『トルルルル‥‥トルルルル‥‥』
ガラーンとした部屋に電話の音が鳴り響く。
「‥‥はい」
「レイ? 私だけど。帰ってたみたいね」
「非常招集ですか?」
「いやぁ違うのよ。ちょぉっちお願いしたいことがあってね」
「はい?」
「あのね、実は・・・」
ミサトの声が電話越しに静かな部屋に響き渡る。
あの夏のパズル −piece8 ある晩の食卓2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「・・・と言う事で。レイ、お願いできるかな?」
「わかりました。明日の夜ですね。」
「ほんと助かるわ。前の当番の時は散々だったから」
「学校が終わり次第うかがいます」
「じゃあ、よろしくね!」
「はい。葛城三佐」
『ガチャ‥‥』
「ふっふっふっふっ、完璧よ!」
電話の前でガッツポーズをとるミサト。
「うるさいわね、ミサト!テレビの音が聞こえないでしょ!!」
「いつまで起きてんのよ?お子様はそんなドラマ見てないでさっさと寝なさい」
「お子様ですって!私のどこがお子様なのよ!」
「胸よ!スタイルよ!大人の魅力のかけらも無いくせにぃ」
「うっ‥‥ミ、ミサトなんて大きいだけじゃない!」
「だから?」
「人間、バランスってものが必要なのよ!」
「ふぅーん。なるほどねぇ。そういう事にしといてあげるわよ。お風呂はぁいろっ
と」
「くぅぅぅぅ‥‥!!」
『ドスドスドス!』
しきりに地団太を踏むアスカ。片やシンジはリビングでSDATを聞きながら寝
ている。アスカはシンジの頭側に腕を組み見下ろす様に立つ。そしてつま先を速い
テンポで鳴らしている。
「シンジ、コーヒーいれなさい。気が利かないわね」
「‥‥‥」
アスカの一言目。起きないで寝ているシンジ。
「さっさとしなさい!」
「‥‥‥」
アスカの二言目。まだシンジは起きない。
「どうせ寝た振りなんでしょ!いい加減にしなさいよ!」
「‥‥‥ふぅ」
アスカの三言目。シンジはため息を一つつき、おもむろに起き上がる。
「ほらみなさい!私にはあんたの行動なんてお見通しなのよ!」
「はいはい」
「しかしなんでミサトがいるのよ。今夜は徹夜のはずじゃなかったの?」
「リツコさんの実験の関係でスケジュールが変わったって言ってたよ」
「あんたに聞いてないわよ!コーヒーは?」
「また、眠れなくなるよ?」
「いいから!」
* * *
その頃レイは小走りでコンビニに向っていた。
「碇君に作ってあげられる‥‥
お弁当は無理だけど‥‥いいな惣流さんは‥‥
明日の夜‥‥あまり凝るとばれるかしら?‥‥タマネギ‥‥ニンジン‥‥
‥‥肉‥どうしよう‥‥碇君はニンジン大丈夫かしら‥‥」
その夜、レイの部屋は珍しく遅くまで明かりが灯っていた。
「ヨーグルトにお肉をつけて‥‥肉嫌いだけど‥‥碇君は食べるから‥‥」
* * *
そして翌朝。
葛城家の玄関。
ミサトが二人を送り出している。
「えぇぇぇぇっ!ミサトが今晩も作るの!!」
「ほんとにいいんですか?今日の晩御飯は僕が当番なんですけど?」
「いいのよ、シンちゃん。前の汚名返上よ!」
「だってさ、アスカ?」
「ほんとに大丈夫なんでしょうね?」
「まっかせなさい!大船に乗った気持ちでいなさいって」
「ほんとね?お小遣いかけても?」
「ええいいわよ!もし美味しかったら1週間のチャンネル権は私のものよ?」
「その勝負のったぁ!シンジもいいわね?」
「なんで僕もやんなきゃいけないんだよ」
「いいからやるの!私が信じられないの?」
「‥‥‥うん」
「くくくくく、決まったわねアスカ。一対一で勝負よ!」
ミサトは組んでいた腕を解き、ピシっと指差す。
「望む所よ!」
そしてアスカは両腕を腰にし、いつものポーズで迎え撃つ。
「い、いってきます」
「いってらっしゃい、シンジ君」
「あ!シンジ、先いかないでよ。 ふん!いってくるわよ」
「はいはい。アスカもいってらっしゃい」
* * *
そして放課後。
通学路。
アスカとシンジは一緒に歩いている。
「シンジ、さっさと本部に寄って帰りましょ」
「そうだね。でも、リツコさんが渡したいものってなんだろね」
「さあね」
そんな二人を物陰より覗うレイ。
レイの右手には携帯電話。
「葛城三佐、二人は本部に向かいました」
「そう。予定通りね。レイは準備後、至急私の家に向かってちょうだい」
「了解」
『ガチャ‥‥』
なぜかすでに家に居るミサト。
「これでよし!」
−−−リツコは呆れてたけどね‥‥。でもこれは私のプライドの問題よ!
* * *
『ピンポーン‥‥』
「はぁーい」
『プシュー‥‥』
「レイ、待ってたわ!早速だけどお願いね」
「はい」
レイは真っ白な装いでキッチンに立つ。
頭にはきちんと背の高い帽子がのっている。
この姿を見てミサトはなんとも思わなかった。
−−−日本人は形から入るものだから当然よね。
「葛城三佐、始めてもいいですか?」
「え、ええお願い。ちゃっちゃっちゃってやつけちゃって」
「はい」
レイはフライパンを取り出し火にかける。
『カラカラカラ‥‥』
フライパンからは軽快な音がしだす。
そして何かを炒りだしている。
「何それ?」
「スパイスたくさん‥‥焦がさないように‥‥香りがでるまで‥‥」
「へぇ〜」
『ゴリゴリゴリ‥‥』
「これは何やってるの?」
「さっきのを碾いて粉にしてるところです。‥‥ガラム・マサラ」
「ふ〜ん」
『コンコンコン‥‥』
「何切ってるの?」
「ニンジン‥‥じゃがいも‥‥タマネギは微塵切り」
「手伝おうか?」
「いいです」
「そ、そう‥‥」
次にレイはカレー用の鍋を取り出す。
『シュャァァァ‥‥ジュァァァァ‥‥』
−−−油(水牛の乳脂肪)‥‥タマネギくたくたになるまで炒める‥‥
お水‥‥お塩‥‥チリ‥‥ターメリック‥‥1分‥‥
−−−そして昨夜の肉‥‥まぜまぜ‥‥5分‥‥
−−−コリアン‥‥ケチャップ‥‥ベイリーフ‥‥シナモン‥‥
カルダモン‥‥クローブ‥‥ブラックペパー‥‥しょうが‥‥
にんにく‥いっぱい‥‥お水‥‥炒めといた野菜‥‥蓋‥‥」
−−−残りのヨーグルト‥‥たくさん煮込む‥‥
ミサトは出る幕なし。横になってテレビを見ている‥‥しかしビールは飲んでい
ない。
「葛城三佐?」
「は、はい!で、できたの?」
「いいえ」
「‥‥?」
「後は火を止める前にこの粉を入れるだけです」
「そ、そうなの?ありがとうレイ!」
「まだ駄目です‥‥ごはん炊いてない‥‥」
「あ!そうね、忘れてたわ」
黄色い粉をとりだすレイ。
「何それ?」
「サフラン」
「そ、そうなんだ。流石レイね」
−−−‥‥サフランって何?
一通り作り終えたレイは元の制服姿に着替える。
「それでは葛城三佐、これで失礼します」
「なに言ってるのよレイ。あなたも食べていくのよ」
「私も‥‥ですか?」
「そうよ、決まってるじゃない」
「で、でも‥‥肉嫌いだし‥‥」
「いいから。そんなの除けて食べればいいのよ」
「でも‥‥」
「作った人が食べてもらう人の感想を聞かなくてどうするのよ?」
「・・・」
−−−碇君なんて食べてくれるかな。
「大丈夫!うまくやるから」
「わかりました」
丁度玄関から声がする。
「たっだいまぁ〜」
「ただいま」
アスカとシンジのはリビングに。ミサトは笑顔で二人を迎える。
「二人ともお帰りなさい。今日こそ完璧よ!」
「そうなの、せいぜい期待してるわよ!‥‥レ、レイ!?」
「綾波!?」
「‥‥お帰りなさい」
「なんでレイが?」「どうして綾波が?」
「‥‥‥」
「私がよんだのよ。公平な判断をしてもらう為にね」
「公平ですって!私が嘘なんてつくと思ってるの!」
「そういう訳じゃないけど。何事も第三者がいるといないと。ね?」
「わかったわ!お小遣い忘れないでよ!!レイも公平に頼むわよ」
「‥‥え、ええ」
「アスカ、とりあえず着替えてこようよ」
「わかってるわよ!」
『ドタドタドタ‥‥』
台風のようなアスカ。居なくなると静けさがリビングを支配する。
「葛城三佐。いいんですか?」
「いいのよ、いつものことだから」
「いつものこと‥‥ですか‥‥」
「学校でもあんな感じなんでしょ?」
「‥‥はい」
「やっぱりね。え〜っとレイ?火を止める前にこれを入れればいいのよね?」
「は、はい」
* * *
リビングのテーブル。
四人の前に四つの皿。
アスカはミサト、ミサトはアスカ、シンジは皿、レイはシンジを見ている。
「みんな、準備はいいわね?」
アスカの言葉に無言で頷く3人。
「では、いっただっきまぁぁす!」
「いただきます」 「いただきます」「さぁてお味はどうかいな?」
「美味しい!?」「美味しいよ!」 「合格ね」 「ちょっち辛さが‥‥」
「いんちきよ!」「ミサトさんが?」 「‥‥よかった」「私が勝ったの?」
「ミサトが!?」「やればできるんだ」「‥‥うれしい」「う〜ん?」
アスカがいきなり立ち上がりピシっとレイを指差す。
「レイ、あなたね!これを作ったのは!!」
「アスカ、それなら納得いくよ!さすが綾波!!」
「‥‥‥」
−−−碇君が喜んでくれてる‥‥。
「レイ!ほんとの事言いなさい!」
「アスカ、往生際が悪いわよ?」
「なんですって!いんちきのくせして!!」
「碇君、美味しい?」
「うん、とっても美味しいよ。綾波が作ったんだろ?」
「‥‥‥」
「レイ!!何とか言いなさい!」
「‥‥碇君が美味しいって言ってる」
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ!あなたが作ったんでしょ!」
「まあまあ、そんなに事を荒立てないで‥‥」
「ミサトは黙っててよ!」
「綾波、今度作り方を教えてよ」
「‥‥‥」
コクリと小さく頷くレイ。
「ほら見なさい、やっぱりレイが作ったんじゃない!」
「どぉこにそんな証拠があるのよ?」
「どこって‥‥こんなに美味しいのミサトが作れる訳ないじゃない!」
「現に作ってるじゃない!」
「ずぇーったい作れない!!」
「作れる!!」
「綾波、また作りにきてよ」
「‥‥でも惣流さんが‥‥」
「アスカ、構わないよね?」
「ええ、こぉんな味音痴の料理食べるより100倍ましよ」
「ぬぁんですってぇぇ!」
「アスカもいいって」
「じゃあまたくる」
「楽しみにしてるね。と、ところでお代わりってあるかな?」
「ごめんなさい、あまり作らなかったの。‥‥食べかけでよければ‥‥」
「そんなぁ、悪いよ」
「肉、無いけど」
「そんなの構わないよ」
「味音痴って言ったのよ!」
−−−ちぇっ。お代りないのか‥‥。
「そんなことないわよ!」
「じゃあ待っててあげるからもう一度作ってみなさいよ!」
「ええいいとも!作ってやろうじゃない!」
−−−さっき作り方は見てたし楽勝よ!
「じゃあいただきます」
「どうぞ」
「ミサト。負けたら1週間禁酒だからね!」
「ど、どうしてよ!!」
「作れるんだからいいじゃない?」
「そ、そうだけど‥‥」
「チャンスをもう一度あげるんだから当然よ」
「わ、わかったわよ」
* * *
暑い夏の夜の戦い。
勝負の結果は‥‥ミサトの負け。
アスカはお小遣いが増え大喜び。
シンジは今後毎日ご飯を作る事になり、
レイはちょくちょく葛城家に出入りする様になり、
ミサトは苦しみの1週間を送る。
そしてまた食卓に家族が集う。