空は明るくなっているが、いまだ山間に隠れた太陽は姿を見せようとはしない。清冽な高原の風が僅かに霧をはらんでいる。
 薄い上かけを跳ね上げて、まだ幼さの残る裸身をベッドの上に起こす。乱れた赤毛を手櫛で整えつつ隣で眠る少年を優しげに見つめる。その寝顔にそっと指を這わせてみる。
 しばらくその柔らかい唇の感触を指先で楽しんだ後、昨夜その少年の手で脱がされた寝間着代わりのTシャツを着込む。あちこちについた赤い印が、少々気にはなるが。
 少年を起こさぬよう、細心の注意をもって床に降り自らの携帯端末に歩み寄る。前の仕事柄、少年に知られたくないことの一つや二つはある。
 ……成り行きでこうなったとはいえ、やはりそこに愛が介在していると思いたい……少なくとも、アスカ自身は彼のことを「愛している」と言えると思う。
 いくつかのメールを処理するうちに、久々に見る名前があった。
 洞木ヒカリ。
 この国に来て、しばらく共に仕事をした戦友。
 シンジの所に転がり込んだことで、洞木姉妹とのチームを解消する事になり、アスカが敵に回した組織から身を守るため姉妹たち三人は日本を離れることとなった……らしい。
 “らしい”というのも、仕事の失敗を彼女たちに告げてから連絡が取れなかったから。
「アメリカ?」
 そう、発信元はアメリカ。

 


アスカの生まれた地だ。

 


 


    隠〜おに〜 Sequel to Legend

 

 

Hades Deputize/Poseidon's Trident          

                 冥王の使者、海神の矛

 

片山 京

 


 

 

 

 赤い風が吹く。

 黒ずくめの防塵装備を纏った少年が、軽装甲車の屋根に胡座をかいて座りこみ晴れ渡った空を見上げる。
 輸送車を含め13両からなる一行が停止して数分。何人かの話し声がここまでとどく。
 腕を組み、何ごとかを考える様子だった少年の脇にあるハッチが跳ね上がる。顔を出したのは、クールカットのインテリ軍人然とした青年。
『ボス、目標地点ですがいかがしますか?』
 捜し物は少年らしい。視界にはいるとすぐに声をかける
『マイクの班で偵察頼む。ダグの班は周囲を警戒。生活班は野営の準備』
 面白くなさそうに西部なまりの英語で少年は告げる。
 そう、彼こそがこの60人からなる傭兵団を率いる将。若干14歳ながら、なみいる猛者を素手でなぎ倒し、その隊長に収まってしまった。
 指揮の理論には無知だが、独特の嗅覚は状況を正確に読み勘だけで戦況を動かしてしまう。ケンカレベルで物事を判断するあたりが困りものだが、それが大当たりするのがもっと困りものだ。陸軍士官学校卒の身としては、苦笑いしているだけではすまない。若きボスに不要と判断されれば、いかな事態になるか想像したくない。
『【ビスマルク】』
『はっ、何でしょうか。ボス』
『今度の依頼、えらいきな臭いで』
『その分、実入りも大きいでしょう。我らの拠点を持つために、多少の無理は必要かと』
『まぁ、ええけどな。前方20マイルや』
『は?』
 さすがの敏腕参謀も、その意味をはかりかねたと見える。
『同じ匂いを感じるんや。かなり弱いんやけどな』

 


 

 かつての超大国も、今は昔。連邦政府は東部の湿潤な平野とテキサスの石油を確保する事に追われ、中西部の砂漠地帯は無法の野と化している。巨大資本がいくつか集まるシアトル近辺と、宗教的に過激な行動を忌む風潮のあるソルトレイク周辺は些か落ち着きを見せてはいる。
 海面上昇により、東部のニュー・ヨークをはじめとする沿岸大都市や、西部のロス・アンゼルスを失い、大量の国内難民を抱え込むこととなった連邦政府は、その余りの多さに抜本的な対策が打てなかった。
 東洋の島国、金持ちの子分は、自国高所に新たな首都を築き3000万人を超える人口を狭い国土に分散させることに汲々としており、とてもではないが何かをさせられる状態ではない。他の同盟国も似たようなものだ。旧大陸は低地国からの難民に加え、かつての宗主国を頼ったアジア及びアフリカのの低地国の難民の流入によりパニック状態。悠久の歴史を擁する大国も、南部沿岸地域の住民にかまけ、外に目を向けられる状態ではない。
 対応が遅れるにつれ、住民にも苛立ちが募る。そして、この国には銃が無造作にばらまかれている。結果、暴動? いや、そんなチンケなものではない。偉大なる人工国家は力あるものだけが生き残る、野獣の国と化した。

 そんな状態も長くは続かず、陸軍による大掃討戦の結果表向きは秩序を取り戻した。しかしながら、凋落の色は隠せない。世界の盟主たる座から転落した、プライドだけの国家と成り下がったのだから。

 そしてまた、赤い風が吹く。
 ふたたび、少年の脇のハッチが開く。
「なんや」
 振り返ることなく、ハッチを開けた人物に声をかける。今度は関西なまりの日本語で呼びかける。部隊の荒くれ者達も、この一言で萎縮してしまう。しかし、東洋から来た三姉妹は全く動じることがなかった。以来、彼の身の回りの世話は最も家事に慣れた次女が務めている。つまりは、今彼の背後にいる少女が。
「スズハラ、いつまでこんな所にいるつもり? もうすぐ食事だから中に入れば……」
 少女の小言が終わる前に、一挙動で立ち上がる。不思議とこの少女の言うことだけはきちんと守るのが、隊員達の間では意外と好評であったりする。また、少年隊長を御してしまう少女に対して、隊の者もなかなか好意的だ。
 前の隊長がろくでもなかったというのもある。「楽して儲ける」を地でゆくため、かなり非道もやってきた。隊員の大多数にそれに対する不満があったからこそ、少年が隊を率いることをみなが望んだとも言える。前隊長も、その取り巻きも、今は砂の下だ。
 少年が差し出した手に、少女は両手で掴まる。片腕。苦もなく少女の身体を軽装甲車から、引き上げる。少女もそれなりに鍛えてはいるため、見た目ほど軽いわけではない。全装備重量ともなると、少年の体格では手におえかねるだろう。異常な膂力だ。
 少女は、似たような体質の人間を知っている。それも、ごく近しい存在に。だから恐れずに身を任せる。
 彼女の全身を引き上げると、何も言わず横抱きにして高さが2mある軽装甲車から飛び降りる。衝撃を完全に殺した、普通の人間には不可能な荒技。それを苦もなくやってのける。
「ちっ、ちょっと降ろして、恥ずかしい……」
 少女の抗議も何のその。僅かにもがく細身の身体を苦もなく抱え、そのまま傭兵隊の本部であるトレーラーへと運ぶ。抗議が受け入れられないなら、頸に手を回すなりして身体を安定させるしかない。『いつも』とは言わないが、そう珍しい光景でもない。
 むしろ、今まで人との関わり合いを拒否し、傭兵隊の行動方針を『ビスマルク』他の幹部と意見交換するぐらいだった。
 傭兵隊とはいえ戦闘とは縁遠い生活班の人員にとって、こういった光景はある種安心感をもたらす。人間を越えた性能を発揮する隊長も、こういった日常の姿を見れば、自然親しみが増すというものだ……本人が意識しているかどうかはともかく。

 

 

 陸上巡洋艦……聞き慣れない名称ではあるが、戦車の代替兵器として期待されている物の一つだ。現行の無限軌道式では確かに荒れ地には強いが速度が犠牲になり、左右への行動範囲も限定されてしまう。機影が大きくなる危険はあるが、フレキシブルな稼働が期待できる多脚型への転換を検証する計画だ。
 そうしてできあがったのは、高さ8m、艦首30mmバルカン艦体下部に装備。127mmの主砲1門を主兵装とする、スタンダードU艦対空ミサイルをは2門を背負った二足歩行の怪物。多分に海軍的な匂いはするが、陸軍の兵器調達路線からはずれた物資を選択した結果だ。エイブラム戦車でも120mmの主砲一門しか備えていない事を思えば、かなり贅沢な仕様だ。もとより量産には向かないだろう。

 

「……ええ、その127mmの反動を逃がすためにも多脚型は理想的です。重心移動によって、射撃体勢が自由に選択できます。全体的な重心が高くなってしまい横転の可能性はありますが、それも歩行脚のプログラミングの最適化で対応致しました。
 今までの戦車の弱点であった空対地兵器への対応も、地対空ミサイルの装備をして万全です」
 白のポロにインディゴブルーのジーンズ。そのうえから白衣を纏った男が。手元の端末に表示されたデータを読み上げる。神経質そうな面からは、幾ばくかの自信がうかがえる。
「建造数は?」
 案内されていたのだろう、初老の東洋人が問う。頭髪はほぼ白くなってはいるが、眼光は鋭く衰えを感じさせない。その視線の先には実戦型の“Phase−I”陸上巡洋艦の姿がある。
「Phase−Iの艦艇は3隻です。こちらはすぐにでも実戦投入が可能です。テストパイロットも予定された水準に達しています。
 Phase−IIも二隻建造されていますが、1隻はデータ採取のために分解しているため、稼働するのは1隻のみです。しかし、被験者に対する負担が解決さ……」
「ソウリュウ主任、その判断はこちらで下す」
 一瞥すらせず、主任の言葉を断ち切る。
「……はっ、Phase−IIは武装に大きな変更はありませんが、機動力向上のために被験者の中枢神経の一部をシステムに疑似直結しています。システム的に改良の余地はまだありますが、被験者を使い潰す許可が下りれば現状でも運用可能です」
「薬物でも投与するか?」
「そうでもしなければ、神経接続を維持できません」
 至極当然のように言い捨てる。
「被験者は貴重だ、そう簡単に使い捨てる事もなかろう。Phase−Iによる三隻での迎撃だな……せっかくのお膳立てだ。
 ソウリュウ主任、データの採取は一任する」
「フユツキ閣下はいかが為されるので?」
 組織の性格上、派遣されてきた本部人員が指揮を執らないということはあり得ない。ラングレーの脳裏に危険信号が点る。しかし、これはチャンスにもなりうる。幹部が掴めぬ性能を抑えておけば後々役にも立つだろう……
「すぐにここを離れねばならん。時間がおしていてな」
「了解いたしました。今後はどちらへ? お帰りの祭お立ち寄りいただければ、データをお持ち帰りいただけるように取り計らいますが」
「シャイアンのおもりだ。帰りは予想できんな」
 大げさにため息を吐いてみせる。合衆国軍部の統轄本部は、組織の幹部たる冬月にも手こずらされる相手らしい。理屈が通じず、過去の栄光だけを見ているような連中だ。手こずるのも無理はないか。
「では、実験の成功を祈る」

 

 

 操縦桿に備え付けられたスイッチを一つ、かなり頑丈な作りの『腕』はプログラム通りの動作を行う。とりあえず、使用することがあるとは思えないが、あると何かに使えそうな気がする。貧乏性なのだろうか?
 自分の回りはと言えば、耐ショック用に身体全体を覆うように、クッションが身体を固定している。
 暑い。
 が、それもいつものこと。液晶モニターに囲まれた一人乗りの艦橋に自分の鼓動だけが響いているような気がする。軽く深呼吸。
 初陣。
 この研究を狙う第三国の物からだという。周囲に怪しまれてはならないため、警備程度の兵力にとどめていたのが裏目に出た形だ。だから、テストパイロットの自分たちが戦闘をこなすことになる……想像だにしなかったことだ。
 数年前に旧ワシントン州にあった日本人居留地区よりスカウトされ、家族共々この地へやってきた。砂と空、風だけが支配する地に。当初10人居た仲間も、ある者は怪我をし、ある者は突然姿を消し……残ったのは自分を含めて3人。
「ムサシ?」
 広域ではなく、ふたりだけで決めた周波で呼びかける。ケイタには悪いが、ふたりだけの秘密なのがちょっと嬉しい。
『どうかしたか?』
 言葉の中に気遣いの色が見える。
「ん……なんでもない」
『そうか……120mmの戦車砲にも耐えるリアクティブアーマーだ。心配することはない。相手の戦車か何かを適当にひっくり返してやれば全ては終わるさ』
「ええ、そうね……」
 ムサシのひどく楽観的な予測に、自然と笑みが漏れる。安心させようとしてくれている。分かっててもそれを言わないのが、この場合の思いやりというものだろう。
 夜になれば相手が動き出すだろう。いつ頃かは分からない。明け方が常道とも言われるし、ならばこそ時間をずらすかも知れない。
 考えるのは上の人間のすること、と、思考を放棄してシートへと身を預ける。この狭い空間で他にできることと言えば……寝るぐらいか。

 

 

 傭兵隊の有する5両の歩兵戦闘車「M2A3:ブラッドリー」が先行する。夜半、日付が変わって間もない時間帯だ。
 遅れてつづく、4台のジープの荷台にはなかなかの数の武器が積み込まれている。
 陽動のブラッドリーが敵主力を引きつけ、その間にジープ隊が強襲をかけ資料を強奪。脱出時にあわせて、主力である少年一人が正面から参戦する……常識と非常識が入り交じった何とも言い難い作戦だ。
 本命部隊には、スターライトスコープを頸にぶら下げたあの少女の姿もある。ブラッドリー一両で運用人員は3名。残りの中から個人戦闘に長けた者を15人選抜し、ブラッドリーからの突入要員とする……平時は威力偵察要員とされているチームだ。さらに十二人選抜して、本命の資料収集要員とする。残りは生活班。60人の大所帯とはいえ、意外と余裕がない。
 中隊規模に届かないが、みな歴戦の勇士達だ。戦闘能力は高い。
 【ビスマルク】が指揮する陽動部隊と、【グラント】率いる内部制圧隊が整列する前に、少年が立つ。
『時計あわせだ。5・4・3・2・1・セット。
 これより作戦を開始する。以降の指揮は【ビスマルク】と【グラント】に一任。緊急事態の発生時には指示を仰ぐように。行け』


 

『二時方向にエンジン音複数を確認』
 ヘッドセットのイヤホンから、実験稼働時にはいつも管制してくれる女性からの声が流れてくる。
 緊張してる。
『……全艦に通達。赤いマーキングのある車両の破壊は避けるように』
 それが分かっても何ができるわけではない。もとより、あまり好きな相手ではない。別に何かしてやろうという気も起きない。
 いつものように艦体を操り、エレベーターの順番を待つ。
 最初がケイタ、次がムサシ、最後にマナ。特別な指示がない限りこの順番は固定だ。
 おっとりしているようで意外と強かなケイタ、司令塔の役割を十分果たすムサシ、最後に、守られている自分。考えてみれば納得できるのだが、これではちょっと情けない。
 全装備重量58トンの巨体を、二本の足が支える。機動力をウリとするマナの参型艦体は、他より軽くサスペンションもかなり強固な作りの物に換装されている。TEST TYPEなだけに、様々なパターンが試されているわけだ。
 火力重視の思想で携帯弾数を増やし、動きが鈍くなることをカバーするために装甲も強化したケイタの弐型艦体。情報収集・処理能力を強化し、対ECM装備も備えたムサシの乗艦、部隊長仕様の壱型艦体。
 その二体が姿を消し、自分の前で巨大なエレベーターが扉を開く。グラブの中がいやに湿っている。汗、か。緊張している。今は適温に保たれている艦橋も、戦闘起動すれば冷却が追いつかずにかなり暑くなることが経験上分かっている。
 前へ。

 

 20m地下から舗装したという、飛行場も上回る強固な大地へと足を踏み降ろす。自重をたわむことなく強固に受け止める。
 友軍艦二隻の位置を確認。
 自動チューニングで拾ってくる指揮無線の情報。
『マナはそこで待機だ。陽動の可能性がある』
『了解』
 面白くはないが、上官機に乗っているムサシの言は絶対。軽装甲高機動の参型にとって、拠点防衛は向かないのだが……。
 それほど派手ではないが、主砲が着弾する鈍い音や、比較的軽い火薬の破裂音がする。聞き慣れない炸薬の破裂音が混じっているのが気にかかる。
 気にかかるが、それを無視。あのふたりなら任せても大丈夫……

「ブラッドリー・5、確認。これより迎撃にはいる」
 25ミリ弾が装甲の上で跳ねる。今は問題ないようだが、そのうちどんな不具合を内部にもたらすか知れた物ではない。一両につき900発、その衝撃はバカにならない。関節部やカメラにでも受ければ戦闘の継続は難しいだろう。
 まずは、艦首ガトリング砲を掃射。脚部の間に挟み込まれるように設置されている主砲のサイトを起動する。
 画面に照星が現れ、ムサシの視点を追って動く。
 そうでもしなければ、別途砲手が必要になる。
 セカンド・インパクトによって人口が激減したこの世界にとって、一番足りないのは人材だ。運用人員は少ないに越したことはない。となれば「信頼性の高い高度な自動システム」などと言う無茶な物が必要になるわけだが……
「実戦テスト……そんなわけないか……」
 ブラッドリー歩兵戦闘車に正面を向けたまま、艦体を左へ進ませる。
 ケイタと距離を置く方向へ。うまく挟撃体制に持ち込めればかなり有利な状況になる。
 威嚇の意味も込めて、主砲を……移動をやめ、プログラム通りに射撃体勢をとって一射。
 が、うまく行かない。TOW対戦車ミサイル斉射を置きみやげに、ブラッドリーたちは急速後退をかける。
 何も考える余裕などなかった。
 シミュレーションで一度だけ講じた手段の通りに身体が動いた。
 照準もそこそこに30mmガトリング砲を空中にばらまく。
 強引な弾幕防御に、壱型へ向かっていた4発中3発が引っかかる……照り返し……その爆炎を突っ切って時差を付けて放たれた残る1発が着弾。
 衝撃にバランスが崩れる。
 リアクティブアーマーが吹き飛び、その衝撃に対抗。
 オートで艦体が沈みこみ、サスペンションをフルに使って艦体が衝撃を逃がしにかかる。
 後退。着弾のショックに押されるように後退。

 

 

 3発着弾、右舷第1装甲小破・・・他問題なし。
 この艦体に機敏さを求めるのは酷。
 正面から受け、リアクティブアーマーで受け流す。
 ロック
 衝撃があろうがなかろうが関係ない。急速後退をかける1両に照星が固定される。
 右手が、操縦桿を強く握りしめる……人差し指の下にあったボタン……127mmの主砲が火を噴く……直撃はしない、至近弾。目に見えてその速度が落ちる。
 対抗するかのように、TWO対戦車ミサイルがもう一派。
 下手に迎撃をせず身を低くして前へ出る。迷わずアフターバーナーを焚く。左右に設えられたロケットエンジンに水素燃料と液体酸素が供給される。
 背後から叩き付けるような衝撃。吹き飛ばされるように弾幕の前へ出る。
 こんな状態で細かいコントロールが効くはずもなく、小破したブラッドリーをその質量に任せ吹き飛ばす。
 崩れたバランスを立て直すべく、主砲を逆に振る。
 持ち直した。
 各装甲版を開きエアブレーキ。
 一瞬だけの加速だけにそれほど戦場から離れずに両脚と、補助脚まで使って停止。
 方向転換と同時に目標を黙視にて確認。
 ロック・オン。
 反動が艦体を突き抜ける。
 距離を取ったことを利用し、遠慮なく狙撃を開始する。
「くっ、動きがいいっ」
 当たらない。

 

 

 双方決定的な一撃を受けないように動きが早い。
 一応、小型火器での応酬はあるようだが決定打にはなっていない様子だ。
 ムサシもこれだけ至近距離では主砲の管制がうまく行かず、システム側から射撃許可が下りない。
 ブラッドリーの方は、残り少ない対戦車ミサイルを先のもう1隻のような力業で躱されては打つ手がなくなってしまう。
 高速機動しながら相手がバランスを崩して転ぶなどの好機を待つ。あとは、ガスと忍耐、場数がものを云う。

 重量とサイズの都合上、砲身を途中で切ってしまったためか500mを越えた命中率はすこぶる悪い。
 ならば、装弾数が最も多いこの艦体の特性を生かし安全な距離を置いて狙撃に徹するか……。自分まで乱戦の中に飛び込むのは得策ではない。
 冷静に、冷静に……
 口の中で言葉を転がし、自分に言い聞かせる。
 今度こそ……目に見えて減って行く残量カウントが、新たな判断をケイタに要求していた。

 

 

 撃てない。
 システムメッセージは何度となく射撃の機会をマナに伝えている。
 艦首の30mmガトリング砲を1射すれば、相手は総崩れになるだろう。
 装甲など無いに等しい四輪駆動車や、煩わしい侵入者達を沈黙させるのは造作もないはずだ。
 マナは兵士ではない。ただのテストパイロットだ。
 建前はともかく、気構えの問題だ。
 だから迫撃砲の直撃を受けようが、榴弾砲を撃ち込まれようが目立った被害がなく、安全な鉄騎から生身の人間に反撃をすることなど考えも付かなかった。

 

 

 化け物……そう形容するに足る姿だった。
 戦車が浮いている……全高は8mだが、その艦首は3〜4mほどの高さにある。
 その下に禍々しい影。独立稼働するそれは、不思議なことに全く火を噴かない。
 【グラント】の指示に従い半分の6人が建物へ駆け込み、もう半分がこの化け物戦車の相手。
 エイブラムなら対処法がいくつかあるが、こんな物相手にセオリーなど有りはしない。
「話が違う」
 施設警護の兵士達が歩兵戦闘車の迎撃に出ている隙に、内部を制圧。データを持ち帰る予定だった。比較的楽な仕事のはずだった。少なくとも、そう聞かされていた。
 とりあえず、誰か車両からがぶちまけた弾薬類から対戦車砲を担ぎ出す。これが、携帯用ではいちばん威力のある歩兵兵装のはず。
 当然、とても少女の手におえる物ではない。
 砲身全てを持ち上げることなど叶わず、基部を地面につけ砲口を目標に定めるのが精一杯。
 一応支給されていた耳栓を押し込み、口を大きく開けながら狙いを付ける。端から見ると間抜けなことこの上ないが、口を開けるのを怠ると衝撃で鼓膜が破れる。
『ヒカリ、それは君では無理だ』
 誰かの注意が飛ぶが、聞こえない。
 自分のタイミングで、無造作にトリガースイッチを押し込む。
 反動が来た。砲身が跳ね上がる。
 世界がひっくりかえった。僅かな浮遊感とそのあとの衝撃。砲身にはじき飛ばされ、華奢な身体が吹き投げ出された……理解はした。無意識だが受け身をとったらしく、動かない箇所はない……青痣はいくつかできそうだが。
 無音。
 ああ、耳栓をしていたんだ……ぼんやりと記憶が戻ってくる。
 まだ痺れたように感覚が鈍い身体を引き起こして戦果を確認。
 昼間の熱気を放出しきったコンクリート。その上にばらまかれた砂埃が、野戦服に刷り込まれている。そんな物、いま気にしてもしかたがないが……

 

 

 一番でかい打撃が来た。下から突き上げるような。
 一気にアラーム表示が増える。視界が真っ赤に染まる。
 殺らなければ殺られる……今までこの安全な鉄の塊の中にいて、初めて味わう恐怖。
 ATM(対戦車ミサイル)が艦首30mmガトリング砲を直撃。全く使用されず残っていた弾薬に引火したものと思われる。
「ま……まだ動く。死んでない……まだ動く……動くんだからぁぁぁぁぁ」
 主砲は、爆発の影響でゆがみを生じ使い物にならなくなってしまった。
 少なくとも、警告表示とその理由にはそう出ている。火器管制系が発射許可を出さないため、実際がどうであっても使えないのは間違いない。
 残る武装は背中に背負った対空ミサイルのみ。
 絶叫することで、怯懦を叩き伏せる。……いや、ねじ伏せたつもりになる。自分を騙す。
 前へ踏み出す。
 撤退を推奨する表示を消去。
 足下のジープを蹴り飛ばす。
 かなりの衝撃はあったが、転がってゆくそれをモニター越しに見やる。
 不幸にもその経路から逃げ遅れた者もいるようだが、マナの目には入らない。
 比較的軽い自重が幸いしたのか、強固な足回りが幸いしたのか。
 2本のアームを操り、一台のジープを抱え上げ、もう一台へと投げ捨てる。
 爆
 残っていた燃料に引火、さらに残っていた弾薬類を巻き込み近くにいた侵入者達をなぎ倒す。


 モニター越しの照り返しを受け、暫し陶然とそれを眺める。
 背後でもう一つ、大気を震わす衝撃と共に火柱が上がった。

 

 

 それは一台の車だった。目立った装備は何もなく、乗車しているのは一人だけ。
『ここは私有地です。早急に退去してください』
 不審車両は、ヴォイスチェンジされたケイタの声を無視……いや、止まった。
 幌が取り外され、オープンとなっている車上に不審人物が立ち上がる。
『うちの連中をかわいがってくれたんは……お前らか?』
 集音マイクに飛び込んできたのは、幾分訛りのある英語。身体の大きさからして、ケイタとそうは変わらない年齢ではないか?
『返事無しか……』
 車の周囲の砂埃が動いた。徐々に集まり何かの姿をとる。
「バカな……」
 ケイタの呟きももっともだ。車上の人物と自分の間にそれが立ちふさがっていた。
 第3の人物……いや、人物と言うには語弊があるだろう。人に似て異なる存在。
 オートサイトの30mmガトリング砲が狙いを切り替えた。車上の人物の前に立ちふさがるそれ。この状態で撃ち込めば、二人まとめて肉塊にできるだろう。
 僅かに躊躇い、トリガーを引く。

 頭の奥の方から何かが警告する。
――終わっていない――
 とっさに一歩下がる。理由などない。
 そうするべきだと思ったからそうしたまで。
 前触れなく、下から突き上げられた。
 艦体が衝撃に震えるが、目立った損害は無し。
「なんなんだ、今のは……」
 先の侵入者と不可解な現象は始末したはず……人間のなれの果てを見て喜ぶような趣味は持ち合わせていないため、確認はしなかったが……まさか。
『えらい挨拶やないか……』
 ヤツの声だ。
 彼の乗ってきた車の周囲だけ、きれいに弾丸が避けている。
 そんなバカな……
『その根性に免じて、それなりに本気でかかったるわ』
 黒の人型の形が崩れ、車上の人物にまとわりつく。
 「あっ!」と思ったときには遅かった。
 今度は舳先に横殴りの衝撃。
 総重量82トンの弐型がよろめいた。
 これぐらいなら双脚の動きでバランスは保てる。
 重心が移った方へ小さく足を踏み出す。
 それがトラップ。
 いつの間に着地したか、その足が地に着く寸前に殴りつける。
 足一本でも10数トンはあるだろうが、その一撃で足の落下点が大幅に外へと狂う。
 それでも補助脚までも動員して、完全な倒壊は免れる。
 下がりすぎた艦体に押しつぶされ、砲塔を歪め使い物にならなくしてしまったが、倒れてしまうよりマシだ。こんな物が倒れたら、それだけで大破してしまう。
 引き替えに、無理をした左脚は高速機動に耐えないだろう。
 警告灯が左脚部の図を真っ赤に染めている。
「ここを通したら、あいつにあわせる顔がないっ」
 まだ諦めるわけにはいかない。それが視界に入ったことだけを確認して、舳先の30mmガトリング砲を適当に撃ちまくる……

 30ミリ弾を身に纏った力場で受け止める。ガードの上から殴りつけられているような衝撃。
 おかしい……エイブラムの120mmを喰らっても衝撃すら感じなかったのに。
 第二の身体を鎧のように身に纏い、その外側を不思議なフィールドが包み込む。こうすれば、いつもにもまして物理を越えた力を発揮できる。その自らの拳をもって主力戦車をも叩き伏せてきた。
「っかし、これだけ無駄弾使うんはシロウトやな」
 平坦だったコンクリートの地面に、遠慮なく弾痕が刻まれてゆく。
 鈍い痛みに顔をしかめながらも、弾丸の雨をおして前へ出る。
 そのまま、跳ぶ。
 甲板上部に付いているロケットエンジン部分に手をかけ、着地。
「んなもん背負とったら、燃料がどっかあるんは間違いないしな……」
 TWO対戦車ミサイルの直撃を受けた破砕口に手をかけ、特殊装甲の破れ目を押し広げる。
 その間、振り落とそうと無茶な機動を続けるケイタだが、脚の破損のためにたいして激しい動きにならない。
 出てきたのは真っ黒なボンベ。
「なるほど」
 無造作にそれを手刀で切断。
 切断した破片を空中で掴むと、一息にボンベ本体へ叩き付ける。
 水素ガスが吹き出すそこへ。
 火花
 引火
 爆発
 当の本人は、燃焼ガスにのって離れる。
 加熱された他のボンベが破裂。第2弾の爆発を産む。
 2本の脚は崩れ落ち、艦体の後ろ半分は見るも無惨に焼け焦げている。
 トライデント級陸上巡洋艦弐型は、沈黙した。

 

『弐型、戦闘不能です。被験者02の生死も不明です』
『処分しろ。機密は守らねばならん』
『しかし……』
『聞こえなかったのか?』
『……弐型及び、被験者02の抹消措置を執ります』

 

 前兆はなかった。ただ、目の前の残骸がいきなり弾け跳んだ。
 残っていた弾薬全てに引火しただけでは説明できない炎の乱舞。
「なんや、自分らで始末つけよった……何モンや、こいつら……」
 その向こうで、もう一つ炎の花が咲いて

……散った。

 

 

 突然明るくなった右のモニタ。
 2度目の火柱だ。
『01からHQへ。あの火柱は何か? 状況の説明を求める』
 余裕が無くなっている。艦体に蓄積されたダメージも無視できない。
『02が破壊された。03と合流して本部防衛に当たれ』
『ケ……ケイタは無事ですか?』
『不明だ』
 ソウリュウ主任が淡々と告げる。いつもなら憎まれ口の一つも叩くのだが、今はそれどころではない。
『では救助に…』
『キサマ一人で、弐型の装甲を破るようなヤツに勝つつもりか? 冷静になれ。参型と協力して侵入者を排除すれば救助活動も出来る』
 虫の好かない男ではあるが、言っていることは正しい。だから余計に腹が立つ。確かに、マナも心配ではある。
『分かった』
 吐き捨てるようにそれだけ言うと、3両のブラッドリーに背を向け全速力で地を駆ける。後ろめたさと焦燥。
 速度調節のスロットルレバーをあらん限りの力を込めて握りしめる。
 背後からの射撃に、放熱器がいくつか吹き飛ぶがそんな物は無視。追ってくる2両のブラッドリーを引き連れ、走る。赤いマーキングを施した、指揮車両を残して。

 よく分からない外骨格によって強化された身体が、まさしく跳ぶように地を駆ける。炎上する車を目印に、遠慮なくその能力の全てを解放する。
 前の物よりふた周りは小柄な2足歩行の戦車。前部がひどく壊れているのが、炎の照り返しでよく分かる。
 速度を落とすことなく、目標をそれに切り替え、跳ぶ。
 特殊合金の装甲板に生身の人間を叩き付けると、あまり見たくない結果になるだろう。が、少年はそれを敢行する。狙いは・・・左脚部。
 物理法則を越え、関節部へ両足をそろえ、踵からぶつかり、砕く。突き抜け、もう一方の脚を普通に蹴り飛ばして止まる。
 
 壊

 残った脚に受けた衝撃に従い、そのまま艦体が右側へ傾いでゆく。

 崩

 と、その巨躯が自重で押しつぶされる。こうなれば堅牢な装甲板も身を守るどころか、破壊のための質量にしかならない。
 搭乗しているマナは、転倒時身体保護用のエアバッグのスイッチを右の拳で殴りつけ、シートに身体を固定されたまま出来るだけ身体を小さくする。考えるまでもない。急な倒壊は実験中幾度か経験した物だ。実戦の恐怖に心臓を鷲掴みにされながらも、為すべき事は為す。
 右側に引かれる感触。身体を固定するクッションを解除し、膝を抱えて丸くなる。柔らかい物に身体が包まれ……衝撃に、少しだけ気が遠くなり……何かが……

 

 

『参型倒壊、戦闘不能です。被験者03の生存を確認。マニュアルE−4に従い対倒壊体制にあります』
『脱出は?』
 パイロットを気遣うと言うよりも、そうすべきと判断して口に出しているようにしか見えないのが、ソウリュウの徳のないところだろう。
『可能です』
 本来なら実験データの収集に使われるべきコントロールルーム全体に、安堵の息が漏れる。既に子供たちに死者が出ている。研究者であり、通常の神経を持つ大半の所員にあっては当然の感情だろう。
『入ってきた連中はどこだ?』
『ブロックAにて迎撃機器群と交戦中です。隔壁を破る時間も想定すると……10分程度は稼げるものと……』
『そうか……奴らにはC−1ブロックの資料をくれてやれ。
 Phase−IIは出せるな?』
『Bacic Typeはいつでも……』
 答えはするが、前後の脈絡がない主任に少し面食らう。
『違う、Advanced Typeだ』
 そう、分解中と称した艦だ。
『しかし、アレはエネルギー消費に問題が……』
『今、解決した』
『は?』
『A−13が活性化した』
 マナ・キリシマの身体データの送信が止まっている。Phase−I“Trident”の艦橋にいる間は、マナに埋め込まれたセンサーからの信号を受け絶えずコントロールルームに送信されるはずだ。現に、つい先ほどその表示をもってマナの無事を確かめたのだから……
『早く上げろ。03に乗り換えさせる。時間は、01が稼ぐだろうさ……命懸けでな』

 

 

「何これ……」
 固定されていなかった備品が身体に降りかかり、すんでの所で何かに弾かれマナに触れることなく新しく床面となった右側モニタブロックに落ちてゆく。よく分からないが、それを当然のことと認識。
 いつの間にか、自分の足下に転がっていた不定形の物体に脱出用のハッチの破壊を命じる。理解しているわけではないが、それがそこにあるのは当然であり、今自分が命じたことぐらいは出来る。確信めいたものが自分の中にある。
『HQより03。新しい艦体を出す。乗り換えろ』
 気遣いのない、冷酷とも言える命令。
「Yes,Sir」
 当然のようにそれを受け入れるマナ。自分の中の何かが高揚している。自信……いや、自己過信の域にまで達しているかも知れない。
 遠くから地響きが伝わってくる中、不定形のそれが開けた出口へと這って進む。

 

 

「マナっ!」
 陸上巡洋艦、最大の弱点である脚部の破損による倒壊。幸いに、弾薬の誘爆は避けられたようだが……艦首の破砕口が痛々しい。
 それにしても、これだけのことをしでかすだけの戦力が見あたらない。追いついてきたブラッドリーからの射撃がうざったい。それでなくてもここまで走行してきた熱量が、いくつか放熱器を破壊されたために排出しきれずに艦内に蓄積され、艦橋内もサウナ状態になっている。疳に障ることこの上ない。
 今度は2両のブラッドリーが相手。汗を拭い、照準を起動する。動けないマナを守らねばならない……

 

 

『誰か、生存者はあるか?』
 大声というわけに行かない。車の残骸の影を覗き込み声をかけるのが精一杯。それ以外にも、倒れている者の息を確認する事も忘れない。
 自分の迂闊さに腹が立つ。……この分では内通者が居たか……
「スズハラ?」
 やけに疲れた響きを持つ、聞き慣れた声。ここ数ヶ月、この声に幾度救われたことか……
「ヒカリ、無事やったか……」
 唯一無事に残っていた車両の影にへたり込んだまま頷き無事を伝える。
「悪いけど、もうしばらくそのまま隠れとってくれ。アレを片づけてから引き上げるわ」

 

 

 上空、SEELE社所有自家用小型ジェット内……
「閣下……」
「動いたかね? ソウリュウが」
「はい、A−15より報告……A−13が目覚めたようです。隠し持っていた専用艦を投入すると……」
「止めなくていい。その変わり、A−13と“Longinus”の実戦データは確保しておけ。どちらも単体では双方制御に難があるが、組み合わせれば面白いことになるだろう。どうせ、ネバダの研究所は処分する予定だったからな」
「A−12のスタンバイは完了していますが……」
「待機させておけ」
「はっ」

 

 

 艦体重量の1/3を占める燃料電池。この艦を5時間程度フル稼働状態に置くことが可能ではあるが、実戦レベルでは決して余裕があるものとは言えない。ましてや、膨大な電力を必要とする光学兵器――つまりは、大出力のレーザー光線銃――を搭載しては……その活動時間は兵器としてどころか玩具よりもひどい代物だ。
 主砲を2射すれば、燃料電池の交換に専用の設備と6時間の作業、10人以上の技術者を要する。
 実験段階の兵器とは言え、これでは実用化までどれほどの時間と費用がかかるか想像も付かない。
『主任の道楽』
 と呼ばれたPhase−II“Longinus”。
 Phase−I“Trident”の正当な後継機であるPhase−II“Gungnir”は、全体的に性能の底上げと機能の簡略化、コストダウンを目的としているため技術的な冒険はほとんど為されていない。
 対して、“Longinus”は“Trident”で得られたデータ上の弱点を克服する事だけを優先して作られている。対空装備と、双腕に固定された7.62mmの機銃は市街地戦を想定し装甲車程度を想定した30mmより、対人に絞り重量と取り回しを優先した装備。装弾数も飛躍的に上昇し、長時間の戦闘行動が可能になっている。
 電力さえ確保できれば、強力な陸戦兵器にになるだろう。

 それも、『できれば』の前提条件付きだ。
 敵は『エネルギー保存の法則』。そう簡単に解決するようなものではない。
 それが、
『今、解決した』
 とは……主任の正気を疑うほかない。

 

 

 それを見上げる。
 たった今、地下のドッグよりエレベータにて搬送されてきたもの。
 架台に固定されたそれは、“Trident”よりふた周りは小さい。
 不定形のそれが、マナの意志に従って艦を我がものにするために侵入する。
 背後から、光。続いて轟音と衝撃。一両、歩兵戦闘車が主砲の直撃を喰らったらしい。
 不快気に髪を押さえるが、振り向きもしない。
 待つこと数秒。
 満足げに頷き、下部ハッチの真下へと歩を進める。コンクリートと、軍靴の間に挟まれた砂が砕けるのが分かる。
 そこまでの力、
 そこまでの感覚。
 マナ・キリシマは人を越えた。

 

 

 炎の照り返しを受け、黒の鎧と鉄の巨人は対峙する。
 ただ、立ちつくす黒の鎧。
 オーバーヒート寸前の艦体を抱え、慎重に照準をつける鉄の巨人。
 艦首30mmガトリング砲は撃ちつくし、残る対地装備は主砲のみ。あと2発だけスタンダードIIがあるが、これは状況を選ぶ上に破壊力は大したことがない。航空機など、翼の一部に傷を付けてやるだけで墜落してしまうような脆弱なもの。そんな物相手に、戦車も破壊するような炸薬は必要ない。
 と、黒の鎧がムサシの視界から消えた。
 赤外線センサなど近くで炎上している物体があっては役に立たない。
 焦り、艦体を数歩さげる……衝撃。艦体下部の警告灯が真っ赤に染まる。
 敵は……主砲の真ん前にいる。
 自らの汗を吸った軍服が重い。
「いけっ」
 強引に照準系をセットし、気合いの声と共にトリガスイッチを押し込む。

 衝撃

 混乱

 僅かの浮遊感から再びの衝撃

 ムサシの意識は、そこで途切れた。

 

 特に特別なことをしたわけではない。
 砲口に腕を突っ込んだだけだ。
 普通の人間なら四散して終わりだが、あいにくと彼は普通人間の規格を大きく逸脱し、物理法則にまでケンカを売っている。
 暴発した主砲が、過酷な機動でガタが来ていた艦体にとどめを刺した。
 さすがに、基幹ブロックは損傷はあるが健在、誘爆した弾倉から爆圧が抜けた背部のエンジン部は全壊。完全な無力化に成功している。
 衝撃のために、砕けてしまったコンクリートから両の足を抜く。
「けっこう痛かったな……」
 砲身から引き抜いた右手を握ったり開いたり。まだ、痺れに似た痛みが残っている。
 おかしい。
 今までなら、どんな衝撃も彼に届くことはなかった。

 何かが違う……
 何が違うかが解らない……

 今までにない不安を抱えながら、新たに動き出した機動兵器に向き直る。
 懐かしいような……それでいて怖気を誘うような……何とも言えない感覚に曝される。
 新たな敵と自分の間には、“Trident・壱型”の残骸。今までとは全く違う敵影に、戸惑いが隠せない。
 小さくなり、主砲塔が無くなった分機動力は上がっているだろう……だが、主力兵装の見当がつかない。
 イメージ。
 右腕の延長に巨大なナイフを。
 鎧の手甲がそのイメージ通りに刃を形成する。
 軽く振ってみると理想の重さがそこにある。
 試しに目の前の鉄塊を……抵抗無く振り切ったあとには鏡のような切断面を見せた装甲材。
「やったろやないか」
 言い聞かせる相手は自分だ。
 勝負は出会い頭で決まる。真っ直ぐ向かうのはダメだ。今までのように、相手の攻撃を受け付けないことを前提に動くのは危険すぎる。今日の相手はなんとなく……いや、確実に彼の身を守る力を弱める方法を講じている。そう言えば、ヒカリが日本に彼と同じような力を持った人物が居ると話していた。
 そういった存在をターゲットにしているのであれば……
 解ってしまえば勝てる。あとは主兵装さえ解れば……

 今し方、切り取った装甲材の破片を手に取る。切断面意外は凹凸が激しく今回の用途には都合がいい。
 目標との距離は、目測で100メートルほど。
 “Longinus”の左へ、サイドスローで放る。けたたましい音を立てながら、金属塊がコンクリート上を転がる。直後、黒の少年自身は音もなく逆へ奔る。赤外線センサは“Trident・壱型”の放射する熱で使い物にならないはずだ。暗視対応に切り替えた光学センサで、まだ燃えている“Trident・壱型”を直視するのは不可能。音響センサに頼っているならこのトラップには引っ掛かるだろう。
 一旦、相手から離れるコースへ。道半ばで転じて、後ろへ回り込むコースへ。
 艦橋の構造は知らないが、外部の構造体……とりわけ、腕と思しき物体が視界の邪魔をするはず。
 狙い通り、金属片へ艦体を向けている。これで貰った……
 いや、違うっ?
 艦体の不自然な動き……考える間もなく重心を下げる。
 来たっ
 と思う間もなく、左側面に直接衝撃が来る。いつもの、身体の前で弾く感覚ではなく鎧を通して自分へ直接打撃が来る。それを堪え、前へ。それでも弾丸は彼を追尾してくる。
 さすがにその速さには追いつけないようで、幾分ばらけはしたが当たる時には当たる。
 近づけない。
 たまらず地を這うように跳ぶ。地を滑り“Longinus”の背後にたどり着く。
 銃弾の雨が止んだ。
 顔を上げれば、振り向きつつあるその艦体。
 流れる身体を右足一本で抑え、バネに変えて溜め強引に前へ出る。

 

 後ろに回った影を捉えられない。
 眼を閉じ、左右の操縦桿に手を置いたまま動かそうとはしない。その必要もない。
 マナの意識が命じるまま、“Longinus”は回頭を開始する。残っていたブラッドリーが対戦車ロケット弾の残弾全てをその背後に向けて撃ち出す。
 至近弾だ。2発、ほぼ同時に着弾。
 いや、その前に赤い壁が……衝撃も何も全てを遮り、その艦体を保護する。後背の歩兵戦闘車は無視。急速後退を掛けるのを、させたいようにしておく。強引に突入しようとする影には、左の機銃を向ける。もともとの設計にはない動きだ。
 撃つ。
 先よりもマナが慣れた分、正確に黒の鎧へと着弾する。それでバランスを崩したか、脚力にあかせて半ば飛んでいた身体がコンクリートの地面に転がる。遮蔽物のないところで相手が止まった。
 チャンスだ。
 力を集める。射撃に必要な力を。

 


 撃墜されたダメージはあるが、まだ動ける。
 まだアレには何かある。
 確信がある。強いて言えば“勘”だろう。
 だから、左手で地面をブッ叩いた。
 彼と“Longinus”の間を何かが遮った。直後、少年への射線に当たる場所が軽快な音と共に弾ける。

 

 何が起こったのか……目の前に壁。数秒前まではそこにそんな物は存在しなかった。生えてきたのだ……地面から。高出力のレーザーは人間の目には見えないのだが、弾けたところが着弾点だと分かる。恐らく、コンクリートに残っていた水が瞬間的に熱せられ、膨張し破壊したのだろう。
 そう……間違いなくそれは、地下深くまでこの地を構成するコンクリートに違いない。
 しかし、なぜ。
 その壁の上に人影。気が付いた瞬間、後退を掛ける。
 遅い。
 次々に隆起する地面を足場に、それは目の前にいた。
 突き出されるそれを避けるために、艦橋の中のマナが仰け反る。その反射的行動がマナを救った。
 マナの動きを反映して跳ね上がった艦首が、少年の目測を誤らせる。右腕を前甲板の装甲板にねじ込むが、入りが浅い。それにかまわず、右腕の刃を突き刺したまま走る。
 双方のATフィールドは中和され、自身の身に纏った第二の身体のみの勝負。
 A−13“バルディエル”が乗っ取り、この世ならざるものへと変貌させた機動兵器のモーターが唸り、少年を振り落とそうと艦体を振り回す。
 それにタイミングを合わせ、脚を伝うように地上へと降りる。膝関節部に一撃を加えて地上に降り立つ。そこを狙って踏みつぶそうとする脚を余裕で躱し、必要以上に距離を取る。機銃掃射の前に壁が出現……“Longinus”がバランスを崩し、その高さを減じた。

 

 切り裂かれた背中が痛む。“Longinus”が受けたダメージを自分も受けている。小煩い敵に射撃をすれば足場を喪う……今の落下で右脚部と右腕が完全に折れてしまっている。修復はできるが時間がかかる。勝てるとすれば……

 

「A−15より報告。A−13、戦闘不能かと。閣下、いかがなされますか?」
「規定の処置を行え。A−12だ。E−4を残すのもやっかいだ」
「了解しました」
 E−4……つまりは、少年の意外なほどの能力に驚きを禁じ得ない。が、SEELE社幹部である冬月に動揺は許されない。恬淡としてその事実を受け止めるしかない。
 まさか、大地を思うままに操るとは……
 先に任務に失敗し、敵に寝返ったE−1は水を意のままに操ったという。
 裏社会で有名な護衛屋であった『赤の女帝』E−2は炎を操るという。
 最大の懸案、E−3の能力は不明。影に根ざしていると言うが、その影から離れて行動したとも言う。
 それよりも、だ。
 E−4は戦略的価値は高いが、危険すぎる。その気になれば巨大地震や火山活動を起こすことも理論上可能になってくる。それは、「外」に対して影響力を行使する[Evangelion Type]破棄の理由の一つだ。
 コントロールできない力は持たない。
 消極的な選択だが、要は戦争をコントロールできればよい。終わらせてしまうほどの力は必要ない。

 

 

 コントロールルームを、悲鳴が支配していた。
 侵入者達は、誘導された端末から想定されただけの情報だけを引き出して、進入経路とは違う方向へ退路を求めている。
 外では、天地創造さながらの異常事態と守備側機動兵器の全滅という想定外の事態に陥っている。その機動兵器にしたところで、先ほどまであり得ない数値を叩き出し続け、オペレートを既に放棄している。
 今は、この部屋に閉じこもり嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
 この場を生き延びても、ソウリュウを待ち受けるものは大して違いはないだろうが。

 

 

 沈黙。
 そう称しても良いだろう。
 最大の武器であった高出力レーザー砲塔は地中。身動きはとれない。
『投降しろ。悪いようにはしない』
 今その場で、間違いなく少年は勝者だった。
 注意はしていただろうが、油断があったことは否定できない。
 いや、保険として、壱型艦艇の残骸を背にはしていた。中の人間が生きていることは分かっている。だから無茶はしないだろう、と。
 だからと言うものでもないが、ヒカリが停車したジープからこちらへ駆けてくるのも別段気にとめることもなかった。いや、一瞬だけ確認のために気をやった。
 衝撃も何もなく、痛覚だけが意識を支配する。極端に軽くなった右半身に手をやるが空を掴むだけ。
 迂闊。
 高出力レーザー砲塔は何も艦体下部だけではなかった。舷側部にも装備されていた。
 それと認識するよりも早く、脱出機構が働き艦橋ブロックが露出する。
 爆発ボルトにて解放。獣のごとく影が飛び出す。
 炭化した傷口から手を放し、正面から来る影に手刀を突き込む。
 ボロボロになった右脚を引きずり、左足一本で行った跳躍のためか、少年の思惑を外れ黒の鎧の死力を尽くしたカウンターも右脇腹の肉と、既に使い物にならない右腕をもぎ取っただけ。
 マナの左手に握られたGovernmentが、唯一露出している箇所……少年の目に、体当たりするように突き込まれる。
 引き金を引くごとに軽くなる銃。装填数8発。380ACP弾を全て使い切る。

 もつれあうように倒れ、一息吐く。
 次に目を開くと、眼前にはアサルトライフルの銃口。
 ATフィールドを張れば造作ない。
 慌てることなく、身を守ることだけを考える。
 それで十分。なぜかは分からないが知っている。
 ……いや、中和されている!
 衝撃と痛み、遠ざかってゆく意識。
 なぜ?

 それが、彼女が最後に認識した言葉。

 

 

 自分と同じ歳ぐらいだろうか。フルオートで放った銃弾は少女の身体をたやすく貫き、その命を絶った。
 それと同じくして、少年を覆っていた鎧が消える。
「トウジ?」
 無駄とは思いつつも、「もしかしたら」に賭けて声を掛けてみる。
 建造物からは、まだ銃撃の音が散発的に聞こえる。
 脈も、呼吸もない。
 380ACP弾を8発も頭部に打ち込まれたのだから、「一縷の望み」もなにもあった物ではない。
 不思議と涙は出ない。アレだけ非常識な戦いを見たあとだけに、現実感が戻ってこない。
「帰ろう……ね」
 その骸を苦労して担ぎ上げる。あとは、近場のジープまで。
 鍛えられたトウジの躯は重かったが、それなりに鍛えているヒカリが担げないほどではない。幾度か休憩を挟みながら、引きずるように車へと。
 屋内の戦闘は気になるが、ひとりで援護に回れる物ではない。
 僅かな迷いを振り切って、
 もう、帰ろう。
 姉と、妹と、あの国へ。

 

 


 


 一通り読み終わり……
 何だかやりきれない。
 この半年、の間に自分にも色々あったが……
 その「色々」の大部分を握っている少年を振り返ってみる。よく眠っている。これでも、アスカが銃の一つにでも触れれば飛び起きるのだから……少し悲しい物があるが、頼りがいもある。
「あれ? この話って……」
 毎朝配信されてくるWebNewsに検索を掛けてみる。一般向けではなく、あまり真っ当ではない物を。
≪合衆国中部にて研究施設が消滅≫
 数日前の記事。その見出しの一つにヒットした。
 合衆国軍の機密の相当する物だが、流れるところには瞬く間に流れる情報だ。もちろん、この研究施設が実質SEELE社の傘下にあることも報じられている。
 遠いアメリカの事件など直接関係ないため、見出ししか見ていなかったが、その記事を開いてみれば、
≪ソウリュウ博士以下120名全員不明≫
の小見出し。
 添付されていた写真は、どこかの学会か何かで発言している見覚えのある姿。
 あまり思い出したくない人物。
「ろくな死に方はしないと思ったけど……派手な死に方……」
「誰が?」
 背後から抱きしめてくれるまで気がつかなかった。認めたくはないが、それだけショックだったのだろうか?

 自分を捨てた父親の死が?

「古い知り合いが死んだのよ……たぶん、ね」
 人員はおろか、装備施設に至るまで完全に失せていたと記事は報じる。現場は軍により封じられ、空撮に乗り出したフリージャーナリストは撃墜されたとか。
 軍も本気で情報封鎖に乗り出したらしく、全く事件の全容が見えてこないと言う。この記事にしたところで、初期の混乱状態から漏れた情報から類推した物に過ぎない。当然、続報記事もない。
「さっ、今日も依頼はないみたいだけど……」
 金なら、普通に暮らす分には既に使い切れないほどある。二人とも生活には金をかけないが、武装にはふんだんに金をかけるため余裕があると言っても仕事をするに越したことはない。
「そう……気分転換にドライブでも行くかい? 今日も天気が良さそうだし」
 “シンジ”の提案に少しだけ考えて、首を横に振る。
「ちょっと、気分じゃないな……」
 抱きしめてくれる“シンジ”に上体を預け、ため息のように吐息。胸の奥に何かがつっかえているようだ。
「それよりも……」
 お腹のところで組まれている“シンジ”の手をほどき、その手をTシャツの上から自らの胸へと誘導する。
「なぐさめて……くれる?」
 振り返りながら、僅かに高い位置にある彼の顔を見上げる。
 貪るようなキス。
 そのまま、抱きかかえられるのが分かる。
 それでもキスはやめない。
 この暖かさだけは……離したくない。

 

 

 寂しいのは、もう


 

 

 

 

 

……耐えられそうにないから。

 

 

(Hades Deputize/Poseidon's Trident 冥王の使者、海神の矛 了)
ver.1.00 2000/08/30




あとがき

 まいど、片山でございます。

 何はともあれ110万ヒットですね。おめでとうございます。
 「太祖八尺の太刀を引っ提げ」
 ってほどではないのですが、100万ヒットで予定していたブツを納品に上がりました(笑)
 外伝的なお話しなのですが、裏事情が色々と詰まっています(笑)

 さぁ、「隠」シリーズもあと二話を残すのみです。
 もう少しだけおつき合い下さいませ。

 

 ご意見、ご感想、ご批判、等ございましたらこちら(kyow@k-katayama.net)まで。 





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