「あの夏のパズル」

〜第二話〜

KOU





 「834円のお返しになります。有り難うございました」

 シンジはいつものスーパーで買い物を終わらせ店の外に出る。
 日は暮れ、数時間前まで見ていた空母から見た夕焼けが別世界のように思い起こさ
 れる。
 −−−弐号機か。流石に訓練してるだけあるよな。でもこれで僕の責任もずいぶん
    減るし、もしかしたら初号機に乗らなくていいかも。まああの専属パイロッ
    トの性格には問題あるけど‥‥。惣流・アスカ・ラングレーか、黙ってれば
    結構可愛いのに。

 街は灯りで包まれている。

 −−−さ、早く帰ってご飯作らなきゃ。ミサトさんもちょっと遅くなるって言って
    たから丁度いいぐらいかな。

 「あ!」

 シンジは足を止め、片方の手の荷物を下に置き財布を取り出す。そして中を覗き、
 続けて焦るようにポケットを探る。
 −−−2本しか買えないや。ミサトさんに買って帰るよう電話しとかなきゃ。
 シンジは片手で荷物を持つと、急ぎ足で酒屋に向かった。そのもう一方の手にテレ
 カを握り締め。
  

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  あの夏のパズル −piece2−  Go To Home

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 「ただいま」

 −−−誰も居るわけないか。ミサトさんはまだ着くとは思えないし。さぁて、今日
    の晩御飯はと‥‥
 荷物を置き、靴を脱ぐシンジ。
 「ん?」
 そこに赤い靴が並んでいる事に気づく。
 −−−ミサトさん‥‥の訳は無いし。綾波?
 「遅かったわね?」
 考えに浸っているとその二人ではないが聞き覚えの有る声がする。
 「ま、いつもボケボケっとしてるからだとは思うけど」
 「え!?」
 シンジが顔を上げるとそこには薄い空色のタンクトップに青いショートパンツの少
 女が立っていた。
 「そ、惣流!?どうしてここに居るんだよ?」
 「さっき言ったでしょ?あんたはお払い箱だって」
 「なんでここに居るんだよ!」
 「聞いてなかった?あんたがお払い箱だからよ。あんたはここから出てくの」
 「はぁ?」
 「フゥ。あんたってみかけもぼけぼけってしてるけど中身もそのまんまとはね」
 「なんで惣流にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」
 「何怒ってんのよ?ほんとの事じゃん」
 「ほんとの事って‥‥」
 「いい?1回しか言わないわよ?今日から私がミサトと暮らすの。あんたは用無し
  なの。これでわかった?」
 「わかったかって言われてもさぁ‥‥」

 プシュー‥‥玄関の扉が開く。

 「ただいま〜っと。あら?」 
 「ミサトさん!」
 「お帰りミサト。言ってたより遅かったじゃない?」
 ミサトがビールを1ケース抱えて入ってきた。
 「二人でお出迎えとは大袈裟ね?」
 「違いますよ!」
 「ミサト、早いとここいつ追い出してよ」
 「追い出すってなんだよ!」
 「さっき説明したでしょ!1回で理解しなさいよ!ほんとにばかなんだから」
 「ミ、ミサトさん?」
 訴えげな目でミサトを見るシンジ。
 「ちょーち買いすぎたかなぁ?シンジ君、もってくれる?」
 「は、はい」
 「アスカに会わせようと思って迎えにいってたのよ」
 「誰を?」
 ミサトはシンジにビールのケースを手渡すと、玄関の扉を再び開ける。
 「さ、入って」
 「‥はい」
 そこには制服姿のレイがぽつりと立っていた。
 「アスカ、紹介するわ。零号機専属パイロット、綾波レイよ」
 アスカはレイのつま先から順に上へ視線を移し、それを赤い瞳で止める。
 「冴えない奴」
 「‥‥」
 「あんたがファーストチルドレン?」
 「‥‥」
 「あんたに聞いてるのよ!」
 「‥‥」
 「綾波?」
 「こんばんは、碇君」
 「こ、こんばんは。ちゃんと聞こえてるんだ」
 「ええ」
 「わ、わたしを無視するとはいい度胸してんじゃない!」
 平静を装っているが、握り締めた拳が白くなっている。
 「あなた、誰?」
 「あなた誰ってこの私の事を知らないの?」
 「‥‥」
 「ミ、ミ、ミ、ミサト!!何なのこいつ!」
 「まあまあ。ちょっち人見知りが激しいのよ」
 「ちょっちですって!」
 「まあまあ落ち着いて。今から紹介するから」
 「そこ!なにニヤついてんのよ!」
 笑うのをこらえ、にやついているシンジをアスカはキッと睨んだ。
 「べ、別になんでもないよ」
 「レイ、紹介するわ。彼女が弐号機専属パイロット、惣流アスカラングレー。これ
  からシンジ君やあなたと一緒に戦ってもらいます」
 「‥はい」
 紹介されるとアスカは両手を腰にあて偉そうにふんぞり返る。
 「そういう訳だからせいぜいあたしの足を引っ張らないよう気を付けて頂戴。ま、
  取りあえずよろしく」
 「‥‥命令ならそうするわ」
 「はぁ?あんた何ばかな事言ってんのよ」
 この場合アスカの反応が一般的なのだろう。だけどシンジはとても綾波らしいと思
 った。
 「レイ、命令よ。仲良くね」
 「はい」
 「はいって‥‥」
 怒るよりも呆れて言葉がでないアスカ。
 「よろしく」
 「はいはい、よろしく」
 すっかり投げやりなアスカ。
 「じゃ、切りのいいとこで場所替え、場所替え。今日もビールが美味しいぞっと!」
 シンジからビールをひったくるように奪うと、ミサトはリビングへ鼻歌交じりに消
 えていった。
 −−−‥‥ミサトって相変わらずわざとらしいんだから。
 アスカはため息を一つし、何事も無かったようにリビングへ歩き始める。
 「しっかしエヴァのパイロットにはろくな奴いないんだから」
 頭の後ろで手を組み歩くアスカの後ろをシンジもついて歩く。
 「‥‥惣流もパイロットなんだけど」
 「なんですって!」
 ピタリと足を止め振り返るアスカ。
 「い、いいえなんにも言ってないです」
 「フン。あんたなんかに聞いてないわよ!‥‥ん?」
 「どうしたんだよ?」
 「ファースト」
 「綾波がどうかした?」
 「帰ったんだ?」
 「え?」
 アスカは顎で後ろの方向を指す。シンジが振り向くとレイの姿はなかった。廊下に
 も。廊下の突き当たりの玄関にも。
 「顔合わせが終わったから帰ったのかしらね。味気ない奴」
 「そ、そんな事ないよ。綾波は‥」
 「まあ、仲のいい事ね。戦闘中は勘弁願いたいわね」
 「そんなんじゃないよ。綾波ってほんとは‥」
 「何よ?」
 「その‥」
 「じゃあ連れてきてよ?実際みせて」
 「う、うん。でもどう言えば‥」
 「あぁうざったい!命令とでも言っとけばいいでしょ!さっさと行きなさい!」
 「う、うん」
 走り追いかけるシンジを見届け、アスカはリビングへ。そこではミサトが既に2本
 目の空缶を積んでいるところだった。
 「もうそんなに飲んだの!?」
 「まあね。でもアスカいいとこあるじゃない?レイを迎えに行かせたんでしょ?」
 「なんか中途半端な紹介だったからやり直したいだけよ」
 アスカはミサトの横にペタリと座った。
 「レイに怒ってばっかだったくせに」
 「ポーズよ。ポーズ。最初はビシッとしとかないとね。作戦に影響でるし」
 「ま、とにかくこれからよろしく。それと、これからここがあなたの家だから」
 「狭苦しくてきったないけど我慢するわ」
 −−−自分の家‥‥か‥‥私に帰る場所なんてもう無いのに‥‥
 「で、さっきアスカが言ってたシンジ君の件なんだ‥」
 ミサトが言いきる前に玄関から声がする。
 「ただいま!」
 「おかえり〜!今晩の当番はシンジ君の番よ。早く作ってね〜」
 「‥‥」
 −−−「ただいま」「おかえり」‥‥私が最後に言ったのはいつだっただろう‥‥
 「アスカ?」
 「い、いや、ただ私もお腹が空いたなって‥」
 「でしょう?シンジ君って料理上手いのよ」
 「へぇ。男のくせに」
 シンジがリビングに姿を現す。
 「ただいま」
 「シンジ君、お疲れ」
 「はい。あ、もう2本も。ご飯食べれなくなりますよ?」
 「大丈夫よ。ご飯まではこれで止めとくから」
 アスカが背を向けたままシンジに話し掛けた。小さな、小さな声で。
 「‥お、おかえり」
 「うん。ただいま」
 流れる様に返ってきたシンジの言葉に一瞬戸惑うアスカ。
 そして、そんなアスカを見てニヤつくミサト。
 「‥‥は、早かったじゃない?」
 「走ったからね」
 「ファ、ファーストは連れてきたんでしょうね!」
 「うん」
 そしてシンジは廊下に立っているレイを招き入れる。
 「さ、入って」
 「ファースト、さっさとこっち来なさいよ!自己紹介の続きするんだから」
 「‥‥ええ」
 「じ、じゃあ僕は晩御飯作ってるから」

       *          *          *

 そしてシンジはいつもより遅めの晩御飯の支度にかかる。
 そしていつもより賑やかな食事が始まる。

 そしてアスカは日本での生活が始まる。

 そして全てが始まる。
 それぞれの想いを胸に。

 第三新東京の空の下で。

 使徒の来る街で。




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