帝都 騒然 ――心優しき反逆者の一族――

〜〜 第九話 〜〜


 帝国陸軍・練馬演習所。
 太正12年の六破星降魔陣の影響は帝都の辺境(徳川時代には「江戸」の内に入っていなかった)練馬の地にも少なからぬ影響を与えた。直接的な影響よりも間接的な形で。
 六破星降魔陣発動とその後の混乱に対処する為、帝都の治安に当たる兵員は一時的に急膨張した。混乱の最中とはいえ、否、都市機能が麻痺した混乱の最中だからこそ各地から集められた師団規模の兵員を市街地に駐屯させておく事は不可能だった。
 そこで、元々騎馬隊の演習所であり都市部の基地に比べて広大な敷地を有する練馬駐屯所に各地から集められた部隊を一時的に収容する事となった。その後更に、降魔大発生、聖魔城復活という非常事態が立て続けに帝都を襲った事に対応し、緊急時には各地からの応援部隊の受け皿として、平時には機械化部隊の展開を睨んだ演習所として練馬駐屯所は規模の拡大が図られ、今では連隊規模の機械化部隊の模擬戦闘が可能な施設となっていた。
 三、四年前までは大規模な演習となれば富士山麓の演習所まで出かけていかなければならず、光武の実用化試験も富士演習所が使用されていたが、太正14年以降は広大な敷地を必要とする人型蒸気の実用試験も、余程大規模なものでなければ練馬で済ませられるようになっていた。(開発の現場と実験場が近い方が色々と効率的であるという要請もあった)
 この日、練馬駐屯所及び演習所はいつもと違う重苦しくかつ浮き足立った、相反する二方向の感覚が同居する奇妙な緊張感に包まれていた。
 山口元海軍大臣。
 米田陸軍中将。
 花小路伯爵。
 この三人が揃っているだけでも佐官階級以下の士官兵卒をコチコチに固めてしまうに十分である。だが、この三人に加えて現役陸軍大臣、海軍次官、陸軍省・海軍省の軍政の実務を担う高級官僚、更には神崎重樹男爵を筆頭とする軍需部門と関わり深い経済界の重鎮達がズラリと勢揃いしているとなれば、一体何事が起こったかと駐屯所の一同の精神を恐慌の中に落とし込むくらい朝飯前であっただろう。
 新しい職場で雲の上の重要人物を目にする機会が飛躍的に増えた大神でさえ、貴賓席の錚々たる顔ぶれには緊張を禁じえないくらいだ。
 そして、貴賓席の真中、花小路伯爵の隣に座っている顔に、別の意味で眩暈を覚えてしまう大神であった。
 白銀の霊子甲冑に向かって面白そうに手を振る、虎太郎の姿に。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 この日、花小路は帝都の貴族院議員事務所で過ごしていた。
 従機兵計画は彼が携わってきた帝都防衛構想、都市防衛構想に大きな影響を与える可能性がある。形式上半引退を決め込んでいた花小路も、久し振りに公の席へ顔を出して回っていた。
 その忙しい最中の事である。先日再会したばかりの旧友が彼を訪ねてきたのは。

「珍しいね、君がこんな所に来るのは」
「急にすまんな、伯爵」
「おやおや、それこそ君らしくないぞ、虎太郎君」

 そう、その来客とは虎太郎だったのである。

「それで?
 君が事務所に来るなんて、何か急な用があるんだろう?」
「やれやれ、お見通しじゃな。
 実はな、伯爵。一つ、頼みがあって来たのじゃよ」
「頼み?
 おやおや、本当に珍しい。
 何でも言ってくれたまえ。折角君が私を頼ってきてくれたんだ、私に出来る事ならどんな事でもさせてもらうよ」
「そう言ってもらえると助かる。
 実はな…今日の試験を儂らにも覗かせて欲しいんじゃ」
「!、どこでそれを……
 ……いや、君の事だ、その程度知っていても不思議は無いか……」

 椅子から立ち上がりかけて、妙に納得した表情で座り直し、一人頷く花小路。
 確かに花小路にとっては驚くべきことであり、旧友の特殊能力に帰する結果だと思い込んでしまうのも無理はない。事実は単に、その場に無理矢理同席していた美鶴から又聞きしただけなのだが。
 間を取る為か、おもむろに机の上の箱から葉巻を取り出し、大型の卓上ライターで火をつける。深々と吸い込んだ煙を吐き出し、旧友へ視線を戻した時には、動揺の片鱗はすっかり拭い去られていた。

「だが、その程度の事なら私の所に来る必要も無いのではないかね?
 直接米田君に頼めば良い事だ」
「身内がでしゃばり過ぎるのは余り見栄えの良いものではないじゃろう?」

 なるほど、納得出来る話である。
 虎太郎もやはり人の親(この場合祖父か)、孫の外聞が気になるらしい。
 かといって、自慢の孫の勇姿を一目見たいという気持ちも抑えきれないのだろう。
 どう控え目に言ってもただ者ではありえない古馴染みの思いがけない人間的な一面に、花小路は安堵を覚えていた。
 ――安心した、この時点で負けていたのだと、この時彼は知る由も無かった。
 それが極近い将来にどのような結果を招くか知らず、彼は大神一家の席を用意する事を快諾してしまったのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あれが霊子甲冑、光武・改ですか」
「カラクリ人形にしては良く出来ておるの。構えが一郎のものになっておるわい」

 貴賓席で虎太郎の話相手をしているのは修蔵である。新兵器試験を目的とする模擬戦闘、とりあえずは非公開のこの席に、如何に花小路の顔を以ってしても招待されていない者を四人も五人もぞろぞろと連れてくる事は出来ない。
 花小路が用意した席は二つ。
 一つは当然虎太郎が占めるとして、残り一つを誰が使うか。
 いずれ劣らぬ物見高い連中が揃っている――という根拠は実のところ何処にも無いのだが――大神家の事、お話し合いで決着がつくはずも無く、かと言って実力行使では本人達はともかく周囲に多大な被害が及ぶ。となれば、平和的にくじ引きで――と、いうような展開にはならなかった。
 残り一つの招待席を誰が使うか。これが意外にも、話し合いであっさり決まった。場の性格を考えて、女性である千鳥、美鶴は除外、熊作は堅苦しいのは嫌だと自ら辞退、年齢面を考慮して鷹也よりも修蔵の方が相応しい、という結論になったのである。

「確かに、堂々たる風格を感じますね。人型蒸気は結構色々見ましたが、こういう雰囲気を醸し出す物は見た事がありません」

 その結果、こうして修蔵が虎太郎の隣で話相手を務めているのだった。

「構えか……私には良く分からないが、そんなに違うものかね?」

 二人の会話を耳に挟んだ花小路がこう問い掛けたのも無理のないことかもしれない。演習場の端に姿を見せた白銀の光武・改は両手に一本ずつの太刀をぶら下げただけの、真っ直ぐ立っているだけの体勢でしかなかったからだ。

「貴殿は文のお方じゃからな、分からずとも無理はない。
 一郎は剣士じゃ。剣を振ればそれがそのまま剣の技となる、それだけの修行を積んだ真の、な。ただ立っているだけでも、剣を持った瞬間からそれは剣の構えとなる」
「ふむ………」
「伯爵、驚くべきは一郎の剣の技量ではないぞ。
 あの霊子甲冑とやらいうカラクリは、一郎の剣の型を正しく再現しておる。身体の構造の違いから来る差異はあるとしても、型の本質は一分も漏らしていない。
 カラクリが優れておるのか、それを操る一郎の技量か……その両方なのじゃろうな。
 霊子甲冑…これ程のものとは思わなんだわい。見事じゃ」

 感嘆の呟きを漏らす虎太郎。彼の隣では、修蔵もまた同じように賞賛を惜しまぬ眼差しを光武・改に注いでいた。
 その二人の視線が、鈍い金属音を合図に移動した。
 広大な演習場の反対側のゲートから、光武・改より二回り小さなずんぐりした機械人形が入場してきたのだ。
 大柄な成人男性とほぼ等しい背丈に、人間の倍以上ある肩幅。頭部は半ば肩の間に埋もれ、首は見えない。
 手足の形状は霊子甲冑に良く似ているが、両腕の先端が機械の指ではなく、左右に鉤爪が伸びた形の、短く幅広で分厚い三叉の刃が直接取り付けられてあった。

「あれが従機兵とやらか」
「なかなか軽快な動きではないかね」
「…確かにな。
 …ただし、ケダモノの、じゃが

 滑らかな動作で演習場の中央近くまで歩いてくる三体の従機兵。特に深い意味も無い、軽い口調で発せられた花小路の感想に対する虎太郎の返事は、前半だけしか相手に届かなかった。後半は、虎太郎の口の中だけで小さく呟かれた独り言だった。

「…おや?、あれは柳生の御曹司?」

 そう呟いた修蔵の目線は、従機兵にではなくそれらが入場してきたゲート脇に向けられていた。

「知合いがおるのか、修蔵」
「……向こう側が見えるのかね?」

 花小路がこう言うのも、またしても無理のない事だろう。修蔵が目を向けている場所は、彼らの席から優に500メートルはあるのだから。

「ええ、まあ、視力には自信がありまして」

 何でも無い事のように答える修蔵に、花小路は「義理とはいえ流石に身内…」という妙な感想を抱いていた。
 もちろん、修蔵には花小路の内心の声など聞こえない。

「あれは柳生暁星中佐…いえ、あの階級章は…そうですか、大佐に出世したんですね」
「で?
 その柳生暁星とやらは何者じゃ?」
「裏柳生…柳生忍軍の御曹司ですよ。表向きは江戸柳生の分家の跡取ですけど」
「ほぉ……奇妙な知合いがおるのだな」
「以前一緒に仕事をしていましたから」
「例の仕事か?」
「ええ、大戦が終わってから二年ほど、ですか。
 彼がエージェントで私がオペレーター。
 彼はゲートキーパーズのニューヨークにおけるエージェントだったんですよ。今もまだ、繋がっているのかどうかは知りませんが……」

 花小路の身体に緊張が走った。
 外見上の変化は全く見られないが、僅かに漏れでた気配の乱れは虎太郎にも修蔵にも言葉と同じくらい明白なものだった。

「伯爵はご存じですか?」
「…何をかね?」
「柳生大佐がまだゲートキーパーズの仕事をしているのかどうかです。
 Gatekeepers of the Eden 、『エデンの門番』。
 賢人機関の秩序維持活動実行部隊。
 例え直接関わっていらっしゃらなくても、伯爵が全くご存じないはずはありませんが…」
「…そうか。桐生修蔵、『キリュウ・ザ・モータル・ショット』。
 君があの『キリュウシュウゾウ』だったのだな。
 …大胆な事だ。名を隠しもせずこのような場に顔を見せるとは。ゲートキーパーズは君の身柄を諦めた訳ではないと聞いているぞ」
「そうでしょうね。彼らにも面子があるでしょうから。
 ですが大丈夫ですよ。私の身体的特徴に関する資料は全て消去していますので。十分な数のオペレーターを揃えられない、彼らにとっては一種の勢力圏外であるこの帝都で、人種と名前が同じというだけで仕掛けてくるほど彼らもバカじゃない。
 不十分な戦力で下手に手を出しても痛い目に会うだけだと、彼らも学習しているはずです」

 それほど自慢そうでもなくさらりと告げた口調がかえって強い自信を感じさせる。
 また、その自信の裏づけとなる数々の実績を花小路は耳にしていた。

「それで、伯爵。ご存知ではございませんか?
 彼がまだ、ゲートキーパーズの仕事をしているのかどうか」
「私は知らん。ゲートキーパーズの活動に私は携わっていないし、関わりたいとも思わない。あの組織は、賢人機関の内部で公式に認められたものではない。一部の急進派が勝手にやっている事だ。
 それに、知っていても教える訳にはいかん。君がニューヨーク支部に対して行った破壊活動はやむを得ない部分があったとしても、賢人機関に対して友好的なものとは到底言えないからな」
「なるほど、それもそうですね」

 苦虫を噛み潰した花小路と、あっさり納得した修蔵。
 そして、二人の間に挟まれた虎太郎は、二人の会話を面白がっている事を隠そうともしていなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 貴賓席では思わぬ方向に興味が逸れてしまっていたが、他の場所では依然として白銀の光武・改を熱心に見詰める視線があった。
 空の上から、地下へ送られた映像で。
 大帝国劇場地下・帝国華撃団銀座本部では花組の八人が勢揃いして月組専用装甲飛行船・新月丸から送られてくる映像に見入っていた。
 ちなみに新月丸とは、黒鬼会との戦いの後、新たに配備された情報収集用の装甲飛行船である。全長約60メートルと翔鯨丸の半分以下の大きさだが、翔鯨丸で蓄積した技術がふんだんに盛り込まれており、特にその幻影迷彩機構は雲一つ無い快晴の空に飛行する姿を地上から完全に見えなくする事が出来る性能を備えている(霊子機関によって作動する幻術回路が船体に沿って光を捻じ曲げ、地上には影も落とさない)。
 情報の重要性は十分弁えながらも、従来は各隊員の能力に依存していた月組を、花組同様霊子技術で武装し、情報収集を一層強化する試みの一環で、その設計には現場の隊長である加山の意見が大きく取り入れられている。

 閑話休題

 帝撃銀座本部には、月組副隊長加賀見の指揮する新月丸から、今まさに向かい合わんとする光武・改と従機兵の映像が届けられていた。
 綺麗に均された赤土の演習場――予備知識がある者には、古代の円形闘技場に見えなくも無い――に立つ白銀の光武・改。秘密兵器として公式の場で披露される事なく数知れぬ武勲を重ねてきたその勇姿が、初めて(関係者以外の)人々の前に示されていた。
 それは彼女達にとっても、ジーンと心が熱くなって来る光景だった。名誉を求めて戦ってきたのではないとはいえ、晴れの舞台に立つ光武・改の姿を見るとやはり感慨深いものがあった。――もっとも、今回与えられた役柄と観衆は、これまでの貢献に比べればまだまだ役不足ではあったが。
 そして彼女達を代表して闘技場――あえてこう呼ぶ事にしよう――に立つ白銀の霊子甲冑の、力に溢れ風格に満ちた堂々たる勇姿に、見惚れずにはいられなかったのである。
 太陽の光を浴びて広々とした円形の――正確には正方形を半円で挟んだ形の――闘技場にすっくと立つ光武・改の姿は、いつも隣から、後ろから同じように光武・改に乗り込んで同じ目線で見詰めるのとは一味違う趣を見せていた。
 斜め上から見下ろす映像。キネマトロンと同じ原理で転送されたスクリーンの中の小さな動画像。だがその姿は、いつも同じ戦場で見ていた姿よりずっと大きく…巨大に、見えた。
 名馬に跨る名将の、王者の威厳。付随う者として護られ、支えられている時には気付かなかった圧倒的な存在感を白銀の機体は、大神は、静かに発散していた。
 それは見る者によっては息苦しさ、あるいは恐怖すら催させる威圧的な佇まいだったが、彼女達にはただ痺れるような感銘、感動、あるいは崇拝をもたらすものだった。
 画面の中の大神が動いた。実際に映っているのは白銀の光武・改。だが、それは寸分の違いなく大神の姿と重なり合っていた。溜息を漏らしたのは紅蘭だろうか。人馬一体、ならぬ、人機一体。半年以上のブランクがあるはずなのに、余りにも見事な一体感だった。
 大神自身の口から聞いたところによれば、仏蘭西では最新型の人型蒸気を操縦していたという。最新型、しかし、所詮は人型蒸気。細かな操縦性はどうしても霊子甲冑に及ばない。
 その不自由な機体を思いのままに操るべく訓練を重ねた結果、霊子甲冑をより自由に、己の分身として操縦出来るようになったという事だろうか。
 それはあくまでも推測に過ぎない。ただ一つ、事実として分かっている事。今、分かった事。
 それは大神が、霊子甲冑のパイロットとして更に高次元の能力を身につけていたという驚くべき事実だ。
 彼女達は自然に熱のこもった視線で、彼女達の「英雄」を追いかけていた。

 白い機体が立ち止まる。

 スクリーンの前の乙女達が息を呑む。

 霊子甲冑の両腕が双刀を前に掲げ、構えを取る。

 彼女達の掌に汗が滲む。

 乙女達は、いつもと同じように、白銀の光武・改と共に戦おうとしていた。
 例えその身はスクリーン越しに遠く離れ、霊子甲冑に乗り込んでいなくても、心が大神と共に戦おうとしていた。

 向かい合う白銀の光武・改と灰色の従機兵。
 白い勇者の清々しい佇まいと比較してしまう所為か、あるいは創り主に対する先入観の故か。
 灰色の無人機械兵は、彼女達の目に、ひどく禍々しい物と映った。
 邪悪、とは言い切れない。
 魔操機兵や降魔兵器のように。
 だが、魔操機兵や降魔兵器と同じように、「外れたもの」に見えた。
 法とか道とか摂理とか、そんなものから。

「なんかヤな感じデース……」
「あんな物と肩を並べて戦いたくはありませんわね……」

 織姫とすみれの、独り言のように漏らされた感想は、きっと八人に共通のものだっただろう。
 三体の従機兵の内、一体が前に進み出る。
 最初は一騎討という事か。

「大した自信ね…」

 皮肉っぽい呟きは、マリアに相応しくないとも相応しいとも言えた。
 相手を見下すような態度は彼女の常ではないが、一対一で大神に挑む事を不遜な振舞いと感じるのは全員の感情を代表するものだったからだ。
 大神の操る光武・改は正面で双刀を交差させ、受けの態勢をとっている。初めて相手をする兵器に対し、取り敢えず様子を見ようということだろうか。これは新兵器の性能テストであり、相手に先手を許しても市民に害が及ぶことはないのだから。

 戦闘開始の合図はなかった。
 闘技場で向かい合った時点で既に戦闘は始まっていたということだろう。

 従機兵の膝が曲がり、身体が沈められたと見えた直後、灰色の機体が白銀の光武・改へ目掛けて跳び掛かった。
 声にならない悲鳴をあげたのはさくらか。
 魔操機兵、降魔兵器より遥かに小型の従機兵は、魔操機兵も降魔兵器も、霊子甲冑すらも凌駕する瞬発力を備えていた。
 間合いの外から一気に襲い掛かり、体高の差を逆手にとって光武・改の脚部を狙う従機兵。
 しかし、その刃が白銀の装甲に届く事はなかった。
 過去に経験したことのないスピードだったはず、であるにも関わらず、大神はその攻撃を落ち着いて捌いていた。
 片足のローラーを使い機体を半回転後退させて間合いを外し、回転運動に合わせて逆袈裟斬りに振り下ろした太刀で従機兵の突進をいなす。
 激しく火花を散らしながら、従機兵の防御力場と装甲は光武・改の一刀に耐えたが、すかさず打ち込まれた二の太刀が灰色の機体をあっさり両断していた。

 闘技場が沈黙に包まれているのが、スクリーン越しにも分かった。

 余りにも自然で滑らかな動きだったので、かえってその凄さが分からなかった者も多かったのではないだろうか。
 何故あんなゆったりとした斬撃で、あんなに鋭い突進を見せた従機兵が斬り倒されたのか、首を捻るような雰囲気すら垣間見られた。
 流れるように繰り出された受けと攻めはその流麗さ故にむしろ緩慢なものに見えていたが、実は目にも止まらぬ神速の技だった。ただ、まるで乱れの無い銀光の軌跡が、白い機体の動きを目で追えたような錯覚をもたらしていただけだった。
 沈黙は二種類。
 その事実が分からぬ者は単純に首を捻り、
 その事実を理解した者は畏怖に絶句していた。
 それは、機甲兵器の常識を大きく超越する動きだったからだ。

 大神の機体が二機の従機兵へ向かって足を踏み出す。
 灰色の小型機が大きな予備動作を経て跳躍した。
 着地点は光武・改のすぐ目の前。
 あと一歩踏み出せば太刀が届く距離で、二体の無人機は急激に方向転換し、今度は真横に跳躍した。
 光武・改は従機兵に挟撃される形となる。
 ほとんどしゃがみ込んだ姿勢になって跳躍の勢いを殺し、再び大神機目掛けて突進する従機兵。
 制動力と瞬発力は確かに人型蒸気のレベルを超えていた。
 魔操機兵をすら凌駕していた。
 真っ直ぐ突っ込んできた二つの機影が急激に進行方向を変えた時点で、普通の人間ならば、否、大戦で経験を積んだ人型蒸気乗りでもその姿を見失っていただろう。左右から全く同じタイミングで襲い掛かられ、敵の姿を目に収める事も出来ず撃破されてしまっていただろう。
 だが、同一の意志に操られた機械だから可能と思われる、同時挟撃は空を切った。
 最初からすれ違うコースで突進していたからこそ、辛うじて正面衝突を回避できたのだと思われる。
 従機兵がすれ違った地点に大神はいなかった。
 灰色の機体は、大神の背後ですれ違っていた。
 左右のローラーを逆の方向に回転させ、土埃を巻き上げて、全く姿勢を変えぬまま光武・改が振り返る。
 スケートでも履いていない限り、人体には不可能な動き。
 にも関わらず、その体捌きは紛れもなく剣士のものだった。
 回転を止めた反動を使い、滑らかに一歩踏み出した瞬間にも、白銀の機体は剣の構えを寸分も崩していない。
 その踏み込みもまた、緩やかに見えながら実は神速のものだった。
 横殴りに振り抜かれた一刀を、両手の刃を太刀に合わせつつ後方に跳躍することで、従機兵は辛うじて回避して見せた。
 どよめきがスクリーンのこちら側で生じる。
 今の斬撃を躱すことは降魔兵器にも不可能だっただろう。
 彼女達の誰にも出来ないかもしれない。
 確かにスピードの面で、従機兵は従来のいかなる機甲兵器も凌駕していた。
 単純に物理的な瞬発力、制動力、反応速度の面では。
 とどめを刺すべく、転倒した従機兵に向かって更に足を踏み出す大神機。
 その背後から、灰色の無人機の片割れが襲い掛かる。
 機体を四分の一回転させ、三歩後退することで、大神はその襲撃をあっさり躱した。
 的を外された従機兵はそのまま高速で走り抜け、光武・改の攻撃範囲から退避した。
 灰色の残像の影から、転倒していた機体が体勢を立て直し襲い掛かってきた。
 正面から突っ込んでくる機体の右手が前に突き出される。
 爆音と共に三叉の刃が伸びる。
 腕の長さ以上に。
 腕の先端につけられた刃は、柄を前腕部に収納した槍の穂先だったのだ。
 火薬の力で伸ばされた柄は、穂先に回避不能の速度を与える。
 大神の光武・改は三叉の穂先を躱さなかった。
 躱せなかった、のではなく、躱す必要がなかった。
 穂先が撃ち出された瞬間、既に、その軌道上に白銀の機体は存在していなかった。
 物理的な速度の、一つ一つの要素をとってみれば従機兵は光武・改を確かに凌いでいた。
 だが、機体の動きとしてみた場合、戦闘機械としてみた場合、大神機のスピードは従機兵を上回っていた。
 光武・改が、ではなく、大神機が。
 従機兵の片腕が落ちる。
 振り下ろされた一刀の影から、次の一刀が翔け上がる。
 その刃が従機兵の装甲に食い込んだ瞬間だった。
 灰色の装甲の内部から、火球が膨れ上がった。
 自爆。
 無人機だからこそ出来る、否、許される有効な戦術。
 鋭い断面を持つ灰色の破片が光武・改の防御力場を叩く。
 黒煙が大神の機体を覆う。
 光武・改に損傷はない。それは銀座本部のモニターで明らかだ。
 だが、視界は完全に塞がれていた。
 最後の従機兵が真横から襲い掛かる。

「大神さんっ!」

 通信回線は開いていない。
 通じないとは知りつつも――いや、この瞬間、そんな事を考慮する余裕は無かっただろう――さくらは叫んでいた。
 聞こえないはずの警告。届かぬはずの声。
 だが、奇跡が起こったのだろうか。
 黒煙の中から二本の太刀が突き出され、爆音を伴い撃ち出された二条の穂先を受け止めたのだ。
 黒煙を振り払い、白銀の機体が再びその勇姿を現す。
 二本の太刀は光を纏っていた。
 機体の出力差、よりもその霊光の圧力で、従機兵は撥ね飛ばされたように見えた。
 「力」を持たぬ者には見る事の出来ない、眩い光の刃が光武・改の掲げる二本の太刀に沿って伸びる。
 二条の輝きが、赤土の地面に転がった灰色の機体を粉砕した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「それで紅蘭、どうだったの?」
「最後まで妖力反応は無しや。あの従機兵っちゅう代物は、確かに魔操機兵とは別モンやで」

 強い霊力に曝されれば妖力は必ず固有の反応を示す。大神の放った最後の霊撃にも反応を見せなかったという事であれば、従機兵は妖力を帯びていないという事だ。
 であるならば、確かに魔操機兵ではない。マリアは紅蘭に頷きを返した。

「ただちょっと、気になる事があるんやけど……」
「気になる事?」
「なんちゅったらええんかな……
 従機兵と後ろの方とでずっと霊子波が交わされていたんやけど……」
「それで従機兵をコントロールしていたという訳ね?」

 それまでモニターの操作盤についていたかえでが花組の会話に参加してくる。

「そうやと思います。
 それで……その霊子波の波形が、妙に生々しい気がするんです」
「…わたくしたちにも意味が分かるように説明してくださらないかしら」
「知っての通り、キネマトロンも霊子波を使って通信をする機械や。霊子波は生き物だけが出すモンや無いんやけど、機械の出す霊子波は生き物の波形に比べて、単調で規則的な形を示すはずなんや。
 でも、従機兵の遠隔操作に使われていた霊子波は、機械のものにしては不規則っちゅうか、微妙な揺らぎが見えるんや。逆にその分、細かな情報伝達が出来るんで、そういう仕組みを開発しただけなんかもしれんけど……」
「紅蘭、貴女は従機兵が降魔兵器みたいな、機械と生物の融合体である可能性が高いと言いたいのね」
「……結論から言うと、マリアはんの言う通りや」

 かえでは紅蘭の分析力に改めて舌を巻く思いだった。
 彼女達に加山の調査結果は伝えていない。
 にも関わらず、彼女は従機兵の正体を正しく推測しようとしている。
 そして花組の乙女達はといえば、
 第一印象で感じた禍々しさを、皮膚感覚で蘇らせていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「酷(むご)いものじゃのぅ……」

 時を同じくして、「闘技場」の貴賓席では、虎太郎が苦々しい呟きを漏らしていた。

「何がですか?」
「修蔵、お主には今の断末魔が聞こえんかったのか?」
「はぁ……」
「死して眠りに就く事を許されず、死を撒き散らし死を味わわねばならぬとは。
 例え犬畜生であろうとも、死者の念は魔を招くと何故分からぬのか……」
「虎太郎君、それは一体どういう意味かね?」
「伯爵、真実をしっかり見極められよ。そして考えて下され。
 儂らの世界を守るべき者は、誰なのか。命ある者の世界を命無き者に委ねて良いものなのかどうか。
 それ次第では、些かご面倒をお掛けする事になるやもしれぬ」
「おいおい、虎太郎君?」
「修蔵、行くぞ。用が済んだからには、長居は無用じゃ」

 訳が分からないといった表情で花小路は引き止めたが、虎太郎は構わず、風のようにその場を立ち去った。
 花小路の胸に、不吉な予感を残して。

 

続く

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