「あの夏のパズル」

〜第三話〜

KOU





  −−−あーあ、今日も暑そう。

  アスカは制服のブラウスに手を通しながら窓の外を見ている。

  −−−昔は日本には四季というものがあったらしい。
     ママが‥
     誰かがそう言ってた。

     桜の花びらが舞い散り、
     雨が降り続き、
     暑い日が続き、
     山が染まり、
     雪が舞い降りると‥‥

     私が日本にきて何日かが過ぎた。
     あいつと暮らし始めてから何日かが‥‥

  窓には白いカーテン。
  風が戯れ、静かに揺れている。

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  あの夏のパズル −piece3−  風時雨 kazesigure

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 「グーテンモルゲン!ヒカリ」
  ヒカリを見つけ、後ろから早足で歩み寄るアスカ。
 「‥‥‥」
  アスカは咳払いを一つすると、担当の数学教師の様にかしこまった口調で再び話
 し掛ける。
 「オホン‥‥。洞木さん、聞いていますか?」
 「は、はい?」
  足を止め反射的に振り返るヒカリ。そこには手を小さく振るアスカが立っていた。
 「ハァイ」
 「あ!アスカ!‥‥もしかして何回も呼んだ?」
  アスカは首を振り微笑む。
 「おはよ。ヒカリ」
 「うん、おはよう」
 「何か考え事?」
  二人は並んで歩き始める。
 「うん。晩ご飯のおかずを考えてたの」
 「そうなんだ」
 「いつもの事だけどね。でもアスカと会うの久しぶり」
 「そうかしら?」
 「アスカに会えてほっとする」
 「き、今日もいつもながら暑いわね?」
 「そうね。年中夏だから」
 「一日3回はシャワー浴びなきゃやってられないわよ」
 「そ、そうね。でも水道代が‥」
  ヒカリはとっさに水道代の事を思い浮かべるが、この場は黙っている事にする。
 「お疲れ様」
 「ん?何が?」
 「やっつけたんでしょ?」
 「あぁ。まぁね。ま、あいつが足引っ張んなきゃ当然の結果ね」
 「そ、そうなんだ」
 「そうよ。でもほんと暑いわねー。今日は水泳の授業あったわよね?ぱーっと泳ぎ
  でもしないとやってられないわよ」
 「う、うん。‥‥ところで碇君は?」
 「シンジ?まだ家に居るんじゃない」
 「まだって、アスカと碇君は一緒に住んでるんでしょ?」
 「そうだったわね」
 「そうだったって‥‥」
 「成り行きだからしょうがないじゃない」
 「でも碇君との作戦が終わったから一緒に住む事はないんでしょ?」
 「そ、そういえばそうね」
 「でしょ?二人とも中学生なんだしいけないと思うの」
 「あ、あんな奴の事はどうでもいいじゃない?さ、行こ?プリント配るの手伝うか
  ら」
 「う、うん」

  風が長い亜麻色の髪を揺らし、空へと戻っていく。

       *          *          *

  そのシンジは台所で後片づけをしていた。

 「ふぁぁ〜」
  ぼさぼさの髪のミサトが大きなあくびをしながら現れる。
 「おはようございます。ミサトさん」
 「おはよう。アスカはもう行ったの?」
 「ええ。まだ僕は後片付けがあるんで」
 「そうなの。あら?」
  机の上にはお弁当らしき物が二つ並んでいる。そして椅子の上にはノートパソコ
 ンの入った学生鞄。学校へ行く準備は万端整っている。
 「アスカの分?」
 「ええ。昨日の夜アスカに自分の分も作れって言われて」
 「もちろんアスカと交代なのよね?」
 「‥‥一人分も二人分も一緒ですから」
 「やっぱね」
 「その上注文がうるさいんですよ」
 「でしょうね」
 「アスカがこっちの生活に馴れるまでは我慢してやりますよ」
 「それもそうね」
  −−−アスカが作るとは思えないけど‥‥。
 「ミサトさん、朝ご飯の準備はしときましたから。後片付けはよろしくお願いしま
  す」
 「はいはい」

 『ピンポーン』

 「ほら、鈴原君と相田君よ?」
 「はい」
  エプロンを取りきちっと折り畳むと、椅子の背もたれにそれをかける。そして弁
 当を手提げに入れ、鞄と共に右手に持つ。
 「じゃあ、いってきます」
 「あ!今日の夕方からのハーモニクステスト、忘れないでね?」
 「はい。学校終わったら直接本部に行きますから」
 「待ってるわ。じゃあ、いってらっしゃい」
 「いってきます」
  シンジは小走りで玄関に向かう。ここに来た頃より元気になりつつ有るシンジに
 ミサトは嬉しく思う。 
 「さーてと、もう一眠りするか。ふぁぁ〜。その前にもう一缶っと」
  冷蔵庫に手をかけるミサト。
 「ん?」
  玄関の扉が開いたのだろう。ミサトは感じた。

  風が部屋の中を駆け抜けていった。

       *          *          *

  窓にかかるカーテン。
  隙間から射し込む光。

  レイは光を感じ、瞼を開ける。
  そこにはいつもと同じ天井が広がる。

  −−−朝‥‥
     また今日が始まる‥‥
    
  下着のまま起き上がり冷蔵庫に向かう。そしてミネラルウォーターを取り出し、
 無造作に冷蔵庫の上に置かれた薬をつかみコクリと喉に流し込む。
 「ふぅ‥」
  ため息を一つ、そしてバスタオルを手にしシャワーへと向かった。

 『パタパタパタ‥‥』

  数分後、静かな部屋にスリッパの音が慌ただしく響く。
  −−−今日は学校に行く日。

  いそいそといつもの制服姿に着替えるレイ。そして壁に立てかけてある鞄を手に
 し玄関へ。

 『キィィ‥‥』

  扉の音。瞬間思わずレイは目を細め右手をかざした。

  眩しい光と、優しい風が彼女を包む。
 
       *          *          *

  風は朝も、昼も、夜も、今も、過去も、そして未来も吹き続ける。
  風はいつも彼らと共に在る。

  風は夏の声を彼らに運ぶ。

 「あー。ミンミン、ジージーとうるさいわね!」
 「生態系が戻ってきてるからだってミサトさんが言ってたよ」

  風は夏の気まぐれを彼らに運ぶ。

 「風がでてきたね。夕立でもくるかな」
 「‥‥そうね」
 「帰りには止んでるわよ」
 「そうだといいけど」

  風は夏の悪戯を彼らに運ぶ。

 「もうー我慢できない!早くシャワー浴びたい!」
 「我慢なさい!高温下でのデータ取ってるんだから!」
 「ミサト達はいいわよ!エアコン効いてるんだから!!」

  風は夏の夜を彼らに運ぶ。

 「雲がすっかり流れていったね。こんなに夜空が奇麗だったなんて」
 「なにキザな事言ってるのよ!」
 「別にそんな訳じゃないよ!」
 「‥‥人は闇を恐れ、人は闇を削り、人は灯りに心引かれ生きてきた」
 「え?」
 「あんたばかぁ?人間は闇の中では生きていけないって事よ」
 「暗いと不安だし、見えないと危ないからだろ?」
 「それに自分に押しつぶされるから」
 「‥‥人、独りでは生きていけない寂しい生物」

  風は夏の瞬間を駆け抜け、そして帰っていく。

  風は彼らに何を伝え、彼らは風に何を感じるのだろうか。

  風は何処から来て、何処へ帰っていくのだろうか。

  今日も第三新東京市を風が駆け抜ける‥‥




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