【エヴァンゲリオン幻戦記】

 

これまでのあらすじっ!!

みんなちょーっひさしぶりっ。いつの間にやら世紀も変わっててなーんか不思議な感じ。それもこれも怠け者の作者のせいね。あとでとっちめてやんないと…え、なに?早くあらすじに入れ?たくっいっつもいっつもあたしの唯一の楽しみを…こほん。ミサトの手引きで松代にやってきたシンジとレイの二人。マユミもまじってあーだこーだとこんがらがって、ついでにゼーレの戦闘人形キリエまで現れて、しっちゃかもっちゃかのに松代がゼーレに攻撃されてミサトと加持さんが迎撃作戦を展開。加持さんの知り合いらしき風間とかいうのが加持さんにちょっかいかけてくるし、落ち着いているのは副司…じゃなかった冬月さんだけって感じ。ま、結局、最後はおなじみのスーパーヒーローエヴァンゲリオンが登場して万事解決。スーパーヒーローが出てくるだけあって話がワンパターンよねぇ。…なに?うるさいって?…とにかく、面倒を解決した一行は冬月さんが入手した情報に従って、京都にいるという“飛鳥”という少女のもとへ向かうのでした!

以上、おしまいっ。

 

 

 

 

加持リョウジ。

“腕の立つ”と但し書きがつく傭兵・ゲリラ達の間には名が通っている。見かけは30前のものすごく格好いい人(注、かなり主観的)。…うるさいわよ作者。無精ひげを生やし、いつも飄々としていて何の気負いもなく仕事をこなしちゃう。最近は東日本でも1,2を争うといわれるゲリラ葛城ミサトのチームと組んで仕事をしているらしい…

 
 
 
 

「いらっしゃいやせ!」

地下の酒場に入った加持さんを活きのいい声が迎えた。若い店主がカウンターから加持さんを見ている。

客が結構入っている割に店の中は小奇麗でまだ店を開けて間もないと知れる。

加持さんはカウンターの隅にライフルを置くとそばの椅子に座った。

「お客さん初めてですね」

「前に来たときは店はなかったが、新装開店かい?」

「ええ、運び屋でそこそこ稼がせてもらいましてね。ま、ここらで一つ店でも持とうかと」

「そりゃよかった」

「ええ、まぁ稼ぎがよくてもドンパチに巻き込まれるのは勘弁したい所でしてね。お客さんもその口でしょ?」

「そんなに腰抜けに見えるかい?」

「ていうかドンパチなんか他人に任せて自分は安全な所で高みの見物って感じですね」

「はははは、そりゃいい」

そんな風に言われたのが初めてだった加持さんは思わず笑った。

「それよりご注文はなんにしやす?それなりに物はそろってますよ?」

「ああ、すまない。じゃ、“水”をもらおうか」

「毎度あり」

店主は上機嫌で奥にいく。この辺りには松代のような大きな水場はないから、純度の高い水を手に入れようとすれば下手な安酒よりもずっと高価な代物となる…こういう話を聞くとあたしたちって恵まれた環境で育ったって思うわね。

手持ちぶさたの加持さんは店の中を見回した。

入っている客は見た所それなりの連中の様だ。ということはこの店がいい店ということである。

「へい、おまちどうさま」

「ありがとう。そうそう一つ聞きたいんだが…」

「なんですかい?」

「実は知り合いを探しててね。二三日くらい前に立ち寄ってないかな?」

「どんな感じのお人で?」

「男女の二人連れだ。どちらも年の頃は17、8。女の子は白い肌にい目、水色の髪の可愛い子だ。男の方は紫のマントに大型のライフルをしょってる。こっちも女顔の美形だな」

「うーん、ちょっと覚えはないですね」

「まぁそうだろうな。一度見たらなかなか忘れにくい印象だしな」

「というよりそんな二人連れ、外歩かせちゃ危ないですぜ」

「まぁひっさらって売り飛ばせば結構な額になるのは間違いないだろうな」

「ちょっとちょっと知り合いなんでしょう?」

「ああ、すまない。腕利きだから大丈夫だよ」

「ならいいんですがね」

17、8で腕利きねぇ、と呟きながら店主が奥にいく。

少し遅れて松代を発った加持さんだったけど二人の追跡には成功していた。どちらかというと控えめな性格もあり目立つことはない二人組だけど、出会った人には強烈な印象を残していくから忘れることがない。だけど、それでも数日前から足取りがつかめなくなっていた。シンジもレイも心配することはないと加持さんは思うけど、出会ったという人が急にいなくなったのだから気にはなる。

(まあ目立つといえば彼の方が…)

「ごほっ!」

せき込む加持さん。

(しまった!)

カウンターを指で叩いて店主を呼ぶ。

「どうかしましたか?」

「一つ聞くのを忘れていた。ここ数日の内にとんでもなく奇麗な坊やが来ただろう?」

はた、と店主の表情が変わった。

「ええ!きましたぜとびっきりのべっぴんさんが!とびきり奇麗なくせにとびきり鋭い印象を受けたんでよく覚えてますよ!」

「…やっぱりな」

「なんか人間離れしてるって感じで、なんですかね、エヴァだかイヴだかいう女みたいな名前のすごいのがいるって噂になっているじゃないですか。実際にいたらこんなんだろうって感じですよ」

(…本人だよ)

「西にゃあ飛鳥様、東の方じゃその超能力者。世の中そう捨てたもんじゃないかも知れませんねぇ」

「そんなに噂になってるのかい?」

「こういう御時世ですからねぇ。救世主っていやあ言い過ぎですけどみんな信じてみたいんでしょうよ」

「………まぁいい。で、彼は飛鳥様とやらのことを聞いたんじゃないかい?」

「ええよくご存知で。もっともあっしらにゃ大したことはわかりゃしませんけどね」

「…それで引き下がったりはしなかっただろう?」

「ええ、だったらわかる奴を教えろって、こう凄みのある、でも奇麗な顔で」

「…で、教えたのかい?」

「ええ、ここいらで一番の情報屋を」

「…李か」

「よくわかりますね?」

加持さんは手早く荷物をまとめるとライフルに手を伸ばす。事態は一刻を争う。シンジとレイならわきまえているから何も問題ない。注目を集めるようなことは避けてくれるし、危険の中に跳び込むことはない。だからこそ加持さんも無理して合流しようとはしなかったんだけど…困った事に今二人はそういう状況にない。

「おやもうお帰りで?」

「ああ急用ができてね。また来るよ」

そう言って加持さんが席を立った瞬間、酒場のドアが開きどやどやと似たような衣装の一団が乱入して来た。

「天誅―っ!!」

がくっと腰砕けになる加持さん。カウンターに手をついてなんとか身体を支える。

「うはははは!出てこい人の皮をかぶった化け物め!」

おなじみの口上を述べようとしたお馬鹿な連中だったけど例によって無関係の客達が応戦を始め、銃撃戦の音にかき消された。

加持さんはこめかみを押さえてうずくまる。

(なんでこうなるかねぇ)

『自業自得ね』

ここぞとばかりに文句をつけるミサトの顔が思い浮かぶ。

だが、それも一瞬の事で、ゆっくりと腰からマグナムを引き抜いた。

「やれやれ、困った連中だ」

 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

【第九幕 迅雷】

 

 

 

 

 

「…遅かったか」

加持さんは部屋に入るなりそう言った。現在の部屋の主が不機嫌そうに加持さんを見返す。

「会ってそうそうあんまりな台詞だな。そうは思わないのかええ!?」

「相変わらず美しい御尊顔を拝し恐悦至極、とでも言えばいいのかい?」

「ふん」

「いったいどうやって出て来たんだい?」

レイはともかくシンジも融合を…まぁイヤイヤではあるが…認めるようになったとは言え、最低でも肉体的接触がないとエヴァンゲリオンは出現しない。普段からべたべたなどするわけもない二人だし(されてたまるもんですか)、意図的に距離も保っているはずだ。

「ちょっとミスがあった」

「え?」

「あとでシンジにでも聞いとけ」

どうもそれ以上話す気はないらしいので加持さんは追求をあきらめる。

「で、どうしてここにいるか聞いてもいいかい?」

「アスカを捜すために決まっている」

「つまり情報を手に入れるためだな?しかし記憶が正しければ君もあの二人もそんなに金は持っていなかったと思ったが?」

「遠回しの聞き方嫌いだ

「何を提供する気だ」

「朝飯前の仕事を少々だ」

予想通りの答えにやれやれと肩をすくめる加持さん。もとより、エヴァが提供出来るものは戦力であり、周囲が求めるものもまた戦力である事はわかっていた。需要と供給が一致して結構なことね。

まあいい、とりあえずここの主に挨拶してくる」
 
 
 
 
 
 
 

「邪魔するよ」

「…まさか、あんたがエヴァの知り合いだとは思わなかったよ。しかも、来るなり俺を無視して客室へ直行だ。よほどの間らしいな」

そう言って、青年は鷹揚に手を振った。この一帯のマーケットで最大の李商会を束ねる元締めである。みかけは20代半ばだが、身に纏う雰囲気はより長い年月を感じさせる。

「さてね」

「最近はゲリラに手を貸しているって噂だが?」

「そうでもない。まぁ葛城の仕事を何度か手伝うことは手伝ったが」

葛城という名前を聞いた瞬間、李の顔色が変った。

「あんな奴とつきあっているあんたの気が知れんな!」

「俺の友人だ」

「………」

「………」

しばらく無言でにらみ合う二人。

ややあって李が目をそらすと、加持さんは話題を変えた。

「参考までに聞いてもいいかい?どうやって彼が君に接触して来たか」

「もうマーケット中で噂になってるが…まあいいさ」

事は正午過ぎ、李の部下の一人が商売敵に雇われたごろつきに因縁をつけられたことに始まる。相手は両腕と両足をサイバー化したハーフボーグだったもんだから可哀相なその人はぼこぼこにのされてしまった。無論、このままにしておいては李商会の沽券に関わるし、ひいては、後々の商売の行く末に響く。かくして李が出る事になった。

「そりゃかわいそうに」

外見からはわからないが李の全身は加持さんと同じく機械化されてちょっと常人が相手にできるものじゃないから、ほどなく相手はのされただろうと加持さんは推測した。

「…いや、そうでもない」

そこへ周囲の空気を全く無視した人物が現れた。防塵ケープをまとったどうみても少年という年頃のその人物は…とてつもなく奇麗だった。

呆気に取られた一同を完全に無視した少年はゆっくりと舞台の中央に歩み、挑戦的な声で聞いた。

「情報屋の李というのはお前か?」
 
 

加持さんは状況を想像して頭痛を覚えた。後は予想がつく。
 
 

「おい、てめぇなんだ?」

「可愛い顔してかわいがってもらいたいのか?」

「悪いがおれはそこの作り物のあんちゃんに用があるんだよ」

「あとにしな」

何も知らないごろつきが挑発するが、完璧に無視。

「李というのはお前か、と聞いた」

なんだ、こいつは。頭いかれてんのか、と思いつつ李は口を開いた。

「ああ、そうだが、いったい…」

相手は軽く手を挙げて制した。その仕草まで嫌みなくらいに優雅である。

「わかった。…他の奴等に用は無い。とっとと失せろ」

それが自分達に向けられた台詞と気づいたごろつきたちの頭に血が上る。

「んだと、こらぁ!」

「ヤキいれてやらぁ!」

が、ごろつきの叫びよりも遥かに高音で少年が叫んだ。

「僕は失せろといったんだ!引っ込んでろ、爆発どかん!!」

ボン!!

「はぐわぁあ!」

「うおぉぉぉ!」

突如、ごろつきの手足が爆発し、ごろつき達地面を転がり回った。

「僕は慈悲深いからな。壊すのは作り物だけにしてやったぞ、喜べ、ふん」

そう言ってのける少年にただただ群集は驚くだけだった。

そして、李はこういうことができる存在について聞いた事があった。

「…あんた、エヴァ、か?」
 
 
 

 

どうにか立ち直った加持さんは李に聞いた。

「で、問題の飛鳥様にはつなぎがつくのか?」

「直接は無理だがつなぎのつなぎくらいはできる。飛鳥様は俺達のような出来損ないには優しくてな」

自嘲気味に李が言った。

で、代償は?」

「…エヴァンゲリオンなら取るに足らん仕事だ。少なくとも噂の半分でも力があるならな」

「“竜宮”の近くにゼーレの基地があったな」

「…」

“竜宮”というのはこのマーケットの近辺にある谷の名前でありそこにひっそりとある小さな村の名前でもある。そこが李の故郷であり、李商会の家族の多くが暮らしている場所である事を加持さんは知っていた。

「だからどうした?」

「自分達で攻撃したら報復があるが、エヴァが道草ついでに壊すならゼーレも気にしないだろう、そういうことか?」

「………」

「図星のようだな」

バン、とデスクを叩いて李が身を乗り出した。

「悪いのか!?あんた達にとっちゃとるにたらんかも知れんが、あんな小さな基地でも俺達にとっちゃ脅威なんだ!!だからといって攻撃を仕掛ける事もできない!仮に破壊できても後に待っているのはゼーレの徹底報復だ!」

「だから、エヴァンゲリオン、か?」

「…これはビジネスだ。エヴァが了承している以上あんたが首を突っ込む問題じゃない」

「…そうだな」

 
 
 
 
 

「おい」

「は、はい!」

声がしてケイタは飛び上がった。包帯の下の傷が痛んだが気にしてる余裕はない。おそるおそる振り返るとドアが開き“あのエヴァ”が顔を出していた。

「な、なんでしょう?」

「なんなんだ、あいつは?加持と知り合いなのか?」

あいつ、という代名詞が誰なのかしばらく考え込んだ後ケイタは返答を返す。

「あ、頭ですか?えぇなんでも古い知りあいだとか…」

「また、古い知り合いか、たくっ。…おい、下っ端」

「あ、あの一応ケイタという名前が…」

「わかった下っ端」

がっくりと頭を垂れるケイタ。

「お前、さっきぼこぼこにされてた奴だな」

「…はい」

さらに小さくなるケイタ。

「たしか、あのごろつき達、李を作り物とか言っていたが…」

「はい」

「ごろつき達だって手足は機械だった。じゃあなんであんなことを言ったんだ?」

「え?あーいや、その僕もよくは知らないんですけど、頭はああいうのとはちょっと違うって」

「違う?」

「ええ、確かあの傭兵さんもそうですよね。頭と同じで僕の小さい頃と全然かわらな…」

「あーもー!!」

「わっ」

突如叫んだエヴァに驚くケイタ。

「結局、あの馬鹿はまたなにも説明していないじゃないか!!それでこの僕に文句をつけようというのか!?」

そのままエヴァはボキャブラリの限りを尽くして加持さんに文句を言っている。

「………」

(しかし、奇麗な人だ)

怒っているエヴァにびびりながらもケイタは思った。本当に美しい人というのはなにをやっていても、たとえ、怒り狂っていたとしても奇麗なものらしい。

「…ん?さっきからなに人の顔をじろじろと見てる?」

「え?…ああ、ごめんなさいごめんなさい!あんまりにも…」

「あんまりにも?」

「いえ、その、あんまりにも…奇麗だったものですから」

「………」

「………」

「お前…案外、見所があるな」

「………」

ケイタはどう返事したものかと途方に暮れた。
 
 
 
 
 

コンコン

「…ん?」

ノックの音でミサトは我に返った。眼鏡を外すと返事する。

「どうぞ〜」

「失礼します」

そういってお盆を持ったマユミが入って来た。お盆の上には湯気が上がるマグカップがのっている。

「葛城隊長、少し休憩されてはどうですか?」

「そうね、お言葉に甘えようかしら」

そういって机の上の物をどかしてマグカップを置くスペースを空ける。

「お忙しそうですね」

「まあ、あたしが忙しいってのはろくなことじゃないんだけどね」

珈琲を飲みながらミサトは答えた。

マユミはお盆を抱えたままそんなミサトを見ている。

マユミは冬月の家に居候して医術の勉強をする一方、長期滞在することになったミサトの身の回りの世話もしていた。おかげでいつもミサトの世話をしていたヒカリは思わぬ休暇ということで羽を伸ばしている、かと思ったらそうでもなく、結局、マユミと交代で世話をしているらしい。困ったもんね、まったく。

ピーピー

机の隣の機械が信号音を鳴らす。確か、遠距離用の通信機だったかなんだったかとマユミは記憶を呼び覚ます。

「?」

ふと気付くとミサトの目つきが変っていた。

「あ、ひょっとしなくてもお邪魔ですね?」

ミサトはカップを置くと眼鏡に手を伸ばした。

「そう、これからとってもイケナイ話をするの。いてもいいんだけど、ちょっと山岸さんには刺激が強いかもね」

そう言ってミサトは笑った。
 
 
 

 

 

「ん?」

客室のあるブロックの入り口前で加持さんはエヴァを見つけた。壁にもたれて座り込んでいる。

「どうしたんだい?」

「なんでもな…頭をなでるな!!」

以前もそうだったがどうもエヴァにとっては頭をなでられるという行為がいたくプライドを傷付けるらしい。

(そうは言ってもちょうどいい高さなんだが…)

そう言うと手が付けられないほど怒るだろうから黙っておく。

代わりに別の話を始めた。

「エヴァ、提案があるんだが聞いてくれないか?」

エヴァはジト、とした視線を加持さんに向けた後、渋々といった表情で促した。

「…言ってみろ」

「俺にも情報を手に入れるつてはある。多少は時間がかかるが、飛鳥の所にも行ける様になんとか手はずをつけてみる」

「…だから、李の仕事に手を貸すな、か?」

「そうだ。もうわかっているとは思うが、君の事は事実以上の噂になっている。しかも手に付けられないほどの早さでどんどん広がっている。いずれゼーレも放置はしておけなくなるだろう。だが、まだそれには時間がある」

「………」

「今、動くのはいたずらにゼーレの注意を引き付けるだけだ」

「………」

「…聞いてるかい?」

「…わかってない」

「え?」

思わず聞き返した加持さんをにらみ返すエヴァ。

「お前は何もわかってない」

「エヴァ?」

「僕が何も考えずにただ急ぐだけのわがままな子供だとでも思っているんだろう?」

「それは…」

たしかにそういう考えをもっていることを否定はできない。

「お前にはわかっていない。アスカがいないということが僕にとってどれほどの意味をもつか」

「………」

「いいか?僕にはアスカだけだ。アスカを探すということしかないんだ!それしかないんだ!」

「エヴァ」

「僕は僕であるためにアスカを探し出さなきゃならないんだ!一分でも一秒でも早く!!」

「落ち着けエヴァ!」

「そのためにはゼーレだろうがなんだろうが知ったこっちゃ無い!邪魔するなら全力でぶっとばす!………そうしなきゃ、そうしないと僕は…」

「エヴァ?」

急に声の力を失ったエヴァの顔を覗き込む加持さん。

「なぜ…わからないんだ…お前も…シンジも……」

消え入りそうな声で呟くエヴァ。

「おい、しっかりしろ」

エヴァの肩をつかんでゆする加持さん。

「…アスカの手じゃなきゃ嫌だ」

ぼそりと呟いた瞬間、加持さんの手の中の感触が消えた。

(…まずい!)

ドサッ。ストッ。

背後で音がして振り返った加持さんの目に少年少女の姿が入った。

「シンジ君に、レイ…か?」

やや唖然ととなりつつ言った加持さん。どうやら着地に失敗したらしいシンジが尻餅をついていた。その側でレイは何事も無かったかのように立っている。

「あいつつつ」

「………」

 
 
 
 

シンジに手を貸してとりあえず立ち上がらせると加持さんは聞いた。

「何があったんだ?」

「いえ、ちょっとミスがありまして」

シンジはそういって照れ笑いを浮かべた。気のせいかレイの顔も少し赤いような気もする…ちょっと、なにがあったのよ?

ひとまず加持さんは追求を打ち切った…ちょっと、加持さん、打ち切らないで!

「顔色が悪いな」

「いつものことです、精神的なものですから……ごめん、綾波」

レイの方を見ようとはしないが、本当にすまなそうにシンジが謝る。

「…気にしないで」

そういってレイはシンジから一定距離離れている。もっとも一定距離以上は離れようとしないけど。

(難儀なカップルだ)

そう思いながらもとりあえず加持さんは当面の課題を片づけようとする。

「とりあえず、どうする?」

「…経緯はどうあれ、エヴァは約束を守らない、というのはよくないでしょう。契約は果たしますよ。どちらにしろこんな中途半端な所で消えられるのは困ります。ちゃんと責任は取ってもらわないと」

「そうだな」

加持さんはレイに視線を向けたが意見を聞こうとはしなかった。一緒にいる限り、決定権はシンジにある。レイはそう態度で示しているのだ。それは思考を放棄している奴隷とはまったく違う。二人には主従とか同僚とかそういったものをこえた何か、強い絆とか信頼とかいったものがあり、そのうえで二人分の判断をシンジに委ねている。それがわかるから、加持さん達も口ははさまない。

「で、エヴァは出せそうかい?…つまり、また融合できるかということだが」

「…さすがにちょっと無理です。半日とまでは言いませんが少し休ませてください」

「了解だ」

仮病でないのは見ればわかるので加持さんは了承する。実際の所、なにせ自分には体験しようが無いから、シンジが弱いのでこんな風になっているのか、それともシンジが強いからこの程度で済んでいるのか判断のしようがない。

「どうにかなりますか?」

「ま、こういう時は日頃の行いが物を言うな」

そういって加持さんは笑みを浮かべた。
 
 

 

加持さんが李に説明した内容によれば、シンジとレイの二人は近くで加持さんが拾った連れである。これ自体はよくあることなので不自然ではない(この辺が日頃の行いが物を言っている)。で、問題のエヴァは加持さんとの口喧嘩でへそを曲げて出ていってしまったので加持さんが連れ戻しにいく。その間、具合の悪い二人を預かっていて欲しい。で、加持さんが時間を潰している間にシンジが回復しエヴァに再度登場してもらうという寸法ってわけ。

 

そんなこんなで客室のベッドで寝かせてもらっているシンジと付き添いのレイである。

「…薬」

シンジのバッグから薬品を取り出し差し出すレイ。

「ありがとう綾波」

症状的には車酔いに近いので車酔いに効きそうな薬を冬月に調合してもらったのだが、これが思いのほかよく効いた。そんなわけで今やシンジの常備薬と化している。

「あ、水が」

水パックを補給する前に融合したので水の手持ちがなかった。そして、この薬の唯一の難点は粉薬であるということだった。

「…もらってくるわ」

そういってレイが席を立つ。

「ごめん」

レイを見送るシンジ。

(相変わらず謝ってばかりだな。また、アスカに怒られそうだ)

目を閉じてシンジがそんなことを思っていると(ほんとに怒ってやろうかしら)、ドアが開く音が聞こえた。

「あ、早かった…わっ!!」

開いた視界がなにかで覆われた。

(…毛布?)

普段ならいざ知らずまだ車酔い(みたいな)症状が残っているシンジは抵抗もままならずそのまま縛り上げられて部屋から運び出された。

 
 
 
 

ドサッ

「あつっ」

どこか硬い所に下ろされた。とりあえず身体を覆っていたものはほどかれたが…

(まずいな)

李が自分を見下ろしていた。見回すと数人の男達が囲んでいる。場所はコンテナかどこかの中。同時に頭が正常に回転を開始する。危機的状況に慣れている人間の性とでも言おうかしら?精神が無理やり身体に言う事をきかして…不健康そうね、やっぱ。

「悪いな。手荒な事になって。しかし、エヴァが分裂して二人になったって言われてもなかなか信じがたくて

李の後ろにケイタが見えた。

(くそっ)

エヴァの迂闊さに腹が立った。彼が監視者だったのだ。

 
 
 
 

パタン

「碇君、お水…」

そこでレイは足を止めた

水の入ったコップを微動させずに目だけ動かして部屋の中を確認する。

乱れたベッドの上にシンジの姿はない。自分が座っていた椅子にも座っていない。

コップをテーブルに置くとテーブルの下を見た。いない。続いてベッドの下を覗いてみる。いない。

ガチャ

入り口の方から音がした。

ドアまで歩いてノブに手をかける。

ガチャガチャ

開かない。

自分とシンジの荷物を捜す。

無い。

「…そう」

それでもレイは一言つぶやいただけだった。

 
 
 
 

「さぁ、話してもらおうか?…嫌だって言うならあっちのお嬢ちゃんに聞くだけだが」

手錠に繋がれたシンジを見下ろして李が言った。つまり、レイは人質ということだ。これで逃げる事もできない(逃亡が可能だったとしてだけどね)。だが、李達も急いでいる。加持さんが帰ってくるまでに事を済ませなければならないからだ。シンジとしてはそれを見越して時間稼ぎをするしかない。

(…あんまり口はうまくないんだけどなぁ)

あんまりじゃなくて、全然でしょ。

「なに乱暴なことはしないさ。第一、そんな悠長なことをやっている時間もないしな」

「自白剤…ですか。…薬なら日頃から使っていますから大して効きませんよ」

相手の考えを見越して言った。さっき薬を飲もうとしていたのは確かだからそれなりに信憑性はある。

(やれやれ)

どうやら自分は碇ゲンドウの息子にふさわしい駆け引きの技術を要求されるようだ。

(僕向きの仕事じゃないよ…やるしかないんだけど

李はかすかに眉を動かす。相手がただの子供ではないと認識したためね。まぁ、せいぜい子供じゃないってだけだろうけど。

「…だそうだ。多めっとけよ。あと、あれも用意しとけ」

「…自白剤でエヴァの秘密を聞き出した後は薬漬けにして言う事を聞かせようというわけですか」

こういう時に限って洞察力が仕事に励んでいるのは、嬉しいやら哀しいやら、と言った所のシンジである。

「察しがいいな」

「そして、ゼーレの基地を掃除した後は故郷の守護神として祭り上げる、か。あなたの愛郷心には感心しました。…命令しようというのだからな、この私に」

「!?」

突如、口調の変ったシンジに驚く一同。だが、なぜか一番驚いているのは李だった。

「…小僧、お前は」

「…愚かだな。私の名前を聞いた時になにも思い浮かばなかったのか」

そういって父のニヤリとした笑みを真似てみるシンジ。

「イカリシンジ…イカリ…碇…まさか」

「思い出したか?自分の行いがどれほど身のほど知らずか」

碇ゲンドウを知るものが今のシンジを見れば、確かにゲンドウの息子だと実感しただろう。

「小僧お前はいったい!」

李はシンジの襟をつかむと引き寄せた。が、シンジは顔色を変えずに決定的な一言を告げた。

「…この人形が」

「!?」

その瞬間、李の腕が振り抜かれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

EVANGELION ILLUSION

STAGE09: LIGHTNING

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「頭!やめてください頭!!」

「それじゃ死んじまいます!!」

本気でシンジを殴っている李を止めようと男達がつかみかかるが容易に振り払われる…ってしっかり抑えなさいよ!!

「どうした!?それでおわりか!?所詮、腕力でしか訴えられない木偶人形が!それも我々が与えた力でな!!」

「貴様!!何を知っている!?貴様の親は何者だ!?知りすぎているんだよ!!」

「は、わかりきったことを聞くとは本当に愚かだな!!貴様の身体を作り変えた者が誰か知りたいのか!?」

「殺してやる!!ぶっ殺してやる!!貴様らはみんな!!」

「その短絡さこそがお前がそうなった原因を示している!この失敗作が!!」

「貴様そうなんだな!やっぱりそうなんだな!!」

ケイタはガタガタと震えながらその光景を見ていた。完全に逆上し我を忘れてシンジを殴りつづけている李。そして、本気で…強化された機械の腕で殴られているにも関わらず、まるでそれを誘うかのように挑発を繰り返しているとしか思えないシンジ。

「頭ぁ!!」

「離せ!!こいつにはまだ…!!」

「もう意識がありません!!とっくに気失ってます!!」

やっとのことで取り押さえられた李は肩で息をしながらシンジを見下ろした。シンジ頭は垂れてピクリとも動かない。

「…俺がやったのか…」

李をよそに部下の一人がシンジの様子を診る。

「命に別状はありません…ですが薬はうてません。それにうってもこれじゃ話は聞けませんぜ」

「………それを見越してやったってのか…とんでもないガキだ」

李が施政者達に抱いている感情を見越し、自分が施政者の血統であるという事実を利用し、李を挑発逆上させて自分に暴行を加え、薬物が使えない状況に追い込む。一歩間違えば本当に殺している所だ。

「…まったく…本当にとんでもないガキだ」

李は深く息を吐き出した。

「…まぁいい、娘の方を連れてこい。この有り様を見せればすぐに吐くだろう」

「へい」

ケイタ一人を残し男達が出ていった。

もっとも、レイにこのような状態のシンジを見せた所でエヴァの秘密を吐くどころか自分達の死刑執行書にサインをするようなもんなんだけどそこまではわかんないでしょうねぇ。

実際、レイはATフィールドを用いて脱出するか否か考慮中であった。シンジから極力使用を避けるように言われているので踏み切っていないのだが、重傷のシンジの姿を一目見れば一瞬たりともためらわないだろう。

カチャリ

グラス部分が砕け散った戦闘用スコープを拾い上げる。李が殴った割にはグラス以外の部分は無事だ。頑丈な作りだがディスプレイを兼ねているグラス部分がなくなってはもう使えない。殴る前に外してやるべきだった。目に傷がなかったのは不幸中の幸いだ。

(…あの時にはこいつも小さな子供だったろうに)

それでも一日中戦闘スコープをつけたままで過ごすような生活を送っているのだ。

「ケイタ」

「はい」

「…手当てしてやれ」

「は、はい」

シンジに駆け寄るととりあえず顔を染める血を拭きにかかるケイタ。

「俺は…リーダー失格だな」

「頭!?」

「………」

ケイタは手を止めると李を振りかえって言った。

「…そんなことないです。僕、頭のこと尊敬してます」

「…ありがとよ」

 
 
 
 

ガタガタと物音がしてレイは顔を上げた。

天井の一角、換気用のダクトがある場所だ。脱出路として考慮はしたがその高さへ到達する手段はまだ思い付いていなかった。

「はあい、レイちゃんおひさ。元気してた?」

そう言って顔を覗かせたのは誰あろう霧島マナだった。

もっともレイは驚きもせず淡泊な返事を返す。

「…なにか用?」

「あらら、相変わらずねぇ…よっと」

音も立てずにマナが床に着地した。天井からはロープが垂れている。これで脱出は可能だ。

「とりあえず、面倒な事になってるみたいだから助けに来たわよ」

「どうして?」

「どうしてって……ま、いいから、上がって。ここに長居するつもりはないんでしょう?」

そう言いつつマナはドアが開かない様に内側から細工を開始した。

確かにそれはそうなのでおとなしくロープをつかむレイ。
 
 
 

「で、あたしのシンジ君は?」

「たぶん、監禁されて尋問されてる。それから、碇君はあなたのものじゃない」

とりあえず物陰に身を潜めている所である。レイは何やら懐から取り出した小型の端末をいじっている。

「言葉のアヤでしょ。それより尋問って…やっぱ?」

「エヴァのことが発覚した可能性が高い。私を人質として脅迫していると推定されるわ」

「あーもうなんでこう厄介な事にばっかりなるのよあんた達は」

「知らない…出た」

端末をいじっていたレイの手が止まる。

「なにこれ?」

簡易のナビゲーターらしい。少し離れた場所でマーカーが点滅している。

「碇君の現在位置。スコープに発信機が仕込んである。碇君が緊急事態と判断して作動させるかスコープが壊れるかしたらこれに反応が出る」

「………」

(何考えてそんなもの用意したんだか…)

「借して」

そういってあっさりマナのから拳銃を抜き取ると残弾を確認する。

「あっ!」

まったく気づかなかったマナ大声を出しそうになって慌てて口を抑えた。

「………」

レイは端末で方位を再確認している。

「…ちなみにシンジ君それが出たら逃げろって言わなかった?」

「言った…こっちね」

足音を立てずに走り出すレイ。

「…意志の疎通がないわね。あんた達」

そう呟くとマナはマシンガンを構えて追った。

 
 
 
 

「頭ぁ!!」

レイを連れに行った男の一人がかけこんできた。

「どうした!?」

ただならぬ様子に詰め寄る李。

「い、市場の方で…み、みんな死んじまって!!」

「ゼーレの襲撃か!?」

「わ、わからねぇ!触れずにみんなばらばらに!お、女が」

パニックに陥っている男を見て、まともな答えは期待できないと李は判断する。

「ち、それじゃわからねぇだろ!案内しろ!ケイタはそいつを見張ってろ!」

 
 
 
 
 

「あのコンテナの中か、ありがちね」

物陰から李のキャラバンの外れにあるコンテナを見て呟くマナ。

「…にしても、ゼーレの襲撃でもあったかしら?」

なにやら市場の方では悲鳴やら爆発やら煙やらがあがっている。好都合ではあるが。

「ねぇいったい…ああもぅ!」

すでにレイは先行してコンテナに一直線に向かっている。

足音を全く立てない所は評価に値するが敵が隠れていたらどうするのか。

実際にはごく微少にATフィールドを張っているのだがマナにはわからない。
 
 

「頭、大丈夫かな」

動くに動けずシンジの手当てもできなくなったケイタはぼーっと突っ立っていた。

「…動かないで」

ケイタの後頭部に銃口を突き付けると同時にレイが静かに言った。

「…碇君は?」

まったく感情を感じさせない声が、こういう事態に慣れていないケイタに非常に恐怖を呼び起こす。

「な、中です」

「じゃあいい子だからおとなしく開けてちょうだいね」

追いついたマナが正面からサブマシンガンを突きつけて言った。

「は、はい」

扉が開き中の様子が視界に入った瞬間、レイはケイタを放り出して中に飛び込んだ。

「ちょっと!…ああもう」

しかたがないのでそのままケイタを監視するマナ。

「とほほ…なんかあたしって損な役回りです」

ケイタに聞こえない様にぼそっと呟くマナ…ちょっと地が出てるわよ。

(それにしても…普段が無表情だからやっぱり驚くわねぇ)

飛び込む瞬間、垣間見たレイの表情をマナは思い出していた。
 
 
 
 
 
 
 
 

それは女だった。

長身の身体にぴったりとしたスーツを着ている以外は何も身に付けていない。長い金髪をなびかせながら惨劇の中を悠々と歩いている。

プロポーションはいいものの、十分に少女と呼べる年齢に見て取れた。

唯一、人との違いはその双眸の色。淡い桃色の瞳には自信が満ちていた。

彼女の名はアリス。CODE:ANGEL−15、アリス。

ANGEL−3キリエに先駆けてこの世に生を受けた戦闘用合成人形である。
 
 
 
 

 
 
 

「碇君!しっかりして碇君!!」

「…ん…あ、綾波…大丈夫だった?」

シンジの意識が戻ったのでとりあえず安堵するレイ。口調と表情がいつも通りに戻る。

「それより碇君が…」

「ごめん綾波」

「…どうして謝るの?」

「うん…たぶん綾波が…心配して…つらい思いをする…だろうなって…思ったんだけど…他に方法…思い付か…なかったんだ」

「…しゃべらないで」

シンジの怪我は確かめるまでもなく重傷だ。尋問の過程でこうなったことは容易に想像がつく。現状でこの怪我を治療する手段はさしあたって一つだけ。

「…碇君、いい?」

それでも一応確認してレイはシンジの身体を抱いた。

「…うん、来て綾波」

コンテナの中を閃光が埋めた。

 
 
 
 
 
 
 

「なんだこりゃあ」

マーケットを見て李はうめいた。あちこちで火の手が上がり人々が逃げ惑っている。商売敵の店も景気良く燃えているがそれを喜べる状況でもない。

ライフルの発砲音が聞こえた気がして振り返る李。

「!?」

その先で人間が“弾けた”。
 
 
 

 

どうということもない任務だった。

虫けら達が集まっている所に行って生き物を根絶やしにするだけ。

退屈だがまあ仕方ない。自分は調整が終わって間も無い。今はまだ試験中なのだ。それで充分な成績を修めれば風間だって自分の希望を考慮してくれるだろう。そう、風間!
姉妹達程ではないにしろアリスの心の中にも風間への強い想いがあった。

チュン!チュン!

力場が弾丸を弾いた。気にするほどのことでもないが、放っておくとうっとうしい。

視界におさめるまでもなく虫けらの位置は把握していたが、彼女はあえてそちらへ顔を向けると左腕を持ち上げ力を“放った”。

それで彼女のメモリーからその虫けらについての関心は消滅した。結果などいちいち確認するだけ時間の無駄である。

彼女はキリエのようにプロテクターやゴーグルで自分の身を守ろうとは思わない。そんな物は必要ない。自分は“強い”のだから。
 
 
 

 

それはほとんど勘の領域だっただろう。

だが、かつて戦場に身を置いていた人間にふさわしく、李の理性はその“女”を敵と断定し、身体速やかに戦闘態勢に移行した。

手近にいた部下を集めて武装を整えると女の背後に回り、自分が先陣を切ってライフルで攻撃をしかけた。

 
 
 
 

力場が攻撃を弾く音でアリスは李達の存在に気づいた。

「?」

先ほどまでの虫けら達とはやや違っていた。一応遮蔽物に身を隠し半包囲らしきものを敷き、的確に銃弾を集中している。

「…ふん」

軽く鼻で笑うとアリスは振り返った。銃弾の雨が正面から降り注ぐが一発たりとも彼女のもとへは届かない。右手を正面の一番数の多い集団に向ける。

(…消えろ)

力が“放たれた”。
 
 
 

パァン!

発射音とは違うなにかが弾けた音がして李は手を止めた。音は彼の周囲から一斉にした。

確認しようとした彼の視界を赤い霧が覆い、ボトボトとなにかが大量に落下する音が続いた。

「………?」

李はしばしの間、状況が理解できずにいた。視覚は事実を確認しているのだが脳がそれを

受け入れようとしないのだ。

続いて聴覚が離れた所で何かが弾ける音を聞いた。左右に展開していた彼の部下や同業者達が隠れている辺りだ。

「………?」

無防備に立ち上がった彼の視界の先で女がわずかに首をかしげていた。

「………?」

脳は状況を受け入れようとしないが肉体は状況を受け入れたのか彼の手からライフルが落ちる。手の、腕の、全身の震えが止まらなかった。

彼の周囲に生きている“人間”はいなかった。
 
 
 
 
 

 

アリスは首をかしげるという行為を生まれて初めて実行した所だった。ほんのわずかな傾きではあったが、それは少女の外見にふさわしい行為であった。

(なぜ?)

彼女の力を受けたにも関わらず1体の生存が確認できた。無論、彼女は一人だけ生かそうなどという面倒なことを意図した記憶も無いし、彼女の“力”はそう言った選別には不向きな能力である。よほど力を絞ってコントロールしない限り1体だけ生かすなどという行為は不可能なはずだ。ということは、問題の1体に彼女の力から逃げおおせるなんらかの防衛手段があるという推論が導き出される。

(冗談ではない!)

そんな手段があっては彼女の価値は大きく損なわれる。存在意義を疑われるといってもいい…って、なんだか耳が痛い言葉ね。なんでだろ?

やはり、何らかの偶然の要因が積み重なり、あの1体は奇跡的に攻撃から逃げおおせた。そう考えるべきだろう。

(いずれにしろ、もう一度試せばいいだけのこと)

再度、腕をその生き残りに向けるアリス。これで、生き残りが消えれば、彼女の考えは立証され、すべての問題は解決される。

(なんだ簡単なことじゃない)

ふ、と気が楽になり肩の力が抜けた。そして、力を放つ

 
 
 
 

「それまで」

美しい声がアリスの音波センサーを刺激した。同時に思わず攻撃を中断してしまうほどの威圧感が彼女を襲った。それは彼女をして、声の主を確認する事を一瞬躊躇させるほどのものだった。それはアリスにとって最大級の屈辱だった。この世界で彼女らの母親を除けば最高の地位にある戦闘用合成人形たる彼女をほんの一瞬とはいえ萎縮させるとは。

「誰だ!?」

振り返った彼女の視線の先、燃え上がる炎を背景に防塵ケープをなびかせた少年が紅い瞳で彼女を見据えていた。

 
 
 
 
 

「…人が留守の間にやりたい放題やってくれたな」

不機嫌そうな声で少年…エヴァンゲリオンが言った。

実際、エヴァは不機嫌だった。わざわざ相手を挑発して大怪我をこしらえたシンジもシンジなら、それを彼におしつけて無理矢理治させようとするレイもレイである。

(僕だって痛いものは痛いんだぞ!!)

かといってエヴァが口を開ける時に二人がいるはずもない。加持さんに文句を言ってやろうと思ってもいないし、そばにいたのは天敵のマナだけである。少年が思わず人生の儚さについて考えたとして誰が責められよう。御愁傷様。

「とりあえずっ!この美しい僕が!華麗におしおきしてやる!!」

エヴァを中心にぶわっと風が巻き起こり、アリスの髪をなびかせる。

一方のアリスもエヴァをはっきり敵と認識していた。キリエがエヴァと戦闘しているとかそういったことはとりあえず思考の外である。彼女に正面から戦いを挑む意志を持ち、そして認めたくない事だが、それを行うだけの戦闘力を相手が持っている事をデータでなく、直観で感じ取ることができた。ためらいなく全戦闘力を傾ける。力を両手に集中し、エヴァに向けると、同時にエヴァも腕を振り上げた。

「いくぞぉ!かみなり…!!」

「死ねよ!」

「どっかぁぁぁーん!!!」

 
 
 
 
 
 
 

閃光と雷鳴が辺りを覆い、一瞬の静寂が訪れた。

「ぐっ」

平衡感覚を失い倒れ掛かったアリスはかろうじて踏みとどまった。

身体から煙が立ち昇っている。スーツはもちろん身体表面のあちこちが焼けこげ、表面近くの回路の損少数も3桁を優に越えている。損害は非常に大きい。だが、

「……くっ!」

地面を踏み締めて姿勢を立て直すアリス。

(戦闘続行、可能!)

そして、相手は…

彼女はにやりと笑った。

彼女の視界の先で少年が地面に横たわっていた。

「げふっ、ごほっ!」

エヴァは激しく血を吐きながらうつ伏せに倒れていた。立ち上がろうにも全身が言う事を聞こうとしない。

「ぐ、ごほっ」

エヴァ自身の意識も遠くなろうとしていた。

(…そんな…フィールドを中和された?)

(…いいえ、ATフィールドは問題無いわ。通常のシールドも健在よ)

(…なら…!?)

「!!」

エヴァの目が一瞬力を取り戻し、反射的に攻撃する。

両手をエヴァに向けたアリスが爆風に包まれた。

 
 
 
 

アリスの左2mほどのところにクレーターができていた。エヴァの攻撃は大きく目標を逸れていた。そして、アリスの攻撃はエヴァの体を的確に破壊していた。

「がっ…かはっ」

ビクビクとけいれんしつつ血を吐き出すエヴァ。全身の毛細血管が破裂でもしたのか全身が赤く染まっている。それでもそれ以上の流血が無いのはかろうじて自己再生が行われているためだろう。

内部回路の切替、各種配線路のバイパスへの移行、被害状況に応じたバランサーの調整等当面の応急処置…といっても内部で自動的に行われるんだけどね…を終えたアリスはエヴァに歩いて近づいていく。

別段エヴァを近くで見てみたいという欲求にかられたわけではない。より精度を高め、力を集中し確実にとどめをさせる距離まで近づくためだ。だから、むしろ近すぎてもいけないってわけ。

結局、先ほどまでの位置で言うと二人の中央あたりでアリスは足を止めた。

「がはっ!…がはっ!…」

既にエヴァは彼女を認識する事すらできないようだ。

アリスの右手がゆっくりとエヴァに向けられる。

「とどめだね」

アリスは笑みを浮かべ、力を“放った”。
 
 
 
 
 
 

 

続劇
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

予告

 

人は独りでは生きてはいけない。それが真理だ。

ゆえに大勢で徒党を組もうとするものもいれば、

それを知りながらも一人で生きようとするものもる。

数は力となる、その言葉を肯定するためにか否定するためにか

 

次回、エヴァンゲリオン幻戦記 第十幕 白銀(しろがね)

一人でいいわ、一人で




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