1章sweets
3.INSOMNIA

 美瑛の緑の濃い匂いが少女を慈しむように包みこむ。森の中で少女は樹の下で眠り込んでいた。
夢を見る、翠の黒髪の美しい女性の夢。親友と瓜二つの儚げで今にも壊れてしまいそうな美貌。
女は夢の中で自分を視る目に気付き、うっすらと笑んだ。
 柔らかく暖かな微笑み。
 そして口を開く。
『コロシテ』
 と。
 あの夢の少年と同じ暗く澱んだ瞳。美しいのに人でない、人であることを止めた狂ったモノ独特の
存在感と雰囲気。
『あ……』
 少女は女に怯えて、そのじっとりとした女の眼差しから視線を逸らす。
『コロシテ、アノコヲコロシテ……』
 女は少女に、向かって手を伸ばす。少女はさっと女の手から逃れて、身を翻す。
『ニゲテモ、オワラナイノニ、ネ……』
 くすり、と女は艶やかに笑んだ。

 がばっと少女は身体を起こした。
「夢……?」
 ぼんやりと少女は呟く。あの時の感覚、まるで現実のような夢ではない夢。
 汗が額から噴出している。汗を手で拭う。
 最近、夢ばかり見る。あの首を絞められる夢と紅の瞳の少女と。
「調子悪いのかな……。眠りが浅いのかな」
 ふうと少女、アスカは深く息を吐く。最近、特に夢見の悪い夢ばかり見て夜眠れない。又あの感情に 囚われてしまうから。ぺたんと膝を抱え込んで空を見上げる。それも飽いたのかアスカは立ち上がり、校舎 へと戻ろうとする。
 その瞬間、アスカの瞳にいつもの幻が映る。
 アスカはふと気配に気付き、振り返る。
ふわりと茜色の長い髪が翻り、蒼天の瞳はただ透明にその何もない筈の空の一点をじっと見つめる。
「…………」
 その蒼の双眸が伏せられて、アスカは空を見上げるのを止める。ゆうるりと視線を元に戻し、一目散
に親友の待つ音楽室へと走っていく。
 それは自分を捉えた蒼の瞳の少女をじっと凝視し続けていた。
 紅の瞳で。

 女は夢の中で遭遇した少女に願いを込めて言葉を吐く。 
『あの娘を殺して……』
 ゆっくりと紅を施してないのに、朱に染まった唇を女は開く。魅惑的で男に庇護欲をそそる細く可憐な外見。
女は物憂げな双眸でその娘と同じ黒曜石の色。
 だが。
 その双眸は無明の闇。心を失い、彷徨う者独特の瞳。
 女はその瞳を閉じて、呟く。たった一人の愛しくそして血を分けた少女の名を。
『マユキ……』
 そのまま女性は言葉にせず、視線だけで思いを表す。
 ダレカ、アノコヲコロシテ。ワタシノチヲワケタワタシノムスメ、アノコガイナケレバ……。
 
 白い病室のベッドに横たわり、女は眠り続けていた……。

To Be Continue...


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