【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

<ネルフ本部 展望ラウンジ>

 

「サードインパクト。それが現実に起きたのか否か…断言できる者はいない。

 唯一それに答えられる人物、サードインパクトの要となったサードチルドレン碇シンジは何も語らず口を閉ざした。ただ、世界中の人々が何かが起こったと感じていた。何が起こったのかは理解できなくとも。そして、多くの人々が世界から姿を消したことは確かな事実だ。まるではじめから存在していなかったかのように…」

ミサトはカップを手にとってその中が空なのに気付いた。

おかわりをもらおうにもリツコも加持も既にいなくなっている。

腕時計を見る。

午後1時45分。

少々昼休みが長くなりすぎたようだ。

ミサトはノートパソコンを閉じると自室に向かった。

 

「サードインパクト直後、ネルフ本部及びジオフロントにて起きた事件はMAGIの分析においても解析不可能と出ている。戦死したり負傷したネルフ職員並びに戦自隊員が本部内、ジオフロント内に出現。いずれも無傷であった。記録によると確実に死亡したとある者であっても。ただ、双方に多くの行方不明者が存在した。文字通り消失していたのである。戦自によって破壊されたネルフ本部、ジオフロント、エヴァンゲリオン弐号機によって掃討された戦自部隊そのいずれも戦闘前の状態を留めていた。唯一、大破したエヴァンゲリオン量産型四機が戦闘のあった事実を物語っている。日本政府はネルフより出された停戦勧告を受諾。戦自部隊は即日撤退した。全ての兵士が戦意もなくただ第三新東京市を見ながら引き上げていった。

 …う、うぅ〜ん」

ミサトは中腰になると背中と両腕を伸ばした。

「ふあああああ、もうこんな時間か、テストの様子を見に行かないと…」

ミサトは肩を回しながら執務室を出ていった。

 

「…というわけで今回はエヴァが二人の動きについていけるか。言ってみればエヴァの体力測定といったところね」

リツコの説明を受けているシンジとアスカ。

そこへドアが開きミサトが入ってくる。

「遅いわよミサト。鈴原君と渚君はもう始めてるわ」

「ごめ〜ん。二人は確か射撃訓練だったわね」

そういってマヤのコンソールを覗く。シミュレーション上のエヴァが目標に対して射撃している。

「純粋に命中率なら渚君の方が上ですね」

「ふ〜ん」

ミサトがデータの検討を始めるとリツコはシンジとアスカに向き直る。

「二人にはATフィールド中和状態という設定で素手での格闘を行ってもらいます。シミュレーション上だから実際に壊れることはないわ。遠慮せずに相手を叩きのめしてね」

「はーい!」

元気な返事を返すアスカ。

「はい」

対照的に落ち着いたシンジ。

「いくらシンジの方がシンクロ率が高くても格闘技術はアタシの方が上だもんね。容赦しないから覚悟しときなさいよ!」

「…はは、お手柔らかに」

…あらアスカ、覚悟するのはあなたの方よ。死にものぐるいになりなさい。

リツコはそう考えた後シンジに頷いた。

「…ははは」

…徹底的にやれってことか。テストなんだから本気でやらないと駄目だけど…後でどう言い訳しようかな?

憂鬱なシンジだった。

 

 

 

【第拾壱話 流れのままに】

 

「エヴァの回収を終えたネルフは全世界に情報の公開を行った。セカンドインパクトの真相。使徒との戦闘記録。ゼーレの存在とその意図。そして人類補完計画のすべて。

 無論、これらには適度な情報操作が行われており、自然、ネルフが善、ゼーレが悪という構図ができあがる。ネルフのゼーレに対する宣戦布告といわば同義であった。

 実際、ネルフとゼーレどちらが善でどちらが悪なのか、どちらも善なのか、どちらも悪なのか、そのどちらでもないのか、判断を下すのは各人の心に委ねられる。

 ネルフが事実として発表した内容の基本骨子を以下に記す。

 

 ゼーレ、裏死海文書を発見。人類補完計画を立案し、自らを神とすることを画策。

 南極にて第一の使徒アダム発見。葛城博士率いる葛城調査隊の尽力により使徒を卵へ還元。これによりセカンドインパクト発生。だが、葛城調査隊による還元が無ければ地球そのものが破壊されていた。

 使徒に対抗するための特務機関としてネルフ結成。

 人類の最後の砦として偽装迎撃要塞都市第三新東京市建設。

 第三新東京市に対し第三使徒襲来、UNによる迎撃は失敗。

 ネルフの擁する汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンにて使徒を殲滅。

 以降、第十七使徒までことごとく撃退。

 その過程で第三新東京市は壊滅。

 使徒の狙いは第三新東京市ネルフ本部内に隠されたアダムとの接触によりサードインパクトを引き起こすこと。これは同時にゼーレの裏死海文書の履行でもあった。

 使徒を全て撃退したネルフに対しゼーレはサードインパクトを起こすべくネルフの排除を決定。日本政府に対し戦略自衛隊によるネルフ本部の占拠を命令。同時に残存するエヴァンゲリオン2機に対し量産型エヴァンゲリオン9体での攻撃を敢行。ネルフこれに応戦。

 サードインパクト。ただしネルフの働きによりゼーレの計画は阻止。詳細は不明。

 

 …ネルフは自らの役目を終えたと判断。国連に全ての権限を委ねた。

 国連総会によりネルフは引き続き国連直属の特務機関として存続。ネルフが所有するオーバーテクノロジーの管理と世界の軍事バランスを監視する平和維持機関へと生まれ変わった。無論、これは各種の裏工作による結果であったのだが、一般にはネルフは好意的に受け止められた。これらの動きに対しゼーレは当然反撃を試みたが、そのことごとくが失敗に終わる。各国政府は現存するエヴァを全て所有するネルフに対し脅威を感じており、また、裏から世界を操るゼーレに以前から不満を抱いていたこともありネルフ寄りの立場をとった。また、実際使徒と戦って倒したのはネルフであるため世論はネルフの味方をした。特にネルフ本部の占拠を試みた日本政府は、国内外から批判を浴び内閣が総辞職、親ネルフ政権が誕生した。事態が進展する中、ネルフはゼーレ配下の施設研究所を次々と破壊、エヴァの製造方法、ダミープラグシステムなどの技術をネルフ独占とした。ゼーレ内部は幹部の多くがサードインパクト時に行方不明になっていたこともあり混乱を極め、ことここに至りゼーレは表面上、歴史の舞台から姿を消した」

 

「射撃の腕はともかく勘の方は鈴原君の方がいいみたいね」

「そうですね。渚君の方は先読みして行動している分、突発事に対する対応にやや欠けます。もっとも体勢を立て直すのも早いんですけど」

「ま、総合的には渚君の方がいいんだけどね」

仮想空間では2体のエヴァがひたすら射撃を繰り返していた。

 

「…使徒との戦いで壊滅した第三新東京市だったが、人類を守るために失われた都市に対する人々の反応は好意的で、世界各地から各種援助が送られた。この地は世界の注目の的であり各国、各企業とも最高の宣伝効果が得られると考えた結果である。その惜しみない援助の甲斐もあり、驚くべき短期間で第三新東京市は復興した。思惑はどうであれ世界中の人々が協力して行った人類初の大事業として今後も語り継がれることになるだろう。余談ではあるが各種兵装ビル等は再建されることはなかった。新しい第三新東京市はあくまで人類の心の都として生まれ変わることとなる」

 

『場所は市街地よ。余裕があるなら建造物への被害を抑えてね』

「はい」

「わかったわ。あ、この前できたお店がもうある!」

「可能な限り現状に即してるんだろうね」

「ねーシンジ今度の週末…」

『コホン。アスカいい?…では、第二次運動試験開始』

「いくわよシンジ!!」

アスカは仮想上の伍号機で走り出した。

シンジの七号機は腰を落として待ち受ける。

 

「…ネルフの現有戦力は量産型エヴァンゲリオン伍号機から八号機の計4機。弐号機と初号機は凍結が決定された。惣流キョウコ・ツェペリンと碇ユイの魂がどうなったのか知る者はいない。いまだエヴァのコア内に眠っているのかそれとも全ての人々の魂の安息の地に向かったのか。いずれにしろ、サードインパクトの要となったエヴァ初号機は厳重に封印されている。リリスの分身たる初号機が存在する限りフォースインパクトの可能性が皆無とは言えないからである。ネルフ存続の一つの理由には初号機の監視も含まれている。そして、もう一つの要となったサードチルドレン碇シンジに対する監視も当然である。ネルフはサードチルドレンをアメリカの第一支部に出向させた。ネルフがフォースインパクトを起こすつもりのない意志表示の一環である。二年の後、サードチルドレンは第三新東京市に帰還した。これは少なくとも表面上は世界の各国家がネルフを信用している証である」

 

「たぁぁぁーっ!」

アスカがローキックを放つ。

エヴァ量産型はその形状から初号機や弐号機に比べややバランスが悪い。

そこをついてまず転倒させようという作戦である。

 

「…エヴァシリーズの残り4機がどうなったかは不明である。大破しているのは間違いないだろう。だが、先の戦闘で破壊された九号機のようにどこかに隠され修理されている可能性は高い。想定される戦闘のためにパイロット達は訓練を続けている。

 それが無駄に終わるのが一番だが、それは希望的観測と言わざるをえない」

 

「!?」

シンジの七号機は姿勢を低くしてローキックを左手で受け止めた。そのまま伍号機の脚を回転させるように払うと伍号機に向かって跳んだ。

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode11: 2years ago

 

 

「こなくそーっ!!」

アスカはアスファルトの道路に手をつくとそれを反動に跳びすさった。

直後、伍号機は脇腹に強い衝撃を受けた。

「何で!?」

慌てて両腕でガードする。両腕にずしりと重い蹴りがくる。

アスカは後方へ跳んで距離を開けた。

冷静に状況を分析する。

…反撃を私がかわすと見越していた。そしてそのかわす方向を読んで軌道修正。側面に一撃を入れて体勢を崩した後突き蹴りで沈める、と。鈴原なんかじゃ今ので終わってるわね。シンジの奴いつのまに格闘技なんか覚えたのよ。アメリカで訓練してたにしても私だってずっと訓練してたのよ…!?

「くぅ!」

考え込んでいた隙をついて七号機が肩口から体当たりした。

高層ビルに叩きつけられる伍号機。

「調子に乗るな!!」

起きあがりざま回し蹴りで七号機を牽制する。姿勢を低くしてかわす七号機。

「そこっ!!」

低姿勢になった七号機目掛けて前転踵落とし。

が、踵を包み込むように受け止めた七号機は脚にもう一方の腕を添えると後転して伍号機を投げ飛ばした。

「ちょっとなんなのよ〜!!」

宙返りして着地する伍号機。振り返ると当然の如く七号機が走ってくる。

「シンジのくせに〜!!」

それならばとこちらも接近して懐に飛び込む伍号機。牽制の突きを放ち、七号機が上体をそらしかわしたところで腕を曲げ肘をうちこむ。

…もらった!

が、伍号機の肘は目標に到達する前に七号機の肘と膝で挟まれ止められる。

そのまま七号機は伍号機を蹴飛ばした。

たまらず尻餅をつく伍号機。

「こんのぉーっ!!」

アスカは切れた。

はっきり言ってシンジが相手という事は忘れて、必殺の突き、蹴りを放ち、七号機を本気で破壊する気で攻撃をしかける。

 

『後30秒よ』

リツコが残り時間を告げるがアスカの耳には入らない。だが、シンジには聞こえた。

…ごめん、アスカ

「!?」

伍号機…アスカの目から七号機が消えた。

『はい…そこまで』

リツコが冷静に言った。

七号機の手刀は伍号機の喉の30cm手前で止められていた。

伍号機は微動だに出来なかった。

『お疲れさま、二人とも上がっていいわ』

 

 

「あら、アスカは?」

リツコは子供達を見回して言った。疲れきったトウジ、まったく疲れを感じさせないシンジとカヲルはいるがアスカの姿が見えない。

「あ〜アスカのことだから久しぶりにロッカーに当たり散らしてんじゃない」

ミサトは顔をかく。

「ロッカーにね…まあ女子更衣室はアスカの専用みたいなものだから構わないけど修理費も馬鹿にならないのよ」

「シンジ、惣流になんかしたんか?」

「う、うん。ちょっと…」

「シミュレーションでアスカをこてんぱんにやっつけたのよ」

「あっちゃあ〜今日は顔を会わさんうちににとっとと帰るか」

リツコの言葉に天を仰ぐトウジ。

「…お待たせ」

見るからに不機嫌な顔でアスカが現れた。びくっと背筋を伸ばすトウジ。シンジはちらりとアスカを見たがアスカが視線を合わせようとしないので肩をすくめた。

「詳細はデータの分析後になるけど今日の試験は概ね成功ね」

「概ねとは?」

珍しくカヲルが発言する。

「七号機がシンジくんの動きについていけてないみたいね。動作のフィードバックもやや遅いわ。あと、最後の一突きだけど…」

ミサトはアスカの顔をうかがった。昔なら『バカ!!』の一言でシンジを張り飛ばして帰って行くところだが…

「シンジくん」

「はい」

「あれは実戦ではやらないで」

「どういうことですか?」

「シミュレーションだと七号機のアキレス腱が切断。全身の各部の筋肉組織が断絶。もし、相手を仕留めることはできてもその後身動き一つとれず修理に最低でも1ヶ月以上かかるわ」

「おやおや」

カヲルが相槌をうつ。

「そうですか…やっぱり量産型じゃきついですか…」

「そうね、初号機や弐号機なら別なんだけど…」

「ま、仕方が…わっ!」

いきなり腕を引っ張られて慌てるシンジ。

「ちょっと付き合って!もういいでしょリツコ!?」

「ええいいけど」

「ほら行くわよシンジ!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「いってらっしゃい」

カヲルに見送られてシンジとアスカは出ていった。

 

「どこへいくの?」

「いいから!あ、加持さーん!!」

少し先を歩いていた加持を見つけて呼ぶ。

「よう、お二人さん。テストは終わったのかい?」

「え、ええ…」

「ちょうどよかったわ!加持さん、ちょっと付き合って!!」

「え?」

 

「なるほどな」

「まぁ予想された事態ではあったんですが…」

トレーニングウェアに着替えさせられた男二人は訓練所で事の顛末を話し合っていた。

これから何が始まるかは容易に想像がつく。

「というわけで格闘の訓練につきあって!」

予想通りの答えにため息をつく二人。

「しょうがないとりあえず俺が審判をするからシンジくん…」

「え、僕ですか?」

「どのみちいつかはけりをつけとくべきことだ」

渋々、アスカの前に立つシンジ。

昔と違ってアスカとは身長も体重も格差があるのだが外人部隊を殴り倒せるアスカにそんないいわけは通用しない。

「エヴァと同じようにはいかないわよ!!」

アスカは気合い一閃飛び出した。

 

…しかし、こうムキになるアスカを見るのも久しぶりだな。昔はよくこうやってシンジくんに突っかかっていたもんだ。

加持はのんきに眺めていた。審判といってもただ見てるだけだ。第一、先程から状況に変化はない。アスカが攻撃してシンジがかわす。それの繰り返しだ。訓練の後のせいかアスカの息は乱れている。適当なところで止めるか…

「ちょっとシンジ!真面目にやりなさいよ!!」

アスカは立ち止まると肩で息をしながら言った。

「一応、真面目にやってるんだけど…」

対照的にシンジはまったく息が乱れていない。

「少しは攻撃してきたらどうなのよ!」

びしっ、と指さしてアスカが言う。

「僕がアスカを殴れるわけないじゃないか」

素直に答えるシンジ。

「訓練でそんなこと気にしてどうすんのよ!!…ゼェゼェ」

どうしましょうかと加持を振り返る。

「シンジくん。はっきりとけりをつけろと言っただろう?」

「はぁ、しょうがないな」

一つ息を吐くと、シンジの顔が真剣になる。

やっとやる気になったかと身構えるアスカ。

「行くよ!」

シンジの姿が消えた。

 

「え?」

気付くとアスカはシンジに抱きかかえられていた。

コツンとシンジに指で額を弾かれる。

「痛っ」

「はい、そこまで」

加持が終了を告げた。

アスカを下ろすシンジ。

アスカは何が起こったのか分からず座り込む。

「これでわかったかい、シンジくんの実力が」

加持に言われて頭が動き出す。

「…うそ」

「嘘じゃないさ。アメリカにいる間みっちりしごいたからな。シンジくんに勝てる奴は世界中を探してもそうはいない。俺も厳しいところだな」

「まだまだですよ」

「ま、そういうことにしとこうか」

そこで加持は表情を改める。

「これはシンジくんの奥の手だ。エヴァのパイロットと言ってもエヴァがなければ一般人、と思って来た奴らを撃退するためのな。当然、重要機密だぞ」

「…もしかして、この前、私を助けに来たのは…」

加持はシンジを見る。

シンジは仕方がないと肩をすくめた。

どのみちこれ以上はアスカに隠しておけない。

最高機密の部分を除いて話すしかない。

「…まぁ想像の通りだ。はっきりいって個人戦闘なら葛城なんかより余程役に立つ兵士だよシンジくんは」

つまり、格闘技のみならず銃火器の使用や武器による戦闘も自分を凌駕しているということだ。

「…アスカ」

シンジが心配そうに顔を見る。

「シンジのくせに…シンジのくせに…」

男二人は耳を両手で塞いだ。

「シンジのくせに生意気よーっ!!!!」

 

 

<加持の仕事部屋>

 

「…で、アスカは?」

「走って出て行きました」

「あらあら…じゃ、今頃はケイジかリツコのところね」

「葛城の所は?」

「私がここにいるのに行ってもしかたないでしょ?」

ミサトとシンジ、加持は加持の部屋でコーヒーを飲んでいた。

部屋は昔使っていた小部屋だ。

立場上、加持にも広いオフィスが与えられるのだが使い勝手の面から加持はここを愛用している。

「しかしよほど悔しかったのね」

「アスカはシンジくんが強いと認めているけど、それは精神的な部分であってそれ以外の表面的な部分は相変わらず自分の方が優れてるって無意識に思っていたんだな」

「学力までばれないことを祈りますよ」

シンジが肩を落として言った。

理由はどうあれアスカを悲しませた事がつらいらしい。

「そんなに気落ちしなくてもすぐにシンジくんに惚れなおすさ」

「そ〜よ、昔のアスカとは違うんだから」

 

 

<リツコの部屋>

 

「で、私に愚痴を聞いてもらいに来たの?」

「ぶ〜っ。何よリツコまで」

膨れた顔でリツコを見るアスカ。

リツコはアスカにコーヒーの入ったマグカップを渡す。

「だってこれはパワーバランスの問題よ。シンジが…その、芯の所で強いのはいいけど…それ以外は私の方が上じゃないと駄目なの!」

「格闘技は体力、体格的に勝る男性の方が強いのは仕方ないんじゃないかしら?」

「…百歩譲ってそれは認めても加持さんの口振りだと格闘技だけじゃないみたいだし…」

「そうね。おまけにシンジくんは頭の方も…あ、言ってよかったのかしら?」

そういってアスカを見る。

目が三角形である。

はっきり言って怖い。

「…ア、アスカ?」

「リ〜ツ〜コ。どういうことか聞かせてもらいましょうか」

 

「…シクシク。レイ、みんなでアタシのこといじめるのよ…」

レイに愚痴をこぼすアスカ。

…ちょ、ちょっと失敗したわね。

何のことはない。シンジが大学を数校卒業し、各分野の修士や博士号をとっているという話をしたのだ。

案の定、アスカは落ち込んだ。

バックには縦線が入っている。

はっきりいって暗い。

「レイだけはアタシの味方よね…ってアンタはどうせシンジの味方か、ま、しょうがないわね」

「キャッキャッ」

 

 

<再び加持の部屋>

 

『作戦部葛城一佐、作戦部葛城一佐。至急、技術部赤木博士の所へ出頭して下さい』

「ほら当たりよ」

カップをおいてミサトが言った。

「リっちゃんも匙を投げたか、これは怖いな」

「ほらシンジくん行くわよ」

「やっやっぱり行くんですか?」

「逃げんじゃないわよ」

「はぁ〜」

逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ…懐かしい呪文を唱えてシンジは席を立った。

 

 

<十数分後、リツコの部屋>

 

「…女心は複雑だな」

「…昔、加持さんが言ってた言葉の意味が最近よく分かります」

「な、女性は向こう岸の存在だろう?」

加持とシンジはしみじみと話し合う。

「作戦失敗か…」

「ま、しょうがないわね…」

ネルフの実務責任者とも言える二人の女性は自分たちのミスを冷静に分析していた。

数分前、レイ相手に愚痴をこぼすというアスカの姿にびびったミサトではあったが果敢に説得を試みた。

「もういいわよっ!!」

あえなく失敗。むしろ悪化させた気がする。

 

 

結局、その日アスカは家に帰っても自室にこもりっぱなしであった。

『アタシの許可無く厨房を使っちゃ駄目!』

という言いつけをシンジが律儀に守った為、ミサトとシンジの夕食は久しぶりにインスタント食品であった。

 

 

アスカは月を見ていた。

月を見ていると少女を思い出す。

少女はいつもの無表情。

赤い瞳がアスカを見つめていた。

「わかってるわよレイ。アタシもシンジが強くなったのはうれしいわ。でもね…」

そういって布団をかぶる。

「悔しいじゃない…」

 

 

 

―チルドレンの部屋 (とんで)その11−

 

カヲル「ここにやってくるのも久しぶりだね」

トウジ「なんや真面目な話しとるときにこないあほな場所は出せれへんしな。

    …シンジ、惣流はどないした?」

シンジ「まだ、部屋にこもってるみたいなんだ…」

トウジ「まぁ気持ちもわからんでもないがええ薬やな。これで少しはおとなしなるやろ」

シンジ「僕は別に今のままでいいんだけどね」

カヲル「リリンの心は繊細だね。ところでシンジ君。彼女もいないことだし、一緒に夕食でもどうだい?」

シンジ「え?」

カヲル「マナにいいお店を教えてもらってね。かまわないだろう?」

シンジ「えーと、その…」

カヲル「駄目なのかい?」

シンジ「そ、そういうわけじゃ…」

トウジ「変やな…惣流がおらんでも綾波が出てきそうなもんやが…」

カヲル「どうやら僕たちを邪魔する者はいないようだよ」

シンジ「邪魔って…わっ!」

(突如、白い巨大な手が現れカヲルをむんずとつかむ)

カヲル「…おや今日はリリスか。これはまいったなぁ。ははははは…ゴボゴボゴボ」

(笑いながらLCLの中に引きずり込まれる)

トウジ「な、なんや今のは?」

シンジ「…知らない方が幸せだよ、きっと」

 

 

つづく

 

予告

アスカは負けた

だが、それは心地よい敗北だった

シンジに全てを委ねようとするアスカ

だがシンジから返ってきたのは激しい拒絶だった

あまりのシンジの行動に

周囲の者もどうすることができない

かつて少女の心を救った少年は

再び少女の心を闇へと誘うのか

少女の流す涙は

少年にとってもはや何の意味も持たないのか

 

 

 

次回、新世界エヴァンゲリオン

第拾弐話 棘と痛み

この次もサービスしちゃうわよん!

 




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