帝都 騒然 ! ――心優しき反逆者の一族――
〜〜 第13話 〜〜
大神たちが異変に気づいたのは、従機兵を全滅させた直後だった。
さくらが桜花爛漫を放ってから、従機兵を全滅させるまでに要した時間は、僅か五分。
敵の一斉攻撃を誘って反撃を行う、一種の反転迎撃戦術、ある意味で「肉を切らせて骨を絶つ」戦法だった為、光武・改もまったく無傷という訳には行かなかったが、いずれも装甲の表面に留まる軽傷で短時間に敵を全滅させたのだから作戦は大成功だったといえる。帝撃・花組の高い戦闘技術とそれを指揮する大神の卓越した戦術能力を証明するものでもある。
しかしそれは同時に、戦闘の激しさも物語っている。機甲兵器同士の戦闘のタイムスパンから見れば、五分という戦闘時間は一瞬に等しい。それだけ凝縮されたエネルギーが――霊力と妖力が――ぶつかり合ったという事になる。
今まではそのエネルギーの嵐に遮られて、「それ」が発する妖気に気づく術がなかったのだ。
「それ」は将機兵、と呼ばれた物だった。
さくらの桜花爛漫によって装甲が破損し、作戦行動能力を失った、と思われた機体だった。
破邪の血統に伝わる破邪剣征の技は攻撃対象を選別する。
技を放った者が攻撃対象として意識したものだけを攻撃し、それ以外のものは透過する。
選別の対象となるものは形ある物体、存在だけでなく、妖気や魔力といった形のないエネルギーも対象となる。
さくらはまだその境地に至っていないが、破邪剣征の真髄を極めた者は妖気に毒された人間の、体内に溜まった妖気だけを狙い撃ちし、霊障を癒す事も可能だと言われている。百人単位で妖気のみを浄化することも可能だと言う。
さくらが霊子甲冑を通じて揮う技は「魔の性質を帯びたもの」を攻撃するように設定されている。
霊子甲冑によって機械的に設定されているのでは、勿論、ない。
彼女自身が、そうなるように、自分を鍛え上げているのだ。
霊子甲冑を通じて技を放つ時は、特に意識しなくても「魔の性質を帯びたもの」を攻撃するように。
将機兵の装甲が破壊されたのは、その機体が魔に侵食されていたからだ。シルスウス鋼の装甲自体は魔の影響に抗する素材だが、その下の緩衝材や計器回路は通常の金属でしかない。桜花爛漫によって魔の属性を帯びた下層構造を破壊され、表面の装甲も分解したのだ。
ただ、シルスウス鋼の遮断効果は妖力だけでなく霊力にも及ぶ。有人機体である将機兵の操縦席を守る装甲は従機兵のものより遥かに厚い(単純に機体の大きさの違いもある)。
さくらの一撃も将機兵を完全破壊するには至らなかった。彼女は逆に、その事に小さく胸を撫で下ろしていた。
彼女も剣士としての覚悟を父と祖母から叩き込まれているとはいえ、若い女性である。人間を相手として剣を振り下ろす事に、躊躇いを残している。
だから、将機兵の操縦席が半壊状態ながらも健在であった事に安堵を感じると共に、無人機であり魔である降魔=従機兵との戦いに専念できたのだ。
一瞬視界に捉えた操縦席の中は、確かに人間が乗っていた。
それはさくらだけの思い込みではなかった。
今見えている「もの」を認識した隊員がいたなら、「それ」を放置したはずはない。
装甲が飛び散った痕の穴が増殖する青黒い組織で塞がって行く。
それ自体がおぞましく戦慄を誘う光景だが、真にショックを与えたのはその奥に――操縦席に見えた「もの」だった。
青黒い肌は将機兵の破損した穴を塞ぎつつある組織と同じ色だ。人の形を保ちながら、人ではないもの、人ではありえない妖気。彼女たちは三年前に同じものを見ていた。
これは、上級降魔だ。
五分前までは、魔の影響はあるにせよ、まだ人間だった。
僅か五分で、人間が不完全ながらも上級降魔に変化する。
二度とあってはならない事だった。
「うっ…」
「狼虎滅却!」
誰かが叫びだそうとした。だが感情の暴発は、大神の雄叫びによって掻き消された。
感情ではなく、意志。暴発ではなく、爆発。
「天狼転化!!」
大神の光武・改は将機兵との間合いを一瞬で詰めていた。瞬間移動した訳でも空を飛んだ訳でもなく、大地を蹴って。全身に纏った光の粒子が線を引いて見えた。それは白銀に輝く狼の尾のように見えた。
光武・改の双刀は魔の体組織を斬り捨て、操縦席を貫き、その向こうにある霊子核機関まで斬り裂いていた。
全て、一瞬の内に。
魔と融合した将機兵が光に包まれた。白銀の烈光が魔に侵された機体を呑み込み――光が消えた跡には、単なる金属の塊、機械の残骸が残っていた。
「ヴァッジョ・ローズ!!」
「ジークフリート!!」
将機兵は合計三機。変容を遂げた機体を一瞬の内に葬り去った大神の機体を両腕に装備した大口径砲で狙撃しようとした機体に、織姫の、レニの必殺攻撃が炸裂する。
二人は三年前の、人が上級降魔に変じた光景を見ていない。それだけに、今見た、人が魔に変じて行く姿の衝撃から逸早く立ち直り、大神に攻撃を加えようとした機体を冷静に敵と判断して的確な攻撃を加える事が出来たのだ。
ミカサ公園を騒がせた特戦研の機動兵器は、ここに、全て、破壊された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大型の装甲飛行船――その名前が翔鯨丸であることを彼らは知っていた――に霊子甲冑が収容されていくのを見下ろしながら、彼女はやや得意気に話し掛けた。
「ほら、やっぱり助太刀なんて必要なかったじゃありませんか」
「まあ…第一幕はこんなもんじゃろ。次が本番じゃよ」
話し掛けたのは美鶴、応えたのは虎太郎。
修蔵は顔を背けて笑いを噛み殺していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……中尉……」
「……隊長、あれは……」
翔鯨丸の艦橋に戻ってきても、彼女たちの顔にいつもの晴れやかさは無かった。
太正十二年から帝劇にいる六人は。
「確実ではないが、推測は出来る。
本部に戻ってから話すつもりだったんだが…」
レニと織姫はすっかり冷静さを取り戻していたが、この二人も事情を知りたい気持ちに違いは無いようだった。
このままでは彼女たちの神経がもたない。ショックな内容であることに違いは無いが、自分の仮説を話してやった方が良いと大神は判断した。
「原因は霊子核機関だろう」
大神はまず、結論から切り出した。
「霊子核機関には二種類ある。霊子核反応型と霊子力抽出型だ。
この二つの違いは紅蘭の方が詳しいと思うが…」
「…一口に『霊子核機関』言うても、反応型と抽出型は外部の霊子力を取り入れてエネルギーに換える点以外は全く別物や。
ミカサに使われているのが反応型。霊子を加速してぶつけ合い、霊子の核が分裂する時に発生するエネルギーを取り出す動力機関や。
それに対して、天武に使われとったんが抽出型。『都市エネルギー』って呼ばれとる生き物の『念』から生まれた霊子エネルギーから、『念』を濾過してエネルギーだけを取り出す、言わば転換装置や」
「そうだな。
そして、将機兵、従機兵に使われていたのは抽出型の霊子核機関だ。
抽出型は『念』から生まれた『都市エネルギー』を利用する。だから常に、『念』の影響を受ける危険性を孕んでいる。特に、『怨念』を濾過しきれなかった場合は、『怨念』に支配され、その器とされてしまう危険がある。
天武が暴走しかけた時の事を覚えているだろう?
天武は霊子機関という安全装置を備えていた。パイロットの霊力が霊子機関を通じて悪しき念に対する防壁を作り出し、仮に念の濾過装置が上手く働かなくても悪念が機体の内部へ進入するのを防ぐはずだった。
だが実際には、膨大な都市エネルギーに曝されて天武の濾過装置は限界を超え、安全装置の防壁すら完全に防ぎ切れず『念』の進入を許してしまった。
霊子甲冑・天武ですら、だ。
霊子機関を持たず、パイロットに霊的な抵抗力も無い将機兵が大量の『怨念』に曝されれては……」
大神は最後まで言わなかった(言えなかった?)が、その必要もなかった。
彼の言わんとする事は、全員が理解していた。
「…俺の考えが正しければ、従機兵と将機兵は、新たな降魔を生み出す苗床になる可能性が高い。
四百年前の、降魔実験と同じように。
過去の愚行を繰り返してはならない!」
「隊長!」
「やろうぜ、隊長!
これは、あたいたちの戦いだ。
大切な人を失う悲しみを、繰り返しちゃいけねえよ!」
「お馬鹿さんたちの所為で、わたくしたちのやってきた事が無駄になるなんて我慢できませんものね」
彼女たちの表情が変化していた。
過去に怯える目ではなく、現在に立ち向かう眼差しに変わっていた。
「…あなたたちの気持ちはよく分かるわ。でも、相手はれっきとした帝国軍の一組織よ。叛逆の意志を明らかにしていた京極一派とは訳が違うわ」
「じゃあ、かえでさんはあいつらを、このまま放っとくってのかよ!」
慌てて制止に入るかえでに、カンナが食って掛かる。
「カンナ!」
「っ!……ごめん…」
マリアの短い叱責。
具体的な事は何も言わない。
だが、それだけでカンナも悟った。
ミカサ公園で繰り広げられた一幕に、かえでが平気でいられるはずは無いという事を。
「ひとまず本部へ戻りましょう。全ては長官に相談してからです。
また、加山たちが裏づけとなるサンプルを手に入れてくれるかもしれません。
ですが、軍や政府がどのような決定をしようと、俺は断じて、このままで済ませるつもりはありません」
「大神くん……」
予想外に強い大神の口調に戸惑いを見せるかえで。
だが、戸惑いの内にも、共感と感謝が垣間見えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
叛逆の意思あり、とも取れる発言までした大神だったが、彼の覚悟は結果的に空回り、あるいは杞憂だった。
彼の予想を上回るスピードで根回しは進んでいた。
銀座本部に戻った彼は、すぐに陸軍省へ呼び出された。
そこには陸軍制服組の首脳部と米田、山口、花小路、そして柳生大佐の姿もあった。
説明を求められた大神は、翔鯨丸で彼女たちに語った仮説をここでも繰り返した(天武の事は適当に言葉を濁して)。
決定は即、下された。
従機兵計画の破棄と責任者の処分、特戦研の解体。
以上の措置を最も強硬に主張したのは柳生大佐だった。
従機兵計画を最終的に支持したことで、自分にも処罰が及ぶかもしれないにも関らずである。
憲兵隊の出動と、万一に備えて人型蒸気を含む歩兵一中隊が同行が陸軍大臣に申請され、その場で命令が下された。
太正維新から一年を経て、帝都は再び軍靴の音を聞く事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帝国華撃団銀座本部、大帝国劇場の地下で待機していた大神と米田の元へ芳しくない知らせが届いた。実を言えば、ある程度予想していた凶報ではあった。
特戦研の研究所へ向かった憲兵隊と歩兵中隊が任務に失敗したというのである。
特戦研に撃退された、もっと正確に言うならば手も足も出なかったらしい。
「それで大佐、出動した中隊と憲兵隊の被害は?」
「幸いな事に死者は出ていない。彼らにも躊躇いがあるのだろう」
「殺す必要も無かった、て事じゃねえのか?」
「…残念ながら、仰られる通りかもしれません」
悔しさを隠し切れない柳生に気づかれぬよう、米田と大神はこっそり目配せを交わした。
霊子兵器と通常兵器の格差は大きい。特に、霊子防御壁は通常兵器の攻撃をほぼ無力化する。
単なる人型蒸気や通常の小銃では、特戦研の開発した従機兵を破壊できない。
それは、分かっていた事だ。
「…現在彼らは研究施設の門を封鎖し、篭城の構えを見せております」
「そんなもん、兵糧攻めにすりゃいいんじゃねえか?せいぜい200メートル四方の敷地の中で食い物の需給は出来んだろ?」
「閣下……事態が長期化すれば、軍の威信に関ります」
苦々しく呟く柳生を米田は白けた目で見ていた。
無論、彼としてはその程度の事を弁えた上でからかってみたのである。
同時に、皮肉でもあった。一研究機関に憲兵隊が追い返された時点で既に、軍の面目は丸潰れだ。
「特戦研が従機兵を用いて破壊活動に転じる可能性はありませんか」
「無いとは、言い切れない。それに、先ほど判明した事だが…」
大神の質問に完全な仏頂面で答え、柳生大佐は更に歯切れ悪く言い澱んだ。
「隠している事があるんだったら、全部吐いちまいな。もう格好をつけていられる状況じゃねえぜ」
身も蓋も無い言い方だが、それでどうやら覚悟を決めたようだ。
柳生は悲壮な顔つきになって、とんでもない事を言い出した。
「特戦研の地下には、巨大な霊子核機関が設置されています。かつて星竜計画で廃棄された物と同型の、中尉の表現を借りるなら抽出型の機関です。
この霊子核機関が爆発したら、帝都の四分の一が壊滅します」
米田も、大神も、暫くその言葉の意味を咀嚼するような表情になっていた。
彼らの知性を以ってしても、すぐには受け入れられない、そんな突拍子も無い事実だった。
「…何でそんなもんがあるんだ!!」
「…京極が密かに作らせていたようです。おそらく、降魔兵器にエネルギーを供給するためのものだったのではないでしょうか。
従機兵計画が実現までこぎつけたのも、この霊子核機関を利用してのものだったようです」
「つまり、従機兵の制御機構は、その霊子核機関で動いているということですか」
「中尉、技術本部の専門家も君と同じ意見だ。
つまり、事態を収拾する為には従機兵及び将機兵を全て破壊するか、その霊子核機関を停止させる必要がある。そして追い詰められた特戦研が自暴自棄になる可能性を考えると、霊子核機関の停止を優先しなければならない」
「空から爆撃するってのはどうだ?」
「彼らがどの程度、安全に注意を払っていたかが分かりません。地上施設の破壊が、地下にある霊子核機関の暴走につながらないという保障はありません」
柳生が何を言いたいのか、米田にも大神にも既に分かってしまっていた。彼が一体何の用で銀座まで足を運んだのか。
米田は不機嫌を丸出しにした顔で、大神は怒りを抑える為に表情を消して、黙り込んでいた。彼らが何を望まれているか分かっていても、それは断じて彼らの方から口に出来る事ではなかった。
一方、柳生としても、自分からは言えない事だった。彼の言葉を借りるなら、軍の威信が完全に潰れてしまう内容だからだ。
沈黙を破ったのは三人とも黙り込んでしまった支配人室の扉を叩く音だった。
「長官」
「かえでくんか、開いている」
「失礼します」
「どうだ、光武・改の具合は?」
かえでは翔鯨丸を含めて、再出撃の準備状況を監督していたのだった。いつもと大神とかえでの役割が逆だが、今日は大神が陸軍省に呼ばれた為こういう分担になったのである。
「はい、いつでも再出撃可能です」
「そうか」
かえではおやっ?という表情を浮かべた。損害が軽微であり修理が完了した、それ自体は良い知らせのはずなのに、米田がそれを歓迎していないように見えたからだ。
だがいつまでもその事をあれこれ考えている訳にはいかなかった。もっと重大な知らせがあったからだ。
「それよりも長官、悪い知らせです」
「またか?」
「はっ…? あの…」
「あ?、ああ、すまねえ。それで、悪い知らせってぇのは何だ?」
「はい…それが、市ヶ谷を中心にして地脈の乱れが観測され、刻一刻と増大しています」
「地脈の乱れだと!?」
「はい。夢組によれば、六破星降魔陣発動の時に似ている、と…」
「地脈の乱れは市ヶ谷を中心に起こっているんだな?」
「そうです、長官。これは……」
「考えるまでもねえ。特戦研の霊子核機関の所為だ。
京極の野郎め、とんでもねえ置き土産を遺して逝きやがって……
柳生っ」
「はっ、何でしょうか、閣下」
「特戦研の図面を寄越しな! どうせあいつらに行かせるつもりで来たんだろうが!」
「引き受けて…頂けますか?」
「しょうがねえだろう! 六破星降魔陣が再現されるとあっちゃ、是も非もねえぜ!
全く……単なる売込みのはずが、とんでもねえ騒ぎになりやがった。
大神ぃ! 花組、出動だ!」
「了解しました」
米田の表情には自棄が混じっていた。
そして敬礼で答えた大神の顔には何の表情も映っていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
作戦指令室に集合した花組の前で、米田はさっきより更に渋い顔をしていた。
その隣にはいつも通り副司令のかえでと、いつもと違い月組隊長の加山が控えている。
そしていつも通り、作戦卓を挟んで正面に大神。彼もまた、いつになく難しい顔をしている。
「…じゃあ、光武・改で地下に侵入するのは無理って事か?」
「はい……柳生大佐のお持ちになった情報を詳細に検討してみましたが、通路の幅はともかく高さが足りません」
「先日潜入した際も、同じ印象を受けました。特戦研の施設は所々故意に天井の高さを抑えているような印象があります」
前者はかえで、後者は加山。いずれも、霊子甲冑で特戦研地下に侵入する事は難しい、という点で一致している。
「床に穴を開けて突っ込む事は出来ませんか?」
「無理だ、大神。下手をすれば上が崩れ落ちて霊子演算機も霊子核機関も瓦礫に埋もれてしまう可能性がある」
「天井の高さ2メートル…曲がり角もある、そもそも下に降りるエレベーターに光武・改が収まるかどうかもわからねえ。どっかに資材搬入用のエレベーターがあるはずだが、当然閉鎖されているだろう…
畜生め、つまり、生身で行くしかないって事か!?」
頭を掻き毟る米田。彼が苛立つのも無理はない。霊子甲冑を使えなければ、対降魔部隊に逆戻りだ。
「長官、我々が行きます。この任務は、我々月組にお任せ下さい」
加山が名乗り出たのも、米田の心中を慮っての事であり、また、花組の女性達にそのような危険を冒させる訳には行かないという事だろう。
それは、合理的な判断に思われたが……
「しかし、特戦研は霊子障壁の技術を持っている。おそらく、霊子核機関と霊子演算機は強力な霊子障壁に守られているだろう。もしかしたら従機兵の護衛もついているかもしれない。この図面で見る限り、制御室はそれだけの広さがある。
お前の霊力(ちから)でも、突破は難しいぞ」
「……二剣二刀の儀を使うしかないようね」
「……畜生め……」
冷静に告げられたかえでの言葉は、確かに正しかった。
だが、米田としては、言いたくなかった台詞で、言って欲しくなかった内容だった。
もしかしたらかえでも、自分以外にそれを言える人間がいないので、敢えて口にしたのかもしれない。
「……大神」
「…確かに、それ以外ないようですね。
さくらくん?」
今、二剣二刀の儀を可能とするのは大神と、そしてさくらのみ。
生身で敵陣深く侵入するような危険な作戦を愛する女性に命じるのは、帝国華撃団花組隊長の責任感を以ってしても耐え難い決断のはずだ。
しかし、大神はその苦渋を、少なくとも表面上は見せなかった。
「はい」
そして頷いたさくらの顔にも、不安の色はなかった。
「…あたしは、いつでも大神さんを信じています。だから、光武・改が無くても、あたしは怖くありません」
大神さんと一緒なら。
口ではなく、さくらの瞳がそう語っていた。
大神は、その真っ直ぐな眼差しに、力強く頷いた。
「光武・改で特戦研の敷地内に突入、従機兵を引き付けると共にこれを破壊。
その隙に私とさくらくんが地下に侵入。二剣二刀の儀を以って、霊子演算機と霊子核機関を停止させる。
この作戦でよろしいですか?」
「ああ、それしかあるめいな」
「マリア、光武・改の指揮を頼む」
「お任せ下さい、隊長」
「大神、俺が中を案内しよう。俺たち月組がお前たちの護衛につく」
「ああ、頼んだぞ、加山」
作戦は決まった。
「……よし、大神、出撃だ!」
「帝国華撃団、出撃せよ!」
「了解!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
霧が渦巻いていた。
既に夜の帳が下りた帝都・市ヶ谷一帯は、薄い霧で覆われていた。
霧の中、一台の中型蒸気自動車が停まる。
その中から七つの人影が現れた。
刀、槍、ライフル。
一番華奢な一人を除いて、全員が武器を携えている。
穏やかならぬ集団だ。
ミカサ公園で発生した騒動はすぐに帝都市民の間にも伝えられ、特にこの一帯の住民は巻き添えを恐れて固く家に閉じこもっている。だから、彼らを目撃した者は一人もいなかったが、仮にこの光景を見ていた者がいたとしても、その者は自分の目の錯覚だと思ったに違いない。
柳を幽霊に見間違える類だと。
彼らの姿は、すぐに、霧に紛れて見えなくなったからだ。
夜のドライブにも支障が無い程度の、薄い霧だったにも関らず……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
特戦研(の研究所)の正門が轟音を上げて内側に倒れた。
土煙を越えて七体の巨人が姿を現す。
帝都を守護する霊子甲冑の勇姿だ。
「帝国華撃団・参上!!」
勇ましく名乗りを上げて研究所の敷地内に躍り込む真紅、紫、深青、茜、金色、緑、黒銀の光武・改。
翔鯨丸に乗って移動してきた彼女達は敷地内に直接降り立つことも可能だった。門を破って侵入したのは退路を確保する為だ。ここは敵陣なのだから。
そしてその予想通り、すぐに激しい攻撃に見舞われることになった。
「黙りなさーい!」
「邪魔や!」
機関砲を並べた自動迎撃装置は織姫と紅蘭の広域砲撃ですぐに沈黙した。もとより、霊子甲冑を通常兵器で止める事は出来ない。
「うおっ!?」
「相変わらず、ちょこまかとっ!」
彼女たちが警戒し、また実際の脅威となったのは、僅か200メートル四方の敷地内にひしめく従機兵の群れだった。
降魔と合体していない従機兵の霊的攻撃力は、ミカサ公園で戦った時よりむしろ低かった。身のこなしもぎこちない。
だが、攻撃の精度と何より相互の連携が大幅に上昇していた。
「くっ!」
「駄目だ、マリア。やはり回避される」
こんな時でも冷静さを失わないレニが指摘する通り、光武・改の攻撃は中々命中しない。そして従機兵は確実に霊子甲冑の装甲が薄い部分を狙って攻撃を仕掛けてくる。
「みんな、いったん集まって!」
「了解!」
アイリスを中心とした円陣を支持するマリア。アイリスの特殊能力を使って、全機体の受けた損傷を回復するが、次の手が見えてこない。
メンバーを欠く事が、さくらと、そして大神のいない事が大きな戦力低下につながる事を予想していない訳ではなかったが、それにしても従機兵の組織性がこれほど高いとは正直誤算だった。
「マリア、あたいが囮になる! あいつらがあたいの周りに集まった所を狙い撃ちしてくれ!」
「カンナ、馬鹿な事は止しなさい!」
「馬鹿とはご挨拶だな。
この中じゃ、あたいの機体が一番堅い。囮役には一番適していると思うぜ。
このままじゃ、やられる一方だ。いくらあいつらのしょっぱい攻撃でも、受け続けていればいつかはこっちが参っちまう」
「カンナ!」
「まあ、カンナさんの単純な頭ではその程度しか思いつかないでしょうね」
「何だと、すみれ!」
「仕方ありませんからわたくしもつきあって差し上げますわ。わたくしの光武・改も、みなさんの機体に比べれば防御力は高い方ですから」
「すみれ!?」
「マリア、敵に休む隙を与えては」
「…分かったわ。織姫、紅蘭、良いわね!?」
マリアが苦渋の決断を下し、遠距離砲撃用の機体を持つ織姫と紅蘭に指示を下す。カンナとすみれが飛び出し、レニがその背後を守るように続いた瞬間。
上空に、閃光が生じた。
強大な霊力が、爆発的に解放されるのを全員が感じ取った。
思わず足を止めた彼女たちは、思わぬ言葉を聞いた。
聞き慣れた、今聞くはずの無い雄叫び。
「狼虎滅却!」
その声は、雷光の中から聞こえた。
[続く]