「あの夏のパズル」

〜第四話〜

KOU





  土曜日の午後。

  三人は補習授業が終わり家路についている。

 

 「折角の休みだってのになぁんで学校行かなきゃなんないのよ!」

 「仕方ないよ、いまのペースで行くと出席日数足りないんだし」

 「そんなの当たり前じゃない!私達は戦ってるのよ?使徒がいちいち休みの日に来

  るわけないじゃない?」

 「そうだけどさ。僕らって中学生なんだし‥」

 「私は大学でてんのよ?あんたと一緒にしないでくれる!」

 「そ、そうだね」

 

  まだ日は高く、それは歩く彼らに容赦無く照りつける。

 

 「しっかし暑くてうっとうしいわね」

 「仕方ないだろ。夏なんだから」

  アスカはパタパタと扇いでいた手を止め、体をシンジに向ける。

 「そんなの分かってるわよ!」

 「そ、そうだよね」

 「ほんとつまらない男ね。じゃあどっか寄ってく?ぐらいの事が言えないの?」

 「そんな事‥」

  たじろぐシンジに向かい、腰に両手をあてさらに続ける。

 「じゃあ、私が言うわ。何処か寄っていくわよ!」

 「学校帰りに寄り道しちゃいけないって‥」

  ピシっと右手の人差し指をシンジの目の前に突きつける。

 「時には息抜きってものが必要なの!わかる?」

 「‥‥はい」

  コクリと頷くシンジ。

 「フン、わかればいいのよ。じゃあ行くわよ」

 「行くわよ。っていったい何処に行くんだよ?」

 「あんたばかぁ?」

  アスカは右手を腰に戻し、わかってないなぁとシンジをジト目で睨んだ。

 「粋な日本人といえば、かき氷に決まってるじゃない」

 「か、かき氷!?」

 「そうよ。浴衣じゃないのが残念だけど」

  アスカは長い髪をサラリとかきあげ、くるりと体を戻し歩き始める。

  その後ろでシンジは口を開けたまま固まっている。

 「‥‥」

 「いつまでぼけぼけとしてるのよ!ほら、行くわよ」

  そして無言で二人の後ろを歩いているレイに振り向き一言。

 「あんたも行くのよ!」

 

  蝉があらん限りの声で彼らに話し掛けている、ある暑い日の午後の事。 

 

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  あの夏のパズル −piece4−  道草 mitikusa

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 「アスカぁ‥‥まだ着かないの?」

 「何度も何度も言わせないでよ!もうすぐよ!!」

 「さっきからもうすぐばっかりじゃないか‥‥また今度にしようよ?」

 「い・や・だ!今日食べたいの!」

 「‥‥わかったよぉ‥‥」

  −−−アスカってほんと頑固なんだから‥‥ふぅ‥暑い〜‥‥もう駄目だぁ‥‥。

 「‥‥はい」

  レイはシンジに白いハンカチを差し出した。

 「あ、ありがとう」

  そんな二人にはお構いなしに歩いていくアスカ。

 「情け無いわね?もっとしゃきっとしたらどうなのよ?」

 「じゃあ荷物くらい自分で持ってよ!」

 「持ったらしゃきっとするわけ?」

 「いや、そ、それは‥‥」

 「エヴァのパイロットなんだからもうちょっと体力つけなさい!私やファーストを

  見てみなさいよ?汗一つかいてないでしょ?」

 「ほんとだ‥‥」

 

最後にシンジが返事をしてからどれくらい歩いただろう。そこから先のシンジの

 記憶はアスカが勝ち誇ったように仁王立ちをしているところまで飛んでしまう。

 

 「ここよ!」

 

  アスカの目の前にはテレビや映画でしか見た事のない様な古めかしいお店が建っ

 ていた。店先には「氷」という字が風を受け揺れている。

 

  −−−ほんと、どうやって見つけてくるんだろう‥‥

 

  シンジは呆れるどころか真剣に感心してしまう。

 

 「さ!入るわよ?」

 「‥‥ええ」

 「‥‥やっと座れる」

 

 『いらっしゃい』

 

 「早く座んなさいよ」

 「う、うん」

 「‥‥‥」

  奥からシンジ・アスカ・レイの順で席につく。

 「なににしようかなっと」

  アスカは壁に貼られたメニューを1回だけ流すように見た。

 「決めた!おばちゃーん、私、クリーム宇治金時ミルク白玉入りの大盛り!!」

 「はいはい」

 「えーっとそしたら僕は‥」

 「さっさとしなさいよ!」

 「じ、じゃあ、僕はメロンで」

 「おっ子様ね〜、シンジは。で、優等生は?」

 「‥‥スイ」

 「「スイ!?」」

 

 『シャリシャリシャリ‥‥』

 

  店の奥から氷を削る音が静かに響き始める。

 

       *          *          *

 

 「はい、お待ちどうさま」

  まずはレイの前にかき氷が置かれた。

 「ただの透明なシロップじゃない?」

 「綾波、それってどんな味なの?」

 「これ?」

 「うん」

 「甘いわ」

 「そ、そうなんだ」

 「そんなのあったりまえでしょ?もっとちゃんと答えなさいよ?」

 「お先に‥‥」

  手をあわせ、スプーンを持つ。

 「優等生!無視するなんていい度胸してんじゃ‥」

  途中まで言いかけたアスカの口は開いたまま言葉を失った。

 

 『サクッ‥

  サクサクッ‥

  サクサクサクッ‥

  ザックザックザックザック‥

 

  ズズズズズズ‥‥ゴクゴク‥‥』

 

 「ふぅ‥‥」

 

 『カチィン‥‥』

 

  スプーンを置く透き通った音が店の中に響き渡る。

 

 「‥‥」

 「‥‥」

 

  アスカとシンジはレイを見たまま固まっている。

 

 「‥‥溶けるわよ?」

 「え、ええ」

 「う、うん」

 

  アスカとシンジは慌てて食べ始める。

 

 「‥‥」

  無言でこめかみを押さえるアスカ。

 「アスカ、大丈夫?」

 「ただ考え事してるだけよ!」

 「ご、ごめん」

 

  そんな二人をよそに、レイはすっと立ち上がる。

 

 「御勘定、ここに置いておくから」

 「行っちゃうの?」

 「ええ」

 「ファースト、何か用があったんなら言いなさいよ!」

 「‥‥カード、部屋に忘れてきたから」

 「あんたでも忘れ物するんだ?」

 「ええ」

 「優等生様にしては珍しい事で」

 「アスカ、やめなよ」

 「うるさい!氷が不味くなるでしょ!」

 「‥‥」

 「じゃあお先に。18時からのテスト遅れないでね」

 「わかってるわよ」

 「うん」

 

  そしてレイは店を後にする。

 

 「あ!」

 「何よ?」

 

  レイの座っていたそこには三人分の代金が置いてある。

 

 「もらっときゃいいのよ」

 「そんなのよくないよ」

 「今更返すのもばかみたいじゃない。今度あんたが奢ればいいのよ」

 「アスカは?」

 「わ、私も考えとくわよ。借りを作るのは嫌いだからね」

 「ふーん」

 「何ニヤニヤしてんのよ!さっさと食べないと溶けるわよ」

 「うん」

 

  無言で食べる二人。氷をすくう音だけが妙に響く。

 

 「‥‥シンジ?」

 「‥ん?」

 「今度は何処に寄って行こうか?」

 

       *          *          *

 

  夏は溶かし始めた。

 

  アスカの何かを、

  レイの何かを、

  シンジの何かを、

 

  自分では気づかない、見えない何かを。




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