<Vol.14 何を願うの?>

written on 1996/6/16


 
 

//Chapter1 「そばにいること」


 

 シンジに促されてベッドに戻ったレイは、スピーカーを通してシンジと話

し始めた。
 

 「こんな姿を見せること、碇君を苦しめるってわかってる。

  本当は何も知らせずに消えたかった。そのつもりだったの。

  でも、アスカさんに大切な事を教えてもらったから・・・
 

  だから今は、何も残さないで消えてしまうのが嫌なの。

  悲しみでもいい、つらさでもいい。

  何でもいいから、私のこと、碇君の記憶に残していきたいの。

  それが苦しめるってことわかってるのに・・・
 

  どうして、こんなに嫌なことをしてしまうの?

  感情を持つということがこんなに嫌なことだったら・・・

  私・・・昔の方が良かったかもしれない。

 

  何も感じない。

  何も思わない。

  ただ言われたことに従っていれば良かったあの頃・・・」

 

 レイが少しだけ遠い目をしたので、シンジは思わず口を挟んだ。
 

 「ほんとにそう思ってる?」

 

 「・・・ううん・・・今は違うわ。私わかったの」
 

 と言って、くすっとレイは微笑んだ。

 

 「碇君を苦しめたくないって気持ちは・・・そう、裏返しなのよ・・・」

 

 「何の?」

 

 「・・・す・・・き・・・だって気持ちの・・・」

 

 「ん、よく聞こえないよ」

 

 「いいの。聞こえなくて」
 

 「・・・けち」

 

 「そう、私、けちなの」

 

 そう言って彼女はまた笑う。
 

 以前とは比べものにならないくらい豊かな表情をするレイを見て、シンジ

はついつぶやいてしまう。
 

 「僕は・・・父さんが憎い・・・憎いよ・・・」

 

 もはやぶつけるすべのない感情。

 

 だが、そのつぶやきを聞きつけたレイは、とても悲しそうな顔をした。

 

 「でも、碇司令のおかげで今の私があるの。

  碇君やアスカさんや、そしてみんなと知り合えたのは司令のおかげ……

  だからそんなこと言わないで。

  本来なら私は存在することさえ許されなかった。

  だけど今、こうして碇君と話をすることができるわ。

  それは碇司令のおかげなのよ」

  

 「・・・そうだけど、だけど、このままじゃ綾波は・・・」

 

 「私は大丈夫。碇君がいれば何も怖くない。

  それに碇君にはアスカさんがいるわ。

  彼女があなたの心を癒してくれる。

  でも忘れないで。

  アスカさんの心にも傷はたくさんあるの。

  碇君が傷つけたのもあるのよ。

  だから優しくしてあげて。

  大事にしてあげて・・・」

  

 「・・・うん。

  ・・・なんだか僕が励まされちゃってるね・・・」

 

 「・・・・・・」
 

 レイの返事はなく、かわりに聞こえてきたのは可愛い寝息。

 その無防備な寝顔に、シンジは思わず頬をゆるめた。
 

 モニター越しに見える綾波の寝顔・・・なんだかちょっと笑ってる・・・

 目を覚ますまでここで見守っていよう。

 そばにいよう。

 後悔の無いように。

 今、僕が出来ることの全て。
 
 
 

//Chapter2 「共に過ごすこと」


 

 そして次の日。

 レイは伊吹を呼ぶと、決然とした口調で言った。

 

 『私を外に出して下さい』
 

 レイはどんな説得も頑として受け付けなかった。

 シンジの言葉にも首を縦にふらなかった。

 

 このまま集中治療室にいても、次第に命の灯火は弱くなるだけ・・・

 だったら、たとえ数日死ぬのが早まったとしても、外の美しい世界に触れ

ながら逝く方が幸せ・・・レイは言う。
 

 その言葉には誰も反論できなかった。

 レイが生き残れることを保証するのは、すなわち第2新東京市の全てを司

どるMAGI−Sの能力を否定することになるのだから。
 

 一筋の光さえ見えない希望にすがらせて、彼女をガラスの箱庭に閉じこめ

ておく決断を出来る者はいなかった。
 

 冬月の手によって、最後の生活を送る場所が用意された。

 
 

//Chapter3 「もっと知り合うこと」


 

 明日にせまった引っ越しのため、アスカは治療室に入りレイの荷物を整理

していた。

 外界の環境にならすため、レイが一般の治療室に移されて3日が経つ。
 

 手際よく身の回りの品をまとめていくアスカを目で追い続けていたレイが

、しばらくしてぽつりと口を開いた。
 

 「アスカさん、いろいろ優しくしてくれてありがとう・・・」
 

 アスカの手が止まる。
 

 「・・・・違うわ。あたし優しくなんかない」
 

 ぼそっと言い放つと、アスカは再び手を動かし始めた。
 

 「・・・こんなことホントは言いたくないんだけど、あたしレイには何で

  も知って欲しいから・・・嫌なところも隠したくないから・・・」
 

 アスカは、シンジがレイに買ってあげたサボテンを箱に詰めながら言葉を

続けた。
 

 「あたし、レイがいなくなったら、シンジがあたしだけを見てくれるかも

  しれないって心のどこかで思ってる・・・

  だから優しくできるの・・・あいかわらずひどい女よね・・・」
 

 まるで自分自身を痛めつけるようなアスカの言葉に、レイはただ優しい口

調で言葉を返す。
 

 「ううん。私もきっと同じ事を考えると思う」
 

 同情でもない、侮蔑でもない、レイのただ素直な言葉に、アスカは胸が締

め付けられた。

 手を休めてベッドに歩み寄り、床にひざを突いてレイと視線を合わせる。

 

 「・・・そっか・・・レイも死ぬほどあいつのこと好きなんだ」

 

 「うん」

 言いながら、レイは笑顔を浮かべる。
 

 アスカはその笑顔に耐えきれなかった。

 もう涙は見せない、そう心に決めたのに。

 次第に顔が歪んでくる。

 

 「・・・なんで、なんで、あんたみたいないい子が・・・

  おかしいよね。ひどいよね。残酷だよね・・・

  もっと一緒にいたい・・・あんたともっと仲良くなりたかった・・・

  なんでなの・・・・・・やだ・・・やだよぉ!」
 

 アスカが泣きながらレイにすがりつく。
 

 「いやぁ! 死んじゃいやぁ!!

  いやあぁぁ、いかないでよぉぉ・・・

  あたしたちを置いていかないでよぉぉ・・・

  ううぅ・・・うっ・・ひっく・・・

  ・・・レイぃぃッ!!!」
 

 アスカがこれほどまでに大声を上げて泣いたのは、どれくらい久しぶりの

コトだったのだろうか。
 

 泣き続けるアスカの頭を、レイはただ優しく胸にかき抱き、

 まるで泣きやまない赤ん坊をあやすように、柔らかく頭をなで続けた。
 
 

<Vol.15へ続く>



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