第弐拾参話 「あなたへ」

written on 1998/4/12


 

 

 拝啓 碇シンジ様

 

 

 少しずつ寒さが強まってきた今日この頃。如何お過ごしでしょうか。

 そちらもドイツとそれほど変わらない気候だと聞いています。

 風邪などひいていませんか?

 元気にしてますか?

 

 あたしは今、相田からもらった例の写真を隣に置いて、このメールを書い

ています。

 いつもの五人でプールに遊びに行ったときの写真です。

 プールサイドであたしが後ろからシンジに抱きついてる写真。

 覚えてます?

 シンジの顔が真っ赤になって、みんなからからかわれましたね。

 たった三ヶ月くらい前のことだけど、すごく昔のことのように感じます。

 

 ドイツに来てからの生活はとても充実しています。

 新聞社の仕事も最近では一人で取材に行かせてもらえるようになったし、

ママの様子もすっかり良くなってきました。

 最初はよく喧嘩になったけど、今は一人でほっておいてもお酒を飲むこと

はなくなったんですよ。

 今ではすっかり仲良くなって、まるで姉妹みたいに暮らしています。

 昨日は新しくできたショッピングモールへ二人で行ってきました。

 洋服を選んで、レストランで食事をして、映画を見て、とても楽しい時間

を過ごしました。

 そしたら帰り道にママが泣き出したんです。

 もっとあたしとの時間を大事にしておけば良かった。ごめんなさい、ごめ

んなさいって。

 なんだかあたしも泣けちゃって。

 二人で泣き出したら、今度は可笑しくなっちゃって、道端で二人で大笑い

してました

 きっと周りの人からは変に見えたでしょうね。

 

 シンジの方はどうですか?

 連絡が無くなってたった三日しか経っていないのに、随分長い間話をして

ないような気がします。

 もうすぐアルバイトも終わる頃ですよね。

 仕事は怒られなくなりましたか?

 己月ちゃんと雨佳ちゃんは仲良くなりました?

 他人の心配ばかりしないで、自分のことも大事にして下さいね。

 シンジはもう少し我が儘言ってもいいと思います。

 

 あんまり悩みすぎないで。

 あたしにも遠慮しないで。

 思ってること全部話して。

 すぐに怒るかもしれないけど、嫌いになんて絶対ならないから。

 あたしも少しは大人になりました。

 少し、だけどね。

 

 この前のこと、あれからあたしも色々考えたんです。

 ちょうど大きな仕事がうまくいって、あたしの名前も雑誌に載ることにな

った時だったの(端っこに小さく、だけどね)。

 だから、あの時はとにかくシンジに話を聞いて欲しかった。褒めてほしか

った。

 それなのにシンジの様子が変だったから、ついカッとなって言い過ぎたの。

 でも、それはシンジも同じ気持ちだったんだよね?

 前に電話くれたとき、きっとシンジも何か聞いて欲しかったのよね?

 それなのに、あたしが全然相手しなかったから、それで怒ってたんだよね?

 偉そうなこと言いながら、同じ事やってんだって思ったら、なんだか恥ず

かしくなっちゃって。

 やっぱり、あたしってまだ子供なんだなって。

 人の気持ちなんてわかっちゃないの。

 

 会えないとね、なんだか不安になる。

 なんでも自分を中心に考えちゃう。

 自分の方が寂しがってるんだとか、きっとシンジは楽しくやってるんだろ

うなとか。

 だから自分のことばかり喋っちゃって、相手もそれを聞いてあげるのが当

然だなんて勘違いしちゃう。

 そんなことわからないのに、可笑しいよね。

 

 ごめん、シンジ。

 あたしがバカだった。

 

 でも、こんなバカなあたしに大まじめに付き合ってくれる大バカな男は、

シンジだけなの。

 お願い。嫌いにならないで。

 

 

 ごめんなさい。文章が変になってしまいました。

 あたし、謝るの苦手だから、これ以上どう書けばシンジに許してもらえる

かわかりません。

 だから、とにかく返事を待ってます。

 

 三日くらいは返事がなくても、シンジも忙しいのかなって楽観的に考えら

れると思います。

 でも一週間経ったら仕事が手に着かなくなるかもしれません。

 もし一ヶ月経っても何も返事がなかったら諦めます。

 一日泣いて過ごして、シンジのことすっぱり忘れます。

 

 だから、お返事、待ってます。

 

 

                                敬具

 

                      惣流・アスカ・ラングレー

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 一気に読み終えたシンジは、大きく息を吐いて、椅子に深く身体を沈み込

ませた。頬が紅潮し、瞳が潤んでいる。

 

 バカヤロウ……

 

 小さくシンジは呟いた。

 それは意地を張っていた自分に対してかもしれない。

 それとも、常に自分より一歩先を進むアスカへ向けられたものか。

 

 こんな風に書かれちゃうとさ……

 

 シンジは、心の中でアスカへの愛情が耐えきれないほど高まるのを感じて

いた。これほどまでにアスカに会いたいと思ったことは、別れて以来初めて

だった。

 これまでは、冬になれば会いに行けると考えていたし、いつも連絡を取り

合っていたので、ここまで強く会いたいと思うことは無かった。

 でも、今はじっとしていられない気分だった。

 

 今すぐにでも飛んでいきたいって、こーゆーことか。

 

 シンジは可笑しそうに笑うと、椅子を引いて立ち上がった。

 窓へ向かって歩いて行くとカーテンを開ける。

 ガラス越しに感じる冷気も今の火照った身体には心地よい。

 

 今想ってることが全部アスカに伝わればいいのにな。

 

 シンジが眺める夜空には無数の星が煌めいていた。

 

 

        *        *        *

 

 

 それから一週間後。

 シンジは予定されていたアルバイトの期間を終え、千条一家と緑川香奈の

見送りを後に第3新東京市へ旅立っていった。

 また来年の春に戻ってくることを約束して。

 

 

「行っちゃったね」

 

「うん」

 

「言わなくていいの?」

 

「いいの」

 

「彼女いたんだってね」

 

「最後に写真見せてもらったけど綺麗な人だった」

 

「そう」

 

「それに……」

 

「ん?」

 

「彼女のことを話してる時の目がね」

 

「うん」

 

「いいの。すごく。羨ましいくらい」

 

「そう……」

 

「割り込む隙なんてないなって思ったの」

 

「……泣く?」

 

「大丈夫。そんなにヤワじゃ……ないから……」

 

「じゃ、いつものトコ行こうか? 今日だけは奢ったげる」

 

「うん!」

 

 

                       <第弐拾四話へつづく>



 

 アスカのメール。ということで一工夫(一苦労?)しました。

 雰囲気が出てれば幸いです。

 

 さて、あっけないと思っておられる方が大半だと思いますが、これで仲直

りは終了です(^^;)

 次回で長野に戻ったシンジを少し描いて、第三部へと入るつもりです。

 



DARUの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system