第七話 Tristesse

Who Loves Her....



アスカが第壱拾七使徒−渚カヲル−をその手にかけた瞬間、病室に横たえられた碇シンジの体は小さく震えた。シンジが初号機から回収されて以来始めて見せる自発的な動きだった。シンジに接続された数々の医療機器はその時からシンジの人としての働きを記しだした。

シンジが人としての活動を再開したのはまさに第壱拾七使徒の脅威の最中だった。そのためあれほど待ち焦がれられたシンジの復活も誰の目に留まることはなかった。唯一MAGIだけがそれを記録として残していた。そしてもう一人、一部始終を見ていた綾波レイだけはカヲルが死を迎えた瞬間、その魂が碇シンジに帰って行ったのを感じていた。

「碇君、帰ってきたのね」

レイはそう言うと、カヲルの死体を抱えて泣いているアスカを残し、ドグマの闇の中へと消えて行った。
 
 



 
 

活動を停止した初号機ならびに弐号機の回収作業が行われている中、簡単な身体検査を受けたアスカは手早く着替えを済ませると、カヲルと初めて会った湖畔に来ていた。

「カヲル、あんたばかよ」

カヲルが座っていた像を見つめアスカはそうつぶやいた。そしてアスカはそのまま周りを見わたし、丘のようになった部分を見つけると小さな板を持って歩いて行った。

「使徒のあんたにお墓を作るような物好きはいないだろうから...
 あたしが作ってあげる...感謝すんのよ」

そう言うとアスカは湖の良く見える場所に板を埋め込み、その表面に「K,N」とだけ記した。そしてしばらくただ黙って冥福を祈っていた。祈りながらアスカは思いだしていた...かつてシンジとかわした会話を。

『ねえ使徒って何なのかな...』

ホントになんなの...

『なんで戦うんだろう』

どうしてだろう...

『あんたぁ、ばかぁ、訳わかんない連中が攻めてきてんのよ
 降りかかる火の粉は払いのけるのがあったりまえじゃない』

訳の分からない奴...

「訳のわかんない奴だったら良かったのに...」

アスカの瞳に涙があふれ出た。

「なんでカヲルなのぉ...」

歯を食いしばっても嗚咽が漏れ出てくる。

「なんでなのよぉ...」

アスカは肩を震わせ、静かに泣き続けた。その時ミサトが背後に立ったことをアスカは気づかなかった。ミサトはただ黙ってアスカの姿を見詰めていた。その空間だけしばらくの間時が止まっているかのようだった。しばらくして泣く事によって少し落ち着きを降り戻したアスカは、背後にミサトが立っているのに気づいた。振り返ったアスカにミサトは優しく呼びかけた。

「アスカ...」

アスカは黙ってミサトの瞳を見詰めた。アスカの蒼い瞳から溢れ出る涙に、ミサトはかける言葉を失っていた。ただ二人はしばらくの間黙って見詰め合っているだけだった。

長い沈黙の中、ミサトはアスカが何か話してくれるのを待っていた。自分がかける陳腐な慰めの言葉など何の意味も持たない、ミサトにもそれは理解できた。そして悔しかった、ただ待つことしかできない自分を。

「心配してくれてありがとうミサト。
 アタシなら大丈夫。
 あいつはアタシ達に未来を託したんだから...
 だからいつまでもこんなところで落ち込んでいるわけにはいかないわ」

長い沈黙の後、アスカはミサトから目をそらすとそう言って立ち上がった。

「シンジの所へ言ってくる。
 私はカヲルを信じるわ...あいつは最後までシンジが帰ってくると言ってくれた。
 だからあいつのためにも私はシンジが帰ってくるのを待っているわ」

アスカはミサトを残し、病院の方へと歩き出した。

「報告よろしくね」

ミサトはそうアスカに声をかけた。

アスカは振り返りもしないで小さく手を振ってそれに答えた。遠ざかっていくアスカの姿を見送ったミサトは一人墓標を見つめつぶやいた。

「渚カヲル...
 あなたは何のためにここに来たの...
 わたしはあなたが敵だったとは思えないのよ...」

カヲルが消えてしまった今、もはやその答えは誰も持っていなかった。
 
 



 
 

シンジの病室へ向かって歩くアスカは迷っていた。シンジが帰って来たとしてもあたしはどういう顔をしてあいつを見ればいいのだろうかと。シンジが好き...その気持ちは偽りの無いもの。だけど同時に自分の心に渚カヲルが住み着いてしまったのも確かな事。こんな気持ちのままあたしはあいつの前で素直になれるのだろうか...アスカの心は初めて感じるその思いに答えを出す事ができなかった。

考えながら歩いていたアスカだったが、シンジの病室が近づくにつれその様子がいつもと違っていることに気がついた。この病棟はほかの病棟とは異なりただ一人のために存在している。いつもは静かなその病棟が何かざわめいている。看護婦たちの顔も明るい。ある予感を感じたアスカは近くにいた看護婦を捕まえた。

「何があったの」

忙しそうに動き回っていた看護婦達もアスカの顔を認めると嬉しそうに寄ってきた。

「303号室の患者さんに脳波の反応が出たんです。
 それに少しだけど自立運動もしたんですよ」

アスカはその言葉を聞くとシンジの病室へと駆け出した。この時ばかりは看護婦達も院内を走っているアスカを誰もとがめだてしなかった。

「シンジが目覚める!」

自分が悩んでいた事も忘れ、アスカはシンジの元へと急いだ。
 
 



 
 

「シンジ!」

ドアの開閉ももどかしそうに病室に飛び込んだ時、アスカはそこに意外な人物がいるのに気がついた。思わずアスカはその場で立ち止まってしまった。

「レイ...」

意外な物を見るような目でアスカはレイを見つめた。零号機が自爆して以来、シンジの元を訪れなくなったレイがどうして...その時アスカはドグマの地下で見た崩れ去っていくレイを思い出した。綾波レイ...人によって作られし人間。

レイはシンジの顔を見詰めるようにベッドの脇に椅子を移動し、シンジの手をじっと握り締めていた。そして病室に入ってきたアスカの姿を認めると、シンジの手をベッドの中に戻し立ちあがった。レイは、離れ際にちらりとシンジの顔を眺め、そのままアスカの横を通り抜けようとした。レイの行動についていけないアスカだったが、レイが自分の横を通り抜けていく瞬間に言った言葉だけは聞き留めた。

「ありがとう。あなたのおかげよ」

そう言うとレイはそのまま病室を後にした。

一瞬なんのことか分からず呆然としたアスカだったが、その意味を理解するとすぐにレイを追った。しかしその時にはすでにレイの姿はどこにもなかった。

「あの子、どうして知っているの」

アスカにとってレイという存在がいっそう不可解な物となった。
 
 



 
 

レイが出ていったあと、病室に入ってきた医師にアスカはシンジの容態を聞いた。脳波も肉体も正常に戻りつつある、今の状態は眠っているのに近い物であると。ただ、普通の睡眠と違うのはいつ目覚めるのかが分からないと言うことであったが。

「シンジ...」

アスカは静かに眠っているシンジを見つめてつぶやいた。

「早く目を覚まして...」

自分がしたことは無駄ではなかったのだ。

「このアタシが待っているのよ...」

カヲルの言ったとおりだった。

「女の子を待たせるなんて最低よ...」

今度はシンジがカヲルの心を持っているのだろうか...

「寛容なアタシが許してあげるから...」

やっぱりアタシはシンジが好き。

「早くいらっしゃい...」

アスカはシンジの顔をじっと見詰めた。そして静かに顔を近づけるとシンジの唇にそっと口付けをした。久しぶりに触れたその唇は暖かかった。

「立場が逆の気もするけど、早く目覚めるのよ」

アスカはそう言うと、少し頬を赤らめ病室を後にした。
 
 



 
 

葛城ミサトはアスカが書いた報告書を前に途方に暮れていた。あまりにもわからないことが多すぎる。何故渚カヲルはサードインパクトを起こさなかったのか。アスカの話によれば十分時間があったはずだ。それどころか自分の死を望む行動すらしている。一体何故、使徒は本部地下のアダムを目指して来ているんじゃないの。使徒はアダムを目指して何をしようとしているの。本当に使徒はアダムを目指しているのかと。

「考えれば考えるほどわからなくなるわね...
 一体司令たちは何をしようとしているの」

ミサトは拘束されている親友の顔を思い出した。今彼女に会いに行くのはリスクが大きい。しかしここでとどまっていても何も解決しない。ミサトは決断した。

「リツコに会いに行くとしますか」

ミサトはカードを手に自室を後にした。
 
 



 
 

綾波レイのダミーを壊したことで赤木リツコは懲罰として拘禁されていた。時間の経過も分からない暗闇の中、リツコは何も考えずただ時間だけを浪費していた。ただ一日に3回差し入れられる食事だけが時間の経過を示す...それ以外は何もない空間。そんな所へ一人の訪問者がリツコのもとへ訪れた。

「よく、ここに来れたわね」

ミサトを前にリツコの放った最初の言葉は親友の再会を喜ぶものではなかった。

「まあね、いろいろと手伝ってくれる人がいるからね」

「名前は言わないけど、程々にすることね。
 彼に迷惑がかかるわよ」

「忠告はありがたく聞いておくわ。
 それよりも赤城博士、聞きたいことがあるの」

リツコはようやく顔を上げてミサトの顔を見た。ミサトが見たその顔には生気が感じられなかった。

「ここでの会話は盗聴されているわよ、それでもいいの?」

「かまわないわよ。なりふり構っていられないもの」

「わかったわ、話してみて」

ミサトは第壱拾七使徒が現れたことにより新たに浮かんだ疑問の数々をリツコに話した。リツコに話をして行くうちにミサトはだんだんと自分の頭の中が整理されて行くのを感じていた。話をしながらミサトは「人に話すのも良いものね」と漠然と考えていた。

結局、行き着く先は最大の疑問、地下に磔にされているのは何なのか、そして司令達はそれを使って何をしようとしているのか。使徒は何故ネルフ本部を目指して来たか。

リツコはミサトの話を黙って聞いていたが、一通りの話が終わったところでポツリと言った。

「そう、第壱拾七使徒は殲滅されたの...」

リツコはそう言うと再び顔を伏せた。

「ミサト死海文書って知ってる」

「詳しくは知らないわ
 神について書かれたやつでしょ」

「そう、でもそれには公開されていない部分があるの。
 それを称して裏死海文書。
 ミサトあなたは疑問に思わなかった?
 当時14歳だったあなたが、南極に連れて行かれたこと」

それはミサト自身が感じている疑問。あの場所に行って子供がするようなことは何もない。記憶の断片を探ってみてもその答えは見つからなかった。リツコはそんなミサトにかまわずに言葉を続けた。

「人は南極で神様を見つけたの。でもそれはその文書に書いてあった通りだった。
 それを知った老人達は喜んだわ...神様を見つけたって
 古文書に記されたその名前はADAM...老人達はエデンが現実の物である事を知った」

「老人達?」

「ゼーレと呼ばれる裏組織よ。
 人類補完委員会。ネルフの上部組織となるけどその実態。
 そして今の国連を裏で牛耳っているもの。
 人は神を見つけたことでその力を自分のものにしようとした。
 そして起こってしまったセカンドインパクト。
 でもね、ミサト...それすら予定の行為だとしたらどうする。
 ゼーレはね、その時セカンドインパクトが起こることを知っていたのよ」

リツコはそこで言葉を切った。

「使徒の襲来、それも予定されていたこと。
 だからエヴァンゲリオンなんていうわけのわからないものが用意されていた。
 そこにね、壱拾七番目までの使徒の襲来が記されていた」

「壱拾七までなの使徒の襲来は...」

「そう、だから始まるのよ...人類補完計画...神への道が」

リツコは顔を上げるとミサトの顔を見詰めた。そして言った。

「あたしが教えられるのはここまで。
 後は自分でやりなさい...
 そろそろ行った方がいいわよ」

ミサトはもっとリツコを問いただしたかったが、しかし長年のつきあいからこれ以上何も聞き出せそうもないことが感じ取られた。ミサトはこれ以上リツコから情報を引き出すことをあきらめ、部屋を出ようとした。その時、背中からリツコの声が聞こえてきた。

「友人として最後の忠告。
 レイから目を離さないことね。
 それから司令の考えている人類補完計画は老人達のものとは違うわ」
 
 



 
 

ネルフ司令室、暗黒の中に浮かんだモノリス達が碇ゲンドウ、冬月コウゾウを囲んだ。

「約束の時が来た」

「ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完は出来ん。唯一リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ」

キールはゲンドウと冬月にそう宣告した。

「ゼーレのシナリオとは異なりますが...」

「人はエヴァを生み出すためにその存在があったのです」

「人は新たな世界へと進むべきなのです...そのためのエヴァシリーズです」

ゲンドウと冬月はここに来て初めて自分たちの考えをゼーレに明かす。

「我らは人の形を捨ててまでエヴァという名の箱船に乗る事はない」

「これは通過儀式なのだ、閉鎖した人類が再生するための」

「滅びの宿命は新生の喜びでもある」

「神も人もすべての生命が死を持ってやがて一つになるために」

もはやゲンドウとゼーレの間では進む道は決定的に違っていた。お互いを排除するしか自分の望みは達成できないほどに。

「死は何も生みませんよ」

ゲンドウは決別を告げた。

「死は君たちに与えよう」

キールが宣告した瞬間モノリス達は消え、ネルフ司令席は静寂に包まれた。

「始まるのか...」

冬月は小さくつぶやいた。

「ああ」

この状態となってもゲンドウはいつもの姿勢を崩さなかった。

「彼からの報告では、日本政府は判断に苦しんでいるようだ。
 彼らにはゼーレの恐ろしさはイヤと言うほど分かっているからな。
 しかし、ゼーレに従ったときの結果も同時に恐れている。
 判断できんのだよ彼らには」

冬月は報告書をゲンドウに投げ渡すと話を続けた。

「残念ながらUNは押さえ切れておらん。
 結局はゼーレの持つエヴァとの戦闘が全てを決めるだろう。
 勝てるのか、彼我の戦力差は9対1だぞ」

「9対2だ。シンジを乗せる」

冬月はその言葉に愕然とした。

「ばかな彼はまだ意識を取り戻していないぞ」

「死んでいるわけではない。初号機が起動さえすればいい」

「碇...」

冬月はそのまま黙り込んでしまった。
 
 



 
 

第壱拾七使徒も倒し、発令所は束の間の平穏を得ていた。シンジの様子にも望みが出てきたと言うことでオペレータ達の顔にも明るい光が戻ってきていた。

「今日はやけに松代からのアクセスが多いですね」

伊吹マヤの何気ない一言からそれは始まった。

「変ですね、今日はやけに他支部からもアクセスが多いですよ」

日向マコトの報告がそれに続く。

「どういうことだ、調べてみろ」

冬月はオペレータ達に指示を飛ばした。

あわただしくアクセス記録を調査するオペレータ達。日向マコトが大声を上げる。

「大変です、通常アクセスに紛れてシステムコアへの進入が行われた形跡があります。
 アクセス記録からして、一部の制御プロセスが停止しています」

「何のプログラムだ」

「本部、対人防御システムです」

ふと冬月はイヤな予感にその身を包まれた。

「いかん、至急システム再起動。外部からのアクセスを禁止しろ」

「駄目です、ネットワーク管理システムがのっとられています。
 外部からのアクセスを禁止できません。
 防御プロセスもキルされています」

「かまわん、ネットワークを物理停止しろ」

冬月の指示で外部接続ネットワークは完全に停止された。

「これで本部は外部への目を閉ざされたな。
 防御システムの起動はどうだ」

「モニタ機能自体は回復しました。
 しかし、防御機能自体は、現在走っている妨害プロセスの排除とともに
 書き換えられたメモリの確認が必要です。
 最低1時間かかります」

「わかった早くしろ」

そう言うと冬月は黙っていたゲンドウに耳打ちをした。

「来るのか」

「ああ、対人システムを押さえたということは本部の直接占拠が目的だろう。
 日本政府を押さえられたと考えて間違いない」

「しかし、いいのか碇。
 いささか時間がないぞ」

「冬月先生、レイを呼び出して下さい。
 アダムもリリスも初号機もわれわれの手の内にあります。
 我々は負けませんよ」

「行くのか碇...ユイ君によろしくな」

ゲンドウはただ一人ドグマを降りて行った。
 
 



 
 

あわただしくMAGIの作業が行われて行く中、ミサトは今後の展開を考えていた。MAGIに対するハッキングだけで済むとはおもえない。もっと直接的な行動があるはずだ...そう思い立ったミサトはレイとアスカの所在を確認した。

「日向君、レイとアスカはどこにいるの」

日向は、コンソールを操作すると二人のチルドレンの居場所を確認した。

「ファーストチルドレンは10分前に部屋を出ています。
 本部に入った後については記録が残されていません。
 セカンドチルドレンは現在第三芦ノ湖畔にいます。いつもの場所です」

「まずいわアスカをすぐに呼び戻して!
 保安部員を何人かアスカのところへやって大至急よ」

「はい」

日向はミサトの表情からただ事ではないことを感じ取り迅速に指示に従った。ミサトはレイの行動に碇司令の計画が実行に移されるのを感じ取っていた。

「司令はこんな時に何を始めるつもりなの。
 すべてを帳消しにするオールマイティでもあるというの」

ミサトは今後の手段を考えた。そして一つの結論に達した。

「日向君、シンジ君も含めてパイロットのエントリーの準備をお願い。
 大至急よ」

「しかし、シンジ君は意識を取り戻していませんよ」

「構わないわ。あそこが一番安全なのよ。
 もし、今パイロットを狙われたら守り切れないわ。
 だから早く!」

「わかりました」

ミサトは舌なめずりを一つすると次の手を考えた。その目は獲物を追う猛獣の眼差しをしていた。

「次はここの守りね」

ミサトは有らん限りの方法を考えていた。
 
 



 
 

電脳空間の闇の中、モノリス達が集まっていた。

「MAGIは外部との接続をすべて断った」

「これでMAGIへの進入は現実的に不可能となった」

「しかし対人防御システムは停止している」

「穏便に済ませるつもりであったが仕方あるまい
 これよりネルフ本部の直接占拠をおこなう」

「日本政府は動くのか」

「すでに我々に屈している」

「9体のエヴァ、その威力の前に敵はいない」
 
 



 
 

いつもの通りカヲルの墓に来ていたアスカは、身の回りが何かざわめいているのに気がついた。おかしい、アスカの感がそう警告を発していた。アスカはもっとも近いネルフ本部のゲートへと急いだ。

アスカが後一息で本部のゲートに辿り着くという時、突如黒服の男達が現れた。一瞬驚いたアスカであったが、相手がネルフの保安部員であることに気づくと緊張が解け、安堵の息を漏らした。

「脅かさないでよ。急いでいるんだからそこをどいてくれない」

その時アスカは気づいた、本部の保安部員は全員日本人であったはず、でも今自分の目の前に者達は違う、緊張がアスカの背中に走った。

黒服の男達はアスカの声には答えず、いきなりアスカに銃を向けた。

「ちょっと、何をするのよ」

アスカは自分の洞察を呪った。こんなことが当たらなくてもいいのにと。

「死んでもらう...」

自分に向けられた冷たく光る銃口にアスカは凍り付いた。

「どうして...」

アスカは何かが動いている事に気がついた。そして“人類のため”なんてものは大義名分に過ぎないことも。自分がなんのために戦ってきたのか、アスカはこの時その理由を見失った。

「さよならシンジ」

アスカは目を瞑り静かにその時を待った。銃声が響く...しかし地面に倒れたのは3人の黒服だった。その時アスカは信じられない声を聞いた。

「おまたせ、アスカ」

アスカの目の前には加持リョウジが立っていた。最初は信じられないものを見るような目で見ていたアスカだったが、次第にその蒼い瞳に涙が浮かび上がり、堰を切ったようにあふれ出た。

「加持さん...加持さん、加持さん、加持さん、加持さん」

アスカは加持の胸にすがりついた。自分の名前を呼びすがりついてきたアスカを加持は優しく抱きしめると落ち着くのを待った。

「行こうか、アスカ」

加持はアスカが落ち着くのを見計らってそう声をかけた。

「うん」

二人は弐号機のゲージへと急いだ。
 
 



 
 

ミサトは周辺に展開された戦自の部隊を確認すると、次々と迎撃のための指示を出した。相手の目的は分かっている...MAGIとエヴァ、それならば対応はたやすい。

「日向君、ここに通じる通路は1本を残して後はベークライトを注入して。
 それからパイロットはどうなっているの」

日向は指示通り、通路を閉鎖するとベークライト注入を行っていく。

「シンジ君はすでにエントリー終了しました。
 ファーストチルドレンは依然所在不明。
 セカンドチルドレンは保安諜報部を出しましたがまだコンタクト出来ていません」

ミサトは唇をかんだ。

「まずいわね...今アスカを押さえられたら、うちに戦力はないわ。
 とりあえず初号機は射出の用意だけしておいて...場所はジオフロント地底湖よ」

「いいんですか、そんなところに射出して」

「いいのよ...エヴァの中が一番安全なんだから
 それよりもアスカの確保を急いで!」

その時、伊吹マヤからミサトに報告が上がった。

「葛城さん、通信が入っています。
 加持さんからです」

瞬間ミサトははっとしたが、すぐに気持ちを引き締め、マヤに指示を出した。

「出してちょうだい」

瞬間、発令所のスクリーンに加持の顔が大写しにされた。

「よお、葛城...元気だったか」

「加持のバカ、何してたのよ今まで」

ミサトはスクリーンに映った加持の顔をにらみつけた。

「そう怖い顔をするなよ、俺にだっていろいろと都合はあるんだ。
 それより、アスカを保護した。これからケージに連れていくから経路を指示してくれ」

ミサトは日向に指示を出し、ケージまでの経路を表示させた。そして本部全体に第一種戦闘体制を発令しようとしたが、ふと思いとどまった。

「日向君、保安部隊の配置を急いで。
 最寄りのゲートにはトラップの設定、一般職員は大深度施設に避難させて
 それから弐号機の射出準備を急いで...
 射出と同時に第一種戦闘体制に移行...よろしい」

日向は手早くミサトの指示を実行していった。そしてディスプレーから目を離さないままミサトに聞いた。

「いいんですか、今すぐ戦闘態勢に移行しなくて」

「こちらが気づいたと分かればすぐにでも攻撃してくれるわ。
 でも今なら、まだ両方とも隠密裏に行動できるでしょ。
 そしてこちらの準備が整ったところでエヴァで相手の地上部隊を一気に制圧するわ」

確かにこちらの準備が整っていない今、敵の侵攻のきっかけを作ってやる必要はない。日向もその考えに同意した。

「対人防御システム再開まで後50分...それまでには来るわね」

ミサトは身の内にわき上がる興奮を抑えきれなかった。しかしもう一方で変にさめている自分もいた。

「変ね、手際が悪すぎる」

戦自は本気でここを落とそうとしているのだろうか。ミサトの中にそんな疑問がわき上がっていた。
 
 



 
 

第三新東京市からは双子山を挟んだ反対側の丘陵地に戦略自衛隊は前線基地を設置した。そして攻撃開始の指示を待っていた。展開された装備は多い、しかしその配置は攻撃と言うよりも撤退を前提に配置されているのが妙ではあった。

日本政府としてもネルフがサードインパクトを起こそうとしているというゼーレの説明を信じていたわけではなかった。むしろ動こうとしない日本政府に対して9体のエヴァで恫喝をかけたゼーレに対する不審が大勢を占めていた。このままネルフを落とした場合、後に待ち受けているものの方が恐ろしい...その考えがあった。だからといってゼーレに対して表立った反抗は出来ない。何よりもエヴァンゲリオンの脅威に抗えるすべを誰も持っていなかったからである。そうネルフを除いては...。そんなジレンマの中、彼らがとったのは時間の引き延ばしだった。彼らの攻撃よりも早くネルフが迎撃の準備を整え、エヴァンゲリオンを投入すれば彼らの撤退の名目は立つからだ。出来ればゼーレとネルフ、共倒れになってくれればそれにこした事はない。

この時点でゼーレはすでに攻撃の判断を下していた。しかし、日本政府の思惑により伝達の遅らせられた命令が前線に届いたのは、ゼーレが攻撃を決断してから30分後のことだった。

「総員攻撃開始」

その命令が発せられるのと時を違わずネルフからはエヴァ弐号機が地上に射出された。弐号機は地上に展開された戦車やミサイルポッドを次々と破壊していった。

「予定通りだな...」

指揮官はそうつぶやくと速やかに撤退の指示を出した。

「総員撤退を開始しろ
 あいつには通常兵器は通用せん
 無駄死には避けろ」

予定通りとは言え、弐号機の猛攻にさらされた部隊は慌てて撤退を始めた。撤退の遅れは自分たちの死につながるからだ。

その時基地内をレーダ観測員からの報告が駆け抜けた。

「太平洋上のUN艦隊から弾道ミサイルが発射されたのが確認されました。
 おそらくNNを弾頭に使用していると思われます」

さすがにその報告は全員の顔色を奪った。

「総員緊急待避!NN兵器が来るぞ!」

指揮官の指示のもと、展開されていた部隊はあっという間に撤収していった。そして残された弐号機の上に白い軌跡を引いた何発ものミサイルが降り注いだ。
 
 



 
 

「日本政府は何故攻撃を開始せん!すでに部隊の展開は終えているではないか」

「天秤にかけているのだよ、我々とネルフを」

「愚か者め、その報いを思い知らせてやる」

「まあよいではないか、彼らに我々の力を見せてやればいい」

「エヴァシリーズ、投入するのか」

「いずれにしても避けられんことだ」

「手間が省けてよい、このまま計画を実行すれば良いのだからな」

「UN軍に指示を出せ、ジオフロントの天井の蓋をはずせと」

「約束の日は来た...」
 
 



 
 

アスカは加持に伴われて、弐号機のケージへと来た。そして、素早くエントリーを済ませると発令所との通信を開いた。

「ミサト!こちらはいつでもいいわよ」

モニタの向こうのミサトはいつにもましてまじめな顔をし、アスカに指示を出した。

「いいことアスカ。射出と同時に地上部隊を殲滅して。
 本命は敵のエヴァよ...それまでは体力を温存してね」

「分かったわミサト...
 アスカ弐号機出ます」

強い加速と共に、アスカの乗るエヴァ弐号機は地上へと射出された。アスカは地上に出るとすぐに展開されている戦自の部隊の破壊を始めた。

「悪く思わないでね、これも任務なの」

アスカはそう言うと配置された部隊を攻撃していった。その中でアスカは大した反撃がないのをいぶかしく思った。

「やる気があんの」

いくら通常兵器ではエヴァに太刀打ちが出来ないとは言え、攻撃が淡泊すぎる。何かあるのでは..アスカがそう思ったとき、地上部隊の撤退が始まった。

「何?上!」

アスカはモニタに映し出された警告に上空を見上げた。そこには白い尾を引いた幾筋もの飛行物体が映し出されていた。

「NN兵器なの」

アスカは飛行してきた物体に気がつくとATフィールドを大きく展開した。降り注いだNN爆雷は弐号機に何ら損害を与えることはなかったが、ジオフロントの天井を破壊するには十分な破壊力を持っていた。弐号機を巻き込み崩壊した天井は、ネルフ本部を白日の下にさらけ出した。

「まったく無茶するわね」

天井の崩壊と共にジオフロント内にたたき落とされたアスカは、弐号機の状態を確認しながらそう文句を言った。

「まずいわね、第二波が来たらエヴァはともかく本部はただじゃ済まないわ」

アスカはそう言って、なくなってしまった天井を見上げた。そしてそこに舞う9機の巨大機を見つけた。

「アレが敵のエヴァ...
 ...誰が乗っているの」

アスカの呟きが聞こえたかのように9体の白いエヴァンゲリオンにプラグが挿入されキャリアを離れた。白い翼を広げゆっくりと降下を始めるその姿はまるで天使のようでもあった...破壊をもたらす天使ではあったが...そしてプラグに「KAWORU」と記されていたのをアスカは知らなかった。運命はこの二人に再び戦いを強いようとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

続  劇
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