魔闘サクラ大戦 第四話
その1



「これで終わりだな」
「はい、大神さん、お疲れ様でした」

 大帝国劇場事務室。六月公演が終わり、七月公演『愛はダイヤ』の準備期間。公演の無い日の常で、大神は書類の山に埋もれていた。さんざんかすみと由里にこき使われ(特に計算仕事はほとんど大神の受け持ちとなる)、漸くかすみからお許しが出た所だ。

「ふうっ。しかし、休演日のたびに書類が増えていくのはどういう訳なんだい?」

 素朴な疑問である。しかし、率直な感想でもある。四月に比べて、目の前に積み上げられる書類が幾何級数的に増えている。

「それだけ帝劇も人気が出てきたって事よ。それに華撃團の方も忙しくなってきたし。大神さんに仕事押し付けてる訳じゃないわよ?」

 どこか信頼感に欠ける口調で由里が言う。

「無論、そうは思わないが…」

 大神としては、こう応えるしかない。

「ごめんなさい、大神さんも花組のお仕事と掛け持ちでお忙しいのはわかってるんですけど…」

 かすみにこう済まなさそうに言われてはもう何も言えない大神であった。

「いや、君たちも花屋敷と掛け持ちなんだし…人手不足は帝撃の持病みたいなもんだからな。またいつでも声を掛けてくれよ」
「さっすが大神さん。頼りにしてますよ!」

 こうしてまた蟻地獄へ落ちていく大神であった…

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(すっかり遅くなってしまったな…一旦部屋に戻るか)

「大神さん!」

 事務室から自室へ戻る大神を呼び止める澄んだ声。

「やあ、さくらくん。稽古はもう終わったのかい?」

 小走りに駆け寄る薄紅の小袖、緋の袴に包まれた、ともすれば華奢にすら見える細身の肢体。揺れる豊かな黒髪と赤いリボン。さくらである。
 こう問い掛けたのは、花組の面々が公演の準備でこのところ毎晩遅くまで稽古しているのを知っていたからだ。何度か差し入れを持っていったこともある。この時間、いつもならまだまだ稽古中のはずであった。

「それが…大神さん、アイリスを見ませんでした?」
「いや、夕方から姿を見ていないが…アイリスがどうかしたのかい」
「台詞あわせの最中にいなくなっちゃったんです。まったく、どこへ行ったのかしら…」
「…まあ、アイリスのことだ、そのうちひょっこり姿を見せるだろう」
「そうですね…」

 しょうがないな、と苦笑いをする大神、困ったものだわ、と溜息をつくさくら。だが、さくらの渋い顔も長くは続かなかった。そういえば、さくらくんの不機嫌な顔はあまり見たことが無いな、と大神は思う。そこで、自分の前だから、という考えに至るほど女心に敏ければさくら達が苦労をすることも無いだろうが。

「ところで大神さん、明日、お暇ですか。大道具部屋を一度綺麗に片付けておきたいと思うんですけど…」

 こう問い掛けたさくらはいつもの快活さを感じさせる表情を取り戻していた。大道具部屋といえば、先月、二人で掃除をした時余りの乱雑さに辟易した記憶がある。稽古が休みの日に腰を据えて整頓しておきたい、とさくらは考えていたらしい。勿論、大神と二人で、というところがみそである。

「ごめん…明日は近衛本部で会議なんだ」

 ところが、珍しく大神の返事は芳しくないものだった。ちなみに、帝国華撃團は近衛総監花小路の直属部隊という扱いであり、指揮系統の点から言えば枢密院と禁裏からのみ命令を受ける完全な独立部隊となっている。そして、大神の身分は現在近衛軍軍令部付少尉である。近衛軍は元々の儀礼的な性格の強い宮兵と陰陽寮の流れを汲む法術部隊を除けば陸海軍の精鋭を集めて編成されており、陸海軍からの出向者が大半を占める。海軍少尉の大神が編入されても何の違和感も無いという訳だ。

「…そうですか……」

 さくらは目に見えて落胆している。しかし、こういう時にこの少女は駄々をこねたりしない。拗ねてみせるのはやきもちを妬いている時だけである。

「近い内にきっと時間の都合をつけるから」

 置いていかれた子供のように所在なげな、気落ちしたさくらの様子についこう言ってしまう大神を軟弱者と謗ることは誰にも出来まい。

「本当ですか!約束ですよ!」

 パッとさくらの表情が明るくなる。花開くような笑顔である。この笑顔の為なら、例え書類の山脈に神経が二、三十本まとめて焼き切れる様な無理をしてでも時間を捻出せねばなるまい。それが男だ、大神隊長。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お兄ちゃーん」

 立ち止まってさくらと話をしていた大神に呼び掛ける可愛い声。そしてパタパタ、という軽い足音が聞こえてくる。大神をこう呼ぶ人物は帝劇に一人。
 フリル過剰な、しかし余りにも愛らしいこの金髪碧眼の美少女にはこの上なく似合っているエプロンドレスと、胸に抱えたテディベア、頭上を飾るさくらのものより更に大きな淡いピンクのリボン。

「アイリス」

 やはり、アイリス、本名イリス=シャトーブリアンである。大神に抱き着くように真近まで駆け寄ってくるのもいつも通り。大神が少し身をかがめて目線を近づけるような姿勢で話し掛けるのもいつもの通り。実の兄妹でもここまで仲良くできないだろうと思わせる二人の姿が、正直ちょっぴり面白くないさくらであった。

「お兄ちゃぁん、明日、アイリスとデートしようね」
「デート?」

 思わず声に棘が生えるさくら。子供相手に少しみっともないぞ、と自分でも思っているのだが、こればかりはどうにもならない。

「ねっ、いいよね?」
「ごめん、明日は仕事で出掛けなきゃならないんだ」

 だが、大神の返事が変わる訳も無い。馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、少しほっとするさくらである。

「え〜っ、やだ〜〜。明日はお休みだってマリアも言ってたよー」
「ごめん、明日は俺だけの都合じゃないんだよ」
「そんなの嫌っ!明日はお兄ちゃん、アイリスと一緒にいるの!!」
「それじゃ、次のお休みにはアイリスに付き合ってあげるよ。それでどうかな」

 これを聞いたさくらは大神にきつい視線を投げつけた。視線に質量があったなら大神は頭部に死球を食らった野球選手のように昏倒していたに違いない。だが、どうも大神の様子がおかしい。いつもならここまで低姿勢にはならない。大神は相手が子供だからといって、過度に甘やかすような男ではない。

「いやいやっ、明日じゃなきゃ駄目なの!!」
「アイリス、それは我侭というものよ」

 思わず強い調子でアイリスをたしなめるさくら。だが、そんなさくらを大神が目で制止する。

「アイリス…」

 なんとかアイリスを宥めようとする大神。だが。

「もういいっ!お兄ちゃんなんか知らない!!!」

 アイリスは癇癪玉を破裂させて走り去っていった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「明日はアイリスの誕生日なんだよ」

 大神の言葉を聞いてあっと言う形に口を開くさくら。そう言えばさくらにも、自分と同じ7月生まれなのでそうなのか、と思った記憶がある。お祝いしてあげるつもりだったのに、つい舞台が忙しくて忘れていたのである。

「アイリスは今度漸く十歳になるところだ。事情があって離れているとはいえ、まだまだ御両親が恋しくても仕方の無い年頃だよ。親元にいたら明日は精一杯祝ってもらえるに違いない。そんなアイリスが、誕生日ぐらい自分の為に付き合って欲しいと思うのは無理ないことだと思うんだ。だからあんまりきつく叱らないでやってくれないか」
「大神さん…」

 こういうところ、大神に比べるとまだまだ自分は子供だな、とさくらは思う。忙しいというなら、大神は誰よりも忙しいはずである。モギリ、書類整理をはじめとする劇場の仕事と、帝国華撃團・花組隊長の任務。とくに帝撃・花組関係のさまざまな事務処理は大神一人の肩に掛かっている。さくらは一度書類作成を手伝おうとしたことがあったが、内容がチンプンカンプンですぐに諦めてしまった。紅蘭なら少しはわかるかと思って訊いてみたら、紅蘭にも技術仕様以外の部分はさっぱりとのことであった。カンナによれば、マリアも軍の様式に合わせた書類作成には悪戦苦闘していて、かなりの部分あやめに依存していたらしい。そしてその合間を縫って鍛練も怠らない。さくらとの早朝稽古は4月からずっと続いていた。おかげで、仙台の道場で修業していた頃より自分の腕が上がっているようにさくらが感じるほどである。
 それでもちゃんとこういう細かい所まで気遣うことができる。そのことが悔しくもあり、嬉しくもあり、また不安になるところでもあった。

(大神さんから見たら、アイリスだけじゃなくて私もまだまだ子供なんじゃないかしら…)

「せめて、明日は早目に帰ってこれるようにしよう」

 気持ちを切り替えるようにふうっ、と一息つくと、独り言つ大神。

「私、お祝いの準備をしておきます!」

 思わず口を衝いて出たさくらの申し出に、大神は優しい笑顔を見せた。

「そうだね…さくらくん、頼むよ」
「はい」

 思い遣りに溢れた大神の口調に、胸が暖かいもので充たされていくようにさくらは感じていた。




その2



 ドンドンドン

「ずいぶん乱暴な…」

 大帝国劇場二階、大神の私室。久しぶりで軍服に袖を通し身支度を整えていたところである。

「はーい」

 軍人にしては間の抜けた返答をして、ドアのノブを回す大神。

 ドドッ

 途端に駆け込んでくる人、人、人。いや、実際はたった5人なのだが、その勢いに大群衆がなだれ込んできたかと錯覚する大神であった。

「どうしたんだ皆…そんなすごい、勢いで」

 すごい形相で、と思わず言いそうになり、相手がうら若い乙女たちであることを思い出し、すんでのところで言葉を差し替えた大神である。しかし、そんなことは気にしていなかっただろう。今日の隊員たちは。

「どうしたもこうしたもねぇ!隊長、これを見ろ!!」

 真っ先になだれ込んできたカンナが叫び声(と言いたくなるような大声)とともに便箋を差し出す。そこには

『さようなら、アイリスはひとりでいきていきます。きょうから10さいだもん。さがさないでね。おにいちゃんのバカ』

 と、たどだとしい文字で書かれていた。

「……えっ!」

 仮名ばかりの文章にうまく意味が頭に入っていかなかった為か、一拍置いて大神は驚きの声を上げる。

「書き置きか、これは?」
「大神はん、あんた、これ、どない説明するつもりや!」

 日頃にこやかな表情を崩さない紅蘭が怒りを露にして詰め寄る。

「ちょっ、一寸待った。まだ事情が上手く飲み込めないんだが、もしかしてアイリスがいなくなったのか?」
「んま〜〜、何をのうのうと!」

 すみれも苛立ちを隠そうともしない。

「アイリスの姿が見当たらないんです。劇場中、探してみたのですが…隊長、アイリスがどこに行ったかお心当たりはありませんか?」

 さすがにマリアが冷静に説明してくれた。だが、これを聞いて大神は一気に血の気が引く思いがした。

「まさか、一人で外に出ていったのか!?」
「少尉、行き先にお心当たりはありませんの?」
「わからん!マリア、何か手掛かりは?」
「ほんまに知らんのやろうな?」

 疑惑の眼差しを向ける紅蘭、すみれ、カンナ。だが、大神は逆に彼女たちを一喝した。

「そんな事を言っている場合か!」
「どっ、どうしたんです、大神さん」

 常に似合わぬ大神の剣幕にさくらがびっくりした顔で尋ねる。すみれたちも少し腰が引けている感じだ。

「アイリスでは人買いあたりの格好の標的だぞ!何かある前に探し出さないと…」

 文明開化から半世紀が過ぎているとはいえ、ここ帝都でもまだまだ外国人はものめずらしい存在だった。ましてやアイリスのような東洋人が思い描く典型的西洋人、金髪碧眼、西洋人形そのままの美少女は、大神の言うように人身売買を生業とする闇にうごめく者達にとってまたとない「商品」である。だが、この中で大神の心配が本当に理解できるのは、日頃同じ様に好奇の目に晒されているマリアだけだったかもしれない。(もっとも、まだ若造に過ぎない大神が何故そんな社会の暗部にまで詳しいのかというとそれも謎ではあるが)

「隊長、私はアイリスの部屋に手掛かりがないかどうか探してみます」
「頼む、マリア。俺は今日の会議を誰か他の人に代ってもらえる様長官に相談してくる」
「はい」

 それ以上余計なことは言わない。きびきびした動作でマリアは部屋を出て行った。

「紅蘭、地下の施設で警察の通信を傍受してくれ。何か手掛かりがあるかも知れん」
「わっ、わかりました」
「さくら君は二階、すみれくんは一階、カンナは地下をもう一度探して見てくれ」
「はっ、はい」

 大神の焦った口調に押し出される如く、さくらたちは部屋を出て行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あやめさん」

 支配人室に行こうと廊下へ出てすぐ、大神はあやめと行き合わせた。

「大神君、聞いたわよ」

 どうやらあやめもアイリスの件で大神に話があったようだ。

「ちょうど良かった。あやめさん、支配人室に御同行願えませんか」
「どういうこと?」
「今日の会議へ私の代わりにご出席頂きたいのです。その件に関して、長官の御了解をいただきたかったのですが」
「…私の都合は?」

 どことなく悪戯っぽい表情であやめが問う。確かに、大神の言い種はあやめの都合を無視している。

「申し訳ありません、あやめさん。お忙しいのは重々承知していますが、他にお願いできる人がいないんです。ご存知の通り、今日の会議は法術部隊と帝撃の協力体制を協議する為の重要なもので、欠席する訳にはいきませんから」

 しかし、大神は大真面目であった。我が身が一つしかないことに苛立ってすらいるようである。今の大神は、純朴な年下の青年ではなく気鋭の軍人の顔をしていた。

「ごめんなさい、つまらないことを言ったわ。代理の件、私が長官にお話しておくから大神君はアイリスの捜索に専念して」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 あやめは一階へ、大神はアイリスの部屋へ、それぞれ足を向ける。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「マリア、何か手掛かりはあったか?」

 アイリスの部屋。普段であれば他人の私物を覗き見るような真似はマリアの最も忌み嫌う所だ。だが、今はそんな事を言っていられない。

「隊長、これを」
「これは、絵日記か?」

 マリアに渡された固表紙の帳面。開いたページには…

「アイリスは俺と浅草に行くつもりだったのか!よしっ、俺は浅草に行ってみる。無線信号機を持っていくから何かわかったら合図する様紅蘭に伝えてくれ。すぐに電話を入れる」
「わかりました。わたしもすぐにカンナ達と浅草へ向かいます」
「頼む!それから、皆に単独行動を慎むようくれぐれも言っておいてくれ。君たちは若い女性なんだ」
「…わかりました」

 以前のマリアであれば、か弱い女性扱いに反発を覚えただろう。いや、今でも大神以外の男から同じ事を言われればムッとくるものを感じたに違いない。だが、この時は何故か素直に頷くことが出来たマリアであった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あっ、大神さん!」

 玄関ホールに降りる途中、声を掛けたのは二階を捜していたさくら。

「何かわかったんですか?」
「ああ、どうやらアイリスは俺と浅草に行くつもりだったらしい。探しに行ってくる」
「私も行きます!」

 さくらとしては当然の申し出であろう。だが、今の大神にはいつもの余裕が無かった。

「いや、さくらくんはマリア達と後から来てくれ。手分けした方が効率がいいし、かといって君たちに単独行動はさせられない」

 正しい判断をそのまま口にする大神。ただ、正しいだけの台詞。

「…必死ですね、大神さん。本当にアイリスのことが心配なんですね…」
「当たり前じゃないか!」

 さくらの口調は少し寂しげだ。しかし、大神の頭には言われた通りの意味しか入っていかなかった。内心の焦りが断言する応えからも窺えてしまう。

「もし、私がいなくなったら」
「さくらくんっ!!」

 少し拗ねた気持ちから思わずこぼれた言葉、さくららしからぬ愚痴にも似た甘えに、これまた大神らしからぬ剣幕の叱責。

(ぶたれる!)

 その強い語調に思わず目をつぶるさくら。

 ポンッ

 だが、やって来たのは頬を張る強い衝撃ではなく肩に優しく置かれた掌の温もりだった。

「そんな事を言わないでくれ…君までいなくなったらなんて……考えたくないよ…」

 苦しげな声。開いた瞼の向こうに見えたのは苦しげに俯く大神の表情。

「ごめんなさい…!」

 途端に後悔の念に襲われ、泣き出しそうになるさくら。自分が恥ずかしかった。大神はこんなに自分達のことを思っているのに、自分はつまらない嫉妬で大神を試すようなことを口にしてしまったのだ…

「いや、いいんだ。さくらくん、俺の方も少し焦りすぎていたようだ。怒鳴ったりして悪かった」
「いいえ!大神さん、ごめんなさい!!私…」

 必死に取り縋るさくらに、大神は安心させるように微笑みかけ、頷いてみせる。

「俺は気にしてないよ。だからさくらくんも気にしないでくれ」
「でも、」

 尚も縋り付いてくるさくら。いつに無く動揺しているのがはっきりわかる。
 自己嫌悪。余りにも浅はかな一言を口にした自分に対する羞恥。そして、大神に愛想を尽かされたのではないかという恐怖。そういったものが綯い交ぜになって、一種のパニック状態に陥っているのだが、大神には何故さくらがこれほど取り乱しているのか理解できなかった。彼には、それほど気にすることとは思えなかったのだ。強者に弱者の痛みはわからない。強靭な魂の持ち主には頼りなく揺れ動く傷つきやすい心を理解することは難しい。彼もまた、自分と他人の違いを真に理解するほどの人格的成熟には程遠かった。

「さくらくん、一緒に探しに行こう」
「えっ!?」
「アイリスのことが気になるんだろう?やっぱり、一人より二人の方が見つけるのも早いだろうしね」
「はっ、はい!」

 意外な大神の申し出に驚くさくら。もっともらしい理由付けをしてもらって、漸くさくらの表情に落ち着きが戻った。
 この時、どうしたらいいかわからない大神は、とりあえず一番安直な方法を選んだ。つまり、何も無かった状況に戻した訳である。さくらもまだまだ情緒不安定な年頃の少女だ。たまになら甘やかすのもいいだろうが、安直な解決法というのはえてして事態を悪化させるものである…

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 売店にいた椿に一言声を掛けて劇場を飛び出し、銀座線に飛び乗る。人でごった返す浅草を、人込みを掻き分けるように走り回る大神とさくら。

(そう言えば、噴水がどうとか書いてあったな)

 浅草の駅から程遠くない場所に幾筋もの通りが交わって広場となっている所があり、そこにはなかなか大きな噴水が設けられていることを大神は思い出した。はぐれそうになるさくらの手を引っ張って大急ぎで噴水前へ。さくらがどんな顔をしているか、この時の大神はまるで無頓着だった。辺りへ目を配る大神。そこへ…

「お兄ちゃん!さくらと二人でなにしてるの!!」

 大神をなじる甲高い少女の声。声のする方へ視線を巡らすと、今にも泣き出しそうな顔をしたアイリスがいた。

(よかった…大事には至らなかったか……)

 アイリスの様子はとても「無事」という感じではない。しかし、最悪の事態すら想像していた大神は胸撫で下ろす自分を隠せなかった。

「アイリス、こんな所にいたのか」

 あからさまに気の抜けた様子で話し掛ける大神。相手がもう少し大人であれば、自分を見つけて安心しているのだということがわかっただろう。しかし、10歳になったばかりの少女には…

「何それ!お兄ちゃん、アイリスのこと心配してない!それに何なの、さくらと手を繋いで!!お兄ちゃん、お仕事なんて嘘だったんだ。さくらとデートだったんだ。アイリスよりさくらの方がいいんだ。だから嘘ついて誤魔化したんだ!!」

 さっと顔色が変わるさくら。慌てて大神の手を放す。こんな場合であるにも拘わらず、繋がれた大神の手にときめきを感じていた自分が後ろめたくて弁解の言葉が出てこない。

「馬鹿だなあ、そんな訳無いだろう。アイリスが迷子にでもなってはいないかと心配で、仕事はあやめさんに無理言って代わってもらったんだよ。さくらくんだってアイリスのことを心配して一緒に探しに来てくれたんだ」

 しかし、大神はあくまで平静である。当然だ、彼には後ろ暗い所など何も無いのだから。だが、人の心は理屈や真実だけでは納得しない。アイリスにとっては、自分が拒絶された手がさくらに与えられていたという見たままの事実、そしてさくらの、やましさを抱えているような態度が全てだった。「大神は仕事だから仕方が無い」、そう言い聞かせる理性に納得できない感情が、格好の捌け口を見つけたのだ。大神が嘘をついたのだから、自分の我侭ではない、悪いのは大神だ、自分が寂しい思いをするのもやり場の無い怒りの衝動を抱えるのも全て大神の所為なのだ、言葉にすれば、こういったこと。八つ当たりの大義名分。だが、アイリスにとってはそれが『真実』。
 こうした思い込みを抱くのは、何も幼い子供だけではない。思い込みは、それがその人にとって『真実』となり『正義』となるが故に、これに対処する為には心の底からの誠意が必要とされる。相手が何故そんな想いを抱え込むことになってしまったか、心底相手の立場になって初めて誤解を解きほぐす糸口も見えてくるというもの。それなのに、大神は先程までの緊張の反動からか軽く受け応えてしまった。この場合の、最悪の対応。子供相手に、特に愛情に飢えた子供と、対等な人間として見てもらいたい気持ちの強い子供相手に決してやってはいけないこと。

「アイリス馬鹿じゃないもんっ!子供じゃないもんっ!!お兄ちゃんなんか大っ嫌い!!!」

 混沌とした感情が意識として形を成すことなく溢れ出す。意識とならなかった念は、指向性を持たぬ混沌とした力の波動に換わりあたりへ無差別に撒き散らされた。

「うわっ!」

 押し寄せる力の波動を感じた大神は、とっさに合気の要領で押え込もうとした。しかし、大神の力は漸く目覚め始めた段階にある。念の力を気の波動として捕まえることが出来ただけでも上出来と言える。単純に力を放出するだけならともかく、他人の力を制御したり相殺したりすることは、少なくとも意識的にはまだ出来なかった。ましてやアイリスの念の力は、全力が発揮されれば大地を割るほどのものである。無関係の人々に力が向かわない様その方向を限定するだけで精一杯だ。

 轟っ、破離破離破離破離っ

 響き渡る爆発音と破壊音。あれほどの大きさの噴水が…跡形も無い。後には水浸しになった瓦礫の山。

「嫌いだ…嫌いだ…嫌いだぁ……」

 そして、ただ泣きじゃくるアイリスがいた。



その3



「馬鹿野郎!!大神ぃ、お前ぇがついていながらなんてぇざまだ!」
「申し訳ありません。全て私の不始末です」

 大帝国劇場支配人室。7月5日、夜。いつものチョッキと上着、蝶ネクタイをだらしなく崩して結んだ装い。しかし、今の米田は劇場支配人ではなかった。陸軍でも有数の戦歴を誇る古強者の顔をしている。一方、飾り気の無いシャツに棒タイをしめ、胴着を引っかけている、観劇客にはおなじみのモギリの制服。しかし、直立不動で立つ大神もまた、厳しく引き締まった軍人の貌になっている。空気が帯電しているような緊張感。
 無理も無い。今日の所は運良く、被害は噴水だけで済んだが一歩間違えれば辺り中の通行人を巻き込んだ大惨事になっていた所だ。何十人の単位で死傷者が出ていたかもしれないのだ。勿論、念力による被害だから普通の官憲にはアイリスの仕業だなどとはわからない。しかし、それを嗅ぎ付けることの出来る能力の持主も世の中には少ないながら存在する。そして政府部内も華撃團に理解のある者ばかりではない。揉み消しや根回し、そうした諸々の後始末に奔走して(それも、あくまで隠密裏に)、二人とも漸く劇場に戻ってきた所である。

「長官、大神少尉も反省していることですしその位にしておかれては…結果的に彼の働きで被害は最小限に食い止められた訳ですし…」

 あやめが執り成しに入り、漸く張り詰めた雰囲気が多少でも和らぐ。

「大神、知恵と力だけじゃあ、花組の隊長は務まらねぇぞ。そこんとこ、わかってんだろうな」
「はっ!」
「今日のとかぁ、あやめくんに免じて勘弁してやる。下がってよし!」
「はっ!」

 客観的に見れば大神に落ち度があった訳ではない。確かにアイリスを見つけた際の対処はまずいの一言だが、戦闘部隊の指揮官に子守りの技能を求める方に元々無理があるのだ。しかし、大神は一切の弁明もせず不満気な素振りも見せず、あくまで潔い態度で支配人室を辞していった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「大神少尉にも、思わぬ泣き所があったというところでしょうか」

 大神が去った後の支配人室であやめが米田に話し掛ける。

「欠点にはならねぇよ…普通の部隊ならな。だが、うちじゃあそういう訳にはいかねぇんだ。かといって、俺達が手助けしてやれることでもねえ。あいつに自分で何とかしてもらわねぇとどうしようもねぇんだ…」

 応えとも独り言ともつかぬ米田の口調には、微量の無力感が混ざっていた。大神に課せられた責務は、誰も経験したことの無いものばかりだ。新技術、新戦術、そして過去に例の無い部隊編制。経験のある老人である自分が若い大神の力になれないことを、あるいは米田なりに気に病んでいるのかもしれない…

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 米田の前を辞去した大神はアイリスの部屋へ向かっていた。力を使い、それ以上に泣き疲れて、アイリスは夕方まで気を失ったように眠っていた。そして目を醒ますなり、ずっと自分の部屋に閉じこもっている。誰も、あやめですらも部屋に入れようとしない。普段からあまり聞き分けがいいとは言えないアイリスだが、今日は特に頑なだった。マリアの叱責にも全く耳を貸そうとせず、子供とは思えぬ迫力で部屋にいた者を外に追い出し、そのまま鍵を掛けてしまった。そして、ずっとその状態が続いている。

「どうだい、アイリスの様子は…」
「そのままですわ…わたくしたちの声に応えようともしません」

 夕方からずっと、花組の面々がかわるがわる扉の前に立ち説得を試みている。今はすみれが部屋の前で頑張っていた。花組の中では比較的アイリスと仲がいいすみれだが(対等に張り合うところがいいのかもしれない)、今日は全くお手上げといった感じである。

「アイリス」
「………」
「アイリス、開けてくれよ」
「………」
「聞こえているんだろう、話を聞いてくれないか」
「い・や!お兄ちゃんなんか大っ嫌い!!」
「……」

 全く、取りつく島が無いとはこのことだ。

「弱ったな…」

 愚痴にも等しい独り言をこぼす大神。しかし、そんな大神を見てすみれはポツリと、いかにも思わずという感じで一言漏らした。

「…少尉になら応えを返すのですわね…」
「…えっ?…」

 思いがけないことを言われて大神はすみれの方を振り返った。

「少尉はアイリスにとって『特別』なのですわ」
「すみれくん…」
「今日はアイリスのお誕生日だったのですわね…さくらさんから聞きました。少尉、昨夜アイリスのお願いを断ったそうですわね?」
「ああ…」
「子供にとって誕生日は一番大事な日なんです。自分の生まれた日を祝ってもらえるということは、自分がここにいることを祝ってもらえるということと同じなんです。自分が側にいていいと相手が思ってくれている、それを確かめる日なんですわ。豪華なプレゼントも賑やかなパーティも本当は必要ないんです。ただ、好きな人たちが一緒にいてくれるだけでいいんです。自分が大好きな人が自分と一緒にいてくれる、子供にとってはそれが一番大事なことですのに…少尉、どうして断ったりなさいましたの!?」

 すみれの口調はそれほど強いものではなかった。大神を糾弾する形になったのも成り行きという感じだ。しかし、そこに込められた真摯な『気持ち』は大神の肺腑を抉るのに十分な鋭さと力を有していた。

「…そうだね、すみれくんの言う通りだ。所詮、俺は軍の人間でしかないらしいな…わかっているつもりでも、結局軍人としての都合を優先させてしまっている。君達の隊長としては失格だ…」

 大神の返答はすみれの予想以上に重苦しく、苦渋に満ちていた。その珍しく意気消沈した様に糾弾の言葉を口にしたすみれの方が動揺してしまう。

「すみません!少尉を責めるつもりはありませんでした。あのっ…」
「わかっているよ。君は俺に大事なことを教えてくれただけだ。今、自分の責任を放り出すつもりはない」

 慌てて雰囲気を取り繕おうとするすみれに、大神は落着いた表情で頷いてみせた。すみれが口にしたのは、自分でも恥ずかしくなるような「女々しい」女子供の論理だ。大神のような重要な任務を帯びる男にとって、『仕事』に優先するものでは到底ありえない。しかし、大神はその論理を見せ掛けではなく本心から受け容れているようだ。幼い少女の心に帝都防衛の任務と同等の重みがあると認めている。そう認めることが出来る凡そ『軍人』らしからぬ、人間味溢れる心を目の前の男が持っていると、すみれはあらためて知った様な気がした。そして、あくまで謙虚で、前向きな応え。無理をしているのだとしても、落ち込んだ様子は拭い去られている。すみれは、こういう男の強がりが嫌いではなかった。

「何とかアイリスにわかってもらえる様頑張ってみるよ。決してアイリスのことを大事に思っていない訳じゃないということを。今俺に出来るのはそれだけだ」
「少尉、あのっ…」
「何だい?」
「少尉は隊長失格などではありませんわ…わたくしたちの隊長は少尉だけです」
「すみれくん…」
「でっ、ですから、アイリスをお願いしますわ。多分、少尉だけがアイリスの閉ざした扉を開くことの出来る人なのですから」

 自分の台詞に赤くなりながら早口に告げると、すみれは逃げるように自室へ戻っていった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「閉ざした扉を開く…か。まず、この物理的な扉を開かないことにはどうしようもないな…」

 独り言が多いのは行き詰まっている証拠である。立合う相手の防禦を切り崩す方法なら百通りでも知っている。敵陣の防衛線を突破する方法などいくらでも考え出すことが出来た。しかし、女性心理、ましてや幼い少女の傷ついた心が相手では、どうすればいいか見当もつかない。

「どうしたらいいかわからない時は、正攻法が一番、か」

 どこで教わったのか、余りにも単純な戦術論を口にするともう一度大神はアイリスの部屋の扉を叩こうとした。その時。

「待って、大神君」
「あやめさん」

 大神の手を押し留めたのはあやめの声。

「大分苦労している様ね」
「はぁ…身から出た錆とは言え、情けないことです」
「大神君、何でも自分の所為にするのは止めた方がいいわ。物事を全て自分一人で解決しなくちゃならないと思い込む元になるから」
「……」
「誤解は、誤解している側がそう思いたがっているという側面もある。大神君ならわかるでしょう」
「アイリスが私とさくらくんのことを誤解したがっているというのですか?」
「アイリスは子供扱いされることをとても嫌がる子だわ。周りにいるのがずっと年上ばかりだから仲間外れになるのが嫌なのね。だから、子供っぽい我が侭は彼女にとって、してはならないことなのよ。駄々をこねるにしても正当な理由が必要なの」

 意外な一言である。正直、考えもよらなかったことだ。

「今、大神君が百万語を費やしたところで、アイリスは意固地になるばかりだと思うわ。彼女には大神君に対して腹を立てている理由が必要なのだから」
「では、どうすればいいのでしょうか。アイリスは朝から食事もしていないはずです。このまま部屋に閉じこもっていては体を壊してしまいます」
「…優しいのね、大神君は。でも、大神君、時には待つことも必要よ。そうでしょう?」
「それはそうですが…」
「さくらの件が誤解だということは私が話をしてみるわ。アイリスは頭のいい子だからきちんと話をすれば必ず納得してくれるはず」
「しかし、中に入れてすらもらえない状況では…」
「扉越しでも声を届かせることはできるわ。ありのままの事実を話して聞かせて、本人の気持ちが少しでも落ち着くのを待ちましょう。お食事は私が後で部屋の前にでも持ってきておくから。焦ってもどうにもならないと思うわ」
「そうですね…」

 実際、力ずくでどうこうできる訳ではない。あやめの言うことももっともだ。そう、大神は思った。自分の部屋に戻ろうとして、ふっという感じで振り返る。

「アイリス、朝になったらまた来るから」

 その声は、あやめにとってすら染み入るような響きを帯びていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 自分の部屋の前に人影が見える。もう見間違うことの無い人物。

「さくらくん」
「大神さん…あのっ、お話したいことが…」
「わかった。中に入って」

 顔を曇らせて歯切れの悪い口調で弱々しく呟くさくら。その様子から何となく何が言いたいのかわかった。だからこそ、この時間に二人きりの部屋へ招き入れた。そして、さくらが自分から切り出すまでただ待っていた。
 やがて意を決したように顔を上げてさくらは口を開いた。

「あの、アイリスの様子はどうですか」
「相変わらず扉を開けてももらえない。今、あやめさんが事実関係を説明してくれている」

 あえて素っ気無い調子で大神は応える。さくらが言いたいことを全て言えるように。胸の内を吐き出してしまえるように。

「私の所為…ですね。私が考え無しだったから。大神さんの言う通りにしていれば、皆と一緒に行動していればアイリスを傷つけることも無かったんですね…私の所為で!」

 言葉を詰まらせるさくら。その目からはいつ涙がこぼれてもおかしくない。

「さくらくん、君がそんな風に思っているだろうことは大体想像していた」

 この時大神の口調はむしろ冷たい。思っても見ない反応にさくらは思わず息を呑む。

「だけど俺には君を慰めてやることは出来ないよ」
「そんな…私、そんなつもりじゃ…」

 いつもの優しい大神からは到底考えられないほど冷たくあしらわれてショックを受けるさくら。感情が凍り付いてしまったかの如く、哀しみすら湧いてこない。

「だって、君が罪悪感を覚えるいわれは全く無いのだから」
「えっ…?」

 言われたことの意味がわからず呆けたように問い返すさくらに向けられた大神の眼はいかなる色をも映していない。何の感情も読み取ることのできない、怖いほど澄んだ透明な視線はさくらの胸中に言い知れぬ不安を掻き立てる。

「さくらくん、アイリスの心を傷付けたのは君じゃないんだ…アイリスの心に影を落としていたのはアイリスの抱えている寂しさで、アイリスを傷つけたのは寂しさを埋めて欲しくて差し出した手を無情にも振り払ってしまった俺なんだよ、多分」
「大神さん…」
「君はたまたま俺の隣にいただけだ。アイリスはそれを、俺をなじる為の理由にしただけに過ぎない。俺もさっきあやめさんに言われて気が付いたよ。アイリスは俺を責める理由が欲しかったんだ」
「……」
「俺はアイリスを傷つけてしまった。この上、君まで俺の為に傷ついてしまったとあれば、俺はもうここに居られないな…この件が何とか収まったら」
「そんなっ、大神さん、待って下さい!!」

 慌てて立ち上がり大神の袖にしがみつくさくら。

「私、もう気にしてません!だから出ていくなんて言わないで下さい。お願いです。大神さん!!」
「もう自分の所為だなんて言わないかい?」
「はいっ、はいっ!」
「でも、心の中では自分の所為だと思っているんじゃないのかい?」
「いいえっ、悪いのは全部大神さんです。そう決めました!」

 プッ

 ここまで神妙な顔をしていた大神だが、この台詞には思わず吹き出してしまう。

「クックックッ、アハハハハハッ。そ、それはひどいな、さくらくん」

 屈託ない顔で笑う大神。ここに至って、さくらは自分が大神に嵌められたことを悟った。

「ひどーーい、大神さん、お芝居だったんですね!?」

 顔を真っ赤にして頬を膨らますさくら。だが、それも長続きしない。大神と一緒に笑い出してしまう。

「もう、かなわないな、大神さんには」
「はははっ、ごめんごめん。でも、約束は約束だよ、さくらくん。もう、自分の所為だなんて決して思い悩まないこと。いいね?」
「…はい!」
「アイリスのことは俺が必ず何とかするよ。大切な仲間だからね」
「はいっ!」

 大切な仲間。大切な、それがアイリスのことだけを指しているのでないことがこの時、さくらにははっきりわかった。漸くさくらの表情が晴れる。
 それを見て大神も少しだけ、気が軽くなるのを感じた。




その4



 7月6日、朝。もっとも、もう日は大分高い。
 大帝国劇場二階では、数時間前と全く同じ光景が展開されていた。扉の前に佇む若い男。しばらく躊躇した顔でじっと固まっていたが、やがて決心したように顔を上げ、扉を叩く。

「アイリス、俺だよ、大神だ。ここを開けてくれないか。話をしたいんだ。」

 中で人が身じろぎする気配。既に起きていることは間違いない。だが、返ってきたのは沈黙だけだった。
 今朝あやめに話を聞いたところでは、さくらとデートしていたというのは誤解だと、そのことだけは納得してくれたらしい。しかし、結局顔は見せなかったようだ。部屋の前に置いておいたサンドイッチの皿はなくなっていたから食事はとってくれたということだろう。そのことについては一安心というところか。

(…姑息な手だが、やむを得まい)

「アイリス、今度の休みの日にデートのやり直しをしよう」

 駄目になった誕生日の代わりにつきあってやりたいと思っていたことは方便でも何でもない。だが、それを説得の材料にするのは何か計算高くて自分でも嫌だった。

「いや!」

 アイリスもそう思ったのだろうか。戻ってきたのはにべも無い拒絶。

「どうして?」
「だって、アイリスが子供だから、一緒に出掛けても腕も組めないし…お兄ちゃん、楽しくないんでしょう!」

(別にアイリスじゃなくたって腕を組んだりしたことはないんだが…)

 内心そう思った大神だが、勿論そんなことは口にしない。軽くあしらうのは禁物だと身にしみて知ったばかりだ。

「そんなことないよ。アイリスと一緒にいてつまらないなんてことは絶対無い」

 その場限りの言い逃れではない。説得の為の台詞だとしても、本心から出た言葉だ。だからこそアイリスの心にも響くものがあったのだろう。

「………」

 カチャ

 恐る恐るという感じでアイリスが中から出てきた。

(漸く顔を見せてくれたか…)

 だが、まだ安心できるといった感じではない。精神的にとても不安定な感じが見て取れる。

「だったら…」

 思いつめた面持ち。

「キス、して」

 その口から紡ぎ出されたのは驚天動地の(大袈裟だが、大神にとってはまさにそんな感じだった)台詞。
 硬直してしまった大神。指一本動かすことができない。そんな大神をじっと見詰めていたアイリスの顔が突然ショックに強ばった。絶望に歪んでいる、と言っても言い過ぎではない表情。

「お兄ちゃん…嘘ついてる。お兄ちゃん、やっぱりアイリスのこと、子供だと思ってるよ!!」

(こ、心を読んだのか!?)

 蒼ざめる大神。彼の胆力をもってしても心を読まれたという動揺は隠せない。

「嘘つきっ!!」
「待ってくれ、アイリス!」
「いや!来ないでっ!!」

 アイリスを落ち着かせようと手を伸ばす大神。それを全身で拒絶するアイリス。不可視の力が急激に膨らみ、大神へと押し寄せる。

「くっ!」

 咄嗟に眼前で手を交差させ、防禦姿勢をとる。嵐の直中で正面から暴風に晒されているような圧力を大神は感じた。
 圧力が消え、手を下ろした時、目の前にはもう誰もいなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 弩震

 呆然と立ち尽くしていた大神は足元から突き上げる振動と轟音に我を取り戻した。

(何があったんだ!?)

「大神さん!」

 狼狽した顔でさくらが走ってくる。

「さくらくん、何があったんだ?」
「アイリスが光武で外に出てしまったんです!」
「何だって!?」

(いったいどうやって?先月の一件で発進管理は厳重に再調整したはずだが…いや、それよりも)

「とにかく、司令室に行こう」
「はい!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「状況を教えて下さい」

 司令室には既に全員が顔を揃えていた。大神はあやめに説明を求める。

「今日、花屋敷から運んできたばかりの機体で出ていってしまったわ」

 大神の物問いたげな視線にあやめは衝撃的な事実で答える。

「光武ごと、外に転位したのよ」
「転位ですって!?念動力だけでなく、そんな高度な術が使えたのですか」

 アイリスについての調書には、強力な念動力と弱い感応力しか記されていなかったのだ。もっとも、その感応力についても感情の動きと霊力の流れを感じ取ることができる程度で、思考を明確に読み取ることができる水準とは書かれていなかったのだから、情報としては陳腐化している。だが、能力が成長するのと新たな能力が芽生えるのとでは別である。大神が驚愕した所以だ。そして、頷くあやめも驚きを隠せないでいる。
 もっとも、これは念力というものについての研究不足から来る誤解なのである。当時の魔道科学は魔術や霊力といった古来より体系化された力の研究に重点が置かれており、いわゆる「超能力」についてはほとんど解明されていなかったから無理も無いのだが。
 念動力と転位、即ち瞬間移動はいずれも念力の一形態なのである。念力とは思念によって直接現象に干渉する力のこと。とは言え、望む現象をそのまま脳裏に構築している訳ではない。視覚、聴覚、触覚、五感から得られる情報を全てあるがまま、完璧に再現することは人間の記憶力には不可能だ。では、望む現象を意識の中にどう作り上げるかというと「意味」に置き換えて念じているのだ。例えば、ある物体を念力で持ち上げるとする。この時、能力者の意識内でどのような作業が行われているだろうか。能力者は物体が持ち上がる光景を時間の経過にしたがって連続的に思い描いている訳ではない。物体が持ち上がる、と念じているのだ。つまり、物体の連続的な座標変化を「持ち上がる」という言葉で置き換えている訳である。
 人は言葉によって世界を認識する。言葉という「象徴」で現象を置き換える作業を意識下で常に行っているのである。置き換えられる現象が即ち「意味」だ。念力者は「意味」を人一倍明瞭に構成し、外部情報に基づく「意味」を「言葉」を使って作り変え自分の外部に拡張できる能力の持主とも言える。我が国では「言霊」の力が信じられている。言葉それ自体に世界を変える力が宿っていると古来より考えられてきた。また、ユダヤを起源とする宗教では神は言葉によって世界を創造したという。言葉という象徴によって世界に直接干渉する念力はこういった「神霊力」に最も近い霊力かもしれない。
 話を戻そう。念動力と瞬間移動の同質性についてである。念動力とは「言葉」によって形作られた思念で物体の属性に干渉する力である。その「属性」は時に空間座標であり、ときに外形であり、温度であり、分子構造であることすらある。「破壊」は「外形」に対する干渉である。最も一般的な、念動力で物体を移動するという現象は、物体の空間座標という属性を「移動」という「意味」によって改変しているのだ。
 では、瞬間移動はどうか。この能力を「転位」と言うことからもわかるように、瞬間移動は「位置」を「転じる」能力のことだ。ただ、間に時間の経過にしたがった連続的な移動という「意味」を挿まずに、空間座標の変更を直接念じることによる「超常現象」なのである。瞬間移動が念動力に比べて高度な能力と考えられているのは「移動」を伴わずに「空間座標」が変更されるということが人間の「常識」に反するからである。つまりそのような現象を例え意識下であっても思い描くことが困難であるという、あくまで精神活動は経験に基づくという人間の限界がこの能力を稀なものとしている。従って、移動を伴わない座標の変更が異常な現象ではないと教えられる妖術や法術の方が「転位」の能力を発揮するのは容易なのだ。逆に言えば、経験に縛られず純粋に意味を構成することの出来る者にとっては念動も瞬間移動も同じだということになる。ある意味で、従来の常識を覆す新理論を構築する科学者に似た高度な知的能力、アイリスはそういう「頭の良さ」を持つ少女だったのである。

「それで、アイリスはどこへ?」

 気を取り直して大神が尋ねる。米田が管制官に指示を出し、投影機に映像が映し出される。上空からの映像だ。月組の偵察用飛行船から霊子撮影機でとった映像のようだ。当時の技術では動画を同時中継することは不可能だが、静止画を連続的に送信することは出来た。勿論、帝撃の技術、特に霊子波・電波併用通信技術があってこそだが。

「アイリスは浅草に向かっている」
「初めてなのに、あそこまで光武を動かしとる!何ちゅう力や…」

 紅蘭の感嘆は大神を除く全員の偽らざる感想だ。強い霊力を備えた彼女たちのこと、起動するだけなら最初からなんとかなったが、意のままに動かすまでにはかなりの訓練を必要とした。人型蒸気の操縦技能に加え、霊力の水準を一定範囲に保ち続けること、霊子機関の出力を加減すること、霊子甲冑の操縦には様々な難関がある。アイリスの光武は思念制御というアイリスにあわせた特殊な機構を採用しているので、人型蒸気の機械的な操縦という部分は免除されているにしても信じられない適応力である。

「とにかく、アイリスを連れ戻さなければ。轟雷号で花屋敷へ先回りして光武でアイリスを抑えます」

 米田に出撃許可を求める大神。頷く米田。全員に出撃命令を出そうとしたその時。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ

 鳴り響く警報。何事かと色めき立つ隊員達。

「どうした、あやめくん」
「長官、黒之巣会です。黒之巣会が浅草に出現しました」
「畜生、何だってこんな時に…」

 そう言いたくなるのも無理はないが、敵がこちらの事情に考慮する訳も無いのは先月と同じだ。大神が華撃團の体制に無理を感じる瞬間である。つまり、迎撃配置を維持できないという意味でだが。

「こうなっては、黒之巣会の出現地点が浅草なのがせめてもの救いね。アイリスを保護しつつ敵を倒すわよ」

 マリアの判断に異議はない。全くその通り、出撃目標が同じであるのがせめてもの救いだ。

「よし、帝国華撃團花組、出撃せよ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「待って、大神君」

 光武に乗り込もうとした大神を呼び止めたのはあやめだ。ちなみに、あやめも轟雷号で花屋敷に移動する。もっとも、生身で轟雷号の加速に耐えられるはずも無い。特殊な対衝撃筐体が用意されている。構造は光武の操縦席と同じ。実は、あやめ用に開発され、結局廃棄された光武の流用だという噂がある。(あやめが光武に乗らないのは霊力が不足しているからではない。霊子甲冑用の霊子機関に適合しなかったのだ)

「アイリスが出ていった訳、わかる?」
「……」
「ねえ、大神君。アイリスのいい所って、どんな所だと思う」

 この緊急時に何を、と思わぬでもなかったが、黙って続きを聞くことにした。何か意図があるのだろう。軍人としてはともかく、人間としてあやめが有能であることに大神は疑念を持たない。

「無邪気で明るくて、好きなことを素直に好きと言える純真さ、そういう『子供らしさ』がアイリスのいい所じゃないかしら」
「…そうですね…」
「無理に大人ぶる必要はない、子供であることを否定することなんて無い。そうでしょう?」
「…はい!」
「そのことをわからせてあげられるのは大神君だけよ。頑張って」
「はっ!」

 光武に乗り込みハッチを閉ざす。全員から搭乗完了の信号が送られてくる。通信回線を開く。ここで全員に出動目的を告げるのが出撃時の儀式となっていた。

「いいか、皆。必ずアイリスを救出するぞ!」

 大神はこういう男だ。さくらが、すみれが、マリアが、紅蘭が、カンナが肯く。この通信は当然司令室にも聞こえている。こうした身内優先とも思える大神の主義に軍人として眉をひそめる者も少なくない。軟弱者と心の中で謗る者もいないではない。だが、それ以上に堂々とこうしたことを口にして、常に口にした以上の結果を出し続ける大神を支持する者が、花組だけでなく華撃團全体に増えてきていた。将帥に不可欠な人心収攬の技能、天性のものだろうか。

(全く、食えねえ野郎だぜ、大神って奴は)

 口の中で呟く米田の独白をかき消すように、轟雷号がその名の由来となった轟音をたてて花屋敷へ発進していった。




その5



 浅草、浅草寺境内。逃げ惑う人々。
 何ということか。寺社境内という聖別された空間に魔のものの跋扈を許すとは。逃げ惑う人々を追いたてていたのは黒之巣会の魔装機兵であった。不敵にも本堂の前に居座るひときわ大きな鈍色の機体。明らかに魔装機兵とは異なる有人の構造、魔霊甲冑に間違いない。そしてその眼前に浮かぶ奇怪な道具。全体の形状は細長いが、所々規則的な突起がある。まるで金剛杵を巨大化させたような代物だ。魔霊甲冑の中から呪文が響く。それを合図にしたかのように(実際そうなのだろう)その道具は地下へと沈んでいった。穴を掘ったのではない!まるで水中に沈んでいくように地面に溶け込んでいったのだ。
 奇怪な道具が地面の中へ完全に姿を消し、魔の甲冑から満足げな空気が漂う。その目の前に突然、金色の機体が出現した。

「なっ、何奴。一体どこから!?」
「ええいっ!」

 動揺する魔霊甲冑へ向けて純粋な圧力が放たれる。機体への損傷はほとんど無かったが、搭乗者に与えた精神的な動揺はかなり大きかったようだ。反撃することも忘れて、まじまじと凝視している雰囲気が伝わってくる。金色の機体は何の応えも返さず、現れた時と同様姿を消す。
 魔霊甲冑の術者がこれほど驚いたのは転位の能力が珍しいからではない。実の所彼のごく真近に転位の術者がいた。しかし、眼前で起った現象には如何なる術の気配も感じられなかったのだ。ただ、機械の甲冑が姿を現し姿を消した。なまじ優れた術者であるほど驚愕は大きいだろう。
 閉ざされた雷門を越え、参道に姿を現す金色の霊子甲冑。その前に、煙幕を曳きながら六機の霊子甲冑が降り立った。

「アイリス!」

 金色の機体に呼び掛ける純白の霊子甲冑。そう、金色の機体に乗っているのはアイリスであり、それを追って今帝国華撃團・花組が参集したのだ。

「ようやったな、アイリス。何もせえへんからこっちにおいでや」
「アイリスちゃん、こちらへいらっしゃい」
「よーしいい子だ。アイリス、こっちへ来るんだ」

 口々に懐柔の台詞を並べ立てる面々。だが、これは逆効果だった。

「何よっ!アイリス子供じゃないもん!!」

 アイリスの機体から放たれる不可視の光の渦。純粋な圧力が光武を襲う。

「うわっ!」
「あっ、わたくしの美しい機体になんてこと…!」

 霊的に練り上げられていない単なる念動力では霊子機関の作り出す霊的な防禦力場を効率的に突破することはできない。従って、ぶつけられたエネルギーの総量に対して霊子甲冑の被害はわずかだ。しかし、あまり何度も攻撃を受け続けては戦闘に支障をきたしてしまうことになるだろう。

「このままでは…よし、皆は敵を食い止めてくれ。俺はアイリスを説得する」

 素早く大神が断を下す。

「そやかて、うちらにも攻撃してくるんやで」
「無茶です、隊長。危険過ぎます」

 だが、紅蘭とマリアが口々に制止する。確かにこちらから攻撃する訳には行かないのだから無理が多い。しかし。

「無茶でもやるしかない。このままではアイリスも街の人もただでは済まない」

 アイリスは完全に逆上して分別を無くしている。このままでは無差別に破壊を撒き散らしかねないし、それ以上にこんな無制御な力の使い方を続けていれば精神が焼き切れてしまう恐れがある。

「大神さん、私も行きます」
「お待ちなさい、さくらさん、貴方が行っては逆効果ですわ」

 さくらが同行を申し出、すみれがそれを止める。当然だろう。アイリスが感情的に切れてしまった事情を皆が知っていた。さくらに対する嫉妬がその引き金の一つになっていることも。すみれにしてみれば、ここで大神についていくと言うさくらの神経が信じられなかった。

「わかった。さくらくん、一緒に来てくれ」
「少尉!」

 だが、大神の返事はあまりに意外なものだった。まさか大神は、本当にさくらに迷ってしまったのだろうか。

「…そうですね。さくら、頼んだわよ」

 しかし、マリアまでが大神の判断を支持する。
「さくら、お前さんの真心はきっとアイリスに届くさ」

 カンナの激励。そういうことか。
 この辺りの洞察力の違いはわずか2、3年のこととはいえ、年齢差から来る経験の違いが物を言っているのだろうか。

「さくらくん、行くぞ」
「はいっ!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アイリス、止まるんだ!」
「お兄ちゃん、またさくらと一緒で!そんなにさくらと一緒がいいの。そんなにさくらがいいの!?」

 場所はおりしも昨日と同じ噴水広場だ。アイリスがヒステリックになるのも無理はない。大神は一体どう説得するつもりか。上空で支援態勢を固めていたあやめもはらはらしながら見ていた。

「違うわ!」

 しかし、アイリスの悲痛な叫びに応えたのは凛然たるさくらの声。

「アイリス、違うわ。私は貴方のことが心配だからここに来たの。私達は皆、貴方のことを心配しているわ。それをわかって欲しいの!だから貴方に嫌われていることを承知で私が来たのよ。私達は貴方のことを大事な仲間だと思っているわ。お願い、信じて!そして私達の所に戻って来て!!」

 真っ正面から、真っ直ぐ嘘偽りの無い心をぶつける、さくららしい説得だった。そこにあるのは、紛れも無い本当の気持ち、それが、嘘をつかれたと、そのことにショックを受けていたアイリスの心に一陣の風を吹き込んだ。

「違うもん…嫌ってなんか…嫌いなんかじゃない…」

 混乱するアイリス。しかし、それは先刻までの全てに八つ当たりしていたアイリスの心にせめぎあいが生じた証拠だ。

「じゃあ、お兄ちゃんは?お兄ちゃんはアイリスとさくら、どっちが大事なの!?」

 揺れ動く感情をどうしたらいいかわからないアイリスは最も手っ取り早い解決を大神に求めた。アイリスを選ぶがさくらを選ぶか、今のアイリスにはそれ以上のことを考えるのは無理だった。不安定な感情の揺れに耐え、自分で心のあり方を決めるにはまだ幼すぎた。だが、アイリスと答えたりでは自己中心の未熟な精神を誤った方向に増長させてしまうだろう。かといって、さくらと答えたのではアイリスの心は引き裂かれてしまうかもしれない。大神は一体何と答えるのだろうか。
 光武のハッチを開き大神が生身の体を晒す。今攻撃を受ければひとたまりも無くその身は裂けてしまうだろう。しかし、まるで案じる色を窺わせない。直接姿を見せることでアイリスへの信頼を示し、その上で説得しようというのだろうか。

「俺は軍人だ」

 だが大神の口から出てきたのは、何の脈絡も無い言葉だった。アイリスは戸惑う。いや、アイリスだけではない。この場にいるさくらも、そして通信回線で固唾を飲んで聞き入っていたほかの隊員達も、あやめも、皆戸惑うばかりだった。

「力無き人々を守る為に命を懸けて戦うのが俺の任務、俺の選んだ仕事だ。だけど、君達は違う。君達は本当なら守られるべき女の子だ」

 あえて感情を抑えたかのような大神の口調は、それ故に、かえって彼の深い苦悩を感じさせる。

「それを軍は、俺達は霊力があるというだけで君達を戦いの場へと駆り立てている。出来ることなら、俺は君達を血生臭い戦場なんかに立たせたくない。だけど、俺には君達の助けが必要だ。力無き人々を守る為に、力の有る君達の助けが必要なんだ」

 初めて耳にする大神の苦悩。おそらくこんな場でなければ語られることの無い、大神の本音。

「だから、俺の第一の義務は君達全員を守ることだ。君達の全てを、戦いの中で守り抜く。それが、本来守られるべき君達に戦いを強いている俺の最低限果たさなければならない責務だと思っている。君達の内誰かを、じゃない。君達の全てを」

 そして大神の本心。嘘偽らざる、自分が部下としている少女達への気持ち。

「今の俺には君達の誰かを選ぶことなんて出来ない。考えられない。少なくとも、この戦いを終わらせるまでは。平和を取り戻し、君達を戦いから解放してあげられるまでは」

 誰一人、言葉が出ない。その時少女達が感じていたものを言葉にするなら「感動」が一番近いだろう。だが、それは熱狂させるものではなく、深く、心の奥底まで染み渡っていくものだった。

「アイリスが子供だからじゃないの?子供だからって馬鹿にしてる訳じゃないの?」

 最後に、ただそれだけを聞かせて欲しい。そんな必死な、小さな胸が精一杯の勇気を振り絞った叫びが沈黙を破る。大人達の中だけで育ってきたアイリスにとっては、子供扱い、即ち仲間はずれだった。それこそがアイリスの胸に刺さっていた氷の棘。そして、その必死の叫びに大神は応えた。

「子供でいいじゃないか!俺は今のアイリスが好きだよ」
「お兄ちゃん…嘘じゃない!お兄ちゃん!!」

 それは暖かい、思い遣りと真心に溢れた答えだった。偽善、誤魔化し、そんなものの入り込む余地の無い、一点の曇り無き蒼穹の空のごとく清澄で、そして柔らかい春の日差しのような優しい波動に、思わず光武のハッチを開けてその身を宙に舞わせるアイリス。大神の許へ、大神の腕の中へ。
 全く危なげなくアイリスを抱き留める大神。その胸に顔を埋めてアイリスはこの上ない優しさと暖かさを感じていた。

(お兄ちゃんて…あったかい……)

 不意にアイリスを抱き上げる大神。驚くアイリスの額へ、軽くキスをする。額へのキスは親愛のしるし。親が子供に、兄が妹に、そんな種類のキスだ。それはアイリスが望んでいたものではなかったはずである。しかし、アイリスは満足だった。大神の「本当の気持ち」に触れることが出来たから。アイリスは満面の笑みで大神に抱きついた。




その6



「アイリス、良かった…」
「まったくこの子は、心配させて…」
「アイリス、初陣だ、頑張れよ」
「よっしゃ、これで花組勢揃いや!」

 大神に伴われて姿を見せたアイリスに四人は四様の言葉を掛ける。共通していたのはアイリスが戻ってきたことを心から喜んでいるということ。アイリスはあらためて、大神と、そしてさくらの言葉が本当のことであったことを実感した。

「いくぞ、アイリス」

 光武の装甲越しでも、大神の暖かい笑顔が見えるようだ。優しくて、力強い笑顔。

「うん!」

 アイリスは、大神に負けない様に力強く頷いた。大切な仲間皆に。

「帝国華撃團、参上!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「現れたな、帝国華撃團。我が名は白銀の羅刹。兄者の仇、思い知らせてくれる」

 閉ざされた雷門の向こうから割れ鐘のような大音声が響いた。地鳴りのような呪文がそれに続く。不意に大神は世界が歪んだような感覚を覚えた。同時に視界が暗転する。

「なにっ!」

 するとどうだろうか、いきなり目の前に巨大な魔霊甲冑が出現したではないか。

(いや、違う)

 ガキッ

 頭上に交差させた双刀で振り下ろされる鋼球を防ぎながら、一瞬で大神は状況を把握した。移動したのは、いや、させられたのは大神の方であった。大神はただ一機で閉ざされた浅草寺の境内、敵の直中に引きずり込まれたのだ。

「ハァッハッハッ、我が召喚術で一匹ずつ葬ってくれるわ!」

(召喚術?くっ、敵の術中に嵌まるとは何たる不覚!)

 二撃目が襲ってくる。再び正面から受け止める形になる大神機。霊子甲冑の関節が軋みを上げる。それでも敵の腕を払いのけ反撃を打ち込む。だが、大神の一刀は鈍色の装甲に跳ね返されてしまう!

(何という馬鹿力、何という装甲の固さ!このままでは…)

 霊子甲冑は霊子機関の働きで防禦力場を機体の周りに展開している。物理的な力だけではこの力場を破ることは不可能であるはずだし、力場が破られぬ限り、光武本体への損傷は受けないはずである。しかし、魔霊甲冑「銀角」の揮う桁外れの馬力は防禦力場越しに光武へ衝撃を与えている。このまま攻撃を受け続ければ関節部が損傷して動けなくなってしまう。

「死ねっ!」

 三度打ち掛かる鋼球を、機械の甲冑とは思えぬ素早い動きで躱し、大神機は銀角から距離をとった。幸いなことに銀角の動きは鈍い。しかし、途端に群がってくる脇侍。この数が相手ではいかに大神といえど時間の問題だ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「早く隊長を助けねえと!」
「皆、門を破壊して突破するわよ!」
「そやかて、雷門はシルスウス鋼製や!光武どころか、翔鯨丸の砲撃でも簡単には破れまへんで」

 雷門に阻まれて救出に向かえず、歯噛みする面々。

「アイリスが助けにいく!」

 確かにアイリスなら障害物は関係ない。しかし、一機だけでは…

『待てっ、アイリス。』
「お兄ちゃん!?」

 アイリスが今にも飛び出そうとした所に大神から通信が入った。

『カンナ、一百林牌だ。』
「おうっ!」
「いくらカンナはんでも無理や!」

 大神の命令に勇んで飛び出すカンナ。それを紅蘭が止める。冷静とは言い難いが、さすが霊子甲冑製造の技術者、的確な判断である。さすがの大神も危地に陥って判断力を失ってしまったのか?

『雷門自体はシルスウス鋼製でも基礎の部分は土とコンクリートだ。一百林牌で手前の地面を打て。』
「そうか!」

 マリアが感嘆の声を上げる。紅蘭も思わず大きく頷いていた。確かに構造物の基礎ごと掘り返してしまえば本体が破壊できなくても倒壊させることが出来る。大地と呼応する一百林牌なら雷門を基礎部分からひっくり返すことが可能だ。

「よぉし!」

 カンナの気が爆発的に高まる。

「哈ぁー、一百林牌!!」

 弩弩弩弩弩っ

 真紅の光武が拳を地面に叩き付ける。轟音と共に大地がひび割れ、大小無数の岩が跳ね上がる。同時に雷門が大きく傾いた。

「えいっ!」
「それっ!」

 はじかれたようにさくらとすみれが雷門に突っ込み渾身の力で刃を浴びせる。

 スズゥン

 雷門は一気に内側へ倒れ込んでいった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「大神さんっ!」
「少尉っ!」

 突っ込んでいった勢いそのままに境内へ駆け込むさくらとすみれ。一足後れで駆けつけたマリア、カンナ、紅蘭、そしてアイリス。

「来たか、皆。隊列を組め。標準陣形!」

 大神の身を案じて飛び込んできた隊員達には意外な光景が広がっていた。大神機は確かに装甲の所々に傷を負い、多少動きもぎこちなくなっていた。しかし、目の前に横たわるは累々たる脇侍の残骸。そして大神機と大きく間合いを空けた(空けられた?)脇侍の集団、及び魔霊甲冑銀角。

「うぬ〜〜っ、何故我が召喚術が通じぬのだ!」

 銀角の中から唸り声が聞こえる。そして再び響き渡る呪文。霊的な視力を備えた隊員達には大神機の周りの空間がぐにゃりと歪むのが見えた。

 パシィ

 直後、破裂音と共に光が弾ける。空間の歪みが光に弾かれる。

「そうか、光武の防禦力場は元々妖術を防ぐ為のもんや!機体の周囲に力場を拡大すれば周りの空間にかけられた術も防げる道理や!!」

 そうなのだ。大神は一度の経験から敵の術を封じる術を看破したのである。召喚術が無ければ、機動力で圧倒的に劣る銀角が光武に追いつける訳はない。そして魔装機兵の単純な思考能力では大神を包囲することは出来なかったのだ。追走する敵に対する迎撃、各個撃破。個別の戦闘力に格差があって初めて可能な戦法。だが、大神の戦闘力を持ってすれば、そして光武と脇侍の性能差ならば可能だ。

「しかし隊長、そのダメージでは前衛は無理です。後方で指揮に徹して下さい」

 そう、いかに戦闘力に差があるとはいえ多勢に無勢。いや、寡兵ならともかく単機では敵の攻撃を防ぎきることなど大神の腕でも不可能だ。妖力を纏う刃に防禦力場の部分的突破を許すのも無理からぬこと。しかも、銀角から食らった初撃が大きなダメージになっている。マリアの言う様に、いつも通り前衛という訳にはいかないだろう。だが。

「いや、敵指揮官機『銀角』の装甲は想像以上に固い。一斉に攻撃しなければ反撃を許すことになる。あの破壊力は光武でもそう耐えられるものじゃない」
「そやかて、大神はん」
「来るぞ!」

 大神自身、かなり危険な賭けであることは承知している。しかし、攻撃の手を減らす訳にいかないのも事実だ。まだ脇侍も残っているのだから。
 押し寄せてくる脇侍にそれ以上の反論も出来ず大神、カンナを前衛とする陣形を組む。さくら、すみれが中段。マリア、紅蘭が後衛。上から見るとほぼ正六角形の隊形。迎撃態勢をとる。
 その時、アイリスが大神の後方に転位してきた。六角形の中央。大神はアイリスを隊列の中に入れて敵の攻撃から守るつもりだったから丁度よかったのだが。意識を読んだのだろうか。

「お兄ちゃん、アイリスが治してあげる!」
「えっ?」
「お兄ちゃんの光武を治せ!イリス・マリオネット!!」

 掛け声と共にアイリスの光武から光の玉が飛び出してきた。光は小さな人型となり大神の光武に取り付く!
 見る見る内に装甲の傷が消えていく。関節部の損傷が修復されたのが手応えでわかる。光の小人が消えた時、純白の光武は無傷の状態に戻っていた!!

「すごい…」

 後ろから見ていたさくらの口から感嘆が漏れる。他の皆、特に紅蘭は度肝を抜かれたように黙り込んでいた。光武には元々、霊力による防禦力場を修復する機能が備わっている。敵の攻撃で防禦力場の耐久力が低下しても、霊子機関に蓄積された霊力を再度防禦機構に注入することで力場を再構築する訳である。しかし、アイリスの力は光武を物理的に修復したのだ。何の材料も使わずに、である。
 アイリスの力は念力だ。念力、特に念動力とは想念により物質の属性に干渉する力。物質の属性は、時に空間座標であり、外形であり、温度であり、そして稀に分子構造の階梯に及ぶ。分子構造段階で物質の配置を元に戻す、それが今アイリスの示した力だ。「治す」という言葉の意味を、分子という極小の世界にまで敷衍することが出来て初めて可能になる技。それは最早理屈ではない。直感的に「治す」「元に戻す」ということの本質を見抜く卓越した洞察力の産物。生まれた時から五感を越えた感覚で世界と接していたアイリスだからこそ可能なことであろう。
 そして、アイリスの属するゲルマン族には神々の武具を鍛える優れた鍛冶である小人族の伝承がある。修復の力がマリオネット、自分が操る小人の形を取ったのは、経験より深い層に眠る記憶の為せるものだろうか。

「ありがとう、アイリス」

 驚くべき技、恐るべき力。分子構造に干渉できるということは物質を跡形も無く霧散させることが出来るということ。だが、大神は、それこそ直感的にアイリスの力の正体を見抜きながらも、驚きも怖れも見せなかった。ただ、いつも通り、アイリスがお手伝いと称して大神にまとわりつく時に、笑顔と共に向ける労いの言葉と全く変わらぬ調子で「ありがとう」と告げる。

「えへへへっ」

 照れ笑いするアイリス。だが、自分でも気付いていなかったが、こうした大神の態度がアイリスはとても嬉しかった。今までアイリスの周りにいたのは、アイリスの力を恐れ、遠ざかろうとする大人達ばかりだったから。

「前進!」

 力強い大神の指令。最早、懸念を差し挟む必要は無くなった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 残る敵は銀角一機。しかし、大神が予測したように銀角の装甲は並みの堅牢さではなかった。二度にわたる一斉攻撃に耐え、その度に反撃してきたのだ。だが、それも最早限界が見えている。
 三度目の攻撃を命じようとして、大神は羅刹が妖気を急激に高めているのを感知した。

「へっ、召喚術なんかもう無意味だぜ!」

 大神だけでなく、全員が妖気を感知したようだ。此れ迄の経験からするに、召喚術の前触れ。しかし、確かにこの場面で召喚術は無意味だ。大神達の誰かを引き寄せるのであれば…

(!)

「皆、下がれ!」

 カンナの動きにつられるように、さくら、すみれの機体も銀角に接触しようとしている。その状況に、大神は理由も無く危険を感じ取った。

(三人を同時に庇うことは出来ない!)

 大神の特殊防禦能力で庇えるのは一度に一機。強力な危機感が再度大神に叫ばせる。

「後退しろ!」

 同時に、大神は銀角へ突っ込んでいく。

「轟・爆裂岩破!!」
「狼虎滅却・快刀乱麻!!」

 全ては一瞬の内に起った。大神の後退指令にカンナ、さくら、すみれの三機が搭乗者の意識するより早く、光武の設計運動速度をはるかに上回る速度で後ろに跳び退った。羅刹の呪文と共に銀角の周囲に巨大な岩の群れが現れる。雷を纏った大神の双刀が銀角に叩き付けられる。
 銀角の装甲はその斬魔の一撃を耐え抜いたが、無傷という訳にはいかない。その威力に大きく後方へ弾き飛ばされる。空中に浮かぶ岩塊の群れは銀角の動きに従うように、その左右に落下する。地響きと大量の土煙。カンナ達は呆然としていた。これが直撃していたなら、光武の装甲ももたなかっただろう。妖力を込めた多数の岩塊を召喚する。これが羅刹の奥の手だったのだ。そして、彼女たちにはどうして避けられたのか、どうして自分達が操縦しないのに光武がこの攻撃を避けたのか、それがわからなかった。だが、そうした途惑いも長くは続かない。大神の声が、迷う心を為すべき事へと引き戻す。この戦場では大神の指揮が全てに優先して彼女たちの意志を決定していく。誰一人疑いを持つ者も無く。

「今だ、さくらくん、すみれくん、マリア!」

 長い射程をもつ三人の必殺攻撃発動を大神が命ずる。

「破邪剣征・桜花放神!」
「神崎風塵流・胡蝶の舞!」
「スネグーラチカ!」

 銀角の装甲に亀裂が入るのが見える。

「紅蘭!」
「頑張りや、うちのチビロボたち!」

 爆煙の中で苦悶する鈍色の機体。

「カンナ!」
「哈ぁー、一百林牌!」

 ギャアアアア

 羅刹の断末魔と共に銀角は四散した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アイリス、手を出してごらん」
「こう?」

 花屋敷支部に帰還し、光武から降りて休息を取る花組の面々。和気あいあいとしたお小言を皆から一通りもらって決まり悪そうに、だが嬉しそうに笑っているアイリスに大神が訳ありげなことを言い出した。言われた通り、素直に両手を差し出すアイリス。

「一日遅れだけど、やっとこれを渡すことが出来るよ」
「!」

 アイリスの手の中に収まったのは綺麗に包装され、リボンをかけられた細長い小箱。

「お兄ちゃん、これ…」
「お誕生日おめでとう、アイリス」
「もしかして、はじめから用意していてくれたの…?」

 呆然とした様子で尋ねるアイリスに大神は笑顔で頷く。

「アイリス、大神さんは最初からちゃんとアイリスのお誕生日のこと、知ってたわよ」

 横からさくらが、これも笑顔で言い添えた。

「ありがとう…!」

 一瞬、泣きそうな顔になる。だが、悲しいからでは無論ない。すぐに満面の笑顔に変わる。見ている者まで幸せな気分にさせるような、至福の、そして無垢の笑顔。

「よかったな、アイリス」
「アイリス、開けてみいや」
「うん!」

 皆、アイリスの喜びが伝染したような笑顔で微笑んでいる。紅蘭に促されて箱を開けるアイリス。

「わあっ、ペンダント!」
「あら、可愛らしい。少尉もなかなかセンスがよろしいじゃありませんか」

 アイリスの瞳と同じ、明るい青色のペンダント。早速首にかけるアイリス。確かによく似合っている。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 目を細めてアイリスを見ている大神。その愛情に満ちた笑顔はアイリスだけでなく、それを見ていた全員の胸に温もりを与えた。同時にせつなさを覚えた少女もいた…

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「どう、光武の調子は?」
「あっ、あやめさん」

 花屋敷支部の地下工場で光武の点検をしていた技師にあやめが話し掛ける。戦闘後の整備は特に重要だ。機動兵器は実戦の中で改良すべき点が見つかることも多い。

「どうもいつもと勝手が違いますね。カンナ機、すみれ機、さくら機の脚部の関節が過負荷で痛んでいます」
「どういうことかしら?」
「設計限界以上の速度で無理矢理動かしたようですね。今までこんなことをするのは大神隊長だけだったんですが。それだけ皆の腕が上がったということでしょうか。だとしたら頼もしいことですね」
「そうね。それだけ整備は大変になるでしょうけど。頑張ってね」
「はい、任せて下さい」

 平然とした様子で笑顔すら見せて技師を労うあやめ。だが、その心の裡は到底穏やかとは程遠かった。支部司令室へ足を向け、すれ違う者に労いの声をかけながらその実、心は別のことに囚われていた。一つの推測と疑念に。

(あの時の三人の動きはやっぱり…大神君、あなた、何者なの?)

 執務室に入り報告用紙を前にしたあやめは、とても勝利の後とは思えぬ深刻な表情を浮かべていた。


――続く――
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