帝都 騒然 ――心優しき反逆者の一族――

〜〜 第十話 〜〜


 それは子守唄のような音色だった。
 穏やかで柔らかな、優しい笛の音。
 釣瓶落としの秋の日が帝都を茜に染め始めた刻限、青と赤の光の粒子が混じり合った微妙な色合いの空に、慌しい都会の暮らしにささくれ立ち疲れ果てた心をも優しく包み癒していく、そんな笛の音が風に乗って流れていた。
 それは、微風に揺れる木々のざわめきのように聞こえた。
 小川のせせらぎのように聞こえた。
 小鳥達の歌のように聞こえた。
 山の向こうから風に乗って届けられた自然の声のように聞こえた。
 蒸気の都に暮らす人々へ、過去と彼方からの贈り物。
 忘れかけていた緑の恩恵。
 その笛の音を聞いた多くの人は、懐かしく大切なものを思い出したことだろう。
 音楽としては、演奏技術としては、それ程高度なものではなかった。
 素朴で単調な、曲、技巧、楽器の音。
 昔から変わらぬ横笛の音色。
 だがそれは何故か、あるいはそれ故に、人々の胸に響いた。
 意識、ではなく、心に。
 笛の音に小鳥の歌が加わる。
 そんな風に聞こえた、のではなく、本物の小鳥のさえずりが加わっていた。
 笛の音を伴奏にした歌い手は少しずつ増えていった。
 笛の音に引き寄せられるように。
 合唱はすぐに、大合唱になった。
 この蒸気の都にこれほどの野鳥がいたのか、と帝都市民を驚かせるほどに。
 小鳥達のさえずりはうるさいほどに膨れ上がっていたが、何故か耳障りではなかった。
 それはきっと、優しい笛の音が小鳥達の声と溶け合っていたからだ。
 賑やかなさえずりにも打ち消されること無く、小鳥達の大合唱を背後からしっかり支え、一つのハーモニーを作り出していたからだろう。
 思いがけず帝都に奏でられた自然のコンサート。
 その源を探ろうと耳を傾けた人々は、すぐに「ああ、そうか」と頷いた。
 小さな歌い手達は、この上なく相応しい舞台に集っていた。
 誰もが納得する舞台。
 歌声は、大帝国劇場から溢れ出していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 大帝国劇場の屋根裏部屋の窓が金色の光を弾いた。
 ひょっこりと姿を見せた黄金の髪に続いて、銀色の髪、漆黒の巻き毛が文字通り「頭を出した」。
 屋根の上をこっそり伺う六つの瞳。
 その先には着物姿の上品な中年の女性が屋根の峰に腰を下ろし、数え切れない小鳥達に囲まれて横笛を吹いていた。
 素朴で単調、しかし、とても情感豊かな曲が終わる。
 小鳥達の歌も、同時に止んだ。
 不思議な余韻の中で、千鳥は口元から笛を離し、窓から顔をのぞかせている三人に、ニッコリ笑って手招きした。

「織姫さんにレニさんにアイリスちゃんだったわね?
 こっちへいらっしゃい」

 三人で顔を見合わせると、まずアイリスが窓枠を乗り越え、たたた、と小走りに駆け寄ってきた。
 大帝国劇場の屋根の傾斜は緩やかで、小さな子供でもそれ程危険は無い(アイリス本人に言ったら間違いなく機嫌が悪くなる台詞だが)
 少しはにかんで、アイリスは千鳥の隣にちょこんと腰を下ろした。
 その小さな肩の上に、小鳥がとまる。
 人の手で飼われていない、慣らされていない、野生の鳥が。
 もしかしたら以前人に飼われていたのかもしれないが、それでも今は自分の翼で自由に空を飛び回っている自然の生き物が、餌を与えている訳でもないのに、である。
 一瞬目を丸くして、すぐに満面の笑みを浮かべ、小鳥の頭を撫でるアイリス。
 それでも、小鳥は逃げない。
 織姫とレニが恐る恐る近寄ってくる。
 多分、小鳥達を驚かせて逃がさないように。
 でも、二人のそんな思惑とは関係なく、小鳥は二人のところへも飛んで来た。
 織姫は、頭の上にとまったか細い蹴爪の感触に、こそばゆいようなむず痒いような表情を浮かべて、それでも頭の上から追い払うような真似はせず、それどころか何となく嬉しそうな様子でアイリスの隣にすとんと腰を下ろした。
 無意識領域に叩き込まれてしまっている戦闘員としての反射行動で、翔け寄って来る小さな生き物に対してまでも腕を上げて防御姿勢をとってしまったレニの、その拳の上に、まるで恐れ気無く小鳥がとまった。
 ややもすると冷たい印象を与えがちな整った顔に戸惑いを浮かべながら、羽毛に包まれた小さな生き物を載せた手を、顔の前に近づける。
 首を傾げるつぶらな目の持ち主から、温もりが伝わってきた。
 レニの顔に笑顔が広がる。
 青い鳥を見つけた子供のような。
 千鳥が横笛に口をつけた。
 柔らかな、優しい旋律が空に広がる。
 彼女の足元から小さな羽ばたきが聞こえた。
 レニの元へ翔け寄る小さな影。
 伸ばした腕の手の甲に小鳥が舞い降りる。
 拳から飛び上がった翼あるものがレニの周りを飛び回る。
 差し上げた腕の指先に小さな鳥が戯れる。
 桃源図のような、現実離れした美しい光景。
 短い演奏を終えて再びニッコリ笑いかけてくる千鳥に、少しぎこちない、その分とてもピュアな笑顔をレニは返した。
 笛の音に代わって歌声が流れ始めた。
 多分、無意識に口ずさんでいるのだろう。
 イタリア語で奏でられる陽気なメロディー。
 静かに耳を傾けていた千鳥が、突然そのメロディーに合わせて演奏を始めた。
 思いがけない伴奏に、今更のように自分が歌っていたことに気づいた織姫だったが、驚きは中断につながらず、歌声は呟きから独唱に変わった。
 張りのある豊かな声が帝都の空に響く。
 小鳥達が一斉に飛び立つ。
 飛び去る、のではなく、飛び回る。
 空中で演じられる群舞。
 歌声がフランス語に替わった。
 ドイツ語が加わった。
 三つの歌声が、一つになった。
 日本語の合唱。
 既に笛の音は止んでいる。
 千鳥は穏やかな笑顔で三人の少女の競演を見守っていた。
 空に舞う小鳥達と共に。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 その二人はとにかく目立っていた。
 カンナは元々平均的な成年男性の身長から頭二つ抜き出た長身の女性だ。西洋人男性にも彼女に匹敵する体格の持ち主は中々いない。
 一方の熊作は、確かに長身ではあるがカンナほどずば抜けた体格という訳ではない。
 ――縦方向には。
 その代わり、彼の場合は身体の厚みが誇張抜きで常人の倍近くあった。
 肥満しているのではない。
 むしろ、引き締まった身体をしていると言っていい。
 ただ、筋肉の量が半端ではないのだ。
 そして、その筋力を支えるに相応しいガッチリした骨格を具えている。
 おそらく、彼の骨格は大型肉食獣並みの強度を持ち合わせているだろう。
 ごつごつと筋肉が盛りあがった身体でありながら、同時に人間離れしたしなやかさを感じさせる。
 鍛え上げられた熊――そんなものが本当にいたら怖いを通り越してひたすら不気味だが、熊作の肉体にはそんな趣があった。
 その二人が、肩を並べて帝都の大通りを闊歩している。(もちろん比喩的な意味である。カンナと実際に肩を並べられる人物など、この日本にはあまりいないだろう)
 何故わざわざこんな目立つ組み合わせになったかと言うと、もちろんこれには理由がある。
 マネージャーは単なる口実だったはずなのに、美鶴はちゃっかりさくらの仕事について行った。(ちなみに、さくらはマリアと一緒にラジオ出演だ)
 千鳥はちょっとした用事を見つけてこまめに動き回っている。
 虎太郎と修蔵は中々戻って来ない。
 鷹也は美鶴から「今日一日、安静!」を命じられて部屋でおとなしくしている。
 そういう訳で、熊作は手持ち無沙汰だった。
 彼は待つ事が苦にならない人間で、一日中部屋でじっとしていても一向に平気だったが、だからと言って退屈が好きな訳でもなかった。
 せっかく帝都に来たのだから、ぶらぶら歩いてみよう、と思い立ったのも、まあ当然と言えよう。
 思い立ったが何とやら、そのままふらっと出掛けようとしたところで、何故かその場に居合わせた千鳥の制止が入った。
 散歩自体を止められたのではない。
 誰かについていってもらうよう、強く勧められたのだ(事実上の強制である)。
 実を言えば、熊作は道を覚えるのが苦手だった。
 方向音痴なのでは無い。
 音痴どころか、渡り鳥並に正確な方向感覚を具えていた。
 だから逆に、道を覚えようとしないのだ。
 どこかに――それは家でも山小屋でも目印となる橋や立ち木でもいいのだが――帰る時、彼は元来た道を戻ろうとしない。
 渡り鳥のように「真っ直ぐ」帰ろうとする。
 だが彼は翼を以って空を翔ける鳥ではなく、地上を進む霊長類だから、当然真っ直ぐ通れない所もある。
 普通ならそこで諦める。
 回り道をする。
 ところが、熊作の場合それでも真っ直ぐ通ってしまうのである。
 山の中ならそれでも良いが、街中ではそんな事をしては迷惑以外の何者でもない。
 場合によっては、犯罪ですらある。
 本人もその事を自覚しているらしく、素直に忠告に従おうとした。
 ところが今度は、同行してくれる相手がいない。
 言い出した張本人である千鳥が付き合ってやれば良さそうなものだが、彼女は声をかけただけでそそくさと二階へ上がって行った。(忙しかった訳ではない。その後、屋根の上で横笛を吹いていたのだから。夫婦も連れ添って長くなると、傍目からは情が薄れているように見えてしまうものらしい?)
 一人ロビーに佇んでいた熊作をたまたま見つけたのがカンナだった。
 カンナの方も、正直なところ暇だった。
 喧嘩友達(?)のすみれは仕事で外出している。
 カンナも仕事が無い訳ではなく、警視庁のポスターの撮影の仕事が終わって丁度戻ってきたところだった。
 さあ、腹ごしらえして一休み、そう考えて食堂へやってきたところに、ロビーで所在無げに立っている熊作を見つけたという次第である。
 さくらとマリアも仕事で外出中だし、紅蘭はさっきの映像の分析をかえでと一緒に行っているはずだ。この時間、手が空いているはずの織姫、レニ、アイリスの姿も見えない。
 それに、カンナはこの大神の父親が好きだった。
 男性として好き、という意味では無い。
 大らかでどっしりと構えていて、しかも大食漢。カンナは熊作に強い親近感と、それ以上の懐かしさを感じていた。そう、大神の父親は、彼女の亡き父琢磨を連想させるのである。
 熊作に声をかけてみたら、道を覚えるのが苦手で一人では都会を歩けないと何の恥ずかしげも無く、本当にあっけらかんと打ち明ける。つまらない見栄や強がりとは全く無縁の剛毅な心。元々困ってる人を見捨てられない性分だが、それ以上の積極的な気持ちでカンナは熊作に同行を申し出た。
 …という事情で、二人は善良な帝都市民を圧倒しながら大通りを闊歩していたのである。
 圧倒しながら、と言っても、善良な市民に対し特に危害を加えていた訳ではない。
 確かに、二人を見てギョッとした表情を浮かべ、必要以上に慌てて道を空けるという事例が何度も生じた。だが、そうした反射的に身を躱した人たちも、二人の姿を改めて視界に収めると、まずホッとした顔に変わり、それから安堵に包まれた表情になった。大男にありがちな(カンナは女性だが)人を不安にさせる暴力的な威圧感ではなく、人に安心感、信頼感を与える「大きさ」が二人にはあった。
 道行く人たちの、遠慮がちで、ある種の敬意が込められた視線を集めながら、二人はそれに頓着することなく、今はのんびり帝都の裏通りを歩いていた。流行の最先端を行く銀座の街も、裏通りになれば庶民的な暮らしを映し出す光景が展開されている。どちらかと言えば、表通りは銀座の他所行きの顔であり、裏通りこそこの街の素顔と言えるかもしれない。
 そういう庶民的な場所に行くほど、二人に向けられる視線は素朴な好意と敬意が入り混じったものになった。それは関取に対する敬意に似ていた。単純に、大きく、力強く、善良な者に対する敬意(関取は神事を担う者であり、本来的に善良な者である)。
 だが世の中には「でかい態度」をとっているというだけで牙を剥かずにいられない種類の人間が存在する。都会であればあるほど、いたる所に。
 残念ながらこの銀座界隈も例外ではなかった。
 突如二人の前に、人相の悪い男達の人垣が作られた。
 カンナの見たところ、自分と相手の力の差を全く理解できない雑魚ばかりだ。
 無意味に怒らせた肩が苦笑を誘う。
 善良な一般市民にとってはこの程度の粗暴で単純なだけの暴力でも脅威となるが、自分やこの、隊長の「親父さん」(あれこれ呼び方に困った挙句、熊作の方から「親父さん」で構わないと言われた)相手には蟷螂程度の存在でしかない。
 それでも五年前なら、巻藁代わりぐらいにはなると、挑発するような態度もとったかもしれない。だが今では、そんな事は馬鹿馬鹿しかった。自分は、本物の「強者」に逢えたのだから。

「ようようオッサン、ずいぶんといきがってくれるじゃねえか」

 独創性の欠片もない台詞回しに心の中は醒め切っていた。最後まで聞くのは時間の無駄という以上に不愉快だった。
 今来た道を戻るか、それとも軽く「揺すって」黙らせるか、どちらにしようかと思案していたところに、隣の熊作がくるりと身体を反転させた。
 明らかな敵意を向ける相手に、何の恐れ気もなく背中を向ける。
 チンピラには、尻尾を巻いて逃げ出すように見えるだろう。
 だがカンナには、相手のことを歯牙にもかけていない証拠だと分かった。
 自分のようにちょっとした迷いを抱くことすらない。
 流石は隊長の、と改めて感心した。
 ところが世の中には、穏便に済まそうとする「大人」の努力をぶち壊す精神的に育ちきれない見せ掛けの大人が少なからずいるものだ。そして、こういうチンピラは大概、その手の「見せ掛け大人」ばかりである。

「へっ、野郎かと思ったら大女か。
 オッサン、そういう男女が好みかい?
 いい趣味してるじゃねえか」

 下卑た笑いが沸き起こりかけて、突如、止まった。
 無理矢理、止められた。
 突然、男達のいる空間を満たした怒気に。
 逆鱗。
 ごく自然に、その言葉がカンナの脳裏に浮かんだ。
 ゆっくりと振り返った熊作の身体が倍以上に膨張した、ように見えた。
 霊子甲冑を上回る体躯を備えた巨人へと変貌したように、一瞬錯覚させられた。
 それほど巨大な存在感を、熊作は突如、身に纏っていた。
 チンピラたちは凍りついたまま動かない。
 仲間の一人が2メートル以上の距離を血反吐を撒き散らしながら吹き飛んで行くのを目の当たりにしても指一本動かせない。
 それは喧嘩ではなく、闘いですらない、一方的な制裁だった。
 横殴りの裏拳を受けて、また一つ、肉体が宙を舞う。
 飛び散った黄ばんだ白の欠片は、おそらく折れた歯だろう。熊作の裏拳が直撃した右半分は奥歯まで全滅したに違いない。
 これほど強力な打撃を受けて、よく首が折れないものだ。
 顔を殴られたというより、上半身全体に強い衝撃を加えられたような飛び方だった。
 まるで自動車に撥ねられたような。
 事実がそれに近い事をカンナは悟っていた。
 彼女の目には見えていた。
 半ば物理的な圧力を備えた「気」の層が、熊作の身体を分厚く取り巻いていたのが。
 濃密な「気」の鎧が彼の身体を巨大に見せ、チンピラの身体を撥ね飛ばしている様が。
 三人目が吹っ飛ばされ、四人目が血反吐を吐いたところで、カンナはようやく我に返った。

「止せよ、親父さん! 殺す気か!!」

 熊作の腕を抱え込んでカンナは五人目に対する攻撃を辛うじて止めた。
 彼女の腕力を以ってしても、辛うじて。
 彼女の台詞はチンピラを脅して場を治めるための誇張ではなかった。
 そもそもそんな必要はなかった。
 男達は、蛇に睨まれた蛙よりも更に、無力だった。
 熊作の攻撃力は、それ以上に怒気は、まだ死人が出ていないのが不思議な程だった。

「殺しはしない」

 熊作の声は、男達を呑み込んだままの怒気に不似合いな、静かなものだった。

「だが、この者達には無分別な振る舞いに相応しい報いを与えなければならない」
「やり過ぎだよ! 何もされてないじゃないか」
「時に言葉の刃は鋼の刃より深く人を傷つける。心の流す血は身体の流す血と同じく人を死へ誘うものだ。
 この者達は決して口に出してはならぬ事を口にした。その事を、己が身を以って知らねばならん。恐怖と痛みによって」
「口に出してはならん、って……馬鹿にされたのはあたいだぜ!?」
「お嬢さん、貴女は一郎にとって身内同然の人だ。一郎がさくらさんを選んだ今も、それは変わらない。
 一郎にとって身内同然であるなら私にとっても身内同然。身内が受けた侮辱を黙って耐え忍ぶのは我々の一族の作法ではない」

 淡々と語られる鋼の意志。
 男達の顔は今や蒼白を通り越して蝋人形のようだった。
 目の前に立つ大男が地獄より訪れた鬼神に見えた。
 罪を償わせる為に彼らを地獄へ連行する鬼に見えていた。
 戦慄を覚えていたのはカンナも同じ。
 時々、大神が敵に対して見せる激しさ。全ての敵を殲滅する烈火の怒り。熊作の怒気は、それと等質のものだ。
 この人達は、決して穏やかで人が好いばかりではない。
 全ての「敵」を打ち滅ぼす、戦人の激しさを内に秘めているのだ。
 そしてその怒りは、ただ自分が大切に思う人達の為だけに解き放たれる――
 だが今は感動している場合ではなかった。
 自分が帝劇の女優であるということを抜きにしても、相手がどうしようもないチンピラであったとしても、このまま警察沙汰になればどう考えても熊作の方に分が悪い結果しか待っていない。

破っ!!

 空間を覆う怒気を押し戻す勢いでカンナは気合を放った。
 チンピラが一斉に尻餅をつく。
 重く圧し掛かってくる「気」の圧力は依然として辺りを覆っているが、男達の呪縛は解けていた。

「オメエら、とっとと消え失せろっ! 早く行けぇ!!」

 腰を抜かしたまま、無様に地面を這って我先に逃げ出すチンピラ達。血まみれで倒れる仲間には見向きもしない。人喰い虎に襲われてもこれほど見苦しくはなるまいと思われる醜態だった。
 始まりと同じく、唐突に怒気は収まった。
 たった今までの激しい怒りが嘘のように、熊作は穏やかで大らかな雰囲気を取り戻していた。
 だが、それは確かに起こった事だ。
 血まみれで倒れた四つの人体がその事を証明している。

「おい、親父さんっ!
 あたいたちもさっさとずらかろうぜ!」
「それもそうだな」

 罪悪感の欠片もなくすたすたとその場を立ち去る熊作の価値観は、やはりどこか普通ではなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 陸軍・練馬駐屯所で行われている会議は、何回か中断を挟んで、既に延べ3時間を経過していた。
 陸軍の施設内で行われている陸軍の会議だが、出席者には海軍の関係者――しかもかなり位の高い――も少なからず見られた。中でも一際強い存在感を主張しているのは前海軍大臣・山口大将だ。
 これだけでもかなり異例な事だが、制服組の会議であるにも関わらず、この場には複数の著名政治家――もちろん、花小路の顔もある――に、軍と関係が深い企業の代表者も複数名――神崎男爵がその代表だろう――参加していた。
 議題はもちろん、従機兵の採用についてだ。
 議論は意外にも、賛成派、反対派で大きく割れていた。
 今日の実験で、従機兵は予想を上回る運動性能を示した。
 だが、その試験官を務めた大神の光武・改があまりにも鮮やかに従機兵を撃破してしまった所為で、その実用性について疑問視する意見も示されたのである。
 開発責任者の岩井少佐は膨大なデータを持ち出して盛んに従機兵の性能と有用性を強調する。
 それに対して、反対派の先頭に立ったのは予想通り陸軍技術本部の人間だ。それをオブザーバーとして出席していた海軍の制服組が支持した。意外な事に、従機兵配備によって兵員削減が予想される陸軍の制服組は導入に対し賛成に回った。
 政界と財界の対応はハッキリしていて、神崎財閥と友好関係にある政治家、財界人は反対派、神崎財閥と敵対関係にある者は賛成派。
 背広組、つまり軍政官僚達は今のところ中立の姿勢を示している。
 そもそも、従機兵の導入は強引な根回しの結果、少なくとも公式発表までは既定事項であり(つまり、実際に配備するかどうかは別…という事)、今日の会議は形式的なものだったはずなのである。従機兵導入により人型蒸気の受注が減少するであろう企業側も、具体的な配備計画は白紙、という玉虫色の決着方法でとりあえず沈黙を守るはずだったのだ。
 それがこのようにこじれてしまった理由は、ひとえに大神の卓越し過ぎた操縦技術と彼に操られた霊子甲冑の高過ぎる戦闘力にあった。
 海軍にも蒸気隊が存在するとはいえ、人型蒸気はあくまで陸戦兵器である。当然、陸軍の方が多くの機体、多くのパイロットを抱えているし、運用事例を見る機会も多い。
 だから、良く分かるのである。
 あの白銀の機体と同じ事が出来る機体など、少なくとも人型蒸気に限って言えば、世界中どこにも存在しないのだと。あんな真似が出来るパイロットは、おそらく世界に唯一人だと。
 従機兵の機動性に対抗できる機体は彼らの知る限りほとんど無い事も。
 一方、海軍の士官達は光武・改のパイロットが海軍中尉である事を知っていた。普通、身内に対する採点は甘くなるものだが、同時に、身内の天才を正当に評価する事もなかなか難しいものだ。彼らにとって従機兵は、自分達の下位士官によって苦もなく撃破された兵器、という事になる。
 また、彼らはクーデター騒動で一時的な機能麻痺に陥った陸軍に代わり、対降魔兵器戦闘に出動した海軍蒸気隊が、何の戦果も上げられないまま無念の敗退を喫した苦い記憶を抱えていた。この場に呼ばれた海軍士官は、いずれも海軍の人型蒸気運用に深く関わっている者達ばかりだったのだ。
 彼らには、一海軍中尉が操縦する特殊人型蒸気(霊子甲冑に対する一般的な認識は、あくまで「特殊な人型蒸気」である)に手も足も出せなかった従機兵が、海軍蒸気隊が手も足も出なかった降魔兵器に対抗し得る兵力になるとは、正直なところ信じられなかったのである。
 そこに便乗して、出来るものなら従機兵計画そのものを葬り去りたい既存の人型蒸気製造企業と、これまで人型蒸気の納入実績がなく今回の新型無人機導入を大きなビジネスチャンスと捉えている企業の間で、露骨な対立が表面化した、という訳だ。
 何度目かの休憩の後、今日の実験の一方の主催者でありながらこれまで沈黙を保っていた柳生大佐が、膠着した事態を打開する提案を出した。

「皆さん、ここは一つ、従機兵と実際に戦闘を行った大神中尉の意見を聞いてみてはどうでしょうか」

 こうして、米田が会議室から出てくるのを待っていた大神に、お呼びの声が掛かったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「大神中尉、貴官の率直な意見を聞きたい」
「ハッ」

 一座を代表して質問に立つ柳生大佐に対し、大神はそれほど緊張した色もなく海軍式の敬礼で応えた。
 周りは錚々たる顔ばかりだ。
 だが、この一ヶ月で貴人の対応には慣れてしまっていた。
 なんと言っても今の彼は、この国で二番目に位の高い人物の側近となりつつあるのだから。

「君の目から見て、従機兵は魔性機動兵器(ませいきどうへいき)に対する戦力となりうるだろうか」

 陸軍では魔操機兵や降魔兵器を一括して「魔性機動兵器」と呼んでいた。
 ちなみに海軍の呼称は「妖力機動兵器」である。
 つまらないことだが、こんな所にも両軍の縄張り意識は表れていた。
 流石に「霊子兵器」「霊子機動兵器」の呼称は統一されていたが。

「汎用機に対しては十分に対抗し得る性能を備えていると思われます」
「指揮官機に対しては力不足ということかね」
「ハッ、残念ながら。
 ただ、魔操機兵の指揮官機の高性能は搭乗者の特殊能力に依存している部分が大きいと考えられますので、性能差を埋める大量投入が可能であれば、搭乗者を疲弊させ撃破するという運用方法も可能でしょう」

 軽いどよめきが起こる。
 一座の人間は、大神が従機兵に好意的な見解を示すとは予想していなかったのである。
 彼らは知らない。
 この場では、米田中将、花小路伯爵、山口大将、この三人を除いて。
 神崎男爵すら知らなかった。
 大神が、心の底では、帝国華撃団の解散を願っているのだという事を。
 うら若き女性の部隊を率いて戦う事に、ずっと苦痛を感じていたのだと。

「ふむ」

 だが、表面的には、自分が隊長を務めていた、そしてもしまた魔の襲撃があれば再び隊長を務めるであろう、彼の秘められた名声の源である帝国華撃団の存在意義を揺るがす、少なくとも存在価値を低下させる従機兵を積極的に評価した発言は、彼の中立的で公正な態度を示すものと映った。

「岩井少佐、大神中尉が指摘したような大量配備は可能か」
「もちろんです。
 霊子甲冑に対する従機兵の最大の相違は大量生産が可能であるという点にあります。
 何より、パイロットの特殊能力に依存する必要がありませんので、いくらでも配備が可能です」
「予算の許す限り、だろう?」

 柳生大佐の質問に、ここぞとばかり売込みを図る岩井少佐に対して、皮肉っぽい指摘を加えたのは反対派の政治家の一人だ。

「国家防衛の為です」

 だが、この技術屋はその程度のことで畏れ入ったりはしなかった。彼ら特戦研と京極の関係を知る者――つまり、この場の全員――にとっては白々しいと思わずにいられない台詞を平然と口にする。

「柳生大佐」
「何かね、中尉」

 ただでさえ長過ぎる会議に嫌気が差してきたところへ、岩井の厚顔な発言がとどめを刺しかけたところだった。自分から発言を求めた大神に、そこにいた全員が何故か緊張感を抱いた。
 それは、千両役者の登場が舞台を引き締めるのに似ていた。

「小官から質問させていただいてもよろしいでしょうか」
「遠慮はいらん。
 君は、魔性機動兵器との戦闘に、この中の誰よりも詳しい、対魔戦闘の専門家なのだからな」
「恐縮です。
 岩井少佐、小官がうかがいたいのは従機兵の制御に関する問題です」
「問題?」

 どこか小馬鹿にしたような口調。岩井にとっては、技術者でもない単なる腕自慢のパイロットが、自分の傑作を問題視するなど片腹痛いというところだろう。

「小官の見るところ、従機兵はバランサーに難があります。機体重量比極めて高い出力で、姿勢を強引に制御していますが、機体に掛かる慣性は人体の耐えうる限度を超えていると思われます。
 従機兵の技術は有人機体に応用できない、無人機に固有のもの、と考えますが」
「……確かに貴官の言う通りだが、それは認識の順序が逆転している。我々は無人兵器を前提として、出力を優先した設計を行った。
 バランサーの能力が不足して見えるのはあくまでその結果に過ぎない」

 先程より大きなどよめきが起こった。技術本部の某士官などは、ポカンと口を開けて大神を見ていた。

「そこで重要になってくるのが、無人兵器に共通の問題である制御の確保についてです。
 機械に忠誠心は存在しません。
 無人兵器は常に、当方の制御を離れて暴走する危険性、敵に制御を奪われて味方を攻撃する危険性を内包しています。
 制御の確保は無人兵器運用上の最重要課題です」

 海軍兵学校を主席で卒業。
 仏蘭西陸軍へ留学。それを、実態はどうあれ、半年弱で卒業。
 高官の中には、今更のように彼の経歴を思い出した者もいた。

「少佐、従機兵の制御機構について、概略で結構ですからご説明願えませんか」

 言葉を切った大神に、全員の視線が吸い寄せられていた。

「…裏切られる懸念が払拭できなければ、前線指揮官としては採用できないという事だな。当然の要求だ」
「岩井少佐、我々も興味がある。説明してくれたまえ」

 次々と挙がった賛同――あるいは追随の声。

「少佐」

 柳生からも説明を促され、再び立ち上がった岩井の顔からは逡巡の色が窺われた。

「制御の信頼性については我々も十分配慮した点でして、中尉の言うような危険はありません」
「だから、どのような配慮を行ったかを聞かせて欲しい、と言っているのだ」
「えー、それについては私共で新たに開発した人工頭脳と通信機の組込みにより…」
「貴官は我々を馬鹿にしているのかね?
 ここに集まっているのは多少なりと人型蒸気及び自律機動兵器についての知識を備えた者ばかりだ。そのような誤魔化しで納得すると思ったら大間違いだぞ」

 出席者の一人――学者出身の某企業顧問だった――に詰め寄られ、岩井少佐は覚悟を決めた表情になった。

「従機兵の頭脳部分には生体の脳組織を使用しています」

 この会議で一番大きなどよめきが起こった。
 それは控え目に言っても爆弾発言だった。

「どうか勘違いなさらぬように。
 生体といっても犬の脳組織です。我々が人体実験を行っているなどという噂は、無責任で悪意に満ちた、事実無根の中傷です。
 ところで、皆さんは我々の思考がどこで行われているか、ご存知でしょうか?」
「…大脳ではないのかね」
「単なる蛋白質の塊に過ぎない器官に、思考という玄妙な働きを担えるはずがありません。
 そもそも思考が大脳より生まれるのであれば意志や感情もまた物理的、化学的な反応の産物という事になります。それでは現代の霊子科学が確認した霊体の存在を説明できません。
 我々は霊子医学の権威、ホーエンハイム博士の秘密論文の中から、大脳と霊体の関係に関する記述を発見しました」

 霊子科学の研究者の中には、魔術の伝統を受け継ぎ守っている者も少なくない。この世界の根幹に関わる「真の知識」は資格のある者にのみ伝授されるべきであり、一般大衆に対しては隠されておかなければならないとするものだ。
 それ故、霊子科学の世界では数多くの優れた研究成果がごく一握りの人間によって秘匿されていると噂されている。それらが相互に交流を持たない為、本来なされるべき進歩が阻害されているとの批判も多い。

「ホーエンハイム博士によれば、脳は一種の通信機であり、脳細胞はアンテナです。
 霊体より送られてくる信号を電気信号に変換して肉体に指令を出し、五感を通して脳に集められる電気信号を霊子波に変換して霊体に送る、それが脳組織の機能です。
 そして脳組織が複雑に発達すればする程、霊体とより多くの情報を授受する事が可能となります」

 最初は渋々であった口調が、徐々に熱を帯びた講義調のものに変わっていた。
 狂科学者(マッドサイエンティスト)……多くの同席者がその言葉を思い浮かべていた。

「脳細胞は霊体から送られてくる信号に適応し変化します。ある種の信号、つまりある種の情報、思考を繰り返し受信すれば、脳組織は霊体が能動的に信号を送信しなくても、霊体の、その特定種類の活動に同調するようになります。無意識の行動、と呼ばれるものはこうして形成されます。
 従機兵の霊体人工頭脳と生体通信装置はこの原理を利用したものです。まず大型霊子演算機と霊子核機関で擬似霊体を形成します。大型霊子演算機の演算結果はこの擬似霊体に即時転写されます。
 次に、軍事用に知能を強化した軍用犬の脳組織を、生存本能を刺激することにより更に活性化させた後、頭蓋より摘出した上で特殊な生化学的措置を加え、生体としての機能を保ったまま保存処理を行います。
 大型演算機に機体制御信号を発生させ、これと同調している擬似霊体の霊子放射に、この脳組織を組み込んだ小型霊子演算機を一定時間被曝させる事により、擬似霊体に対する通信回路を形成させます。その結果、小型霊子演算機は擬似霊体を介して大型演算機の制御信号を機体に伝える中継機となります。
 擬似霊体と小型演算機の通信は生体の思考と同じ原理で行われます。つまり、大型演算機の演算結果を自分の思考判断として行動に反映させることが可能です。
 また、小型演算機は一つの擬似霊体に同調するよう調整されていますから、他者がその『思考』に割り込むのは、人間が他人の思考に割り込むのと同じくらい困難です。
 擬似霊体は物質次元に存在するものではありません。それ故、物理的な距離は本来、擬似霊体を通した大型演算機と小型演算機の交信の障害になりません。事実、我々の実験では半径10キロの範囲内で、支障なく交信が行われる事を確認しました。
 この処理は一つの大型演算機に対して複数の小型演算機に施す事が可能です。その結果、一つの演算機によって多数の機体を制御する事が可能となります。制御個体数は大型演算機の性能次第で、理論上の上限はありません。
 このように従機兵は、中央頭脳の役割を果たす大型演算機で複数の機体が一括して制御されるシステムになっています。大型演算機の並列情報処理により、表面上は一体一体が独立した意志を有するように見えますが、実際には大型演算機の制御を離れた行動は取れません。また、人間が個別に指示を与え続ける必要もありません。操縦者は中央頭脳に対し指示を与えるだけで、中央頭脳が全機体のとるべき行動を計算し制御します。
 従機兵は一つ一つが独立した個体でありながら、複数の機体がいわば一つの頭脳の手足となって機能するのです」

 途方も無い話だった。
 確かに、自己陶酔に耽るだけの価値がある発明だった。
 彼の説明通りであり、彼の説明が全てであったのならば。

「…中央頭脳はどうやって個々の機体を見分けるのかね?」
「通信回路を形成する際、擬似霊体に固有信号を発生させることで各生体通信回路を差別化します。電話番号をつけるようなもの、とご理解ください」
「…他人の思考に干渉する能力を持つ魔術師も少なくないのではないか?」
「それは有人兵器にも言える事。無人兵器に固有の問題ではありません。
 むしろ、人工的に作られた霊体を頭脳とする従機兵の方が思考を奪われる危険性は低いと考えます」
「…知能を強化させた軍用犬が原材料ということだが、それで大量生産が可能なのかね?」
「知能強化は母胎内で生化学的措置を行います。材料としては生まれたばかりの子犬で構わないのです」
「…生存本能を刺激して脳細胞を活性化する、との事ですが、それは蠱毒の邪法ではないのですか?」
「生命の危機に直面して脳細胞が活性化するのは医学的な事実です。邪法など関係ありません」

 次々と提示される質問にも淀みなく――得意げに答える。
 今や、岩井少佐が主役の座を勝ち取ったかに見えた。

「少佐、擬似霊体の材料は何か、お教えいただけませんか」
「…それは機密だ」

 ところが、それほど厳しい追及とも思えない大神の質問に、何故か口篭もり、歯切れの悪い決り文句に逃げてしまう。彼の手にしかけた勝利は急速に色褪せていった。

「受信側に生体組織が必要ならば、送信側にも生体組織が必要なのではありませんか?」
「中尉、何が言いたい」
「自然界において、霊力は生命活動に伴うものであり、霊体は生命体に生じるものです。
 機械だけで霊体を作り出せるとは思えません。受信側に生物の一部を使用しなければならないのも、同じ理由ではないでしょうか。
 そして、複数の機体を同時に制御するだけの情報量に対応できる高度な霊体の形成には、軍用犬よりもっと知能の高い生物の脳組織が必要となるのではないかと…」
「ぶ、無礼な!!君は我々が人体を使用していると言いたいのか!!」

 机を叩き、顔を真っ赤にして、大神の台詞を遮り、大声で喚く。
 激昂、あるいは狼狽。

「岩井少佐、落ち着きたまえ」

 過剰とも思われる反応を示した岩井少佐を、柳生大佐が宥めにかかる。

「大神中尉は犬よりも知能の高い生物、と言ったのだ。何も人間を使ったなどと言ってはおらん。例えば、猿も該当する。
 中尉、君もだ。憶測で発言するのは感心しないな。
 岩井少佐としても、手の内を全て曝け出したくは無いだろう。彼にも彼の立場というものがある。この場にはライバルも大勢同席しているのだ」
「ハッ」

 大神としてもここで事を荒立てるつもりは無かったので、ひとまず、大人しく引き下がった。

「中尉、君が色々と神経質になるのも分かるが、今日の試験を見る限り従機兵は合格点を与えられる性能を示したと思う。
 この点は君も賛成してくれた。
 米田中将、花小路伯爵、如何でしょうか? 本来、兵器は安価で、飛び抜けた性能は持たなくても必要な水準を具え、かつ大量に配備できる物を採用するのが原則です。
 その点、従機兵は必要条件を満たしていると思われますが」
「……まあ、今日のところは、な」

 柳生の台詞は専門家としての正論だったので、米田としても頷く以外に無い。

「皆様も如何でしょうか?
 従機兵は採用を仮決定する。
 大神中尉が指摘した部分については、他の詳細な仕様も併せて参謀本部と軍令部に機密文書として提出させる、という事では。
 そこで専門家が検討して不都合な点があれば、配備を取り止めればすむだけの事だと考えます」
「……あくまでも、仮決定ということだな」
「導入が正式に決定した後、量産の為の予算措置が図られるということならば異存は無い」

 反対派、賛成派からそれぞれに声があがる。
 この場で最後に成功を収めたのは、どうやら、柳生大佐という事になったようである。

 今日のところは。

 外に出れば、山並みに隠れようとしている夕日が見えたはずだ。
 目まぐるしい一日が、まさに終わろうとしていた。

 

続く

inserted by FC2 system