いつまでも忘れない   3rd phrase

               二人の変化

 


 

 

「おじゃましまーす。」

 

プシュッ、というドアの開く音の後に、アスカの声が聞こえてくる。

 

シンジは台所でジュースを飲もうとしていた。

 

「今日もママは研究所だって。」

 

「そう。」

 

二人ともいつものことなので、特に気にしていない。

アスカは制服姿のままなので、碇家にある自分の部屋に着替えに行った。

 

ゲンドウやユイは 学校での仕事があるため、いつもシンジ達より遅い帰宅となっ

てしまう。

つまり、はからずとも二人っきりになっている、ということである。

これもまた、二人は気にしていない。

 

今までは。

 

 

着替えが終わったアスカは、リビングにやってきた。

Tシャツに 短パンという、いたって簡単な服装である。

シンジは、別に見る物があるわけではないが、なんとなくつけたテレビを見てい

た。

 

「あたしにもジュースちょうだい。」

 

テーブルにつきながら、アスカは言った。

 

「いいよ。」

 

シンジはもう一つのコップを用意した。

 

 

 

アスカとシンジは、二人ともなんとなくテレビを見ていた。

いつものことであるはずなのに、今日はなんだか、妙な雰囲気が流れているような

気がしていた。

 

 

そして、TV番組がCMに入ったとき。

二人は同時にジュースに手を伸ばした。

当然重なる二人の手。

 

 

 

そしてそのまま数秒たった後、硬直していた二人の沈黙を破って。

 

「なっ、なによっ、このジュースはあたしが先に取ったのよ!」

 

アスカは、わけのわからない事を言いながら、ジュースをひったくった。

顔は真っ赤だ。

 

シンジもそんなアスカを見て、自分はとっても恥ずかしいことをしてしまったので

はないだろうか、と思った。

そしてシンジも赤くなっていった。

 

シンジはうつむきながら、アスカの方をちらっと見た。

アスカもうつむいていた。

 

(何だろうこの変な気持ちは…。今のアスカを見るとすごくドキドキする。

アスカになんか、毎日のようにひっぱたかれてるし、突き飛ばされたり、蹴られた

ときだってあった。

なのに、ちょっと手が触れただけで、何でこんな気持ちになるんだろう。)

 

 

「ア、アスカ?」

 

シンジの言葉に、アスカは少しぴくっとした。

 

「なに?」

 

「その… どうしたの?」

 

「わかんないわよ…。

あたし、ちょっと疲れたから部屋で休んでるわね!

ご飯になったら呼んで!」

 

アスカは早口にそう言いながら、部屋に急いで入っていった。

 

一人残されたシンジは、ぐるぐると思考の渦に巻き込まれていった。

 

 

 

部屋に戻ったアスカは、ベットにうつぶせになって、枕に顔を押し付けていた。

 

(ほんとにあたし、どうしたのかな。

手に触った瞬間、熱が出たときみたいになって。

すごく恥ずかしくて、でもちょっとうれしくて…。

 

ああー もう!

何でシンジの手に触ったからって、あたしが喜ばなくちゃいけないのよ!!

あたしはいつもシンジをひっぱたいてるのよ?

手に触ったぐらいどうってことないじゃない!)

 

アスカは自分を、無理矢理納得させようとした。

 

そして自分の顔を鏡で見てみる。

 

(なのに、 何であたしの顔は、こんなに赤いのよ …。 )

 

アスカはまた火照る顔を、枕に押し付けた。

 

 

 

「ただいまー。」

 

ユイは、玄関からリビングの方に声をかけたが、返事がないので、不思議に思っ

た。

いつもなら二人の声がするはずである。

 

「へんねぇ、二人ともまだ帰ってないのかしらね。」

 

「ああ…。」

 

横にはゲンドウがいる。

 

この二人が並んでいると、まったく異質の人間に見えるので、二人が夫婦だという

ことを、にわかに信じられる人は少ないだろう。

中学生の子供がいるようには見えない、若さを持った女性。

そして、家庭を持っているとは思えない、怖さを持った男。

 

二人がリビングにつくと、アスカの使っていたコップを持ったまま、ぼーっとして

いるシンジがいた。

 

「そこでなにをしている。」

 

ゲンドウは、ドスのきいた声でシンジに話し掛ける。

本人にそんなつもりはないが。

 

シンジは、いきなり現れたゲンドウに、怒られていると思ってびっくりした。

 

「ご ごめん、なんでもないんだ」

 

「もー、いるんなら返事ぐらいしなさいよ。

ちょっと心配しちゃったじゃない。」

 

「うん…。」

 

「まあいい、ユイ、飯にしてくれ。」

 

「はい。」

 

ユイはさっそく支度を始めた。

ゲンドウは、様子のおかしいシンジを、じっと見ていた。

 

「今日はアスカちゃん、どうするって?」

 

シンジは、ユイの言葉に、ぴくっと反応したが、つとめて冷静に言った。

 

「今日も、うちだって。」

 

 

しばらくして、ゲンドウは。

 

「おまえのその握りしめているコップは何だ?」

 

シンジは、ゲンドウの言葉に、びくっと反応し、かなり慌ててコップを置きなが

ら、なんとか答えた。

 

「なっ、 なんでもないよ、 あはは … 。」

 

「 … なるほどな。」

 

ゲンドウはそう言うと、ニヤリ、と口元を歪めた。

 

シンジは焦った、ゲンドウは口数が少ない分、言葉には重みがある。

だから、すべて見透かされているような気がしてくる。

 

「なんだよ!」

 

「ふっ、問題無い、すべてシナリオ通りだ…。」

 

「なにがだよ!」

 

「もう二人ともそのぐらいにして、ごはんできましたから。

シンジ、アスカちゃん呼んできて。」

 

「わかったよ。」

 

シンジはすこし気が引けたが、アスカの部屋にむかった。

そして声をかける。

 

「アスカー、ごはんできたよ。」

 

「はーーい。」

 

すぐに返事が返ってきたので、寝ていたわけではないらしい。

シンジは明るいその返事に、少しほっとしていた。

 

(さっきまでみたいに、気まずいままだといやだからな…。)

 

 

 

夕食の席は、いつも通り、アスカとユイがたえずおしゃべりをして、シンジが相づ

ちをうち、ゲンドウが夕刊を見ながら黙々と食べている。

 

そして、それぞれが順番にお風呂に入り、後は寝るだけとなった。

 

 

シンジは自分の部屋のベットの上で、明日の学校の準備をしていた。

準備といっても、ノートパソコン一台ですむからすぐ終わるが、シンジはいつも

メールが入っていないか、チェックすることにしている。

あまり入ってはいないが、たまにトウジ達から入っているときがあるからだ。

 

そうしていると、ドアの外からノックの音が聞こえた。

 

「シンジ? 入るよ。」

 

「いいよ。」

 

シンジは、どうしたのかな、と思いながらアスカを入れた。

 

アスカは少しうつむきながら入ってきて、ベットの上のシンジの横に座った。

 

 

シンジは、アスカの風呂上りの、いいにおいを感じながら尋ねた。

 

「どうしたの?」

 

「うん、ちょっとね…。」

 

(めずらしいな、アスカが言いにくそうにしているなんて。)

 

アスカが話しはじめるまでの沈黙が、シンジにさっきのことを思い出させた。

 

アスカはなにかを考えているように、自分の手を見ていたが、決心したように、シ

ンジの目を、まっすぐにみつめた。

 

そして自分の手を、シンジの手に重ねた。

 

 

 

シンジは少し驚いたが、さっきとは雰囲気が違うので、アスカの言葉を待った。

 

「あの、さ、 シンジは … 好きな人とかいるの?」

 

「えっ、 べつに、 いないよ。」

 

シンジは突然だったが、心のままを言った。

 

「そう…。 あたしも、まだ、いないんだ…。」

 

アスカは、ほっとしたような、少しさみしいような顔をした。

 

 

二人は、そのままの状態で、黙っていた。

 

「さって…、そろそろ寝るかな…。

シンジ、明日こそちゃんと起きるのよ!」

 

そう言って、アスカはすっと立ち上がって、ドアの方に歩き出した。

 

「アスカ」

 

「ん 、なあに?」

 

「おやすみ…。」

 

「… おやすみ。」

 

アスカは、ドアから外に出ていった。

 

 

 

アスカは自分の部屋で、手を見ながら考えていた。

 

(ほらみなさい、シンジの手に触るなんてことは、たいしたことじゃぁないのよ。

べつになんでもないんだからね!)

 

そう、自分に言い聞かせているが、高鳴っている胸と、ほころんでいる顔は、誤魔

化せそうにもなかった。

 

 

 

そして、碇家のいつもと同じ夜。

二人には少し違う夜が、ふけていった。

 

<続く>

tetrapot@msn.com 1998 3/15 HAL



HALさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system