帝国華撃團訓練校
第二話『初めての実戦』その2

太正十三年五月某日

エリート。
優れた者、他の者を指導する立場にある秀でた能力の持ち主。
大体そんな意味か。
完全に、正確ではないがな。
厳密には、優れていると判定された者、の事だ。
そう、エリートとは、誰かにエリートと認めてもらっている者達の事。
だから、俺は、エリートではない。
世の中の連中は、俺の事をエリート士官と呼ぶが、俺は決してそのようなつまらないものではない。
エリートとは所詮、採点する者の常識の範疇に収まっている存在なのだから。

(大神一郎の日記より)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 帝国華撃團訓練校には、霊子甲冑パイロット養成コースとして、花組、星組の二つの教室がある。
 人数は、花組が六名、星組が八名。生徒は皆、当然のことながら高い霊力と霊子機関への適合性を有し、霊子甲冑を操ることが出来る。
 では、花組と星組は何故二つに分けられているのだろうか?
 花組の生徒は十代半ばから二十歳までの若い女性ばかり。半数が日本人、半数は外国籍。
 星組の生徒は十代半ばから二十代前半までの若い女性、および少年。やはり半数が日本人、半数は外国籍。
 違うのは男性が含まれているか含まれていないかだけで、合計わずか十四名の訓練生を二組に分ける意味は無いように見える。
 ……これだけでは。
 実は、花組と星組の間には、経歴の面で決定的な違いがあった。
 花組はここ帝国華撃團訓練校で霊子甲冑パイロットとしての訓練を始めた者ばかり。
 星組は、先の大戦中、あるいは大戦後、各国の軍部で霊子兵器の操縦者として実験的に教育を施された者で構成されていた。
 星組の訓練生の内、外国籍を持つ者はドイツ出身が二人、ハンガリー出身が一人、イタリア出身が一人。
 イタリア出身者は日本人を父親とするハーフであり、生家から半ば厄介払いの形で日本へ留学させられた少女。
 残りの三人は言うまでも無く大戦の敗戦国出身者であり、曲がりなりにも戦勝国の一つである日本が、英仏の対立を利用し、漁夫の利を得る形でドイツの研究所より引き抜いてきた少年少女だった。
 星組はこの訓練校入学以前から実験的な訓練を事前に施されたものばかりであり、文字通りの実験的措置を施された者もいる。星組の生徒は訓練校入学時点で既に、霊子甲冑パイロットとしてある程度の下地を持っていた。
 当然の事ながら、現時点におけるパイロットとしての技量は花組を上回る。彼女達は、既に実戦レベルに達していると評価されていた。
 それ故、星組の生徒には花組を1ランク下の存在として見下す傾向がある。自らをエリート部隊・星組と名乗り、花組に対しては事ある毎に「キャリアが違う」と言い放っていた。
 無論、花組も言われっ放しではない。そんなしおらしい性格では、そもそもパイロットになろう、等と考えなかっただろう。星組以上に自分の戦闘キャリアに自信を持っていて、そんな低次元の諍いには我関せずを決め込んでいたマリアと、皆伝級の剣術の腕が逆に禍して自信喪失に陥っていたさくら以外の四人は、星組の事を「実験体」の露払いと決めつけ、自分達こそが真打であると言い返していた。
 このように、花組と星組ははっきり言って仲が悪かった。もはや、共同作戦など到底望めない域にまで、両者の溝は修復不能と見えた。いずれ実戦配備された暁には連係行動を必要とされる両者の仲の悪さは、帝国華撃團訓練校において米田とあやめの最大の頭痛の種の一つであったのだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「はぁ……」

 朝早くから盛大な溜息が一つ。気が重い、とか、憂鬱だ、とか、そんなありきたりなレベルを通り越して、すっかり疲れきってしまったような、そんな吐息。
 一日は、始まったばかりだというのに。

(……夜遊びをしているわけでもないと思うが)

 精彩に欠ける横顔。せっかくの美貌が台無しだ。そんな彼女を眺めつつ、聞きようによってはかなり失礼なことを謹厳実直な無表情の裏で大神は考えていた。

(藤枝中尉に限って男遊びということもあるまい)

 おや、この男にも少しは他人を信頼するという殊勝な心があるようだ。

(山崎少佐は研究しか頭に無い朴念仁だからな。気の利いた遊びなんぞ何も知るまい。
 この女は、何処が良いのかその野暮男一筋ときている。
 …フッ、不器用同士、お似合いか。帝国軍人として健全で結構なことだ

 ……そんなはずは無かった。
 心の中だけで浮かべる皮肉な笑い。まあ、こんなものだろう。

「あやめさん、ご気分が優れないようですが……大丈夫ですか?」
「あっ、大神くん……」
「医務室でお休みになられては?あまり無理はなさらない方がよろしいですよ?」

 誠実そのものの声。視線も表情も、上辺だけとは到底思えない真剣なもの。

「ありがとう…大丈夫よ、大した事はないから」
「いえ、過信は禁物です。精神も肉体も、疲労するのが当たり前なのですから。いざという時の為にも、疲れを感じた時は休養を取るのが一番です」
「大神くん……」
「授業の事は気になさらないで下さい。私でお役に立てることがあれば、幾らでもお手伝いいたしますので」
「いえ、本当に大丈夫よ……ありがとう、大神くん」
「そうですか、わかりました」

 短く答え、自分の席に戻る大神。…と、言っても、彼の席はあやめの隣である。視野の広さも一流の武術家の条件の一つ。僅かに目を動かしただけで、視界の端にあやめの様子を捉える程度、彼には雑作も無い。
 さっきまでと比べて、随分鬱屈の取れた表情をしている。完全にいつも通り、という訳には行かないようだが、この程度ならまだ、憂いの漂う美女で通るだろう。
 あやめに見えないよう、唇の片端だけで、大神は満足げな笑みを浮かべた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ポロロロロ〜ン♪

 霊子演算機室。先日の、霊子甲冑用操縦シミュレーター(霊子甲冑の操縦席を模して作られた訓練設備で演算機に繋がっており、各人の操縦が地形図上に投影され部隊としての作戦行動をシミュレーションできる)を使用して行われた戦術演習の結果を検証していた大神の背後で、突然、ギターがかき鳴らされた。
 気配を持たぬ、まるでギターそれ自体が宙を飛び音楽を奏でているかのように錯覚させる、場所を弁えぬ唐突な音の乱入。なにやら怪談じみた話だが、気配に鈍感な普通人には、単に「ああっ、びっくりした」という程度の出来事だ。無論、大神には誰の仕業か分かっていた。彼には余りにも馴染みの出来事だったから。

学校はいいなぁ〜
 可愛い生徒に囲まれて、俺は幸せだなぁ〜〜

 予想通りの声。振り向きもせず、大神は「親友」に応えを返した。

「男がか?」
「バカ言え」

 小さな意外感を顔に浮かべ、大神は操作盤前の椅子を回した。

「女子クラスもお前が担任か、加山?」

 月組は諜報部隊のクラス。言うまでも無く、諜報活動には女性も必要とされる。男では入っていけない場所も少なくないし、女性の方が何かと有利な場面もある。
 そして女性諜報員には、女スパイ特有の、男性とは違った技能も要求される。それ故、月組は男子クラスと女子クラスに分けられているのである。
 大神の記憶では、この「友人」は男子クラスの担任だったはずだ。

「いや、副担任だが、結局俺が面倒を見なきゃならんさ」
「まあ、そうだな」

 どうでもいいように相槌を打つ大神。確かに、ここのレベルと目の前のこの男のレベルの違いを考えれば当然そうなるだろう。
 それにしても、再会の日とはうって変わった友好的な雰囲気である。いや、あの時も友好的であったことはあったが、加山の方は精神的に圧されていた――俗な言い回しをすればびびっていた。それが今は、随分と気安い態度だ。
 この位の図太さが無ければ、とてもこの男の「友人」などやっていられないのかもしれないが……

「しかし、月組の連中は性格が悪いと聞いているが?」
「性格?そんなものに期待してないぞ、最初から」

 ……いや、単に似た者同士なだけかもしれない。

「……ガツガツと見苦しい。だから艦暮らしは嫌なんだ。看護婦でも給仕でも、少しは女を乗せたらいい。野郎ばかりだからこんな浅ましい事を口にするようになる」
「オイオイ、カッコつけるなよ、大神。
 お前だってそうだろ?いや、前線組のお前は後方組の俺以上に男まみれなはずだぜ」
「一緒にするな。俺は女に不自由しない」
「俺だって不自由しない。周りに女がいればな」

 聞きようによっては情けない台詞である。大神の白っぽい視線でその事を自覚した加山は、わざとらしく咳払いすると素知らぬ顔で話題を変えた。

「…まあ、それはともかくとしてだ。惚けたって無駄だぞ、大神。俺は見ていたんだからな」
「何のことだ」
「大神ぃ〜♪いつフェミニストに宗旨換えしたんだ?」
「さっきの話か……そんなものではないさ」

 ニヤッと笑った加山の追及の手を素っ気無い口調で退ける。

「辛気臭い顔をされたらせっかくの美人が台無しだからな」
「ホォ〜〜」

 意外な顔をするのは、今度は加山の番だった。彼の記憶によれば、大神はこんな風に他人を素直に褒める性格ではなかったはずだ。

「他に役に立たんのだから、せめて目の保養にくらいなってくれんと」

 ピュ〜〜〜♪

 友人らしい大胆な台詞に、加山は半ば本気で目を丸くして口笛を鳴らす。

「『降魔戦争の英雄』をつかまえて……」
「兵士と指揮官の資質は別物だ。そして、無能な指揮官は有能な敵より性質(たち)が悪い」
「お前より有能な指揮官なんているのかよ…?」

 首を振りながら呆れ声を出す加山。

「かくて周りは性質の悪い味方ばかり。いい加減不幸な男だね、お前も」
「一人だけいるぜ。この俺が、警戒を必要とする程の、有能な味方指揮官がな」

 くだけた、かつ大真面目な口調で大神は友人の揶揄に答える。

「ほぅ…」
「だからと言って不幸が軽減される訳でもないんだけどね」
「………」
「………」

 意味深な視線の交換。お互い、申し合わせたようにフッ、と鼻で笑って視線を逸らし、何事も無かったように再び向かい合った。

「…と、いう訳で、少しでも環境の改善を図ろうと、軽くご機嫌をとってみたりもするのさ」
「そいつはご苦労様。
 だが残念だな。お前の努力もすぐ無駄骨になっちまうと思うぜ」
「……何だ?」

 訳知りな台詞に興味を隠そうとしない大神。加山がこういう物言いをする時は、冗談めかした口調に反して有益な情報を披露しようとしているのだという事を彼は良く知っていた。

「古人曰く、兄弟は他人の始まり」
「…好きだね、お前。諺が…」
「藤枝中尉に妹がいるのは知っているか?」

 溜息混じりの呆れ声に取り合わず、加山は話の先を続ける。

「…ああ、双子みたいにそっくりな妹の事だろ。6年前は結構話題になったからな、憶えているぜ」
「唯我独尊なお前にしては上出来だ」
「…余計なお世話だ」
「そのそっくりな妹が今何をやっているか、知っているか?」

 節を付けたような微妙に語尾の上がる言い方に、大神の眉が軽く跳ね上がる。

「ここにいるのか?」
「オォ、流石は大神。半分正解だ」
「聞いてやるからサッサと先を続けろ」

 お茶らけた節回しに、無愛想な口調で先を促す。

「お前、少しは態度を改めないと友達なくすぞ」
「心配するな、俺だって相手を選ぶ」
「…まあ、いいさ。
 藤枝中尉の妹、藤枝かえで少尉は予定を繰り上げて本日1200、彼女の生徒と共に長期海外研修から戻って来ることになった」

 いい加減、お道化てみせるのも飽きたのか、普通の口調に戻って加山は事情を明かした。

「星組の教官が藤枝中尉の妹で、俺たちと同じ少尉だって?」

 星組の帰還予定は大神も知っていた。だが、その教官が誰なのかは知らされていなかった。――単に、興味が無かっただけではあるが。

「姉妹揃って霊子甲冑の教官とはね……コネか?」

 この台詞、他の者が口にしたなら単なる妬みにしか聞こえないが、この男から放たれると何とも辛辣に聞こえるから不思議だ。
 いや、不思議ではないだろう。彼は、コネが不要な人間だからだ。

「さぁて、そこまでは分からないなぁ…
 ただ、妹の方はパイロットという訳ではなさそうだ」
「姉の方も他人(ひと)に教えられる技量(うで)ではないと思うが……
 じゃあ、妹は何を教えているんだ?」
「何でも、賢人機関のエリート教育を受けた作戦参謀らしい」

 途端に大神の表情が胡散臭げなものに変わる。加山の両眼も、冷笑の波動を放っていた。

「賢人機関ね……それで海外研修か。派手好きな奴等だ」
「資金が有り余っているからなぁ、あいつらは」
「『英雄』の妹はエリート参謀ってことか。
 で?姉と妹は仲が悪い、と」
「どちらかと言うと妹の方が一方的に対抗意識を燃やしているようだな。姉はそれが悩みの種みたいだぜ」
「ホゥ……
 それにしても、賢人機関育ちの才媛、ね……
 お前好みだな、加山」
「まぁな、否定はせんよ。それに、退屈だけはせずにすみそうだし」
「?」
「大神、もったいないとは思わないか?使い物になるかどうかも分からないヒヨッ子と実戦を知っているはずもない『エリート』参謀に、高い金を出して『物見遊山』をさせるなんて」
「……そうだな」
「資金も武器も、有効に使ってやらないと。蛇口を捻れば金が出るなんて思っている奴等に金庫の鍵を持たせておくなんてもったいなさ過ぎだろ?補給が有限だという事実を知っている者だけが勝利をつかめるんだからな」
「それで、金庫番を替わってやろうという訳か?」
「使い道を考えてやるだけさ。銀行に行くのは任せておけばいい」
「なるほど」
「なっ?退屈せずに済みそうだろ?」

 にやり、と笑顔を交わす二人の青年少尉。
 不思議と、邪悪さや欲深さは感じない。
 ただ不敵で不遜で、……自信に満ち溢れた笑顔だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「敬礼!」
「掛けて良し」

 余り様にならない敬礼に頷いて、大神は彼の生徒達に腰を下ろすよう指示した。
 帝国華撃團訓練校花組の教室。いつもの授業風景である。
 ところで、今から始まるのは今日一番の授業ではない。時計の針は既に十時を指している。
 大神は花組の担任だが、花組の授業しかしない訳ではないのは前回述べた通り。それと同じように、花組が授業を受ける相手も大神だけではない、というまでの、まあ、あたりまえの理屈である。

 閑話休題。

 さっと生徒たちの表情を視線で一撫でした大神は、ポーカーフェイスのまま心の中で目を細めた。

(フム……かなり意識しているようだ)

 噂が伝わるのは早い。自分が加山からニュースを仕入れたように、彼女たちも別ルートで情報を入手したのだろう。
 ライバルの帰還に心穏やかでない、という訳だ。

「先日の戦術演習について改めて講評したい」

 余計な前口上はおかず、いきなり授業に入る。何と言っても軍の訓練所なのだから、だらだらと無駄話の続く方が珍しいのだが。

「簡単な総括は当日行った通りだが、かなり良い結果だった。
 1ヶ月前に比べ格段の進歩が見られ、私は満足している」

 空気がざわついた。隣とお互いに目配せをしている生徒も多い(と言っても総勢6名しかいないのだが)。

「操縦もそうだが、戦術の趣旨が良く理解できていた。これならば実戦に出ても大丈夫だろう。あとは経験を積むだけだ」
「当然ですわ。教官にもようやくわたくしたちの真価がお分かりになってきたようですわね」
「す、すみれさん!」
「すみれ、失礼よ!」

 思いがけない大神の賛辞に目を白黒させていた花組だが、真っ先に反応したのはやはり、物怖じしない性格のすみれだった。教室長のマリアから叱責が飛んだのも恒例だが、さくらが慌てて制止に入ったのは、大神着任以前には見られなかった光景である。

「構わないよ、タチバナ訓練生。私もこれほど上達が早いとは予想していなかったからな。
 では、各人の講評に移る。まず、タチバナ訓練生」
「ハイ」
「君は特に戦術目的が理解できていた。後方支援は……」

[すみれ、なんだか嬉しそうだね]
[ほんまやで。鼻歌でも歌いだしそうな感じや]
[さくらもなんだか良い顔してるぜ]
[そうだね。目がキラキラしちゃってるよ]

 大神とマリアの会話――マリアは短く返事をしているだけだが――の進む中、ヒソヒソ話を交わす三人。このあたりは軍の訓練生と言っても若い娘のこと、教官達も余り目くじらを立てるようなことはしない。中でも大神は特に寛容だったので、イリス、紅蘭、カンナの三人にも何となく安心感のようなものが窺われる。
 だが――寛容と鈍感は別物なのだ。マリアに続いてすみれの演習評価を行っていた大神の目はレポートファイルとすみれの顔を往復する合間に私語を交わす三人の姿をしっかり捉えていた。そして驚くべきことに、彼の耳は自分の声と、すみれの自己賛辞混じりの返答に邪魔されながらも、しっかりと紅蘭たちのお喋りの内容を聞き取っていたのである。

たまには褒めることも必要さ。
 加山じゃないが、昔の人間も言っている。何とかも煽てれば木に登る、と……

 星組の帰還。それはこの男にとって、また一つ少女達を手玉に取る道具が手に入ったことを意味していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「藤枝かえで、ただいま戻りました」
「ご苦労」
「欧州遠征ではフランス陸軍パリ霊子甲冑部隊との合同演習において模擬戦闘でこれを撃破、我が星組が世界的にトップレベルにあることを実証いたしました」

 一息に口上を終えて敬礼の手を下ろす女性士官。頷く米田の横にチラリと視線を動かして唇の端に得意げな笑みを浮かべる。

(なるほどね。対抗意識がありありだな)

 米田の隣に立っていたのは彼の副官を務める藤枝あやめ中尉。その隣に控えていた大神には、かえでの示した微かな笑いの意味が手にとるように理解できた。

「ご苦労様、かえで」
「姉さん、久し振り」

 一瞬前とは別種の笑顔を交わす姉妹。こうしてみると双子としか思えない。それほど、顔立ちも表情も体つきも良く似ている。そして久し振りの再会を笑顔で喜び合う姿は本当に仲の良い姉妹にしか見えないのだが……

(流石に加山の情報は正確だ。妹の方が一方的に対抗意識を燃やして、姉はそれを苦にしている、か……)

 目の光が違う。妹の目には強い光が、姉の目には困惑気味の光が見え隠れしている。

「かえで、紹介するわ。先月から花組の担任を務めてもらっています、大神一郎少尉よ」
「帝国海軍少尉、大神一郎です」

 あやめの紹介に型通り敬礼で挨拶をする大神。階級は同じ少尉だが、かえでの方が年齢も上、任官も先なので、先任士官に対する礼儀として丁寧な態度をとっているのである。

「よろしく、大神くん。帝国陸軍特務少尉、藤枝かえでです。私のことはかえででいいわ。同じ少尉同士、ざっくばらんに行きましょう」

 チラリとかえでの顔を観察する大神。本来であれば特務少尉と正規の少尉は同階級ではない。軍組織の常識から言えば、大神の方が上官なのである。

「貴方の噂は聞いているわ。『南海の白き狼』の異名を取る、帝国随一のパイロット。
 人型蒸気と霊子甲冑では勝手の違う所もあるでしょうけど、いつでも相談してね。星組、花組と別れていても同じ霊子甲冑部隊なんだし、実戦配備の暁には私達がそれぞれの部隊の指揮を執ることになるでしょうから」

 だが、かえでの表情に悪びれたところは全く無い。対等の付き合い、をまるで特権のように考えている節が窺われる。無論、彼女が大神に与える特権だ。

「分かりました。よろしくお願いします、かえでさん」

 もっとも、大神はそんな事で目くじらを立てたりしない。むしろ彼は、内心で彼女の言い草を面白がっていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「仲の良い妹さんなんですね」
「そう、ね」

 かえでの紹介が終わり、午後の教程のため格納庫へ足を向けるあやめと大神。当のかえでには、大神に宣言した通り、加山が頻りと話し掛けていた。

「あやめさん?」

 あやめの奥歯に物が挟まったような返事に、心配と疑問が入り混じった声音で大神は問い掛ける。――無論、分かっていながら、である。

「仲の良い姉妹だったわ。いえ…今でも、私はそう思っているんだけど……」
「………」
「私が白羽鳥に選ばれてから、私とあの子の道は……
 ご、ごめんなさい、大神くん。こんな、つまらない愚痴を……」

 心ここに在らずといった感じで呆然と、告白衝動に身を委ねていたあやめは、ハッと我を取り戻した表情になって早口で謝罪の形を借りた言い訳を並べた。赤くなった頬を掌で隠している。

「私は何も伺いませんでしたよ、あやめさん」
「えっ…?」
「私は何も聞きませんでした。だから、安心して下さって結構です。
 そして、仰りたいことがおありでしたらいつでもどうぞ。憶えていて欲しくないことは、すぐに忘れますから」
「ありがとう、大神くん……」
「では、私は格納庫へ」
「ええ、それじゃあ」

 笑顔を浮かべて管制室へ向かうあやめの後姿に、大神はこっそりほくそ笑んだ。
 その時、である。

「大神さん、あやめさんと仲がよろしいんですね……」
「!?」

 不意に掛けられた声に、慌てて振り向く大神。

「さくらくん、いったい何を?」

 強靭な精神力で動揺が表れるのを押さえ込んでいたが、大神の受けた衝撃は決して小さなものではなかった。彼ともあろうものが、年下の少女に背後を取られて気付く事が出来なかったのである。

「大神さんとあやめさん、なんだかお似合いでした。
 あやめさん、美人だし…」

 それはおそらく、さくらに全く「害意」が無かった所為であるが、それにしても大神に気取らせないほど見事に気配を消し遂せるのは流石に北辰一刀流皆伝級の腕前、そして「鬼王」真宮寺一馬少将の娘と言うべきか。

「さくらくん、君は何か誤解している」

 大神を動揺させているのは背後を取られたことだけではなかった。
 さくらの寂しげな声、哀しそうな瞳。

「言い訳なんてしなくてもいいんです……」

 このままでは、これまで築き上げてきた信頼(?)が水泡に帰してしまう……

「あたしが勝手に誤解していただけなんですから。
 やっぱり大神さんもあやめさんのような大人の女性の方が……
 あたし、失礼します!」
「さくらくん、待ちなさい!」

 身を翻すさくらの腕を寸でのところで捕まえて、体の向きを変えさせる大神。この辺の身のこなしは、大神の方が一枚も二枚も上手だ。

「君は何か誤解している」
「そうですっ!あたしが勝手に誤解していただけなんです!」
「そうじゃない!」
「えっ……」

 思いがけなく強い語調に、さくらの動きと表情が静止する。

「あやめさん――藤枝中尉に対して、俺は何も疚しい気持ちも色めいた感情も抱いていない。妹さんの事で何か悩んでいるようだったから相談に乗ろうとしただけだ。上官といっても同じ帝国華撃團訓練校の一員であり、そしていずれは帝国華撃團の一員として共に戦うことになる戦友への心配りでしかない」
「……何故あたしにそんな事を話されるんですか?」

 目を伏せたまま問い掛け、答えを求めて目を上げるさくら。疑念の口調、期待の視線。

「君に誤解されたくないからだ。君に誤解されたままでいるのが嫌だからだよ、さくらくん」
「大神さん…?」

 天秤は期待の方へ傾く。

「俺は君達の教官として、そしていずれ来るべき実戦で君達を指揮する者として、君達の信頼を失いたくない。こんなつまらない誤解で君の信頼を失いたくないんだ」
「教官として、ですか…」

 やや拍子抜けした口調。
 しかし、硬派を演出するならここで慌てたりしてはならない。

「そうだ。俺は、君に信頼される男でいたいんだ」

 きっぱりと言い切る大神。その毅然とした態度に、さくらの頬が赤味を帯びる。

「あたし…大神さんの事、信頼しています。ごめんなさい、大神さん。おかしな事を口走っちゃって申し訳ありませんでした」
「分かってくれればいいんだよ」

 ほっとした笑顔で頷く大神。計算されたものではなく、本気で安堵の表情を浮かべている。
 そして、本気の表情である分だけ、強い説得力をもってさくらに作用する。

「ところでさくらくん、何か用があったんじゃないのかい」
「い、いえ、その……大神さんのお姿を見かけたものですから、格納庫までご一緒しようと……」

 照れくさそうにはにかんだ顔で視線を足元に向けながら、モジモジと応えるさくら。

「そうだね、もう余り時間も無いし、行こうか、さくらくん」
「はいっ♪」

 恋する乙女の反応に、大神は胸を撫で下ろし、満足していた。

 

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