【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

 

午前6時45分。

シンジはベッドに腰掛けていた。

台所の方からは今日も元気にアスカが働いている音が聞こえてくる。

主人たるミサトはまだ布団の中で高いびきだろうか?

いつも通りのほのぼのとした時間。

だが今朝のシンジの顔は真剣だった。

それは手にしている携帯電話から聞こえる内容のためだ。

「…はい、はい。そうですか…。ではやはり僕も…」

シンジの提案を予想していたのか電話の相手が返事を返す。

『気持ちは嬉しいが今の君の仕事はパイロットのガードだ。君の手伝いがいるときにはそう言うよ』

「ですが…」

『今のうちくらい高校生活を楽しむんだな。第一、こっちの仕事ばかりしているとアスカにばれるぞ』

相手の声がからかうような響きを帯びる。

「…それもそうですね。この前みたいに落ち込むことはないでしょうが…」

『「なんであんたはアタシに隠し事ばかりしてるのよ!!」ぐらいは言いそうだな』

「ははは、笑えませんね」

ひとしきり笑った後お互い真剣な口調に戻る。

『冗談はさておきそちらに手が回る可能性は高い。他の二人はともかくアスカとはなるべく一緒にいるんだな』

「わかりました。でもこれって公私混同しているような…」

『せっかくだ、仲良くするんだな。じゃ、また連絡する。葛城にもよろしくな』

電話が切れるとシンジはため息をついた。

…ため息を一つつくと幸せが一つ逃げていく、か

 

 

「…だそうです」

「ふーん」

眠そうな顔のままでミサトはうなずいた。

もっとも頭の方は覚めている。

ちらりと忙しそうなアスカを見るがアスカの耳には入ってないようでせわしく動いている。

プシュッ

エビチュをあけてゆっくり飲む。

「ま、あたしも加持の意見には賛成ね。シンジくんがちょー腕利きなのはわかるけどいきなりイレギュラーが参加すると組織ってのは混乱するからね〜」

伊達に指揮官やってないわよという顔で言うミサト。

シンジも同感なので反論しない。

「いざとなりゃ加持も呼ぶわよ。隠し玉ってとこね。そ〜れ〜に〜」

ミサトの顔が切り替わる。

「シンちゃんはアスカを守んなきゃね〜」

「おっしゃる通りですけど、何か引っかかりますね」

…ああ、また始まる

諦めにも似た気持ちで身構えるシンジ。

「だってぇ〜」

ガンッ

荒々しくサラダの入ったボールが置かれた。

「ミサト!せめて用意できるまで待てないの!?」

「あ…」

手の中のエビチュを見る。

「今夜は1本迄ね」

「あ、アスカ!後生だからそれだけは勘弁して!」

アスカの手をヒシッととって哀願するミサト。

「何言ってんのよ!これでもアル中のあんたのことを考えて1本は飲んでもいいと言ってあげてるのよ!」

「しょ、しょんなぁ〜」

台所を制する者が家を制す。

ますます家長としての権威を失っていくミサトであった。

「まあまあアスカ、ミサトさんも反省していることだし…」

「甘ーい!!今のうちにみっちりしつけておかなくてどうするのシンジ!加持さんの所にお嫁に出すのに恥ずかしくない女に教育しなおすのよ!」

「な、なんか違う…」

「あらアスカ、まだ当分は無理よ。加持の方も仕事が落ち着くのにかなりかかるだろうし」

「…それは加持さんの方にも問題があるわね」

腕を組んでうなるアスカ。

「それより先にアスカをリツコの所にお嫁に出すことになるかもね〜」

「なっなんでアタシがリツコの所に…」

…相変わらず切り返しがうまいなあミサトさん。

シンジは作戦部長としての能力がこんなことに浪費されるのをどう考えるべきか思い悩む。

「だってぇ、シンちゃんと結婚するならリツコが姑でしょ?」

「け…け…」

「あらぁ?今更恥ずかしがらなくてもいいじゃない。ほら、シンちゃんも平然としてるし」

たしかにシンジの顔は赤くなっていない。

「…さすがに免疫がついたんですよ。先にアスカの方が真っ赤になると逆に落ち着くようになりました」

「ちょっち悔しいわね…あ、でもシンちゃんの方から攻めれば二人とも落とせるってことよね」

「………」

どうやら作戦部長としての頭脳は働きたくて仕方がないようである。

結局ミサトは思考能力の低下したアスカ相手にビール3本までの譲歩を取り付けたのだった。

 

 

 

【第拾参話 動き出す時計】

 

 

<作戦部シミュレーションルーム>

 

「…じゃ、始めましょうか」

ミサトの声で会議が始まる。

朝とうってかわってまじめな顔だ。

ミサトは基本的にオブザーバーなので、日向が他の作戦部員と意見調整をするという形になる。

日向が口を開く。

「…敵の数は最大の4機を想定、これは今まで通りだ。こちらも4機で応戦した場合は敵も4機。総当たりの戦闘となる」

「言うまでもなくこれがもっとも可能性の高いケースですね」

青葉がMAGIのレポートを確認する。日向もうなずくと続ける。

10人程の出席者は一様におとなしく聞いている。

これらは既に検討された事項の確認に過ぎない。

「戦力比較だが、敵は2年前のネルフ本部襲撃時と同等の性能を想定している。こちらの戦力と比較した場合、伍号機のアスカは問題ないと思うが、六号機の鈴原君では少しきついな」

「彼は実戦経験がありませんし、援護に徹するべきでしょう」

「七号機はひとまずおいて八号機の渚君だが…」

そこで日向が言いよどむ。

「ま、普通に考えれば五分五分ね」

ミサトが口を挟む。

「前衛でも援護でもいいけど彼の場合バックアップに回した方がいいわ」

「はい。…では、最後に七号機のシンジ君だ」

「技術部から七号機の分析結果が届いています」

青葉がそういってデータをモニタに表示した。

 

 

<2−A教室>

 

カタカタカタカタ…

キーを叩く音が聞こえてくる。世界史の授業でこんなにキーを叩く必要はない。

アスカはキーの主の横顔を見る。

シンジはまじめな顔でノートパソコンに向かっている。

考え込んだり首を傾げたりして見ていると楽しい。

もっともいつもならこうやって見ていると視線に気づいてこっちを見てくれるのだが今日は気付かないようだ。

世界史の勉強をしているとは思えない。アスカにとっては欠伸が出るような授業だ。シンジも同様と思われる。もっともシンジはいつもそれでも授業を聞くだけは聞いているのだが。

…何やってんのかしら?

 

シンジはじっとモニターを見ていた。

外部のコンピュータに接続して行っているシミュレーションの画面だ。ちなみに外部のコンピュータというのは世界最高水準の第七世代型コンピュータMAGIのことである。

シンジがやっているのは日向達がやっているのと同じエヴァの戦闘フォーメーションについてのシミュレーションである。

…やっぱり僕の七号機の運用がネックだな。後衛に回ると前衛のアスカの負担が大きすぎるし、前衛にまわってもいつ限界を超えるかわからない。そうなったら逆に足手まといだ。

考えることはつきない。

そこへCALLサインが入る。

メールを開いたシンジは送り主をちらっと見た後、返事を書く。

『一体何を真剣にやってんの?』

『エヴァで出撃したときのフォーメーション案。ミサトさんに見てもらおうと思って』

『なんでそんなものを?』

『別に出撃が無くても仕事をあげないとミサトさんの頭が錆び付いちゃうからね』

冗談でごまかすシンジ。

『それは言えるわね。で、どんな感じ?』

アスカは気がつかなかったようだ。

『4人でのフォーメーションって案外難しいね。カヲル君とトウジは実戦経験がないから無理をさせられないし』

『敵が来たらそんなこと言ってられないでしょ。あんたなんかエヴァのエの字も知らなかったのにいきなり使徒の前に放り出されて戦ったそうじゃない』

…そういやそんなこともあったな

ずいぶんと昔のような気がする。

『オーソドックスな所であの二人に援護させて私とシンジで目標に接近。近接戦闘で片を付けるというところかしら?』

『そうだね。どちらか1人が肉薄してフィールドを中和。もう1人がとどめを刺す』

『なら、私が接近してフィールドを中和。シンジがとどめを刺すということね』

『アスカ?』

『いっとくけど私は冷静よ。格闘技術はシンジの方が上なんだからこうした方が確実に相手を仕留められるわ。そうすればみんな死なずに済むしね』

アスカの横顔をのぞく。普通の顔だ。今のアスカは冷静な兵士として思考しているらしい。

『どうしたの?』

返事が返ってこなかったのでアスカが心配する。

『ううん。なんでもない』

…アスカは聞いてなかったかな、どうだったかな?七号機じゃ僕に完全には対応できないということを。

僕が戦闘を続行できなくなったらアスカに頼るしかない。

『例えば、僕が戦線から外れたらどうする?』

『…それは大幅な戦力低下ね』

…シンジが外れたら攻守共にパワーダウンする。そうしたら、

『あいつらに防御をつとめてもらって私が相手を片づける。こんな方法しかないわね』

…やっぱりそうか

『あの第14使徒みたいな化け物以外ならそれでどうにかなるわよ』

アスカの言うことは正しい。その自信には十分な根拠がある。

…確かに単体で攻めてくる使徒相手ならそれでどうにかなるんだろうけど

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴り授業が終わりを告げる。

シンジはMAGIとの接続を切ってノートパソコンを閉じた。

 

 

<作戦部シミュレーションルーム>

 

「あーもうやめやめ!今日はここまでにしましょ」

ミサトの一声で騒がしかった部屋が静まる。1時間前から議論は堂々巡りを続けていた。

「…わかりました。各自次の会議まで自分なりに考えを整理しておいてくれ。じゃ、これで解散」

日向が場をしめると、ぞろぞろと作戦部の面々が部屋を出ていく。

「日向君、悪いけど後お願いね。ちょっち頭冷やしてくるわ」

「はい、わかりました」

そう言って出ていくミサトを見送る日向と青葉。

「頭を冷やす、か…」

「…マコト」

「ああ、またとんでもないことを考えつくぞ葛城さんは」

二人の予想はその日の午後裏付けられた。

 

 

<ネルフ総司令 執務室>

 

部屋にはゲンドウ、冬月、ミサト、リツコ、そして学校帰りのシンジがいた。

アスカは加持の所にうまく案内して時間を潰してもらっている。

「シンジくんも司令に似て人使いが荒いな」とは激務の真っ最中の筈の加持の弁だ。

執務室ではゲンドウ達に対してミサトが自分の考えを提示していた。

基本は全員理解しているとおり4機同時に攻めてこられたら不利という内容だ。

それをどうにかしてみせるのが作戦部長の手腕と言うところだが、やはりミサトはただ者ではなかった。

 

「なるほど。発想の転換ですね」

シンジはミサトの頭の柔軟性に舌を巻く。

「簡単なことに案外気がつかないものね」

リツコも賛同する。

「簡単、ではあるまい。そううまくいくとは限らんし、何より国連のお偉方を黙らさねばならん」

冬月は渋い顔だ。

「ですが、このプランで行けば勝算はかなり上がります。

 前回の戦闘時のデータから敵の数、こちらのバックアップ、稼働時間の延長を加味してみれば…」

ミサトが根拠を並べていく。

「…わかった」

「碇?」

ゲンドウが頷いて話す。

「葛城一佐、その方向で話を進めてくれたまえ。赤木博士には作業に入ってもらう。

 国連の連中は私がなんとかする」

「はい」

ミサトが確認する。そこでリツコが質問する。

「ですが、S2機関はどうします?一から作るには…」

「七号機を使え」

リツコとミサトが身体を固くする。

「…七号機を解体するということですか?」

「そうだ。計画通りに行けば一体は予備に回ることになる。そんな無駄なことをするより使える物は使うべきだろう」

「ですが、緒戦ではシンジくんとアスカが…」

ミサトの言葉は途中で遮られた。

「シンジは戦力から外す。その前提で作戦を考案してくれたまえ」

 

 

最初に驚きから立ち直ったのは冬月だった。

「碇、シンジ君がいるのといないのでは戦力に差があり過ぎるぞ?」

「わかっている」

「…父さん、何故僕が戦線から離れなくてはならないの?」

シンジは何かを感じ取ったのかそう尋ねた。

…何か僕には別の役目があるということ?

「お前に頼みたい仕事がある」

「…頼み?」

命令では無い、シンジが拒否して戦闘に参加してもいいということだ。

シンジは戦闘に参加したいし、その方がいいと考えていた…が。

「…わかったよ父さん」

「そうか」

 

「ちょ、シンジくん!?」

ミサトが慌てて言った。

たとえ量産型がシンジに完全に対応できないとしても、はっきり言ってシンジは最強の駒である。

シンジもそんなことはじゅうぶんわかっていた。

「すいませんミサトさん。

 でも、これはきっと僕がやらなければならないことだと思うんです」

そういってゲンドウを見る。

ゲンドウは黙ったままだがシンジには父の考えが伝わってくるように感じた。

「…しょーがないわね〜」

ミサトもシンジの真剣な様子に諦め、渋々承諾した。だが、理性では納得できないのか行儀悪く、頭を掻く。

「大丈夫ですよ。アスカ達はきっと勝ちます」

それがシンジに決断させた理由の一つだ。

…今のアスカなら勝てる

そう確信する何かが二人の間にはあった。

しかも今回のアスカにはバックアップが二人もいる。

「はあぁぁ〜シンちゃんはアスカを信じてるのね〜」

そう言った後、司令と副司令の前であるのを思い出し姿勢を正す。

…あーあ。これで久しぶりにハードワークの日々が始まるわ。

「わかりました。七号機の解体作業にかかります」

「頼む」

 

執務室を出た3人。

ミサトとリツコが同時にため息をつく。

しばらくは激務の日々が続くだろう。

「…すいません。ミサトさん」

「気にしなくていいわ。シンジくんが外れた方が方針を決定しやすいのも確かだしね」

「そうね。あ、ミサトそういうわけだからしばらくマヤはこもりっきりになるわ。学校の方よろしくね」

「へいへい」

軽く聞き流すミサト。

「それからシンジくん」

「はい?」

「しばらくレイを預かって」

「レイをですか?」

「ええ、私はしばらく面倒が見れないわ。あの人もしばらくは国連に行ったきりになるだろうし…まあ当座の計画を立てるまでだから、さしあたってはとりあえず一週間位ね」

リツコの仕事量からしてもっともな話だ。

「そうですね。…わかりました。いいですよねミサトさん?」

そう言って一応家主のミサトに確認する。

「もち。だいたいもしあたしがだめって言ったらシンちゃんリツコんちに泊まり込みでしょ?」

「…そうですね」

うなずくシンジ。

「となるとあたしの末路はアスカにこてんこてんに怒られて飯抜きかあるいはアスカもリツコんちに泊まり込みで結局あたしは飯抜き。どっちにしても選択の余地はないのよ」

正確に現状を分析するミサト。

「自分で作ろうとは思わないの?」

冷静に突っ込むリツコ。

「料理をしてくれる可愛い弟と妹がいるのになんで作んなきゃいけないの?」

「…ミサト」

「どうかした?」

 

 

<加持のスイカ畑>

 

アスカは加持がじょうろでスイカに水をやっているのをじっと眺めていた。

「…ねぇ加持さん」

「何だいアスカ?」

加持はやっとかという気持ちで返事した。

アスカは来てからずっと黙り込んでいた。

おそらくは何か言いにくいことがあるのだろう。

「…ここって盗聴されてない?」

アスカはまず確認した。

「…まぁとりあえずここは外すように言ってあるな。一応、俺の憩いの場所だから」

「…そう」

アスカは一度黙る。加持がじょうろを持って目の前に来ると再び口を開く。

「加持さんに聞きたいことがあるの」

「…真面目な話かい?」

アスカの真剣な表情に一応確認する加持。

「シンジとミサトは何を隠してるの?」

アスカはいきなり本題に入った。

加持相手に回りくどいことを言うのは時間の無駄だとわかっている。

「たぶん、加持さんやリツコも知っている内容でしょ」

アスカはぼんやりと畑を見つめたままだ。

…アスカは秘密が存在することを知っている。下手にごまかすのは逆効果だな

「なぜ、俺に?」

加持は方向を変えてみる。

「私に知らされてないってことはたぶん言えないこと。そんなことを聞いたらシンジもミサトも私に嘘をつきたくはない、でも言えないってジレンマで苦しむことになるわ。そんな二人の顔は見たくないもの」

「なるほどな」

…アスカもずいぶんと気を使っているんだな

それも成長の証の一つだ。

「…確かに俺はその内容を知っている。だが、俺はアスカに話す事は出来ない。それは俺の役目じゃないからな。時が来たらシンジくんも話してくれるだろう」

「…シンジが?」

「ああ。少しだけ話してあげよう。

 アスカも薄々気づいているとは思うがこれはシンジくんに関わる内容だ。シンジくんのこれからにね。

 …ということはいずれアスカにも関係してくるのかな?」

そこでにやっと笑ってアスカの顔を見る。

「もう加持さんたら…」

アスカは頬を膨らませたが、加持の心遣いを感じると素直に引き下がった。

「そうね。大事なことならいつか話してくれるか…」

「………」

…案外、そのときは近いかも知れないぞアスカ。

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode13: clocks hand cant stop.

 

 

<葛城家、食卓>

 

「ふーん。ま、いいけどさ。学校に行っている間はどうする気?」

レイの件を聞かされたアスカは当然考慮すべき内容を質問した。

「あ…」

「そーいやそーね」

全く考えていなかった二人。

相変わらずどこか抜けている。

案外これでバランスがとれているのかもしれない。

「さすがに高校に託児所はないわよ」

アスカが言わずもがなのことを言う。

「あたしが預かろうにもねぇ」

腕を組むミサト。ミサト自身も忙しくなるのだ。何よりミサトに任せておいたらどうなるかわかったものではない。

「…じゃ、仕方ないですね。僕がしばらく学校を休みます」

しばらく考えた後シンジはそう言った。

「え?」

「そーね。悪いけどそれしかないか」

ミサトもうなずく。

最近はそうでもないとはいえ昔はネルフがらみでさんざん学校を休んでいた。

それにくらべれば今回は家庭の事情、よっぽどマシである。

「自分の妹の面倒を見るのは当然ですよ。みんなに何日か会えないのは残念だけど」

「ま、シンちゃんなら勉強の心配だけはないしね〜」

アスカは二人の会話をよそに考え込んでいた。そして、

「じゃ、私も休む」

「「え?」」

「シンジだけに任せておけないわ。それに2歳とはいえ女の子なんだから」

もっともらしく言葉をならべていく。

「でも、悪いよ」

「何言ってんの。レイには私だって世話になってんの。だから面倒を見るのは当然よ」

「世話にって?」

「ミサトもそれでいいでしょ?」

シンジを無視してミサトに確認する。

「ええ。そりゃかまわないけど…」

「じゃ、決まりね」

…僕の意志は?

相変わらず女性が強い葛城家であった。

 

 

<2−A 教室>

 

「それでセンセと惣流が休んどるんか」

ヒカリから事情を聞いたトウジが言った。

朝、二人がそろって休みだったのにミサトの様子には変わりなく何事かと思っていたのである。

「それは仕方ないわね〜」

マナは少しつまらなそうに言った。

「あら、なにか不満そうね?」

「だってあの二人がいるのといないのとじゃ騒々しさがひと味違うでしょ?」

「それは言えるね。二人のファンも今日はおとなしいし…」

ケンスケはのんびりとカメラのレンズを拭いている。二人がいないのでカメラの手入れをすることにしたようだ。

「二人のファン、というのはどういうことだい?」

カヲルが微妙なニュアンスの違いに気づいて尋ねる。

ケンスケはニヤリと笑う。

「あぁわかった?実はうちの学校にはあの二人に関する3系統のファンがいるのさ。

 まずは入学してから未だ増加の一途をたどる惣流のファン。ほとんど男子だけど一部女子が混じってるのはご愛敬だね」

ヒカリがジト目で見た。何か言いたいことがあるらしい。

「二つ目はシンジが帰ってきた時からのシンジのファン。追っかけだけじゃなく潜伏しているおとなしいグループもいてさすがに俺も完全には把握できてない」

「あんたって何者よ?」

マナもヒカリと同じくジト目で見る。

「で、最後が最近現れだしたシンジとアスカのカップルのファン。アイドルとか有名人とかのカップルってみんな注目するだろ?あれと同じだよ。まあ二人にちょっかいを出すこともないから一番まともだよ」

「…するとケンスケはその3グループにまんべんなく写真を売り歩いとるっちゅうことやな?」

トウジもジト目になる。

「ははははは、二人のおかげで資金には困らないよ」

「相田君の商魂には感服するね」

カヲルは微笑んだ。

「…とに何やってんだか」

「先生たちに取り締まってもらおうかしら」

「ああそれは無理だよ委員長」

「どうして?」

「だって、一番のお得意様はミサト先生だからね」

「…は?」

ヒカリが間抜けな声を上げる。

「だから、どんな写真も一度ミサト先生に見せて検閲してもらってるんだ。もちろんミサト先生がほしがったら無料で進呈してるし」

「そりゃ賄賂っちゅうんや」

トウジがあきれて言った。

「そ、そんな…」

「おちついてヒカリ!まだ、あなたには伊吹先生という最強の味方がいるじゃない!」

「そ、そうね。伊吹先生なら…」

自分をとりもどすヒカリ。

「さすがに伊吹先生には賄賂は通じない…って言いたい所なんだけど、伊吹先生は二人のファンでね」

ケンスケが楽しそうに言った。

「「へ?」」

「だから二人の幸せそうにしている写真が好きなんだよ、伊吹先生。二人の微笑ましい光景を見てると心が和むとか、幸せがあふれてて元気を分けてもらえるとか言ってたな」

ケンスケがとどめを刺す。

「そ…そんな」

がっくりと肩を落とすヒカリ。

「ヒ、ヒカリ!気をしっかり持つのよ!」

「ちなみに二人の写真の一番のお得意様はそこに座ってるよ」

「「え?」」

二人がケンスケの指さす方を向くとマユミが幸せそうに写真を見ていた。

「…あら?みなさんどうかなさいました?」

視線に気づくマユミ。

「マ、マユミ。あなた…」

「そ、そんなマユミが…」

「え?え?」

 

「やれやれしゃーないのー」

少女たちの喧噪をよそにトウジはカヲルを窓際に誘った。

「なんだい鈴原君?」

「なにってわかっとるやろ?」

「?」

カヲルが不思議そうな顔をする。

「はぁ。お前ってホンマかウソかわからへんから始末に弱るな」

「ほめられたと思っておくよ」

にっこり笑うカヲル。

「…いくらわいが阿呆でもわかる。なんかあるんか?」

なんかあったのか?とは聞かない。これから何があるのかだ。

「…推測していることはあるけど、それが真実とは限らないからね。

 しがないパイロットとしては命令を待つだけだよ」

「…なんかはぐらかされたような気もすんが、まあもっともな話やな」

「そんな暗い話は置いておいて、どうだい?」

「なんや?」

「子育て真っ最中のお二人を見に行くというのは?」

カヲルは悪戯っぽく笑った。

 

 

<葛城家 リビング>

 

午後、二人は何をするでもなくぼーっと過ごしていた。

レイはアスカの腕の中ですやすやと眠っている。

二人もこのまま眠ってしまおうかと考えていた。

「…どうかしたの?」

アスカがふと聞いた。

「え?」

「だってさっきからずっとこっちを見てるじゃない。そんなにレイが気になる?」

シンジは頭をかいた。

…そんなに見てたつもりはないんだけどな。

「レイじゃなくて、そのアスカが…」

「私がどうかしたの?」

「えーとなんていうか…お母さんって感じがして」

「え…えぇっ?」

思わず焦るアスカ。

「そんな感じにもなるんだ。なんかいいなって思って…」

「ちょ、ちょっと恥ずかしくなるようなこと言わないでよ」

照れるアスカ。それを見てシンジも自分の言った意味に気づき照れる。

まだまだ微笑ましい二人だった。

ピーンポーン

ベルが鳴ると反射的に二人は玄関に向かった。

「「はーい」」

 

返事がしてドアが開くと思わず5人、もとい4人は固まった。

「「ああ(あら)、みんないらっしゃい」」

毎度ながら完璧なユニゾン。

それはいいのだが、アスカは眠っているレイを抱いたままだった。そう、それはまるで…

「やぁ親子みたいだね、3人とも」

カヲルが口を開くと我に返る一同。

やはり最初に動いたのはケンスケだった。

「いかーん!カメラ、カメラ!!」

あわてて鞄を開いて商売道具を取り出す。

「なんやもう所帯持ちかいな…」

「二人の数年後ってまさにこうなのかしら?」

トウジとマナが感想を述べる。

「…う、うう」

同感なので何も言えないヒカリ。

例によってマユミは遠い世界に行っている。

そこでシンジとアスカも状況に気づく。

「「ちょ、ちょっと所帯って」」

「相も変わらずイヤーンな感じぃ!」

デジタルビデオを回しながらケンスケ。

「邪魔すんのもなんやし今日は帰るか」

「そーね」

「「ちょっとトウジ(マナ)!!」」

ひたすらユニゾンの二人。説得力のかけらもない。

「おや、おめざめだね」

そこへ救いの手がさしのべられた。レイが目をさましたのである。

「ごめんねレイ起こしちゃった?」

「あーよしよし、変な奴らが来たせいね」

レイをあやすシンジとアスカ。

やはりどっから見ても赤ん坊を抱えた若夫婦である。

「…生きててよかった」

マユミがぽつりと言った。

「「マ〜ユ〜ミ〜」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の闇の中にテーブルが浮かび上がった。

重厚なテーブルだが実際は立体映像のようだ。

そこに座っている人物はたった一人。

そのテーブルの大きさがかつての同志の数を思い返させる。

男は一言も発せずただ座っていた。

何を考えているのか、男の目はバイザーに覆われうかがい知ることはできない。

「………碇、このまま終わらせはせんぞ」

そうつぶやくと男は消えた。

後にはただ闇だけが取り残される。

 

 

 

 

コポ、コポ、コポ、

それぞれに口から空気を吐き出す物体達。

LCLの中にあっても美しい姿を惜しげもなくさらしている。

だが開いたその瞳に生気はない。

 

 

 

 

ドックン、ドックン、ドックン………

微動だにしない白い巨大な固まり。

だが生きている生命だと自己主張するかのように鼓動が洞窟の中に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<葛城家、夜>

 

「はぁ疲れた…」

暇だ暇だと言っていた頃が懐かしい。

家に帰れるだけマシね〜と思いつつ自分の部屋に向かうミサト。

既に時計は午前2時を回っている。

チラ、とリビングをのぞく。

「…あらあら」

シンジ、アスカ、レイが仲良く並んで眠っていた。

おそらくはレイをどっちの部屋で寝かせるかで揉めたのだろう。

シンジとアスカは真ん中のレイを抱いて眠っていた。

ミサトはそっと3人に布団をかけ直してからその寝顔を眺める。

…シンジくん起きるかと思ったけど起きないわね。そういえばアスカの気配を察知できないとか何とか言ってたわね。家族には警戒を解くってことか。なら、私もちゃんと家族と認知してくれてるってことね。

3人を見ながら微笑むミサト。

…あたしたち大人に何かあっても、もうこの子たちだけで十分生きていけるわね。本当はこの子たちを戦いに巻き込まずにすめばいいのに…

「ふわぁぁぁぁ〜…寝よ寝よ」

ミサトはリビングを出ると扉を閉めた。

 

 

 

チルドレンのお部屋 −その13−

 

レイ 「………」(ニコニコしている)

トウジ「なんや綾波うれしいことでもあったんか?」

レイ 「ええ。新しいお父さんとお母さんができたの」

カヲル「温かい両親、ペアレンツがいるという事実は幸せにつながる。いいことだよ」

シンジ「………」(照れている)

アスカ「………」(上に同じ)

カヲル「二人とも照れることはないんじゃないかい?」

レイ 「そうよ」(悪気はない)

アスカ「あ、あんた達ねぇ」

レイ 「何、お母さん?」(まったく悪気はない)

アスカ「………」(ぐっとつまって言葉が出ない)

シンジ「………」(どうしていいのかわからない)

トウジ「しかしやな、もうすぐ終わるんかと思とったら案外長うなりそうやな」

カヲル「ああこの話かい?」

レイ 「このまま最後のエピソードに行くと他に書きたいものがあっても書けなくなるからだそうよ」

トウジ「欲張りなやっちゃな」

カヲル「外伝って手もあるのにね」

レイ 「そもそも仕事中にも書くのが問題ね」

トウジ「せやな。委員長に怒られるで。だいたい、そのくせ次の話のネタを何も考えとらんちゅう話やないか」

カヲル「まあまあこの辺にしておこうじゃないか。作者を敵に回すと危険だからね」

レイ 「そうね」

トウジ「せやな」

カヲル「というわけで次回は未定ですが戦いとはちょっと離れると思います。お楽しみに」

シンジ&アスカ『………』(まだ固まっている)

 

 

 

つづく

 

予告

予想に反し平和な日々は続いていた

それを素直に喜ぶ者

喜べない者

それぞれの思惑を余所に時は流れていく

そんなある日シンジ達は生徒会役員に推薦される

紆余屈折の末承諾するシンジ

役員選挙、それはアイドルの人気投票と化す

果たして最後に笑うのは誰か?

 

次回、新世界エヴァンゲリオン

第拾四話 日々これ平穏

さぁて次回もサービスしちゃうわよん!

 




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