9. Network

上昇する。

「クリス……神様を見たことがあるか?」

重力に抗って。

「あぁ?本気で聞いてるのか?」

もたれたシートから加重を感じながら。

「もちろん。」

ふるえる大気を感じながら。

「は。ないね。あるわけない。」

空。

「見たいと思わないか?」

青く。

「思わない。」

深く。

「そう。残念だ。」

吸い込まれる。

「残念、ね。そんなに会いたいかねぇ、しかし。」

窓の下。

「いや……そうでもない。」

雲。

「はぁ?なんだよそれ。」

海。

「二度と、会いたくない。」

底。

「会ったの?そりゃすごい。」

吸い込まれる。

「クリス、私は……」

海も、空も、重力も。

「キーン、働き過ぎだぞ。疲れてるんだ。」

すべてが。

「私は……」

すべてが、薄れる。

「後はナンバーゼロに任せておけばいい。戻ったら休もう。」

かき消すように。

「…………」

溶かすように。

「あんたの仕事もこれで一段落だろう?」

心も。

「一段落……」

身体も。

「ああ、事態は膠着状態。そのうちにサードを整備するんだ。」

感覚も。

「永遠に、終わりはないな……」

私は。

「どうかな、上の考えることはわからん。」

空気のように霧散する。

「…………」

二度と。

「あんたは……知りすぎてる。」

取り戻せない。

「…………」

神よ。

「損な役回りだな。無知は幸福とは言ったもんだ。」

どうか。

「そうだな……」

許したまえ。

「あんたは……」

どうか。

「『ネットワーク』の要なのか?」

見逃したまえ。

「…………」

愚かなる我々を。

「ああ、もちろん言えないだろうな。すまん。」

愚かなる人類を。

「…………」

あなたは。

「神は……」

望まれていない。

「…………?」

現れてはいけない。

「もうそこに……」

もし。

「あ?」

ならば。

「私は……」

私が。

「おい、キーン……大丈夫か?」

私たちが。

「私たちは――」

そう。私たちが。



神様。あなたを殺します。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lake DEATH Episode: X
I meet "Killing Angel".
Side C
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10. Dog master

(老けたな……)

窓に映るその顔を見て、男がつぶやく。
誰にも聞かれない、心のつぶやきではあった。
だからこそその言葉には真実がある。

(老いは、人類の宿命だ。)

そして、特権でもある。

「カイル少佐。案内役、到着しました。」

そこから見える世界か、それとも己自身を眺めていたのか、ともかくその背後から声がかけられた。
若い。

(いや、若すぎる。)

振り向かず、男――カイルはつぶやく。
否、思考しただけであった。

彼の背後には、おそらく10歳くらいだろう少年が立っていた。
金髪に、青い瞳。
幼い。
どう見ても小学生以上には見えない。

(私は……おそらくこの子達にすら勝てないだろうな。)

ゆっくりと振り向き、想像したとおりの少年を見る。
やはりよく知った少年だった。

(もう、教えることしかできない。戦えない。)

長い間男は沈黙を守ったままだった。
青い瞳の少年はそれをただ見返してじっとしている。
それが当たり前のことのように。

(失われていく――)

未練だ――自分に言い聞かせる。
ギュッ、っと、右手を握りしめた音がした。

(いや……だからこそ私にはそれ以外を多く手に入れた。)

まだ、少年は立って眺めている。カイルを。

(それまでより多く考えられる。できる。たどり着く。)

それが――

(それが――人生だ。)

「バッシュ、行くぞ。」

眼光は鋭い。

「はい。」
 

 

 

 

 

「バッシュ、ヨゼフ――ナンバー31を知っているか?」

空港の長い廊下を歩きながら、カイルは少年に尋ねる。

「はい。よく知っています。ハンドガンの訓練をしていただきました。」

よどみない、はっきりとした口調は年齢にあまり見合っていない。

「そうだ。あれは『Lake DEATH』の中でも……」

(いや……)

違う。

「『MPTL』の中でも相当短銃の扱いがうまかった。むろんそれを使った戦闘も、だ。殺せるか?おまえ達7人で。」

言い直し――それには、彼なりのこだわりがあったのだが――尋ねる。
とても10歳くらいの少年に聞くようなことではないのだが。

「はい。我々は攻勢です。立場も人数もこちらが大きく有利です。問題ありません。」

もちろん、それに答えた少年の言葉もそれ相応に世間からずれがあった。
これが、彼らの人生らしい。

「そうだな……あれに戦闘方法を最も多く教えたのはほかならぬ私だ。問題は、あるまい……」

二人は、お互いを見ずに歩き続ける。
出口はすぐ近くだった。

(しかし、こちらは無傷で……とはいくまい。運が良ければ……全員生き延びれるだろう。経験の少ないこの子達がどこまでやれるか……)

ちらりと、隣を歩く少年を見る。
至極背は低い。

(逆に、ヨゼフはもっとも実戦経験の多い戦士だ。一人でも状況を読み、戦術を編める。部隊戦術も、一人で戦うすべも教えてある。ならば……)

「指示はすべて私から出す。おまえ達はそれに従い展開しろ。いいな?」

「はい……」

少年は従う。
しかし若干、若干ではあったが言いよどんだ。

「バッシュ、おまえは指揮をとりたいのだろうが、まだ無理だ。私が同行した意味を考えろ。確かにおまえには部隊長として戦術の訓練を始めているが、まだまだ未熟だ。」

カイルは立ち止まり、少年の方を向いた。
少年もすぐさま立ち止まり、それに従う。

「おまえは幼いが、賢い。だからこそ戦術の訓練も施してはいるが、逆におまえは精神が整っていない。戦況に大きく影響を及ぼすだろう。並の人間相手なら練習にやらせてもいいだろうが、相手は『MPTL』の中でも特級の戦士だ。甘く見るな。奴はおまえ達とはこなしてきた訓練の数も実戦の経験も違う。おまえ達が想像しない多くの戦術を身につけて、我々を待ち受けている。おまえの未熟な指揮下では全員本来の力を発揮できず、大きな損害を被るだろう。ただ殺れるか、そうでないか、ではない。これ以上いたずらに追跡者を欠くわけにはいかない。」

「はい。」

素早い返答。
二度目にためらいはなかった。

(そう、その通りだ。この子達では遠く及ばない。経験が違いすぎる……)

二人の目の前には、すでに出口が大きく見えていた。
構内は広く明かりも多い。
外にどれほどの違いがあるのか、それでは意味がないではないか――カイルの思考にはそうあった。
年相応の偏見ではあったが。

(これは……)

入り口に見知った人影を見つける。
30代後半の、これも金髪の男だった。

(私の、ほかでもない私の戦いだ。)

案内役。
周りには、バッシュと同年代程度の少年達がいた。
その雰囲気はあまり『少年達』とは言い難い、異様な空気が漂っていた。
金髪の男はボーイスカウトの引率にも見えない。

(絶対に、負けるわけにはいかない。)

やはり、外の世界は構内と、何も変わりはしなかった。
 

 

 

 

 

「ご無沙汰しております。カイル=バイエフ少佐。」

金髪の男がメリハリのある言葉で声をかけた。
少年達は動かない。

「ああ、そうだな……?キーンも来ていると聞いたが?」

カイルは少しだけ周りに視線をやる。
探しているものはもちろん見つからない。

「はい。しかし今朝早くクリスと共に戻っていきました。」

この男の言葉も隙がない。

「なぜだ?」

カイルは怪訝そうに尋ねる。

「わかりません。彼の多忙ぶりは私の想像を超えています。」

若干疲れたように返す。
本当に、そんなことは知らない、とでも言うように。

「君も『ネットワーク』だろう?仲間の事情もしらんのか?」

軽く嘆息したようにカイルは文句を付けた。
出だしから思うようにいかない――

「彼の方が遙かにレイヤーは上位です――申し訳ありません。」

「そんなものかね?」

言葉通り、そんなものかと落胆した。
事実カイルには彼らの仕事など何も知らなかったからだ。

「行きましょう。車を用意してあります。」

男は少し歩き、振り返って言ってきた。
日陰から出たせいか、少し眩しい。

(これが、日本か……空気が違うな……)

目を左手で光から遮り、歩き出す。
数歩先を案内役の男と、それから少年達が先行していた。
それから……

(?)

一瞬、男の身体がゆがんだように見えた。
その直後、彼は大きく後ろにのけぞって吹き飛ぶように仰向けに倒れた。

(!)

タン。

数瞬遅れて、かすかに耳にその音が入る。
カイルは聞き逃さなかった。

「狙撃だ!!隠れろ!!」

叫ぶ。

少年達は素早く――恐ろしく素早く行動する。
カイルは一番後ろにいたため、物陰に隠れるのが早かった。

タン。

また、聞こえた。
見ると少年の一人が倒れるところだった。
身体に命中したようだ。

「うぅ……」

即死はまぬがれたか、倒れたまま少年は這って逃げ延びようとする。
しかし……鈍い、恐ろしく残酷な音が少年の頭蓋をおそった。

「ヴィー!!」

ほかの少年が叫ぶ。

タン。

また銃声。
ヴィー、と言う名だろう少年は、頭部の半分以上を吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。

(距離、1000……!?ばかな!!)

カイルが胸中で叫ぶ。
被弾から発砲音までの遅延で狙撃点を計算していた。
倒れた案内役の男を見る。
急所に命中したのか、むろん死んでいた。

(こんなところで白昼堂々……)

毒づく。
まさかあり得ないことだ。
追ってきた自分たち追跡者がいきなり狙撃されるなど。
しかも……

(あり得ない!!この距離で狙撃など!)

あたりを見る。
ほかの、すでに形を失った少年以外は無事のようだ。

(こんな狙撃は――ヨゼフにはできん!)

実戦において、訓練で発揮できる能力以上を出すことは絶対に不可能だ。
戦果、ではなく、能力、である。
身につけた技術を戦場でいかに発揮できるかがいわば戦士の実力だった。
つまりこの狙撃とは。

(狙撃手はプロ中のプロだ!こんな奴は――)

もう一度死体をみる。
横たえて空を凝視するその男は、もちろん動かない。
戦場ではあるが、「そういったもの」が静かだと言うのだろう。

(こんな奴は、世界中に指を折って数えるくらいしかいない!)

いない。
だが、知ってはいる。
それに彼は気づいているだろうか?

(ばかな……)



しばらく、膠着状態が続いた。
どれだけたったか、すでに発砲音はしない。
当然だが、少年達はすべて隠れている。
カイルももちろん隠れている。

(もう、こないだろう……)

静かに、そう打算した。
すでにあたりにはざわめきが始まっている。
女性の悲鳴やらも聞こえる。

(なんということだ……)

死亡者2名。
うち、案内役1名。追跡者1名。

(我々は……)

アスファルトから、熱気が照り返す。
熱い。
だが日本の季節などしらない。

(まさか、はめられたのか?)

つぶやきは胸の中へ。

(どうなっているのだ?)

そして、闇の中へ――
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11. Shima

(まったく、寝顔はかわいいのにねぇ……)

事務所と異なり、ここは優しく光が射し込む――
万屋探偵事務所ビル――『3階』――

(そうよね、まだ14歳なんだから……)

自分のベッドの上で、自分の太股の上で眠る、自分のものでない少年をじっと眺めてつぶやく。
もたれた壁は少し冷たい。

(これが口を開くと……まったく、なんでこんなに歪んじゃったのかしら?)

あくまでも穏やかな眠りにつく秋人をみつめて。
自分が14だったときはこんなだったかしらと思い出す。

(あの子の周り……異様な気配がする。もう関わりたくない、関わらせたくない……)

ギュ、っと、少年の手を握りしめる。
小さい。
あの子――とは、秋人のことではない。

(この子と年はほとんど変わらないはずなのに、なんで……)

どうして。

(この子でも十分異常な世界で生きてるのに、あの子は――)

秋人から目を離し、虚空を見つめる。

(怖い……)

そして、もう一度秋人の寝顔を眺める。

(あなたも、これ以上関わらないで……これ以上何も失わせないで……)

目を瞑る。
泣きそうになったから。

(私も、あなたも……これ以上失う必要なんてない……だから……)

だから。
だから。
これ以上。

「……母……さん……?」

うわごとのような、少年のつぶやきが耳にはいる。
目を開くと、少年の覚醒は近いようだった。

いつまでも泣いてはられない、この子のためにも――
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12. Akito

カブトムシは夏にしか捕れない?
そんなの、夏だって見たことないよ?父さん。

田舎に行けばな。

父さんの?

母さんの。

俺、一度も行ったことないよ?
つれてってよ。

夏になったらね。

ああ、夏になったらな。

(いつだって、夏はそんな話しなかっただろ)

夏に――

(父さん。あんた、なんで死んだんだ……)

なったら――

(母さん。あんたも、どうして殺された……)

なったらね――

(母さん。いつだって、疲れてた……)

俺は――

(一度も……一度も抱いてくれなかったな……俺のこと……)

俺の――

(やさしく……なかったな……)

どうして……

(どうして、死んだ……)

なんで――

(母……さん……)
 

 

 

 

 

(眩……しい……)

どこだ?

(でも……)

あたたかい。
…………

「……母……さん……?」

よく見えない。

(違うの?)

あたたかい。
いい、においがする。

「ごめんなさい……私は……あなたのお母さんにはなれないよ。」

…………
違う。

(でも……)

これは――

「志麻……」

あたたかい。

「起きた?」

満たされる。

「…………」

おちてゆく。

「大丈夫?まだどこか痛い?」

やさしい……
染み込む――

「……志麻……」

いつだって

「なに?」

いつだって
あんたは俺に優しい。

「母さんかと思った……」

どうして

「そう……」

そんな、顔するな……

「いつも……やさしいな……」

眠い……
おちてゆく。

「ありがと……」

なんで

「なんで……」

やさしい?
こんな俺に。

「私は……」

そんな顔するな……

「私は、あなたのお母さんの代わりにはなれないわ……」

そんなこと

「…………」

望んでない……

「でも、」

あんたは

「あなたのお姉さんくらいにはなれるかな、って……思ったの。」

いいんだ。

「だめかな?」

いてくれるだけでいいんだ。

「…………」

だから
泣くなよ。

「秋人……」

泣くなよ。

「秋人……泣いてるの?」

泣くな。

「…………」

あたたかい。
つつまれる。

「ごめんなさい……しばらく、」

つつまれる。
やさしい。

「このままで……」

とけてゆく。

(あたたかい……)

すべてが
きえて……
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13. Chaser

「案内役は死亡。ヴィーも死んだ。」

(夜。しかし闇ではない。)

「情報はない。我々は戦略上孤立した。」

(夜。いつだって寒い。)

「どことも連絡を取れず、予測しなかった狙撃。」

(戦場とはこういったものだ。)

「しかも1000メートルの距離から正確に急所を捉えていた。どういうことかわかるか?」

おそらく、答えなど少年達にもとめていない。
もとめていたのは――自らに対してだ。

「我々にはヨゼフ以外の『何か』が敵としてある。恐ろしく強い。」

少年達は何も言わない。

「そして2名が死亡。こんな芸当ができるのは世界でも限られる。」

限られる。
知っている。

(具体的には、2名、知っている。だが……)

「相手が何者かはわからん。が、間違いなく敵だ。」

声はよく響く。
コンクリートの廃屋にはそういった残響がよく似合う。

「今や我々は追跡者ではない。追われているのは我々だ。」

(はめられたな……)

落胆する。
明らかに裏切りがあった。
指揮系統?連絡系統?――いずれにせよ、彼らが犠牲になった。

「狙撃手はヨゼフではないのですか?」

少年の一人が質問する。
無知だ。

「……ヨゼフには狙撃の才はない。それどころかこの距離で正確に射殺するなど――私はこんな芸当ができる者を2名しか知らない。」

少年達を前に説明を続ける。

「つまりヨゼフ以外の何者か――それほどの狙撃が可能な何者かが我々の敵だ。ヨゼフに加えて、だ。」

少年達は動じているのか、表情はさえない。
もともと明るい表情なと作れないともいえるが。

「心当たりがあるのですか?」

また別の一人が質問する。

「…………」

(心当たり……恐ろしい。想像したくないな。しかし……)

「ある……かもしれん。わからん。だが流れを考えれば可能性は高いかもしれん。」

「何者です?」

少年達は臆さない。
戦うためには知識は必要だから。

「『MPTL-P00』もしくは『MPTL-T23』どちらか。1000メートル級の狙撃で実戦において的をとらえられるのはあの二人だけだ。外部の者はしらん。が、2名のうちどちらかである可能性は高いだろう。」

大きく、大きくため息をつく。
少年達の間からはざわめきが。

「もしそうなら、我々は『生きのびる』ことに全力を尽くさねばならん。すでに、そういう事態だ。」

「彼らが敵に回るのですか!?」

「なぜ!?」

口々に疑問を叫ぶ。
少年達は初めて焦りを見せた。

「知らぬ。だが可能性としては高く、そして最悪だ。」

「そんな!だいいちなぜ身内を始末しなければならなかったのですか?それ自体が疑問です!」

また一人、叫ぶ。
バッシュだった。

「裏切り者の急先鋒――彼らにも、そしておまえ達にも問題はない。問題があったのは我々とそして上のほうだ。」

カイルは目を瞑った。

「わかりません!」

バッシュ。

「だろうな……そして、わかり得る知識も一切与えていない。説明しても理解はできんだろう。」

もう一度ため息を吐く。
カイル。

「とにかく、目の前の問題に対処することが最優先だ。何が来ようが戦うしかない。」



そう。
後戻りなどできない。
31が0や23になったところで、すべて殺さなければならないことに変わりはないのだから。
しかし……

(どうなっている?彼らは……集結している?生きていた?恐ろしい……事実なら、私はこの未熟な少年達と、我々が生み出した地上最強の部隊と戦闘をしなければならないことになる……)

その想像は絶望に近かった。
あってはならぬ可能性だと、自らに言い聞かせてかたく目を閉ざす。

「少佐。ヨゼフの居場所はわからないのですか?」

また少年の一人が質問する。
こちらから打って出るつもりか。

(もしそんなことができるなら、こんなところで手をこまねいては――)

なお落胆して、そして答えようとする。

「ヨゼフは死んだよ。」

だが、少年の問いに答えたのはカイルではなかった。



最悪の夜が、今始まった。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

14. Killing Angel

「誰だ!」

少年の一人が叫ぶ。
激しく残響を残した。
愚問だ。
カイルは舌打ちした。

「散開しろ!死角をつくるな!――ナンバーゼロだ!!」

カイルの叫びと共に少年達が散る。
明らかに軍隊めいた挙動で。

(最悪だ!)

カイルは胸中でも叫んだ。

(最悪だ!よりにもよってこいつが相手か!!)

はっきりと、彼に与えられた表情は絶望だった。
すでにそれ自体自ら知っている――

(終わりだ!――絶対に勝てん!絶対に!!)

パン!

銃声が響く。
どこからかわからない。

(どこだ!?響いてわからん!)

明かりも落とされた。
ドサッ、と倒れるような音。

(くそっ!ヨゼフは死んだ?こんな――)

パパン!

パン!

銃撃戦のような音。
連発式の音は少年達のサブマシンガンだ。

(ヨゼフ相手の方が数段ましだ!――こいつは――)

「ゴフッ!」

血を吐くような音。
そしてまた倒れる――

(っ!最悪だ!!)

暗闇の中、窓からの明かりで3人の少年を見つけた。

「バッシュ!ハルト!ティー!」

カイルが叫ぶ。
三名とも素早く反応した。

「いいか!?『生き残ろう』などと考えるな!!差し違えてでも殺すつもりにならなければ相手にもならん!!奴は――」

彼は。

「絶対に防ぎきれん!!」

ゴクン、と。
誰ののどからか音がなる。

バシュゥ、とまたどこかから聞こえた。
戦慄が走る。
暗闇の中鮮血が舞うのが見えたような気がした。

「確かに、無理だろうね……」

すぐ近くで声を聞く。

「クソッ!」

パパパパン!

少年の一人が発砲する。

ドス!

しかし残虐な音はいつまでも止まない。

「ガ、ァ!」

また、血を吐く断末魔の声。

「ハルト!」

パン!

バッシュが叫ぶ。

「なぜだ!?なぜ死なない!!」

もう一度。

パン!

ガシュ!

「未熟すぎるよ、おまえ達……」

パン!パン!パン!パン!

連続した発砲音。

パン!

そして、とどめの音。

静けさが訪れた――
 

 

 

 

 

コツン……

コツン……

(終わったな……)

近づく足音に、カイルは絶望した。
いや――

(いや……とうに絶望などしている。)

拳銃を握った右手には力がすでに入らない。
その必要もない。徒労だ――

暗闇の中、視界に入るところに少年が現れた。
同時に、

「戦わないのですか?少佐。」

パン!パン!

言うなり素早く2連射する。
一瞬でカイルの両肩を砕く。
もう二度と腕はあげられない。

「私も戦士だがな……おまえを相手に勝てると思うほど愚かではない。」

虚ろに少年を見返す。
痛みや失血などすでに問題ではない。
明らかな死が待ちかまえている。

「この世に――この世に『絶対』はない。違いますか?」

少年が問う。

「そうだ、だがおまえ達にはそれを目指させた……」

カイルは答える。
すでにその言葉からは生気が失われている。

「そして最も近づいたのがおまえだった……」

「…………」

少年は何も応えない。
そして、問う。

「あんな実戦経験も訓練も足りないナンバーを連れてきて……そこまでして我々を殺したかったのですか?殺せると思っていたのですか?」

「ヨゼフ相手ならばな……」

静かに、少年の瞳を見返してつぶやいた。

「少佐。なぜ裏切ったのです?」

また少年が問う。

「裏切った……?」

問い返す。
怒りを込めて。

「裏切っただと!?裏切ったのはおまえ達だ!」

叫ぶ。
痛みはない。

「おまえはなぜ、おまえ達が訓練されているか知っているのか?」

「…………」

「知ったからこそ私は彼らについたのだ!」

カイルは叫び続ける。

「この、殺戮天使め……」

憎らしげに唸る。

「おまえは知らんのだ……神に弓ひく背約者どもめ。貴様らは……」

「…………」

「おまえは――を!」

パン!

「…………」

静かに。
静かに時は流れる。
動乱など偽りだ。
戦場はいつも静謐だ。
恐ろしく、静かな……
 

 

 

 

 

「知っている……」

少年がつぶやいた。
拓也、という名だった。
その名の所以を知る者は少なかったが。

「そんなことは、生まれる前から……」
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

epilogue

「ちょっと!?秋人!あんたどこ行くのよ!?さっき学校来たばっかでしょうが!」

3日前、空港で発生した射殺事件に関して、未だなんの手がかりも得られておらず、警察当局は、またしても不可解な事件が発生し捜査も困難を極める、との見解を示している。

「あぁ?つまんねぇから帰る。」

射殺された外国人2名の身元も詳細がつかめず、同行していたと思われる少年達数名ともう1名の外国人の行方も未だわかっていない。

「はぁん!?何寝ぼけてんの!これ以上欠席したら進級できないんじゃないの?馬鹿なんだからおとなしく勉強しなさい!」

また、頭部を激しく損傷した少年の右腕に、入れ墨のようなものがありこれが身元を探し出す手がかりになるのではないかと注目されている。

「まあまあ、舞。彼にも事情があるんだから……」

右腕には『MPTL-T130』という文字があり、各国警察にも手がかりを求めている。

「おい、椎名!そのうるさい女黙らしとけ!犯しちまうぞ!」

しかし、未だまったく手がかりはつかめず、有力な情報は入ってきていない。

「なにを!ちょっと洋子、放してよ!あの馬鹿、ぶん殴っちゃる!」

おそらく、これからも入りはしない――
 

 

 

 

 

「ちっ。消えちまったかと思ったけどな。」

昼の街を歩き、そして公園。
主婦。
老人。
犬。
平穏な光景が広がる。

「そのつもりだったが、そうもいかなくてな。」

ただ1点をのぞいては。

「好きにしろよ。おまえがいれば危ない仕事もいくらでも請けられるから、ボスも大助かりだろ。」

木の葉の擦れる音と、まばらに差し込む弱々しい日差しが冷ややかな風に同調して涼しさを増していた。

「さぁな……どれだけか知らないが世話になるだろう……」

それを見ながら、対面していた少年がつぶやいた。
真っ白なおろしたてのシャツが少しはためく。
涼しげに髪も揺れていた。

「でも、『最優先』じゃないんだろう?」

秋人は、3メートル先でこちらを向く少年に尋ねた。
その距離は、おそらく彼らにとって意図的なものだったのだろう。

「そうだ。」

少年は視線を秋人に戻し、静かに答える。

「俺が知りたいことは、何も答えられないんだろう?」

もう一度尋ねる。

「そうだ。」

その答えを予想通りのものとした秋人は、少し暗い満足を覚えた。

(…………)

まあ、満足には違いなかった。
自嘲して唇が少し歪む。

「ふ……ん。いつの間にか、喋り方まで変えやがって。まったく……おまえのことがどんどんわからなくなるぜ。」

知ろうとすればするほど。
1週間の時間が秋人に与えたのは冷静さ。
そして無知。
この世には得ることのできない知識があると知った。
考えてたどり着くものと、決してそれができないものがあるということを。

「おまえに合わせている。都合がいい。」

少年は簡潔に答える。
返ってくる答えはいつも簡潔だ。
明快で、早い。
しかし……

(…………)

納得は、できないだろう。
本当に知りたいことは何も得られはしないのだから。

「…………」

秋人は黙って少年を見つめる。
数歩離れた位置に存在する彼は、自然にとけ込んで、そしてなお非凡だった。
不思議なことに。

「……ひとつだけ、答えてくれ。」

しばらくそうし続けた彼らに、秋人は区切りをつけることを決心した。

「…………」

それが転機だと、どちらもが悟った。
風とともに森の鳥が鳴く。

「俺は……知ることができるのか?理解できるように、なるのか?……おまえを……すべてを。」

理解できない。
納得できない。
満足できない。
そしてそれは絶対だった。
蓄積されるようなそれらはいつ解決されるのか。

「なぜ、知りたがる?」

問い返す。

「おまえは……普通じゃない。異常だ。強すぎる、秘密が多すぎる――あり得ないんだよ、この世におまえみたいなのがいることが。その理由を……知りたいんだ。」

「…………」

「おまえは…………なんだ?」

「…………」

黙って見返す少年がいた。
しばらくして、目を瞑る。

(…………)

答えない。
秋人は知った。
同時に少年は振り向き、遠ざかってゆく。
ゆっくりと歩き続けて。
秋人はその姿が消えてゆくのを、じっと眺めていた。
 

 

 

 

 

風のように、誰にも気づかれることなく歩き続ける少年は。
その瞳には。
その視線の先には。

そして――
誰にも聞かれることのない言葉が、風に散った。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あり得ない真実が、生まれてしまったからさ――」
 

 

 

 

 

To be continued 2 years after.

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