またこの夢だ。

 夢なのは判っているのに、どう足掻いても覚めない。

 黒尽くめの男たち。

 拉致、監禁。――昏倒。

 目が覚めた時は戦場だった。

 巨大な影がおれの目の前にあった。

 紫色の影――エヴァンゲリオン初号機。

 おれは初号機と戦っていた。なぜだ? おれは。おれは!

 初号機が振り下ろした剣を躱すことも出来ず、“おれの右腕”は切り落とされ

た。

 激痛と暗転。

 

 

「うわぁぁああああっ!!」

 ベッドからおれは跳ね起きた。脂汗が全身を覆っている。

 暫くして、漸く息が整った。

 恐ろしい夢だった。

 でもあの時は現実だったはずだ。

 シンジも惣流も同じなのだろう。多分、いや、おれ以上に心に傷を負っている

はずだ。

 ……誰も話してくれないから、訊けなかったから……、おれは独自で調べたん

だ。

 

 あの時……、二人――死んでいる……。

 

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        緑の街の物語 《Green-town's chronicle》

 

          第四話  夢の旋律  -2016.8-

 

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 その日の正午。

 おれは一人、第三新東京市へ向かう列車に乗り込んでいた。

 週一回のこの街での検査、月一回は第三新東京市で入念な検査を受ける。

 身体の具合も良く、もう行かなくていい病院へおれは向かっていた。

 約束が有ったから……。

 

 

 二ヶ月前。

「あ、ケンスケお兄ちゃん、また来たんだ」

「“また”はないだろう、ハルナちゃん」

 えへへ、と笑う少女。名前しか知らない。歳は十歳くらい、肩までのまっすぐ

な黒髪がよく似合っている。

 この病棟の待合室で、彼女のことを知らない者はない。それだけ人なつっこく、

明るい少女だった。おれの――人からはマニアックだとよく言われる、戦闘機や

戦艦の話も楽しそうに聞いてくれる。……内容については理解してくれて無いと

いう話も有るんだけどね。

「ああ、そうだ。これ」

 おれは用意してきた写真を彼女に手渡した。先月、ねだられて撮ってあげた物

だ。ファインダーの中のハルナちゃんはとてもいい表情(かお)をする。元気に

なれば、将来すてきなモデルになるだろう……そんな気持ちにさせる。

「ありがと、お兄ちゃん」

 笑う彼女におれも微笑み返す。トウジの気持ちが判る気がするな。……妹か。

《四五二番。相田ケンスケ様。第十四診察室へどうぞ》

「おっと、お呼び出しだ。じゃね。ハルナちゃん」

 おれは手を振った。

「ばいばーい」

 彼女は元気いっぱいに手を振ってくれた。

 

 

「後は、自宅療養かぁ」

 外科病棟のすぐ傍にある敷地のベンチに腰掛けおれは呟いた。

 グリーンタウン――またあの街に帰るのかと思うと少し憂鬱な気持ちになった。

あの街に帰るのが、シンジたちと一緒にいるのが厭なんじゃない。恐らくあそこ

はチルドレン、その候補生を閉じこめるために有るんじゃないかと思う。

 エヴァンゲリオン並びにその資料は全て破棄されたとの公表だがおれは信じち

ゃいない。いい方に考えればエヴァとシンクロできるチルドレンを守る為、悪い

方に考えれば即戦力を確保する為。

 ――誰に対して?

 そこまで考えて吹き出した。

 誇大妄想も甚だしい。

 仮にそうだったとして、おれに何が出来る?

 おれはあの戦いの時、自分の意志で行動している訳じゃなかった。

 そして今も見えない籠に入れられているような気分だ。

 虚無感が襲った。

「お兄ちゃん?」

 顔を上げると、目の前にハルナちゃんのくりくりとした黒瞳が有った。

「やぁ」

 返事も厭になるくらい弱々しい。

「診察、終わったんだ」

「ああ、来月から来なくてもいいってさ」

「そうなんだ。おめでとっ!」

「ありがと」

 屈託のない笑みを送ってくれる彼女に、おれは気持ちが静まるのを感じた。

「おれが来なくなると寂しいかい?」

「ん、大丈夫。慣れてるもん」

 この言葉を訊いて、正直がっかりした。――彼女の次の台詞を訊くまでは。

「だって、みんな消えていっちゃうんだもん。治った人も、治らなかった人も」

 おれは目をしばたたいた。

 別人のような彼女がいた。

 長い間の入院生活で、人の死に何度と無く直面してきたのだろう。

 あの可愛らしい黒瞳には虚無だけが映っていた。

 籠の中の鳥。

 おれの脳裏に、再び、その言葉が過る。

「ハルナね……来週、手術するの。失敗したら死んじゃうかも知れないんだって」

「失敗したらって……、怖くないのかい?」

 他人事のように話す彼女におれはびっくりして訊いた。

 級友のM――あいつは、内蔵を三分の一と左手を無くしたけど今じゃぴんぴん

している。大丈夫必ず治る。

 おれはそう言おうとして、やめた。治療にはネルフから莫大な金が出た筈だ。

おれの右腕にしても……。

「――平気だよ。消えるだけなんだもん」

「ハルナちゃん……」

 足掻いても抜け出せない籠の中の鳥。

 そうだ、そうなんだ。

「でもさ、将来なりたいものとか……無いの?」

「無いよ。お兄ちゃんは?」

「おれは……」

 同じく級友のK――治療の甲斐なく、死んだ。医者になるんだって言って沢山

勉強していたのに。死んだ。

 足掻いている鳥。

 それは……。

「おれは……映画を作るか写真を撮ったりしたいな」

 ハルナちゃんは黙ったままだ。

「いつか、ハルナちゃんを撮ってみたいな。もっとちゃんとした機材で。尤もお

れがプロになれたらの話だけど」

 もどかしい思いに、胸の中が掻きむしられるようだ。どうして上手く言えない

んだろ。自嘲気味な笑いを浮かべるおれに、ハルナちゃんは右手の小指を差し出

した。

「じゃ、約束。ハルナがんばるから、お兄ちゃんもがんばって」

「ああ、約束しよう」

 

 指切りを交わした後、ハルナちゃんは泣き出した。

 本当は怯えていたんだろう。

 おれは彼女が泣き止むまでずっと傍にいた。

 

 

 駅からのバスを降りたおれは、肩を落とし、とぼとぼと歩いていた。

「どうしたの?」

 意外と思う人物に声を掛けられた。

 綾波レイ。

 

「結局、苦しめただけかなって……思っちゃってさ」

 初夏の日差しが傾く中、茜色に染まった風景は気怠い風を運んでくる。公園の

ベンチにはおれと綾波の二人だけ。

 変だな、何で綾波にこんなこと話しているんだろ。

 ……彼女、こんなに話しやすい雰囲気持っていたっけ?

「そんなこと無いと思うわ。何もしなければ、何も変わらないもの。飛ぶ事を恐

れて籠の中にいると思っている鳥と同じだわ」

 彼女はおれの話を聞いた後、あっさりと求めていた答えを導き出してくれた。

 ――そうだ、おれは判っていた。判っていて躊躇っていたんだ。

「……そうか、そうだよな……ありがとう」

 一つは、綾波に。もう一つは――ハルナちゃんに。

「ハルナちゃん……良くなるといいわね」

 買い物袋を手に、立ち上がった綾波の顔には優しい笑みが浮かんでいた。

 不意におれは、シンジたちが耐えていける訳に気がついた。

 

 

「飛ぶってことは、落ちれば傷つくってことでもあるんだよなぁ……」

 外科病棟横のベンチ。おれは一人呟く。

 ハルナちゃんとした約束。二ヶ月後の第二日曜日にここで逢う。

 約束したとき、部屋番号とか色々訊いておけば――いや、看護婦に訊けばいい

ことだ、彼女のことを知らぬ者などいないのだから。

「まだまだ駄目だね。おれは」

 曇った眼鏡をハンカチで磨く。なんで何度磨いても曇りが取れないんだ?

 

 そろそろ空が夕日に染まり出す頃か。

 ――明日も来るか? ……いや、ナースセンターに行こう。

 意を決して立ち上がりかけたおれの両目を小さな掌が包んだ。

「だーれだ?」

 

 

               第四話 完          (→第五話へ)

 

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 ああ、性懲りもなく、オリキャラを出してしまった。(汗)

 風邪を引いた時、布団の中で作った話だからキャラが妙に弱気です。(笑)

 

 余談。

 

 ケンスケが、レイと話している日付は2016.6.5(日)です。(爆)

 レイの持っている買い物袋の中には、卵とか、ハムとか入っていると思って下

さい。

 

 では。

 

 

 

第二版 1997/11/30



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