いつまでも忘れない   5th phrase

               カヲルとレイ

 


 

 

「起きなさい!!ばかシンジ!」

 

アスカが、かなりの大声で呼びかけたのにも関わらず、ぐっすりと眠っているシン

ジ。

 

「まったくもう!」

 

アスカは、起こす手段を考えようとして、シンジの顔を覗き込む。

 

(…こう見てみると、こいつもなかなか、かっこいい顔してるじゃない。)

 

シンジは、母親であるユイの血を多く継いだらしく、かなり整った顔をしている。

言いようによっては、きれいな顔立ちであるとも言える。

今は、よだれを垂らしているが…。

 

 

 

アスカは、少し見とれてしまっていた自分に気づくと、顔を赤くしながら、慌てて

次の行動に出た。

シンジの、鼻をつまみ、口を手で押さえた。

つまり、息を止めているのだ。

 

シンジの顔は、みるみる赤くなり、青くなっていく。

 

「ぶはーぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ。」

 

シンジはまさに、死にそうな顔で起きた。

ひどい目にあった訳を、すぐに理解できたが、苦しくて文句も言えない。

 

アスカは、床で笑い転げていた。

 

「あーっはっはっは!あーおかしい。」

 

「何て事するんだよ!」

 

「ふふふふ…。 あんたがすぐに起きないからよ。

それから、私に恥をかかせた罰ってところね。」

 

シンジの顔に見とれて、勝手に顔を赤くしていたのはアスカである。

罰と言われても、訳が分からない。

 

「僕が何をしたって言うんだよ…。」

 

そう言いながら、シンジは時計を見ると、まだ学校に行くには早すぎる時間であっ

た。

 

「まだこんな時間じゃないか。もっと寝かせてよ。」

 

「あんた今日週番でしょ! どうせ忘れてると思ったから、こうして起こしてやって

るんだけどね。」

 

「あっ、そうか。」

 

「はい、さっさと起きた起きた!」

 

 

 

アスカとシンジは、めずらしくゆっくりと朝食をとっていた。

ユイが用意した日本食である。

 

「今日は雪でも降るのか?」

 

ゲンドウは、食卓について、ご飯を食べているシンジを見てそう言った。

 

「今日は週番なんですって。」

 

三人にお茶を出しながら、ユイがゲンドウに言った。

 

「そうか、ならばいい。」

 

本当に雪が降る、と思っていたかどうかは分からないが、めずらしく驚いていたよ

うだ。

いつも無表情であるゲンドウの顔に、ユイとシンジしか分からない、変化が表れてい

る。

 

「今日はなんだかいつもと違うから、特別なにか起こりそうな気がするな…。」

 

「そう?」

 

シンジの呟きに、アスカが、分からない、といった感じで返す。

 

 

「さっ、そろそろ行きましょ。」

 

「えっ? アスカも、もう行くの?」

 

「そうよ、たまには歩いて学校に行きたいからね。」

 

「ふーん。」

 

アスカには、理由が二つあった。

一つは、シンジと一緒に学校に行かない、ということが非常に気に入らないからで

ある。 あと一つは、綾波 レイからの、ガードもしなければいけない。

歩いて学校に行く事など、少しも関係なかった。

 

 

 

「こうして歩いて学校に行ってみると、朝って気持ちがいいもんだね。」

 

「あんたが早く起きれば、毎日こうなんだからね。」

 

そうは言っても、アスカもそう感じていた。

 

(朝早く、学校への道を歩く二人か…。悪くないじゃない。)

 

 

 

突然変な事を考えてしまったアスカは、目をつぶって忘れようとした。

いつもレイが待っている角に近づいているので、臨戦態勢をとるためだ。

 

(さーて、レイ、いつもあなたの思い通りになるとは限らないわよ。)

 

アスカが目を開いてみると、そこにレイは居なかった。

かわりに、壱中生らしき人間が立っている。

 

ぱっと見としては、レイに雰囲気が似ていなくもないが、ズボンをはいているし、

髪の毛はほとんど銀髪と言ってよいほどだ。

似ているのは、その赤い瞳と真っ白い肌の色である。

シンジも少し中性的なイメージがあるが、この少年ほどではない。

 

その少年は、微笑みをたたえながら、困った顔で二人の方を見ていた。

 

「誰?あいつ。 シンジの知り合い?」

 

「知らないよ。なんだろうね。」

 

 

近くまで行くと、その少年は二人に話し掛けてきた。

 

「君たちは、第壱中学校の生徒かい?」

 

その声は透き通っていて、すべてを受け流してしまいそうだった。

 

「そうよ、なんか用なの?」

 

初対面なのに、厳しい態度のアスカ。

いつもの事だが、相手は少しキザっぽい所があるため、態度も二割増しだ。

 

だが、アスカのそんな態度も気にせずに、その少年は答えた。

 

「すまないが、第壱中学校まで連れて行ってくれないかい?

この町は初めてで、道に迷ってしまったんだ。」

 

「そういうことなら、いいよ、一緒に行こうよ。」

 

「まあしょうがないわね。」

 

ゆっくりとした二人の時間をじゃまされたからか、アスカはしぶしぶ了解した。

 

 

 

「君は、転校生なの?」

 

「そうだよ、年齢的には中学二年生に転入することになるね。」

 

変な言い回しが気にかかったが、シンジはそのまま話を続けた。

 

「そうか、じゃあ僕達のクラスに入るかもしれないね。」

 

「そうなれるといいな。」

 

そう言うと、その少年は嬉しそうに微笑んだ。

 

「そうすると、君が僕の一番最初の友達ということになるね。

よければ名前を聞かせてくれないかい?」

 

「碇 シンジだよ、よろしくね。」

 

「シンジ君か、よろしく。 僕はカヲル、渚 カヲルだよ。

できればカヲル、って呼んで欲しいな。」

 

シンジは、突然下の名前で呼ばれたが、少しも嫌な感じがしなかった。

 

「わかったよ、カヲル君。」

 

 

「それから君は?」

 

今まで、蚊帳の外にいたような感じがしていたアスカは、突然振られて驚いた。

 

「えっ、あたし? ああ、名前ね。

惣流 アスカ ラングレーよ。」

 

「君もよろしくね。」

 

「いいけど、あんた達まだおんなじクラスになれると限ったわけじゃないんじゃない

?」

 

「それなら大丈夫だよ。」

 

「なんで?」

 

「そんな気がするからさ。」

 

「変な奴…。」

 

 

 

それから、いろいろな話をしているうちに、学校に着いた。

 

アスカとシンジは、カヲルを職員室に連れていった後に、自分達の教室で、週番の

仕事をこなしていた。

 

クラスメイトも次第に集まり、ヒカリ、トウジ、ケンスケも次々登校してきたが、

二人がこんなに早く学校に来ている事に、いちいち驚いている。

 

そして、いつもアスカとシンジが登校して来るぐらいの時間になった。

 

「綾波はまだ来てないね。」

 

「なんや、今日は惣流と綾波をはべらして来たんとちゃうんか。」

 

トウジは、シンジが二人に両腕を掴まれながら登校して来た時の事を思い出しなが

ら、とげのある言い方をした。

 

レイの風邪が治った日に、シンジが、壱中を誇る美少女二人をはべらして校門から

入って来た時には、シンジを討ち取る計画まで練られたが、いかんせん二人がべった

りくっついているので、実行に移せなかったのだ。

 

それ以来シンジは、毎朝、というより、学校にいる間中、敵意や嫉妬のこもった視

線に耐えながら、暮らすはめになってしまったのだ。

まあ仕方の無い事だ、と言ってしまえばそれまでだが。

 

「そんな言い方ないじゃないか。」

 

「きっと、綾波は愛しいシンジ様を待っているんだよ。

いつまでも、いつまでもね … ふふふ。」

 

「なんだよ、ケンスケまで、やめてよ。」

 

シンジは、二人のいびりにじっと耐えていた。

アスカは、もう言い返すのも面倒くさくなって、最近では無視する事にしていた。

 

 

 

ルノーの音が聞こえてから五分ぐらい経って、ミサトが教室に入ってきた。

 

「きりーつ、れーい、着せーき。」

 

ヒカリが号令をかけるとすぐに、ミサトは。

 

「第二の転校生を紹介する!

喜べ女子よ!今度は男だー!

しかも、なかなかいけてるわよん。」

 

ざわつく教室。

クラス中、特に女子の意識が、入口に集中する。

 

入口からは一人の少年が現れた。

そして、一気に色めき立つ女子。

つまらないのは男子。

 

「かっこいいー」 「銀髪よ、銀髪、外人なのかな。」

「男なのにあんなに線が細いなんてずるい。」 「碇君よりきれいかも。」

 

第一印象として、様々な事を言っている。

 

「渚 カヲルです、よろしく。」

 

カヲルが名前を言うと、教室は静まり返って、転校生が何をするのかを見つめた。

カヲルは、ゆっくりと教室を見回すと、そこに目当ての人物を見付けたので、近く

まで歩み寄り、手を握り締めて、微笑みながら言った。

 

「やっぱり会えたね、シンジ君。」

 

「う、うん。」

 

いきなり手を握られた恥ずかしさで、赤くなるシンジ。

しかしまわりの目からは、シンジとカヲルが、いい雰囲気になっているようにしか

見えない。

 

当然アスカが突っ込みをいれる。

 

「ちょっとあんた達、何手つないで見つめ会ってんのよ!

ホモなんじゃないの?あんた!」

 

アスカは、カヲルに突っかかる。

 

「何やシンジ今度は、男に手ぇ出したんか?」

 

「シンジもついに見境なくなったか」

 

アスカの声を引き金に、大騒ぎになる教室。

ヒカリも注意するどころではない。

 

「ちっ、ちがうよ!カヲル君とは、今日の朝友達になっただけだよ!」

 

シンジの弁解もあまり効果が無かった。

まあ、大半はわざとからかっているだけである。

一部には、碇君と渚君ならいいかも、などと、ときめいている危険な女子もいる

が…。

 

 

ざわついている教室に、レイがやっと到着した。

 

「遅れました、すいません!」

 

誰もレイが入ってきたのに、気が付いていない。

しかし、カヲルだけは気が付いていた。

 

レイは、転校生がいる事を知らない。

アスカとシンジに、自分が遅刻してしまった事に文句を言おうとした。

 

「もーぉ、二人とも先に行くなんてひどいよ。

週番なら週番って言ってくれれば… …。」

 

自分の事を見つめている人間に気付き、見る。

レイの顔色が変わっていく。

 

 

「… カヲル …。」

 

「… 久しぶりだね、レイ…。」

 

異常な雰囲気に、再び静まり返る教室。

 

 

レイは後ずさると、そのまま教室を飛び出していった。

 

「綾波!?」

 

シンジは、ただならぬレイの様子に、追いかけて行こうとした。

 

しかし、カヲルが握った手を放さない。

飛び出していく事すら分かっていたかのようだった。

 

 

「カヲル君は綾波と知り合いだったの?」

 

カヲルは微笑みを絶やさずに答えた。

 

「… そうなんだ。」

 

 

 

一人、ギャラリーになっていたミサトは、気を取り直してカヲルに戻ってくるよう

に言った。

 

「まあ、来たそうそう色々あったみたいだけど、みんな仲良くやるのよ。

渚君の席はそこ!」

 

と言って、シンジ達とは少し離れた所を指差した。

 

カヲルは少し残念そうな顔をしたが、素直に席についた。

 

 

シンジは、カヲルに聞きたい事が山ほどあったが、休み時間は女子に囲まれてい

て、ろくに話しもできなかった。

 

しょうがないので、トイレに行って、戻ってきてみると、レイが戻ってきてい

て、自分の席に座っていた。

 

シンジは、さっきの事もあって、少し話しかけずらかったが、朝の事を謝らなくて

はいけないと思って、話しかけた。

 

「今朝はごめんね、何も言わず先に行ったりして。」

 

「べつにいいわ。」

 

レイの言葉には、感情がこもっていなかった。

 

シンジは、初めて見るレイの雰囲気に、圧倒されていた。

 

「そ、そう…。」

 

シンジには、それ以上話を聞く事が出来なかった。

 

 

 

結局、放課後までカヲルとレイから何も聞き出せなかったまま、帰宅する事になっ

た。

 

「シンジ君、一緒に帰ってくれないかい?」

 

今まで、女子に囲まれていたカヲルも、帰るときになって、やっと開放されたらし

く、シンジに話しかけてきた。

 

「うん、もちろんいいよ。」

 

 

いつものメンバーで帰っていたが、相変わらずカヲルは、トウジやケンスケに質問

の嵐を浴びせられていた。

 

そして、レイと別れるところになって、カヲルが、

 

「それじゃあ、ぼくはここでお別れだ。

また明日ね、シンジ君。」

 

と言った。

 

「う、うん。 またね。」

 

「あたしには、あいさつ無しってわけね。」

 

「そんなことはないよ、また明日、惣流さん。」

 

「はいはい。」

 

ここまで無表情のまま、一言も話さないレイを気にしながらも、話しかける事すら

出来なかったシンジは、このまま別れてしまう事に、歯がゆく思っていた。

 

まして、何か過去の有りそうなレイとカヲルは、同じ方向に帰るようだ。

 

しかし、何も言えずに別れていってしまった。

 

 

シンジとアスカはしばらく何も言わずに歩いていたが、シンジはアスカに尋ねた。

 

「あの二人は、何かあったのかな?」

 

「そうね…。あのレイの様子を見てると、何かあったとしか思えないわね。」

 

「どうすればいいのかな…。」

 

「どうしようもないじゃない。 もし何かあったんなら、それを解決するのは二人な

んだし。」

 

「だけど、ずっとあの異様な雰囲気のままなのは嫌だからね…。」

 

「そうよね…。」

 

それっきりアスカとシンジは、黙ってしまった。

 

 

 

角を曲がってからしばらく、カヲルとレイは一言も言葉を交わさなかった。

二人は、一緒に歩いている、と言うには少し離れた距離で歩いていた。

 

いつまでも付いて来るカヲルに、レイは無感情に言った。

 

「付いて来ないで。」

 

「だって、僕の家もこっちなんだ。」

 

 

「何しにここ来たの。」

 

「それは、いろいろあってね。

まあ、レイに会いたかったのが、一番の理由かな。」

 

その言葉を聞いたレイは、今までの無表情を崩して、叫んだ。

 

「私は、あなたにだけは、一番会いたくなかったわ!

あなたを見てると、思い出したくない事が、甦ってくるのよ…。」

 

レイは、悲しい顔をした。

 

カヲルは、いつもの微笑みをたたえながら、やさしく言った。

 

「でも、あのことがなければ、今のシンジ君や、惣流さんに会う事も無かったんだ

よ。

そして、僕に会う事もね。」

 

その言葉に、レイは黙ってしまった。

 

 

そしてレイのマンションに着いた。

 

レイは、黙ってその中に入って行こうとした。

 

すると、カヲルが確信犯的な笑みを浮かべて言った。

 

「あれ?レイもこのマンション?奇遇だね、これからよろしく。」

 

レイは、キッとカヲルを睨むと、そのまま駆けていった。

 

「やれやれ…。」

 

カヲルは、うれしさ半分、あきらめ半分といった顔をして、マンションに入って

いった。

 

<続く>

tetrapot@msn.com 1998 9/15 HAL



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