<Vol.5 もう、いらない>

written on 1996/5/12


 
 

//Chapter1 「何処かで話されるべき真実」


 

 第2新東京市。

 世界再建委員会ビル。

 議長室。
 

 冬月議長はデスクに肘を突いて、疲れた顔で伊吹博士の定例報告を受けてい

た。

 伊吹博士は淡々と手元の資料を読みあげている。
 

 「・・・中国のE計画資料隠蔽について、MAGIは67.2%の可能性を示唆

  しています。さらに、新型二足歩行兵器への技術転移の可能性として12.6

  %の数値がはじき出されました」
 

 冬月は目を閉じたまま、口を開いた。

 「日向一尉へデータを転送しておいてくれ」
 

 伊吹はさらに続ける。

 「それから、元エヴァンゲリオン零号機パイロット『綾波レイ』が、本日1

  9時42分をもって目覚めました」
 

 冬月の疲れた顔に、一瞬、明るい輝きが戻る。

 「何!? それは本当か?」
 

 「はい。シンジ君が付き添っていた時だそうです」

 伊吹の顔にも明るい表情が見て取れる。

  

 「そうか、目覚めてくれたか」

 冬月は立ち上がって、窓辺に歩み寄った。

 街の光で霞んでいる星空を、彼は見上げる。

 

 「それで、容態は?」
 

 わずかに伊吹の表情が曇った。

 「今のところは・・・」
 

 「そうか。奇跡が続けばよいのだが・・・」
 

 「そうですね・・・大丈夫ですよ。きっと続きます」
 

 「とにかく、状況観察を怠らぬように」
 

 「はい。全力を尽くします」
 
 
 

//Chapter2 「レイとぼく」


 

 綾波が目を覚ました。

 何回も精密検査を繰り返して、綾波が退院できたのは、あれから1週間後だ

った。

 

 第2新東京市から青葉さんとマヤさんまでやってきた。

 トウジや委員長、アスカ達と一緒に、綾波の退院をお祝いした。

 残念なことに日向さんは仕事でこれなかった。

 E計画の後始末とかで、いまだに世界中をかけずりまわってるそうだ。

 またあのモノマネを見たかったのに。
 

 とても楽しい再会だった。

 手紙に書かれていた様子とあまりにもちがうって、マヤさん、びっくりして

たな。

 仕方ないか。

 僕自身も自分の変化に驚いているんだから。
 

 全てが明るく見える。

 何もかもが楽しく感じられる。

 誰にでも優しくできる。

 

 そして今日から、綾波と一緒に学校に行ける。
 

 戸籍上は兄妹ということになってるんだけど、やっぱり一緒に住むのはまず

いって、結局綾波は、アスカや委員長と同じ女子寮に入ることになった。
 

 ・・・ま、これは、仕方ないよね。
 

 生活の面倒は、主に委員長がみてくれてる。

 妹が出来たみたいで、すごく楽しそうに世話を焼いているという話だ。
 

 アスカは・・・あまり喜んでいなかった。

 昔っから仲が悪かったけど、ようやく目覚めた綾波にあんな態度をとるなん

て、僕はアスカに失望した。

 でも綾波は、アスカの気持ちがわかるって言うんだ。

 だから優しくしてあげてって。

 うん。わかってる。

 僕も、もう、子供じゃない。

 

 そして今、僕は綾波と一緒に学校へ歩いている。

 

 「あやや、あああっといい天気だねレイ」

 思わずいつものように名前で呼んでしまいそうになるのを必死でこらえて、

うわずった声で僕は呼びなれない言葉を絞り出した。

 

 「そうね。お兄ちゃん」

 そんな僕を、綾波はおかしそうに見つめてくれる。

 僕はちょっと耳が赤くなったような気がした。
 

 綾波は『お兄ちゃん』と言う呼び方がとても気に入ったようで、何かとその

くすぐったい呼び方で僕に話しかけてくる。
 

 何だか変な感じだった。

 

 綾波のことを『レイ』と呼ぶ僕。

 僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ綾波。

 

 でも、奇妙なほどに、肌に馴染むこの感覚。
 

 そう、これでいい。
 

 今は、これでいい。

 
 
 

//Chapter3 「レイとあたし」


 

 ったく、誰よぉ。

 せっかくいいトコロなのに・・・もぉ・・・
 

 お気に入りのドラマを見ていたとき、その電話は鳴った。
 

 『あ、あの、綾波です』

 

 声を聞いてあたしは驚いた。

 同時に目の前が真っ暗になるような感覚を味わった。

 

 ――――ファーストが、目覚めた。

 

 すぐに代わったシンジの声も、あまり耳に入らなかった。

 ファーストの目覚めを素直に喜べない自分が、そこにいた。 

 病院に回復のお見舞いに行ったときも、あたしはすごく場違いなような気が

した。

 みんな心の底から喜んでいるのに、あたしは違う。

 嫌な女。汚い女。

 嫉妬なんかに負けてしまうほど心の弱い女。
 

 その時、あたしは、本当に自分のことが嫌いになった。
 

 

 そう。

 確かに始まりは、思ったよりひどかった。
 

 けれども、彼女が寮に越してきて、それは変わったわ。

 直に付き合うようになって、あたしは、昔に比べて彼女のあまりの変化に驚

いた。

 あまりにも純粋で、傷つきやすい感情を、いつの間にか彼女は取り戻してい

た。

 あたしが『人形』なんてひどく罵った時と同じ人物だとは思えない。

 眩しくて、自分が消えてしまいたくなるくらい、純粋だった。

 そんな彼女に嫉妬していた自分が、つまらない人間に思えた。
 
 

 「ヒカリ、違うわよっ! そうじゃなくて、こうした方がレイには似合うっ

  てば」

 「何ですって! 理容師志望のあたしのセンスにケチつける気ぃ。だいたい

  アスカは派手好きなんだから。あや・・・じゃなかった、レイちゃんには

  こういう落ち着いた感じが似合うのよ」

 「それが、ばばくさいってのよ」

 「ア・ス・カ・・・言っていいことと、悪いことがあるわよ・・・」
 

 「あ、あの、私、普通でいいから。ケンカは・・・見たくないから」
 

 そして悲しそうな目をするレイに、慌ててあたしとヒカリは謝る。
 

 よくある光景。いつもの会話。
 
 

 確かに、シンジがファーストを――――レイを見つめる度に、あたしの胸は

苦しくなる。

 でも、レイがあたしのことを『アスカさん』って呼んでくれるのは、こそば

ゆいほど気持ちいい。

 彼女があたしを慕ってくるのが、ものすごくいとおしい。

 女の子らしいこと何も知らないまま育った彼女が、すごくかわいそうで、い

ろいろとかまってあげたくなる。
 

 それがシンジの心を彼女に向けさせることになっても。
 

 満たされた気持ちにあたしはなれる。

 

 苦しいけれど、気持ちいい。

 

 そう、これでいい。
 

 今は、これで、いいじゃない。
 
 
 

//Chapter4 「私」


 

 山、緑が息づく山、時と共にその姿を美しく変えるもの。

 空、白い雲を浮かべる空、気持ちのいい風を与えてくれるもの。

 太陽、みんなの心にあるもの。温かいもの。

 水、嫌な気持ちを洗い流してくれるもの。

 花、綺麗な色がいっぱい、いい香りがいっぱい。

 街、人が住んでいるところ。心がたくさんあるところ。

 エヴァ、もうあたしには必要ないもの。

 人は何? 神様が作り出したもの? 人は人が作り出したもの?

 私にあるものは命、心、心の入れ物。私にもあるの、心。

 エントリープラグ、これももういらない。

 

 私は誰? 私は何? 私は私。
 

 私は綾波レイ。私は碇レイ。私は私。

 

 私は自分、この物体が自分、自分を作っている形、目に見える私、私はここ

にいる。確かに存在する。私として。

 

 碇君、この人知ってる。壊れやすいくらい優しい心を持っている。

 アスカさん、この人も知ってる。昔、嫌いだった。でも、今は好き。

 

 伊吹さん。青葉さん。日向さん。

 洞木さん。鈴原君。相田君。みんな知ってる。

 

 葛城三佐、赤木博士、もういない。

 

            碇司令、もういない。

 

                  昔の私、もういない。
 
 

<Vol.6へ続く>



DARUの部屋へ戻る
inserted by FC2 system