【エヴァンゲリオン幻戦記】

 

 

これまでのあらすじっ!! …ってアタシだけ元気だとなんだか馬鹿みたいね。ま、いいわ。今回もさくさくっといくわよ。

アスカを探して旅するシンジとレイは加持リョウジと霧島マナに出会う。マナのもたらした情報はアスカにつながる糸かもしれないものだった。二人はマナがミサトにもちかける作戦に参加すべく加持と同行する。加持を狙う宗教団体の襲撃による混乱。その戦闘を終わらせたのは不思議な力を持つエヴァという名前の少年だった。エヴァは自分がシンジとレイの融合体であると告げ、それを裏付けるようにエヴァはシンジとレイに分離する。だが融合のショックのためかシンジはレイを拒絶するのであった。

 

 

 

 

静かにその一団は動いていた。

葛城ミサト隊長率いるゲリラの一団である。目標は横浜基地。関東でゼーレにさらわれた人々が一時抑留されている施設である。

(相変わらず何考えてんのかわかんない子ね)

水色の髪の少女を一瞥してミサトはそんな感想を抱く。

淡々とデータを報告する彼女自身がコンピュータかのような錯覚すら覚える。

 

「失礼します」

ヒカリがコーヒーを運んできた。

「あ、ありがとう洞木さん」

「………」

「どうかしたの?」

「あの、碇君どうかしたんですか?」

「…どうかしてるように見えた?」

「ええ。なんだか元気なかったし、この前はもっとなんていうか…空気が暖かいって言うか…」

「ふぅん」

ミサトは気の無い返事を返す。実際ミサト自身も同様な感想を抱いている。

「ま、作戦前だから緊張してるんじゃないの?」

「そうでしょうか?ならいいんですけど…」

「それもあんまりよくないんだけど…まぁいいわ。洞木さんもそろそろ本業に戻って」

「了解」

そう言うとヒカリは片手にお盆、もう片手にライフルを携えて去っていった。ミサトはもう一度レイに視線を戻す。今の会話は聞こえていた筈だが表面上は何も変化は見えない。

「何か変わった事は?」

「問題ありません」

「そう…」

ミサトはどうすべきかしばらく迷っていたが単刀直入に聞くことにした。

「彼に口止めされているなら仕方ないんだけど…聞けるうちに聞いておきたいの」

「何でしょうか?」

「別に他意はないから聞かせてくれない?彼の他に『碇』の人間は生き残っていないの?」

「………」

「………」

「…私は知らないわ。でもたぶん…」

「そう…」

ミサトは真剣な面もちで呟いた。

「あなたも…『葛城』もセレクトなのね」

「え?あ、ああ知らなかったの…そうよね。あなたは違うもの。あたしもちょっとどうかしてるわね」

ぽりぽりと頭をかいて苦笑するミサト。

かつてゼーレと関わることを許された『施政者(セレクト)』。それは優良な遺伝子を選ばれた限られた人々のこと。彼らの名は極秘でありゼーレによって彼らが抹殺されてしまった現在、その名を知る者はまれである。己もまたそれに連なる者でなければ。

けど、ミサトは知らない。レイが語らなかったシンジの事について。

(…ま、いま考える事はそんな事じゃないわね)

腕時計を見ると彼女自身が定めた刻限だった。胸のポケットから眼鏡を取り出す。

(…嫌な予感、はずれてくれるといいけど…)

ミサトは眼鏡をつけると一部の隙もない声で告げる。

「作戦開始」

 

 

【第四幕 福音】

 

 

<数日前、隊長室>

 

「随分とのんびりした到着ね」

デスクの向うで眼鏡を外しながらミサトが言った。時計はすでに零時を回っている。

「いやはや波乱に満ちた旅だったよ」

実際何から話したものかと悩む加持さん。

「池袋で一騒ぎあったようね」

「? 早いな」

加持さんは苦笑すると椅子を引き寄せた。

「<緑土再生救世会>が動いたと聞けばあんたがらみと思うのが当然でしょ。あそこも毎度毎度ご苦労な事ね」

ミサトは刺を乗せた言葉を送る。

「そう言うなよ。これでも多少は反省しているんだ」

「有名人のくせに変装の一つもしないあんたが悪いのよ。そのうちどこもかしこも出入り禁止になるわよ」

某宗教団体が無差別な攻撃を繰り返すのは、たとえ加持さん本人を討ちもらしたとしても、同じ事が続くうちに結果的に加持さんが社会から排斥されることを意図しているためだ。今の所、そこまでの事態には至っていないけどこの先はわからない。

「あんたが命を粗末にするからあたしは怒ってんでしょ!それを責めるななんて虫がよすぎるんじゃない!?」

「…俺は死ぬ事よりも、俺を知っている奴が俺を見て俺だと気付かない事の方が恐ろしい。それだけさ…」

「………」

しばし沈黙する二人。

「…それにどこもかしこも出入り禁止になっても葛城だけは入れてくれるだろう?」

そう言ってにやりと笑う。だがミサトは堅い表情のままだ。

「…あんたはいつもそう言ってごまかすわね。ま、いいわ。今夜はこの話はここまでにしておきましょう。夜更かしは美容の大敵だし」

「すまないな」

「そうそう、なんだか面倒な仕事を持ち込んだみたいだけど、その手のことは急いだってろくな事になりゃしないわ。また明朝改めて聞くわね。今日の所はとっとと寝ちゃいなさい」

「聞く前に判断していいのか?」

「実はだいたいの見当はついてんのよね〜。…人質の件かしら?」

「葛城!?」

「断片的な情報でも集めていけば自然に全体像は見えてくるものよ」

ミサトはそうとだけ言ってにやりと笑う。

「…やれやれ、昔は俺が教えてたんだがな」

「ま、こっちはこっちで手札をそろえておかないとね」

そう言うとミサトはデスクの下の小型冷蔵庫を開ける。よく冷えた缶を二本取り出すと一本を加持に手渡した。

「…ほぅ。缶ビールか。どこで見つけたんだ?」

「ないしょ。ま、半年ぶりに馬鹿の顔を見たんだから大盤振る舞いよ」

「そりゃどうも」

プシュ、プシュ。

カン

缶を付き合わせた後ぐいっとあおる二人。

「それで?誰か拾ってきたんだって?」

「ああ。二人…いや、三人かな?」

「何よそれ?」

「とりあえず少年少女が一組。そういえば葛城の知り合いだそうだな。名前は碇シンジと綾波レイ」

「シンジ君が?…合流地点に現れなかったからどうしたかと思ったけど…さすがにやるわね、あんたをとっつかまえるなんて」

妙に嬉しそうなミサトを見て目を細める加持さん。

「まぁ彼らのことは俺が逆に聞きたいところだが、問題はもう一人…といっていいのかな?」

「そういえば池袋には変な坊やが出たって話ね」

「ああ」

「知り合い?」

「話すと長くなるが一応同行者だ」

「なるほどね」

「しかも…信じるか?たいした念動能力者だ。俺もあんなのを見たのは初めてだ」

「………」

缶ビールを持つ手が一瞬止まりミサトは声をなくす。

だがすぐにミサトの口元に不敵な笑みが浮かぶ。それは怪しく美しかった。

「それは最高ね」

「葛城の順応性もな」

 

 

前回の移動中のキャンプと違い今回は本格的に設営されている。簡易バンガローの部屋数は十分ありマナ達にもちゃんと個室が与えられた。もっとも個室と言ってもベッド一つでほとんど埋まってしまう狭さだけどね。

詳しいことは明日、という説明を受け第一バンガロー(隊長室や作戦室のある棟で隊員達は寝泊まりしていない)の一角に案内されそれぞれの寝床をあてがわれてそれきりである。レイやシンジはどうか知らないがマナの居心地はよくない。

「葛城ミサトはそんなに忙しいわけ?」

一通り説明を終えて戻っていこうとするヒカリに聞いてみた。

「い…忙しいのかしら、あの人…」

考え込むヒカリ。

「すみません。隊長っていつも遊んでるんだが働いているんだかわからない人なんです」

「…なんだか的確にイメージできそう…」

葛城ミサトはいい部下を持っているようだ。マナはため息をついた。

「あなたいい子ね、ヒカリちゃん。頑張って」

「ありがとうございます。マナさんも頑張って下さいね」

 

そんなふうにしみじみと励まし合ったのが数刻前。

なんとはなしに寝室を抜け出したマナは人の気配を感じてそちらに向かった。

武器庫の前に小さな窓がありシャッターが上げられていた。その窓を見上げる形で壁に寄りかかって膝を抱えている影が一つ。

「何を見ているの?」

マナは返事は期待していなかったのだが、

「…月」

赤い瞳の少女はそう答えた。

「そう」

マナはレイの隣に座って同じように窓を見上げる。綺麗な満月が見えた。

(M・O・O・N。月のスペルか…)

ちらりと隣の少女を見てみる。

白い肌は月光を浴び、その中に溶けてしまいそうだ、水色の髪と紅い瞳だけを残して。

見れば見るほど神秘的な少女だ。エヴァの一件でシンジとレイのことを聞けずじまいだったが、二人ともエヴァ程ではないにしろどこか常人とは違うものを感じる。これはいったいなんなんだろうか?

(ま、わかんなければ聞いてみればいいのよね)

「そういえばあなたたちのことって何一つ聞いてないわね。シンジ君ってレイの彼氏?」

「かれし?」

聞き返すレイ。無表情だが別にごまかしている訳ではないようだ。

「…マジでわかんないの?」

コクリ、とうなずくレイ。

「こんな貴重な子がまだいたのね…まだ世界も捨てたもんじゃないわ」

「………」

「あはは、ごめんごめん。えーとね、つまり恋人のことよ」

「恋人…好きな者同士の組み合わせ…碇君は私が好き?…わからない…私は碇君が好き?…わからない…恋人?…わからない」

「あああっごめんなさい!お姉さんが悪かったわ。もうこの話はやめっ」

「そう?わかったわ」

あっさりと悩むのをやめるレイ。

(この子本当はどっちなのかしらね〜)

今ひとつレイを掴みかねているマナ。

「二人は何をしてるの?つまりどこかへ向かっているとか、傭兵とか…」

「…碇君は惣流アスカラングレーを探している。私は碇君を守るためにいる」

「惣流アスカラングレー?シンジ君のこいび…いえ、なんでもないわ」

(なんだかあれこれ聞くと混乱しそう。とりあえず作戦が終わってからね)

そのまま無言で月を眺める二人。

ふとレイが口を開く。

「…エヴァが欲しい?」

「え?」

「…エヴァが欲しいの?」

「え、ええ」

そう答えながらマナはどこか違和感を感じていた。

(エヴァが欲しい?なんだか物みたいな言い方ね。あの坊やも可哀想に…)

「そうね、はっきり言って喉から手が出るほど欲しいわ。たぶん抵抗運動に関わっている人達全員の期待ね」

「…そう」

「…どうにかならないものかしら?気持ち悪いのはわかるけどさ」

(とはいえ女の子にはきついでしょうねぇ。男と融合するなんて)

そう思いはするものの、ここはどうしてもエヴァが欲しいマナ。だがレイは首を左右に振る。

「そのうち慣れるわよ」

「…そうじゃない。私も碇君も融合することでショックを受けたりはしない」

「え?それって…どういう…」

「………」

レイは口を閉じる。

仕方がないので矛先を変えるマナ。

「じゃあ何が問題なの?」

「…私は構わない」

「え?…ええっ!?」

(ちょっとちょっとこの子ってば!?)

「………」

(…碇君と一つになりたい。それが私の望み…)

「…でも碇君は…碇君はヒトが心の壁で分かたれることを望んだ。だから…」

レイの話はどうにもわかりにくい。

(心の壁?なにそれ…まぁ要点はわかったようなそうでないような…)

少なくとも一つの条件として、シンジが望まない限りエヴァは現れないということのようだ。エヴァが無理矢理出ようとでもしない限りは、だ。

「…そんなものかな。可愛い女の子と一つになるのを嫌がる男なんていないと思うんだけど…」

「………」

 

 

 

明けて翌朝。ミサトの隊長室にマナはいた。正面にはデスクに座った葛城ミサト。二人と等間隔の距離を取って壁にもたれている加持。この3人だけである。

ミサトは眼鏡をかけて口に微かに笑みを浮かべている。

(こりゃ噂以上の曲者ね。心してかからなくっちゃ)

マナは懐から一枚のフロッピーディスクを取り出すと口調を改め話し始めた。

「まずは大前提を確認するわ。この件、葛城隊長としては買い取る意志があるのかしら、ないのかしら」

「前金一万、後払いで二万クラウン出すわ。なかなかの値だと自惚れてるんだけどどうかしらん?」

あっさりと、ミサトが破格の値段を口にする。どこにそんな金があったのやら、と加持さんはミサトを見た。どうせ例によってあくどい商売に走っているんだろう。ゼーレから奪還したバンクを、ムラにではなく闇ルートのヤクザへ売りつけるとか。

バンクから得られる物資はタダだけどいつも都合よくバンクが目の前にあるわけじゃない。あったとしても埋蔵量や設備の充実度はそれぞれ異なる。闇ルートという流通形態があるのはそういう意味で必要なことではあったの。とはいえヤクザであることに変わりはないけどね。

他にもたぶん加持さんには察しようもない金づるがいくらでもあるのだ。とにかくミサトの提示した金額は一介の情報屋相手にしてはかなりの高額であることは確かだった。

「文句はないわ。少し引っかかるけど」

「心配しなくてもいいわよ。別にだまそうってんじゃないから。ゼーレがらみの大きな仕事をやるとね、知名度が上がって、結果的に契約金のランクも上がるわけ。特に今回のは前代未聞でしょ。その辺の効果も見越してるのよ」

「ふうん。まあいいわ、手を打ちましょう」

デスクの上でフロッピーとカードが交換された。

フロッピーをコンピュータに飲み込ませたミサトは情報が出てくるのを待っている。

「……<横浜>?てことは砂漠地帯ね。やーね、攻めにくいじゃない」

中継支部<横浜>。前社会の地下シェルターを改造した大がかりな基地だ。人形の配備数は推定150体。保護されている人質は推定100人から300人。

シェルターの見取り図。大まかに言うと、南に主調整室、西に副調整室、北に大ホール、そしてそれらに囲まれた中央部を貯蔵庫と、本来なら居住区であるブロックが占める。全体は南北に細長い長方形。

集められた人質はこの基地の大ホールへ運び込まれ、一定の人数に達した後にまた別の場所へ連れて行かれる。マナは情報源を明かさないけど、これらのデータを入手するために多くの血が流れたことは想像に難くない。

「これは設計当時のもの?」

「ほとんど完璧に現状に即したもののはずよ」

「そりは画期的。で、東側壁北寄りに外部直通のハッチがひとつ、と。これも現状そのまんま?」

「そうよ」

正式な出入り口は南側にある。しかしそれとは別に地上へつながる抜け道があるのだとマナは言う。

これは最上級階層の邸宅からシェルターへ直通する脱出口のなごりである。その手の脱出口は当然何十本もあるんだけど、ほとんどは埋まったり入り口が見つからなかったりして使用不能の状態だ。ところがほぼ完全なかたちで残っているものもあるわけでマナが見つけたのはその一つってわけ。

ミサトは指でペンを回しながら言った。

「…このハッチがちゃんと使えるまま残っているんだとしたら、それはつまりこんな穴から攻め込まれたって全然平気、って自信が向こうにあるということね。てことはバカ正直にこの抜け道を使うのは避けたいわね」

「じゃ正面から行く?150体の人形相手に?」

「無理よね、もちろん。それにうちは隊員を死なせるような作戦はとらない主義なの」

「ご立派な理想主義ね」

「究極の現実主義と言って欲しいわね。死に美学を見いだすような理想主義者じゃないのよ、私は」

(その代わり自分に無関係な人間は見殺しにしかねないってんでしょ)

心の中で舌を出すマナ。

「とにかくあなたは材料を提供してくれたわけで、それを料理するのはこちらの仕事ね」

(葛城が料理ねぇ)

なんとなく危機感を覚える加持さん。

「とりあえずあたしも考えてみたんだけど」

((考えるそぶりもみせずにおいて))

よく言う、と思う加持さんとマナ。

「こういう馬鹿でかくて、しかも外の守りに自信を持っているような施設を攻める場合、内側から崩すしかないのよ。データを見る限り、そちらもわかっているようね」

「コントロール強制切替システムのことかしら?」

「そうそう。そこをしっかり押さえてあるからこの情報は価値があるのよ」

非常事態発生に備えてシェルター内は幾重にも区画封鎖を行えるようになっている。そのコントロールは主調整室から行うのが普通だけど、主調整室が使用不能となった場合は副調整室へそのシステムが切り替わる。

「お人形さん達はどうせメインの方に溜まってるでしょうから、副調整室を占拠して非常回路を作動させ、コントロールを強引に切り替えてしまえば区画封鎖によって人形の動きは大幅に制限されることになるわ。こういう状況になって初めてあたし達も安心して例の抜け道を利用できるわけ。正面入り口はメインに近すぎるから、こっちは使うよりも一緒に封鎖しちゃったほうがいいわね。人質は反対側の大ホールだし、いずれにしても抜け道の方が好都合」

「…要はまず誰かが中に入らないと始まらないんだな?」

「そういうこと。まぁいくら設備が万全だと言ったって蟻の子一匹位は潜り込めるわよ。実際にこのデータはそうやって作られたものでしょ。ねぇ?」

「理屈の上ではね」

マナの声は複雑だ。確かに不可能ではないが、そう簡単にできてたまるか。

まるでピクニックの予定を立てるような気楽さでミサトが言葉を続ける。

「実行するとしたら副調整室を占拠するだけの腕前とシステムを切り替えるだけの知識が必要不可欠ね。いざとなったら人質のふりを出来るくらいの柔軟性も欲しいわね。なんだったら人質を装って中に入ってもいいのよ。そういう意味では敵に警戒心を起こさせない外見の持ち主の方がいいわね。だからあんたなんかは論外」

「俺の外見は警戒心を招くのか?」

「解剖したいと思わせるのは確かでしょうねぇ」

「もうちょっと言葉を選んでくれ…」

加持さんは傷ついたような顔をするが心底傷ついているわけじゃない。

それよりも今の問題は別の所にあった。やっとミサトの思惑が見えてきたのである。

なるほどそういうことか、という表情でマナも腕を組む。法外な報酬が提示されたときから何かありそうだとは思っていたが。

「つまりそこまで面倒を見ろっていうのね、私に」

「なかなか適任がいないのよね〜」

あっさりと認めるミサト。マナは小さく息をついた。

方策はなくもない。ないこともないが…この女、初めっからこの危険極まりない役目はこちらへ押しつけるつもりだったのだ。万が一、マナの情報がガセネタであったりして、そして例えばコントロールの切替が不可能であったりした場合、手持ちの駒をまったく失わずにミサトは手を引くことができる。敵陣のまっただ中で置き去りにされる可能性は、かなり高い。それは困る。

「その件は一時保留して、ひとつ訊いていいかしら?」

「なにかしら?」

「ここまでの話は完全な現実的主義に貫かれてるけど、超現実的な念動能力者についてはどうお考え?」

「つまり“エヴァ”についてね?」

「そう」

ミサトは平然としたまま答える。

「不確定要素はあまり考えたくないわ。考えちゃいけない立場なんで作戦を組む上ではあえて外したわ。個人的には興味津々だけどね」

「しかし彼らを使うことは使うんだろう?」

「基本的に来る者は拒まず、協力者は歓迎するわ。こっちの指揮系統の中で動いてくれるんならね。働いてくれるなら相応の礼はするしご飯も食べさせてあげるわ。基本的にあんたと同じ、別に変じゃないでしょ?」

(だがお前さんはその程度の玉じゃないだろう?)

加持さんはミサトの頭の中を想像しようと努める。

「問題の二人には?」

「さっき会ったわ。もともとシンジ君の腕前の方は知っていたし、もう一人のレイちゃんの方も戦闘以外の面では十分使える事がわかったわ」

赤い壁のことはおくびにも出さないミサト。今後もレイが赤い壁…彼らの言うところの“ATフィールド”…を張れる件については極秘としておくことで二人と合意済みだ。

「で、どう使う?」

「だいたいあんたの想像どおりよ」

「私と同じ、ということね」

「ええ。ただあのレイちゃんの方はこっちの手勢に欲しいかな。ちょっと信じられないくらいにコンピュータ関係の扱いがうまいの。うちにも心得のある子はいるけど彼には別の仕事をやってほしいから彼女が手伝ってくれるとちょうどいいの。…そうね、ハッチ開けるのと大ホール開放するのと両方やってもらおうかしら」

今思いついたかのように話すミサト。

「ちょっとそれって!」

「おいおい…」

わざわざレイとシンジを引き離す。ご丁寧にエヴァ出現の可能性を零にするつもりなのだ。

「何かのはずみ、を計算に入れてちゃ戦争なんて出来ないわよ。聞けばあの二人にもどうしたらエヴァが出てくるのかわからないそうじゃない」

たしかに二人とも、あれはあくまでエヴァが勝手に出てきたのでありその方法も、今まで存在していた事すらも知らない、と言っている。

「だからといって…」

「どうしてもっていうならあたしの目の前にエヴァを呼び出してちょうだい。そうでもない限りそんなあやふやなものを作戦に組み込む事はできないわ」

理にはかなっている。だが今ひとつ加持さんにはミサトの下心、とでも言ったものが見えない。なにかありそうだが…考え過ぎか?

「で、霧島さんどうする?保留した件」

「…引き受けなかったら作戦が成立しないし、成立しないと後金がもらえないんでしょう。やるわよ」

マナが憮然として言った。しかし報酬の上乗せを要求することは忘れない。一介の情報屋相手にはずいぶんな報酬でも、何でも屋の要素を加えると話は別である。

「仕方ないわね。霧島さんの肩に掛かってる作戦だし」

肩をすくめて承諾するミサト

(どっちもどっちだ…)

苦笑する加持さん。

「だいたいの話はついたわね」

「おいおい。俺はどうすればいいんだ?」

「適当に動けば?」

「なんだそりゃ」

「先鋒でもなんでも務めてちょうだい。後は状況に応じてこっちも判断するわ」

そう言って話は終わりとばかりに席を立つミサト。それを見てマナと加地さんが隊長室を出て行く。これから作戦を煮詰めるミサトの邪魔をしないためだ。

一人残ったミサトはマグカップを手に再度ディスプレイに目を向ける。

(…後は、人質の意向ね)

コーヒーを一口飲む。

「やだ、冷めてるじゃない…」

 

 

 

 

 

EVANGELION ILLUSION

STAGE04: EVANGELION

 

 

 

<横浜基地近郊、砂漠地帯>

 

砂、砂、砂、砂だらけの光景である。

これもまたシンジには初めての景色だ。もっともそんな感想を抱く心の余裕もないみたいだけど…

「ゼーレにつかまったら生きて帰れないって言うのが今までの定説なんだけど、少なくとも横浜基地では人質は手つかずになってるの。それはわかってるわ」

ハンドルを握るマナが言う。

「大ホールに放り込んだだけで監視の人形もなし。まぁ中の状況はモニターでわかるし、ホールの入り口は特殊な三重ロックになってるから、わざわざ見張りを置く必要はないと思ってるんでしょうけどね。逃げ出せるはずがないって自信の現れなんだろうけど、要するにホール近辺、シェルターの北側、この辺が手薄になっているのは確かなわけ」

「なるほど」

どこか気のない返事を返すシンジ。

「………シンジ君なんだかやなかんじ」

「え?」

「もうすぐ着くって言っただけ!」

砂丘だらけだった地形がゆるやかになり始める。もうじき横浜基地だ。

マナは戦闘服姿だ。シンジも今は耐弾ジャケットを着込んでいる。耐弾、であって防弾じゃない。弾が当たれば痛いし銃の性能次第で貫通することもある。ないよりはまし、である。愛用のマントがあればいいんだけど、エヴァが現れた時にライフルともども消えたままいまだ行方不明である。

「…仕方ないか」

新調のライフルに手をのばすシンジ。同時に周りの空気が変わった。

 

 

 

ホバイクで巡回中の人形がジープを発見したのは夕暮れ時のことだった。

乗っているのは女が一人だけである。ただちに4台のホバイクと1台の軍用車が出動した。合計7体の人形に包囲されジープはまったく抵抗せずに停止した。さすがに観念したらしい。

彼女は車を降りるよう命令され、素直にそれに従った。

『オマエヒトリダケカ』

機械人形の黒い頭部。のっぺらぼうの顔が合成音声で尋ねた。女が肯定すると確認のため数体の人形がジープに近づいた。その刹那タイヤが砂をきしませ、爆音と共に突如ジープが走り出す。運転席に誰か潜んでいたようだ。行くなと叫ぶ女をよそにすかさず5台のホバイクが追撃を開始する。

ジープが爆発して炎上したのはそれから間もなくのことである。

 

 

仕事を終えた人形達は人質を軍用車に乗せてさっさと基地へ帰投した。役目を終えたホバイク達も元の配置へ戻る。

砂丘に紛れるように地下への入り口がぽっかりとあいていた。その奥にはシェルターの正面ゲート。警備は厳重である。人形が何十体と待機していて、軍用車が通過した後には次々とシャッターが降りていった。

基地内部をしばらく走った後軍用車が停止する。周囲には他の人形の姿はない。すぐにゲートがもう一つ現れる。一体の人形が車を降りてゲート横の端末へ歩み寄ると人質の登録申請を行う。もう一体の人形は女を車から降ろしている。

登録が終わるとゲートが開いた。

「あっ」

女がつまづいてよろけた。それに反応した人形達はその時だけ背後に隙を作る事になる。瞬間、

「!」

軍用車の下から横滑りにシンジが飛び出した。

ビシビシッ、と鈍い音が二発同時に響き、ドールの首筋で火花が散った。

「だぁっ!!」

シンジはライフルで金属の床を突いて反動をつけると一回転して飛び起きそのまま全力疾走に移る。急所を狙撃された人形は間の抜けたポーズで床にひっくりかえった。

「急いで!」

マナが叫ぶ。手錠をかけたままゲートを走り抜けた所だ。既にゲートは閉まりかけている。

(なんだか第十使徒の時みたいだ)

呑気なことを考えながらも必死で走るシンジ。その目前で左右の扉の間隔が1mを切る。

「だぁぁぁぁーっ!!」

渾身の力で床を蹴るとシンジは頭から飛び込んだ。

ずざざざざと床を滑っていくシンジの背後で音もなくゲートが閉ざされた。

「はぁ」

ほっと息をつくシンジ。

「さぁちゃっちゃっといくわよ!」

「…マナ、元気だね」

「当然、第一まだまだ序の口じゃない」

シンジはライフルの出力をしぼるとマナの手錠を焼き切った。

幅3m程の通路が複雑に交わりながら続いている。静かすぎるほど静かだ。天井全体がぼうっと白く発光しているのもどこか不気味である。

シンジはふと思い立って袖で顔を拭う。予想を裏切らず袖は真っ黒になった。

「はぁやっぱりススだらけか…」

マナはゲート近くの壁にかがみ込んでそこにはめ込まれている50cm四方ほどの金属板を外そうとしている。ボルトで二点が固定してありそれを外せば蝶番で手前に開くようになっているのだ。

「ま、よくがんばったわ」

つまるところこうである。ブレーキとアクセルにロープを巻き付け、ジープの下に潜り込んでいたシンジがロープを切れば車が勝手に走り出すように細工しておいたのだ。ジープを追って人形の数が減り、残った人形がマナの見事な演技に注意を奪われている隙に、夕闇に紛れてシンジが軍用車の下まで移動した、というわけである。

「じゃ、ついでにここもシンジ君が前ね」

にっこり笑って真っ暗な穴を指さすマナ。

外れたパネルの向こうはパネルと同じ大きさの穴がぽっかりと口をあけ、先へ続いていた。

「はぁ」

シンジはため息をつくと穴へ潜り込む。その後にマナが続いた。

 

 

 

「動いています。だいたい中間点くらいですね」

中川がミサトに報告した。ミサトが司令所代わりに使っているランドローバーの中である。彼は今レイがやっている仕事の本来の担当であり、同時にコンピュータ関連の面倒で手間がかかる作業、地道にひたすら時間がかかる作業等々の仕事を一手に引き受けている青年である。無論、日向副長をはじめ他にもそれらの仕事をこなせる面々はいるんだけど彼らは他の仕事においてより能力を発揮できるため自然これらの仕事は中川の担当となっていた。

「基地に入ってから何分くらい経ったかしら?」

「約16分です」

「ちょっちペースアップしないとまずいわね」

ミサト達の前には基地の見取り図を入力済みの受信機が置いてあり、シンジ達の現在位置が光点となって現れている。

二人には生体発振器という珍しい物を持たせてあった。小型クリップの中に入れられた微生物の発する特有のバイオウェーブをこちらの手元にある装置が識別して受信する。これなら電波障害の影響を受けない。

バイオウェーブという概念もまだ世間には浸透していない。生体反応のことなのだが、それを特殊な波動に変換すると個体ごとに違ったパターンを示す。この研究が進められているのをミサトも最近になって知ったばかりだった。いずれこの戦いに新たな局面をもたらすかもしれない要素、と読んでいる。今はトレーサーとして以外の使い道はないが。

『波長パターン青、か…』

『なにそれ?』

『あ、何でもありません。気にしないで下さい』

『………』

クリップを渡して説明した時のシンジとの会話を思い出す。

(パターン青?何よそれ…)

ミサトは開け放した後部ドアの前に立つ隊員に声をかけた。

「加持に伝えて。時間稼ぎよ、好きなようにやってちょうだい。以上」

「好きなように、ですか?」

「そ。…あ、やっぱ訂正。予算の範囲内で好きなようにやって。以上、大急ぎ」

「了解」

ランドローバーは砂漠地帯の最東端にある廃墟に潜り込んでる。ここに問題の脱出口があるのだ。

地区全体を覆ったシールドのため…かどうかは実際は知る術がないのだが…レーダーの類が一切役に立たないのはありがたいことだ。どんなに基地に近づこうと、アンドロイドに目視されないかぎりバレないのだ。

(そういえばシンジ君の人形探知機ってどういう仕組みなのかしら…)

「抜け穴の方から電話です。いつでもロックは外せるそうです」

受信機を耳に当ててドアの下にひざまずくヒカリが言う。ちなみに電話というのは有線通信のことである。

「待ってて、て言っといて」

「はい」

ミサトは夜空に目を向けた。今夜の月は雲に隠れてよく見えない。

 

「予算の範囲内ねぇ…」

夜の砂漠で一人呟く加持さん。その全身が厚い装甲服に覆われている。その重量たるや普通の人間では着ただけで身動きがとれなくなるほどだ。白兵戦など夢のまた夢である。

加持さんはヘルメットのバイザーを下ろす。バイザーの暗視装置が働きシェルターの正面入り口がはっきりと見える。

右手でバズーカを持ち上げると適当に狙いを合わせる。

(だいたい予算額っていくらなんだ?)

轟音と共に火柱が上がり数体の人形が消し飛んだ。

見る間に警備の人形達が集まってくる。

(今度葛城に戦術をならっとけ)

集結した人形に続けざまに砲撃する。次々と起こる爆発に巻き込まれる人形達。それでもやっと加持さんを確認したのかお返しとばかりにロケット弾が撃ち込まれる。だが、爆発の中に加持さんの姿は無かった。次々に撃ち込まれるロケット弾をかいくぐるように素早い動きをする影が見えるだけ。砲撃で仕留めるには動きが早すぎる。

バシュッ

「おっと」

巡回のホバイクが回り込んでレーザーを撃ち込んだが、装甲のコーティングで弾けただけだった。加持さんは左手で腰のマグナムを引き抜くと人形の頭部を正確に撃ち抜いた。

「さて、どのくらい叩いておくかな?」

ヘルメットの中で加持さんは笑みを浮かべた。

 

レイは地中の脱出路にいた。目の前には車が入っていけそうな重厚な金属製の扉が一つ。暗証番号を必要とするタイプだがコンピュータロックそのものは単純な方だ。

「…加持さんが動いているんだな?了解」

レイは扉の前に静かに立っている。日向さんがなにやら通話器で話しているようだが関心はない。ただ、その雰囲気が隊員達に伝染しているのか皆、静かだ。

「約5分後に出動だ」

「了解…」

日向さんの指示に答えたのはレイ一人だった。みな飲まれている、この少女の醸し出す不思議な空気に。

日向さんも例外ではない。仕事に支障はないだろうが皆どこかが違っている。普段はあの隊長譲りの陽気な連中がだ。

数分後、通話器に連絡が入る。シンジとマナが副調整室に到着したのだ。

「行くぞ」

ざっと隊員達が行動を開始した。レイの前でゆっくりと扉が開いていく。

 

 

非常事態のランプが一斉に点滅を始める。通路が次々と隔壁で区切られていき、人形達はその間に閉じこめられる。

基地を指揮するメインコンピュータは副調整室を攻撃しコントロールを奪還すべしと命令を発したが、火器を用いてシャッターを破って行くしか基地内の移動方法はなく、そしてシャッターは頑丈すぎるほどに頑丈に出来ていた。

 

コントロール占拠の報告はトレーサーの信号によってミサトの元に伝えられた。東のハッチで待機していた隊員達に命令が下り一斉に基地内に侵入を開始する。

人形の抵抗は驚くほど少ない。ハッチから北の大ホールまでの直線通路を残し他のブロックは全て閉鎖されているのだから当然である。先発隊はあっさり大ホールの扉までたどりつき更にそこから反転して西側の副調整室までのルートも確保しようとした。

「焦らないで。まずは脱出口と大ホールの間の守りを固めてちょうだい。西には加持を行かせるわ」

そう言って先走りを抑えるミサト。ミサトは通話器を片手にランドローバーを降りて抜け穴の入り口まで来ている。

「念を押すからよく聞いてちょうだい。大ホールの中がどうなっているかあたし達にはまだわかってないわ。ロックを開けたら人形の大群が出てくるってくらいの想像はしておいて。いいわね?あくまで用心して常に退路をキープすること。ハッチの前にバリケードも忘れないで。折を見てあたしも行くわ。くれぐれもあらゆる事態に備えること、以上」

通話を切り振り向くと、装甲服を脱いで身軽になった加持さんが走ってくるのが見えた。

「うまくいってるようだな」

「まだわかんないわよ…時間がないわ、二人を迎えに行って」

眼鏡をかけている時…つまり感情を捨てて指揮に専念している時のミサトが笑わないのはいつものことだが…

脱出路に降りる穴の前で加持さんが聞いた。

「何が気になる?」

「だから人質の意向よ。…とにかく行ってみて。できるだけ早く大ホールの内部と連絡をとって。状況の見極めがつくまではあたしは動けないわ。連絡待ってるから」

「了解」

今のミサトはあまり語りたくないらしい。それを察して加持さんは地中へ身を躍らせる。あっという間にミサトの視界から姿が消えた。

「どうします?」

ヒカリが声をかけた。

「…地上には何人残ってる?」

「中川、斉藤、木場、洞木の4人です」

「そう…手分けして車両を配置して。いつでも退却できるようにね。引き続き警戒を怠らないこと。外からここを攻められたらどうしようもないわ」

「わかりました」

 

陸上選手も顔負けのスピードで通路を走破した加持さんの前に大ホールの壁が現れる。日向さん以下数人がそこに待機している。

「調子はどうだい?」

加持さんは声をかける。レイはロックの解除に手こずっているようだ。

「…ここからでは無理かもしれないわ」

手を止めて振り返ったレイが答える。

「解除は可能だけど時間がかかりすぎる。調整室から操作した方がいいかもしれないわ」

「そうか…葛城が内部とコンタクトを取りたがっているんだがそれもここからでは無理かい?」

「先に通信回線を開くのね。それなら可能よ」

レイはドアの横にある小型の通信モニターにとりつくと見る間にロックを解除した。

「画像は無理だけど音声は通じるわ」

「それで十分だ」

加持さんはそう言ってモニターの前に立った。

「聞こえるかい?聞こえたら応答してくれ。こちらは抵抗組織の者だ。中にいるなら答えてくれ。こちらには脱出を手伝う用意がある」

『………』

静寂。

加持さんは少し時間をおいてもう一度話しかけた。

「繰り返す。聞こえたら応答してくれ。時間に限りがある。応答を願う」

『…ジス………の……ちか?』

雑音混じりで乱れた音声がスピーカから返ってきた。男の声だ。レイの指がキーボードの上を走ると音声がクリアになる。

『レジスタンスの人たちか?』

「そうだ。待ってくれ、責任者と変わる」

加持さんが合図すると日向さんがモニターと通話器をつないだ。

とりあえず役目が終わったと判断した加持さんはレイに呼びかける。

「俺はこれからあの二人のサポートに向かうが、君はどうする?向こうから操作した方が早いなら一緒に行こう」

「…同行します」

レイは借り物の携帯コンピュータのベルトを手に取ると肩に担ぎ上げた。

加持さんはそこでしばし考え込む。レイの姿を上から下まで眺めると、レイに背中を見せるようにかがんだ。

「?」

「おぶされ。君の足に合わせたんじゃ時間が足りないし、俺の足に合わせて走ったら君は酸欠で仕事どころじゃないだろう?」

「わかったわ」

レイは素直にうなずくと加持さんの背中におぶさった。レイをおんぶした加持さんはライフルを構え直すと走りだす…が、その時。

『…ここにいる114人の意志を伝える。我々はこの基地を脱出することは考えていない。お引き取り願いたい』

スピーカから発せられた言葉にその場の全員が愕然として動きを止めた。

 

 

「そこから出たくないと?」

通話器を握るミサトは落ち着いている。

「114人っておっしゃったわね。よろしければ内訳を教えてもらえるかしら?」

『子供が15人いる。出身は<市川><上野><成瀬>が特に多い。私は<上野>から来た柴田という。このグループのリーダーだ』

「グループのリーダーねぇ」

囚われの市民という立場には今ひとつあわない表現だ。

「私の名前は葛城ミサト、組織の責任者よ。柴田さんにお聞きするけどホールの中にはあなた達114人のグループ以外に誰かいらっしゃるかしら?」

『人形を警戒しているのか?それなら無用の心配だ。我々は完全に保護されている』

(保護〜?)

「いえ、反対者のことよ」

ミサトが言葉を重ねると、モニターの向こうで苦笑したようだった。

『そのようなことはない。これは我々の一致した考えだ』

「…なるほど」

『ご足労はありがたいが、撤退していただきたい。君たちのこれまでの動向はだいたい把握している。これ以上状況を悪化させたくないと我々は考える。そのための手段もある。長居しない方が君たちの身のためのはずだ』

「そりはもしかして脅迫なのかしらん?」

『そうとってもらっても結構だ。十分間待つ。通信を切らせてもらう』

一方的にモニターの声が切れた。小さく舌打ちするミサト。

(考えと手段ねぇ…)

閉ざされた大ホールの中から何ができるのか、そもそも彼らにどの程度の自由があるのか見えない。

『隊長どうしますか?』

日向の声も戸惑いを隠せない。

「よりにもよって脅迫ですもんねぇ。違和感ばりばりって感じ」

皮肉めいた口調で言うミサト。

「向こうの手の内が読めない分こっちが不利よ。取れるだけデータを取ったら退却」

 

 

「そんな…」

副調整室で唖然となるシンジ。大ホールのモニターでのやりとりはこちらでも聞けた。

「冗談じゃないわ」

マナはコンソールをあちこち操作して大ホールの内部を映すモニターを捜している。カメラが取り付けてあるはずだがそれにつながるモニターが見あたらない。こことは別に大ホールの管理をする部屋があるのか?

「碇君!」

「綾波?」

開け放したドアから声がかかりレイを背負った加持さんが走り込んでくる。

「状況が変わった!人質が…」

「聞いたわ!なんでこんなことになるのよ!?」

「わからん。葛城はデータを取って退却しろと言っている」

「人質を目の前にしてむざむざ!?」

「愚痴っている暇はない、さっさと引き上げよう」

「もうっ!!」

引き上げ支度に入るマナ。

マナ自身も気付いていた。状況は滅茶苦茶である。誘拐された被害者が助けにきた相手を脅してるのである。こんな馬鹿な話はない。

だから気味が悪い。相手の動きが読めない。おそらくはミサトもそれを危惧しているのだろう。

「ここまできて…」

「おい!!」

「検索してみましょう」

「そうか収容者の名簿を…」

「ちょっとあなたたち!!」

「のんびりしている暇はないぞ!」

10分間と期限を付けられてから既に5分以上立っている。ここから脱出口までの道のりは長い。事は一刻を争うのだ。争うのだが…

「先に行って下さい」

「あったわ。これよ」

聞く耳持たずといった様子で二人は端末に向かっている。

「もうっ付き合ってられないわ!」

マナは身を翻すとその場を走り去った。

それは当然の選択だ。

(当然なんだがな…やれやれ)

ため息をつくと加持は手近の壁によりかかる。

 

 

「…斎藤、塩見、白石、瀬名………田代」

シンジは手を止めると深く息を吐いた。

「ここにはいないわ」

「そうだね」

なぜかほっとした様子の二人。

「ならさっさと引き上げよう」

「まだいたんですか!?」

加持さんの声に驚いてシンジが言った。

「それはひどい言われようだな」

「あ、すみません。ご迷惑をおかけします」

「出世払いにしておくよ。行くぞ」

「はい。綾波、行こう」

シンジは自然にそう言った。レイを取り巻く空気がわずかに和らぐ。

(…碇君)

シンジが元に戻った。それでいい…それだけで…

 

がくん、と基地全体が揺らぐような衝撃があった。一瞬だけ全ての照明が消えた。

「なんだったんでしょう?」

「わからん。ただもしかすると…」

大きな音がして扉が開きだしたのはその直後だった。完全に封鎖してあったはずの南側の扉が。

「「!?」」

「出ろっ!急げ!!」

加持さんの叫びと同時にシャッターの向うから人形達の銃火が降り注ぐ。

シンジ、レイと加持さんは人形達のいない通路に別々に転がり込む。

「ぐぅっ!!」

「碇君!?」

レイを抱きかかえたまま通路に転がり込んだシンジは壁に叩き付けられながらもレイの身体を引き起こし走り出した。

 

(やられたな…)

加持さんは飛び込んだ通路の壁面にぴったりと背中をつけて銃撃をやりすごす。そのまま応戦を開始する。たちまち調整室を挟んでの激しい銃撃戦となる。

シンジ達が逃げ込んだ通路にはもう人影はない。あの二人は修羅場をくぐっている。とてもそうは見えないが自分と同じ様に激しい戦いをくぐり抜けた者の空気を持っている。自分がある程度時間を稼げばなんとか逃げ切るだろう。もっとも自分の方もかなり大変だ。敵が反対側から来ないとは限らない。そうなれば袋の鼠だ。ライフル一丁でどこまでやれるか。

さっきの停電が原因だろう。副調整室にコントロールを切り替えたのは主調整室が使用不能になった場合のために設定された非常回路による。だが、それはシェルターそのものの機能が正常に働いていることが前提だ。もしシェルターの一部が故障したら…もちろんすぐに予備のシステムが働いて機能は維持されるが…同時にセイフティチェックが行われて一定時間安全管理設備が独立して動く。これは全ての指令に優先される。つまり今なら閉鎖区画に何も事故が無いことが確認されればシャッターは手動で開くことができるのだ。自ら施設を破壊するという発想は機械には許されていないが人間にはその知恵がある。大ホールの連中が示唆したのはそのことだったのだろう。

加持さんはポケットに突っ込んでおいた手榴弾を取り出すと人形達の眼前に投げ込み、そのまま爆風を背に走り出した。

 

「!!」

レイを引っ張って走り続けていたシンジが床に倒れ込む。

「碇君!碇君!!」

「シャッターを…」

シャッターが手動になっているのは二人も気付いていた。レイは言われたとおりシャッターを下ろすとシンジを壁際に座らせた。

「く…う」

苦しそうにうめくシンジ。既に気を失っている。

レイをかばったシンジは背中に銃撃を浴びていた。いずれも重傷だ。手当てをすべくジャケットを引き剥がしたレイの白い手がみるみる赤く染まっていく。

「あ…あぁ…」

死は絶対である。たとえ彼らが世界に属していようがいまいがそれは変わらない。

(嫌…嫌…嫌…嫌…イヤ!!)

「いやっ!碇君!!」

レイの叫びが聞こえたのかシンジが目を開ける。

「…あ、や、なみ」

「喋らないで!」

「…ごめん…綾波と一つになるのが…いやな訳じゃなかったんだ…」

「そんなこと今はいい!」

「…聞いて」

シンジの真剣な声にレイは口を閉じる。

「………」

「…僕は今は、その安らぎを得るわけにはいかない…」

声を絞り出すようにシンジが言った。

レイは静かに首肯する。

「………彼女を探すのね」

「…うん。それが、綾波との約束でもあるから…だからこんな所で、ごほっ!」

血を吐くシンジ。だがもうレイは動じない。

「………」

「死ぬ、わけには…いかない」

「あなたは死なないわ、私が守るもの」

レイは宣言するように告げる。

「…ありがとう綾波」

(…やっぱり僕って最低だ…都合のいいときだけ綾波にすがって…でも…)

自嘲しながら顔を上げるとレイは心を見透かしたかのように首を振る。

「…おいで綾波」

シンジはそっと微笑んだ。

レイがおずおずと手を伸ばしシンジの頬に触れる。シンジはその感触を楽しむかのように目を閉じる。

(…碇君)

(…綾波)

 

そして、“エヴァンゲリオン”が現れる。

 

 

シャッターの前で攻勢に出る準備をしていた人形達が爆風で吹き飛んだ。

「い…」

微かに声が聞こえた。

「いったぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!!」

大怪我をしているらしく現れるなりごろごろと転がりまわる少年。スーパーヒーローだろうがなんだろうがやっぱり痛いものは痛いみたいね。

「…まったく…人が不死身だからって…無茶してくれるなっ!」

くわっと上半身を起こすが痛みで再び床に突っ伏す。

(く…くくっ…屈辱)

体裁にこだわるあたり結構プライドが高いようだ。あたしみたいね。

「と、とにかく…痛いの痛いの飛んでけーっ!!」

そう叫びつつ立ち上がった時にはすでに傷は完治している。やっぱりインチキね。

しばらく息を整えた後シンジ達が逃げて来た方角へ目を向ける。

「さぁて、と」

ぶんぶん腕を振り回し反動をつけるエヴァ。わらわらと押し寄せる人形達から銃撃が降り注ぐが一発とてエヴァには届かない。

「いっくぞぉっ!ばくはつどっかぁん!!」

エヴァの前方で次々と爆発が起き粉砕された人形達が宙を舞う。そのまっただなかにエヴァは突っ込んでいった。

 

 

 

「ふふん?どうだ加持」

加持さんの前に現れてそう言ったのはやはり必要以上に奇麗な少年だった。

「…どうでもいいが、強すぎないか?」

完全に包囲されて窮地に陥っていた加持さんを救った少年は、まさに“あっと言う間”に基地中の人形約150体を片づけてしまった。ちなみに障害となった扉、シャッター、壁、天井等などもである。

(…随分風通しがよくなったな)

「どうだ地道に戦争するのが馬鹿馬鹿しくなっただろう?今までの苦労は何だったんだろうと思うだろう?空しくなっただろう?ついでに僕を尊敬しただろう?ふふふふ、ざまを見ろ」

エヴァは上機嫌でそう言った。

「…そうだな」

「…なんだその腑抜けた返事は?」

「賛同したんだよ。まぁとにかく…無事でよかった」

知らずそう呟く加持さん。

「何がだ?」

「“君”がさ」

加持さんは今の心情にもっともふさわしい表現を選んだ。

(さてうまく伝わってくれるかな?)

「…あのな、僕は無敵の不死身だぞ。スーパーヒーローなんだぞ?現界ただ一人の『完成体』をつかまえて何を言う。わかっているかそこの所?」

あれこれと言葉を並べるエヴァ。案外照れているのかも知れない。

(しかしなんだ『完成体』ってのは?)

「…ま、そのなんだな、シンジが助かったのはよかったよ。あんな奴でもいないと僕の存在は成立しないし…嫌いってわけでもないしな…」

「そうだな」

「頭に手を置くなっ!!」

「ちょうどいい位置にあったもんでな」

「ぐぐぐぐ、もういいっ!お前なんか今度から頼まれたって助けてやらないからなっ!!」

足を踏みならし出口へ向かうエヴァ。

(昔の葛城並にからかいがいがあるな)

笑みを浮かべながら加持さんは言葉を投げた。

「ありがとう。助かったよ。また何かあったら頼む。なんせ君は無敵だそうだからな」

エヴァは立ち止まると顔だけ動かして言った。

「…最初からそう言えばいいんだ馬鹿者」

 

 

 

明けて翌朝。ミサト、加持さん、マナは夜明けのコーヒーとしゃれ込んでいた。他に人がいないのは忙しいからに他ならない。

結局エヴァのおかげで基地は壊滅状態となり後には山のような事後処理が残ったのである。無論一番の問題は人質達だ。それをミサトが楽しそうに説明している。

「危険なことをして申し訳ありませんでした、って。食料供給システムを爆破したんだってさ。ま、一応とはいえすっかり素直になっちゃってて笑えたわよ。さすがに超能力者相手には文句のつけようもなかったんでしょうねぇ」

彼らの言い分によれば、ゼーレに保護されてみたところ衣食住に不自由はなく、身の危険はなく、厳しい自然環境と戦うこともない。生活には干渉されずグループ内での自治も許されている。こんな楽園を出て今更外へ出るなんてまっぴらだ。抵抗さえしなければ幸せに暮らしていけるのだから…

「同情の余地もなくもないわね。実際、抵抗しなければ幸せだ、ってつい何年か前まで世界中そうだったわけでしょ?大人達はそのぬるま湯状態を肌で覚えてるものね。回帰したくなるのも当然、慣らされちゃったのね、たぶん」

「これだから年寄りは軟弱なんです。おいしい話には裏があるなんてその辺の子供なら誰でも知ってます」

「まあね…これからの世の中を作っていくのは子供達だもの、邪魔な年寄りなんて滅びちゃった方がいいわね」

苦笑する加持さん。ともあれ人質は解放された。基地に備えたあったジープやトラックで彼らはこの地を離れていった。やるべきことはすんだのだからもういいのだろう。

「後はエヴァだな」

「そうね。彼…彼らがしっかり動いてくれたから、それだけでも十分な収穫ね」

「基地の中で派手に暴れましたからね…ある程度は<ゼーレ>に伝わってるだろうし、今後はマークされますね、きっと」

エヴァ本人はもういない。長居は無用ということだ。

「しかし葛城。お前、本当はこうなるってわかってたんじゃないか?」

「………」

「そうですね。わざと二人を離した訳だけどあの時のことを考えれば逆に良かったかも」

「まさか、あたしは神様じゃないわ。わかるわけないじゃないそんなこと」

「でもな」

「じゃあ何?あたしがあんたが包囲されるってわかってて置き去りにしたっていうわけ?シンジ君が撃たれて死にそうになるのを放っておいたってわけ?」

「………」

「ま、確かにな」

「可能性の一つとして考慮してはいたけどね。起こりうるパターンの一つが起きただけよ」

「その調子で彼らの行き先なんかも予想できたりするんだな?」

「パターンの予測だけならね」

確かにそうでなければあっさり行かせたりはしないだろう。

「親切に情報を山ほど差し上げてましたからねぇ。同じ材料から判断するとなるとますます予測しやすいんでしょうねぇ」

ミサトは笑っただけで何も答えなかった。

 

 

 

「…海だ」

シンジはただ呟いた。

「…そうね」

いつもどおりの淡々とした答え。でもどこか違う気がする。

「綾波は海初めて?」

「ええ。碇君は?」

「アスカと初めて会ったときに行ったけど…ヘリか空母か弐号機に乗ってたからね。今回が初めてかな?」

「…そう」

寄せては返す波の音。

二人はしばしそれに耳を傾ける。

(少し足を伸ばせば海が見えると聞いて来てみたけどやっぱりよかったな)

思い立ったのはもう一人の方だがこの際それはどうでもいい。

「…また、来れるといいわね」

かすかにレイが言った。

「え?」

「………」

聞き間違いだろうか?でも…

「…そろそろ行きましょう」

「うん。行こうか」

二人は海に背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

「私たちと同等の能力を持っている、でも作られた子ではないらしい。そんなことがありえるのでしょうか?」

女性が密やかな声で言った。

「なによりその子は“少年”体なのです。DAUGHTERではありえません」

「………」

「異質な存在…理解不能です、見極めねばならないでしょう」

「君の『母上』はなんと?」

静かに尋ねるのは青年。

「この件については未だ何も…慎重になっておられるようです…」

「ならば我々も待つとしよう」

「しかし…」

「大丈夫だ、君達が恐れるべき相手など存在しない」

女性は黙り込んだが、ややあって再び口を開く。

「…風間がそう言うのなら信じます。ただ、これだけは感じるのです。あの少年は私達の敵です。我々は戦わなければなりません」

「予感、か?」

「いえ…必然です」

「………」

「だから見極めねばなりません。あの少年がどこへたどりつくのか…」

 

 

そして人々の戦記が動き出す。

<エヴァ>の物語が。

 

 

 

続劇

 

 

 

予告

 

森は人に安らぎを与えてくれる

それは自然に回帰した感傷か

それとも人に対する慈悲を感じるためか

長い時を生きる木々の前では人は幼子に過ぎない

 

次回、エヴァンゲリオン幻戦記 第五幕 森

 

道草してるんじゃないわよーっ!!




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