<Vol.7 スクール・デイズ2>

written on 1996/5/19


 
 

//Chapter1 「Children」


 

 (こんな日に週番なんてやってらんないわね)
 

 朝早くから、アスカはぼやいていた。
 

 今日は一学期の終業式。

 明日から夏休みが始まる待望の日だ。
 

 いつもは始業ギリギリに教室に飛び込んでいるアスカなのだが、さすがに週

番ともなると、何かとやることがあるので、今日は少し早めに起きて学校に向

かっていたのだった。
 

 (ま、たまには、いいか)

 

 いつもより人気の少ない通学路を、アスカは涼しげな朝の空気を感じながら

歩いていた。

 ぽつぽつと、同じ学校の生徒の姿も見受けられる。

 そして、学校が見えてくる最後の曲がり角を曲がったとき、アスカはばった

りと二人の人影に遭遇した。

 

 (あちゃ〜)

 

 カチあってしまったのだった。
 

 「あ、アスカ、おはよう」

 「おはよう、アスカさん」
 

 二人そろって挨拶をアスカに投げかけてくる。

 さすがに無視して先に行くわけにもいかず、とりあえず挨拶だけでも返そう

と、アスカは少し固めの笑顔を浮かべた。
 

 「おっはよ〜」

 「朝から麗しい兄妹愛を見せつけてくれるじゃないの。お邪魔虫はお先に失

  礼するわね」

 「ちょっ、待ってよ」

 シンジは、走り去ろうとしたアスカの腕を思わず強く掴んでしまった。

 

 「なによッ」

 びっくりしたアスカは、腕を振りほどこうとする。

 でも、シンジは放さない。

 アスカの瞳を見つめながら、はっきりとした口調で言う。
 

 「学校そこだろ。一緒に行こうよ、三人で」

 

 もう振りほどけないほど、強い力と心をシンジが持っていることに、アスカ

は驚きを覚えた。

 同時に、以前には微塵も見られなかった頼もしさを感じて、少し嬉しくなっ

たのも事実だった。
 

 アスカは視線をレイに移した。

 彼女は見ている。

 じっとアスカを見つめている。

 シンジと同じ目つきで。

 

 (そう・・・ね。あたしたち、仲間だもんね)

 

 「・・・わかった。わかったから、もう放して」

 いつのまにかアスカの白い腕に、シンジが掴んだ跡が赤く残っていた。

 「いった〜い。もぉシンジのバカ。レディーにはもう少し気を使ってよね」

 「ご、ごめん」

 「許してあげるから、そんなに謝んないの。さ、行くわよ二人とも」
 

 三人のチルドレンは並んで歩き始めた。

 レイを真ん中に、右にはシンジが、左にはアスカが。
 

 いつのまにか陽射しが強くなっていて、3人の影がアスファルトにはっきり

と映る。
 

 「そういえば、そろそろ県大会があるんじゃないの?」 

 アスカがレイの向こうからひょこっと顔を出して、シンジに声をかけた。

 レイはちらりと、一瞬だけシンジの顔に視線を投げた。

 

 「うん。8月に入ってすぐだったかな」

 「今度はどう?」

 「・・・たぶん。いけそうな気がする」

 「へぇぇぇ、シンジにしちゃ、頼もしい言葉じゃない。誰かさんの前だから

  かっこつけてるのかなあ」

 「そ、そんなんじゃないよっ」

 慌てふためくシンジをよそに、アスカはレイに声をかけた。

 「とーぜんレイも応援に行くんでしょ」

 一瞬の間があった後、レイはちらりとシンジを見て、

 「お兄ちゃんがいいって言うなら・・・」
 

 シンジの返事を待たずに、アスカは言い放った。

 「じゃ、決まり。あたしとレイがシンジの応援に行ってあげる」

 「そーだ! お弁当も二人で作ってあげるわね。レイも随分お料理上手くな

  ったんだから。ねっ」

 「そう・・・かしら」

 「ま、あたしにはまだまだかなわないみたいだけど」

 「え〜っ、アスカの料理って・・・」

 「何よお。あたしの料理がどうだっつーのよ!」

 「あは、は、いや、別に・・・何でもない・・・」

 

 ドイツ風の味付けは好きじゃない、とはさすがに言えないシンジであった。
 

 今日は一学期の終業式。

 明日から夏休みが始まる待望の日。

 

 チルドレンが3人そろって登校した最初で最後の日であった。
 
 
 

//Chapter2 「Wired Mind」


 

 パタン
 

 シンジは読みかけの雑誌を閉じて、ベッドの上に大の字に寝転がった。
 

 レイが退院してから2週間がたったけれども、シンジはそれまで病院で費や

していた時間を、いまだに持て余していた。

 最初のうちはTVを見たり、音楽を聞いたりしていたが、次第にそれにも飽

き、最近では、部活を終えて家に戻っても、特に何をするでもなく、ぼーっと

していることが多い。
 

 今日も、そんな日だった。
 

 シンジは右腕を顔の上に置いて目を閉じた。
 

 3年前の生活は・・・色々やることがあったよな。

 掃除に洗濯、炊事に買い出し。

 独りだけの生活って、こんなにつまらなかったっけ。

 その前に先生の所にいた頃も独りだったけど、別にどうとも思わなかったハ

ズなのに・・・
 

 ミサトさん。

 アスカ。

 ペンペン。

 

 大変だったけど、楽しかったな・・・

 

 独り・・・か。

 ・・・そういえば、綾波はずっと独りで生活してたんだっけ。

 寂しくなかったのかな。

 あの何にもない部屋で寂しくなかったのかな。

 

 ゴロリ

 

 シンジは、初めてレイの部屋に入った時のことを思い出しながら、身体を横

に向けた。
 

 目の前に広がる自分の部屋。

 TVとコンポ、教科書とくだらない雑誌しか積まれていない本棚。

 はきつぶしたスパイクの墓場と、飾られるでもなく放置されている何枚かの

表彰状。

 汗まみれのトレーニングウェアが、洗濯籠に放り投げてある。

 部屋の隅には、あまり使われない電話が転がっていた。

 

 ・・・そういえば、綾波の電話もみんなで選んだんだ。
 

 電話・・・

 

 電話番号・・・あのメモ、どこにやったんだっけ?

 

 ガバッ

 

 シンジはベッドから飛び起きると、机の引き出しを次から次にかき回し始め

た。

 だが目指すものは見あたらないらしく、しばらく部屋のあちこちに視線をさ

まよわせると、今度は床に放り投げてあるカバンに飛びついた。

 そして1枚のノートの切れ端を取り出す。

 それからしばらく部屋をうろうろしていたシンジだったが、電話の前を何度

か行ったり来たりしたあと、思い切って受話器をとりあげた。
 
 

 トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・

 

 ・・・カチャ
 

 「もしもし。碇と申しますが・・・」

 『あ・・・』

 「もしもし? 綾波・・・だよね?」

 『ごめん・・・なさい』

 「どうしたの?」

 『ん・・・何でもない』

 「そう・・・」
 

 「あのさ」『あの』

 

 「・・・」

 『・・・』

 

 「ごめん、特に用事があるっていう訳じゃないんだけど・・・」

 「時間、大丈夫?」

 『うん』

 

 「・・・今日はすごく暑かったね」

 『うん』

 

 「夏休みの宿題がたくさん出たよね・・・」

 

 それからしばらくは、学校の出来事などをぽつぽつと話していた二人だった

が、同じクラスなので次第に話すこともなくなり、無言が続く間隔が長くなっ

てしまうのは仕方がないことだった。

 レイが、ぽつりと言った。

 

 『・・・私と話してても退屈でしょ・・・』

 『私、何も話すことがないから・・・』

 

 「そんなことないよっ」

 「ほら、綾波が読んでいた本とか、それから・・・それから・・・」

 「・・・・・・ごめん」

 

 『いいの。気にしないで。本当のことだもの』
 

 『・・・でもね、私、最近・・・』

 

 「何?」
 

 『・・・笑わない?』

 「うん。もちろん」
 

 『書いてるの・・・詩』

 「詩?」

 『そう。詩を書いてるの』

 「へぇぇぇぇぇ」
 

 『・・・やっぱり。似合わないって思ってるでしょ』

 「そ、そんなことないけどさ。なんか、不思議だなって思って」

 『そう・・・かしら』
 

 「あ、でも、昔っから、綾波って本をよく読んでたよね。教室とか、本部と

  かでも」

 『うん』

 「どんなの書くの?」

 

 『・・・ダメ。言えない・・・』

 「どーしてさ?」

 『だって、恥ずかしいもの・・・』

 

 「そう・・・ダメなんだ・・・」

 『あ、でも、もう少し自信がついたら・・・その時は・・・見てくれる?』

 「うんっ!」

 

 『くす。そんなに大きな声ださなくても聞こえてるわ』

 「あはは、そうだね。ごめん」
 

 照れ隠しのためか、二人はしばらく優しい笑い声をあげた。
 

 「あ、もう11時過ぎてる・・・ごめん、そろそろ寝なきゃ」

 「明日も県大会に向けて朝練があるんだ」
 

 『そう・・・がんばってね』
 

 『・・・今日は、電話くれて・・・嬉しかった』

 

 「そ、そう?」

 「よかった。迷惑かなーなんて思ったんだけど」

 

 『そんなこと、絶対に、ない・・・』

 

 「うん・・・ありがと・・・また、電話するね」

 『・・・(イツデモ、マッテルカラ)』

 「それじゃ・・・おやすみ」
 

 『おやすみなさい・・・』
 

 「・・・・・・」

 『・・・・・・』
 

 「綾波、切ってよ」
 

 『碇君が先に・・・』
 

 「・・・・・・」

 『・・・・・・』
 

 「じゃ、一緒に」
 

 『うん・・・』
 

 「おやすみ」

 『おやすみなさい』
 

               ガチャン

                         ツー、ツー、ツー・・・
 
 

 電話が切れてしまった後も、レイは受話器をぎゅっと握りしめたまま、その

手を額にをおしつけて身動き一つしなかった。
 

 今まで知らなかった感情が胸に芽生えてきているのを、魅惑的な苦痛を伴う

その感情を、今、綾波レイという少女は実感していた。
 

<Vol.8へ続く>



DARUの部屋へ戻る
inserted by FC2 system