<Vol.6 スクール・デイズ1>

written on 1996/5/18


 
 

//Chapter1 「僕を取り巻く世界」


 

 綾波は『碇レイ』として、僕の双子の妹として、同じクラスに編入された。

 全て冬月さんのおかげだった。

 これまでも何かと力を貸してくれて、僕はすごく感謝している。

 『父さんの分まで償いをさせてもらうよ』――――冬月さんは、いつかそん

な言葉をかけてくれた。

 父さんと同じ種類の人の世話になるなんて、最初はいやだったけど。

 僕だけの問題ではないと気づいて、それから素直に頼れるようになった。

 冬月さんも苦しんでいるんだ。
 
 

 綾波が綾波であったことを知るものは、もうこの学校にもほとんどいない。

 3年前、全てに決着が付いた後、適格者としての必要性が無くなったクラス

メートの大部分は故郷に帰っていった。

 この街は、そのまま生活を続けるには、あまりにも傷跡が深すぎたから。

 残った人たちにも、エヴァンゲリオンについて口外することは、厳しく禁じ

られ、3年たった今では、僕たちも、すっかり普通の高校生として暮らすこと

が出来るようになっていた。
 

 あの頃の話をすることがあるとすれば、それは、トウジやケンスケ、委員長

と話すときくらいだ。
 

 綾波が目を覚ましてからというもの、僕はいろんな事を思うようになった。

 三年間、何も考えずに生きてきた分を取り戻そうとしているかのように。
 
 

 綾波。

 僕にとってあいかわらず謎の存在であり続ける綾波。
 

 よく考えると、僕は綾波のことを何も知らない。

 エヴァに乗っていた頃、そして眠り続けていた3年間。

 綾波と話をしたのは、出会ってからいったい何度あるというのだろう。
 

 でも僕の心は初めて会ったときから、いや直接会う以前から、ずっと彼女に

囚われている。

 それは明確な形を持って僕の心にあるわけではなく、僕自身も綾波に対する

気持ちがまだよくわかっていない。

 

 そして、あのセントラルドグマで見た光景。

 壊れていく綾波たち。

 僕はあの時現実から逃げ出していたから、霞がかかったような記憶しか存在

しないけど。

 在ってはならないものを見たような気がする。

 

 綾波がどういう存在なのか、結局最後まで知ることはなかった。

 

 でも、たぶんそれは知らなくてもいいこと。

 知っていても、今の綾波が変わるわけでもないし。

 

 それに、綾波のことを知る時間は、まだ、これから、ずっとあるさ。
 
 

 そしてトウジ――――フォースチルドレン。

 僕はまだ悔やんでいる。

 あの時もっといいやり方があったハズだって。

 初号機の力を持ってすれば、父さんの言いなりにならなくてすんだハズだっ

て。

 僕は今も、義足を付けて松葉杖をついているトウジを見ると、罪悪感に悩ま

される。

 トウジは何度も気にするなって言ってくれて、一度なんか『ええ加減にせぇ

や!』って殴られたこともあった。

 それから、僕は口に出すことをやめた。

 でも、ごめん。

 僕、まだ気にしてる。
 

 そのトウジは、今もバスケを続けている。

 ついこの間の車椅子のバスケットボール選手権大会では、全国優勝するほど

の実力になっていた。

 そして、高校の一般のバスケ部にも所属していて、ここぞという時の3ポイ

ントシューターとして活躍している。

 義足というハンディキャップは、トウジの精神力の前では何の意味も持たな

い。
 

 僕は知っている。

 トウジという男を。
 

 だから、妹が亡くなった時も涙一つ見せなかったトウジのために、僕は泣い

た。

 傲慢な理由かもしれないけど、僕は、トウジの悲しさを思って泣いた。
 
 

 三バカトリオのもう一人。

 ケンスケは、戦自の工科学校に進学した。

 エヴァのパイロットになるという夢は、3年前のあの事件のせいで、もう果

たすべくもない。

 だから今度は戦自に正式採用された『JA改』のパイロットになるという。

 あんな危ないモノ――――随分改良されたとはいえ、核融合で動くような代

物に乗る勇気がある奴は、ケンスケぐらいしか・・・いや、そういえば、競争

率が100倍を越えてるって、この前電話で話してたな。

 ロボフェチって、意外といるもんだ。
 

 ケンスケは、もしかしたらこの3年間で、一番僕の助けになってくれてたか

もしれない。

 誰と口をきいてもイライラしていた時期でも、ケンスケとだけは気楽に話す

ことが出来た。

 絡みついた糸をほどくように、ケンスケは巧みな話術で、僕の心をときほぐ

してくれた。

 丹念に、さりげなく、僕が傷つかないように。
 

 そして僕もケンスケの複雑な生い立ちを知った。

 ケンスケが妙に大人びている理由を知った。

 

 ケンスケも、強い男だった。

 

 

 アスカ、、、とは、学校では幼なじみという関係を通していた。その方がご

ちゃごちゃ言われなくて楽だったから。

 学業優秀、容姿端麗、スタイル抜群、運動神経も飛び抜けている学園のマド

ンナ。

 性格は・・・すごく優しくなったかな。昔に比べたらの話だけど。

 

 僕が死んでいた3年間、ずっと気にかけていてくれたことを、僕は今ごろ幸

せに感じる。

 感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。

 みんなに価値を認められているアスカがそばにいてくれたからこそ、僕は自

分の価値にしがみつけたし、今もここにいることができるのかもしれない。

 きっと、そうだ。
 

 アスカには、昔っから迷惑ばかりかけてるね。

 ごめん。
 

 そして、ありがとう。
 
 

 そういうわけで、

 僕と綾波とアスカは、いつも一緒にいることが出来る。

 

 僕はまた、みんなのお弁当を作り始めた。

 この年になって女の子の分まで作ってるなんて、クラスのみんなは僕の変わ

りように唖然としていた。

 

 綾波はまだ料理を覚えている最中だから当然として、アスカの分もどうして

も作ってあげたかった。

 トウジが茶化してくれてた昔みたいに、何か特別な絆を感じていたかった。

 

 最初アスカは、あたしの立場がないじゃないのって、顔を赤くして怒ってた

けど、僕が綾波と二人で食べようとすると、必ず割り込んできて、結局今では

いつも3人で昼御飯を食べるようになった。
 

 こんなこと、考えられる??

 

 綾波と、アスカと、僕が3人でお弁当を広げているなんて。

 ぎゃぁぎゃぁ騒ぎ立てるアスカと、それをおかしそうに見ている綾波。

 

 永遠に続けばいいと思える瞬間。
 

 僕は魔法がとけないようにと願うシンデレラの心境だった。

 

 男、だけどね。
 
 
 

//Chapter2 「私、へん」


 

 放課後。

 

 毎日病院へ検診に行かなければならないレイに、近くの喫茶店で時間まで付

き合うシンジ。

 お互い口数は少ないが、それが不安をもたらすことは、今の二人には考えら

れなかった。

 同じ時間、同じ場所に一緒にいるという事実だけで、満たされた気持ちにな

れた。
 
 

 「あ・・・。今、私の飲んだでしょ」

 シンジは、レイの言葉で初めて、自分が行った行為に気がついた。

 「ごめん。いつものつもりで・・・」

 そう、シンジは看病をしている間、レイの残した飲み物や食べ物を、きちん

と食べてあげていたのだ。

 厳しい主夫生活を送っていた時代の記憶がそうさせるのだろうか。
 

 シンジは、レイが飲み残していたバナナ・オレを、無意識に飲み干してしま

ったのだった。
 

 レイは目を伏せて、ほんのりと頬を赤く染めていた。

 最初は、レイが赤くなった理由に気がつかなかったシンジだが、ふと、ある

単語が頭に浮かんでくる。
 

 そう、これは、いわゆる、ひとつの、『間接キス』

 

 そのことに思い当たったシンジは、急激に血が頭に上ってくるのを感じた。

 思考能力が低下していき、錯乱状態に陥ってしまう。

 

 「あっと、えっと、ほら、あの、別にこれくらい、いつものことだったし、

  ほら、その、お風呂だって入れてあげてたん・・・!!」
 

 もはやシンジは、自分が何を言っているのかわからなくなっていた。
 

 「☆△◯♂∞□♪ ◎◇%▼※!」

 レイに対してしどろもどろに弁解を始める。

 

 レイも自分の今までの立場を思い出して、一段と顔が赤くなるのを感じた。

 なぜ顔が赤くなって、動悸が激しくなるのか、レイ自身よくわかっていなか

ったが、シンジが動揺しているのを見ると、何だか嬉しい気持ちが湧いてくる

のを押さえきれなかった。
 

 レイは、首筋から耳まで真っ赤にしながら、じぃぃぃっと、シンジの言い訳

を聞き続けていた。

 
 

 7月のある日。

 夏休みは、もうすぐだった。
 
 
 

//Chapter3 「幸せって何?」


 

 今日も1日が終わった。
 

 私は部屋の明かりを消して、ベッドに身体をすべりこませた。

 そして暗闇に視線をさまよわせる。

 

 昔に比べてあまりにも変化したこの生活。

 何かを見るたびに、誰かが話しかけてくるたびに、どこかにでかけるたびに

、心が動く。

 自分でも思いもよらない反応をしてしまう。
 

 心を解き放つことが、こんなに楽しくて、嬉しくて、時には苦しいことだっ

たなんて。

 

 タオルケットを口元までずりあげる。
 

 この布団、伊吹さんが選んでくれた。
 

                あのカーテン、洞木さんが選んでくれた。

 

       あの犬のぬいぐるみはアスカさんが。
 

                     机の上のサボテンは碇君が。

 

 ・・・このパジャマ、私が決めた。

 

 独りだけど、独りじゃない。

 

 この感じ、何?

 

 

 となりの部屋からTVの音が漏れてくる。

 アスカさん、まだ起きてる。

 寂しくなったら、いつでも行ける。

 そうしたら、たぶんアスカさんは、ミルクティーとお菓子を出してくれる。

 いつも、そう。

 そしてきっと、眠たくなってこの部屋に戻ろうとすると、『いつでも来てい

いから』って、声をかけてくれる。
 

 だから、大丈夫。
 

 独りだけど、独りじゃない。

 

 この感じ、何?
 

 

 明日の朝、目が覚めて顔を洗いに洗面所に行くと、たぶん洞木さんがいる。

 『おはよう』って、いつものように挨拶を交わす。

 洞木さん、この前みたいなこと、また言ってくるかもしれない。

 『アスカ、昨日も遅かったみたいね。まったく、うるさいったらないわ。レ

  イちゃんも文句の一つくらい言ってもいいのよ』

 そう言われても、私はどう答えるべきかわからなくて、きっとおろおろして

しまうだけ。

 洞木さん、またくすくす笑いながら私を見るのかな。
 

 独りだけど、独りじゃない。

 

 この感じ、何?
 

 

 そして着替えて学校に出かけようとすると、いつもの交差点で碇君が待って

る。

 私は何だかドキドキして、じっと目を伏せるしかなくなる。

 髪型が変じゃないかとか。服にしわがついてないかとか。

 色んな事を気にしてしまう。
 

 こんなこと、今まで一度も気にしたことなかったのに。
 

 この感じ、何?
 
 

 あ・・・TVの音が消えた

 私も、もう、寝なきゃ。

 

 そして今日も、私は、絆に包まれて眠る。
 

 今は、わかる気がする。
 

 幸せって何か、今はわかる気がする。
 
 

<Vol.7へ続く>



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