「シンジ、どこ行くの?」
「買い物、さっき冷蔵庫みたらビールがなくなってたから」
「ふーん」
「じゃあ行ってくるね」
 
 

今、出来る事
 

・・・これだけあったら足りるよね
僕はビールを適当な数だけ買って、家に帰ろうとしていた
振り返る途中で、見た事のない小さめの店が目に映る
新しく出来たのかな・・・
そんな事を思いながら、その店に向かった
茶色の木の壁に、赤い屋根
ぬいぐるみや置き物とかが店の入口から見える
・・・
僕は少し考えた後、その店に入った
お客はいない
けどパッっと見て、たまたまお客がいないだけだと分かる
それ位に人が寄ってきそうな店だった
僕もそうだしね
取り敢えず何かないかなぁ・・・
そんな事を思いながら店の奥に入っていって、一つだけ置いてあるオルゴールを手に取った
少しネジを回して、どんな曲か聴いてみる
・・・結構いい曲だなぁ
足は自然にカウンターの方に向かっていた

「いらっしゃいませ」
「あの・・これ下さい」
「えっと、780円です」

僕はお姉さんに1000円札を渡してから、辺りをもう一度見回した

「彼女へのプレゼント?」
「え・・は・・・はい」
「ふーん、そうなんだ」

彼女じゃないんだけど・・・
・・まあいっか

「はい、ガンバってね」

お姉さんはそう言いながら、おつりと赤と青のチェック模様の紙で包んだ箱を渡した
それを曖昧な顔で受け取る
僕は店のドアを開けて、外に出た
・・・アスカ歓んでくれるかなぁ
そんな事を思いながら家に帰る
その途中の上り坂の所で、小猫が僕に寄ってきた
少し屈んで、猫の頭を撫でる
すると小猫はそっぽを向いて、道路に飛び出した
なんだったんだろう・・・?
そう思ってると、クラクションが僕の耳に入った
反射的に横を見ると、さっきの小猫が車の前にいた

考える暇もなく
僕はその小猫を助けようと
道路に飛び込んだ
そして、小猫を抱きかかえた

地面に落ちたスーパーの袋から
ビールの缶が転がって外に出る
オルゴールが入った箱は何メートルか先に落ちて
音楽が流れ出した

・・・ふぅ
助かったのかな
僕は上半身を起こして、辺りを見回した
沢山の人が集まってきてる
ふと横を見ると、小猫がニャーニャーと鳴いていた
良かったね、無事で
けど・・・?
車にぶつかったんじゃなかったっけ、僕
自分の手を見て、握ってみる
なんともないよね・・
前を向くと、アスカが泣きそうな顔で立っていた

「・・・どうしたの?」

アスカは何も言わずに、僕に近寄ってきた
え・・あ・・・ちょ・・ちょっとアスカ
その時、体に不思議な感触が伝わった
前を見るとアスカはいなくなってた
・・・?
振り返ると、アスカが誰かを抱きかかえて泣いていた
・・・・・・僕?

「バカシンジ!!・・さっさと目を覚ましなさいよ!!!・・・」

アスカは僕を抱きかかえて泣いていた

「アスカ・・僕はここにいるよ」
「・・・バカ・・どうして・・・・どうして・・」

・・・聞いてないのかな?
僕は手を出して、アスカの肩に・・・・・・え?
アスカの肩をすり抜ける感触
何度やっても、アスカに触れる事が出来ない
・・・
僕の頭の中を、一つの文字が横切る
認めたくなても認めるしかない
・・・死んじゃったのか・・
 

あの事故が起きてから三日経った
アスカはずっと、部屋に閉じこもったまま
ミサトさんも教師の仕事を休んで、ずっと家に居る
僕はずっとアスカの部屋にある椅子に座っていた
今出来る事は、アスカを見ているしかないから
アスカが泣くたびに、僕は何度も何度もアスカに触れようとした
頬から流れ落ちる涙を、そっと拭いてあげたかった
でも、出来ない
見守る事しか出来ない
今日もそんな時の中を過ごしていた
アスカはまだベットに寝転んでいる
ろくにご飯も食べずに、ただ無駄に時を過ごしていた
・・・アスカ・・
その時、部屋の外から音楽が聞こえてきた
どこかで聴いた事ある
アスカは立ち上がって、ふらふらとした足取りでキッチンに向かった

「やっと起きたの?」
「ミサト・・・それ、何?」
「・・ちょっち・・・ね」
「・・・」
「私が箱開けちゃったけど」

ミサトさんは目に涙を浮かべて、それをアスカに渡した

「・・何よ、これ」
「シンジ君からのプレゼントよ」
「シンジの・・・」
「・・・事故が起きた現場の近くにあったの
近くにあった店で、中学生くらいの少年が彼女へのプレゼントだって買ったそうよ・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・あたし、行ってくる」
「え?行くってどこに・・・そう、分かったわ
ケジメつけて帰ってきなさいよ」

アスカは洗面所に行って顔を洗うと、手にオルゴールを持って、外に駆け出した
僕も・・・行こう

「シンジ君・・・」

え?
振り返ると、ミサトさんが手で顔を隠すようにして泣いていた
・・・

「ミサトさん、すぐに戻ってきますから」

聞こえないのは分かっていても、僕はそう言った
そしてアスカの後を追って、飛び立った
 

「シンジ・・・」

アスカが着いた場所は、僕の体が置いてある病室だった
心臓の音は微弱だけど、まだ動いているらしい
けど、日に日に弱くなってきている
先生はもう手は尽くした・・・だって
たぶん心臓が停止する時に、僕もここにいれなくなると思う
それまでずっと、アスカの傍に居よう
僕はずっとそう思っていた

「シンジ・・・聞こえてるんでしょ」

アスカはオルゴールのネジを回して、僕の耳の近くに置いた
流れ出す音楽

「ほら、あんたが私に買ってくれたオルゴール・・・
あたし、大切に持ってるから・・・ずっと・・ずっと・・・ずっと・・・・」
「アスカ・・・」
「・・・・ねえ・・・もういいのよ・・・あたしを騙そうとしなくても・・・
・・嘘なんでしょ・・・・ねえ・・・なんとか言いなさいよ・・・」

言うたびに、アスカの目から涙が溢れてくる

「・・・早く起きなさいよ・・・・ねえ・・・目を開けてよ・・・・
・・お願いだから・・・・もうあんたをバカにしないから・・・ねえ・・・
・・・・シンジ・・・・もう十分あたしを騙したでしょ・・・そろそろ嘘だって言ってよ・・
・・ねえ・・・ねえ・・・・ねえ・・・・・ねえ!!!」

アスカは布団に顔を押し当てて、泣いた
僕はただ見守る事しか出来ない
アスカがこんなにも悲しんでいるのに・・・

「早く目を覚ましてよ!!!!嘘だって言ってよ!!!!!!」
「アスカ・・・泣かないでよ」
「なんとか言いなさいよ!!!!!!」
「もうやめてよ・・手後れだよ・・・辛くなるだけだからさ・・・」
「・・お願いだから・・・・・あんたの笑った顔・・あたしに見せてよ・・・シンジ・・」
「もう泣かないでよ!!!!」

僕は無意識に声を出していた

「・・シンジ・・・シンジなの?」
「え?」
「・・・空耳か・・・あたしもバカよね・・こんな奴のために泣いてるなんて・・・」

・・・もしかしたら・・
僕はふと、僕の体を触ってみた
・・僕の体は触れる・・・
少し力を込めると、手は体を通り抜けた
僕は少し飛んで、僕の体と同じ格好をそれの上でする
そしてその格好のまま、体を通り抜けるように下に下がった

途中でひっかかった
これ以上下に降りる事が出来なくなった
途端に僕の体を襲う痛み
そして重力
 
 

あなたはまだ 死ぬべきではないわ
 

目を開けると、病室の天井が映った
視線を下に移動させると、アスカの横顔が目に映った
//ずっと僕は傍にいる//
「あ・・・す・・か・・」
//これからもずっと、アスカの傍に//
口につけられている救命道具みたいなのが邪魔で上手く喋れない
けど、声はアスカに伝わった
おそるおそる顔を上げてこっちを向く
//心配してくれてありがとう//
「・・・あす・・か」
「・・・シンジ・・シンジ!!!」
//もう大丈夫だから//
アスカは流れている涙を拭おうとせずに、僕に抱き着いてきた
//だからもう、泣かないで//
「バカ・・・あたしを泣かせるなんて・・ほんとにバカよ・・・」
「・・アス・・カ・・・」
//アスカに涙はちょっと似合わないよ//
僕はアスカの目を見て、微笑んだ
//やっぱりアスカは、笑った顔が一番良く似合うから//
 

さっき悲しませた分
僕はアスカに微笑みをあげるよ
それが僕の
今、出来る事だから
 

fin.

学 e-mail:peru@pluto.dti.ne.jp

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