『仕組まれた女神』 −第二部−

くらしろ


 

   #3

 

村、と言っても小さな民家の集落であるが、の中を歩く三人。

アスカがもちろん先頭である。 そして、彼女に続くシンジとレイ。

太陽はとうの昔に西の山並みにその姿を隠し、辺りは夜の装いに変わろうとしてい

た。

その村の小道に人影は誰も見えない。 だが、家々の窓からは明りが漏れている。

 

「なーんか、パッとしない村ね。」

アスカは遠慮無しに、悪態をつく。 

シンジはアスカに何か言おうとするが、どうせ返って来るのはいつも通りの

「アンタ、バカ。」と言う罵声であるのは分かっている。

 

 ...「沈黙は金なり。」

 

シンジはこの諺の意味を初めて分かったような気がした。

「でも...。」

突如としてレイは立ち止まった。

「どうしたのよ、綾影?」

アスカは驚き、レイを振り返る。

「何か、変だわ...でござる。」

「変って、何が?」

「わからない...、でござる。

 でも、何か人の気配がおかしいわ...、でござる。」

「綾影、なに寝惚けた事言ってんのよ!

 そんなの気のせいに決まってるでしょう!?」

「そうだよ、綾波は疲れているから、そう思うだけだよ。」

シンジは珍しくアスカに同調する。

ただし、これはシンジがこれ以上の面倒に巻き込まれたくないと言う本能的な自衛心

に依っている所もあるのかも知れない。

「そうかしら...、でござる。」

「そうに決まってるでしょ!! 変な事言ってないで、行くわよ!」

アスカは歩き出す。 だが、レイは立ち止まったままである。

そんなレイを気遣うシンジ。

「綾波、大丈夫?」

「大丈夫...でござる。 でも...。」

「でも、どうしたの?」

「いえ、何でもない...、でござる。

 きっと気のせいだと思う...、でござる。」

「そうだよ、綾波!」

「碇君、ありがとう...、でござる。」

そんな二人に先を行くアスカの叫び声が聞こえて来た。

「シンジ、それに綾影、何やってるのよ!!」

 

 

「お腹空いたなぁ...。」

シンジは自分の腹の虫が自身に告げた事を口にした。

「そうね、今夜の宿を探しましょう...、でござる。」

レイが続ける。

「そう、それもそうね!」

アスカが仕切る。

「でも、こんな村に旅籠なんてあるのかなぁ?」

シンジは歩を止めて辺りを見回す。

しかし、この様な小さな集落に旅籠などと言うものはありそうにない。

「...どうやら、ありそうにないわ...、でござる。」

「じゃあ、どうやって今夜を過ごすのさぁ?」

「アンタ、本当にバカね。 どこかに泊めてもらうのよ!」

「でも、どこに泊めてもらうんだよ!」

「そうね...。 」

アスカは品定めするように家々を見渡す。

「あの家に泊めてもらいましょう!」

アスカが指差した先には、少し大きい家が見えた。

こんな状況でも少しでも贅沢なものを選ぼうとするのは、流石はアスカである。

その家の造りから察すると、どうやらこの村の長の家のように見える。

「この家に頼んで泊めてもらいましょう!」

アスカは宣言した。

 

 

家の前に立つ三人。

しかし、中からは人の気配は感じられない。

「...た〜の〜も〜う〜!!」

(は、恥ずかしいよお...。)

シンジが心の中で恥じるのとは逆に、元気のいい大声で挨拶をするアスカ。

突如、中から物音がする。

やがて、開かれる扉。 白い髭の老人が現われる。

年はもう還暦の祝いを過ぎているであろうか。

村の長老の一人であることはその容姿で見て取れる。

「ほう、どなたじゃな。この村の者じゃないようじゃが。」

彼の嗄れた、しかし、はっきりと聞き取れる声が三人を迎える。

その声はその老人の曲がった体から発せられるとは信じられないようなしっかりとし

た響きであった。

「ぐーてん、あーべんと!

 私はアス影、ドイツの山奥から来た仮面の忍者アス影よ!」

アスカはその老人の雰囲気にに臆することなく彼女の名を述べる。

「ほう、これはこれは元気のいいお嬢さんじゃの...。

 それにしても、変わった格好をしておるのぅ。

 ...真っ赤な仮面とは、巷の流行は最近とんと分からん。」

老人はアスカに気負けすることなく飄々としている。

寧ろ、気負けしているのは彼女の陰に隠れるようにいるシンジの方であった。

「ア、アスカ...、こんな時ぐらい仮面を取ってよぅ...。

 ...恥ずかしいよぉ...。」

「アンタ、バカァ!? そんな事、仮面の忍者ができる訳ないでしょう!?

 それなら、アンタがやれば! ほい!」

アスカはシンジの背中を押す。

老人の前に冷や汗を浮かべたシンジが突き出された。

「おやおや、元気のいいお嬢さんの次は可愛い坊ちゃんかのぉ...。」

アスカの唐突な行動に、シンジは戸惑っている。  

「は、はじめまして...碇シンジと言います...。

 と、突然ですが...あのぉ...。」

「シンジ、何しどろもどろになってるのよ〜!

 男でしょ!! ほら〜、さっさと言いなさいよ〜!」

「アスカ、そんな事言われても...。」

「どうしたのかの?」

老人はその細い目でシンジの瞳を見続けている。

「あ、あの〜...。」

シンジはまだ話しを切り出せずにいる。

そんなシンジにアスカが焦れようとした瞬間、助け船が入る。

「一夜の宿をお借りしたい...、でござる。」

レイである。

老人はその少女を改めて見据えた。

「......。」

老人の網膜にレイの赤い瞳が写る。 そして、老人の網膜にレイの瞬きが写る。

「どうしたの...、でござる。」

「い、いや何でもござらん...。」

「それより私達、今夜泊めて欲しいんだけど!」

ついにアスカが焦れたようだ。

「アスカ、そういう言い方って失礼だよ。」

「だって、シンジ!」

「おお、そうじゃったな。 どうやらお困りの様子。

 こんな辺鄙な所で良かったら、お泊め致しますぞ。」

老人は我に返ったのか、アスカ達の頼みを承諾する。

「そう、ありがとう! ラッキー!!」

アスカの態度は豹変してしまっていた。

「ア、アスカ...。 どうもありがとうございます。」

「いやいや、この戦国の世。 苦労を強いられるのはいつも弱い民百姓。

 困った時はお互い様じゃて。」

「私は百姓じゃ無いわ! 私はドイツから来た仮面の忍者...。」

「アスカ...。」

老人の言う事の内容を理解していないアスカをシンジが止めようとする。

「ほっほっほ...。

 そんな事はどうでもいい事じゃて。

 とにかく、困っているお前さん方を助けるのは当然の事じゃて...。

 それにの...。」

「それに、どうしたの?」

老人の言葉尻を訝るアスカ。

「い、いや...、何でもない。

 と、とにかく中に入りなされ...。」

老人の表情に狼狽の色が一瞬走ったのをアスカもシンジも気付く事はなかった。

只一人、レイは老人の瞳の奥に異様な輝きを見つけていた。

 

 

   #4

 

漆黒より更に暗い闇の中、邪悪より更に邪な声が聞こえる...。

 

「遂に現われた...。」

「この機会を逃してはならぬ...。」

「彼女こそ魂の器に相応しき者...。」

「彼女こそ我等の探し求めし者...。」

「そして、あの二人こそ相応しき者達...。」

「彼女に永遠の命を与えるために...。」

「我等の願いが遂に叶う時が来る...。」

 

 

               ・

               ・

               ・

 

 

「シンジ、もう寝た?」

窓からは月明りが差している。

その明りに照らされる青い瞳。

「ねえ、シンジ...。」

 

 

アスカ達一行はは老人の好意により、食事と村の外れにあるこの村にしては少し大き

な一軒家に一夜の宿を取る事ができた。

と言うのも、老人の家とて、アスカ達三人を一遍に泊める程の広さは持っていなかっ

たからである。

しかし、一軒家と言っても、あばら家であった。

実の所を言うと、アスカは立派な一軒家を一夜の宿にと要求しようとしたのだが、

シンジがそれを制止したのである。

当然シンジはその後でアスカに罵られる運命になったのであるが、兎に角、アスカ達

はその好意を受け入れる事にした。

ただし、アスカはその家の荒れように文句たらたらであったが...。

とにもかくにも、アスカ達三人はこの家で夜露に濡れる心配がなくなった訳である。

 

そして、何の心配もなくなった彼等は床に就く事ができたのである。

ただし、床に就くと言っても、それは彼等が期待していたものとは程遠い有り様で

あった。

 

 

「何だよ、アスカ。」

土間からシンジの声が返って来る。

 

ちなみに、何故彼がこの様な場所に寝ているかという質問は、先ほど本人からなされ

ていた。

だが、アスカの

「当り前でしょ!

 なんで私のようなか弱い女性がバカシンジの傍で寝なくちゃならないのよ!

 シンジはそこで寝なさい!!」

と言う一喝によってシンジの寝る場所が決定していた。

また、彼女の発言の後、レイの

「私が土間で寝るわ...、でござる。」

と言う提案もあったが、

「綾影、リーダーは私よ!」

と言うアスカの強権発動によって否決されていた。

ともかく、アスカの命令に逆らったら後でどんな反撃が来るか分からない事を察知し

ているシンジは、アスカに従うしか道は残されていなかった。

そして、レイもそれ以上の横槍を入れようとはしなかった。

 

 

「シンジ、まだ起きてるの!?」

月明かりの中アスカの声がシンジに語り掛けられる。

「...いや、何か寝られなくって...。」

アスカからはシンジの姿がレイの陰になって見る事はできない。

ただ、シンジの頼りなげな声だけが聞こえて来るだけである。 

一方、シンジは二人の少女に背を向けて、横になっていた。

「...明日は早いわよ。 もう寝なさい。」

「...分かったよ...。」

「...それからシンジ、

 この間と土間との境は見えないジェリコの壁よ。

 その壁をちょっとでも越えたら...、殺すわよ。

 しかし、何で私達、こんな所に泊まらなきゃならないのかしら...。

 ...信じらんない。」

相変わらず悪態をつく、アスカ。

彼女の悪態に答える事もなく、シンジは別の質問を発する。

「...ねぇ、アスカ、ジェリコの壁って何だよ...。」

「...決して崩れることのない壁の事よ。

 分かったら、さっさと寝なさい! 明日は早いわよ!!」

 

 

「ねぇ、シンジ...。」

...だが今度は返答はなかった。

代わりに、土間からは規則正しい寝息が聞こえて来る...。

 

 

「...でも、どんな壁でも必ず崩れる時が来る...。」

突然、赤い瞳の少女が窓越しに見える月に話し掛けるように、呟いた。

「...そう、難攻不落の壁も何時か崩れるもの...。

 ...、いや、崩されるもの...。」

それに答えるように、青い瞳の少女の声が聞こえる。

「そう、いつかは...。」

「いつかは...。」

 

何時の間にか、三つの寝息が聞こえて来ていた。

程なく満月になろうとする月の光は3人を包んでいた。

...そして森の奥からは梟の子守歌が聞こえていた。

 

                          <続く>

 



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