第弐拾九話  4-5th day - Eternal picture -

written on 1999/1/17


 

 

 ひとりで教会にでかけようとしていたジェイナを、喜ばせるより先に驚か

せてしまったシンジたちのクリスマスイブ帰宅事件から二日後。

 シンジにとっては、はじめての経験となるおごそかなクリスマスを過ごし

た次の日、アスカの家では上機嫌なジェイナを先頭に大掃除が行われた。

 まずクリスマスの料理づくりで散らかったキッチンの後片づけからはじま

り、次にリビングルームとジェイナの部屋、そしてトイレとバスルームを終

えて二階のアスカの部屋にたどりついたのは、陽もずいぶんと傾きかけた頃

だった。

 ふたり暮らしの気ままな生活を続けていたせいか、意外に整理しなければ

ならないものが多く、荷物の数のわりに時間がかかっていたのだ。

 しかしシンジの几帳面な性格と十二分な経験はここでも活かされ、他人の

家であるにも関わらずてきぱきと整理を続けていく様子に、

「彼、使えるわね……」

「でしょ?」

 と、残る二人の女性陣の間で密かに会話が交わされたのは言うまでもない。

 いつの間にかシンジが先頭に立ち、二人を引き連れるように歩き回ってい

た。

 そして三人はアスカの部屋の目の前にまでやってきた。

 ここを終えると、残りはシンジが仮住まいをしている小さな部屋と地下室

だけである。なんとか今日一日で大掃除は終了しそうだった。

 ようやく終わりが見えてきたと、意気込んでアスカの部屋のドアノブに手

をかけたシンジだったが、一瞬躊躇してノブを回す動きを止めた。

 

「ん? どしたの?」

 

 アスカが後ろからひょこりと顔をのぞかせた。

 もちろん鍵は開けてあるはずだった。

 

「あ、いや、なんでもないよ」

 

 慌ててシンジはノブを回す。

 シンジが戸惑ったのには理由があった。

 ドイツに来てからアスカの部屋に入るのは今回がはじめてだったのだ。

 もちろん日本に居た頃はアスカが借りている部屋にも何度か出入りしてい

たのだが、やはり自宅の部屋というプライベートな空間と借り物の部屋に入

るのでは、また違った感慨があるのだろう。

 意を決してドアを開けた瞬間、ふわっと柔らかい香水のような匂いがシン

ジの鼻を刺激した。

 二、三歩部屋の中に進みながら、後ろに従っている二人に気づかれないよ

う深くその匂いを吸い込む。

 アスカの好きな香水の匂いに似てる……。

 部屋の真ん中でシンジが足を止めていると、その横を通ってアスカがすた

すたと奥のタンスに向かっていった。

 思わずシンジの目がアスカの後ろ姿を追う。

 薄手のセーターとぴったりとしたジーンズが彼女の身体のラインをはっき

りと浮かび上がらせている。

 すでに見慣れているとはいえ、以前にも増して女らしく成長し、均整の取

れたスタイルを見せつけているその姿から、シンジはしばらく目を離せなか

った。

 

 クリスマスイブ以来、今まで以上にアスカのことを意識してしまっている

自分をシンジは情けなく思っていた。

 彼女の近くにいるだけで鼓動が激しくなったり、二人きりになると妙に緊

張してしゃべりがどもりがちになったり、さらには風呂上がりの彼女と廊下

ですれ違うときに、まったく気にしてないようなそぶりをするのにも非常に

努力を要するようになっていた。

 それも彼女の方は今までと変わらず自然体で、自分だけが異常に意識して

いるように感じられるのが情けなさを増幅させていた。

 やっぱもったいなかっ……。

 シンジはなにか恐ろしいものでも見たかのように慌てて口元を押さえると、

ぶんぶんと頭を小さく左右に振った。

 

「あったあった!」

 

 そのとき机の前に立っていたジェイナがなにかを片手に持ってシンジの方

を振り返った。

 

「それは……?」

 

 手に持っているのは写真立てのようだった。

 嬉しそうな表情を浮かべているジェイナからそれを手渡され、シンジは怪

訝そうな顔でその写真をのぞき込んだ。

 少しピントがぼけていたが、それは一人の男性が宙を舞っている写真だっ

た。

 

「あーっ!」

 

 いつの間にか背後に近づいていたアスカが、素早くシンジの手からそれを

奪いとった。

 

「っと、これもしまっとくわね!」

 

「ハイジャンプ……の?」

 

 ちらっとしか見ることが出来なかったが、シンジの目に映ったのは確かに

自分の写真だった。ちょうどバーを飛び越えている瞬間の姿。ユニフォーム

から察するに、公式の試合ではなく練習中に撮られたもののようだった。

 

「それね。寂しくなったときに見てたみたいよ」

 

 ジェイナの茶化したような声に、写真立てごと無理矢理段ボールの奥に押

し込もうとしていたアスカの動きが止まった。

 

「ママッ!!」

 

 アスカが顔を真っ赤にしてジェイナをにらみつける。

 

「こ、これは、ただ、ちょっと昔の持ち物整理してたら、出てきたから、だ

から、その、ちょっと見てただけなのよっ」

 

「わざわざ写真立てに入れて?」

 

「それは、その……。もうっ、部屋には勝手に入らないでって言ったじゃな

い!」

 

 アスカが掴みかからんばかりの勢いでジェイナに詰め寄った。

 シンジは苦笑しながらなだめるように声をかける。

 

「まあまあ、そんなに怒らなくても……。でも、それって、いつの写真? 

ずいぶん昔のように見えるけど……」

 

「べ、べつに、いいじゃない、いつのだって……」

 

 急にアスカの声が小さくなる。

 シンジには思い当たる節がなかったが、彼女にとってはなにやら思い入れ

がある写真のようだ。

 

「そっか……。でも、なんか……、嬉しいな……」

 

「……バカ」

 

 あたりの空気が突然フッと止まったかのように静寂が訪れる。

 ちらちらと顔を上げては相手の視線に気づいて慌てて顔を俯ける。そんな

行為を繰り返す二人からすっかり蚊帳の外に置かれてしまったジェイナは、

ひとりつまらなさそうに窓から外を眺めていましたとさ。

 

 

        *        *        *

 

 

 次に取り組んだのはシンジが仮住まいをしている小部屋だった。

 しかしシンジが出ていけばものはほとんど残らないので、軽く掃除をする

だけで終えることが出来た。

 最後に残ったのが地下室。今まで押し込まれていた古い家具や衣服を捨て

るために運び出す作業と、大掃除で出てきた不要なものを棚に並べる作業が

必要なので、それなりに時間がかかりそうだった。

 ジェイナは夕食の準備に取りかかる必要があったので、シンジとアスカが

二人で地下室の掃除を行うことになった。

 

 つまり、シンジは頑張っていた。

 夕食前にきれいに終わらせておきたいという几帳面な性格に加えて、アス

カにいいところを見せてやろうという気持ちも多少はあったのだろう。

 今も一人では運べそうにない大きな箱を棚の中段に押し込もうと、腕まく

りをして気合いを入れていた。

 部屋の少し奥の方で棚の整理をしていたアスカが、その様子を心配そうに

見ている。

 

「重くない?」

 

「だいじょうぶだよ、これくらい」

 

 シンジは軽く笑って答えると、軽々と(見せかけて)箱を持ち上げようと

したが、その箱が意外と重かったのか一度体勢を立て直す。

 そして今度は勢いをつけて持ち上げたその瞬間。

 

 ガツン!

 

 前傾姿勢のまま立ち上がったため、棚からはみ出ていた別の箱に頭をぶつ

けてしまったのだ。

 

「あっ!」

 

 それを見たアスカは思わず目をつぶってしまい、次の瞬間、シンジの叫び

声が地下室にこだました。

 

「ったーーーー!!!」

 

 アスカがおそるおそる目を開けてみると、箱を落としたシンジがぴょんぴ

ょんと片足で飛び跳ねていた。

 どうやら頭をぶつけた拍子に箱から手を離してしまい、運の悪いことにそ

の箱が足の上に落ちてしまったようだ。

 片手で後頭部を、もう片方の手で左足のつま先をさすりながらはね回るシ

ンジの様子があまりに滑稽だったのか、アスカは思わず吹き出してしまう。

 

「……ぷっ。くっくっくっく」

 

 顔をしかめたシンジがジト目でアスカをにらみつける。

 

「だって、さっきはあんなに自信ありそうな顔してたのに。泣きそうな顔に

なってるんだもの。かっこつけようなんて似合わないことするからよ」

 

 笑いをこらえながらアスカが言った。

 すべてを見抜かれていたシンジは顔を赤くして困ったようにそっぽを向い

た。

 その拗ねた子供のようなシンジの表情がさらにアスカの笑いを誘う。

 

「あはははははははは!」

 

 まるでつぼにはまったように笑い転げはじめたアスカを見て、シンジは改

めて痛感する。

 やっぱり僕をいじめるのが世の中で一番楽しいんだ……。

 アスカはついにへたりこんでお腹を抱えて笑い出した。

 

「そんなに笑わなくていいだろ」

 

 シンジは憮然とした表情で、片足を引きずるようにアスカのそばへと向か

った。

 アスカはまだ苦しそうに笑い続けている。

 

「ったく、もう」

 

 アスカのそばまで行くと、シンジは彼女の手を取って立たせようと手をさ

しのべた。

 

「……あはははっ。はぁ。ふう」

 

 ようやく笑いのおさまったアスカが、シンジの手にしがみついて立ち上が

ろうとした。

 が、突然シンジの手にぐっと体重がかかる。

 ほとんど全体重をかけたようなその重みにシンジはよろめきそうになった。

 

「ちょっ。おもっ……」

 

「ね。このまま、ずっとこっちにいない?」

 

 うつむき加減のままアスカがつぶやいた。

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だ。

 

「え?」

 

 シンジは最初なにを言われたのか意味が分からなかった。

 ぐっと体重をかけたまま沈黙しているアスカを上から見つめながら頭を働

かせる。

 

「あ……」

 

 右手にかかった重みがそれをシンジにわからせた。

 

「なーんてね。冗談よ」

 

 しかしアスカはシンジに返事を考える暇も与えず、いつものように茶化し

たような口調で立ち上がった。

 シンジが戸惑ってなにも言えない間に、手際よく靴下を脱がせて足の様子

を見はじめる。

 

「血は出てないみたいね。すこし青くなってる。これくらいだったら湿布で

も塗っておけば治るわよ」

 

「あ、ありがと」

 

「さーて。さっさと終わらせて夕御飯にしましょ」

 

 そう言うとなにごともなかったかのようにアスカは自分の作業に戻ってい

った。

 

 答えはわかっている。けれど言わずにはいられない。

 そんなアスカの気持ちがシンジにも痛いほど伝わってくる。

 それはシンジも同じだったから。

 ずっと一緒にいたい。けれどそれはまだ言えない。

 だからシンジはアスカの背中に向かってこう言った。

 

「大丈夫だよ。僕たちは」

 

 アスカの足が止まって、ゆっくりとシンジの方を振り返った。

 

「うん……。そうだね」

 

 その表情には暖かい微笑みが浮かんでいた。

 

 

        *        *        *

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまー」

 

 地下室の掃除を終え夕食もとりおわった三人は、すっかりくつろいだ雰囲

気でテーブルを囲んでいた。目の前には煎れたての紅茶とクッキーが並んで

いる。まさに家庭の団らんといった雰囲気を三人は楽しんでいた。

 

「それにしてもすっかり綺麗になったわね。これも碇君のおかげだわ」

 

 ジェイナがほっとしたようにつぶやいた。

 

「いえ……。そんな……」

 

「ほんとほんと。こーゆーときだけはあんたも役に立つわね」

 

(こ、こーゆーときだけ!?)

 シンジの眉がぴくっと動いた。

 が、もちろん口にはなにも出さないし表情はおだやかだ。

 

「これで年末はゆっくり過ごせるわ」

 

「ママったらシンジがいる間にやっとこうだなんて……。頭いいんだから」

 

「あら。あなたが言い出したんじゃなかったかしら? 彼、使えるからって」

 

(使える……って……)

 今度はシンジの口元がぴくっと動いた。

 が、もちろん口にはなにも出さないし表情には笑みさえ浮かんでいる。

 

「そうだっけ? ま、いいじゃない。おかげで二人でやるより早く終わった

んだから」

 

「それもそうね。やっぱり男の人がいると、なにかと助かるわね」

 

「ん、まー、シンジでもいないよりはマシかな」

 

(いないよりはマシ……)

 次はシンジのこめかみがぴくっと動いた。

 が、もちろん口にはなにも出さないし表情は悟りを開いた仏のように柔ら

かい。

 

「あんたもひどいわねー。碇君、あんなに頑張ってたのに。すこしは褒めて

あげたら?」

 

「ダメダメダメ。アイツは褒めたらつけあがるから」

 

(アイツって……ここにいるんですけどー。それに褒めたことなんて一度も

ないじゃないか……)

 シンジの表情が微妙に変化した。

 口元がぴくぴくと引きつり、浮かんでいた笑みが固まる。

 

「碇君もすこしは怒ったら?」

 

「え! あ、いやぁ……。慣れてますから。ははっ。ははは……」

 

 しかし突然ジェイナから話を振られたシンジは、心の中の不満をおくびに

も出さず反射的に愛想笑いを浮かべた。

 

「慣れてるってどーゆーことよっ! まるであたしがいつも意地悪いこと言

ってるみたいじゃないの」

 

「そ、そういう意味で言ったんじゃなくて、その、えっと……」

 

(ああっ……。いったい僕にどう答えろと……)

 いつものことであるが優柔不断な自分の性格が嫌いになるシンジであった。

 しかしまだまだ話は終わらない。

 ジェイナが面白がって話を続けようとする。

 

「違うの?」

 

「違うわよっ。ね、シンジ?」

 

「う……ん。そうだね」

 

「今の間はなによ……」

 

「え? な、なにが?」

 

「碇君も苦労するわねぇ」

 

「ちょっとママ。変なこと言わないでよ。あたしがいつシンジに苦労をかけ

たっていうのよ」

 

「ドイツに来てもらったのだって、本当はあんたが泣いて頼んだんじゃない

の?」

 

「あ、あ、あたしがそんなことするわけないでしょ! シンジがどうしても

来たいっていうから……」

 

「他にもいろいろ聞いたわよ。あんたに釣り合いがとれるよう、これまで見

向きもしなかったファッション雑誌を読んでおしゃれを研究するようになっ

たとか、話についていけるよう流行りのテレビ番組もちゃんとチェックする

ようになったとか……いろいろ、ね」

 

(ジェイナさん、それは言わない約束じゃ……!!)

 

「え!? そ、そうなの……?」

 

 アスカがぐぐっとシンジの方に身体を乗り出してきた。

 その顔には驚いたような困ったような複雑な表情が浮かんでいる。

 思わぬ方向に話が向かって焦っていたシンジだったが、そんなアスカの表

情を見てると、もうどうでもよくなってくる。

 

「ん、でも、相手がアスカだったら苦労するのも楽しいかな……なんて」

 

 シンジの会心の一撃が決まった。

 一瞬にして場の雰囲気が甘ったるくなる。

 アスカは口を何度かぱくぱくさせたあと、急に押し黙って紅茶を静かに、

カップを両手で支えたりなんかしちゃったりして可愛げに飲みはじめる。

 幸せ空気に当てられたジェイナはごちそうさまとでも言いたげな表情だ。

 

「……そうだ! 写真! 写真とろ!」

 

 突然アスカが声を張り上げた。

 

「写真?」

 

「うん。三人で。そろって撮ったのないでしょ?」

 

「そういえば……そうだよね」

 

「いいわねぇ。撮りましょう」

 

 ジェイナも嬉しそうにアスカの提案に賛成した。

 

「ちょっと待ってね。カメラすぐ持ってくるから」

 

 浮き立つような足取りでアスカが部屋を後にする。

 その後ろ姿がドアの向こうに消えたのを確認すると、ジェイナが誰とでも

なくつぶやいた。

 

「あの子がこんなに嬉しそうにはしゃぐなんて信じられないわ」

 

「はは。そうですね」

 

 ジェイナの言葉にシンジも同意する。

 

「でも、こんな風に素直な姿を見せてくれるのもきっとここにいる間だけで

すよ。他にだれも知り合いとかいませんし、一緒にいられる時間も限られて

るって最初からわかってますから。ある意味、特別な時間なんでしょう。日

本に戻ったらこんなこと滅多にないと思います」

 

「そんなものかしら」

 

「もともと照れ屋というか、他人の目を気にするところありますよね、アス

カって。それにプライベートとそれ以外をきっちり割り切る方ですから。そ

のへんはわりとハッキリしてるというかクールというか……」

 

「うん。それはわかるわ」

 

「それともう一つ……」

 

「ん?」

 

「なにかに依存することに恐怖を感じてるみたいなとこ、あるんです。たぶ

んジェイナさんだったらわかってくれると思いますけど……。僕たちって子

供の頃は……その、あまり良い家庭環境で暮らしていたとは言えなかったか

ら……」

 

 シンジの言葉に責めるような意志はまったく感じられなかったが、やはり

ジェイナの心にはその言葉の持つ意味が痛いように突き刺さる。

 

「親に甘えることってどういうことなのかぜんぜんわからなかった。誰に頼

ればいいのか、なにを支えにして生きていけばいいのかなんにもわからなか

った。そしてエヴァに乗るようになってそれが心のよりどころになって、そ

して心をひっかきまわされて……。僕たちの不安定な心にはとても重荷だっ

た……」

 

 計画の一端に関わっていたと言えなくもないジェイナには、シンジにかけ

てやれるような言葉はなにも浮かんでこなかった。

 

「そしてエヴァに乗る必要もなくなって……。だから……。お互いにこれは

恋愛じゃなくて心の穴を埋めるために引き合ってるんじゃないかって思うこ

とがあるんです。それはそれで別に悪いことじゃないと思うんですけど、だ

からって区別がつかなくなっちゃいけない。僕も自分がちょっと怖いんです。

のめり込むとどうなっちゃうんだろうって」

 

 いつの間にかシンジの瞳は遠くを見つめるような目つきになっていた。

 

「甘えること。頼ること。依存すること。その区別がつかない。どれもいっ

しょくたになっちゃって、まるで、そう、底なし沼にはまっていくようなこ

とになっちゃうんじゃないかって。それがずっと続くなら、それはそれで幸

せだと思うんです。でも永遠なんてものはどこにもない……。なんにでもい

つか必ず終わりがくる……」

 

 シンジの頭の中をさまざまな思い出が駆けめぐる。

 

「だから、急いじゃいけない。そんな気がしてるんです。たぶん、そうです

ね。僕たちはまだ子供なんですよ。ちゃんと自分一人の足でも立てるように

なって、自分と、他人と、そして世界との心の距離をうまくつかめるように

なってから、それから……」

 

 アスカが出ていったドアの方向を暖かい眼差しで見つめながら、シンジは

ゆっくりと語り終えた。

 

「まだ僕たちは、一緒に大人になっていこうとしている途中なんです」

 

 じっとシンジを見つめながら話を聞いていたジェイナが、感心したように

ひとつ息を吐いた。

 

「そこまでわかってるのなら安心だわ。本当にアスカのことを好いてくれて

るのね」

 

「そうだと信じてます」

 

 力強く答えるシンジを見て、ジェイナは満足そうな表情を浮かべる。

 

「大丈夫よ。あなたがそこまで考えているのならなんの問題も起きないはず

よ。絶対に幸せになれるわ。私が保証する。あなたたちは世界で一番素晴ら

しいカップルだわ」

 

「ありがとうございます……」

 

 シンジがちょっと照れたように鼻の頭を掻いたところへ、ちょうどアスカ

がドタバタとドアを開けて飛び込んできた。

 

「おっまたせ。ごめんごめん。電池が切れちゃってたから遅くなちゃった。

ん? なに? なにか話してたの?」

 

「な、なんでもないよ! それよりもカメラあった?」

 

「もっちろん! インスタントだけど結構いいカメラなのよ」

 

「そんなことはどうでもいいから。早くとりましょうよ」

 

「そうね。ちょっと待って。えっと、これでセットして……と」

 

 アスカがタイマーをセットして急いでシンジとジェイナの元へと走り寄る。

 ジェイナを真ん中に挟むようにして並んだシンジとアスカを、ジェイナが

後ろからくっつけるように肩を押さえてささやいた。

 

「腕くらい組んどきなさい」

 

 そしてアスカの手を掴んで強引にシンジの手に絡ませた。

 アスカは恥ずかしそうに、でも嫌がる様子もなくしっかりと腕を絡ませ、

シンジはぎこちない笑いを浮かべながらも、もう片方の手をそっとアスカの

腕の上に置いた。

 

「ほら、笑って!」

 

 そしてジェイナの手がシンジとアスカの肩にかかった瞬間。

 

 パシャッ!

 

 素早くアスカがカメラの元へ走り寄って、吐き出される写真をもどかしく

抜き取ると駆け戻ってくる。

 三人はその写真を頭を突きあわせるようにしてのぞき込んだ。

 

 徐々に輪郭のはっきりしてくるその写真に写った三人は、まるで家族その

もののようだった

 

 ぎこちない笑みのシンジ。

 照れながらもしっかり腕を絡めて笑っているアスカ。

 そんな二人の肩を抱いているジェイナ。

 

「この写真、一生大事にするわ」

 

 ジェイナが声を詰まらせながら二人の頬にキスの雨を降らせた。

 

 

 

         切り取られた瞬間は幸せのかたち。

 

      封じ込まれた時間はいつまでも色褪せることなく。

 

    満ちたりた笑顔は、もはやなんのわだかまりも感じさせない。

 

          ただ、あるのは、人として最高の、

       平凡ではあるが、掴み取ることの難しい幸せ。

 

          永遠に約束されたものではないが、

      この瞬間の気持ちだけはいつまでも信じられる。

 

         誰でも一枚は持っているそんな写真を、

        ようやく彼らは手に入れることができた。

 

 

 

                          To be continued

 

                    6th day - More more more -

 

 



 

これまでの更新速度記録を更新!

今回はついに3ヶ月を突破しました(切腹)

もはや言い訳は見苦しい段階だな(^^;)

 

ま、このシリーズも読んでる人はもうあまりいないと思いますが、一応言っておきます。

中途半端で止めるつもりは絶対にありません。

何年かかろうが最初に夢見たラストシーンまで必ず書き続けます。

ただし、これだけ長期にわたって書いていると掲載間隔が空いてしまうのはお許し下さい。

エヴァが放映終了してから3ヶ月後くらいから書きはじめましたからもう2年半ほどになります。

もともと文章を書くこと自体は好きではないので、一本書くためには精神力も結構必要とします。

そろそろきついなと思ったこともこれまで何度もありました。

でも、今日仕上げをしようと手を加えていたら、いつの間にか分量が1.5倍くらいに膨れ上がったので、やっぱりまだまだ書きたいことが自分の中にはあるんでしょう。

次の話もわりと進んでます。

まだまだじゅうぶん書けそうですね。

どうか気長にお付き合い下さいませ。

 

では、いつになるかわかりませんが、また次の話でお会いしましょう。

 



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