硬い音、靴の近付いてくる。
コツンコツン………こんな感じの音だ。
追って来る訳でもないし、近付いて来る訳でもない。
僕が一切動いていないのにその硬い音だけは聞こえる。
近くも無く、遠くも無く……。
靴の音が聞こえて来る。
何処からか判らない近くて遠い、回廊から……。
その音に近付けば始まるのだろうか?
やっと、始まるのだろうか?
ならばなんて簡単なんだろうか。
そう、始まりは簡単だ。
そして終わりもそれと同じ様に簡単だ。
それを自分で、どこでどう見るかが大切なんだ。
きっかけなんて全て偶然なんだから…。
ジャンプ攻撃、しゃがみ小キックを二回、そして目押しの大パンチ。
コレだけでも一級のコンビネーションだ。
そして、そのコンボにキャンセルを掛けての超必殺技。
しかも、それに追い打ち…。
ここまで来るともう達人のレベルだ。
更には…僕の使っていたキャラクターは先の一連のコンボによって気絶。
……終わった。
ここに僕の罰ゲームが決まった。
最終戦であるこのビリ決定戦での、素人同士と思われた僕とトウジの対決はここに終わった。
軍配はトウジに上がり、僕には敗者の烙印が押される。
しかし、疑問に思う。
何故にこのビリ決定戦にてここまでの一級、嫌、特級のコンボがトウジから炸裂するのが不思議だった。
しかも、ものの見事に、狙っていたように決まったのだ。
最初、僕が倒れたトウジの起き上がりに重ねた強の飛び道具に突進系の必殺技で追う。
それを待っていたかのようだった。
その飛び道具を、割と長い弱の無敵対空技ですり抜ける。
これだけでも凄い技術なのに…。
そして技の着地と同時に小ジャンプで僕の突進系必殺技をジャンプ攻撃で潰し、そこからはコンボ。
そして、気絶の後にもう一度出した超必殺技で僕の使っているキャラクターは昇天した。
今日の事の起こりは帰りのHRから始まる。
何時も通りだ。
何事も変わらないメンバー、そしてその周りの人達によって始まる。
今日も例外では無い。
最初の一言はケンスケ。
「今日さ、俺の家でゲームしないか?昨日新しいの入ったんだ。ほら、この間言った奴だよ。ゲーセンの移植された奴だよ」
熱く語るケンスケに、
「それって、ネオキン3の事?」
ネオキン3、それはセカンドインパクト前から流行っている対戦格闘ゲーム『キング・オブ・ファイターズシリーズ』の最新版らしい。
その続編が三年前辺りから『ネオジェネシス・キング・オブ・ファイターズ』として復活した。
そのゲームはセカンドインパクト以前でも大人気だったらしく、復活したこのゲームには大人達も熱き血潮を滾らせて闘っている。
老若男女を入り乱れた合計四八人の大所帯のキャラクターに、プレイヤー側も正に老若男女。
KOF世代にに僕らの世代、NK世代も入り混じっての人気振り。
余りゲームをしない僕でも、このゲームだけはそれなりに出来る。
僕の出来るは一応技が出る程度で、ケンスケなんかとやって勝てるレベルでは無い。
余談だが、アスカなんかもゲーセンでやっているのをよく見る。
アスカはこう言うゲームの方が好きらしい、RPGをクリアーした事なんて無かったし……。
多分僕より、と言うかケンスケ並に強かった筈だ。
確かこの間ゲーセンでケンスケがアスカと連続技で熱く語り合っているのを見て、不思議な光景だと思ったのを良く覚えている。
「そ、ネオキン3!来るだろ、碇?トウジの奴は来るって言ってるし…なっ?」
そう言ってケンスケはトウジに相槌を求める。
「おうよ!ワシの拳、草薙の拳が真っ赤に燃えるで!!」
トウジはケンスケの言葉に熱く答える。
どうやらトウジは行くらしい。
「他のクラスの連中も来るけどさ、お前も来いよ。みんなでやれば面白いしさ」
「うん、じゃあ拠らせて貰うよ」
僕もこのゲームは好きだったからケンスケの誘いに簡単に乗った。
しかし、この選択が僕の災難だった。
そう、これはケンスケとトウジの僕を嵌める罠だった。
最初はみんな普通にやっていた。
最も、八人と言う人数で一つのゲームをやるのでは余りに大変だったが、このゲームの特徴として三対三のチームバトルのルールが在ったお陰で、三つのチームを作って遊べたのが幸いだった。
一つのチームは二人だけだったんだけどね。
チームの勝ち抜け、負け交代制でゲームを進めて行く内にケンスケの一言。
「…大会だな」
へ?と言う感じで最初は聞いていた。
「折角八人もいる事だしトーナメント形式、勝ち抜け負け抜け戦の両方ありで」
ケンスケの提案に誰もが反対しなかった。
今までの形式よりも面白そうだからである。
僕も勝てる気はしなかったたけどそれなりに面白そうだったので参加したのだが…。
けれど、僕の参加が決定した途端、ケンスケが飛んでもない事を言い出した。
「最下位には罰ゲームっての、どぉ?」
ニヤニヤしながらケンスケが言う。
まるで最下位が僕であると遠回しに言っているようだ。
正にそれが仕組まれた事だと僕が感づくのに、そう時間がかかる訳でもなかった。
僕はケンスケのそれを聞いた時、『止める!』と言おうと思った。
そう意気込んで立ち上がろうと思ったとき、突然肩を組まれた。
「センセ…今更止めるなんて白けた事言いなや…」
トウジ…。
ぐっと肩を組んでトウジが僕にそう耳打ちする。
僕はそのトウジの一言で完全に大会辞退の言葉を発する機会は失われた。
それにしてもなんて絶妙なタイミングだ…。
すっと冷や汗が背中に流れるような感覚に襲われる。
…
…
しまった!と思った時には既に遅く、僕の他の七人が使うキャラクターを思案している最中だった。
後には引けない…そう自覚した時、僕は卑怯と言われようが何だろうが最強と言われるキャラを使って勝ちに行こうと徹するつもりになっていた。
…しかし、これも間違った選択。
ここにいる連中はトウジと僕を除いてはゲーセンで鍛えている連中だ、僕が今更何を思った所で勝てる連中では無かったのだ。
ここはどんなに恥を晒しても逃げるべき所だったのに…。
僕にとっては寒い大会が始まる。
そう、敗者には罰ゲーム有りのトーナメント形式のネオキン大会が始まる。
僕のライバルはトウジだけだった。
初心者同士の火花は目に見えて判った。
そのトウジと僕はAグループ、Bグループと別々に別れた。
運命の分かれ道、とも言うべき最初の試合はあっさり負けた。
これで僕は五位から八位の敗者側のトーナメント行きと為る。
次ぎの試合でトウジが負けた時点で、何時の間にかメインは一位ではなくて、罰ゲームの付いている八位の行方となった。
……。
優勝決定戦は余りに冷めていた。
また、盛り上がりにも欠けていた。
罰ゲームと言う魅力的な言葉の前には優勝には微塵の価値もなかった。
メインディッシュの前の前菜とも言うべき軽いノリと実力者同士の対決、と言う事もあってかその戦いは見苦しさの微塵も無い、華麗且つあっさりとした試合展開で終わった。
勝者はケンスケ。
下馬評道理の勝者だった。
そして、ついに負け抜け戦が始まる。
やはりグループでは僕が最下位。
対するグループの最下位はトウジ。
グループ三位決定戦、あっさりと負ける。
これで僕は確実に七位か八位だ。
次ぎの試合でトウジも負けたようだが、なんと言うか業と負けたような節があった。
そして、各々の勝者で五位、六位決定戦。
それが終わると遂に罰ゲーム付きの最下位決定戦が始まる。
逃げ出したい雰囲気だ。
トウジの試合の展開が読めない。
先の試合ではトウジは飛び道具の連発で滞空、いわゆる待ちパターンだった。
トウジの性格ではそれは男らしく無いとの事、だから何故トウジがあんな戦い方をしたのか判らなかった。
勿論ここではそんな素人のやるような戦法では万に一つの勝ちをも得る事は無いと思う。
何か企んでいるとは判っていたが…。
「ほら、シンジ。はやくしろよ。トウジはもうキャラ選択終わってるぞ」
そんな事を考えている内にケンスケがはやし立てて来る。
考えをまとめる事は出来なかったが、今は試合に専念しようと思いキャラ選択に入る。
さて、負けることの許されない試合の始まりだ。
この時、始める前は確かに僕はトウジを侮っていた。
僕の方が確実にこのゲームはやっていると思ったからだったんだが…。
結果は惨敗。
トウジの戦い方は見事としか言いようが無かった。
僕の癖を見抜いていたし、コンボも確実に決めていた。
明らかに練習の跡があった。
それもケンスケのような強力な教師が後ろにいた事も間違い無かった。
本当に弱いのか!?と思うくらいだった。
これなら他の連中とも普通に戦えるくらいのレベルは確実に持っていた筈だ。
しかし、これが仕組まれた事だったとは…。
トウジがラストだったのは、僕を油断させる為の罠。
僕は弱かったとしても、万が一と言う事がある。
それで、一番油断の誘えるトウジを僕に当てる。
それはトウジが強いと言う前提があっての事だ。
ちなみに、これはケンスケの仕組んだ事だと言うのは明らかに判った。
運命の別れ道で既に暗い道程を選んでしまった。
今は勝者である七人によって敗者である僕の罰ゲームを協議している。
…五分。
長い時間がかかる。
息苦しくなってしまう位の長さだった。
無論、罰ゲームなんて大した事はないだろうとは思うのだが、この五分と言う時間が僕を不安にさせてくれるようだ。
今決まったかの様にケンスケが言う。
「よし!シンジ。お前に指令を渡す!!」
立ち上がり上を向いたケンスケの眼鏡が室内蛍光灯を真っ向から当てられ、怪しく光る。
「好きな子に告白するんだ!!」
…そんな事、
「んな無茶な!!」
思わず声を張り上げてしまう。
しかし七人、取り分けトウジが強い口調で、
「そんな言い逃れは聞けれへんな!これは神聖に決められたや!」
と、僕的には本当に無茶苦茶な論法で責めてくる。
僕はこの時になって始めて気付く。
…はめられた!!
なんだか悔しくなっていても立ってもいられなくなって来た。
がばっと立ちあがるが、後の祭りだった。
既に皆は『誰に告白するんだ?』とか『やっぱアスカか?』等と勝手に盛り上がってくれていた。
がっくりと肩を落とす。
………負けた。
完全に諦める事にする。
そしてこれから如何しようかと頭を痛める事になるのだが、恨み言の一つでも言いたい気分になった。
「…はめたな」
するとその声を聞きつけたケンスケとトウジが二人揃ってニヤっと笑う。
僕にはその二人の笑みがとても嫌らしく見えて握り拳を作る、が降ろす場所は既に無く…。
ケンスケが言う。
「だってさ、じれったいんだよ。お前ら見てるとさ」
僕はがっくりと膝を着いてため息を深く深く吐いた。
魂の何パーセントかが混じっているかの如く、見た目にも重い位のため息だった。
帰り道、足取りは重い。
なんと言っても好きな子と言うのが問題だ。
誰にするべきかと思案する。
しかし、何時の間にかマンションが目の前に迫っていた。
そこで一旦罰ゲームの事は考えるのを止めて思考を今晩の夕食の献立に移す。
考える事も何かをする気も起きない。
けれど、アスカに言おうとは思った。
アスカなら冗談として笑ってくれると思った。
夕食を作るのも億劫だった。
一から準備して作るという作業が今日は出来そうも無かった。
今晩の夕食のメニューは冷凍食品のオンパレードだった。
お弁当用のエビフライにレンジで暖めるだけで済むミートボール。
本当に簡単なモノばかりだった。
「今日は本当に疲れる一日だ」
と、漏らしてしまう。
そんな事を言っている間にエビフライは黒く焦げかかっていた。
それを見るとため息も出なかった。
暗い道。
嫌、道事体は明るいかもしれない。
街灯が明々と照らしているのだから。
だが道の周りには何も無い。
永遠の沈黙。
風が吹く事も無ければ、何一つ音がが聞こえる訳でも無い。
聞こえるとすれば街頭に灯る明かりの音だけ。
そんな道を挟んで二人の人影が対峙している。
一見すると睨み合っているかの様にも見えなくも無い。
御互いの赤い瞳を交差させるかの如く。
沈黙を破ったのは少年の声。
「彼は僕らと同じだね」
表情は見えない。
「そうね。何れ彼も来るわね」
少女の声。
感情は一切感じられない。
「そう、何れ…ね」
少年の声は自嘲的に聞こえる。
まるで自分へ言っているかのようだ。
「彼はまだ望んではいない。そして彼女も気付いていない」
少年が続けた。
「…哀しいわね」
少女の声は誰にも届かない。
「哀しい…か、そうかもしれないね……」
少年の声がゆっくりと遠退いて行く。
もう、この場所には誰も居ない。
街灯の明かりの灯る音だけが響き渡る。
後書き(もどき)
読んでくださった方、ありがとうござます!
話の方が少しずつ動いてきたかな?と思っています。
でも今回は短いですね(^^;
更に、今回は最初の方はマニアックですいませんでしたm(_ _)m
判る方には判ると思いますが、やらない方はさっぱりの単語が一杯出てしまってホント、ごめんなさい。
それと、誤字脱字、感想、ご意見等がありましたら感想の方、御願いします!