「あの夏のパズル」

〜第六話〜

KOU





  第3新東京市立第壱中学校。

  その校門の前に真紅のオープンカーが横付けされている。

 

 「そろそろ時間ね」

 

  運転席の女性は腕時計から視線を外した。

 

 『キーン・コーン・カーン・コーン‥‥』

 

  終業のチャイムが鳴り、間もなくシンジとアスカとレイの三人が連れ立って姿を

 現した。三人の真ん中にアスカ。シンジはアスカ越しにレイに話し掛けている。

 

 「綾波、久々の学校どうだった?」

 「別に」

 「そ、そうなんだ」

 「私はびっくりって感じね。ファーストっていない方が普通だから」

 「か、体の調子はいいんだ?」

 「ええ」

 「あったりまえでしょ!そうじゃなきゃ学校来るわけないじゃない」

 「そうだけど‥‥」

 「何よ!言いたい事あるならはっきりしなさい!」

 「ア、アスカに聞いてるわけじゃないんだけど‥‥」

 「なんですって!!」

 

  シンジに詰め寄るアスカ。

  そんな二人をよそにレイが一人先へ歩いていく。

 

 「私、用があるから」

 「え!?」

 「ファースト?折角一緒に何か食べようと思ったのに」

 「ごめんなさい。じゃあ、お先に」

 「え、ええ」

 「さよなら、綾波」

 

  レイは校門を出ると赤い車へ向い、シンジの襟元を掴んでいたアスカはつぶやい

  た。

 

 「‥‥怪しい」

 「何が?」

 「シンジ!急ぐのよ!!」

 「え?」

 「あんた馬鹿?あれはレイの彼氏に違いないわ!証拠を掴むのよ!」

 「証拠って?」

 「いいから早く!気にならないの?」

 「‥‥なる」

 

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  あの夏のパズル −piece6−  ある晩の食卓

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  紅い車の彼女は運転席から手を振り、レイを呼んでいる。

 「レイ、迎えにきたわよ。さ、そっちに乗って」

 「はい」

 

 『バタン‥‥カチッ‥‥』

 

 「シートベルトを‥‥もう締めてるわね。じゃでるわよ?」

 「はい」

  エンジン音が甲高くなる。

 「ちょっと待ったぁ!」

  アスカがレイ達の前に両手を広げ立ふさがる

 「相変わらずむちゃするわね‥‥」

  彼女はエンジンを切り、ゴーグルを外した。

 「マヤ!?」

 「マヤさん!?」

 「そう、私よ」

 「どうしてマヤさんが?」

 「そうよ!どうしてレイといるのよ?」

 「ちょっと教えてもらいたい事があってね」

 「教えてもらいたい事ですって?」

 「ええそうよ」

 「レイ!いったい何なの?」

 「‥‥」

  再びゴーグルをはめるマヤ。そして甲高いエンジン音が鳴り響く。

 「じゃあね、お二人さん」

 「マヤ、ちょっとまちなさいよ!」

 「レイを借りてくわよ」

 

 『キキキキキキキ‥‥』

 

  ホイルスピンの音が二人の耳を刺激する。

  次の瞬間、もう車は小さくなっていた。

 

 「いっちゃったね」

 「‥‥」

 

  校門の前に立ち尽くす二人。

 

 「アスカ、帰ろうよ」

 「‥‥」

 「アスカ?」

 「‥‥」

  アスカは握りこぶしを作り、レイ達の消え去った方を睨んでいる。

 「呼んでも無駄か・・・」

  シンジは近くのガードレールに腰掛けた。

  −−−なんでアスカって他人と深く関わるのかな?面倒くさいだけなのに。確か

     に最近はトウジやケンスケと居るのも悪くないと思うけど‥‥

 「シンジ、行くわよ!」

 「‥‥」

  −−−お腹空いたなー。今日の晩御飯はと‥‥

 「シンジ!!」

 「はいっ!!」

 「なにぼけぼけっとしてるの!さっさと帰るわよ」

 「ぼけぼけって‥‥待ってたのは僕の方なのに‥‥」

 「何ぶつぶつ言ってるのよ! で、何考えてたの?」

 「え?」

 「さっきよ。呼んでも上の空だったでしょ?」

 「う、うん。今日の晩御飯は何かなぁって」

 「そんなこと考えてたの?」

 「うん。お腹空いたからね」

 「はぁ〜。あんたってほぉ〜んとにお子様ね。‥‥行きましょ?」

 

  紅くなりつつある空の下。二人は学校の前の坂を下り始める。

 

 「重要な事だよ。今晩の当番はミサトさんだもの」

 「え!?今晩ってミサトの番だっけ?‥‥またレトルト」

 「そうならいいけど」

 「それってどうゆう意味よ?‥‥ま、まさか!」

 「当たり。朝、「今晩は腕によりをかけるからってニコニコしながら‥‥」

 「‥‥胃薬飲んどかなきゃ。でも、ミサトって味覚が変とは思えないのよね。味噌

  汁のダシが変わったのがわかるぐらいだし」

 「そうだね。お米を変えたときもわかってたよ」

 「でしょ?きっと、美味しいと感じる味が普通と違うのよ」

 「そうかもしれないね」

 「はぁ〜。折角作ってくれるんだから食べないわけにはいかないし」

 「しょうがないよ。その代わり、明日はミサトさん徹夜だからアスカの好きなもの

  にしてあげるよ」

 「ほんと!やったぁ!」

 「うん。何が食べたい?」

 「う〜ん‥‥!!折角だから外で食べましょ?」

 「外ってベランダで?」

 「ぶぁぁか!外食の事よ」

 「外食かぁ」

 「まさか嫌とは言わせないわよ。女の子に恥をかかせる事はないでしょうね?」

 「う、うん」

 「決まりね!!お店は予約しておくから。さ、帰りましょ、シンジ」

 「‥‥も、もしかして僕の奢り?」

 「とーぜん!こぉんな可愛い子と食事できるんだからありがたく思いなさい」

 「‥‥お手柔らかに」

 

  辺りはすっかり赤く染まっていた。

 

       *          *          *

 

  いつものドア。二人にはまるでATフィールドが展開されてるように感じた。

 

 「い、いくわよシンジ?」

 「う、うん」

 

 『ウィーン‥‥』

 

 「たっだいまぁ!ウッ!な、何よこの臭い!」

 「どうしたんだよアスカ?ウッ!!」

 

 『パタパタパタ‥‥』

  待ってましたとばかりにミサトが奥から出迎える。

 

 「おっかえりなさぁい!晩御飯もうすぐできるから!完璧よ!」

 「そ、そう」

 「わぁぁぁい!楽しみだなぁ」

 「あ!それから、お風呂が沸いてるから先に入っちゃってもいいわよ」

 

  鼻歌を歌いながらキッチンへ戻っていく‥‥すっかりご機嫌である。

  そんなミサトを後に、とりあえず二人は着替えることにした。

 

 『コンコン‥‥コンコン‥‥』

 

 「シンジ!シンジったら!!(小声)」

 「な、なんだよ、アスカ?」

 

  戸を開けるシンジ。部屋に滑るように入り、戸をそっと閉めるアスカ。

 

 「どうする?」

 「どうするって?」

 「晩御飯に決まってるでしょ!あの臭い‥‥味を想像しただけでゾッとするわ」

 「折角作ったんだから食べないと悪いよ」

 「バカ!あんなの食べたら即天国行きよ!」

 「そりゃそうだけどさぁ‥‥」

 「‥‥そうだ!いい考えがあるわ。よぉぉく聞きなさいよ、シンジ?」

 「わかったよ」

 

  そして作戦会議終えた二人はキッチンへ。ミサトはビールを片手に火をかけた鍋

  を見ている。

 

 「ミ、ミサト?」

 「なぁに、アスカ?」

 「今日はお疲れ様。ほとんどできてるんでしょ、それ?」

 「ええ、後は30分位煮込むだけよ」

 「ふーんそうなの。‥‥そ、そうだ!後は私達がお鍋見ておくから先にお風呂に入

  ってよ。ね、ねえシンジ?」

  隣にいるシンジの腕を肘で突っつく。

 「‥‥そ、そうですよミサトさん。仕事で疲れて、晩御飯まで気合いれて。それじ

  ゃあ申し訳ないんで後は僕たちでやりますよ」

 「そう?でも、シンジ君だって学校行ってるのにほとんど毎日朝早くからお弁当や

  朝御飯、それに晩御飯も作ってるじゃない?」

 「そ、そうですけど‥‥」

 「シンジはご飯作るのが好きだからいいのよ。ねえ、シンジ?」 

  更に肘でシンジを突っつくアスカ。

 「そ、そうです。趣味なんですよ」

 「ふーんそうなの」

 「そうそう。だから、ミサトはお風呂に入ってもかまわないのよ」

 「なぁーんか違うような気がするけど?」

 「そんなことないわよ。一仕事終わった後のお風呂あがりの一杯なんて格別よ!」

 「そうですよ。しかも自分の作った完璧な料理をつまみに飲むなんて」

 「そ、そうよね‥‥最高よね‥‥」

 「さっ、ここは私が見ておくから」

 「じゃあお言葉に甘えてお願いするわ。焦げ付かせちゃ駄目よ」

 「まかせといて!」

 

  数分後、バスルームへ忍び込みミサトの鼻歌が聞こえるのを確認するアスカ。 

  そしていよいよ作戦開始。

 

 「シンジ!いいわよ。ミサトはお風呂にはいったわ」

 「うん。でも、ほんとにいいのかな‥‥」

 「いいの!私が許すわ!早くやんなさい」

 「わかったよ。じゃあまずは、味見っと‥‥」

 「ど、どうなの?やっぱり不味い?」

 「不思議な味だよ。辛いような甘いような酸っぱいようなそれでいて‥」

 「やっぱり不味いのね」

 「アスカも味見してよ。何作ってるのかわからないとやりようがないよ」

 「わかったわ。‥‥‥事故ってことでこぼすしかないわね」

 「駄目だよそんな事!」

 「そ、そうね。しかし失敗したわね。何作ってるか聞けば良かった」

 「そうだね。でもどうしよう? たぶんカレーかシチューだと思うんだけど」

 「よし!カレーにしましょ。カレーの様に盛り付ければそれはカレーなのよ!」

 「で、でも、もし違ってたらミサトさんが可哀相だよ」

 「そうよね‥‥」

 「諦めようよ、アスカ。やるならまず食べて、それからミサトさんに直接切り出し

  た方がいいよ」

 「そうね、確かに私らしくないわ!裏でコソコソやるのは大人に任せて、私達は堂

  々と正面から勝負よ!」

 「勝負って‥‥」

 「シンジ!薬箱持ってきて」

 「はいはい」

 

  その頃ミサトは湯船に浸かり上機嫌。

 

 「ふふふふふ〜ん(鼻歌)、アスカの驚く顔が浮かぶわ!なんたって、アスカの大好

  物だもんねぇ。シンジ君は何て言うかしら」

 

  そして覚悟を決めてテーブルについてミサトを待つ二人。

 

 「あーあ、臭いが体中に染みついちゃったわ。明日までにとれるかしら‥‥」

 「ア、アスカ?」

 「何よ?」

 「明日の事なんだけど‥‥」

 「明日?あ!あの事ね。任せときなさいって!」

 「い、いやそうじゃなくて‥‥」

 「もー何よ?はっきりしなさいよ?」

 「折角だから食事の後に‥」

 

 『パタパタパタ‥』

  お約束のようなタイミングでミサトが現れる。

 

 「あ〜いいお湯だった!あら、どうしたの?二人とも顔が真っ赤よ」

 「あ、味見したら辛すぎたのよ!」

 「そ、そうなんですよミサトさん」

 「辛かった?おかしいわね?クリームシチューなのに」

 「えぇぇっ!それってクリームシチューなの?」

 「そうよ、大好物でしょアスカ?」

 「ええ、そうだけど。だけどその色って‥」

 「ミサトさん、色が白くないですよ。味見はしたんですか?」

 「白?クリームシチューて白色だっけ?味見?そんなんしてないわよ」

 「ミサト?そこにあるのカレーの空き箱じゃないの?」

 「ばかねぇ、そんな訳ないじゃない。書いてあるじゃないここに。‥‥‥‥あら?

  き、今日はカレーよ!」

 「・・・」「・・・」

 「べ、別にいいじゃない。似たようなもんよ。甘いか辛いかの違いよ!ほら、ご飯

  にかければ豪華手作りカレーよ」

 「・・・」「・・・」

 「も〜。若者がいつまでも細かい事気にしちゃ駄目よ、ね?」

 「ほんとミサトらしいわ。さ、お腹空いたことだし早く食べましょ」

 「そうだね。ミサトさん、今度も期待してますよ。豪華シチュー」

 「そんなにいじめなくても‥‥。これでも一応シンジ君やアスカの保護者なのよ?」

 「え!そうだったけ?てっきりただのお酒好きお姉さんかと思ってた」

 「違うわよ!そんな事言うならアスカにはもうお小遣いあげないもんねー」

 「そんな〜!ミサトずるい!」

 「アスカ、ミサトさん。よそい終わったよ。食べようよ?」

 「お小遣い?何それ?私はただのお酒好きお姉さんだもんね〜」

 「くぅぅぅぅぅ!!」

  −−−あ〜あ。また始まったよ‥‥。

 「いただきまぁす」

 「シンジ!なに呑気に食べてんのよ!あんたも何か言いなさい!!」

 「‥‥不思議な味だ」

 

  二人が、もうミサトには夕食は作らせないと誓った晩の出来事だった。

 

  ‥‥しかし、この後ミサトがアスカに挑戦状を叩き付ける。

 

 「アスカ、見てらっしゃい!絶対に納得させるんだから!」

 「ふん!せいぜい頑張る事ね!出前の準備して待ってるわよ!」

 「‥‥はやく食べようよ。冷めると余計に不味くなるよ?」

 「それもそうね」

 「シンジ君!これの何処が不味いと言うの‥‥うげ‥‥」

 

  そして夜は更けていく。

  いつもの様に。




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