girls

From: Tak Itoh <tak_itoh@pclab.touto-3iu.tokyo-4ug.ac.jp>
To: <aoi.lisp_com@free3.tokyowire.tokyo-sec2.ne.jp>
Date: Mon, 26 Apr 2004 16:22:56

>最近考えるの
>もし私を誰も知らなかったら
>私の存在を認めてくれなかったら
>私って存在することになるのかなって
>私しか私の存在を知らなかったら
>この世界に存在することになるのかなって
>それっていない人間なんじゃないかなって
>でも、私いるよ?
>ここにいるよ?
>ちゃんと生きてるよ?
>存在してるよ?
>なんだろうね?この私って

君は存在してるよ
僕が証明してあげる
でも、「なにか」は僕にはわからない
きっとそれは君にしかわからないと思う
あの後、ずっとメールの差出人のことを考えていた
どうしてこんなメールを出したんだろうって
考えても考えても、これといった結論が思い浮かばなくて
なにを求めていたのかわからなくて、僕なりの答えを返してみた
実のところ、人にもらったメールを「返信」したのは初めてかもしれない
いつももらうメールは連絡事項ばかりだったような気がするから
よく考えてみるとおかしな話かもしれない
初めてその気になってメールを使ったのがこんな内容だったなんて
 
結局、このメールを出した人はすごく寂しいんじゃないかと思う
こういうメールを出したってことは「他人」を求めているんじゃないかな
世界には数え切れないほど人があふれかえっているのに
自分っていう人間は何か他の人とは違ってて、それが孤独に感じるんだ
よくわかる。僕はもうずっとその孤独を味わってるんだから
人と接する機会が少なくて、自分を見つめる機会が多い人はきっとこんなことを考える
自分の存在を疑うんだ
自分の価値を疑うんだ
でも、自分では自分を位置づけることなんてできないから他人にそれを求めようとする
結局自分の価値を人に決めてもらおうとするんだ
でも僕は人に自分の価値を決めさせるのなんていやだから
自分の存在をアピールしたりしない
自分の価値は誰にも決めさせないままずっと隠してる。自分にも
だからこの人の存在も僕は言葉では表さない。表せない
ただ、その存在の空虚さだけは埋めてあげることができるんじゃないかって思ってこのメールを出した
全く的はずれじゃなければいいんだけれど……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
27 - April, 2004
「やぁ、伊東君!今日はいい天気だねえ」
次の日『情報基礎』の講義を終えると(まったく一面の曇り空だというのに)白々しい挨拶で僕を呼ぶ者がいた
もちろん中島だった
いかにも彼らしい白々しい「それ」はどうやらこれから僕にとってあまり良いことが起こらない予兆であると、一年間の経験で何となく感じられるようになっていた
「…………やめとくよ」
正直に、これから彼がなにを言い出すのかはわからなかったが、あまり関わり合いたくなかったのでとりあえずまず断っておく
「おい!なんだよそれ。まだ何も言ってないじゃんか!」
「言うつもりなんだろ?そしてろくでもないことに決まってる。だからやめとく」
「ろくでもない……って、人を災害みたく言うなって。まあ聞けよ、これは絶対いい話だ」
そういいながら、彼はかなり本気の表情で僕に近づいてくる
「どうだか。お前にはいい話でも僕にとっては悪い話ってパターンはよくあることだろう?」
「そんなことは絶対にない。これは男にとって間違いなくいい話だ」
男にとって……
いやに引っかかる言い回しだ
さらに悪い予感がする
 
 
 
 
 
「今夜コンパやるんだけどさ、来ねぇか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なぁ、やっぱ帰りたいんだけど……」
あれからさんざん断ったが、しかし彼は一歩も引こうとはせず僕を連れて行くんだの一点張りだった
結局いつもの説教モードに入ってしまって、また僕は暗い気分にさせられて……
最後には去年の10月頃に借りて未返済になっていた2万円の話を持ち出されて、仕方なく彼についていくことになった
残念ながら今の僕には2万もの大金を即納できるような予算はなく(2万は人生を左右するほどの大金だ。絶対に)、彼についていくことでチャラにしてもらう約束を取りつけた
「今更なに言ってるんだ。男なら一度決めたことは実行しろ」
飲み屋に着いてからもごねる僕に中島はあきれたように言い返す
「僕は男じゃなくてもいいから帰りたいよ……」
さらにごねる
「おまえなぁ。そこまでいやがるか?普通。人の集まりがいやだっていっても酒の席だぜ?飲んじまえばどうでもよくなるだろうがよ、そんな細かいこと」
「僕はお酒は飲めないし、飲んでも酔えないよ(それに、全然細かいことじゃない)」
早めに着いた僕らはみんな出そろうまでこうしてぶつぶつ言い合っていた
まだなにも口にしていないのに、この酒とたばこの充満した空気で僕はすでに気分が悪くなっている
見渡してみるとどれもこれもいい加減に酔っていて、好き勝手言いたいことを遠慮せずに喋っては笑ってる
(なにがそんなにおもしろいんだよ……なにがそんなにおかしいんだよ……)
僕は酔った人間っていうのはとても嫌いだ
無秩序に、何の因果関係もないような言動を起こす
僕が酔えないからだけかもしれないけど、とても不快だ
『カオス』って言うのか、とにかく理屈のない彼らは全く別の生き物のように……はっきり言ってイライラする
物みたいに壊してやりたくなる
もちろん僕にはそんな妄想を実現させるほどの行動力はないからじっとストレスをため込んでいくのだけれども……
 
結局、そのまますぐに人数は集まって、僕からみればどれほどの意味があるのかと疑うような宴が始まった
女性5名。男性5名
この「男性5名」の数合わせのためにどうやら僕は呼ばれたらしい
それぞれの陳腐な自己紹介の後、それらしい話を中島ともう一人知らない男性が話しているのを耳にした
(まったく、数が欲しいんならなにも僕みたいな嫌がってる人間を選ぶことないじゃないか)
飲めないお酒をちびちびと啜るように飲みながら、やっぱり来るんじゃなかったと激しく後悔していた
だいたいにして、僕は人に話をするようなことなんてなにもないんだから、こういう席に来たって他の人と仲良くなれるはずないじゃないか
それを中島が無理矢理連れてきてほったらかしにするんだから……
はっきり言って一人は慣れてるけど、やっぱ惨めって感じがする
いや、もう惨めだなんて感じはしないけれど、頭ではそれが惨めなことなんだって知ってるからつらく思うんだ
当の中島は全員に声をかけてはホントに興味があるのかどうか怪しい内容の会話をさも楽しそうに繰り返していた
(これで2万円か……高いんだか安いんだか……)
「ねえ、伊東君は?」
さっきまで隣に座っていた女の子が急に話しかけてきた
(!)
「へ?」
急に女の子から声をかけられて、間抜けな擬音で返してしまう僕
まったく話なんて聞いてなかったから何の事だかわからない
「いや……夢中で飲んでたからさ、ごめん。聞いてなかったよ」
本当は、飲んでもいないくせに
ためらうことなく曖昧な嘘を練り出す自分にいい加減嫌気がさしてくる
事実を証明することはすごく難しいってよく知ってるから、それを逆手に取ってしまうんだ
汚い人間だよ……
でも、この才能だけが自分を守ってくれるんだって最近わかってきたような気がする
このまま僕はただ年をとっていくだけなのかな……
「いやぁね。就職よ、しゅうしょく!どうするの?なんか決めてるとこある?」
僕の内心などまったく気づかずに、彼女は自分のペースで絡んでくる
どうやらかなり酔っているらしい。話の内容はまじめだが、喋り方がそれについてきていないみたいだ
「うぅん?ずいぶん先の話だからね。正直、全然考えてないよ」
本当に考えていない
正直に答えると、彼女は酔っぱらいの度を高めて絡んできた
「あぁまいわよ!そんなのあっという間よ。私なんてもう短大卒業なのにまったく手応えがないのよ!ぼやぼやしてると私みたいに就職浪人になっちゃうわよ?」
なんだかその後しばらく愚痴のような話を聞かされて、僕は圧倒されるままにただ相槌を打っていたけど、結局は彼女は短大2年生でまだ1つも内定をもらっていないっていうのが大筋だった
こんな席でそんな話を持ち出すくらいだから、よっぽど普段から気重にしているのだろう
確かにこの時期でまったく会社からいい反応をもらっていないって言うのなら悩んで当然かもしれない
でもこの時代に「現役就職」なんて希望してる方がおかしい。もう社会はそんな古くさい考え方で動いてないよ。彼女は見た目や喋り方とは違って、堅いって言うか、古くさいって言うか、レールを走りたがる人みたいだった。一昔前の公務員希望者みたいだ。その職種自体に夢はないけど、それが価値が高いことを知ってるから希望してるっていう……
「いいんじゃない?そんなに悩まなくても。適当に就職決めたってたぶん給料もらい始めればなんだって同じだと思うよ。あんま気張ってもいいことないよ、人生って……」
そう締めくくって、僕は席を立った
彼女はそれなりに納得したようだったけれども、おそらくは自分の考え方を変えることはしないだろう
僕も彼女の生き方を変えるつもりでそんなことを言ったんじゃないから別にいいけどね
ただ、本音を言っただけなんだ
しゃかりきになって勉強していい大学へ行って、「大手企業」とか言われてるところへ就職したいとこを知ってるけど、全然楽しそうじゃない。仕事もつまらなさそうだし、休みもないくらい忙しいし、そのくせ給料はあんまりよくないらしいし……はっきり言って本人が価値があると思ってるから保ってるだけで、周りからみたら全然つまらない人生だよ
そう思うのって僕だけ?
そんなに見栄って大事なのかな?
 
相変わらず、たわいもない会話をしながらお互いに愛想笑いを続ける彼らを後ろ目に、僕はその場から逃げ出した
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おい、大丈夫か?」
飲み屋から出てしばらくもしないうちに中島が追ってきた
なにも言わずに席を外したから気になったらしい
「吐きそうだよ。少し涼んでるよ」
四月末なら十分に寒い。本当はあんまり飲んでいないから震えそうだ
「おいおい……勘弁してくれよ?おまえほとんど飲んでないんじゃないのか?」
「だから飲めないって言ってるじゃないか」
「せっかく話せる雰囲気のところにつれてきたのに困った奴だね〜」
やっぱりそれが目的か……
「困った奴でもいいよ。しばらくここにいさせてくれよ」
僕は飲み屋の駐車場で車止めのブロックに腰を下ろしていた
人通りも少なくて中よりずっと静かだ
酒とたばこの空気の上に聞きたくもない話に相づちを打つのにはいい加減疲れた
吐きそうなのはお酒じゃなくてあの雰囲気にだ
「なさけねぇ〜。まあいいよ、そうしてろ。でもまだしばらく帰らねぇと思うから復活したら戻ってこいよ?」
どうやら彼も僕にかまっている場合ではないらしい
引き返す彼に心にもない言葉で誠意を見せてあげることにした
「善処するよ」
 
 
 
 
 
「さぶっ」
しばらく突っ立ってぼーっとしてたけれど、やっぱりじっとしてると寒い
でも戻るよりはここにいた方がいいと思っている僕も少し悲しいかも
まだ帰らないのかなぁなどと思いつつも、僕はどうやって荷物をとって抜け出すかの算段を始めていた
(中島に頼んで荷物もってきてもらおうかな?いやぁ、あいつがそんなことしてくれるわけないしなぁ……でも、気分が悪くて戻れないって言ったら何とかならないかな?あ、そうすると2万の話は反故にされる可能性が……)
「2万ってなんの話?」
急に女性に声をかけられた
「うわぁっ!っと。い、いやなんでもないよ。独り言ヒトリゴト」
気配なく後ろに現れた女性はさっき一緒にいた女の子の中の一人だった。見覚えがある
猛烈にびっくりした僕は情けないくらい飛び上がっていたらしい。女の子はおもしろそうに口を手で押さえて笑っている
ちょっと長めの、でもすごくきれいな髪と、それから子供っぽいようで優しげな表情がとても印象的だった
ほかの女の子たちとは違い「すれた」感じがしない素直な娘――だと思っていたのだけど……
「脅かさないでよ。心臓止まったよ、さっき」
「あははっ。なんか真剣に考えてるみたいだったね。でも、ここ寒くない?」
「そりゃ寒いけどさ、ちょっと吐きそうだから戻りたくないんだよ」
そういって僕はまたブロックに腰掛けた
正直冷たいから立っていたいんだけれど、彼女の物言いからあのまま会話を続けると連れて行かれそうな気がしたから「まだだめなんですよ」のスタイルをとった
「ふーん?全然酔ってないのに?」
(…………)
「……酔うほど飲めないからね」
なんだか見透かされた感じがして居心地が悪い
コツコツと、わざとらしい足音で僕の周りを回るように歩いてみせたりして……
追及してるわけでもないのだろうけど、なんかそれっぽい
のぞき見するように目を上げた僕に対して、彼女はいたずらっぽく笑ってみせる
「でも飲んだって言うほど飲んでもいないでしょ?」
(…………)
なんて言うか、女の娘特有の、男には絶対マネできない声の出し方でそう言うんだ
悲しいかな、僕も男。イヤでも本能が応えてしまう
冷え切ってるっていうのに、やたら熱く感じる
そうして、彼女は僕の隣のブロックに座った
(冷たいよ、それ)
心の中だけの忠告はもちろん聞こえるはずもなく、しかし彼女はそう気にした様子もなく相変わらず僕の方を見てにこにこしている
やけに絡んでくるこの女の娘はどうやら僕を連れ戻しに来たのではないらしい
「僕なりに飲んだつもりだよ」
もう、言い訳としかとれないようなことを言い出す僕
この娘の顔が正視できなくて、俯いているのに気づく
「ビールを200ミリ弱。串を3分の1……全然平気だよね?」
…………
「なんだよ、よく見てるなぁ!ばれてるんなら初めから言ってよ」
この段階で、僕の首はぐるんと90度曲がって彼女の方を向いていた
「ふふっ。よく見てるでしょ?だませないわよ?」
彼女はそう気にした様子もなく無邪気にもピースサインで勝利の意を表した
(何なんだろうね?この娘……)
でも、妙に心が落ち着く――
「あの空気がね……あわないんだよ、僕には」
何でだろう。もうこの娘には無理なスタンスをとる必要もないかなって、不思議とそう思えた
雰囲気は中島に何となく似てる。あんな説教屋かどうかはわからないけど
本心を言っても言葉通り受け止めてもらえそうな女の娘だった
「人が集まってるのって、嫌い?」
「うーん……嫌いか好きかって言うより、あわせるのがめんどくさいんだよ、他人に。もちろん嫌いなんだけれど、それは僕が積極的じゃないだけ。好きになることはできるつもりだよ、望めば……の話だけどね」
「へぇ〜?なんていうか、難しいものの言い方するよね?」
「その分嘘はつかないつもりでいるけど?」
「ふふっ。やっぱり、おもしろい人ね」
…………
「どうかな……」
おもしろい?
僕が?
僕は他人に面白がられるような生き方なんてしてない。他人の興味を引くようなことなんてなにもないんだ。気にされたくないから人を避けてるのに……
 
 
 
 
 
何でだろう。おそらくはお世辞でも人から褒められればうれしいはずなのに僕はどうしてか暗くなる
決してこの娘のことを疑ったりしてるとかそういう訳じゃないのに……やっぱり、僕には楽しさとか嬉しさとかそういうのは一生縁がないのかな……
 
「うーん……」
僕が黙り込んで考えていると、何か神妙な声が聞こえてきた
「なんだかな〜。あなたって、やっぱり褒められたりするのが嫌いな人?」
「……そう……じゃないと思うけど、でも好き……でもないと思う」
なにを言っているのか、自分でもよくわからなかったと思う
でも、決してそれが間違っているということはないだろうとは感じていた
「『精神よりも、事実』……ってね」
先日の中島との会話を思い出す
確かそんなことを言った
どうしてだろう。ふっと思い出して妙に今の自分に合っているような気がしたんだ
「感情よりも物事の結果の方が大事……ってこと?」
「かな?僕には好きも嫌いもホントはよくわからないから、だからそう思うのかもしれない」
「そうなの?」
「うん……」
「でも、それって特別なことじゃないんじゃないかな。気持ちって、誰でも言葉にできるけど、それを完全に理解して口にしている人なんていないと思うよ。深く考えすぎるから形にならないだけで、ホントはもっと、ずっと簡単なものかもしれないよ?」
(…………そうだね)
「そうかもね……」
「そうよ、きっとそう。そうすれば、きっと自分のこと、好きになれるよ……」
(…………)
「僕が、自分のこと嫌いだって思ってる?」
「嫌いとまでは思ってないかもしれないけど、自分自身に対して意識が希薄って言うのかな……そう見えるよ」
…………
(希薄……?僕は自分のことしか考えてないのに……でも、そうかもね……他人のことなんて考えてないつもりで、自分のことだけ考えてるつもりで、結局僕は誰にも、僕自身にも気を向けれないのかもしれない……)
「……すごいね。僕より僕のことよく知ってる。それも今日会ったばっかりなのに……」
「意外にそんなものよ」
そう言いつつもうれしそうに彼女はちゃっかりピースしていたが……
 
 
 
 
 
「寒いね……」
しばらくの沈黙が続いた後、ブロックから立ち上がり、そう言う
一緒に彼女も立つ
「戻る?」
「いや……帰りたいんだけどね……でもね――」
僕は困ったように笑って見せた
「うん?2万――の話?」
…………
彼女は微笑ってた
やっぱり、女は怖いかも
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
二人して、歩く
あの後彼女に僕の荷物を持ってきてもらって、無事飲み屋から脱出することができた
一人で帰るつもりだったんだけど、彼女ももう帰るって言うから一緒に歩いてる――
 
見ると、この娘はいつも微笑んでる
そんな嬉しいことばかりじゃないはずなのに、僕といてもおもしろいことなんて何もないはずなのに、何でだろう
(もともと感性が違うのかな。僕にはよくわからないや)
そんなことを考えながら、ふと思い出すことがあった
(あのメールの女性は、どんな人なんだろうな……きっとこの娘とはまったく違う性格なんだろうな。もしかしたら僕に似てるかも知れない……なんか、ずっと悩んでそうだし)
いろいろと思案しながら、どれくらい歩いたんだろう
彼女は立ち止まって僕に声をかけた
「あ、私ここで乗るから」
そういって、彼女はすぐそこに見える駅を指さした
「うん。今日は、ありがとう……助かったよ」
「ふふっ。いいわよ、そんなこと。それより……またこうやって二人でお話しできるといいよね、崇さん?」
なんて言うか、やっぱりこの娘は僕をドキドキさせるのがうまい。女の子に名前で呼ばれるなんて経験が無いから、心臓が跳ね上がる思いだ
「そ、そうだね。そうだどいいね。え、えーと……」
正直に、もう何も考えられなくなっていたけど、何か言葉は返しておかなきゃって思って口を開く。そして初めて気づいた
(あ、この娘の名前……知らないや。確かに自己紹介されたはずなんだけど……思い出せない……)
人付き合いになれていない自分に気づいて、また情けなく思う
困った表情をしているであろう僕を見て、彼女は僕が何を言いたいか気づいてくれたみたいだ
「ん?もしかして私の名前?ひょっとして覚えてないの?ひっどいな〜」
「あ、いや………………ごめん……やっぱり、覚えてない……」
付き合いなんて興味ないから毛頭覚えるつもり無かった。って、そんな言葉が頭をよぎったけど、声になる前に止めた。きっと殴られる……
「じゃあ、しょうがないわね。もう一度自己紹介よ?」
そういった彼女は、やっぱり微笑んでる
こんなことでも楽しそうだ
とても、かわいい……と思う……
そして――
 
 
 
 
 
「東都第三情報大学一年、情報学科の羽屋野秋子よ。今度こそ、よろしく!」
 
この娘とは、随分長い付き合いになるのだけれども、そのときの僕にはまったく想像もできなかった――

流れは止められない。でも抗うことができなかったのは時代だからではなく自分の弱さ
それは間違いない。そしてそれを理解したつもりで自分を保っているのも、また弱さ

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