【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

<通学路>

 

ヒカリはいつもより少し早く待ち合わせ場所に着いた。

腕時計を見る。

あの二人が来るにはもうしばらくかかるだろう。

そう思っていたのだが、予想より早く彼女は現れた。

 

「ヒ〜カ〜リ〜!!」

ヒカリは走ってくるアスカという数カ月ぶりの光景を見て目を丸くする。

…碇君はネルフかしら?

ヒカリはその時点ではまだ事態の深刻さに気付いていなかった。

「おはようアスカ。どうしたの走ったりして?」

「はぁはぁはぁ…ねぇシンジ見なかった?」

息も絶え絶えで汗を流しながらアスカが聞いた。

「え?」

「先に出たみたいなんだけど…」

アスカは真剣に焦っていた。

 

 

 

【第拾弐話 棘と痛み】

 

 

「…というわけで気がついたらシンジはいないし、靴も鞄もないし…」

アスカは心配そうに言った。

「ふーん」

…確かにそれは焦るわね。

とはいえそう口にすればこのいまだに素直じゃない親友は否定するだろうか?

「何か急用が出来てネルフに行ったんじゃないかしら?」

「それがミサトに聞いても何も知らないって言うし、それに…」

「そっか、碇君がアスカに何も言わずに出て行くわけないわね」

だから、アスカは心配している。

 

「シンジならまだ来とらへんで。一緒やないんか?…あたっ」

ついこぼれた無神経な言葉が気に障ったのだろう。

ヒカリがトウジの後頭部を叩いた。

「ふーん。だったら携帯に電話してみればいいんじゃないか?」

ケンスケの言葉にポンと手を打つ一同。

「…何で思いつかなかったのかしら?」

そう口にしつつ携帯を取り出すとアスカは短縮ボタンを押した。

「それだけ焦ってたんですねアスカさん」

マユミに言われてアスカは赤くなる。

それを見て一同が冷やかそうとする。

プツッ

「………」

アスカは暗い顔で携帯を切った。

「ど、どうしたのアスカ?」

マナが顔をのぞき込む。

「…圏外か電源が切られています…」

ちなみにエヴァのパイロット達に渡されている携帯電話は地球上ならどこからでも通話可能とうたわれている。

キーンコーンカーンコーン

予鈴が鳴ったため皆仕方なく席に着く。

「心配なんかせやかて大丈夫や、センセならな」

「う、うん。ありがと鈴原」

…惣流が礼を言いよった。調子狂うで。

トウジは不安げなヒカリと視線をかわす。

 

「オース!おはようみんな!」

ミサトが前の扉を開けて入ってくる。同時に後ろの扉からシンジが鞄を持って現れた。

「あ、シ…」

「きりーつ!礼!着席!」

 

ミサトが出席をとる間、アスカは小声でシンジに話しかけた。

「…ねぇなんで先に行ったの?」

「………」

「…ねぇシンジどうしたの?」

「………」

「…シンジってば」

「………」

シンジは顔をそらしアスカの方を全く見ようとしないし返事もしない。

アスカは怒る以前にシンジがどうしたのか不安になっておろおろしていた。

「…なんや夫婦喧嘩かいな」

げしっ

小さい声で言ったつもりだったがマナにはり倒されるトウジ。

「…殺すわよ」

鈍いトウジにもわかる位に殺気を発するマナ。

トウジは背筋をのばしてカクカクとうなずいた。

そんな子供達の様子に気付かないふりしてミサトはホームルームを進める。

 

ホームルームが終わってやっとアスカはシンジに話しかける。

「あのシン…」

ガタッ

シンジは席を立つとさっさと教室を出ていった。

その後ろ姿に伸ばした手を下ろしてしまうアスカ。

がっくりと椅子に座りうつむく。

慌てて駆け寄ったヒカリが慰めているが、効果はないようだ。

「…こりゃ重傷やな」

「…惣流のあんな弱々しい姿は初めてだね…」

カメラを取り出したケンスケだったが思い直すとカメラを鞄に戻した。

 

シンジは授業が始まる直後に現れた。

教師が来るタイミングを正確に読んでいるらしい。

それならばとアスカは電子メールを送る。

『お願いだから返事して』

だが、授業が半ばを過ぎても返事は返ってこない。

ますます暗くなっていくアスカを見て、マナやヒカリもシンジにメールを送る。

『碇君いったいどうしたの?』

『授業中の私語は禁止されているよ』

『ちょっとシンジ!何考えてんのよ!?』

『黒板の問題の解き方』

とりつくしまのない返事に困惑するヒカリと怒りをつのらせるマナ。

授業が終わった直後にマナはシンジの所へ行った。

「ちょっとシンジ…!」

シンジの目を見た途端に毒気を抜かれぞっとするマナ。

いつもの温かくて優しい瞳とはうって変わって感情を全く感じさせない硬質な視線。

シンジが横をすり抜け教室を出ていくまでマナは蛇ににらまれた蛙のように固まっていた。

 

2時間目はピリピリした雰囲気で始まった。

良きにつけ悪しきにつけクラスの明るい雰囲気はアスカやトウジ達によるものが大きい。その彼らがはっきり言って暗い、怖い。

クラスメート達は、誰かどうにかしてくれと祈っていた。

 

「おい、センセ。ちょっと待てや」

我慢の限界に達したトウジがシンジを呼び止めた。3時間目の休み時間だ。

「なんだいトウジ?」

「何ってお前…」

「用がないなら僕は行くよ」

「シンジ!」

殴り合いになると誰もが思った。

ヒカリとマナが席を立つ。

が、トウジを止めたのは別の人物だった。

「そこまでだよ鈴原君」

「止めんな渚!」

「………」

カヲルは首を左右に振った。そしてシンジを見る。

一瞬視線をかわす二人。

シンジは一つ頷くと出て行った。

「ちょっとカヲル!あんた何か知ってるの!?」

「僕は何も知らないよ、マナ」

「じゃ、なんでわしを止めたんや!」

「だってシンジ君を殴るつもりだったんだろ?」

「当たり前や!あんなうっとうしいもん黙って見てられるか!」

「…まるでここに来たばかりの頃のシンジを見てるみたいだね」

ケンスケが昔を思い出して言った。

「ち…」

同じく中学生の時のシンジを思い出したのか拳を下ろすトウジ。

「大丈夫ですよ、アスカさん」

マユミがそう言ったが、アスカはただうつむいているだけだった。

 

 

<昼休み>

 

「あーもうこんな時はメシやメシや!」

「もう、ヤケ食いなんてしないでね」

そう言ってトウジに弁当を渡すヒカリ。

それを見てアスカとシンジに視線を向ける一同。

クラス中が注目しているのは想像に難くない。

「あの、シンジ…お弁当」

アスカがおずおずと弁当箱を差し出す。

しかし、学校に来て初めてのシンジの返事は彼女にとって酷なものだった。

「…いらない」

「!?」

立ちつくすアスカをよそにシンジは鞄に荷物を詰めていく。

気まずい中カヲルが声をかける。

「帰るのかいシンジ君?」

「…ネルフへ」

「今日は何もテストはないと思ったけど?」

「…用事ができたんだ」

「そうかい。じゃ、また明日」

カヲルが手を振るとシンジはさっさと教室を出ていった。

すぐに校門を出て行くシンジが見える。

「行っちまったな…」

ケンスケが呟いた瞬間、アスカは教室を駆け出て行った。

「「アスカ!!」」

慌ててマナとヒカリが追いかける。

「え、え」

出遅れておろおろするマユミ。

「はい」

カヲルが4人の弁当箱を渡す。

マユミは頷くと3人の後を追った。

「…鬼の目にも涙や」

トウジは仕方なく弁当を食べ始めた。

 

 

<屋上>

 

「…ひっくひっくアタシもう駄目」

膝を抱えてアスカは泣いていた。

「…シンジに嫌われちゃった、捨てられちゃった…」

「ちょ、ちょっとアスカ!」

「はやまるんじゃないわよ!」

「…だってシンジが口聞いてくれない、顔を見てもくれない、お弁当もいらないって、

 ふぇ、ふぇ、ふぇぇぇ〜ん!

「あーよしよし」

マナはやれやれとアスカを慰めた。

マユミもハンカチでアスカの涙を拭く。

二人ともまだ痴話喧嘩程度にしか思っていないので余裕がある。

だが、ヒカリは違った。

かつてアスカがこれに似た状態に陥った時がある。その時の事は今思い出すだけでも震えが来る。

「…シンジ、シンジ、シンジ…ねぇ振り向いてよぉ」

アスカは昔と違って本当に強くなった。

そう簡単に壊れたりはしないだろう。

だが、最近のシンジとの生活が急に崩れたらその衝撃は相当なものになるはずだ。

つまんない事ばかり思いつく自分が嫌になるヒカリ。

「…な、やっぱりここだろ?」

ケンスケの声にヒカリが顔をあげた。

「鈴原。相田君、渚君…」

「ミサト先生には話を付けたさかい、5時間目はここで自習や」

「話を付けたって?」

「これを見せたんだよ」

デジタルカメラのディスプレイを示すケンスケ。

何が映っているのか思って覗きこむマユミとヒカリ。

「「ひっ!」」

思わず後ずさる二人。

「ミサト先生も同じ反応をしていたしこれは実に強力だね」

カヲルが珍しく苦い顔で寸評を述べた。

ディスプレイの中からシンジがあまりに冷たい視線で見つめていた。

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode12: Are You Happy?

 

 

<5時間目 屋上にて自習>

 

「さて、それじゃみんなで考えよう」

一人冷静なカヲルが座っている6人に対して言った。

「問題は二つ。シンジ君はなぜ惣流さんにああいう態度をとっているのか?

 そしてそれをやめさせるにはどうしたらよいか?これでいいね?」

「とりあえずぶん殴って惣流にわびを入れさせるんじゃあかんのか?」

「鈴原!」

「…あんたじゃ無理よ」

ぼそりとアスカが言った。

「どういうことだい?」

「シンジは格闘技だってアタシなんかより遙かに強いの。鈴原なんか瞬殺されるわ…」

そしてまたうつむく。

「なるほどね」

「もっともシンジの場合、黙って殴られるという線もあるね」

「せやな…」

トウジもうつむく。

「話を戻そうか。まずシンジ君は惣流さんに何をしているのか理解している筈だ」

「わかってなくてやってても許せないけど、わかっててやってるなら尚更許せないわね」

マナのバックに炎が燃え上がる。

「マ、マナさん落ち着いて下さい。

 ねえ渚君。じゃあ碇君はなぜわかっててこんなことをしているんでしょうか?碇君って人にそういう事をされるよりそういう事をする方がよっぽどつらいって人じゃないかと思います」

「そうね。碇君って人を傷つけるくらいなら自分が傷つく方がいいってタイプよね」

「………」

「どうしたトウジ?」

トウジの表情に気付いたケンスケが声をかける。

「うん?…ああちょっと昔のことをな」

シンジは人を殺すくらいなら自分が死んだ方がいい、そう言って自分の乗ったエヴァへの攻撃を拒否したとトウジは聞いていた。

「だから僕たちは…いや、惣流さんは考えなくてはいけない。なぜシンジ君は自分を苦しめてまで君に辛く当たるのか」

「………」

カヲルの言葉にだんだん頭が冴えてくるアスカ。

正常に回転を始めれば他者の及ぶところではない。

間もなく一つの結論に行き着く。

「…シンジは私に怒ってるの?」

「おそらくね」

アスカの推測を裏付けるカヲル。

「怒るって何に?」

「いつもさんざんな目にあってもセンセは怒ったりせんやろ?」

「そうじゃなきゃ惣流の彼氏はつとまらないしね」

「じゃあ、余程のことがあったのね…」

「アスカさん、何か心当たりあります?」

みんなに問われて考え込むアスカ。

「昨日、テスト前まではいつもどおりだったね」

カヲルが思考の助けをしようと口を挟む。

「せやな。あの後どっちかちゅうと惣流の方が機嫌が悪かったな」

「どうして?」

「ああ、テストでシンジが惣流に勝ったんや」

「そうなのアスカ?」

「…うん。エヴァの格闘で負けて、その後、生身でも負けて、個人戦闘の技術も学力も何もかもアタシより上だった」

「学力っていいますと?」

「…アタシは一ヶ所しか大学卒業してないけどシンジはアメリカでも一流の大学を何校も卒業してるの。博士号も持ってるわ」

「うそ…」

マナが一同を代弁していった。

「…あんまり悔しかったんで昨日は何もせず部屋にずっと閉じこもってたわ…」

「…アスカ」

「ううん、いいの。シンジがアタシより優れた男だってのはうれしいことだもの」

「言ってくれるわねぇ」

「だから、今朝はいつもどおりの私に戻ってシンジに接したんだけど…」

「朝のシンジ君の様子はどうだったんだい?」

「普通通り…ううん、たぶん心配してくれてたんだと思う。アタシがおはようって言ったらいつもよりうれしそうに笑ってた」

「あ〜朝からお熱いことで」

「なんややってられへんなってきたな」

「ちょっと二人とも!」

「ふむ。で、その後は?」

「朝食を食べて、学校に行こうとしたらシンジがいなかった…」

再びどっと落ち込むアスカ。

「なるほど。ではシンジ君が怒るきっかけは朝食中から家を出るまでということだね」

カヲルは腕を組んだ。

 

 

<リツコの部屋>

 

リツコはコーヒーを飲みつつモニターを見ていた。

画面には量産型エヴァの筋肉組織組成図が表示されている。

プルルル…

コール一回で受話器を取る。

相手は予想通りの人物であった。

『…で、シンジくんは?』

単刀直入に聞くミサト。

リツコは部屋の隅に視線を移す。

「腕を組んでレイとにらめっこしてるわ。さすがにレイもちょっと怖がってるみたいね」

『あらあら…』

電話の向こうで苦笑するミサト。

「一応、自分が何をしてるのかはわかっているそうよ」

『それはそれで問題ね…』

「さすがにつらそうだけどね」

『ま、無理もないわね。シンジくんにとってわざと人につらく当たるなんて苦痛以外の何ものでもないもの』

「それでもやるというんだから、今回は私たちが口出しできる問題じゃないわね」

『そうね。…何なら今日はそっちに泊まってもらう?』

「あらミサト。息子の面倒はちゃんと見てくれないと駄目じゃない」

『ちっ』

「たぶん今日一日の辛抱よ」

『そうね、明日はきっといつもよりアツアツのカップルに戻ってるわ』

 

「…はあ、ごめんねレイ」

「?」

シンジは昨日のアスカのようにレイに愚痴をこぼしていた。

馬鹿なことをしているという自覚があるだけに余計辛い。

…碇シンジ。お前は何をやっているんだ?

 

 

 

「じゃあ朝食の時はどんなだったの?」

マナがアスカに尋ねた。

「えーと」

 

 

<葛城家 朝の食卓>

 

ビールを空けながらミサトが言った。

「で、アスカ復活したの?」

「…ひっかかる言い方ね」

「事実でしょ」

にへらにへらと笑うミサト。

「…き、昨日は悪かったわよ」

一応、心配してたのだとわかっているので答えるアスカ。

「気にすることないよアスカ」

「あ〜らシンちゃんは優しいわね〜。良かったわね〜アスカ」

赤くなるアスカ。だが開き直ったかのように顔を上げると口を開いた。

「ふん、そりゃそうよシンジは私と違って優秀だから余裕があるのよ」

「…それはちょっと」

シンジが少し困ったような表情をする。

「あら、アスカも変わったわね〜」

「…ミサトさん」

シンジは本式に困った表情を浮かべる。

「ま、どうせ何をやってもシンジにはかなわないんだから仕方ないじゃない。

 でも、ミサトと違って家事が出来る私はシンジに奉仕できるの」

「悪かったわね、家事能力が無くて」

いつものように喧嘩が始まる空気だ。

「さぁシンジ何でも命令していいのよ。炊事、洗濯、掃除なんでもござれよ」

「………」

シンジの顔が険しくなるが、アスカは気付かない。

「遠慮せずこき使ってね。どうせ私にできることなんてそれくらいしかないもの。

 シンジの役に立てるくらいの価値しかないんだから」

「…ごちそうさま」

ガタッとシンジは立ち上がった。

「あれ、今日は小食ね」

見当違いの事を言っているのに気付かないアスカ。

シンジはさっさと自分の部屋に消えた。

「なんかあったのかしら?」

「新しいケンカの仲裁方法かしら?」

シンジに鈍い鈍いと言いつつも人の事は言えない姉妹であった。

 

 

うなずくカヲル。

「ふむ。なるほどね」

「結局、何だったのかしら?」

カヲルはわかったようだがマユミは首をひねる。

「「「うーん」」」

マナ、ケンスケ、トウジも右にならう。

「アスカ、わかった?」

答えを見つけたヒカリがアスカに言った。

「………たぶん」

アスカがか細い声で言った。

「どういうこと?」

マナが尋ねる。

言ってもいい?と目で尋ねるヒカリ。

「…アタシが話すわ」

「そう」

 

「…昔シンジに負けた時…ショックだったわ。私は人類を守るエースパイロット、選ばれたエリート、それが私の存在理由だと思ってたから。私はそれに…エヴァのエースパイロットということにしがみついて生きてたの。だからシンジに負けた後…負けたと思いこんだ後はもうぼろぼろ…シンクロ率も下がる一方。私に価値なんか無いんだ、私はもう誰にも必要とされないんだ。そう思いこんでた時に使徒の精神攻撃が追い打ちをかけてきたの。

 そしてアタシの心は壊れた…」

みんなはアスカの告白を静かに聞いていた。

「サードインパクトの直前にアタシは死にたくないって思って初めてエヴァと心を交わせた。

 そしてアタシはもう一度立ち上がって戦うことが出来た。

 …でも、だめだった。敵のエヴァに負けて身も心も砕かれた。

 あのままだったら私も消えてたわね」

カヲルは一人離れたところに立ち、目を閉じて風を感じていた。

「…でもシンジが来てくれた。いつもシンジはアタシの心にいつのまにか入ってくるの。

 シンジの心に触れて…シンジの過去、シンジの哀しみ、シンジの苦しみを知った。

 アタシなんかよりよっぽど辛い目に遭っているのにシンジは私を救うために必死だった。

 そして…」

 

…そして私は帰ってきた。

 

「シンジが怒っているのはアタシが自分を卑下するような事を言ったから。

 アタシが自分には価値がないなんて言ったから…」

「…そんなことがあったんだ」

「アスカ…マユミ?」

マユミは滝のように涙を流していた。

「ウルウル、よかったですねアスカさん」

「ちょ、ちょっと泣かないでよマユミ!」

慌ててマユミをなだめるアスカを見ながらケンスケとトウジは言葉を交わす。

「…シンジらしいな」

「…せやな。人のことばっか気にしよる」

 

「では、問題は解決だね」

「え?」

カヲルは笑顔で言った。

「シンジ君は君のために怒っている。君が謝ればシンジ君はすぐに許してくれるさ」

「そやな」

「そうね」

あっさりうなずくトウジとヒカリ。

アスカはもじもじとしている。

「どうしたのよアスカ」

「…でも、顔も見てくれないのに話を聞いてくれるかしら?」

「………」

マナの額に青筋が浮かぶ。何やらオーラも立ち上っているような気がする。

「ま、マナさん?」

マユミが声を掛けた瞬間マナは爆発した。

「いーかげんにしなさい!!いつものあんたはどこにいったの!?

 そういう態度がシンジを怒らせてるってわかんないの!

 あんたは泣く子も黙る惣流アスカラングレーでしょ!

 無理矢理にでも顔を向けさせて何が何でも話を聞かせるのよ!!」

「それはそれでひどい話やな」

「だね」

「二人とも!」

ヒカリに怒鳴られて肩をすくめるトウジとケンスケ。

「ここからは君たち二人の問題だ。ま、がんばるんだね。君がしっかりしないとシンジ君がどっかに行っちゃうかも知れないよ」

「!?」

 

…シンジがいなくなる?そんなことは自分には耐えられない!

 

『…忘れないでね』

 

「レイ!?」

突如、立ち上がって叫ぶアスカ。

何事かと驚く一同の中、例によって一人落ち着いているカヲル。

アスカは周囲を見回したが、レイの気配はない。

「ア、アスカ大丈夫?」

「………」

アスカはふっと息を吐いた。

…全くあんたってシンジに負けず劣らずのお人好しね。オーケーわかったわ。

「アタシ帰るわ」

そう言うとアスカはすたすたと校舎の中に消えた。

後には訳がわからない友人達が取り残される。

トウジが一同のココロを代弁して言った。

「…なんやねん一体」

 

 

<ミサトのマンション 夜>

 

アスカは待ちくたびれてテーブルに突っ伏していた。

まだ制服のまま着替えておらずテーブルの上には鞄が転がっている。

プシュー

ガチャン

玄関のドアが開いて閉じたがアスカは気付かない。

玄関から入ってきた人物はアスカを一瞥するとリビングを出ていく。

再びリビングに姿を見せたときには手にタオルケットを持っていた。

そのタオルケットをアスカの肩に掛けてから顔をのぞき込む。

アスカがすやすやと眠っているのを確認すると電気を消して自分の部屋に消えた。

 

「う…う、うん?」

目を覚ましたアスカは部屋が真っ暗なのに気付く。

ゆっくり背中を起こすと肩から何かが落ちた。

「?」

電気のスイッチまでたどりつき電気をつける。

「10時ぃ〜?」

時計の針が時間の経過を示していた。

「ふわぁ〜あ」

体を伸ばす。のばしきったところで後ろにタオルケットが落ちているのに気付いた。

さっき肩から落ちたものとわかる。無論、自分が用意した覚えはない。

ミサトはそんなに気が利かない。消去法により犯人が導き出される。

「あったかい…」

タオルケットを拾うと頬をすり寄せた。

 

『シンちゃんのお部屋』

ミサトのかいたプレートが襖につるされている。

すーっと息を吸い込む。

…よし!

「…シンジ?帰ってるんでしょ、入ってもいい?」

「………」

返事はない。決心がゆるみかかるが右手に握ったタオルケットが力をくれる。

「入るわよ」

襖を開けて部屋に入る。

部屋の中は真っ暗だ。

「シンジ。聞いて欲しいことがあるの」

「………」

シンジは答えない。

寝ていないのは気配で分かる。

S−DATも聞いていないしパジャマに着替えてもいない。

「…その、朝はごめんなさい。アタシが馬鹿だったわ、あんなことを言うなんてね。でも、あんな事は冗談でも二度と言わない」

「………」

「だって私はシンジが好きになってくれた女の子だもの。私は私、惣流アスカラングレー。

 …だか…だから、私のこと無視しないで。シンジに無視されたら私…私…ひっく」

泣かないと決めていたのに涙があふれ声がもれる。

…駄目よ!泣き落としなんて!

紅い瞳の少女の面影を思いだし力をふりしぼる。

「お願いだから、私のこと見て、私のこと振り向いて。私のこと怒ってもいいから、私のこと嫌いになってもいいから、無視だけはしないで!」

そこまで言うと、アスカは声を押し殺して泣き出した。

「………」

ガバッ

シンジは起きあがるとアスカの横を通り過ぎていった。

そのままリビングに行ったらしく何やらごそごそしている音が聞こえる。

「?」

アスカは涙を拭うとシンジの後を追った。そこで目を丸くする。

「…何やってんのシンジ」

「見ればわかるだろ」

「…お弁当を食べてる」

「わかってるじゃないか」

怒った様に言うと食事に戻るシンジ。

何のことはない。テーブルに置きっぱなしだったアスカの荷物から自分の分の弁当を取り出し食べているのだ。

「…どうして」

「おなかが空いてるんだよ」

「…どうして」

「何も食べてないから」

「…どうして」

「…お昼はアスカのお弁当って決めてるんだ」

少し赤くなってシンジが言った。

「…晩御飯は?」

「食べてない」

「…どうして」

アスカは涙を流しながらも笑って聞いた。

「言わなくてもいいだろ」

「…聞きたい」

「…夜はアスカの手料理って決めてるんだ。だから早く作って…わっ!!」

アスカはシンジの首に飛びついた。食べかけの弁当が宙に舞う。

「ちょっちょっとアスカ!?」

慌てるシンジ。

…シンジが見てくれる。シンジが返事してくれる。ただそれだけで何て幸せなんだろう

「…大好きシンジ」

そう呟くとシンジが抱きしめてくれた。

「…暖かい」

「…ごめん、アスカ」

シンジが謝るとアスカが涙目で睨んだ。

「あんたって強くなっても本質的なところが全然進歩しないわね」

「そ、そうかな?」

…結構、変わったつもりなんだけどな〜

「そうよ。謝るのは私…ごめんねシンジ、辛い思いさせて。私も辛かったけどシンジも辛かったんでしょ?それとも私のうぬぼれかな」

「うん、つらかった」

シンジは素直に言った。

「世界中であんたぐらいよ。この私を泣かせられるのは」

「うん、そうだね」

「バカ」

「うん」

そう言って二人は笑った。

 

「えーこほん」

咳払いが聞こえてびくっとする二人。

とっさにシンジは離れようとしたがアスカはシンジを放さなかった。

「…いったいなにやってるのよ」

「え、えーと」

うまく頭が回らないシンジ。

…なーにやってんだか、心配して損した。

ほっとしたような腹が立つようなミサト。

「端から見るとアスカがシンちゃんを押し倒して襲ってるように見えるんだけど…」

「し、失礼ね。別に押し倒…したような気もするけど、襲ってなんか無いわよ」

「ま、確かにシンちゃんならいつでも逃げ出せるわね。じゃ、合意の上かしらん?」

「ご、合意の上?」

「馬鹿!」

赤くなってシンジを黙らせるアスカ。

「ははーん、アスカ何を考えてるのかな〜?」

「べ、べつに何も考えてないわよ。そ、そうだシンジおなかが空いてるのよね。すぐになんか作るわ。悪いけどここ片づけといて!」

アスカはまくし立てるとシンジを解放しリビングから走り去った。

それを見送った後でミサトは口を開く。

「…で、シンちゃん。うまくいった?」

「…ええ荒療治だった気もしますけど」

照れくさそうに頭をかくシンジ。

「まったく、無理するんだから」

「わわっミサトさん!?」

ミサトに抱きつかれて慌てるシンジ。

「あーらシンちゃん。アスカ以外の女は抱きついちゃ駄目?」

「駄目とかそーいう問題じゃなくて!」

懸命に脱出を図るシンジだが慌ててるためうまくいかない。

「あーっ!ミサト何やってんのよ!!」

着替えたアスカがその光景を見て叫ぶ。

「なーに?ちょっとくらいいいじゃない」

「いいわけないでしょ!離れなさいよ!!」

そういってシンジを引っ張る。

「ちょっちょっとアスカ!」

「ちょっと!シンちゃんの首がとれるわよ!」

「だったらミサトが放しなさいよ!」

「姉と弟のちょっとしたスキンシップじゃない!」

「ミサトが言っても説得力に欠けるのよ!」

「く、苦しい…」

「ほらシンちゃんもこう言ってるじゃない!」

「シンジはアタシのなんだから返しなさい!!」

パッ

アスカの言葉を聞いた途端にミサトは手を離した。

「うわっ!」

「きゃっ!」

もんどりうってころがる二人。

「あら〜抱き合っちゃって仲がいいわね〜」

にやにやとミサト。

「い、今のはちょっとひどいですよミサトさん…」

「あ、あんたって奴は…」

「だってアスカがシンちゃんは自分のものだっていうから返してあげたんじゃない。文句ある?」

いけしゃあしゃあというミサトに反論できないアスカ。

「さぁてお風呂お風呂。今日のご飯はなっにかな〜」

意気揚々と自分の部屋に引き上げるミサト。

「あんの女は〜!!」

頭から湯気を出さんばかりに怒っているアスカを見て思わず笑いがこぼれるシンジ。

「ちょっと何よシンジ」

「はははは、ごめんごめん」

「笑いながら謝っても誠意が感じられないわね」

だが、懸命に笑いをこらえるシンジを見て自分も笑い出すアスカ。

「ふふふふ」

「はははは」

次第に二人の笑いが家中に満ちる。

二人の笑い声を聞きながらミサトは湯船に浸かった。

「いい湯だなっと♪」

 

 

<翌朝 通学路>

 

ヒカリはいつもより少し早く待ち合わせ場所に着いた。

腕時計を見る。

あの二人が来るにはもうしばらくかかるだろう。

そう思っていたのだが、予想より早く二人は現れた。

「………」

ヒカリは嬉しいやらうらやましいやら複雑な気持ちで二人を見た。

アスカはいつもと違って腕を組むのではなくシンジの身体に両手を回し腕に頬をすり寄せながら現れた。さすがのシンジも困った顔をしている。

「あ…お、おはよう委員長」

「お、おはよう碇君、アスカ」

「おはよっヒカリ!」

昨日とうってかわって花が咲いたような笑顔で挨拶するアスカ。

…仲直りしたのって聞くだけ野暮ね

 

 

<昼休み>

 

「はーい、あーんして」

「い、いいよアスカ」

クラス一同がしらけて見てる前でシンジとアスカは仲良く弁当を食べている。

今日はなぜか二段重ねの重箱だった。

二人で一つのお弁当である。

「私が食べさせてあげるってば」

アスカはだし巻き卵をもったままの箸をつきつける。

…アスカ。元気になったのはいいんだけどちょっとやりすぎじゃない?

ヒカリとマユミは困惑気味の顔である。

マナとトウジはとっとと二人のことを無視して弁当を食べている。

ケンスケは食事もそっちのけで撮影にいそしんでいる。

カヲルは相変わらず何事も無いかのようにコーヒー牛乳を飲んでいる。

「…食べてくれないと泣くわよ」

「………」

アスカの脅しに屈するシンジ。

「はい、あーん」

「はい」

ぱくりとシンジが口に入れる。アスカは幸せそうにシンジを見ている。

「おいしい?」

「うん、おいしい」

答えないと泣くわよ、と言われるのは目に見えているので赤くなりながらも答える。

「よかった!じゃ、次これね」

クラスメートのほとんどが青筋を立てたり羨望の眼差しで見たりしているのだがアスカは気付きもしない。

ヒカリはため息をつくと言った。

「アスカ幸せ?」

「うん、とっても!」

アスカは輝かんばかりの笑顔で答えた。

 

 

 

チルドレンの部屋 −その12−

 

トウジ「あーむっちゃ暑苦しかったな。うん?渚なにやっとるんや、綾波も一緒に」

カヲル「少し整理をね。えーと今朝シンジ君がもらったラブレターがしめて52通」

レイ 「アスカが踏みつけた手紙が134通。…ラブレターって何?」

カヲル「後でシンジ君に聞くといいよ。…シンジ君に告白しようとした女子が23人」

レイ 「アスカに追い払われた男子が73人」

トウジ「…本当に罪作りな夫婦やな、あいつらは」

レイ 「まだ夫婦じゃないわ。碇くんが18にならないと…」

カヲル「リリス、彼は比喩として言ったんだよ。もっとも現実になるのも時間の問題だとは思うけど」

レイ 「そうなの?」

トウジ「まぁ改まって言われても困るんやけどな」

カヲル「ところで鈴原君の方はいつなんだい?」

トウジ「いつって何がや?」

カヲル「もちろん洞木さんとの結婚式だよ」

トウジ「わ、わしのことはほっとけ!!」(赤くなって焦る)

レイ 「…否定はしないのね」

カヲル「そのようだね」

トウジ「くそ、何でわいがこないな目に…」

レイ 「碇くんとアスカがいないせいね」

トウジ「…お前らのせいとちゃうんか?」

レイ 「…知らないわ」

カヲル「偶然じゃないかい?」

トウジ「…(こいつらは普通とちゃうんやった)。まぁええわ、とりあえず次回はおちゃらけからまたシリアスに戻る予定らしいし、そろそろわしも活躍するで!」

カヲル「普段目立たない人が目立つとろくなことにならないそうだよ」

レイ 「そう、よかったわね」

トウジ「くそ、ボロクソかい…」

 

 

つづく

 

予告

 

一時の平穏は終わりを告げる

動き出す白い巨人達

それは復讐の刃なのか

それとも神を目指した者の最後の執念なのか

子供達の知らない闇の中で

すでに戦いは始まっている

それはネルフの最後の戦いとなるのであろうか

いまだそのときを知らぬ人々

エヴァを駆る少年少女はその狭間で何を思うのか

 

 

次回、新世界エヴァンゲリオン

第拾参話 動き出す時計

さぁてこの次もサービスサービスぅ!

 




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