「本日のテストは終了」
「な、何いってんのよリツコ!」
「そうですよ先輩!まだ初めて5分も経過してませんよ?」
「不都合が生じたのよ。直ちに終了して」
「リ、リツコ?」
「先輩。私には特に異常は見受けられませんけど‥‥」
「このテストの最高責任者は私。私の指示に従ってもらいます」
「‥‥先輩」
いつもながら強気なリツコ。
そしてそのレンズの奥にいつもの冷たい眼光が走る。
「わ、わかったわ赤木博士。理由は後できちんと説明してもらいますから」
「ええ」
リツコに向けていた視線をモニターに移す。
「お聞きの通りよ。シンジ君にアスカ」
「え?もう終わりなの?」
「は、はい」
「お疲れ様。寄り道しないで帰るのよ?」
「ミサトさん。今晩の買い物があるんですけど‥‥」
「あんたばかぁ?どうせ監視がついてるからいいでしょ?」
「そ、そうだったね」
「ま、とにかくあまり遅くならないようにね」
モニターに向かい微笑むと、足早にコントロールルームを出ていくミサト。
「マヤは?」
「わ、わかりました。直ちにテスト終了準備に入ります」
「私は急用があるから後はよろしく」
「は、はい」
そして今日のテストにもレイはいなかった。
あの夏のパズル −piece9- 雨 rain 1
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第三新東京市は朝から雨。
「いつまで降ってるのかしら、うっとおしいなぁ」
「まあね。でもこればかりはどうしようもないよ」
「そうね」
「う、うん」
−−−いつもなら「そんなのわかってるわよ!」って言うはずなんだけど‥‥。
「今日はやけに早く終わったわね。なーんか拍子抜け」
「そうだね。今日の分が明日に回されないといいけど」
「そうね。でも私らはやるしかないのよ」
−−−そのために私はここにきたんだから。
「‥‥そうだね」
「なに暗い顔してるのよ?」
「アスカこそ?」
「あんたの方が変よ!」
「う、うん。ちょっと眠いなって‥‥」
「そう‥‥」
−−−ばぁか。相変わらずごまかすのが下手なんだから。
「そうだ!いい店見つけたの。行きましょ?奢るから」
「いいけど悪いよ、奢ってもらうなんて」
「いいのよ。いつもご飯とかお弁当作ってもらってるお礼よ」
「ワリカンでいいよ」
「もう!いいったらいいのよ!私に恥をかかせる気?」
「そんなわけじゃないけど‥‥」
「じゃあ決まりね。私のお・ご・り!さ、行くわよ!」
「わかったよ」
シンジが腕を引っ張られ着いた店。
それらしく雰囲気の有る店。
そこは今時自動ドアでなく中は薄暗い。
看板も無くただOPENの札が扉にかかっているだけの店。
「ここよ」
「ここって‥‥ほんとに大丈夫?」
「あったり前じゃ‥」
そんな二人の後ろから声がする。
「お二人さん。仲の良いこと」
「「え!?」」
二人が振り返ると、そこには白衣ではない普段着のリツコが立っていた。
「リツコ!?」
「リツコさん!?」
「驚いた?最近この店に通ってるのよ。ところで、シンジ君達はどうしてここに?
レイに聞いたの?」
「僕はアスカにつれられて来たんですけど」
「ば、ばか!違うでしょ!」
「え?だってアスカが‥」
「雑誌に載ってたの。それでシンジが行こうかってことになって」
「そう。じゃあ、雨も降ってるし店に入る?」
「そうね」
「はい」
『ギーッ‥‥カランカラン‥‥』
重い扉を開けると、どこか懐かしい音が二人を迎えた。
「いらっしゃいませ」
二人はその聞き覚えのある声の方を向き驚く。
「レ、レイ!」「綾波!」
カウンタには白シャツに蝶ネクタイがぴたりときまっているレイがいた。
「驚くのも無理ないわね。私も報告を受けたときは驚いたもの」
「‥‥レイって‥‥」「‥‥綾波‥‥」
「このお店が美味しいと聞くようなったのは最近。レイのお陰ね」
「‥‥」「‥‥」
三人はカウンタへ。
シンジとアスカは席につく間に密かに話し合い、深く考えるのは止める事にした。
「ご注文は?」
レイは静かにカウンタ越しに水を差し出した。
「いつものを深煎りで濃く」
「じゃあ、私はブルーマウンテンにする。もちろん本物よね?」
「ええ、直輸入。碇君、何にする?」
「え、えーと‥‥」
「ほら!早く頼みなさいよ!」
「良くわからないんだよ‥‥インスタントしか飲まないから‥‥」
「ほんっとにだらしないわね。レイ、あんたに任せるわ」
「いいの?碇君」
「う、うん。綾波に任せるよ」
「そう‥‥」
『ガラガラガラ‥‥』
店内に響く豆を碾く音。
そして、かすかに雑音の交じるジャズ。
カウンターの3人はその様子をただ見ている。
「リツコさん、毎日通ってるんですか?」
「ええ。でも今日でこの店は最後。レイが今日でやめるから」
「そんなに綾波のいれるコーヒーは美味しいんですか」
「ええ。コーヒーを飲み続けて15年‥‥トップクラスね」
「誰がいれても変わらないんじゃないですか?」
「シンジ君、それは違うわ。どんなにいい豆を使っても結局はコーヒーをいれる人
の腕なの」
「そうよシンジ。逆の例なら身近にあるじゃない」
「そうねアスカ。 シンジ君、ミサトのいれたコーヒー飲んだことあるでしょ?」
「え、ええ‥‥そ、そういえばあれはちょっと苦かったかも‥‥」
「ちょっと?あんたって、おっかしいんじゃないの!!でもあそこまで不味ければ
立派な芸術よ。お腹も痛くなるし‥‥」
「そうね、人間の作った最高傑作ね。断じて許せない事だけども」
「そ、そんな言い方ってないかと‥‥」
「おまたせ‥‥」
そんな中レイの声が入り込む。
そして三人の前に並べられるコーヒー。
香りが目の前に広がっていく。
「‥‥」
無言で出されたコーヒーを睨むリツコ。いや、恍惚としている。
−−−これよこれ!早く切り上げた甲斐があったわ!
「ん?リツコ、もしかしてこの為に今日のテストを‥」
「そ、そんなことはいいから、とにかく飲んでみたら」
『ゴクリ‥‥』
リツコが飲むのを見て、アスカもそれに続く。
「わかったわよ」
『ゴクリ‥‥』
「どう?」
「‥‥お、美味しい‥‥」
「二人ともどうしたんですか、突然無口になって?」
「シンジ!あんたは黙って飲めないの?違いのわからない男ね!」
「ご、ごめん‥‥」
続けてシンジも一口飲む。
『‥‥ゴク』
−−−苦いだけだよなぁ‥‥
そしてシンジは少し顔をしかめた。
「碇君、口に合わない?」
「コーヒーの味ってよくわからなくて‥‥」
「そう‥‥」
「ほんと、シンジってお子様よね」
「うるさいな!」
「何ですって!」
「‥‥し、しょうがないだろ。わからないんだから‥‥」
ちなみにリツコはそんな騒ぎが隣で起きていてもお構いなし。すっかり自分の世
界に入っている。
「碇君、それならいい事教えてあげるわ」
「え?」
「いい?」
「う、うん」
「まず、最初はそのまま飲む。俗に言うブラックね。次に砂糖を入れてかき混ぜて。
そして次にミルクをカップの縁にそっていれるの、ミルクの膜ができるように。
そして最後にそれをかき混ぜて飲むの、これで4種類の味が楽しめる」
「へ〜。ありがとう。早速試してみるよ」
「碇君に気に入る味があると良いけど」
そんなレイとシンジのやり取りを横目で見ている二人。
「リツコ、あれ知ってた?」
「私は昔からブラック」
「そうなんだ」
レコードが終わり静寂に包まれる店内。
外の雨の音がかすかに聞こえる。
「‥‥リツコ?」
「何?」
「‥‥レイ、どうしたいわけ?」
「何の事かわからないわね」
再び店内にはジャズが流れ、
店の外は雨がまだ降り続いている。
アスカの口には苦さが残っていた。
この雨は全てを洗い流してくれるのだろうか‥‥