まるで、別世界のようだ。
下車したホームでの感想だった。
年明け、初詣も落ち着いた4日目ともなると妙に町が静まりかえっている。騒ぐほど栄えていないとも言えるが、この異常なまでの静けさに僕は不安を覚えた。何せ片手に余るほどしか人が見えない。
相変わらずの無人駅にはバス停もタクシー乗り場もない。改築し、面構えだけは小綺麗になったが、絶えていくような町の衰退を現すようにひっそりとここは静まりかえっている。
改札を抜け、駅の入り口までたどり着くと外の様子がうかがえた。
「勘弁……」
すでに電車の中からイヤというほど見てきた現実に、予想通り直面する。
天気予報に興味のない僕は必然気象に疎い。まさかここが今日大雪など知る由もない。
「傘なんて……売ってねーよな……」
18年間住んだこの町で、駅前で傘を売るような気の利いた店があるはずもないことは十分承知していたので、雪に降られながらコンビニを探し回るなどという無駄な行為をせずに済んだ。おそらくそうしていたなら僕は目的地にたどり着くよりも多くの距離を徘徊させられたはずだ。
「さっ、…びぃ〜」
決して今僕が下宿している街よりも寒いわけではないはずだが、この町独特の湿度の高い空気が肌に張り付き、体温を奪う。どちらかと言えば、空気の冷たさというより水の冷たさだった。
(ああ、そうだったな……)
年中通して雨量が多く、春も夏も秋も冬も、いつでも湿度が高かった。懐かしい。
(3年ぶりか……結構、経ったな……)
都会で就職が決まり3年。一度もこの町には帰ってこなかった。別に両親から奔放されたわけではなく、会いに来たい人がいるわけでもなかったので、帰ってこなかった。そう。「帰ってきたくなかった」のではなく「帰ってくる必要がなかった」からだった。
自分の、最も世の中の悪しき習慣に追随している点はおそらくここなのだろうと思う。
必然がなければ動かない。
己の意志に行動の決定権はなく、環境の必然によってのみ己の行動が決まるのだ。
自分が流されやすいタイプの人間だとは思っていないが、この活力のなさには我ながら恐れ入る。
2年間都会の学校でそれなりに頑張ったはずだったのだが、就職して安心したのかいつの間にかそれまでの自分に戻っていた。人間、そうは変われない。思い知らされている事実なのだった。
そして、今回も同じように正月だからだとか、仕事が休みだからだとか、そう言った理由ではなく、それなりに強制力を持った要因によって僕は今ここにいる。
前略 小早川千尋様。お元気ですか。中学時代同じクラスで勉強をしていた南健二です。突然の手紙にさぞ驚いていることでしょう。どうやって調べたかは秘密です(笑)。
さて、年の瀬、もうすぐ21世紀を迎えるにあたり、新年会&同窓会を一度に開こうかという計画を立てております。もちろん西塔中学校平成4年度卒業生96名の同窓会となります。日時は1月4日の18時からにしたいと思います。地元に残っているものは皆遠くへ行ってしまった友人たちと会いたがっています。こういった機会もそうそうつくれないと思いますので是非ご参加のほどよろしくお願いします(君には参加の義務があります。わかりますね?)。
場所は町内の総合センターをお借りして行います。費用はいくらかさんでもいいようにたくさん持ってきてください(笑)。
それでは。
自分宛に手紙が届くこと自体まれなのだが、その文面には本当に面食らった。8年前から全く連絡を取っていない友人からこんな手紙をもらうなど。しかも今僕の住んでいるところを知っているのは僕の家族と、あとは職場の総務くらいで同僚ですら住所は知らないはずだ。いきなりこんな手紙が届いては驚く以上におそれてしまう。
何にせよ差出人が南健二ということで僕はそれなりに納得した。まあ彼ならばそういうこともあるかもしれないと。健二という男は活発な少年で、いわゆるクラスのムードメーカーのような人物だった。よく笑い、よく怒り、何にでも興味を示す。勉強もできる方で、優等生ではなかったがそれなり以上ではあった。僕と彼とはそれほど親しい間柄ではなかったが、彼の積極的な性格のおかげで僕の認識では友人であった。誰とでもうち解けあえる彼の純粋な性格は僕にとって好印象だった。
8年後、相変わらず変わっていない彼の性格がよく現れた手紙を受け取り、一瞬で8年前に引き戻されたかのような懐かしさに駆られ、僕は思わず泣き出しそうになった。目頭が熱くなったのを思い出す。
僕はまんまと彼にその気にさせられたわけだ。成人式にすら参加しなかった僕が、何でもない、たかが同窓会だか新年会だかになぜか出たくなってしまったのだった。
そして
『君には参加の義務があります。わかりますね?』
この文面。わからない。僕には彼のいう義務とやらが思い出せない。これもまた今ここにいる理由の一つだ。手紙をもらったのが12月の頭だから、もうひとつきも悩んでいるが、これと言って思い出せる点がない。今では彼の、いわゆる彼らしいジョークなのかもと思っているが、やはり釈然としない。今日、1月4日に是非解決しておきたい疑問だった。
「わかんねーよ……」
その手紙をもう一度読み、つぶやいた。
真っ白な息とともに、言葉は空気へと変わっていった。
駅の外はまだ雪が降り続いている。
どうやら止む気配はなさそうだ。
降りてくる空と、冷たい空気。そして、彼の謎かけ。
とても静かな駅の入り口で僕は立ちつくす。
3年ぶりの故郷はどんな形で僕を迎えてくれるのか。
不安が、広がり始めた。
|