私説・第十四話――さくらBeginning――後篇


「それで、何でこんな馬鹿な真似をしたのか、じっくり聞かせてもらおうじゃねえか」

 大帝国劇場地下、帝国華撃團銀座本部。
 黒鬼会との死闘は武蔵破壊をもって終了した。現在のところ、新たなる魔性が跳梁する気配はない。帝国華撃團の任務も開店休業状態だ。
 しかし、黒之巣会、そして聖魔城との戦闘の後、帝国華撃團の活動を縮小したことが黒鬼会の暗躍を助けたとの反省もあり、帝国華撃團は以前と変わらず活動を続けていた。無論、花組出動の機会はない。しかしそれ以外の部隊、特に月組は黒鬼会との戦闘中と変わらぬ活動レベルを維持していた。
 様々な演算機と霊子機械が以前と変わらず稼動を続ける地下司令室を一通り懐かしげに見渡して、大神は少し困ったような口調で語り始めた。

「少し話が大袈裟に伝わっているようですが…別に正規軍を全滅させた訳ではなく、正規軍から派遣された研修生と留学生・外人部隊研修生の混成部隊で行った、人型蒸気部隊と歩兵部隊の旅団単位の模擬戦で完全撃破という結果に終わっただけなのですが…」
馬っ鹿野郎!!そんなこたぁとうに知ってらぁ!そんなもん相手の顔を潰したってこたぁ一緒じゃねえか!!」
「はあ」
「はあ、じゃねえ!
おめえのやったことが一体どんな騒ぎを引き起こしているのか、少しもわかってねえようだな、大神よ。この一週間、陸海軍の上の方じゃおめえの処遇を巡って大騒ぎなんだぜ」
「ちょっと待って下さい、長官。長官はこの事を以前からご存知だったのですか」

 不意にかえでが口を挿む。多分、何故自分に知らされていなかったのか、という事を言いたいのだろう。ムスッとした表情で米田が渋々口を開く。

「その日の内に電信が届いた。知らされているのは将官以上の軍幹部と人事関係の担当者、外務省の関係者、それに帝撃に関係しているお偉いさん達だけだ。直接関係の無い人間には政府高官にも口止めされている」

 不機嫌な顔はそのままで、米田は再度大神へと矛先を向けた。

「それで?弁明が有るなら聞こうじゃねえか。…てめえまさか、早く帰国したいが為にわざとやらかしたんじゃねえだろうな?」
「長官、それはいくらなんでも酷いですよ…私はそこまで公私混同は致しません」
「じゃあ、いってえどういう了見だったんでえ!?」
「はあ……半ば売り言葉に買い言葉でして…人型蒸気の運用戦術について少し意見が食い違いまして、いくら議論しても埒があかないものですから、それなら演習で実験してみようということになりまして」
「意見の食い違いだと?」
「ええ、仏蘭西正規軍は未だに人型蒸気機甲部隊と歩兵部隊の混成部隊で人型蒸気を運用していますが、それでは人型蒸気の持ち味が死んでしまう、機甲部隊と歩兵部隊は分けて運用すべきだと、最初はそう意見を述べただけだったのですが……」
「それが奴等のプライドに障ったという訳か…だからと言って相手を全滅させてどうすんだ!勝つにしても勝ち方ってえもんがあるだろが」
「いえ、私もまさかあれ程の圧勝になるとは思っていなかったのですが…私にとっては慣れない人型蒸気でしたし、動きの鈍さに随分戸惑ってしまったのですが」
「……魔操機兵や降魔兵器の運動性能を見慣れたお前に通常の人型蒸気が亀に見えちまうのはあたりめえじゃねえか……それにここ何年も機甲部隊同士の衝突なんて起こってねえんだ。実戦を知らねえ研修生の若造どもがおめえに勝てる訳ねえだろ……おめえ、ちっとは自分の力量ってもんを自覚すべきだぜ」

 呆れたように溜息を吐く米田。もう怒る気にもなれないらしい。

「すみません…ただ、仏蘭西軍にはもう少し強くなってもらわないと、要塞線だけでは到底持ちこたえられないと思ったものですから」
「……そんなに状況は悪いのか?」

 米田の声が急に真剣味を増した。声だけではない、表情も驚くほど真剣なものになっている。

「今日明日と言う程でも有りませんが…正直、芳しくありません」

 大神の表情も、それまでの困ったような顔から厳しく引き締まったものに変わっていた。それは、帝国華撃團花組隊長の表情だった。
 同席する少女たちに緊張が走る。

「やはり、先の欧州大戦の傷痕は深すぎたようです。法王庁が中心になって必死の修復作業が進められていますが……
 欧州全域に渡って魔の封印が崩壊しかけています。特に独逸からソ連にかけての東欧が酷いようです。少し力を加えれば将棋倒しに魔の解放が起こるかもしれません。下手をすると、欧州大陸が魔の手中に落ちるということも考えられます」
「賢人機関の連中が騒いでいるのもあながち脅しばかりじゃなかったって事か……」
「花組欧州公演計画、急いだ方がいいかもしれませんね」

 やはり深刻な顔をしたかえでが口を挿む。

「欧州公演計画?何ですの、それは」
「…そのままの意味よ、すみれ。まだ具体的なことは全く決まってなかったんでみんなには黙っていたけど、欧州各地で花組の公演を行う計画が有るの」
「…それは、歌劇団としてだけでなく、華撃團としても、という意味ですか?」
「…そうよ、マリア。華撃團は日本政府の力ばかりでなく、賢人機関と呼ばれる超国家機関の支援を受けて成立したことは知っているわよね?現在、華撃團の運営は賢人機関と無関係に、独立して行われているけど、当初の経緯から今も全く無関係という訳じゃないの」
「大神さん、あたしたち…欧州で戦うことになるんですか?」

 少し不安げな表情で大神に問い掛けるさくら。

「賢人機関がどういう思惑でいるにせよ、放っておく訳にはいかないだろう。仏蘭西はアイリスの、伊太利亜は織姫くんの、独逸はレニの、そしてソ連は、いや、露西亜はマリアの祖国だからな」
「中尉サン…」
「お兄ちゃん…」
「………」
「隊長、しかし……」

 織姫、アイリスの嬉しそうな表情に対して、レニとマリアの反応は少し違った。レニは少し辛そうに沈黙し、マリアは躊躇いがちに異を唱えかけた。

「しかし、今はまだその時期ではないと思います」

 だが、そんな四人の反応とは無関係に、大神は米田に向かってはっきりと具申した。

「欧州の戦いはあくまでも欧州の人々が主体となって取り組まねばならない問題でしょう。我々が参戦するのは、向こうの準備が整ってからでなければ不可能だと思います」

 意外感を顕にするかえで。意外な、非情とも思える大神の厳しい意見。

「私は花組のみんなを都合のいい外人部隊にするつもりはありません」

 皆が、何かに打たれたようにハッと大神の顔を見た。その声には、隠しきれない苦渋の色が漂っていた。

「…向こうの受入態勢が整っていないと言うのだな?わかった、お前の意見は花小路伯爵に伝えておこう。
 それにしても、そういう危険な情勢だからこそ、お前の様な事情に通じた者が現地にいる必要があったというのによ…全く、短気な真似をしやがって」
「申し訳ありません」

 再び、大神に視線が集中する。
 そして、その視線は米田へと向かう。

「長官…隊長の欧州留学にはその様な隠された目的があったのですか」

 マリアの疑惑に満ちた問い掛け。
 自分達の知らないところで、大神一人にその様な重い責任が押し付けられ、その所為でさくらが苦しんだのかと思うと、納得できないものを感じていたのだ。そしてその思いは、マリアだけのものではなかった。
 しかし、米田は首を横に振った。

「いいや、欧州情勢について賢人機関から手を貸せと言ってきたのは大神が出発した後のことだ。…まあ、奴等の方は大神を利用するつもりだったのかもしれないが」
「………」
「ところで長官、私の方からもお伺いしたいことがあるのですが」

 気まずい沈黙を吹き払うように大神が話しを変える。

「あ、ああ、何だ?」
「私に今日の公演の切符を手配していただいたのは長官ですよね?」
「ああ、それがどうかしたのか」
「久し振りにみんなの舞台が見られたのは嬉しかったんですが…ただ舞台を見せたかっただけではありませんよね?昨日は到着予定時刻がもう夜に近い時間だったので、初めから海軍省へは今日出頭するつもりだったのですが、今日の切符を渡していただいたということは、こちらに来いという意味だったのではありませんか?」
「ふんっ、まあ、わかると思っちゃいたがな」

 面白くなさそうに頷く米田。

「何故この様な回りくどい方法を?」
「色々微妙な問題があったんだよ。ついさっきまでな」
「微妙な問題?」
「さっきも言っただろうが。陸軍も海軍も、この一週間おめえの処遇を巡って大騒ぎだったんだよ。おめえの身柄を巡ってあっちこっちで綱引きだ。俺が華撃團のコネでおめえを引っ張ったなんてことになったらせっかく上手く行っている華撃團と海軍の関係がおかしくなっちまう」
「何故陸軍が…?私は元々海軍士官ですが」
「世界に冠たる陸軍大国・仏蘭西の正規部隊を、例え演習とは言え陸戦で撃破した指揮官を陸軍が見逃すと思うか?」
「………」
「わかっちゃいないってえのは、つまりそういう事なんだよ!陸軍の上の方じゃ、それ程の機甲戦の名手なら陸軍に転籍させるのが人的資源の有功活用の上で望ましいなんぞという理屈をこねやがる。海軍は海軍で、おめえは元々海軍の所属なのだから海軍に復帰するのが当然だと言い張って譲らねえ。
おめえの機甲戦における指揮能力は黒之巣会との戦いの頃から高く評価されていたからな。目をつけてた奴ぁ一人や二人じゃなかったんだ。それが今回、こんなど派手な事をしでかしやがって。全く、陸海軍の幹部が一士官の奪い合いで騒ぎ立てるなんざ前代未聞だぜ!」
「………」
「伯爵のところに呼ばれていたのはその件だ。つい先程、漸くお前の処遇が決まった。
大神、これがお前への辞令だ」

 米田の手から辞令を受け取り目を落とす大神。その目が見る見る丸くなる。

「長官、これは…?」
「海軍中尉、大神一郎殿。
 貴官を、摂政府軍事顧問に任命する。
 本辞令受領翌日1000、宮内省へ出頭せよ」

 厳かに、米田が宣言した。

 

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