第弐拾七話  3rd day - White Night (SIDE_A) -

written on 1998/9/20


 

 

 その日のアスカは朝から少し様子がおかしかった。

 いや、正確に言えば昨日の夜、ジェイナと二人っきりで顔を寄せて何かを

話し合っていた時からだろうか。

 シンジはトイレに向かう途中で居間にいる二人を見たのだった。

 声をひそめて話していたので内容はまったく聞き取れなかったが、少なく

ともシンジに聞かれたくない話であったことは確かだった。

 その証拠にシンジの気配に気づくなり二人はぴたっと会話をやめた。

 真っ赤になったアスカの顔とジェイナの意味ありげな視線が、いまだにシ

ンジの記憶に残っている。

 

 そして今日はクリスマスイブ。

 シンジとアスカは午前中の遅い時間から二人で街に出かけていた。

 もちろんドイツに日本のようなイブをカップルで過ごす習慣が根付いてい

るわけではなかったが、日本で暮らしていたこともあるジェイナが気をきか

せて二人を送り出してくれたのだった。

 荷物を最小限に押さえるために着替えも少な目にしか持ってこなかったシ

ンジは、アスカが気合いを入れてめかしこんでくるのではないかと自分の地

味な服装を心配していたが、それも杞憂に終わった。

 アスカはシンジと釣り合うようさっぱりとした装いで現れた。

 プレゼントとして送った赤いマフラーをしっかりと首に巻いているのが、

シンジには照れくさかった。

 

 二人はゆっくりと会話を楽しみながら、派手に飾り付けられたクリスマス

ツリーで一杯のケルンの町中を歩き回った。

 そしていくつか寄り道をしながら最初の目的地であるケルンで一番大きな

デパートに入った。

 アスカはここでシンジへのプレゼントを買うつもりだと言った。

 家を出てからずっとアスカは楽しげな様子で、それを見ているだけでシン

ジは幸せな気分になれた。

 ただ、時々ふとアスカが物思いに耽るような沈黙を見せることがあった。

 それが様子がおかしいと感じる理由だった。

 今もそうだった。

 さっきまでシンジへのプレゼントとなるコートをはしゃぎながら見繕って

いたはずなのに、気がつくとぼーっと一点を見つめたまま小さくため息を吐

いたりしている。

 

 

「どうしたの?」

 

「へ?」

 

 シンジの気遣わしげな言葉にアスカは驚いたように顔を向けた。

 反射的に強い口調で言葉が出た。

 

「な、なんでもないわよ」

 

 目の前で自分の顔を見つめてくるシンジの視線に、アスカの心臓は嫌でも

鼓動が高まる。いつもは鈍感なくせに、妙なところで敏感なシンジがアスカ

は恨めしかった。

 

「今日のアスカなんかヘンだよ」

 

「気のせいよ。気のせいっ」

 

 アスカは上気する頬を隠すかのように、慌ててシンジの目の前にコートを

突き出した。そのコートは深い緑色が基調で、裏地も暖かそうな厚みがある

割に手に持つと意外と軽い。

 

「それよりもさ、これなんかいいんじゃない? つくりもしっかりしてるし

落ち着いた色だから似合うと思うんだけど」

 

 そう言ってアスカはシンジに試着してみるよう促した。

 話を逸らされたシンジはすこし不満そうな表情を浮かべたが、コートに

袖を通した瞬間その表情が明るく変わった。

 そのコートはシンジの身体のサイズにぴったりとして非常に暖かかった。

 

「へー。うん、これ暖かい割に軽いし、すごく着心地いいよ」

 

『でしょ?』と、満足そうにうなずくアスカにそのコートを渡しながら、シ

ンジはさりげなく値札を見る。

 頭の中で素早く計算するとその値段は日本円にして六桁を越えていた。

 そのことに気づいたシンジは慌てて、店員を呼ぼうとしていたアスカを引

き留める。

 

「ちょ、アスカ、待って!」

 

 怪訝そうな顔で振り返るアスカ。

 

「これ高いよ……」

 

 シンジの言葉にアスカは軽く笑って返した。

 

「いいのいいの。しっかり仕事して稼いでるんだから」

 

 ひらひらと軽く手を振りながら、アスカは困ったような顔をしているシン

ジを置いて店員を呼びに歩いていった。

 シンジは、アスカの後ろ姿と手に持ったコートを交互に見比べながら複雑

な表情を浮かべた。

 金額の大小はともかく、アスカが時間をかけて貯めたお金で買ってくれた

プレゼントが自分の手の中にあるという、相手の時間を共有しているような

この感覚はとても嬉しかった。が、それとともに、心のどこかにプレッシャ

ーを感じている自分に気づいて苦笑する。

 

 とりあえずまた貯金しなきゃな。ついそんなことを思ってしまう気苦労性

のシンジであった。

 

 

        *        *        *

 

 

 それからしばらくの間、シンジはアスカのウインドウショッピングにつき

あうことになった。

 まともなデートは日本でも数えるほどしかしたことがなかったシンジにと

っては、アスカの後をついて回るだけで新鮮な発見をすることができ、とて

も楽しい時間だった。

 

 まず女性用の洋服売場、そして次にアクセサリー類の売場を回って一階ま

で降りてきたところで、シンジは目の前で突然立ち止まったアスカにぶつか

りそうになった。

 隣に並んでアスカの視線を追うと、その先には光沢のある白いバッグが他

の商品から一段高いところに飾られていた。見るからに高価そうだ。

 箱形のかたちでどちらかと言えば可愛い感じのするそのバッグにアスカが

興味を持つとは、シンジにとって少し意外だった。

 

「へー。アスカも普通の女の子みたいな買い物するんだ」

 

 思わず口に出してしまい、しまったと口を押さえながら、慌ててシンジは

身を引いた。

 しかしシンジの予想に反して、アスカは笑いながら、

 

「普通のって、なに言ってるのよー。あたしだって女の子よ」

 

 と、肘でシンジの身体を軽くこづくだけだった。

『普通ってどーゆーことよっ!?』と怒鳴られるかと身構えていたシンジは

拍子抜けして、再び眉を寄せてそのバッグを見つめているアスカを目を丸く

して見つめる。

 

「どうしよ……」

 

 値段は先ほどのコートに比べれば一桁安かったが、いくら社会人並に働い

ているアスカと言えど、ほいほいと簡単に買える値段でないことは確かだ。

 シンジはアスカに気づかれないように自分のポケットを探った。

 もちろんそれは気休めに過ぎず、財布の中身が心許ないことは最初からわ

かっていた。

 財布の中身だけではない。口座の中身も今回の旅行の費用でほとんどすっ

からかんになっていた。

 いくらか出してあげようにも先立つものがない。

 無理をすれば逆に迷惑をかけることにもなりかねない。

 シンジはしゅんとなって貧乏学生の我が身を呪った。

 せめて父さんの遺産でもあれば……。

 そんな思いが頭の中を巡ってシンジは思わず声を出して笑いそうになった。

 まさかこんな風に父さんのことを思い出すなんて。

 

 シンジが笑いをこらえていると、突然アスカがシンジの方に向き直った。

 

「どう思う?」

 

 普段あまり他人の意見を求めないアスカがこうやって尋ねてくるというこ

とは、無意識に同意を求めているのだとシンジにはすぐにわかった。

 そもそも一つのモノにこれほど執着するアスカは珍しかった。よほど気に

入ったのだろう。

 シンジは即答した。

 

「買わずに後悔するより買って後悔した方がいいと思うよ」

 

 シンジの言葉を聞いてアスカの表情に笑みが浮かぶ。

 

「やっぱりそう? つぎ来たときに売り切れてたらしゃくだもんね」

 

 そのとき別の女性がアスカの隣で立ち止まった。

 同じバッグに飛んでくる視線を感じたのか、アスカは慌ててバッグを手に

取った。

 

「買うの?」

 

「もちろん!」

 

 シンジの言葉にアスカは大きくうなずく。

 ちらっと隣の女性に視線をやりながら話すアスカの言葉に、シンジは勝ち

誇ったような響きを感じ取った。こういうところはまったく彼女らしい。

 シンジは心の中で苦笑いをしながら、嬉しそうにバッグを抱え込むアスカ

を見つめていた。

 

 

 そして二人はそれぞれ大事そうにコートとバッグを抱えてデパートを出た。

 昨日から降り続いている雪は街中をすっかり白く染めている。

 二人は歩道に仲良く足跡を残しながら、次の目的地である映画館へと向か

った。

 

 

 

                          To be continued

 

                 3rd day - White Night (SIDE_B) -

 

 



 

 あああ、すんげー中途半端(^^;)

 なるべく早くSIDE_Bはアップします〜。

 遅くとも今月中目標!

 



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