終わりの7日間

〜 1日目・レイ 盗んだ幸せ 〜

神宮寺 


 
 私は月に1度、股からLCLを流す。
違う。LCLじゃない。流れるのは血。正確には、壊死した子宮粘膜と血液の混合物。
ほぼ28日周期で、苦痛と共に私に訪れる月経と呼ばれる生理現象。子孫を増やす為
に、女に与えられた能力の代償。それが、私にある。女の股から血まみれになりなが
ら生まれた存在でない、私に。血と同じ匂いをしながら、血ではない、LCLの海の
中でかりそめの命を与えられた、私に。男と女から作られた人間でない、私に。赤い
土から作られた人間である、私に。月に一度、股から流れる血の匂いを嗅ぐ度に、私
は思う。ひょっとしたら、私は実は男と女から作られた人間なのかもしれないと。私
にも、ひょっとしたら、子供を産める能力があるのかもしれないと。そして、夢を見
てしまう。碇くんの子供を産むという、夢を。私が赤ん坊を抱え、碇くんが微笑んで
いるという、夢を。とても素敵な、夢を。明日にでも叶えられかもしれない、夢を。
 
私は、今、碇くんの腕の中でまどろんでいる。一人でいた時に得ることができなかっ
た安らぎを享受している。あの街を後にしてから、碇くんの腕の中以外で安らいだこ
とはない。月経を35回経験した間、ずうっと、碇くんの傍ら以外に眠った事はない。
そして、その間私たちは幾度となく肌を合わせた。だから、私の夢は明日にでも叶え
られるのかもしれない。そうなったら、嬉しい。でもそれは、夢。残酷な、夢。卑劣
な、夢。私はその夢を叶えられるのかもしれない。でも、それは、裏切り。その夢を
見たのは、私じゃない。2人目の私。碇くんとひとつになりたい。それは、彼女の夢。
壊れてしまった彼女の夢。口に出す事もできなかった、夢。叶えられなかった、夢。
私は、彼女の存在を汚す存在でしかない。彼女を冒涜する存在でしかない。碇くんに
とっても、私は彼女の代わりに過ぎない。私は、誰?私は、綾波レイ。赤い土から作
られた人間。碇司令の手によってかりそめの命を与えられた3人目の存在。私の存在
は、全ての命に対する冒涜。私は覚えている。大勢の私と同じ存在と一緒に、LCL
の海の中でまどろんでいたのを。そして、ある日、命と記憶を与えられた。その私が、
月に一度、股から血を流す。許されるはずがない。だから股から流れるのは血ではな
い。血であるはずがない。LCL。私の身体には、血ではなく、LCLが流れている。
 
私が覚えている私の最初の記憶は、碇くんだった。心配そうに、でも嬉しそうに病院
へ来てくれた、彼。私の無事を喜ぶ、彼。でも、私は答える。表情の無い顔で告げる。
「いえ、知らないの。たぶん、私は3人目だと思うから」私は知っていた。2人目の
私が、彼をどんなに想っていたのか。彼と一つになりたかったのか。碇くんは絆だっ
た。2人目の私の唯一の絆だった。エヴァに乗ることがなくなった私に残された、た
だ一つの絆だった。でも、私は3人目だった。彼が求めているのは、私じゃなかった。
そう言うしかなかった。何もない私には、絆がない私には、そう言うしかなかった。
 
「これが、最初の人間、アダムだ」碇司令はそう言って、トランクを開けた。中に入
っていたのは、硬化テクタイトで固められた胎児。私にはそうとしか見えなかった。
「人類補完計画の要、そして、お前と同じ、私のシナリオに....」碇司令があの
時、何を言おうとしたのか、私にはわからない。司令室に入って来た。突然の進入者
が、碇司令の言葉を止めたのだ。銃声で。硝煙とLCLの匂いが私の鼻腔をくすぐる。
「赤木君、な、何を......」碇司令が胸を押さえる。口からLCLが流れ出す。
「猫が死んだんです。おばあちゃんのところに預けていた猫が」再び、銃声が響く。
トランクの中の胎児が二つに割れる。いつの間にか赤木博士は、数歩の距離にいた。
「ずっとかまっていなかったのに、突然、もう2度と会えなくなるのね」赤木博士が
何を言っているのか私には分からなかった。いや、意味などなかったのかもしれない。
「何故、アダムを破壊する..」二つ、三つ、銃声が続いて響き、机の上に置かれた
トランクの中身を粉々にしていく。赤木博士のヒールが立てる音。何かの警報が響く。
「アダムではありません。破壊したのは、貴方の望みです」ヒールの音が、止まる。
「もう一度問う...何故だ」碇司令が口から赤いLCLを吐く。服が赤く染まる。
「あなたに抱かれても、うれしくなくなったから」赤木博士の声が、私の耳に響く。
警報が鳴り響いていた筈なのに、私の耳には、赤木博士の声しか響かない。私の目の
前で、赤木博士は持っていた拳銃を操る。薬莢が床に落ちる音が届いたはずなのに、
私の耳には届かなかった。そして、赤木博士はゆっくりと次の弾丸を弾倉に込める。
「.....君には.....失 望 し  た....」碇司令の声は弱かった。
「失望?最初から期待も望みも持たなかったくせに!私には、何も!何も!何も!」
大きな音が4回、私の耳をうった。そして、その音が響く度、碇司令の身体に、赤い
花が咲いた。碇司令から漏れる赤いLCLは、床に滴り、ゆっくりと広がっていった。
ヒールの音を立てて、赤木博士が碇司令の元へ。そして、椅子に座ったまま、微かな
痙攣を続けている碇司令の唇に、赤木博士が唇を重ねた。いとおしそうに。慈しむよ
うに。何故か、二人が羨ましかった。二人は憎める位、愛しあえたんだ。ロジックと
しておかしな考えだが、そう思えた。赤木博士が唇を離すと、碇司令の唇から何か声
が漏れた。赤木博士が、うごめく唇に耳を近づける。何を言ったのかは聞えなかった。
「うそつき...」聞えたのは、赤木博士のつぶやきだけだった。赤木博士の横顔に
苦笑に近い表情が浮んでいた。でも、どこか嬉しそうだった。満足そうだった。何よ
りLCLが滴る唇とその笑顔はとても奇麗だった。もう一度銃声が響いた。そして、
赤木博士は私に振り向く。初めて気がついた様に。驚いた様な表情で。小さく囁いた。
「母さんは、壊したわ。貴女の事を記したデータはすべて処分したわ。貴女は自由よ」
赤木博士の言う母さんがMAGIシステムの事だと分かったのは、後のことだった。
「シンジ君と幸せにね、レイ」そう言いながら、手にした拳銃をこめかみにあてる。
「やめてー!お母さん!」私の口から、大きな声が出た。2人目の、私の声だった。
「ありがとう、レイ」赤木博士はそう言うと、私に優しく微笑んでくれた。2人目の
私に?3人目の私に?そして最後の銃声が響き、赤木博士のLCLが私の上に降った。
私は、何もできなかった。涙すら、流れなかった。ただ、そこに立ち尽くしていた。
 
「血を拭かなきゃね」伊吹二尉は、そう言って、私の頬をタオルで拭った。何を言っ
ているのだろう。私にかかったのは、血ではなくてLCLなのに。あぁ、でもLCL
も染みになるのかしら。あれ?LCLは赤い色じゃなかったはず。なのに、この頬に
ついているLCLは、どうして、赤いのだろう?いや、違う。乾いて黒く変色してる。
「お母さん、壊れたの?」私の口から声が出る。乾いた声。多分、2人目の私の声。
いや、1人目の私の声かもしれない。抑揚が無い、小さな声だった。何時の間にか、
私はどこか小さな部屋で、パイプ椅子に座っている。伊吹二尉が目に涙を溜めて、私
を見ている。肩を震わせながら、私を見てる。私の肩に伊吹二尉の手が触る。私の膝
に伊吹二尉の涙が滴る。私の耳に伊吹二尉の鳴咽が響く。意味をなさない声が響く。
「そう...お母さんだったのね....先輩は....お母さんだったのね...」
そう言われて、私は、赤木博士をお母さんと呼んでいた事に気がついた。そうね。2
人目の私は、きっと赤木博士をそう呼びたかったのね。ごめんね、私の口から言って。
 
碇くんは、黒い服を着て、一番前の席に座っている。冬月司令代行を挟んで、私の向
こうに座っている。そういえば、私も黒い服を着てる。あぁ、伊吹二尉が用意してく
れたんだ。私も座ってる。隣で泣いてるおばあさんは誰?あぁ、赤木博士のおばあさ
んだった。私は、何故ここに座っているの?あぁ、碇司令と赤木博士のお葬式だった。
「しっかりしなさい、シンジ君」葛城三佐が碇くんに声をかけてる。碇くんはうつむ
いたまま、それでも何か答えてた。碇くんは私を見てくれない。知っているんだわ。
そうか、私が自分でそう言ったんだわ。クラスメート達がやってきて、私達に会釈を
していく。私は彼らを知らない。2人目の記憶を覚えているだけ。だから、私が彼ら
になんて言ったらいいのか分からない。お葬式。死んだ人間を生きている人間が悲し
む儀式。でも、私には関係ない。だれが、1人目のお葬式をしてくれたの?誰が2人
目の死を悲しんでくれたの?そして、私が死んでもきっと誰もお葬式をしてくれない。
次の私が現れるだけ。代わりの私が現れるだけ。碇司令も赤木博士も、かわいそう。
死んだら終わりだなんて、かわいそう。一度しか生きられないなんて、かわいそう。
一度しか死ねないなんて、かわいそう。代りがいなくて、かわいそう。かわいそう。
 
「君は僕と同じだね...」失踪した弐号機パイロットに代わってやってきたフィフ
スチルドレンは、そう言って私に微笑んだ。嘘。嘘。嘘。嘘。嘘。嘘に決まってる。
私は人に微笑むことができない。誰も教えてくれなかったから。誰もそうしろと命令
しなかったから。だから、そんな器用な真似はできない。あぁ、でも一度だけ、言わ
れたことがある。碇くんに言われたことがある。覚えてる。覚えてる。でも、それは
2人目の私に言われた言葉。私のじゃない。あの子の絆だ。私は言われたことがない。
「私、なぜここにいるの?」私には何もない。何もない。何もない。エヴァに乗るこ
とが、私の唯一の絆だった。でも、もう私が乗るエヴァはない。だから、何もない。
「私、なぜまだ生きてるの?」私は死んだはず。碇くんを守るため、エヴァ零号機と
一緒に自爆したはず。赤木博士のお母さんに殺されたはず。でも生きてる。生きてる。
「なんのために?」1人目の私は、碇司令の命令を守る為に生きた。そして、死んだ。
2人目の私は、エヴァに乗るために作られて、生きて、碇くんを守るために、死んだ。
「誰のために?」私を生かした碇司令はもういない。私に命をくれた赤木博士はもう
いない。LCLの海でまどろむ私と同じ存在はもうない。私に代わりはもういない。
「フィフスチルドレン。あの人、私と同じ感じがする......どうして....」
 
「君達には未来が必要だ」私と初号機を交互に見上げ、フィフスチルドレンは、そう
言った。渚カヲルは、そう言った。17番目の使徒は、そう言って微笑んだ。多分、
私と碇くんに。私達の未来?そんなものがあるの?何もない私にそんなものがあるの?
私と碇くんにはもう絆がない。ううん、私には最初からそんなものはない。LCLの
水槽から引きずり出された人形にそんなものはない。人の真似をする機械にそんなも
のはない。役割の無い部品に存在する価値などない。2人目の私が羨ましい。碇くん
の為に死ねた私が羨ましい。赤木博士が羨ましい。殺してしまうほど、憎めるくらい
碇司令を愛せた赤木博士が羨ましい。碇くんは私を見てくれない。私を見てくれない。
 
フィフスチルドレンの首は音を立ててLCLの海に落ちた。渚カヲルは初号機に握り
潰された。17番目の使徒は殲滅された。初号機は弐号機のLCLを浴びて、青く染
まっていた。右手をフィフスチルドレンのLCLで赤く染めていた。初号機は歩き始
めた。倒れていた弐号機の額からプログナイフを引きぬくと、LCLの海を歩き始め
た。はりつけにされたリリスに向かって。そして、プログナイフをリリスのコアに突
きたてた。気のせいか、プログナイフがリリスに突きたてられた瞬間、リリスの仮面
から涙が流れた気がした。喜びの声が聞えた気がした。その瞬間、私の中から何かが
消えたのがわかった。私を縛っていた最後の何かが消えた。それが、何なのかはわか
らないが。そして、初号機はプログナイフを引きぬくと、自らの胸に突きたてた。初
号機は大きな咆哮を上げると、LCLの海に倒れていった。LCLの海は嵐の夜の様
に波打った。宙にまったLCLは雨のように3つの大きな人形の上に降り注いだ。私
の上にも降った。小さな粒子になったLCLが鼻腔をくすぐる。LCLの匂いがする。
何故か懐かしい気がした。帰ってきたような気がした。ううん、懐かしいのは当然。
私は、ついこの間まで、LCLで満たされた水槽の中を泳いでいたのだ。ううん、こ
れは夢なのかもしれない。私はまだLCLの水槽の中にいるのかもしれない。そして、
ここに居るのは、私ではなく2人目の私なのかもしれない。それなら、どんなにいい
だろう。絆がないのに生きているのに比べれば、どんなにいいだろう。何もないのに
生きているのに比べれば、どんなにいいだろう。でも、私は知っている。覚えている。
命がない人形は夢を見ない。だから、これは私が経験したことだ。だから、これは夢
じゃない。何故、私には命があるの?人形なのに命があるの?命があるのは苦しい。
生きているのは苦しい。何故、私には命がある。人形なのに命がある。私は役割がな
いのに、存在している。いらない人形は片づけてくれればいいのに。今、立っている
場所から飛び降りれば、私は壊れる。でも、私にはそれができない。誰も私に飛び降
りろと命じてくれないから?人形の私にはそれができない。なら、何故、私はここに
いるのだろう。呼ばれたわけでもないのに。来いと命じられたわけでもないのに。い
や、呼ばれたような気がしたのかもしれない。ひょっとしたら呼ばれたのかもしれな
い。誰に?処理をされてしまったフィフスチルドレンに?碇くんに?わからない。わ
からない。碇司令は何故私を処理してくれないのだろう?役割がない私を何故処理し
てくれないのだろう?何故片づけてくれないのだろう。一人目の私を処理してくれた
ように。あぁ、碇司令は壊れたままだった。人間は不便だ。壊れたのに直せない。代
わりもいない。気がつくと、LCLの海に横たわったままの初号機の背中に碇くんが
立っていた。排出されたエントリープラグの傍らに碇くんが立っていた。そして、私
を見上げていた。私を見つめてくれていた。憎悪のこもった二つの瞳で私を見上げて
くれていた。私の体に歓喜が走った。私の体を喜びが支配した。碇くんは私を憎んで
いる。私を憎んでくれる。碇くんには、私を憎む理由がある。私を憎む理由がある。
私は二人目の私を侮辱する存在だ。碇くんを守って死んだ私を冒涜する存在だ。そし
て、私は見ていた。碇くんがフィフスチルドレンを殺すのを。碇くんが渚カヲルを処
理するのを。碇くんが17番目の使徒を殲滅するのを。多分、彼は碇くんに残された
最後の絆だったはず。その最後の絆を自分の手で消すのを私を見ていた。誰にも見ら
れたくないことを私は見ていた。だから、碇くんは私を憎んでくれる。私を憎んでく
れる。碇司令を憎んだ赤木博士のように、私を憎んでくれる。碇くんは私を必要とし
てくれる。憎しみの対象として。碇くんは私に役割をくれる。何もない私に役割をく
れる。片付け忘れた人形に役割をくれる。憎しみの対象として。そして、きっと赤木
博士が碇司令を殺したように、憎しみの果てに殺したように、愛しすぎて殺したよう
に、私を殺してくれる。私を処理してくれる。17番目の使徒のように。渚カヲルの
ように。フィフスチルドレンのように、碇くんの手で壊してくれる。私はきっと壊さ
れる。そして、代わりはいない。もう代わりはいない。だから、これは私の絆。2番
目の私の絆をもらったんじゃない。4番目の私にあげるのでもない。碇くんは私を憎
んでくれる。私を壊してくれる。それが、私の絆。私と碇くんの絆。私だけの絆。誰
にも渡さない。私のただ一つの絆。だから、碇くん。どうか、私を壊して。お願い。
 
「服を脱いでくれる」夜、私の部屋へ着てくれた碇くんは、私にむかってそう言った。
私のベッドにこしかけて、そう言った。私は言われた通り、服を脱いだ。恥ずかしく
はなかった。人に素肌をさらす事が恥ずかしい事だと覚えていたが、私が知っていた
わけではないから。その事を私が理解したのは、もっと後のことだった。そういえば、
1人目の私も2人目の私は碇司令の命令で服を脱いだ。何故、そうしたのだろう?碇
司令の命令に従うように造られていたから?違う。碇司令は私に絆をくれたから。そ
う、エヴァに乗る事で、私は絆ができた。エヴァに乗る事で私は人形でなく、人間に
なれた。絆だから。だから、碇司令の命令に従った。どんな事でも。そして、1人目
の私は、その命令にしたがって死んだ。いや、処理された。壊されてしまったから。
『笑えばいいと思うよ』2人目の私が碇くんに言われた言葉。嬉しい言葉。碇くんは
知らないだろう。この言葉に、どんなに2人目の私が喜んだ事を。エヴァ以外に絆が
持てた事に、私がどれほど喜んだか知らないだろう。私はあの言葉で人間であるだけ
でなく、女になれた。そう、きっと2人目の私は、碇くんが好きだった。好きだった。
「やっぱり、包帯は嘘だったんだね。傷は何処にもないね」碇くんは、指と目で私の
体を調べた後に、そう言った。哀しそうに、そう言った。そう、確かめたかったの。
私が2人目じゃないって事を。壊す前に確かめたかったんだ。もう、いいでしょう?
「あの時、なんて言ったか覚えてる?」そう言って、碇くんは私を床の上に押し倒し
た。左手が私の右胸をまさぐる。そう、覚えてる。あの時の私は碇くんに嫉妬してい
た。碇くんに、碇司令の息子に、碇司令や他の人達との絆をとられるんじゃないかと。
「どいてくれる」私は答える。あの時の事を思い出して。いつもと同じ調子で答える。
「やっぱり君は綾波なんだね....綾波じゃないけど....綾波なんだね...」
碇くんは、私に馬乗りになったまま、両手の指を私の首にはわす。二つの瞳に、いつ
もの碇くんと違う種類の光が宿る。私の首にかかった両手の指に力がこもる。壊れる。
これで終わり。1人目の私と同じ。もうじき、壊れる。碇くんの手で壊される。私を
壊してくれる。壊してくれる。壊してくれる。壊してくれる。壊してくれる。壊して
くれる。壊してくれる。壊してくれる。壊してくれる。壊してくれる。壊してくれる。
私の意志と関係がなく、体中に痙攣が走る。酸素の供給が遅れて、脳が悲鳴を上げる。
無意識のうちに指が碇くんの腕をまさぐる。駄目、そんな真似しちゃ。碇くんが私を
壊してくれなくなる。壊してくれなくなる。私の意志を無視して、肺が空気を求める。
絞められている気管を抜け、吐息が漏れる。意味を成さない声となり唇からこぼれる。
碇くんの指から力が抜ける。私の首を絞めている力が抜けていく。肺が空気を求める。
「気持ち...悪い....」肺が空気を求め、急速に呼吸を繰り返すため、排出さ
れた空気が咳となり、何度も口から唾液と共に口から飛び出す。無意識に指が首をま
さぐる。何時の間にか、碇くんは私の上から降りて、自分の手を見つめている。私を
見ずに。碇くん、何故私を壊してくれないの?私を壊してくれるんじゃなかったの?
どうして私を壊しれくれないの?私が憎いんじゃないの?それが私たちの絆だったん
じゃないの?もう、駄目なの?私達にはもう絆がないの?壊してくれないの?私を?
「なんで.....君は......綾波と......同じ声なんだ......」
その言葉の意味が私の身体を突き抜けた。憎い。羨ましい。憎い。羨ましい。憎い。
羨ましい。二人目の私が羨ましい。羨ましい。あなたには碇くんとの絆があるのね。
碇くんに想われているのね。もう壊れたのに、絆があるのね。ずるい。ずるい。ずる
い。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。
私には、碇くんに憎んでもらえる事以外に絆がないのに。それだけが私の絆なのに。
どうして、いなくなった私が私の邪魔をするの。碇くんに憎まれる事が私の唯一の絆
なのに。壊されることが、私の唯一の望みなのに。どうして邪魔をするの?どうして?
「君は綾波じゃない。だけど、君は綾波だ」碇くんは私を立たせる。まだ息が苦しい。
背中に擦り傷ができてる。指で首をさする。碇くんの視線はベッドを指していた。私
はベッドに横わたった。背中の擦り傷が触って痛い。碇くんは服を脱いでいた。乱暴
に服を脱ぎ散らしていた。それは、私の記憶、ううん、二人目の私の記憶にある碇く
んと違っていた。ヤシマ作戦の時、彼は奇麗に脱いだ服をたたんでいたのに。今は、
服を脱ぎ散らかしていた。碇くんが、再び私に馬乗りになる。壊してくれるの?違う。
碇くんの指が私の乳房を掴む。苦痛で顔をしかめる。碇くんの指が私の身体の上でう
ごめく。碇くんの唇が私の身体を濡らす。碇くんの舌が私の身体を這う。碇くんの手
が私の身体を開く。碇くんの両手が私の両手をはりつけにする。碇くんは熱かった。
碇くんの目が、私を見つめる。私も碇くんを見つめる。碇くんの瞳に私が写る。きっ
と、私の瞳にも碇くんが写っている。私は碇くんを見つめる。碇くんの指が止まる。
「君は綾波じゃない。だけど、君は綾波だ。君は綾波じゃない。だけど、君は綾波だ」
碇くんは私の胸に顔を埋める。碇くんの涙と唾液が私の胸を濡らす。碇くんは重い。
気がつくと私の股から血が流れている事に気がついた。違う。碇くんとひとつになっ
たからじゃない。この時、私は碇くんとひとつになれなかった。碇くんと私がひとつ
になれたのは、もっと後のこと。私達がこの地にやってきて、二人でこの家に住む様
になった最初の夜の事。だからこの血は破瓜の血じゃない。月経がきただけのこと。
月経?違う。そうだけど、違う。これは初潮だ。何故、私に月経がある?赤い土から
造られた人間である私に、男と女から造られた人間と同じ能力がある?何故?何故?
2人目の私にこの能力はなかった。もしあったら、私は碇くんにもっと素直になれた
かもしれない。碇くんを想った私には、この能力がなかった。碇くんが想ってくれた
私にはこの能力がなかった。それなのに私には月経がある?碇くんに憎まれる私に?
気がつくと、私の両手が碇くんの頭をかき抱いていた。胸の中の碇くんを抱いていた。
碇くんを抱いていた。碇くんは重い。碇くんは熱い。碇くんの鼓動が伝わる。鳴咽の
度に漏れる声が私の耳に響く。全てが暖かい。碇くんは生きてる。私も生きてる。そ
のことが嬉しい。そのことが私の心を落ち着かせる。そのことが私を安らがせる。ず
っと、こうしていたい。碇くんと離れたくない。この安らぎを手放したくない。だめ。
それは、だめ。それは、2人目のわたしにたいするうらぎりだ。わたしはにくまれな
ければいけない。いかりくんにコワサレナイとイけない。ソウシナイト2人目のわた
しがカワイソウ。これはアノこのしあわせなノに。あのコはもうイナイのだから。わ
たしがあのこのおもいをまもってあげないとだれがあのこをおぼえていてくれるの?
でも、でも、でも、でも...ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 
  私 も  碇 く ん と ひ と つ に な り た い  そ れ が 私 の 願 い
 
いかりクンがカオをアゲル。ワタシのカオをミツメテイル。ふたつノ瞳カラなみだヲ
ながしナガラ。そして、ワタシもいかりくんヲみつめる。わたしの瞳からも....
 
「これが.....涙?
 
 初めて見たはずなのに、初めてじゃないような気がする.....
 
 私.....泣いてるの?......何故....泣いてるの?」
 
 
そして、私は泣きながら、股を血まみれにしたまま、一晩中碇くんを抱きしめていた。
 
 
...............目を覚ますと、私は一人、ベッドに横たわっていた。
いつのまに寝ていたのだろう?周囲が暗い。まだ夜はあけてない。なのに、碇くんの
姿がない?私に安らぎをくれていた碇くんの両腕がない。碇くんの鼓動が伝わらない。
碇くんの呼吸が聞えない。碇くんの熱さがどこにもない。あぁ、でも.....
「碇くんの匂いがする.......」
そして、首の違和感に気付く。あぁ、碇くん、首を絞めてくれたんだわ。よかった。
碇くんは、まだ、私を憎んでくれるんだわ。よかった。よかった。よかった。
部屋を飛びだし、碇くんを探す。上着を羽織るのもそこそこに、家を飛び出す。
「碇くん....」草原に立っていた碇くんが振り返る。
「ごめん、起こしてしまったかな?」星明りの中、碇くんが微笑む。私は飛び込む。
碇くんの腕の中に。私は自分の身体が震えていた事に、気がついた。
「恐かった....」碇くんは震える私を抱きしめてくれる。何十回、何百回、同じ
事をしてもらったのか、わからない腕で。そして唇を重ねる。碇くんの唇を求める。
何十回、何百回重ねたのかわからない唇を。
「もう、寝よう。明日も早いんだから.....」碇くんの言葉に肯く。
私達は幸せ。例え私の幸せが、2人目の私の絆を盗んだ物であっても。でも、これは
裏切り。だから、碇くんは私を憎んでる。2人目のふりをする3人目の私を憎んでる。
そして、碇くんに憎まれていることが私を安らがせる。いつか罰があたる日を夢見る。
 
だから、碇くん、私の首を絞めて。これからも、ずっと.....
 

                               (つづく)



 



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