帝都 騒然 ――心優しき反逆者の一族――

〜〜 第四話 〜〜


 人は何故、闇を恐れるのだろうか?

 知覚が視覚情報に偏っているという肉体構造上の制約の為?
 確かに、それが最も大きな理由だろう。
 だが何故、「見えない」ことが「恐ろしい」ことにつながるのだろうか?
 それはおそらく、人間が脆弱な生き物だからである。
 人間は弱い。
 万物の霊長などと思い上がってみたところで――あるいは、強がってみたところで――、大型肉食獣に相対すればひとたまりも無い。
 銃器を手にしたところで、多くの場合は、遠く離れた安全な場所から「暗殺」することが出来るのみ。
 虎やライオンを、相手の間合いの内側で撃ち殺せる者など、一握りの熟練者だけだ。
 多くの草食獣のように逃げ遂せる為の足も無く、一部の獣のように毒や臭気で身を守る事も出来ない。
 武器を持たなければ中型の獣にも及ばない。
 夜の闇の中では、体重が自分の十分の一に満たない猫にすら敵わない。
 種としての誕生から長い歳月、つい「最近」まで、人という種族にとって生き延びる為の手段は、いち早く敵を発見し、回避することだけだった。
 だから、視覚が役に立たなくなる闇を、人間は恐れた。

 人間にとって最大の武器、「知恵」は、肉体的な弱さを補う為に発達したと言って良いだろう。
 まず言語によって、危険についての知識を共有する術を手に入れた。
 危険回避の効率的な手段を工夫し、共有した。
 肉体の非力・脆弱性を補う為に道具を作り出した。
 肉体そのものの能力を飛躍的に向上させる知恵を生み出し、受け継いだ者達もいる。
 そして闇を克服する為に人工の光、「灯り」を作り出した。
 火を手に入れた事が、文明の出発点であると考えている人々は多い。
 火を恐れなかったこと――それを知的好奇心に由来付けたがる人も少なくない――が、人間を「万物の霊長」にしたのだと。
 だが、我々にとっても、火は恐ろしいものだ。
 火の扱いに「慣れた」現代人である我々も、火に対する恐怖を心の中から拭い取ってしまう事は出来ない。
 当然だ。火は危険なもので、恐怖は危険に対する正しい認識の結果なのだから。
 文明の庇護の下、危機に対して精神を鈍化させてしまった現代人にとってすら火は恐ろしいもの。
 命を脅かす「危機」がより身近で、危険に対して今よりもずっと敏感であったはずの太古の人々が、火を恐れなかったはずは無い。
 人が火を手にしたのは、もっと大きな恐怖、「闇」を(部分的にしろ)追い払う「力」を持っていたからではないだろうか?
 力、即ち「光」。
 暖をとるよりも、食料を加熱するよりも、まず光を得る為に、つまり「灯り」として、人という種族は「火」を手にとったのではないだろうか?
 文明の発展史は、光を強め、光を広める歴史でもあった。
 文明の発達によって、灯りは次第に明るさを増し、多くの人々の間に広がっていった。
 より多くの闇を駆逐していった。
 夜の闇を覆い尽くしてしまうかと、思われるほどに。
 その一つの形がここにある。
 帝都東京・銀座。
 ガスの灯り、蒸気の文明に照らし出された不夜の街。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 夜の無い街、と呼び習わされてはいても、人の作り出す光は、いまだ、大いなる陽の光には遠く及ばない。
 夜はなお、人々の頭上を覆い尽くしている。
 街の灯りが照らし出す「不夜城」は地上の、ほんの一部分。
 しかもその光は所々で途切れ、そこには夜よりも深い闇がわだかまっている様にも見える。
 だがそれでも、銀座の街が絶える事の無い文明の光で照らされているのもまた事実である。
 人工の光に浮かび上がる文明の果実。
 ここ、大帝国劇場も、そういう太正の文明を代表する建造物の一つである。
 地上を照らす人工の光から、天空の闇に向かってそびえる文化の殿堂、文明の城砦。
 否、ガスの光と夜の闇の中で見る大帝国劇場の印象を表現するなら、「神殿」が最も近いと思われる。
 闇を恐れ闇に異を唱えた、「人」が築き上げた神殿。
 だが今。
 闇を恐れ、それ故に光を祭ったはずの「人」の神殿から、敢えて、闇の中へと潜り込む人影があった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 時間は少し遡る。

 娯楽の殿堂、大帝国劇場。
 我々は既に周知の通り、ここの支配人の名を米田一基という。
 だがその事を知らず、彼の名刺を受取った人は、大抵、驚愕の余り絶句し、百面相を繰り広げ、奇妙な偶然もあるものだと一人で納得する、という傍目には滑稽な行為を繰り広げる。
 そして彼が「あの」米田一基本人だと分かった少数の人は、訝しげな表情を見せた後、恐る恐る何事か質問しようとして、結局口を噤んでしまう、それがほとんどの事例である。

 米田一基

 この名は、帝国の人々にとって、特別な意味を持っているからだ。

 陸軍中将・米田一基

 それは、英雄の名前だった。
 帝国の存亡が最も危うかった時代に、最も鮮烈な軍功をうち立てた名将の名前だった。
 名将、勇将、知将と称される人々は、多くも無いが決して少なくも無い。
 軍神、等と大袈裟な呼ばれ方をした軍人も実のところ一人や二人ではない。
 だが明司の時代を知る年代の大人達にとって、帝国軍随一の知将にして勇将、とは、米田一基のことだった。
 彼こそが、国難を救った英雄だった。
 例え、太正の御世に入ってからの、帝都を襲った恐るべき災禍との戦いの歴史を知らされていなくとも。
 その米田一基が、一劇場の支配人に甘んじている。
 それは、人々の理解を拒む事実だったのだ。
 理解を絶する、では無い。
 そんな事があるはずはない、と見た側、聞いた側の方で理解を拒否するのである。
 それも、無理のない事なのかもしれない。
 人々は、知らないのだから。
 大帝国劇場支配人・米田一基のもう一つの顔を。
 帝国を守り続けた英雄に相応しい務めを。
 そして今、大帝国劇場の地下、帝国華撃団の作戦指令室で腹心を前にした彼は、紛れも無くもう一人の彼、帝国華撃団総司令・米田一基陸軍中将だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 米田の前に立つ三人の腹心。
 帝都に押し寄せる魔手を退けた、文字通り「魔」の手から帝都を守り抜いた米田の最も信頼する三人の部下。
 帝国華撃団副司令・藤枝かえで。
 帝国華撃団月組隊長・加山雄一。
 元帝国華撃団花組隊長・大神一郎。
 これもまた我々には周知の事実だが、大神は現在、花組の隊長ではない。
 厳密に言うならば、彼は部外者である。
 しかし。
 彼らの間に、そのような「形式」は意味を持たない。
 彼がいなければ、帝国華撃団は成り立たない事を彼らは知っていた。
 彼だけではない。
 ここにいる誰か一人でも欠けてしまったなら、帝国華撃団はその機能を十全に発揮できなくなると誰もが弁えていた。
 ここにいる四人だけでなく、帝国華撃団に所属するものなら誰もが、皆。
 この四人が、帝国華撃団に所属しているのではない。
 この四人こそが、帝国華撃団の中枢なのである。
 この四人が一同に会したのは久し振りの事だった。
 大神が帰国してから、初めてと言っても良かった。(事実、帝国華撃団の任務に関連する話題で四人が集まったのは、大神の帰国後、これが初めてである。)
 呑んだくれの仮面を外した、米田。
 道化者の仮面を外した、加山。
 いつも柔和な笑みを浮かべている口元を引き締め、華やかな洋装を地味な軍服に着替えた、かえで。
 久々に肌で感じるこの雰囲気に、大神の表情も一段と引き締まったものになっていた。

「こんな時間にわざわざスマンな。特に、大神には泊り込みになっちまったが」
「いえ、お気遣いには及びません」
「うむ。気付いているかもしれんが、オメエに泊り込んでもらうのはご家族の事だけが理由じゃねえんだ。ちと、面倒臭え話が舞い込んできやがってな。
 面倒臭えだけならかえでくんに任しときゃいいんだろうが、どうにもきな臭い話なんで、こうして集まってもらった訳だ」
「長官、私だって面倒事はご免ですよ」

 正直過ぎる米田の物言いにかえでも流石に黙っていられず、苦笑混じりに反論を挿む。
 それがまた率直過ぎるくらい率直な内容で、張り詰めていた場の雰囲気がフッと和んだ。

「ハハハ、そりゃあそうだろうな……
 さて、本題だ。
 実は今日、陸軍の技術将校が帝撃向けの売込に来やがってな」
「テイゲキ向け?
 帝国華撃団向けの装備を陸軍技術本部が開発したと仰るのですか?」

 大神が意外を示したのも理由がないことではない。
 他ならぬ帝国華撃団、つまり大神たちがその威力を実証したことにより霊子兵器の開発には各国の軍部も一層の力を入れているところであり、帝国陸軍も当然、その為の研究部署を持っている。
 だが、帝国華撃団と比べれば、まだまだ霊子兵器についての技術蓄積で見劣りしていた。霊子甲冑、空中戦艦から周辺装備に至るまで、帝撃は神崎重工の協力の下、独自の技術開発を続けてきた。陸軍技術本部にも優秀な人材は集まっているが、こと霊子兵器に関する限り帝撃側に一日以上の長がある。
 それに、帝撃の霊子兵器は都市防衛を基本戦略としており、空間的に限定された戦場で、しかも「魔」に対して最も有効に作用する事に重点がおかれている。その意味で、空中戦艦・ミカサは帝国華撃団の装備としては異質なものだ。
 それに対して、軍の開発目的はあくまでも敵国軍に対する勝利、つまり人間同士の戦闘に主眼が置かれており、それこそミカサのような破壊力、制圧力に優れた兵器の開発に力が注がれているのである。
 目的が違えば出来上がる物も違う。陸軍が帝撃の役に立つような兵器を開発し、しかもその売込に来るというのは大神でなくとも違和感を感じる出来事なのである。
 しかし。
 米田の答は、否、だった。

「技術本部じゃねえ。今日、俺の所に押しかけて来たのは岩井技術少佐って奴だが、コイツの所属は陸軍参謀府の『特戦研』だ」
「陸軍参謀府・特殊戦略戦術兵器開発研究工部、ですか…?」

 どことなく嫌悪感を滲ませた表情で大神が確認の質問を口にする。

「そうだ。あの『特戦研』だ」

 同じく、好意的とは言えない口調で米田が答えた。
 彼らのこういう態度には、無論、訳がある。
 陸軍参謀府・特殊戦略戦術兵器研究工部。世界大戦後に発足したこの組織を作った人物の名は、陸軍中将に昇進したばかりの、京極慶吾。
 それだけでも米田達が非好意的になるには十分だが、それ以上に彼らが嫌悪感を抱く理由は、洩れ聞こえてくる噂にある。
 とにかく、勝利第一主義なのだ。
 勝利を追及すること、それ自体は罪悪でも異常でもない。軍の機関なら当たり前の研究態度だ。
 ただ、どんな事にも程度というものがある。
 あそこは「効率的な」勝利を重視するあまり、兵の命を軽視している、というのが特戦研に対する陰口交じりの評価だった。
 短時間で、大きな打撃を敵に与える戦術と兵器。
 その為ならば、多少の危険には目をつぶる。
 それどころか、味方がある程度巻き添えとなるのも計算の内。
 味方も巻き込む毒ガス、細菌兵器、大型爆弾。
 暴発しやすい大口径砲、特殊砲弾、火炎放射器。
 それが、特戦研にまつわる噂だった。
 無論、特戦研、及び参謀府の幹部はこの噂を否定している。
 当然だ。兵員の士気に関わる内容なのだから。
 ところが、かの太正維新騒動以来、この噂は半ば真実として語られるようになっていた。
 他人からはどうしても、あの京極慶吾が作った組織、という色眼鏡で見られてしまうからである。
 また、軍組織のご多分に漏れず、特戦研も極度に秘密主義だったから(組織の性格を考えれば当然ではあるのだが)、こうした噂を否定する根拠を示しえず、今では閉鎖も検討されている状態だった。

「特戦研と帝撃では戦略目的が噛み合わないと思うのですが」
「というのが、俺達の認識だった。軍部内でも、特戦研に対する見方は似たり寄ったりだろうな。
 ところが、特戦研の方ではそれじゃ困るって事になったらしい」
「どういう事ですか?」
「あそこの閉鎖が検討されているってのは知ってるか、大神?」
「噂は聞いております」
「まあ、色々悪い噂があった上に、創設者の京極があの不始末だ。
 それに、兵器の開発は金食い虫だからな。今まで目立った成果も上げていないとなれば、閉鎖・解体という話が出ても不思議じゃあるめい。
 本当に『成果』がなかったのかどうかは分からねえけどよ」

 四人の脳裏に一つの仮説が再現される。
 ――黒之巣会の魔操機兵を再現し、黒鬼会に提供したのは特戦研である――

「…それでだな、組織存亡の危機、お偉方に何らかの成果を大急ぎで見せなきゃならねえ、って事になった訳だな。
 で、そのデモンストレーションのネタに帝撃が選ばれたって寸法だろう」
「なるほど、納得できるお話です。
 ですが、そういう事情ならばお断りになられればよろしいのではありませんか?
 帝撃が特戦研の思惑に協力しなければならない理由はないと思いますが」
「つまらねえ話だったら俺がオメエらを集めると思うかい?」

 苦笑気味に返された言葉を聞いて、大神は軽く目を見開いた。

「…特戦研の提案はどのような内容だったのですか?」
「額面どおりなら、こっちとしても乗りてえ話だな。
 こいつが岩井少佐とやらの持ってきた計画書だ」

 作戦卓に置かれていた一冊のファイルが米田の手から大神に向かって差し出される。
 軍機の色分けもされていない、それどころか表紙に何も書かれていない、一見すると単なる帳簿の綴りにすら見える、それが余計に秘密めいて感じられる薄いファイル。

「従機兵(じゅうきへい)計画、ですか…人型蒸気のようですが…
 …体高1.8m…かなり小型ですね。ほぼ人間と変わらない背丈…
 …それに対して全幅1.4m、最大前後長1.2m…こちらは光武とほぼ同じですか。随分ずんぐりした体型ですが、これでは人の乗り込む余裕はない…
 …やはり、無人兵器か…
 …霊子力場を備えた自律行動型無人機械兵…
 これは……魔操機兵ではありませんか!?」

 最初の数頁にサッと目を通し、驚愕に彩られた顔を上げる大神。
 ただ事では済まされない彼の問い掛けに、米田はまたしても苦笑交じりで首を横に振った。

「俺も最初はそう思ったさ。だが岩井って野郎の言う事には、従機兵は無人霊子甲冑であって魔操機兵ではないそうだ」
「しかし…霊子甲冑は搭乗者の霊力が無ければ動きません。無人兵器の霊子甲冑というのは…」
「詳しいことは俺にも分からねえ。花やしきの連中に意見を聞いてみないとな。
 ただ、魔操機兵は動かす為に何らかの魔術が必要となるのに対して、この従機兵は術を必要としないという事だ」
「………『都市エネルギー』を動力源とする、とありますね。
 天武の霊子核機関と同じような物を使っているのでしょうか」
「そうかもしれんな。あれは元々ミカサから派生した技術だ。陸軍の目には霊子機関より霊子核機関の方が魅力的に映っても不思議はねえさ」
「特戦研が霊子核機関を開発しても不思議は無い、と」
「あるいは、うちから盗み出したか、だな。賢人機関の連中が洩らしたのかもしれん。 まあ、そんな事は今更詮索しても仕方がねえがよ」
「それで、この従機兵をどのように運用するという提案だったのですか」
「従機兵は基本的に、霊子甲冑の護衛機なんだそうだ。搭載された小型演算機に主機として登録されている機体に追従して移動し、主機が攻撃に晒されると自動的に支援、反撃を行うよう設計されているらしい。必要に応じて、自分を盾にすることもあるそうだぜ。
 それから、主機の命令で能動的な攻撃も可能になっている、とのことだ」
「……パイロットにかなり負担が掛かりますね」
「俺もそう思ったんだがよ。命令を入力するのは別にパイロットでなくてもいいらしい。主機の通信機を通じた命令に従う設計で、主機を中継していれば例えば翔鯨丸からの命令でも操作できるという事のようだ。
 要は、管制を敵に乗っ取られないようにする為の安全措置って事らしいな」
「…なるほど。霊子甲冑の従卒となる機械兵、それで『従機兵』ですか…」
「将棋で言えば『歩』みてえなもんかな。
 もっとも、俺がそう言うと岩井の野郎はプライドが傷つけられたってぇ顔してやがったけどよ。
 中に人間が乗り込まなくてもいい分小型化されているし、中の人間を考慮する必要が無いから高い機動性を実現できる、って盛んに強調してやがった」

 思い出し笑いか、人の悪い微苦笑を浮かべる米田。
 ある程度、笑い話のつもりもあったのだろう。
 しかし、大神は、米田の笑いに同調しなかった。

「信じられません」
「ほぅ……」

 笑いを顔に留めたまま、興味深げな視線で続きを促す米田。

「霊力は意志によって制御されるものです。魔操機兵も降魔兵器も『術』に込められた意志によって操られていました。
 都市エネルギーで霊力場を作り出す事は可能でしょう。ですが、霊力を使用する兵器を演算機だけで制御できるとは思えません」
「…それは俺達の常識だろう?
 特戦研が、霊力兵器を制御できる演算機を開発したとは考えられねえか?」
「霊子技術に関する限り、紅蘭は現時点で世界最高の技術者です。その紅蘭でも自律行動型霊子兵器はチビロボのようなごく短時間作動する物しか作り得ていません。
 紅蘭と花やしきが協力し合って作り出せていない物の開発に成功した組織が、少なくとも国内に存在するとは考えられません」
「オメエがそう考えるのも無理はねえが、そいつは身贔屓ってもんじゃねえのかい?」
「技術は一歩一歩積み重ねていくものです。飛躍するものではありません」
「ふむ……」

 米田の反論はからかい混じりだったが、きっぱりと返された大神の答えに改めて考え直す表情になった。

「正直に言っちまうとだな、大神よ、俺も岩井の言った事を全面的に信用している訳じゃねえ。むしろ、疑っている部分の方が多い。
 額面通りなら確かに歓迎できる話だ。あいつらが女の子だって事をこの際横に置いておくとしてもだ、霊子甲冑のパイロットが希少な存在である以上、パイロットの負担は少なきゃ少ないほどいい。多少、金がかかってもな。
 そんな事は部外者から話を持ち掛けられなくても百も承知だ。当然、俺達も霊子甲冑の作戦行動を支援できる機体の開発は研究している。有人、無人、それこそあらゆる可能性を検討して、だ。
 実を言えば、有人機体については一部開発が進行している。色々問題があって実用化にはまだまだ、だがな。
 だが、無人機については今のところ全く目処が立っていない。大神、オメエの言う通りだよ。霊子機関は人の意志を介さなければ作動しない。人の意志を必要としない霊子兵器はありえない、それが帝撃の技術陣が出した結論だ。
 しかし、だな。さっきも言った通り、特戦研は今、追い詰められている。組織の存続が掛かっている切羽詰った状態で、俺の所へ法螺を吹きに来るか?
 俺と京極の因縁はあいつらもある程度知っているはずだ。俺が特戦研に好意を持つ理由は無いってこともな。与太話で俺の力が借りられるとは思っちゃいめえ。
 岩井の話には何らかの根拠がある。従機兵にはある程度の裏づけがある。奴らは、俺達には無い何かの方法で、霊子力場を備えた無人機の開発に成功したんだ。
 問題は、その『何か』だよ。俺達の知らない『何か』、それが俺には、どうにもきな臭く思えてならねえ」
「長官」

 それまで一言も口を挿まず、相槌すら打たずにじっと話を聞いていた加山が半歩、前に進み出た。

「何だ、加山」

 同じように沈黙を守っていたかえでと目で合図を交わして、加山は米田に向かい姿勢を正す。

「その件につきましては、私の方で一つ、気掛かりな情報を調査中です」
「続けろ」
「ハッ。
 陸軍の調査隊が、数次にわたり、赤坂の地下を調査中であると――」
「黒鬼会の本拠地跡の調査だろ?それならオメエにも話は通っているはずだぜ」
「帝撃の陣容では十分な調査に人員が不足している為、陸軍情報部に調査を委託する事に決定したと伺っております」
「そうだ。
 実際には、陸軍側から赤坂の調査を任せて欲しいとの強い要請があり、これ以上陸軍の面子を潰すのも得策ではない、と帝撃及び海軍が譲歩した結果だが……
 それがどうかしたのか」
「調査隊に特戦研のメンバーが加わっている模様です」
「……そいつはまた、大胆な人選だが……
 それだけでオメエが調査に乗り出す材料になるのかい?」
「陸軍は今、名誉を回復しようと綱紀の引締めに必死です。同様に、宣伝活動にも。今は少しでも醜聞の種になりそうな事は避けたいと考えているはずです。
 この状況で、京極が黒幕を務めていた組織の調査に、特戦研を加えるのは不自然です」

 米田の疑問に、かえでが答える。かえではどうやら、加山の調査についてかなり詳しく知っているようだ。もしかしたら、二人で指揮を執っているのかもしれない。

「…なるほど、かえでくんの言う通りだろう。
 それで、何か分かった事は」

 これは加山への質問。

「今のところはまだ、然程。
 ただ、市ヶ谷の研究所に赤坂から大量の機材が運び込まれた形跡があります」
「妖力反応はどうだ」
「今のところ、検出されていない」

 大神が問い、加山が答える。

「ふぅむ……大神、オメエはどう思う」
「従機兵に黒鬼会の技術が使われている可能性は高いと思われます」
「加山、オメエはどうだ」
「その逆の可能性もありますね。元々黒鬼会の魔操機兵開発には特戦研が関与していて、その実戦データを回収しているのかもしれません」
「長官。この件は引続き、月組に調査を行わせたいと思いますが」
「そうだな、かえでくん。
 よしっ、加山、引続き特戦研に探りを入れてみてくれ。
 事の次第によっちゃあ、荒事になるかもしれん。そのつもりで準備しておいてくれ」
「実力行使、ですか…」
「場合によれば、な。帝国軍による魔操機兵の開発なんざぁ、許す訳にはいかねえよ。所詮、『魔』は『魔』だからな。相手が陸軍そのものだとしても、見逃す訳にはいかん」

 少し不安げなかえでの問い掛けに、断固とした口調で米田は答えを返した。

「長官、花組は…?」
「…相手は曲がりなりにも帝国軍、いや、同じ人間だ。あいつらに手を汚させたくない。
 …へっ、今更、甘え言種かもしれねえけどよ」

 短い大神の問いに、自嘲を交えて米田は答える。
 そんな上官に、大神は無言で敬礼を送った。

「……そんな訳で、加山。この件はオメエに任せる」
「ハッ、お任せください」

 そして加山もまた、親友と同じように敬礼で応えた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 夜の闇に舞う黒い人影。
 常の白いスーツを闇に溶け込む濃紺の装束に替えて、夜の帝都を影と化して疾走する帝国華撃団・月組隊長。
 その姿を帝劇の高い屋根の上から見送る二つの人影があった。

「紀州の若造が出て行ったようじゃ。儂らも参ろうかの」
「…いいんですか、お祖父さん。一郎従兄さんのご友人の後をつけたりして」
「ついていくだけじゃ。別に構わんじゃろ」
「…一郎従兄さん、僕はお祖父さんに言い付けられて、仕方なくついていくだけですから。
 決して僕の意志ではありません。信じてください」
「何をつべこべ言うておるか。行くぞ」
「…分かりました」

 風にすら聞き取れない小さな声で交わされた会話。
 音も無く、小さな空気の乱れだけを残して、二つの人影が漆黒の夜空に舞い上がった。

 

続く

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