綾波さんをお願いしますと言うと、受付のおばさんは短く、はい、と答えて受話器を取った。

建物はカビの臭いがして廊下はひっそりと静まっていた。

しばらく待つうちに息苦しくなったので一旦日の当たる外に出た。

天気の良い日だった。

空には白い雲が浮かんで日差しはやわらかに大地を照らしていた。

蒸すような春の空気だった。

 

「なんの用?」

 

後ろから低く囁くような声がした。

振り向くと白いワンピースに身を包んだ綾波がいた。

太陽の光の加減でクリーム色に見える上品な服だった。

 

「もう来ないかと思ってた」

「まず謝るわ。この間のことまだ怒ってる?」

「別に。どうしてわたしが怒るの?」

「あたしひどいこと言ったもの。...あんただって怒ってたじゃない」

「そうだったかしら?」

 

綾波はキョトンとした表情で言った。

この間の顔を歪めて怒りを露にした綾波が全く嘘みたいだった。

私はホットすると同時に、ひょっとしたらわざとそういう素振りをしているのかなと一瞬戸惑った。

 

「あなたはそういうこと気にしない人だと思ってた」

綾波は不思議そうに言った。

 

「言いたいことは言うし、自分のしたいことは我慢しない。

 他人の感情になんか頓着しない人だと思っていたのに」

「ちょっと待ってよ。あたしだって人を怒らせたり恨まれたりしたら落ち込むわよ。

 あんたから見てあたしがどう見えるか知らないけど、あたしはホントはすごく繊細な人間なのよ」

「...見かけによらず、かしら?」

「見かけは知らないけど、とにかくそうなのよ」

ククと笑う綾波に私は少しホッとした。

そして、やれやれ、それじゃ私は一体綾波の目からどう見えているんだろう、と考えた。

 

「まあいいわ。じゃあ言うけど今日はあたし行きたいところがあるのよ。あんたも一緒にくるのよ」

綾波はキョトンとした顔で小首をかしげた。

 

 


 

もう頬杖はつかない

第18話

 


 

 

新小田原行きの切符を二人分買って、改札をくぐって汚れたコンクリートの階段を上った。

雑然と騒がしい第二新東京駅のホームとは対照的に、新幹線はガラガラに空いていた。

 

「わたし窓側に座る」

 

綾波はそう言って奥の席に座った。

それきり綾波は窓の外の景色を黙って眺めた。

ビジネスマンらしい数人の背広姿の中年以外誰もいなかった。

お腹が減ったので弁当を買って食べると、綾波はわたしは要らないと言って缶の紅茶を買った。

列車は続けざまにいくつかの長いトンネルをくぐった。

行き先を告げずに連れ出したのに、綾波は何しに行くのかすら全く聞かなかった。

ひょっとしたら私の一方的な態度に戸惑って言葉を失っているのかもしれなかった。

けれど、それはそれで構わないと思った。

私はとにかく行きたかったのだ。

そしてそれは今でなくてはならかったしなにより綾波と一緒でなければならなかった。

トンネルを出た頃には山梨に入って富士山が見えた。

 

「どこに行くと思う?」

私はさっきから何も喋らない綾波に質問してみた。

 

「第三新東京」

綾波はさも当然といった感じで答えた。

 

「何しに行くと思う?」

「さあ...判らない」

「まあね。あたしも判らないもの」

 

時間通り目的地に到着して、私達は新小田原の改札を出てバスに乗り込んだ。

中はおばあさんが一人だけいたけれど、走り出すと2つ目のバス停ですぐに降りてしまった。

運転手はマイク越しに、終点までですか?、と聞いた。

そうですと答えると、あそこは昔の第三新東京の跡地を覗くには一番いい場所なんですよ、と言った。

すぐに細い片道一車線になった。

ところどころ穴が開いてガタガタした道路は車線すらかすれきって、ずっと手入れされていないように見えた。

畑と古びた民家と、ときどき垣間見得る赤い海だけが目についた。

太平洋側の海は今でもやはり赤いのだ。

テレビで何度も見たことがあるはずの景色なのに私はなにか言いようのない気分になった。

 

乗り込んで来る客が一人もいないまま、バスはやがて終点に到着した。

そこはまばらに草が生えた何もない原っぱだった。

左側は断崖の海で反対側は遠く向こうに張り巡らされたフェンスが見えた。

視野をさえぎるものは何もなくて、ただひたすらに空が広かった。

人間は誰もいなかった。

そもそも今は封地のかつての第三新東京に来る物好きなんていないのが当たり前なのだ。

バスを降りようとすると運転手は言った。

 

「どちらからですか?」

「第二新東京」

「お客さん昔ここに住んでいたんですか?」

「まあそんな感じです」

「ここ何もないでしょう? この路線は便が少ないから次のバスは二時間後になりますから」

 

私はありがとうと言ってタラップを降りた。

潮風の匂いがした。

断崖の手すりから下を眺めると太平洋側の海は沈んだ赤い色をしていた。

 

「少し歩こう」

 

私が言うと、綾波は白いワンピースの裾を翻して黙って歩調を合わせた。

道端には小さな菜園がこしらえられていた。

空には小さな雲がいくつか浮かんでいた。

日差しは斜めから優しく私を照らした。

何もない広がる原っぱ。

濃い草の香り。

風以外になんの音もしなかった。

他のどんな物音も私の耳には届かなかったし、視界の中には誰も入り込んでくることはなかった。

 

何故か懐かしい気持ちになって子供の頃を思い出した。

その景色は目をつぶればすぐに目の前に広がるのに、目を開けた瞬間に消えてしまう。

手を伸ばせば届きそうなところにあるのに、決して達することができないのだ。

今この瞬間を自分でも不思議なくらいとても穏やかな気持ちで歩いている。

どうしてだか判らないけれど子供の頃を思いだした。

勿論その頃はそんなに穏やかでも幸せではなかった。

人に負けないよう歯を食いしばって誰かに依存しそうになるのを恐れた頃。

そんな自分を冷静に見つめて、思いあがったり傲慢になったりすることがないよう努めたあの頃。

けれど決してロマンチックでも郷愁に満ちたものでもない子供時代が今は甘く切ないように思えた。

私の人生は今でも十分過ぎるくらいややこしいし、様々なしがらみから逃れられないでいるのだ。

 

 

おばあちゃんと一緒に過ごした子供の頃の日々。

地味なグレーのワンピースと、古びて染みのあるクリーム色のエプロン。

広いリビングには黒ずんだ木のテーブルと低い照明、油が染みた天井、大きな柱時計。

そして長い間の傷みをペンキで無理やり隠したでこぼこした白い壁。

 

「アスカちゃんはまだ子供だから判らないだろうけどね」

 

おばあちゃんは庭の木陰のロッキングチェアで揺られている。

花壇に咲いているフリージアの細い剣状の葉を弄ぶ。

柔らかい風を感じながら、おばあちゃんは一緒に空を見る。

 

「あんたのママは素晴らしい人だったよ...。頭が良くて曲がったことが大嫌いで、いつも誇りに満ちていた。

 それがどうして...あんな軽薄な男に騙されたんだろうね」

 

またいつもの話だ。

おばあちゃんの口癖だった。

ママの話をするとき、おばあちゃんはいつもとても悔しそうな顔をする。

 

「キョウコはとても優しい子だったよ。難しい研究より本当は花を摘んだり絵を見たりする方が似合う子だった。

 きっと寂しい時にあの男につけ込まれたんだろうね」

「なんだか馬鹿みたい。今更言ってもしょうがないことなのに」

「そうだね、しょうがないことだね」

 

おばあちゃんはすまなそうに笑う。

柔らかな日差しに照らされた花に囲まれたおばあちゃんはこの話さえしなければ世界一幸せそうに見えるのに。

 

「学校はどうだい?」

「みんな仲良しだよ。先生の言うこともちゃんときいてる」

「そうかい。じゃあ安心だね」

 

それは嘘だ。

学校の男の子達はみんな下らなかったし、女の子は意地悪で先生は馬鹿で当たり前のことばかり言った。

 

「どうしてキョウコはあんなことになったんだろうねぇ」

おばあちゃんはテーブルに置いた作り掛けの刺繍を手にとって話を蒸し返す。

 

「ほんと、女ってのは駄目な生き物だね」

「どうして? おばあちゃんもあたしも女だよ。あたしは駄目じゃないよ」

私は批難する。

おばあちゃんは椅子に揺られながら優しい目をして答える。

 

「ごめんね、アスカちゃん。おばあちゃんは昔の人間だからついそういうふうに考えてしまうんだよ。

 アスカちゃんの時代はきっとそんなことはないんだろうね」

 

優しそうな表情。

でもそれはきっと違うんじゃないかなという気がする。

女だから駄目なんて偏見に決まっているのに。

偏見をなくせば誰もがもっと賢くなれる。

そして賢くなれば他人に騙されることも間違うこともない。

頑張らなきゃ。

一生懸命頑張って、道を踏み外さないように生きたい。

私は寄り道なんかしないし、決して落とし穴には落ちないのだ。

 

 

綾波は立ち止まった。

私も我に返って立ち止まった。

目の前に広がる赤い海を眺めながらその場に座り込んだ。

さらさらと青白い髪を風になびかせる綾波は相変わらずとても綺麗だった。

一体シンジはどうして綾波を選ばずに私に執着したんだろう。

バッグの中からキャンディーを取り出して口にいれて、一つ綾波に渡した。

長い沈黙がその場を支配した。

もう一度ドイツにいた頃と、そしてエヴァで戦っていた頃を思い出した。

目をつぶると、ドイツネルフの廊下や宿舎のことが昨日のことのように目の前に浮かんだ。

全ては懐かしい思い出だった。

そしてシンジと綾波のことが頭に浮かんだ。

もし出来る事なら、二人ともあの十四歳の頃のままならよかったのに。

とても儚い願いのような気がして、何かを失ったような悲しい気分になった。

 

「ねえ」

私は言った。

「なに?」

綾波は短く答えた。

 

「あんたシンジのこと気にならない?」

「どうしてそういうこと聞くの?」

「あんたに話したいことがあるんだけど、いいかな?」

「構わないわ」

「あんたにとって楽しくない話もあるわよ」

 

返事はなかった。

大きく深呼吸して、ゆっくりとシンジの綾波への気持ちを語って聞かせた。

それはまるで記憶のひだに積み重なった染みを一つ一つ剥がす作業のように思えた。

シンジが何を憎んでいたか。

シンジが何を欲していたか。

出来る限り想像を交えないでシンジがいつか語ったことをそのまま伝えようとした。

話がすべて終わっても綾波は黙ったままだった。

少し考えてクシャクシャにしたシンジからの手紙を取り出して綾波に手渡した。

 

「こんなもの見せてあんたはあたしのこと傲慢だと思うかもしれない。

 だからあたしのこと恨んでも構わない。

 けどあんたにもう少しだけ平明に自分を考えて欲しいのよ」

 

綾波は風で乱れた髪を手で押さえながらゆっくりと頷いた。

そして受け取った手紙を一行一行目で追いながら真剣な表情で読んだ。

その間私は何も考えないように努めながらゆっくりと深呼吸をした。

 

「どう?」

「どうって? ...別に」

 

綾波はそっけなく答えて、雲の流れが速いわ、と遠くの空を眺めて小さく呟いた。

もっと露な感情を想像していた私は拍子抜けした。

 

「なんとも思わないの?」

「別に思わないわけじゃない。けど...」

「けど、なに?」

「自分で選んだことだもの。あなたに言ってもしょうがないことだもの。

 人は自分のことは自分でなんとかしなくちゃいけない。わたしはずっとそうしてきたから」

 

綾波の答えに私は少しがっかりして言った。

 

「もっと正直に言ってくれてもいいじゃないの。あたしのこともう少し信用してくれてると思ってた。

 それともやっぱりこの間のことまだ根に持ってるの?」

「違うわ」

「じゃあ、なんで? あんたシンジのこと今でも想ってるんでしょう?」

「そうよ。いつか言ったでしょう。わたしはただの残存記憶に過ぎない。

 それはつまりわたしが碇君への想いを抱えて生きることを選択したということなのよ。

 振りまわされている訳じゃない。自分でそう決めたのよ」

「...」

「感情なんてただの物理現象に過ぎない。

 でも碇君への想いを選んだことはわたしの意志なの。

 それはわたしにとってとても大きな違いなのよ」

「それじゃ...寂しすぎるよ」

私は絶句して言った。

 

「違う。ねえ惣流さん、わたしはあなたと話ができてすごく感謝しているの。

 それは本当だからよく理解して欲しいの。もしそう見えなくてもわたしは本当にそう思っているのよ。

 けど...感情なんて本当にただの物理現象にすぎないのよ。

 脳の中で科学反応が起きてそれが感情を司って、過去の経験と推論によって今の私の心が形作られている。

 わたしが押さえ切れない感情を抱えても、あなたがあれこれ考えてくれても、それは何の意味もない。

 そもそも人間の気持ちに意味なんて何もない。

 だからわたしにとってそれはどうでもいいことなの。

 けど碇君への気持ちを反芻することを選択して生きること、これはわたしの選択なのよ。

 意味のあることなのよ。わたしには本当にそれしかないのよ」

 

綾波はじっと空を見つめながらゆっくりと噛み締めるように言った。

そして一通り喋り終わると口をつぐんだ。

やがて綾波は膝を抱えなおして両膝の上に顔を伏せてその姿勢のまま動かなくなった。

耳をすますと小さな声が聞こえるような気がした。

それは嗚咽のようにも聞こえたし笑い声のようにも聞こえた。

ひょっとしたらどちらでもなく風の音だったのかもしれなかった。

できるだけ遠くの雲に意識を集中して、私はその音を頭から追い払うことに専念した。

心の中でゆっくり数を数えるとそれはかなり上手くいったように思えた。

大きく深呼吸して、私は再び口を開いた。

 

「行きましょう。やっぱりもうこれ以上考えてもしょうがないわ」

「...あなたは、わたしに悪いことをしたと思っているでしょう?」

「さあ、どうかしら」

「思っているわ。あなたはぶっきらぼうだけど、でも本当はわたしを傷つけたと思ってあなた自身傷ついている」

「どうしてそんなことがわかるのよ?」

「だってあなたは本当に碇君にそっくりだもの」

 

綾波は私を見つめて、そして優しく笑った。

一瞬ムッとしたけれど綾波の笑顔を見ているうちにそれはどうでもいいことだと考え直した。

 

「そうでしょ?」

綾波は聞いた。

 

「さあね。そうかもしれないし、違うかもしれない。

 そもそも人間はそんなに一面的に捉えられる生き物じゃないもの」

仕方がないので笑うことにした。

 

「怒らないのね」

「どうして怒るのよ」

「きっと怒ると思ったのに。だって人間は本当のことを言われると怒るでしょう?」

 

私はやれやれと考えて、髪をかきあげた。

 

「わたしは最近本当に心からあなたが好きだと思うことがあるの。

 本当に自然にそう思うの。判ってもらえる?」

「さあね...それよりあたしは今日ここに来て十分満足出来たわ。もう帰りましょ」

「そう」

 

私達は立ちあがった。

太平洋側の赤い海を後にして、帰りの電車目指して歩き始めた。

 

 


 

 

乗り換えがスムースにいったので、意外と手間取ることなく第二新東京にたどり着いた。

新幹線を降りて在来線に出るともう午後の8時だった。

 

「まだ帰るには早いね」

「お茶でもする?」

 

電車で一駅移動して、いつか行った都心の喫茶店に向かった。

糊の利いた白のシャツと黒のタイトスカートのウェイトレスの気取った歩き方はいつもの通りだった。

外はすっかり暗くてガラスの向こうに見えるのは蛍のように輝く街の明かりだった。

眼下をゆっくりと流れるヘッドライトの光の渦を眺めた。

ウェイトレスはそっとカップを置いた。

紅茶の香りを楽しみながら綾波に視線を戻して言った。

 

「今日のお勧めの紅茶ってブルーベリーのフレーバーなんだね」

「そうね」

 

綾波はセットに選んだピーチメルバをスプーンですくいながら答えた。

マイセンの青い柄の器に盛られたアイスクリームを金色のデザートスプーンで小さくすくって口に静かに運ぶ。

私はガトーショコラをフォークで削って口に入れて、そして紅茶に口をつけた。

ブルーベリーの香りは悪くなかった。

 

「フレーバーティーってやつはさ、こういうところで飲むと美味しいけど自分で買うとすぐ香りが逃げるよね」

「そう? ちゃんと保存しておけば結構もつわよ」

「そうかな?」

「密封してないんじゃないの? 缶かビンに密封して、空気に触れないようにしないとだめ」

「ああ...あたしそういうの適当だから。キツク蓋すると次開けるのが面倒だし」

「馬鹿みたい」

 

綾波は呆れたように鼻で笑って視線を逸らした。

スプーンを口に運ぶゆっくりとした動作がとても優雅で上品だった。

黙って見つめる私に綾波は気づかないようだった。

ひょっとしたら単に気がつかない振りをしているのかもしれなかった。

白いシャツがサラサラという音を立てた。

薄暗い暖かな白熱球の照明に照らされて、厚い絨毯がどっしりと敷かれている。

ウェイトレスが胸を張って音もなく横を通りすぎる。

やがて綾波は顔を上げて小首をかしげて私に向かって微笑むとティーカップに口をつけた。

私も黙って綾波を見つめた。

 

「馬鹿にしても怒らないのね」

「怒らないわよ」

「怒ると思ったのに」

「怒って欲しかった?」

「昔の惣流さんだったら顔を真っ赤にして怒るはずなのに」

「そうかな?」

 

戸惑いながら返事をした。

しかしそれはまあどうでもいいことだった。

人間は腹が立てば怒るし、そうでなければ怒らない。

今の綾波の言い方は、それはそれで、まあ綾波らしくて納得できないことじゃない。

ただそれだけだなと思った。

 

「ねえ綾波」

「なに?」

「欲しいね、マイセン」

「そうね」

 

綾波は両手でカップを持ち右手の人差し指で縁をなぞった。

白くて細い指だった。

カップを覗き込む視線は、どこか艶やかに見えた。

 

「今度探しに行こうか?」

「高いわよ」

「別にマイセンでなくてもいいのよ。けどあたしはあたしにあった器が欲しい。

 それがあるとお茶の時間がちょっとだけ贅沢で胸を張った気分になれて、

 それでいて肩肘張らずにゆったりしたくつろいだ気分にさせてくれるやつ」

「贅沢な注文ね」

「まあね。でもそれって変なことかな?」

「いえ」

「...ねえ、今日は悪かったわね」

私は言った。

 

「どうして謝るの?」

綾波は答えた。

やがて綾波は微笑んで頬杖をつくと、視線をはずして窓の外を眺めた。

ガトーショコラの最後の一かけらを口に放り込んで、私も同じ方向を見た。

 

街の明かりに負けずに空を照らして上る月を眺めた。

ここは第二新東京なのだ、私は改めて思った。

第二新東京は山に囲まれた街なのだ。

窓からの眺めの半分は高層ビルに遮られていたけれど、その向こうにはうっすらと山の端が見えている。

街の明かりに逆らうように、空には寂しく半月が輝いている。

対照的に山肌の部分は光を吸い込むように暗い。

山頂の放送塔の赤いランプのゆっくりとした点滅が、まるで外との境界であることを主張しているようだった。

薄暗い照明に照らされる白いワンピースに身を包んだ綾波を見つめながら、私はゆっくりと紅茶を啜った。

 

 

FIN

 


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