾薬コンテナと一緒に投下された自走式動力アームを使ってカートリッジを大口径砲の付け根と両腕の肘の部分に押し込んでいく。

「有線噴進弾用意」
「有線を使うのですか?敵にこちらの位置を知られてしまうことになりますが」
「…これ以上ぶっ壊すと後が怖いからな。大丈夫だ。霊子力含有の蒸気雲は霊的探知に対する遮蔽にもなる」

 砲手の意外感を露わにした反問に、神無月は苦笑交じりの口調で答える。

「有線噴進弾、目標、降魔兵器両翼第一列の各四体」
「一番から八番、準備よし」
「発射せよ。歩兵用補給コンテナ投下」
「発射します」
「了解」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 崩れ落ちていく町並みを見つめる数十の瞳。
 男達は鋼の表情で破壊の光景を凝視していた。
 無言のまま、身じろぎもせず。ただ、その瞳に宿る光が徐々に烈しさを増していた。
 歩兵砲による第二斉射。霊子核機関搭載型人型蒸気・怪神の大口径砲も当初の精度は無く、市街地で使用するには強力すぎる破壊力を、せっかく、焼け残った民家に誇示していた。
 ギュッと、唇を引き結んで立ち尽くす男達。
 だが。

「隊長!!」

 雲の中から放たれた噴進弾の一基が狙いを外れ、町並みの一角を根こそぎ吹き飛ばした瞬間、ついに無言の行は破られた。

「児玉、白鯨丸の使用周波数を割り出せ」
「はっ!」

 背中から大型の鞄を下ろし、蓋を開けたその前に膝をついてゆっくりダイヤルを回していく青年隊員。耳には電話の受話器のようなものを当てている。どうやらこれは大型のキネマトロンのようだ。

「つながりました!」
「よし」

 青年の手から送話機と一体になった受話器を受け取り、耳にあてる加山。

「白鯨丸、応答せよ!こちら月組隊長、加山雄一!」

 

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