4月、桜の咲く季節、木々が緑に萌え、人の心に潤いがあふれる。

 といっても日本に季節がなくなってから随分とたつのだが。

 今や常夏の国と化した日本では、生態系も大きく変わり、以前ほどの美しい自然は望むべくもない。

 それでも4月という季節は人の心に新たな希望を感じさせ、前と変わらない喜びに満ちた顔が街にあふれる。

 セカンドインパクト後の荒廃した世界で日本も大部分が海中に沈んだが、

 復興の過程で新たな都市も生まれ、活気にあふれている。

 そんな街の一つであり、遷都計画の中心である『第2新東京市』

 この街にも春が訪れ、人々の心を暖かい何かで包み込んでいた。

 

「ああーもう、ちこくちこくぅーーー」

 紺のスーツを着て、茶のパンプスをはいた少女が街の中心にある並木道を全速で駆け抜けていく。

 多分朝に念入りにセットしたであろう髪が、風でたなびいている。

 「今日が入学式なのにーーーー!!」

 息を切らしながらも、ラストスパートをかけるかのように、彼女は更にスピードを上げ走り続ける。

 彼女の前に大きな建物の姿が浮かび、それがだんだんと大きく見えるようになってきた。

 どうやらそこが目的地らしく、そこから彼女はペースを落とし息をを整えるように歩き出した。

 「や、やっとついたぁー・・・はぁぁ」

 建物の入口に付いた瞬間思わずその場に座り込む。

 が、気を取り直したのかすぐに立ち上がり、建物を見上げた。

 「ここが今日から私の学校か・・・」

 

第2東京大学。

 セカンドインパクト後の日本で最高の教育環境を誇る大学。

 日本中から優秀な学生が集まり、この街に集っている。

 「第2東京大学、これから4年間よろしくね・・・」

 感慨深げにそう呟く。

 そして乱れた髪をさっと手櫛で直すと、辺りを見回し始めた。

 「さてと、入学式の会場はどこかなーと」

 しかし彼女の周りにはそれらしい建物が見あたらない。

 こんな時は地図でも見れば良さそうなものだが。

 「な、何よ、こんなのあったって分かるはず無いじゃない」

 そう彼女は重度の方向音痴だった。

 入り口で渡されたパンフレットには、入学式の会場の地図も載っていたが

 これだけではどうにも不安に感じたのか、彼女は通りすがりの人に道を聞いた。

 「すいませーん、入学式の会場ってどこですか?」

 彼女の前を歩いていた男が振り返って返事をする。

 ちょっと優男風のその男は気軽に答えてきた。

 「俺もちょうどそこへ行くところなんだ、良かったら一緒についてくるかい?」

 「本当!ありがとう・・そうそうあなたも新入生なの?」

 「俺かい?俺は加持リョウジ、工学部の新入生さ。ところで君は?」

 よっぽど女慣れをしているのかさりげなく名前を聞き出す。

 この質問に彼女は軽く笑って答えた。

 「私はミサト、葛城ミサトよ。よろしくね加持君」

 


COMING HOME
 CHAPTER:1 First impression
 
 

「それにしても・・・」

 「なーによ、加持君」

 「本当に広いガッコだな、ここって」

 校門から歩き出してすでに10分たつがまだ会場にたどり着く気配がない。

 走ってきた影響なのか、ミサトの顔には多少疲労の色が見え隠れしている。

 「そうよね・・・まだ歩かなきゃいけないなんてね・・トホホ」

 長野県にある第2新東京市。

 その面積は日本の大学の中でも最大級である。

 なんといっても日本一の研究設備を誇る総合大学だから、

 敷地内をくまなく見ようと思ったらそれこそ1日ではおぼつかない。

 農学部付属の牧場とか、理学部付属の素粒子研究施設。

 文学部のためには何千万冊もの蔵書を誇る図書館がある。

 そして医学部の病院が敷地内にあって、運動場などの設備も充実している。

 国家の復興計画の中心となる人材を育成するという目的を持って作られた学校なので

 おしみなく予算がつぎ込まれ、それに呼応するかのようにこの学校には優秀な人材が集まっていた。

 そしてこの二人もその学校への入学試験を通ってきたのだから相当に優秀であるはずなのだが・・・

 一人は極度の方向音痴で、もう一人はただの軽いヤツなのはご愛敬か。

 

「それで、入学式の会場ってまだ着かないの?」

 さっきの会話からさらに10分が経過してもまだ会場には着かない。

 さすがに走ってきた後も歩きづめだったので、ミサトの顔は完全にまいったような表情に変わっていた。

 「ここら辺にあるらしいんだけどなぁ・・。なんだそこを曲がるとすぐみたいだ」

 その言葉の通り角を曲がると目の前に大きな講堂が見え、その中から人の声が響いてきた。

 どうやらここが入学式の会場のようだ。

 「や、やっと着いた・・・」

 と、安心して思わずその場に座り込むミサトだったが

 「おい、ちょっと待てよ、アレを見てみな」

 そう言われて視線の先を前に向けたミサトが目にしたのは

 『第2東京大学 2005年度入学式は10時より開始』

 と書かれた立て看板であった。

 すぐに腕時計をのぞき込むミサト。

 「10時からって・・・・今の時間は・・と

 げっーーーもう10時半じゃない、大遅刻だわ・・こりゃ」

 あわてるミサトになんでもない様子で加持が言う。

 「ま、そんなにあせるなって・・・今更あわてたって仕方ないだろ」

 だがその言葉に刺激されたのか、ミサトはよけいにあわて出す。

 「なーに、言ってんのよ、今日は入学式なのよ、に・ゅ・う・が・く・し・き!」

 「大体俺達が大学に着いたのが10時過ぎだぜ、最初から遅刻なんだよ」

 ここで厳しいツッコミが入る、まったくそのとおりなので反論できないミサト。

 「そ・・・・それはそうだけどさ・・」

 「こっそり入ればバレないだろ・・さ、行くぞ」

 余裕の表情を変えないで加持はさっさと中に入っていった。

 あわててそれを追いかけるミサト。

 「わかったわよ・・もう・・最初が肝心だって言うのに・・」

 

とにもかくにも、二人そろって講堂の中に入る。

 入口で真新しい生徒証を見せると、何も言われることなく中に入ることができた。

 「なーんだ、あわてること無かったわね」

 「だから言っただろう、大学なんてこんなもんなんだよ」

 入ったばかりのくせによく言うわね・・・あんたちょっと世の中なめてない?

 そんな感想を持ったミサトだったが、今日会ったばかりの人間にいきなりそういうのもはばかられて

 「そ、そうよね、なんてったって大学だもんね」

 少々顔をひきつらせながらもそんな無難な返事を返してしまう。

 「そう思うだろ・・・やっぱり高校とは違うからな

 おっ、そこの席ちょうどよく空いてないか」

 目の前にあった2つ並んで空いていた席に座る。

 二人ともちょっとの間は真面目に色々な式典を眺めていたが

 やがて退屈な学長の話を聞いているのに飽きてお互いのことについて話しだしていた。

 「それでさ、なんでこの学校にしたの?」

 「環境がいいからよ、それに親とも離れられるしね・・」

 その言葉にちょっと感じる物があったような加持だったが

 少し首を下げるようにしているミサトを見て、あえてそれには触れないようにしたらしい。

 「なるほど・・ま、俺もそんなところかな」

 その言葉には触れないようにして、相手のことを気遣う。

 その後話は加持の方へ移った。

 なんでも新入生同士のコンパを企画しているそうで

 「ふーん、入学したばかりなのにねぇ」

 「この学校に先輩がいてさ、新入生同士を集めた企画をするから

 お前も一緒に手伝えって言われてね」

 「それでコンパの幹事なんて押しつけられたわけ・・ふーん大変ね」

 「どうもね、あの先輩には逆らえなくてさ・・・本当大変だよな」

 「ところで・・・ね、そのコンパにアタシも出たいんだけどいいかな?」

 こうした酒を大量に飲める機会をミサトが見逃すはずもない

 しっかりと自分も出て飲みたいという意志をアピールする。

 「勿論大歓迎だよ、それじゃその時は連絡するから」

 笑って受け答える加持、このときは純粋にミサトが参加するのを喜んでいた

 後日、彼は彼女の飲みっぷりを見て頭を抱えることになる・・・がそれはまだ先の話。

 

とりとめのない会話をしている間に入学式も終わり、会場の外に出てもさらに二人は話し続けていた。

 一緒に正門の前まで歩いていって、その場に立ち止まって話し込んでいる。

 「今度会ったらその時はまた話でもしようか」

 「そうできたらいいよね」

 なんとなく出会ったばかりなのに相手の事が気になる。

 お互いにそんな感覚が芽生えはじめていた。

 「あっ、それと・・・」

 「なに、どうしたの?」

 加持は持っていた鞄からシステム手帳を取り出すと

 その中の紙を一枚破ってそれに何かを書き付けミサトに渡した。

 「これ、俺の携帯の番号、何かあったらかけてきてよ・・」

 「いいけど、あっアタシの番号はこれね」

 ミサトも自分の手帳を一枚破ってそこに電話番号を書き付け加持に手渡す。

 「それじゃ、コンパの前には必ず連絡入れるから」

 「楽しみにしてるからね、絶対連絡してよ」

 そんなお約束の番号交換とそれに伴う色々なことも終わって。

 「じゃ、また」

 「うん、またね、加持君」

 加持は片手を肩越しにあげて、歩き去っていった。

 

「それにしても加持君・・・か、悪い人じゃなさそうよね

 でーも、ちょっち性格軽そうだなーーー、うーんどうなんだろう?」

 なかなか冷静に彼のことを評価している。

 ここら辺がミサトも女であることを証明している。

 「でも・・・結構顔は良かったわよね・・・」

 こころなしか顔がゆるんで、そこら辺の石ころをけ飛ばしたりしてみる。

 しばらくはそうやって、出会いの感触を楽しんでいたのだけど・・・

 「でも、本当に・・・この学校で4年もやってくんだな・・」

 もう一回学校の広い敷地を見渡して、感慨に耽る。

 「この街で・・はじめて一人で生活するんだな・・私は」

 そう呟くと、胸の前で手をそっと合わせた。

 「さーーってと、、おうちに帰りますか」

 こころなしか、軽い足どりで引っ越してきたばかりの家に向かう。

 学校から歩いて10分くらいの場所にある小綺麗なアパート。

 親の豊富な協力がなければ、とても住めないだろうと思わせる場所だ。

 部屋の鍵を開け、乱暴に靴を脱ぐ。

 「たっだいまーーー・・・って誰もいないか」

 背負っていたデイパックを放り投げると、すぐに冷蔵庫の扉を開け

 中から缶ビールを何本か取り出してテーブルの上に並べた。

 とりあえず若い女の子のすることではないような気もするが・・・

 「それじゃ、自分に乾杯・・・と」

 今取り出したビールのプルタブを、勢いよく引き上げる。

 「大丈夫・・・だよね、きっと・・さ

 よーっし、明日からがんばろっと!!」

 
明日から始まる新しい生活の不安。

 そして希望、何かが起きるという予感。

 すべてを見守るように、夜は静かに流れていく・・・

 

To be continued

 


NEXT CHAPTER
 
大学生活もなんとか順調に進み始めて、自由を楽しむミサト。
 その時彼女の前に一人の少女が現れた。
 その出会いがやがて腐れ縁となることを、その時には全く気づかずに・・・
 
CHAPTER:2 My friends
 
 
まひとさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system