いつまでも忘れない   4th phrase

               きっかけ

 


 

 

シンジ達のクラスは、いつものように慌ただしい朝を迎えていた。

 

なにかとトウジの行動にけちをつけては、突っかかっていくヒカリ。

よせばいいのにいちいち口答えするトウジ。

そして、またか、といった感じで、その様子を眺めているケンスケ。

 

その中でも一番騒がしい二人は、相変わらず遅刻ぎりぎりで教室に入ってきた。

もっとも、ミサトも遅刻しているので、出席をとるのはもっと後になりそうであ

る。

 

「まったく、このバカシンジ!

あんたが5分早く起きれば、こんなに毎日走らなくても済むんだからね!」

 

今まで走ってきたのに、息も切れていない二人。

 

「だったらアスカが5分早く起こしてくれればいいじゃないか。」

 

「あんたバカァ?本末転倒もいいところね。

このあたしが毎日起こしてあげなければ、毎日遅刻じゃない!

それをあたしのせいにするなんて、勘違いもはなはだしいわ!」

 

「よく考えたらそうだな、ごめん…。」

 

「まったく!」

 

 

しばらくしてからミサトが、ようやく教室に到着した。

授業開始まで、後数分というところである。

 

「ごめんごめん、ちょっち色々あってね…。」

 

「毎日のように『ちょっと色々』があるじゃないの。」

 

アスカが鋭い突っ込みをいれる。

 

「さ、さぁーて、出席、出席っと。 まわりに誰かいない人いる?」

 

時間が無いので、点呼もとらない。

 

そこでシンジは、隣の席が、空いたままになっていることに気づいた。

 

「そういえば、綾波は?」

 

「えっ、レイいないの? 通りで静かだと思った。」

 

「そんな言い方ないじゃないか。」

 

しかし、アスカの言う通り、レイは転校から二週間しか経っていないのに、クラス

のムードメーカーの一員となっていたのである。

いないだけで、クラスの雰囲気が変わる程の存在になっていた。

 

アスカは、自分の認めた相手以外は、あまり気に留めない所があるが、レイは、ク

ラスの全員と仲良くしていた。

クラス中が違和感を感じていた。

 

「綾波さんが居ないのね?

どうしたのかしら、何の連絡も入っていないけど…。

とにかく、授業がもう始まるからホームルームはおしまい。」

 

ミサトがそう言い終わると、ヒカリが号令をかける。

 

「きりーつ、れーい!」

 

 

そのまま何事も無く、授業は消化されていった。

 

そして放課後。

 

 

「シンジー、帰るわよー。」

 

帰る支度をしていたシンジに、声が掛かる。

 

シンジ達は帰宅部であるため、いつものメンバーと一緒に帰っている。

メンバーとはもちろん、三バカと、アスカ、ヒカリ、そしてレイである。

 

途中までは一緒だが、まずケンスケが抜けて、次にヒカリとトウジが一緒に抜け

る。

なぜ一緒かというと、ヒカリは、実際もう少し先まで行けるのだが、敢えてトウジ

と同じ所で別れるからである。

そのヒカリの涙ぐましい努力は、なかなかの物である。

 

 

そして今、アスカとシンジは、いつもレイと別れる角に差し掛かっていた。

 

シンジが、ふと角で立ち止まる。

 

「どうしたの?」

 

アスカが不思議に思って尋ねる。

 

「うん…、なんだか気になるんだよ、綾波の事が…」

 

アスカはその言葉を聞いて、目の前の物がすべて持っていかれてしまったような

ショックを受けた。

 

(どういうこと … それって、もしかしてシンジはレイのことを…?)

 

 

「ど、どうして…?」

 

アスカはやっとのことで、そう聞き返した。

 

「だって、学校にも連絡が無かったんだよ。

今まであんなに元気だったのに、いきなり学校を休んで…。

心配じゃないか。 行ってみようよ、綾波のうちに。」

 

アスカは、シンジがただ、レイを心配して、そう言っているのが分かって安心して

いた。

 

「そうね!行ってみましょ。」

 

いきなり沈んだ顔になったり、元気になったりするアスカを、変に思いながらも、

自分のノートパソコンを開いて、レイの住所を調べるシンジ。

 

「ここからそんなに遠くない所だ。」

 

二人は、角を曲がって歩き出した。

 

 

 

「ここだけど… すごいな。」

 

シンジは、たどり着いたレイのマンションを見ながら、呟いた。

 

シンジ達の集合マンションとは違い、一部屋一部屋に庭が付いているような、高級

マンションと言われてもいいぐらいの物だった。

 

 

アスカとシンジは、キョロキョロしながら、レイの部屋を探した。

そして、ドアホンを押す。

 

「ピンポンパンポーン お客様です。」

 

やたらとうるさい呼び出し音が、ドア越しに聞こえる。

しかし、いつまで経っても応答が無い。

 

「おかしいわねぇ。」

 

アスカは、ためらいもしないでドアを開けた。

 

「あれ?開いてる。

すいませーん、誰か居ないんですかぁ?」

 

「様子がおかしいよ、中に入ってみよう。」

 

「ちょっと待ちなさい、もしレイがカゼで寝てたら困るから、あんたはここで待って

なさい。」

 

「何で困るの?」

 

「あんた、レディの寝室にずかずか入るもんじゃないのよ!

レイがパンツ一丁で寝てたらどうすんのよ。」

 

「そ、そりゃぁ困るな…。」

 

アスカはそのまま中に入っていった。

 

 

 

部屋の中は、見た感じ2LDKといったところだ。

しかし、外から見たほど大きくない造りで、マンションの中でも小さい方の間取り

になっているようだ。

 

(おかしいわね、家族で暮らしている感じがしない…。まさかレイって一人暮らしな

のかしら。)

 

アスカは、部屋の様子に違和感を感じながら、部屋のドアの一つを開けた。

 

そこには、布団と一緒にベッドから落ちて、床で震えているレイが居た。

どうやら、呼び出し音に反応したはいいが、体が動かずに落ちてしまったらしい。

 

「さ、寒い …。」

 

「キャー!! ちょっとレイ、しっかりしなさい。

シンジー!早く来てー!!」

 

シンジは、アスカが叫んでいるのが聞こえて、急いで中に入っていった。

 

「どうしたの!?

あっ、綾波ー!大丈夫!?」

 

「いいから、ちょっと手伝いなさい。

レイをベッドに戻すわよ。」

 

シンジは、レイがパンツ一丁ではなかったので、ほっとしていた反面、すこし残念

だった。

アスカは、シンジの煩悩を察知したのか、睨み付けながら言った。

 

「ほら! よけいなこと考えてないで、さっさと手伝う!」

 

シンジとアスカが、レイのからだに触ると、その熱の高さが分かった。

 

「レイ! あんたすごい熱じゃない。

大丈夫なの?」

 

「う、うん。 あんまり大丈夫じゃないかも。」

 

「しっかり!」

 

二人で抱き起こそうと思ったアスカだが、シンジは軽々とレイを持ち上げて、ベッ

ドまで運んだ。

 

(なかなかやるわね、いつのまにこんなに力を付けたのかしら。)

 

毎朝、登校時のランニングを欠かさない二人なので、健康管理はもちろん、基礎体

力も出来あがっている二人だった。

ここで力の差が出るのは、シンジがやはり男であるからだ。

 

とはいえ、シンジには少し重たかったらしく、ベッドに寝かせるときに、すこした

め息が漏れてしまった。

 

「ふう、やれやれ。」

 

その言葉を聞いたレイは、近くにあったシンジのほっぺたをつねった。

 

「この私が重いって言うの?」

 

微笑んで冗談を言うレイに、シンジとアスカは、少しだけ安心した。

 

 

レイを寝かせて、とりあえず落ち着かせた後に、アスカは疑問に思っていたことを

聞いた。

 

「レイ、あんた一人暮らしなの?」

 

「えっ、そうなの?」

 

中学生の一人暮らしは、そうめったにあることではない。

シンジも気になった。

 

「うん…。」

 

「両親は?」

 

アスカは、さすがに立ち入ったことを聞くのもどうかと思ったが、状況が状況なの

で、思い切って聞いた。

 

レイは答えにくそうに。

 

「 … いないの…。」

 

アスカは、すまなそうに謝った。

 

「 … ごめんなさい。」

 

「綾波…。」

 

「いいのよ、その代わりにちょっと手伝って欲しいの。

このとうり、今は動けないみたいだから。」

 

「もちろん!」

 

 

 

そして、アスカは、お金の持ち合わせのなかった不甲斐ないシンジの代わりに、薬

などの買い物に行った。

 

シンジは、なにか食べる物を、と思って台所でおかゆを作っていた。

両親が遅くなるときが多いので、シンジはちょっとした料理なら、楽にこなせるよ

うになっていた。

レイは、一人暮らしとはいえ、ちゃんと自炊をしているようで、必要な物はきちん

と揃っている。

 

 

 

レイは一人残された部屋で、幸せをかみしめていた。

一人っきりだと思っていたが、こうして自分を心配して、助けてくれる二人に、心

から感謝していた。

もともと二人は、レイのお気に入りだったが、もっと好きになっていった。

 

レイの目からは、涙が零れそうだった。

 

 

シンジが、おかゆを持ってレイの部屋にやってきた。

 

「はい、綾波。 ちゃんと食べて元気出すんだよ。

味はきっと美味しいと思うから。」

 

 

この状況なら、どんなものでも美味しいだろうが、レイは残さず平らげた。

 

「ありがとね、とっても美味しかったよ。」

 

「よかった。」

 

シンジはやさしい笑顔で、きれいに食べてくれたレイを見た。

 

(この笑顔は、なかなか侮れないわね。)

 

レイは、心ではそう思っていたが、シンジの笑顔を見て体温が上がったらしく、顔

は赤く、頭はボーっとしてきた。

 

シンジは、少しずるかったかもしれない。

人は、不安な状態のとき、そこから助けてくれようとする者に、好意を持ちやす

い。 それが異性なら、なおさらのことである。

もちろんシンジは、そんな気は全く無く、心配だからそうしているのだが。

 

レイは少し反撃しようと思って、いい事を思い付いた。

 

「ああーっと、なんか汗かいちゃったなぁー

ねーぇ、シンちゃん、お着替え手伝って下さる?」

 

シンジは、突然様子の変わったレイにびっくりした。

 

「シ、シンちゃん? どうしたの急に。」

 

「別にぃー、それよりも、着替え着替え!」

 

「う、うん。」

 

「じゃあそこのクロゼットから、新しいパジャマ出して。」

 

シンジはクロゼットを開けた。

 

「これ?」

 

「そうよ。」

 

シンジは、レイにパジャマを渡した。

 

 

「それじゃあ…」

 

そう言いながらシンジは、部屋を出ようとした。

 

「あれぇー、手伝ってくれないの?」

 

「え!? だ、だって、困るだろ?」

 

「ふふ、うそよ。 じゃあちょっと待っててね。」

 

レイは、自分のおでこに乗っていたタオルで、体を拭きながら着替えた。

 

すべては、レイのシナリオ通りだった。

 

 

レイの着替えが終わり、シンジを部屋に入れてから数分たった後に、アスカが買い

物から帰ってきた。

 

「ただいまー、薬買ってきたわよ。」

 

アスカが水を持ってレイの部屋に来た。

 

 

レイに水と薬を渡すと、アスカはさっきとパジャマが違う事に気付く。

 

「あれ、あんた着替えたのね。」

 

「そうよ、シンちゃんに手伝ってもらってね。」

 

 

 

「どういう事かしら、ばかシンジ?

なんでシンちゃん、なんて呼ばれてるの?着替えを手伝った?」

 

アスカは、レイの思惑道理に誤解している。

シンジは訳が分からないといった感じで、ただ慌てているだけだ。

 

「あ、綾波? どういう事だよ、ちゃんと説明してよ。」

 

「問答無用!!」

 

アスカは、シンジの首を絞めにかかった。

 

「く、ぐるしぃー。」

 

 

「あははは、こんなにうまくいくとはね。アスカ、うそよ、うそ!」

 

「うそぉ?」

 

シンジは、アスカの手から逃れてむせている。

アスカは、またはめられたと思って、レイを睨み付ける。

 

「ひどいや、綾波、ごほっ…。」

 

「碇君は別に悪くないわ、まあ、悪いとすれば、やさしいところかな。」

 

アスカとシンジは訳が分からない、と顔を見合わせている。

 

 

 

そうしているうちに、時間はもう夕方の6時になっていた。

 

「まあ薬も飲んだし、ご飯も食べられたし、これだけ元気があればもう大丈夫ね。

シンジ、そろそろ帰りましょ。」

 

「そうだね。 綾波、もう大丈夫だよね?」

 

「うん、もう大丈夫よ、二人のおかげですっかり良くなったわ。」

 

それを聞いて、二人は帰る準備をして、部屋を出ようとした。

 

 

「二人とも。」

 

レイは、ベッドの横に座ってぺこりと頭を下げて、笑顔で言った。

 

「今日はほんとにありがとう。 とっても嬉しかったよ。

二人とも大好きだからね!」

 

レイの素直な気持ちに触れて、アスカもシンジも笑顔で答えた。

 

「どういたしまして。 ちゃんと治して学校に来るのよ。」

 

「早く元気になってね、綾波がいないと何だか変な感じがするから。」

 

 

そうして二人は、レイの家を後にした。

 

 

 

次の朝

 

「早くしなさいよ、ばかシンジ!!」

 

「わかったから、ちょっと待って。」

 

いつものように、走って学校に向かう二人。

 

ところが、レイのマンションに向かう曲がり角に、人が立っている。

 

「あれ? あそこにいるのって…。」

 

「綾波だ! 良かった、治ったんだ!」

 

二人がレイのもとにたどり着くと、レイはくるっと回って、ポーズを付けて見せ

る。

 

「すっかりよくなったわ!」

 

「よかったじゃない!

って、それよりなんでこんな遅刻しそうな時間までここにいるのよ。」

 

「だって私も二人と一緒に行きたいんだもん。

特にシンちゃんと。」

 

特にシンちゃんと、のあたりは、アスカにだけ聞こえるように言った。

 

「なっ、なあんですってぇ!!」

 

「さっ、早くしないと遅刻するわよー。 二人とも来るの遅すぎ!」

 

そう言って、レイはシンジの手を取って走り出した。

 

「綾波! まだ治ったばかりなんだから、走っちゃだめだよ。」

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 

アスカが恐れていた事が現実に起きてしまった。

 

<続く>

tetrapot@msn.com 1998 5/2 HAL



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