【エヴァンゲリオン幻戦記】

 

 

これまでのあらすじっ!!

惣流アスカラングレーを探して旅する少年碇シンジは途中出会った葛城ミサト率いるゲリラのキャンプに立ち寄った。彼が知る彼を知らない人々との出会いあるいは再会。ささやかな日常。だが相次ぐ人形達の襲撃はこの世界が危険な世界である事を示していた。遊撃、撤収、後退、そんな戦闘の最中、彼を守ったのは赤い壁、そして紅の瞳の少女だった。シンジは少女…綾波レイとともにその場を脱出する。

 

 

考えてみれば当然だけどシンジはミサトのアジトを知らなかった。そんな暇はなかったからだ。だが、あの後の合流ポイントについても聞いておかなかったのは迂闊と言うしかないわね。相変わらずバカシンジだ。

その旨、レイに話してみたのだが、

「そう」

これである。

(相変わらず綾波は綾波だなぁ)

シンジはそう思う。

これがもう一人の少女なら、『なんですってーっ!?』となるだろう。

なんですってーっ!?

 

旧都市部の移動は困難である。山あり谷あり残骸あり大穴ありと、そんなものなければ目と鼻の先の場所であっても数倍以上の時間を必要とする。それはかつてのシンジには体験できなかった事だ。やはり多くの世界があればそれに見合った…

(…何を考えているんだ?)

時々不可思議な思考にとらわれる時がある。それがなんなのか、なぜそんなことを思うのか自分は知っている。知っているはずなのだが…

シンジはかぶりを振ると当面の問題に思考を戻した。

当面の問題とはレイの事である。

現れ方も唐突だったがそれはさておき、レイは何も持っていなかった。つまり手ぶらである。

どうやってあそこまで来たのかは知る由も無い。聞けばレイも答えるかもしれないがシンジはなぜか聞く気にならなかった。

さし当たっての課題は水と食料である。シンジは元々バックパックにそれなりの量を持っていたけどいくらレイが小食と入っても限度がある。そろそろ補充が必要だろう。更にレイの服装も問題だ。スカートということ自体かなり問題だが、この世界はどうやら初秋から晩秋にかけての気候で止まっているらしく夜や朝方はかなり冷え込む。日中でもレイのように夏服では問題がある。だいたいレイはそんなに体が丈夫ではないし、そもそも二人とも冬はおろか秋だろうが春だろうがとにかく夏以外の季節に免疫がない。

そんなこんなでシンジは近くの集落に向かったんだけど…

 

「無いな…」

ナビゲーターのマップには確かに村がある。自分の現在位置も間違ってはいない様だ。

しかし辺りにはただただ廃虚が広がるのみ。

「ナビゲータが壊れたかな?」

ナビゲータを受け取った時のことを思い出す。製作者はいつになく自信満々な顔であった。

「ふぅ」

ため息をつくシンジ。

「…碇君」

レイの声に振り返るシンジ。

少し離れた所でレイが地面に手を伸ばしていた。

「なんだい綾波?」

「これ…」

レイが拾ったのは赤い女物の靴だった。

「…そんなに古くはないね。でも片方だけか。でもこれがどうし…!?」

シンジの頭にある考えがよぎる。それは最悪の想像だ。

「…おそらく集落の位置は間違っていないと思うわ」

レイはあくまで淡々としている。

シンジは辺りをもう一度見回す。

周囲にはただただ廃虚だけが広がっていた。

 

 

 

 

【第三幕 顕現】

 

 

 

「はぁ」

シンジは瓦礫に座ってため息をついた。レイもやることがないので隣に座っている。

(一人っていうのは気楽なんだな)

シンジはそれを痛感していた。この世界に来て旅を始めてからはずっと一人だったがそれは誰に対しても責任を負わないですむ気楽な旅だったのだと思い知る。

(でも一人はやっぱり嫌だ)

つくづく人間とはままならない生き物だと思う。

「仕方がない。手近な別の集落に行こう」

そう言ってシンジは立ち上がる。

そして自然な動作でレイに手を伸ばす。

「………」

しばし逡巡するレイ。

「綾波?」

「………」

レイは手を伸ばすとシンジの手を取った。

(碇君の手…)

ヒィィィィィィン

レイの耳にかすかに風切音が聞こえた。

「碇君!」

「え?」

レイはシンジの手を引くと手近な廃虚の壁の後ろに隠れた。しっかりした建物の中の方がいいのだがその時間はない。

「なにか来るんだね?」

シンジの問いに黙って肯くレイ。シンジはライフルを下ろすと安全装置を解除する。

「わかる?」

レイは少しだけ頭を出し目をこらす。

「…ホバイクが5。うち人形が4、先行する一台を追跡しているわ。現在こちらに接近中」

「ミサトさんだったら笑っちゃうな…とりあえずやりすごしてみよう」

「了解」

徐々に音が近づいてくる。

追われる側のホバイクが近づき、そして…

「「!!」」

目が合った。女性だった。気が付いたら飛び出していた。

流れるような動きでライフルの銃身を持ち上げ人形に向けて引き金を引く。

ドン!

先頭の人形が弾け跳ぶ。

「ごめん綾波!!」

とっさに出てしまった事を謝るシンジ。だがレイは気にした様子はない。

「…敵は散開したわ」

そこへ追われていたホバイクが引き返してきた。

援護してくれるのかと思いきや、

「お願いねっ!じゃっ!」

そして再び進路を変えて見る間に姿を消した。

「…なに?」

しばし唖然となるシンジ。シンジじゃなかったら人間不信か女性不信になるわねきっと。

二人が背を預けている壁には先ほどから着弾の衝撃が堪えない。

「ええぃ!!」

銃撃の合間を縫って撃ち返すがいかんせん機動性に差がありすぎる。

「戦況は不利ね」

(…綾波の冷静な声を聞くと落ち着くなぁ)

しみじみと思うシンジ。

ブォォォォォン

激しい排気音と共に一台のホバイクがシンジ達の頭上に飛び上がった。

「くっ!!」

シンジはレイを突き飛ばすと地面に倒れ込みざまライフルを真上に向かって撃つ。光条が交差する。

ピキィィィィィン!ドォォォォォォン!!

人形の放ったレーザーはレイの張ったATフィールドに弾かれシンジの放ったレーザーは狙い過たず人形の胸を貫いた。

残りは二体。

「綾波、大丈夫?」

「問題無いわ」

レイはそう言ったもののシンジは鵜のみにはしなかった。ATフィールドは個体生命の形を維持する心の壁である。それを他人であるシンジを護るように変形して展開するのはレイにとって慣れない作業だ。自然、消耗の度合いも違ってくる。それがどの程度のものかはシンジにはわからない。だが、先日の脱出の後レイは異常に疲労していた。かなりの距離を全力疾走したとはいえそれだけとは思えない疲労度合いだった。だからシンジは思い切った行動に移れない。レイの体に問題が無いならシンジは迷わず正面から人形と撃ち合っているだろう。

「!?」

ビルの影から誰かが飛び出したかと思うと人形と交差した。

人形が反応する間もなく首筋にナイフを叩き込むと人形を蹴り落としホバイクを奪い取る。

もう一体が体勢を立て直すよりも先にその頭部にマグナム弾が叩き込まれる。そのまま人形の乗ったホバイクはシンジ達が背にした壁にぶつかってとまる。あまりにもあっさりとした勝利だった。

 

ベーシックな野戦服に身を包み防弾ヘルメットをかぶったその人物は先に倒した方の人形に近づくとナイフを回収した。そうしてシンジ達に話しかけた。

「大丈夫か?」

くぐもった声だがその調子は特に警戒を必要とは感じさせない。シンジはレイを促すと壁の影から出てその人物を待った。

「ありがとうございます。助かりました」

ひとまず礼を言う。

「いやなに、ただのおせっかいさ」

「?」

聞き覚えのある声。鼓膜が脳が刺激され記憶が呼び起こされる。

「どうかしたかい?」

「その声…もしかして加持さん、ですか?」

「?………どこかで会ったことがあるかな?」

そういってヘルメットを脱いだ男はやはりあの無精ひげをはやした加持リョウジであった。シンジはかすかに笑みを浮かべると答える。

「いえ、たぶん初めてだと思います」

「そうかい?…まぁいいさ。さて、そろそろそちらのお嬢さんも出てきたらどうだ?」

 

「あららばれちゃってました?さすがね」

そう言って先刻の女性が物陰から姿を現す。細身でミサトには及ばないもののいいプロポーションをした美女だ。ホバイクで走り去った筈だがそう見せかけておいてシンジ達が戦っている間に隠れたらしい。

「いたいけな少年少女に面倒を押し付けて自分はとんずらというのは感心しないな」

「困ったときは人頼み、が私の身上なんです。それに女性を護るのは殿方の務めでしょ?」

そういって茶目っ気たっぷりといった顔をシンジに向けて片目をつぶる。

「ははは」

(…それにしてもどこかで聞いた声だな)

「………」

理解しているのか無関心なのか相変わらずレイは無表情だ。そんなレイをしげしげと眺める女性。

「それにしてもこんな所でそんな格好をした女の子に会うとは思わなかったわ」

その発言にシンジの頭に当面の問題が復活した。

「あっすいませんが彼女に合うような服をお持ちじゃないですか?えーと…」

「名前?霧島マナよ」

「!?」

思わず緊張するシンジ。

「どうかした?」

「いいえなんでもないわ」

冷静にフォローするレイ。

「あらあら何か気に触ったかしら?」

何か勘違いしているらしいマナ。

「いえ、何でも。あ、僕は碇シンジと言います。彼女は…」

「…綾波レイ」

「シンジ君とレイちゃんね。こんな可愛い子達とお知り合いになれてお姉さん幸せよ」

そろえた両手を頬に当てて顔を傾けにっこり笑うマナ。

「おいおい、どうでもいいが仲間はずれにしないでくれないか?」

情けない声が割って入る。もっともわざと情けなく言っているみたいだけど。

「あらごめんなさい。そちらがあの加持リョウジさんですね」

「おや?」

「この業界であなたの名前を知らないのはモグリですよ」

(…マナ、か。大人になるとよけい美人だな)

思いのほか動揺していないシンジ。加持さんとマナ、もう会えないと思っていた二人。同時に出会う事で驚きすぎて逆に麻痺しているのかもしれない。

 

『あるいは、これもまほろばの夢…』

 

「!?」

(…まただ)

どこからか聞こえてきた声に頭を振るシンジ。怪訝そうにそれを見ながら加持さんはマナに話しかけた。

「そういうそちらは?」

「情報屋兼その他よろず請け負いってところでしょうか?ま、何でも屋ですね」

「で、その情報屋その他もろもろさんがこんなところで何をしてるのかな?」

「人を探してるところです」

「誰だい?」

「葛城ミサト」

「?」

わずかに眉をよせるシンジ。

「ほぅ…葛城に仕事を頼む気か?」

「違いますね。情報を買ってもらおうかと思いまして」

「わざわざあいつに会わなくても交渉はできると思うがね?」

「直接手渡しじゃなきゃだめですね」

「それはそれは、よかったら教えてくれないかい?」

「そうですね。あながちあなたにも関係ないわけじゃないですし…」

一度三人を見回すマナ。

「ああ僕たちはお構いなく」

すました顔でシンジが言った。

「…まぁいいでしょ」

そこで一つ咳払いするマナ。表情が改まり口調も変わる。

「…<関東>一帯でゼーレの人質になった人間の運び込まれた場所をつきとめたの」

「!?」

「…そいつは…また…」

「………」

 

ゼーレの人形達は町や集落を襲撃しては人々をさらっていく。どこに連れて行かれるのかどんな目に遭うのか、生還したものは誰一人いないためすべては闇の中である。

もし、人々の収容場所を発見しそして救出に成功すればその意味ははかりしれない。形を変えて続いているゼーレの支配という構図に一石を投じる事にもなるだろう。

 

「史上初の作戦に持ち込むことになるわ。だから私は勝てる保証の無いところ以外には売りたくないの。潰すわけにはいかないネタなのはわかるわね?」

「なんであいつに?」

「少なくとも私が知る限り葛城ミサトより上には誰もいないわ。やってもらうしかないわ」

「………」

「どうかしら?あなたがいるなら成功の確率も増すと思うけど?」

「決めるのはあいつだ。俺じゃない」

「そうかもしれませんけど」

「…碇君?」

レイの静かな声に促され口を挟むシンジ。

「すいません。よろしいですか?」

「?」

「僕たちもその作戦に参加させてもらえないでしょうか?」

「なんだいいきなり」

「いっとくけどこれは遊びじゃないわよ」

「ミサトさんには僕からお願いします」

「ミサトさん?」

「なんだ葛城の知り合いだったのか?」

「ええまぁ…」

口を濁すシンジ。

「ふーん。世間って案外狭いんですねぇ」

そう答えるマナの口調は元に戻っている。

「…ふむ。霧島、だったな」

「なんでしょう」

「とりあえず葛城のところへ案内するのは承知した」

「それはどうもありがとうございます」

「ついては足がほしい。のんびり行くつもりだったがそうも言っていられないようだからな。正式な仕事として依頼する」

「どのくらいもてばいいですか?」

「半日ももてば十分だ」

「ギャラは?」

「さっきの戦闘を引き受けた件でどうかな」

肩をすくめるマナ。

「文句無しですね。わかりました。えーとそうですね…それじゃ3時間後に」

「3時間か、なら合流場所はそうだな…池袋のSはわかるか?」

「了解」

あっさりと交渉をまとめていく二人。

シンジはぼーっと聞いている。

ふとレイが顔を上げていった。

「あなた…」

「ん?俺か?」

視線が向けられているのに気づいて加持さんが言った。

「目…」

いわれてシンジも加持さんの目を見た。

一見普通の黒だがそれが光を反射するときだけダークグリーンにきらめく。

「みどり?」

「あぁ作り物だからな」

加持さんはあっさりと答えた。

「え?」

「あら知らなかったの? その人サイボーグよ」

「「!?」」

 

 

 

 

 

 

…サイボーグ

…ヒトであるのにヒトでないもの

…かつてヒトであったもの

…それともやっぱりヒトはヒト?

…私は?

 

レイは思考に没頭している為いつにもまして無口だ。

察しているのかいないのか加持さんもシンジにしか話し掛けない。

「それでどうして作戦に参加したいんだ?」

「人探しをしてまして」

「ゼーレにつかまっている可能性もある、と?」

「そんなところです」

「そうか、それは大変だな」

 

 

小山ほどもある巨大なコンクリート塊がごろごろと転がってそこらじゅうを埋め尽くし、互いに支え合って自然なオブジェクトを更生している。外から見る限り人の気配は皆無なのだが、実際はそのコンクリをいい隠れ蓑にして、モグラのように地中に潜った連中が少なくないのだという。<池袋>とはそういう地域だった。

目的地らしいビルの廃虚にたどりつくと加持さんはちょっと待っててくれ、と言い残し廃虚の中に消えた。

「綾波」

「…何?」

「何を考えているの?」

「………」

「言いたくないなら別にいいんだけど…」

「…あの人のこと」

「あの人って加地さん?」

「そう。あの人の体は機械でできている。それでもあの人はやっぱり人間なの?」

シンジはしばし考え込み今の問いの意味を吟味する。

「…そうだね。僕はやっぱり人間だと思うよ」

「どうして?」

「人間を人間たらしめているのは、自分が人間だと思う心だと思うから」

「………」

「それは綾波も同じだよ」

「………そう」

 

(やれやれ……)

声は聞こえないがなにやら独特の雰囲気で話し込んでいる二人に出るに出れなくなった加持さんはしばらくタイミングを待つことにした。

(しかし…変わった二人組だ)

そうは思ったもののよく考えてみるとどこか似ている気もする。他人の事情を突っ込んで聞く趣味はないので放置していたが…

(…兄妹?でも名字は違ったな)

だが、なぜかそんな気がした。なぜか…

 

 

 

ビルの瓦礫の下に埋もれた酒場。先日シンジとミサトが訪れた酒場よりも一段とわかりづらい所にあった。更に客も皆まっとうな仕事をしてそうな者は一人もいない。まぁだからこそシンジ達が入ってきても誰一人視線を上げもしない。互いのことには口を出さない、そういう不文律が働いている。

「何にする?えーと…レイでいいか?」

うなずくレイ。

「といっても合成食品ばかりだけどね」

「見かけはおんなじ様なもんさ。それに合成肉だって栄養は同じだ。馬鹿にしたもんじゃない」

「…お肉嫌い」

「あ、そうだったね」

コクリと再びうなずくレイ。

「ねぇ綾波。メニューにサラダってあるけど食べてみる?」

「碇君と同じでいい」

「じゃあ、そのほかに定食を一つと…ああ、そうだ。この子に着せるような服はあるかい?」

シンジは注文を取りに来た女の人に尋ねた。

「うーん。男物でよければあったと思うけどね」

女の人の答えにレイに確認する加持さん。

「構わないかい?」

「問題無いわ」

「じゃ、ついてきな」

 

レイが連れられていくと加持さんがシンジに尋ねた。

「それで誰を探してるんだい?」

「アスカという名前の女の子です」

「ふむ。妹かなにかかい?あの子がいるからには恋人ってわけじゃなさそうだが」

「…綾波は恋人じゃないですよ。それにアスカも妹じゃありません。フルネームは惣流アスカラングレーです」

「おや勘違いか。それにしちゃ…まぁいいが」

(そうりゅう、そうりゅう、どこかで聞いた事があるような)

「それより加持さんがサイボーグということはミサトさんとのつながりはその線ですか?」

「………ほぅ、詳しいな」

「てっきりミサトさんと同じくらいの年齢かと思ったんですが見かけ通りとは限らないんですね」

「…そこまで知ってるとなると君もただものじゃなさそうだな。もしかしてイカリっていうのはあのイカリか?」

「どのイカリかは知りませんがたぶんそのイカリだと思いますよ」

「ほう」

(こいつはまたおもしろくなってきたな)

 

男物のワイシャツとズボンに着替えたレイは脱いだ制服を一瞥だにせずに小部屋を出た。ドアを開けるとカウンターの横になる。すぐそば、カウンターの端で一人の男がちょうど端末をきったところだった。それはオーバーネットワークと呼ばれる特殊回線…ゼーレに探知・傍受されてもいいように特殊な暗号が使われている通信システムだ。

男はレイが出てきたことに一瞬驚いた様子だったけど何食わぬ顔でカウンターの女の人…先程レイを案内した人だ…に礼を言うとそそくさと立ち去った。男を見送った視線がちょうどカウンターの女性の視線とかち合う。すると女性はレイを手招きした。レイは女性に歩み寄る。

「さっきの服はどうしたんだい?」

「…必要ないから」

「あらそう?じゃせっかくだからもらっておくわ…ところでさっきの男だけど連絡先はまともな所じゃなかったわ。気を付けた方がいいわよ」

 

「お、結構似合うじゃないか」

「うんよく似合ってるよ綾波」

「そう?」

レイは席につくと先程のことを話そうとした。が、それよりも早くシンジがレイの前に食事を置く

「はい、綾波」

「………」

どちらを優先すべきかしばし考えるレイ。

よくわからない情報の伝達とシンジが勧める食事。決断は早かった。

はむはむはむはむはむ

シンジと加持さんは食事が終ったのか話を続けている。

しばらくたって食事を終えたレイは口を開く。

「あの…」

「水分を多めに補給しておいた方がいいな。車でも数時間くらいはかかるから」

「そうですね。すみませーん」

そしてさも当然のようにシンジはレイの前にオレンジ色に着色された甘味飲料を置いた。妙なところで気が利いているのかストローがささっている。

「急がなくていいぞ」

「そうだよ綾波」

レイは再び考える。決断はやはり早かった。

ちゅうちゅうちゅうちゅうちゅう

「そういえばまだ葛城との関係を聞いてなかったな」

「ああ、そうでしたね。実は…」

 

バン!

大きな音を立てて酒場の扉が開け放たれた。

そこから何かが投げ込まれる。

トン、コロコロコロ…

一瞬静まり返る店内。

入り口近くの客が一斉に飛びのいたのと爆発音が響いたのは同時だった。

ドォォォォォォーン!!

逃げ遅れた客達が爆風に吹き飛ばされる。

「天誅―っ!!」

そういう叫び声とともに火器を携えた男たちが乱入してくる。

「うははははは!!出てこい人の皮をかぶったカラクリめ!!!」

先頭の男が叫びながらサブマシンガンを乱射する。

「なんだなんだ!?」

「出入りか!?」

「ふざけやがって!!」

「覚悟できてんのか!?」

一斉に獲物を手に取ると入り口に向ける客たち。乱入者達はなにやら口上を述べていたがすぐに銃撃音にかき消されたため、口を閉じると撃ち返す。たちまち辺りは乱戦となった。

店主は慣れたものでさっさと火を落とすと従業員ともども逃げ支度に入っている。

「な、なんなんだ?」

加持さんが咄嗟にバリケード代わりに起こしたテーブルの影でシンジは言った。

店内の壁に施されたコーティングでレーザーは乱反射する。現に客も襲撃側も実弾で戦っている。シンジのライフルも危なかしくて使えないため懐のパレットガンを取り出した。

「悪いな。どうやら原因は俺の様だ」

無骨なマグナムを片手に加持さんが言った。

「加地さんが?」

「まあそのなんだ…時々妙な団体につきまとわれることがあってな」

 

加持さんの説明によると襲撃してきたのは宗教団体の一種で少しでもゼーレに支配される恐れのある機械や体を改造している人間(加持さんのように完全なサイボーグは少ないんだけど)を排除することを目指しているらしい。

「宗教って…」

ため息をつきたくなるシンジ。実際問題として今更ゼーレが正常な機能を取り戻したところで加地さんたちに命令を強制することはできない。ゼーレが操作できるのは初めからそういう風に作られた人形達だけである。だいたいそんなことを言い出したら機械と名のつくものはほとんど使えなくなるわよね。

(ま、とりあえず僕には関係ないや)

頭を切り替えるとレイに確認する。

「綾波、武器は?」

「ないわ」

「じゃ、これ念のため」

小口径のオートピストルを渡すシンジ。予備の予備である。さすがにレイがパレットガンを撃ったら肩が砕けるだろう。

「綾波、その…ATフィールドだけど」

加持さんに聞こえないように小声で話すシンジ。状況が状況だけに正確なところを把握しておくべきだろう。

「そんなに長くは張れないわ。たぶんこの世界の法則性に制約されている」

「世界の法則性…そんなものがあるのか…」

「来るわ」

「え?」

ダダダダダダダダダダダダダダダッ!

機関銃の一斉射が盾にしているテーブルの上半分を蜂の巣にする。

「やれやれちょいとやばくなってきたな…シンジ君」

「なんですか?」

「レイを連れてカウンターの裏へ行け。たぶん店の連中が使った抜け道かなにかがあるはずだ」

「ですが…」

「女の子を守るのは男の務めだぞシンジ君」

「とはいえこの銃火の中を下手に動くのは…」

「撃たず騒がず慌てず急げばすぐにつく」

「そうよ。ほらついちゃった」

背後から聞こえた声にどっと脱力する加持さん。

「霧島…君は忍者の末裔かい?」

「あら、どうせならくノ一って言ってくれませんか?それにしてもおもしろいことになってるじゃないですか」

なにやらわくわくといった風情のマナ。

「あのな…」

「どこから入ってきたの?」

「そこの裏口」

マナが言うにはカウンターの内側にドアがあって地上に続いているらしい。

「じゃ、私が気を引くからその間にさっさと逃げるのよ」

「え?」

言うが早いがテーブルの影から飛び出しマシンガンを乱射するマナ。

「そこ邪魔よ!!とろい奴はどいてなさい!!」

パタタタタタタタタタタ!

なにやら罵声と発砲音が轟く。

「おらおらふざけてんじゃないわよ!ぶっ殺すわよ!!」

声が高いからよく響く。

「「………」」

しばし無言の男二人。

(…やはり女は向こう岸の存在だな…)

(…こっちのマナだからかな?それとも…)

「行きましょう碇君」

一人冷静なレイがシンジを促す。

「あ、うん」

 

 

カウンターの裏にはマナが言った通り隠し通路があった。最低限の灯かりが点いているためとりあえず進むだけなら問題無い。ほどなく外に続いているらしい梯子にたどり着いた。

シンジはライフルを背負い直すと先に立って梯子を上りはじめた。

「………」

「………」

レイはもともと無口だからシンジがしゃべらなければ沈黙の帳が下りる。

シンジが無口なのには理由があった。逃げている最中にあれこれ話すのも変だが、それよりも現在の状況に違和感を感じていたのだ。

(…なんだろう?)

登るのをやめて考える。

「?」

レイはシンジが止まったのに気づいたが何も言わない。

(…おかしい。どうして誰もこちらに逃げてこないんだ?わざわざ相手をしなくても僕らみたいに逃げようとする人がいてもいいはずだ)

違和感の正体に気づくシンジ。

(まるで相手を倒すしかない、逃げ場はないというか…今、考えてみれば加地さんもマナもどこか雰囲気が違っていた。そう血路は自分で開けというような…)

カラン

頭上で物音がしてシンジは我に返る。

そして気づいた。

「綾波!!」

とっさにマントを広げるが間に合わない。頭上からの爆風にシンジははしごから転落した。

 

 

 

「…碇君」

何度目かの呼びかけでシンジは目を覚ました。

「…綾波、あ痛っ」

「大丈夫?」

「うん、なんとか…あちこち痛いけど」

「そう」

「綾波は大丈夫?」

「問題無いわ…」

(…この『問題無いわ』が信用できないんだよな)

そう思いつつ痛む体を起こすと座り込んでいるレイの正面に移動した。顔色を見るがこの暗さにもともと白いレイではわからない。

(大丈夫か…)

「とりあえず少し移動しよう」

そう言って立ち上がると右手を差し出した。レイは左手でその手をとる。

(うん?)

わずかな違和感がシンジを捕らえる。

「つ…」

立ち上がる際わずかにレイがうめきをもらした。

「綾波?」

「なんでも、ないわ」

「………」

シンジは無言でレイの右手をとった。

「つぅっ…!」

レイの顔が苦痛に歪む。

「綾波…」

レイの右腕は折れていた。

 

シンジはレイを座らせると右腕に応急処置を施した。

「どうして言わなかったの?」

「………」

「僕が落ちたとき綾波にぶつかったんだね」

「………」

「だから言わなかったんだね」

「………」

「…ごめん綾波」

「…碇君のせいじゃないわ」

シンジはレイの隣に座るとレイの右腕を抱えるように抱いた。

「どうしようか?」

「退路は塞がれているわ」

「うん」

「戦闘が終了するまでここで待機しましょう」

「そうだね」

「………」

「………」

無言になる二人。

触れ合った腕から互いの鼓動だけが聞こえてくる。

どこか安らかな気持ち。

(ここに来てからこんなに安らいだ気持ちを感じたのは初めてかも知れない…)

それはレイも同じだった。シンジに抱かれた腕から心地よい暖かさが伝わる。

だが、頭の片隅で何かが…そう何かが…

(…イイカゲンニシロ)

(え?)

その声はシンジにも聞こえていた。もっともシンジはすでにそれを認識できなくなっていたが。

意識がゆっくりと…

「碇君!!」

レイの叫びにぎりぎりで目を覚ますシンジ。

「どうしたの綾波!?」

レイの顔は驚愕に彩られていた。その視線の先を見るシンジ。

「これは!?」

レイの右腕とシンジの左腕が溶け合うようにくっついていた。

慌てて離れようとするシンジ。だがそのためにレイの左肩に触れた右腕がそのままレイの肩に埋まって…いや同化していく。そうまるであの時と同じように…

「綾波!?」

「駄目!」

(…私はアンチATフィールドを展開していない。なのにどうして!?)

(…綾波がこんなことをするわけがない。なのになぜ!?)

(イイカゲンニシロトイッタンダ。モウツキアッテイラレナイ)

((!?))

見る間に二人の体は同化していき、それにつれ意識が遠くなっていく。顔と顔を向け合った二人の脳裏に声が響く。

『私と一つになりたい?』

(…綾波?)

『僕と一つになりたい?』

(…碇君?)

その言葉は目の前の口からではなく脳裏に直接イメージとして認識されていた。

『『心も体も一つになりたい?』』

(綾波!?)(碇君!?)

『それはとてもとても気持ちのいいことなのよ』

(駄目だ!それだけは絶対駄目だ!)

『それはとてもとても気持ちのいいことなんだよ』

(駄目!)

『本当に?』

(本当だ!)

『本当に?』

(本当、よ…でも、私は…)

(綾波!?)

 

パシャン!

 

 

『LCL混合』

『固定化完了』

『シンクロスタート』

『ハーモニクス調整』

『波長パターン照合』

『パルス微調整…プラスコンマ2…マイナスコンマ4』

『絶対境界線突破』

 

『エヴァンゲリオン、起動』

 

「いいかげんにしろ!」

閃光とともに彼は現れた。

 

 

 

EVANGELION ILLUSION

STAGE03: SYNCHRO

 

 

 

 

「いいかげんにしろ!」

突如閃光がほとばしり、それは現れた。唖然となり手を止める襲撃者及び客一同。

それは静かに威圧感をもって周囲を見回す。

 

「なによあの子…」

マナがつぶやく。一見十代後半のたぶん…少年だ。中肉中背。均整の取れた体つきをしている。ジーパンにショートブーツ。無地のTシャツ。ジャケットの袖を折り曲げて半袖にしている。整った顔立ち。健康的な肌の色に赤い瞳が異彩を放っている。

(赤い瞳…はて?)

どことなく女性的な印象を受けるハンサム…というよりかは美人といった感じがする。ぱっと見たかぎりでは女性か男性か判断できないだろう。だがその挑戦的な眼差しは間違いなく男の目だった。

 

ぼーっとながめていた襲撃者側だがこれでは格好がつかないと思い至ったのか声を上げる。

「な、なんだお前は!?」

「いいかげんにしろといったんだよおじさん。それとも頭だけじゃなく耳までおかしくなったのかな?」

奇麗な声をしているが口に出す内容は辛酸だ。

「なんだと!?」

「ふざけやがって!」

「死にてぇのか!?」

「ぶっ殺すぞ!!」

声をあらげる襲撃者達。

少年はそれに対し、ふふん、と鼻を鳴らしただけだった。まことに小憎らしい仕種である。

「殺す?この僕を?笑止!しょっおーしっ、だね」

「な、なんだと!?」

一人が銃口を向ける。

「ふふん。やれるものならやってみるんだな。おっと加持、手出しは無用だ」

加持さんは身も知らぬ少年に名前を呼ばれて狙いをつけていたマグナムを持つ手を止めた。

背中を向けているにもかかわらず少年は加持さんの動きを察知していたらしい。

「そらどうした?撃たないのか?」

「う、撃て!!!」

たった一人の人間を肉片に変えるのに十分すぎる銃弾が注がれた。ほとんどヒステリックな連射にもうもうと煙があがる。これでもかこれでもか、と念を入れまくった攻撃を加え、ようやく彼らがその手を休めたときそこにはかけら一つ残っていないはずだった。

「はぁはぁはぁ…」

「けっくたばりやがったぜ…」

誰もが死んだと思った。

「誰がくたばったって?」

「!?」

煙が晴れるとそこには何事もなかったかのように少年が立っていた。どよめきが敵味方の間を走り抜ける。

「嘘」

「ば、化け物め」

「化け物?…どうせならスーパーヒーローと呼んでもらいたいな」

どことなく気分を害した様子の少年。

「しかしだよ、よりにもよってこの僕に銃を向けようとは無礼千万、僭越至極、言語道断、自家発電。そのあたりわかってやったんだろうな。覆水コップに帰らずと言うしね」

「たぶん言わないんじゃないかと思うが」

「…加持、口出しも無用だ」

コホンと咳払いする少年。ごまかしたわね。

「というわけで僕はお仕置きを結構する。あ、その前にマナ、さっきのところに僕のバックパックを忘れてきた。取ってきてくれないか」

「は?」

加持と同じくいきなり名前を呼ばれて戸惑うマナ。それでもなんとか口を開く。

「僕のって誰のよ?」

「“僕”のだよ」

加持さんはマナにそこにいるように手で合図してからさっきのテーブルの所に戻った。そこには確かにバックパックがある。ただしあの碇シンジという少年のものだ。

(なにか勘違いしているのかな?)

加持さんが戻ってくるのを確認すると少年は口を開く。

「よし、それじゃ二人ともはぐれないように付いてくるように」

そう注意してから襲撃者達に向き直る。

「待たせたな諸君、お仕置きの時間だ。天は吠え!地は震え!全ては僕の前にひざまづく!今必殺の大どんでん返し!どかあん!!」

そう少年が言うと本当にどっかん!と音を立てて襲撃者達の銃が爆発した。

「うわわわわわわ!!」

慌てて銃の残骸を捨てる襲撃者達。

それを横目にさっさと歩き出す少年。

「問題のサイボーグなら僕が連れて行くよ。もう戦争する理由は無いはずだ。その後どうするかは話し合って決めるんだね」

呆気に取られた一同の中を同じく呆気に取られた加持さんとマナを引き連れて少年は退場していった。

 

 

 

マナが用意したジープの座席にシンジのバックパックを放ると加持さんは酒場にとって返した。そこへ少年の声がかけられる。

「どこへいく加持」

「さっきの酒場だ。連れが残っている」

「やめとけ」

「…なぜだ?」

「無駄であり無意味だ」

「なぜそう言える」

「シンジとレイはもうあそこにはいないからだ」

「どうしてわかる?」

「…言ってもどうせ信じないよ」

「なによそれ!だいたいあんた何なのよ!いきなりしゃしゃり出てきて!ちょっとは説明したらどうなのよ!」

「それが恩人に対する言葉か!?」

「えぇえぇ大した手品を見せてもらったわよ、どうもありがとね。けどそんなこと頼んだ覚えないし坊やに指図されるいわれもないのよね。だいたいどっちかっていうと楽しいところを邪魔されたようなものだし。それなのにこうしてお礼を言っている私って心が広いと思うわ。それにひきかえ名前も言わない理由も言わない事情も言わないの三拍子そろった坊やときたらなんだか独裁者の素質ありって感じだけど私の勘違いかしら、だといいわね!おほほほほっ!」

「うるさいな!!ああやだやだ!これだから女は嫌なんだよ!すぐ感情的になるし意地は悪いし!」

「言ってる側から自分が感情的になってるわよ」

ぐっと言葉に詰まる少年。悔しそうな顔を見ると結構プライドが傷ついたらしい。

「どうでもいいが俺をのけものにして楽しまないでくれないか、第一戻ると言っているのは俺のはずだが…」

「…だから戻っても仕方がないと言っているだろう」

「理由を説明できるか?」

「僕がここに存在するからだ」

「急いでいるんだ、哲学の話はまた今度にしてくれ」

「あぁもう!加持っお前はもっと察しがいいと思っていたのにがっかりだな!」

少年は苛立ちを隠さず地面を何度も踏みつける。

「ほっとけばいいのよこんなの」

「………」

さらに少年の表情が悪化する。“こんなの”といわれて機嫌が悪くなったらしい。

「すまない。霧島しばらくだまっててくれないか」

「はいはい」

肩をすくめる、マナ。

「続けてくれないか?」

「…シンジとレイはあそこにはいない。なぜならあの二人が融合して生じた結果が僕だからだ。ほら信じないだろこんな話。別にいいよ信じなくたって」

どこか投げやりに少年は言った。

マナはあっけにとられた顔をしている。

加持さんは考えている。

確かに途方も無い話だが納得できなくもない部分もある。

エヴァの顔はシンジとレイの顔に良く似ている。

(…いや、もともとあの二人の顔は似ていたな)

髪や瞳、肌の色。二人の表情の違いなどで気が付かなかったあの二人は良く似ている。だから少年の顔を最初に見たときになにか既視感があったのだ。だが、この少年の顔はより女性的でなおかつ、その、なんだ、つまり、“奇麗”だ。

(そして…)

その真紅の瞳はレイとのまぎれもない共通性を感じさせる。

自信に満ちた雰囲気、ともすれば自分勝手ともいえる言動が個性となりあの二人との差別化を図っているのか?

「いや俺は信じる。信じるから話を続けてくれないか。おそらく俺達を一緒に逃がしたのは俺達になにかを期待しているからじゃないか?だとしたらまず君の素性を明らかにしておく方がお互いのためだ。このままでは俺は次の行動に移れないからな」

ふぅ、と一つため息をつくと少年は再び口を開く。

「いいだろう。もう一度話そう。シンジとレイの二人がシンクロして融合した結果生じる第三の人格としての存在が僕だ。いいか、人間二人分の存在エネルギーが融合して出来上がった存在が一人しかいないと一人分存在エネルギーがあまる事になるだろう?その結果…」

掌を上に向けて翳す。しばらくすると光の粒がその掌の上に集まり始めた。

「手品じゃないよマナ」

光が集まり小さな光球になったところで少年はそれを地面に叩き付けるように手を振るった。

ドン!!

多きな音と共に直径1mくらいの部分の地面が陥没した。

「…こんなことが出来るようになる」

言葉もない二人。

「なぜこんなことになったのかは僕にもわからない、たぶんシンジとレイにもね。だが僕は、“僕達”は、こんなところでもたもたしているわけにはいかなかった。それだけだ」

加持に向き直る少年。

「加持、お前の言うとおりだ。僕が一人で脱出しようとしなかったのはとにかく早くアスカの所にたどりつきたかったからだ。僕一人で彼女を捜し出すにはこの地区はあまりにも広すぎるからね」

「その子のことを知っているのか?」

「言ったはずだ、僕はシンジでありレイであると。あの二人の見るもの聞くものはすべて僕も知っている。同様に二人も今僕の中でこの話を聞いている」

「超能力だなんて…まるで神様か仏様ね」

「僕は神様なんかじゃない。だが誰にも邪魔はさせない。誰の支配も受けない。そうエヴァは無敵だ」

「エヴァ?それが名前か?何か意味があるのか」

「意味なんか知らない。エヴァはエヴァ、エヴァンゲリオンだ」

 

 

 

基本的に王子様はわがままでえらそうであるようだ。

「さぁ、ちゃっちゃとそのアジトとやらへ向かってもらおうか。もちろん全速力でかっとばすんだよ。僕がついているんだから人形の事なら気にしなくていいからね」

そう言うと後部座席を占領しさっさと眠りだした。

 

車は快調に走っている。

「ふぅ君みたいな人間が知るには危険すぎる情報だな」

「あらそうですか?」

「率直なところどうだい?」

「魅力は感じますね。もしかしたら…」

「打倒ゼーレ…かい?」

「ふふ、まぁそんなに真剣じゃないけど投げてもいないってところでしょうか?」

「そんなものかい?」

「あなただってそうでしょう?そしておそらく…」

そこで後ろから声が割ってはいる。

「何の話をしてるのかな?」

「…子供は寝てる時間でしょ?」

「誰が子供だ!誰がっ!?」

「すぐむきになるところが子供だわね」

「ぐっ」

再び絶句する少年。どうやら先天的にマナとの相性が悪いようだ。

「まだ少しかかる。寝ていろ」

「お前まで子供扱いするな!」

「別にそういうわけじゃないんだがな」

「いいか!言っておくが僕がここにいたくないって考えたらすぐに僕なんか消えてしまうんだぞ!?さっきだって怪我している隙に無理矢理…」

「怪我だと?どっちだ?ひどいのか?」

「すごく痛かったよ…でももう治ったよ」

だんだんと声が小さくなっていく。

「ちょっと大丈夫!?」

さすがに心配になったのかマナが席を立ち身を乗り出す。加持さんも車を停めると同様に背後の少年の様子を伺う。

「大丈夫じゃないよ。くそっ、あいつらに知られていないうちが華だったのに。どうしてくれるんだ、これじゃ…」

「おい!!」

「………」

カッと閃光がほとばしる。

「「!?」」

閃光が消えた後には少年の姿はなかった。

「………」

「………」

「う…」

「「!?」」

声のした方を見る二人。後部座席の反対側にレイが座っていた。

「その…大丈夫か?」

「……………問題ないわ」

どうみても問題ありそうな口調で答えるレイ。

「そうか?」

加持はざっと見てみるが怪我はしてそうにない。

「あいたたた」

今度は助手席の方から声がした。

「シンジ君!?」

マナが振り替えると座席とダッシュボードの間にシンジが落ち込んでいた。

「あ、大丈夫です…とりあえず」

そう言うとシンジは車を下りて体を伸ばした。

「ちょっと落ち着くために歩いてきます。10分程いいですか?」

「別に構わないが…」

「すいません」

「………」

後部座席からレイが腰を上げる。その気配を察してシンジが叫んだ。

「来ないで!」

「!!」

ビクっと震えるレイ。

「…ごめん綾波。今は君の顔を見たくない」

「ちょっと!!」

マナが声を上げるがシンジは無視する。

「………」

「…ごめん」

シンジは後を振り返らず歩き出した。

「………」

マナはレイを見る。

無表情でまるで感情を感じないこの少女。けれど、さっき一瞬垣間見せた驚愕、そしておそらくは…絶望感。

マナは何か言わずにはいられなかった。

「いいの?」

「………」

 

 

続劇

 

 

 

予告

 

 

誰かに拒絶される痛み

それはその者に対する想いの深さに比例する

だが、忘れてはいけない

拒絶する側にも痛みは存在するのだという事を

 

次回、エヴァンゲリオン幻戦記 第四幕 福音

 

…ほんとに馬鹿ね




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